今村 文男(いまむら ふみお、1966年11月5日 - )は… 今村 文男(いまむら ふみお、1966年11月5日 - )は、千葉県柏市出身の日本の陸上競技選手。専門は競歩で50km競歩元日本記録保持者ならびに50000m競歩日本記録保持者。日本陸上競技連盟競歩ブロック部長 バルセロナオリンピック、シドニーオリンピック日本代表。広島アジア大会銀メダリスト、バンコクアジア大会銅メダリスト。 柏市立柏中学校、八千代松陰高等学校、東洋大学経済学部卒業。富士通に所属した。順天堂大学大学院修了。 日本の競歩界をリードする存在として長年に渡って活躍。競歩界のパイオニア的存在であった。 東洋大学時代は日本インカレ3位、1998年第13回全日本競歩根上大会男子30kmで初優勝を果たす。
倉林 俊彰(くらばやし としあき、1966年4月29日 - … 倉林 俊彰(くらばやし としあき、1966年4月29日 - )は、日本の元陸上競技選手、指導者。埼玉県鳩ヶ谷市出身。順天堂大学体育学部卒業。 浦和実業学園高等学校、順天堂大学出身。 箱根駅伝には4年連続で出場。4回の出場全てで総合優勝を果たした。また、4年時の第65回大会では4区を走り、区間賞を獲得している。 大学卒業後はNECに就職したが、自己流の練習がしたいと思うようになり、1992年にYKKに移籍した。 1994年の第48回福岡国際マラソンで日本選手トップの5位に入り、世界陸上イエテボリのマラソン日本代表に選ばれたが、本戦では41位だった。 2001年に現役を引退した。 2001年に松下通信女子陸上競技部(現:パナソニック)のコーチに就任すると、2007年には監督に昇格した。
打越 忠夫(うちこし ただお、1965年10月30日 - )… 打越 忠夫(うちこし ただお、1965年10月30日 - )は、日本の陸上競技選手。専門はマラソン。水戸農業高等学校、順天堂大学卒業。 順大在学時代、1986年の第62回箱根駅伝では2区を走る予定だったが、直前の怪我で急遽出場出来なくなるなど3年生までは箱根駅伝には縁がなかったが、4年生で迎えた1988年の第64回箱根駅伝で3区区間賞を取り、この年の完全優勝に貢献した。 1988年大学卒業後雪印乳業に入社した。1992年北海道マラソンは日本人トップの成績となる2位、1993年のシュトゥットガルト世界選手権は5位入賞し日本人トップであった。1993年東京国際マラソン6位入賞などの戦績を残した。フルマラソンのベストタイムは1994年ロッテルダムマラソンの2時間12分52秒。
吉田 良一(よしだ りょういち、1965年3月2日 - )は… 吉田 良一(よしだ りょういち、1965年3月2日 - )は、日本の短距離走選手である。1980年代の400メートルハードルの日本の第一人者である。福井県福井市出身。北陸高校、順天堂大学卒業。 1984年ロサンゼルスオリンピック、1987年ローマ世界陸上選手権では400メートルハードルで準決勝まで進出した。 1986年アジア大会では400メートルハードルでは49秒40の日本新記録で銀メダルを獲得した。 日本選手権で5回優勝している。これは為末大の7回に続く記録である。 20年近く足羽高校の監督を務めた後、北陸高校陸上部の監督を務めている。
上田 誠仁(うえだ まさひと、1959年1月9日 - )は、… 上田 誠仁(うえだ まさひと、1959年1月9日 - )は、日本の元陸上競技選手。山梨学院大学スポーツ科学部教授(体育学)・山梨学院大学陸上競技部顧問兼中距離コーチ。また、関東学生陸上競技連盟では駅伝対策委員長と評議員を務めている。 香川県生まれ。善通寺市立東中学校3年時(1973年)に2000mで5分43秒4の中学新を樹立し全中陸上の前身である全日本中学校放送陸上競技選手権大会で全国1位のタイムとなった。 尽誠学園高等学校3年時には長野インターハイ(1976年)、5000mで2位。高校生としては珍しく、1977年2月には別府大分毎日マラソンのハーフマラソン部門に出場し、2010年現在で日本高校最高記録として残る1時間4分15秒を残している。
臼井 淳一(うすい じゅんいち、1957年10月5日 - )… 臼井 淳一(うすい じゅんいち、1957年10月5日 - )は、日本の男性陸上競技選手。専門は走幅跳で、元日本記録保持者。1984年ロサンゼルスオリンピック・1988年ソウルオリンピックに代表選手として出場し、ロサンゼルスオリンピックでは7位に入賞した。 神奈川県出身。相模台工業高校、順天堂大学からデサントに進む。 相模台工業高校時代1年時の1973年全国IH三重大会にて走高跳1m98の記録で3位入賞。1974年の2年時久留米大会にて5種競技で5位入賞(11.5秒11.10m15.6秒1.88m50.3秒=3556点)。1975年3年時の東京大会にて400m2位(48.22秒の高校タイ)、走り幅跳3位(7.51m)、三段跳で優勝(15.64m)と3種目に3位以内入賞する大活躍を見せた。
