新藤 悦子(しんどう えつこ、1961年12月26日 - )… 新藤 悦子(しんどう えつこ、1961年12月26日 - )は、日本の児童文学作家、ノンフィクション作家、ファンタジー小説家。 豊橋ふるさと大使(2003年2月より)。 1961年、愛知県豊橋市に生まれる。愛知県立豊橋南高等学校を経て、津田塾大学学芸学部国際関係学科を卒業。 在学中から中近東に関心を持ち、トルコ、エジプトを旅行。1985年から1986年にかけてトルコ、イランを遊学する。トルコのカッパドキア地方ギョレメ村にて、現地の女性の手ほどきを得て絨毯を織り上げる。この時の体験をもとに綴った初の書き下ろし『エツコとハリメ 二人で織ったトルコ絨毯の物語』(情報センター出版局)で作家デビュー。 1987年、ソビエト連邦領中央アジアからトルコへと遊牧民の軌跡を追い、『羊飼いの口笛が聴こえる 遊牧民の世界』として出版。
黒田 紫(くろだ ゆかり、1961年11月28日 - )は、… 黒田 紫(くろだ ゆかり、1961年11月28日 - )は、日本のチアリーディング指導者、高等学校英語科教員(地方公務員)である。津田塾大学卒業。 大学在学中の18歳の時、日本初のプロチアリーディングチームのメンバーに選出され国内外の多くのスポーツイベントで活躍をする。 大学卒業後に県立高校の教員(地方公務員)となり、神奈川県立住吉高等学校英語科教師に就任、チームを創る。強豪大学チームや社会人チームをはねのけ、創部わずか3ヶ月の無名のチームを全国優勝させ一躍有名になる。その様子はテレビのドキュメント番組で何回も取り上げられた。住吉高校は3年連続日本一となり黒田の指導者としての手腕は全国に轟いた。
加納 みゆき(かのう みゆき、1961年〈昭和36年〉9月5… 加納 みゆき(かのう みゆき、1961年〈昭和36年〉9月5日 - )は、日本の元女優。 富山県出身。富山県立高岡高等学校を経て津田塾大学を卒業。卒業論文のテーマは「日本映画における国際性の一考察」。 「優勝賞品のハワイ旅行目当て」で出場したという東映主催の第1回「ミス映画村コンテスト」に中部地区代表で選抜され準ミス映画村に選ばれ芸能界デビュー。 代表作はNHK朝の連続テレビ小説・『都の風』(1986年度下半期)。映画・ドラマ・バラエティー等に活躍した。 プロ野球は阪神ファンであることを公言していたことがある(1984年当時)。
前沢 浩子(まえざわ ひろこ、1961年3月11日 -)は、… 前沢 浩子(まえざわ ひろこ、1961年3月11日 -)は、日本の英文学者である。 新潟県柏崎市出身。1989年3月、津田塾大学大学院文学研究科博士課程英文学専攻単位取得満期退学(文学修士)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
吉村 真子(よしむら まこ、1961年 - )は、日本のアジ… 吉村 真子(よしむら まこ、1961年 - )は、日本のアジア地域研究学者、法政大学教授。東南アジア研究(マレーシア研究)。アジア(東南アジア、とくにマレーシア)における人の移動(移住労働)、労働、ジェンダー、エスニシティなどを研究。主著に『マレーシアの経済発展と労働力構造:ナショナリティ、ジェンダー、エスニシティ』。東京大学大学院博士課程修了。経済学博士。東京大学博士課程修了後、法政大学社会学部の専任講師、助教授を経て、現職。マレーシアのマラヤ大学で客員準教授のほか、ロンドン大学SOAS客員研究員、マラヤ大学客員研究員など。日本学術会議連携会員(第22期-)。
山本 昌代(やまもと まさよ、女性、1960年8月18日 -… 山本 昌代(やまもと まさよ、女性、1960年8月18日 - )は、日本の小説家。 神奈川県横浜市生まれ。神奈川県立希望ヶ丘高等学校、津田塾大学英文科卒業。大学時代は英文学を専攻していたが、谷崎潤一郎の作品に触れて日本語による表現に目覚める。在学中の1983年浮世絵師の応為(お栄)と、その父葛飾北斎の姿を描いた『応為坦坦録(おういたんたんろく)』で文藝賞を受賞してデビューした。 デビュー後、歌舞伎役者の沢村田之助(三代目)を描いた『江戸役者異聞』、平賀源内を主人公にした『源内先生舟出祝』と、近世を舞台にした作品を多く書いた。落語に触発されたと思われる『居酒屋ゆうれい』(1991年)は映画化された。
大村 浩子(おおむら ひろこ、1960年 - )は、フランス… 大村 浩子(おおむら ひろこ、1960年 - )は、フランス語翻訳家。津田塾大学国際関係学科卒業。パリ第4大学文明講座・外国人フランス語中級コース修了。民法学者の大村敦志の妻であり、夫婦共同の訳書や著書も出している。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
早川 敦子(はやかわ あつこ、1960年 - )は、日本の英… 早川 敦子(はやかわ あつこ、1960年 - )は、日本の英文学者、津田塾大学教授。 1982年津田塾大学英文科卒。1990年同大学院博士課程満期退学。エディンバラ大学で社会学修士。オックスフォード大学に学ぶ。1990年津田塾大学芸学部専任講師、1995年助教授、2008年教授。 英国児童文学、ナチスなどについて研究、翻訳を行う。
小池 昌代(こいけ まさよ、1959年7月17日 - )は、… 小池 昌代(こいけ まさよ、1959年7月17日 - )は、日本の詩人、小説家、翻訳家。 雑誌編集をしつつ詩作し、詩集『永遠に来ないバス』(1997年)で現代詩花椿賞受賞。川端康成文学賞受賞の『タタド』(2007年)で、作家としても注目される。ほかに短編集『ことば汁』(2008年)、『たまもの』(2014年)など。
山形 治江(やまがた はるえ、1959年 - )は、日本のギ… 山形 治江(やまがた はるえ、1959年 - )は、日本のギリシャ悲劇研究者、翻訳家。日本大学教授。群馬県生まれ。1982年津田塾大学英文科卒業。ロータリー財団奨学生として英国ケント大学に留学。1991年早稲田大学大学院西洋演劇学科博士課程満期修了。ギリシャ政府給費留学。2003年度湯浅芳子賞受賞。2011年度AICT演劇評論家協会賞受賞。日本大学生産工学部教授。蜷川幸雄の上演テクストを翻訳している。
絵門 ゆう子(えもん ゆうこ、本名:三門 裕子〈みかど ゆう… 絵門 ゆう子(えもん ゆうこ、本名:三門 裕子〈みかど ゆうこ〉、1957年〈昭和32年〉3月18日 - 2006年〈平成18年〉4月3日)は、日本の元アナウンサー、女優、エッセイスト、産業カウンセラーである。NHK時代は旧姓名の堀内 裕子(ほりうち ゆうこ)→池田 裕子(いけだ ゆうこ)と名乗っていた。女優時代の芸名は桐生 裕子→桐生 ユウ子→桐生 ゆう子(きりゅう ゆうこ)であった。 父は元整理回収機構監査役の堀内好訓(ほりうち よしくに、1928年4月29日 - )。親戚に元日本銀行総裁の三重野康がいる。 1957年、東京生まれ。津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業。1979年、NHKにアナウンサーとして入局。
古賀 万紀子(こが まきこ、1957年2月12日 - )は、… 古賀 万紀子(こが まきこ、1957年2月12日 - )は、元フジテレビアナウンサー。本名同じ。 神奈川県横浜市出身。中学生・高校生時代はバレーボール部で活動。 津田塾大学学芸学部卒業。1979年にフジテレビの局アナウンサーとして入社。 アナウンサー時代は、「サンケイテレビ朝刊」や、「FNNニュースレポート6:00」などを担当。同期に斎藤裕子、皆川寿美がいる。 1983年、元テレビ朝日で2012年からはフリーアナウンサーの佐々木正洋と結婚、2児をもうけた。妹は元テレビ朝日アナウンサーの迫文代。 身長165㎝(1980年当時)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。