木川 泰弘(きがわ やすひろ、1956年10月17日 - )… 木川 泰弘(きがわ やすひろ、1956年10月17日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は棒高跳。 香川県観音寺市出身。香川県立三豊工業高等学校から順天堂大学に進学し、その後は教職員。 高校2年生時の1973年、インターハイ棒高跳で優勝。準優勝は同校で1学年上の高橋卓巳だった。 翌1974年のインターハイでも連覇を達成。同年、テヘランアジア大会に出場し、5m00(当時の高校日本記録)で金メダルを獲得した。 1978年に開催されたバンコクアジア大会にも出場し、5m00で銅メダルを獲得。 1979年、東京で開催されたアジア陸上選手権でも5m00で銅メダルを獲得。 香川県内では鉄道ファンとしても知られている。
岩井 寿史(いわい ひさし、1955年 - 2020年10月… 岩井 寿史(いわい ひさし、1955年 - 2020年10月13日)は、日本の陸上競技選手である。専門は十種競技。群馬県出身。1970年代後半から1980年代前半にかけて活躍し、アジアの鉄人と呼ばれた。 群馬県立富岡高等学校、順天堂大学を卒業。1977年、日本選手権で7207点をマークして優勝。1978年(昭和53年)、日本選手権を7184点で制し、アジア大会代表に選出。タイ・バンコクで開催された第8回アジア大会陸上競技男子十種競技に日本代表として出場し、当時の世界でトップレベルだった中国、インドの選手を退け、7003点をマークし、優勝した。 2020年10月13日に逝去。 棒高跳の競技中に右足かかとを骨折し、まともに競技ができる状態ではなかったが、痛み止めの注射を打ち、精神力で残りの競技を行った。
水野 利夫(みずの としお、1952年3月31日 - )は、… 水野 利夫(みずの としお、1952年3月31日 - )は、日本の陸上競技選手。群馬県出身。専門は短距離走、元400m日本記録保持者。 群馬県立高崎商業高等学校時代にインターハイを制した[要説明]。 順天堂大学へ進学し、1974年第7回アジア大会(テヘラン)に出場し、400メートルリレー走で4位だった。大学卒業後は高崎工業高等学校教員となった。 1975年日本陸上競技選手権大会男子400mで優勝し、46秒86の日本新記録(当時)をマークした。
小山 隆治(こやま たかはる、1948年7月8日 - 201… 小山 隆治(こやま たかはる、1948年7月8日 - 2018年9月11日)は、日本の陸上競技(中距離走・長距離走)選手。3000メートル障害の元日本記録保持者であり、日本選手権6連覇、オリンピック出場2回。1972年ミュンヘンオリンピックでは決勝進出を果たした。ロードレースでも箱根駅伝や全日本実業団駅伝で成績を残している。 福岡県出身。常磐高等学校を経て順天堂大学に入学。順天堂大学では、箱根駅伝に4年連続出場、区間賞1回。 1971年、大学を卒業してクラレに入社。日本選手権では1971年から1976年まで3000メートル障害で6連覇を達成した。 1972年ミュンヘンオリンピックでは3000メートル障害と5000メートル競走に出場。
村田 広光(むらた ひろみつ、1946年11月28日 - 2… 村田 広光(むらた ひろみつ、1946年11月28日 - 2003年5月27日)は日本の陸上選手、プロ野球コーチ。宮崎県児湯郡都農町出身。
山本 久男(やまもと ひさお、1946年7月21日 - )は… 山本 久男(やまもと ひさお、1946年7月21日 - )は、日本の男子陸上競技(やり投)選手。富山県出身、順天堂大学卒。1960年代から70年代にかけて、日本陸上競技選手権大会のやり投げ種目で優勝5回、アジア競技大会金メダリスト。 富山県立砺波高等学校在学中の1963年(昭和38年)、第18回国民体育大会に出場し、高校男子やり投で優勝。全国高等学校総合体育大会でも1963年・1964年とやり投げで2連覇している。 順天堂大学に進学し、在学中の1967年(昭和42年)、日本陸上競技選手権大会のやり投で優勝。1967年(昭和42年)にはユニバーシアード(東京)の日本代表に選ばれ、銅メダルを獲得した。
富沢 英彦(とみざわ ひでひこ、1946年6月1日 - 20… 富沢 英彦(とみざわ ひでひこ、1946年6月1日 - 2018年8月10日)は、日本の陸上競技選手。元走高跳日本記録保持者。1972年ミュンヘンオリンピック代表。群馬県安中市松井田町(旧碓氷郡松井田町)出身。順天堂大学卒業。大阪府の高校で教諭を務めた。
山田宏臣(やまだ ひろおみ、1942年3月4日 - 1981… 山田宏臣(やまだ ひろおみ、1942年3月4日 - 1981年10月21日)は、日本の陸上競技選手。元男子走幅跳日本記録保持者で、1964年東京オリンピックとメキシコオリンピックに出場した。