髙橋 裕子(たかはし ゆうこ、1957年 - )は、日本の歴… 髙橋 裕子(たかはし ゆうこ、1957年 - )は、日本の歴史学者、津田塾大学学長、国際女性史連盟(IFRWH)会長。日本学術会議会員。元アメリカ学会会長。元日本アメリカ史学会運営委員会代表。ジェンダー史学会代表理事。広島市出身。
山村 美智(やまむら みち、1956年11月5日 - )は、… 山村 美智(やまむら みち、1956年11月5日 - )は、女優、アーティスト、エッセイスト。元フジテレビアナウンサー。本名、宅間 美智子(たくま みちこ)。旧芸名、山村 美智子(やまむら みちこ)。夫は、元・フジテレビ社員(プロデューサー)で制作会社「(株)サンダーストームエンターテイメント」初代CEOの宅間秋史(2020年12月18日死去)。 三重県伊勢市の出身で、血液型はB型。小学校卒業後、中高一貫校であるセントヨゼフ女子学園高校から津田塾大学学芸学部英文学科へ進学。大学在学中から女優志望で、大学卒業後は英語の教員になることが内定していたが、それを断って大学4年生の12月にミュージカル劇団「東京キッドブラザース」に入り活動していた。
斎藤 裕子(さいとう ゆうこ、1956年(昭和31年)5月1… 斎藤 裕子(さいとう ゆうこ、1956年(昭和31年)5月19日 - )は、元フジテレビアナウンサー。東京都杉並区出身。 1979年に津田塾大学国際関係学科卒業と同時にフジテレビのアナウンサーとして入社。古賀万紀子、皆川寿美は同期。 主に報道畑を担当、『サンケイテレビ朝刊』を経て11年先輩の逸見政孝とコンビを組み1983年3月から1984年3月まで約1年間『FNNニュースレポート6:30』のニュースキャスターなどを務めていた。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:アナウンサー)。
山田 隆子(やまだ たかこ、1956年〈昭和31年〉2月4日… 山田 隆子(やまだ たかこ、1956年〈昭和31年〉2月4日 - )は、四国放送(JRT)の元アナウンサー。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。 Category:四国放送のアナウンサーを参照
斎藤 明美(さいとう あけみ、1956年1月27日 - )は… 斎藤 明美(さいとう あけみ、1956年1月27日 - )は、エッセイスト、編集者。 高知県生まれ。津田塾大学卒業。高校教師、テレビ構成作家を経て、『週刊文春』の記者を20年務める。1999年、初の小説「青々と」で日本海文学大賞奨励賞受賞。2006年フリーランスとなる。 『週刊文春』での取材が縁で晩年の松山善三・高峰秀子夫妻と密な時間を過ごし、毎日のように自宅に招かれ夕食の卓を囲む仲となった。1996年に最愛の実母を亡くし憔悴していた斎藤に手を差し伸べたのが高峰で、高峰は斎藤に対して自分を「かあちゃん」と称し、斎藤も自然とそう呼ぶようになった。2009年、松山善三・高峰秀子夫妻の養女として迎えられた。
羽藤 由美(はとう ゆみ、1956年 - )は、日本の言語学… 羽藤 由美(はとう ゆみ、1956年 - )は、日本の言語学者。京都工芸繊維大学名誉教授。大学英語教育学会(JACET)関西支部研究企画委員を務める。 愛媛県立今治西高等学校を経て、1979年に津田塾大学学芸学部英文学科を卒業後、日産自動車株式会社に入社し、1985年に株式会社ジオスに転職する。得意の英語力を買われGEOS English Academy, Brighton & Hoveの校長に就任する。その後1991年からロンドン大学教育研究所英語教育学研究科に留学し修士号(M. A. in Education)を取得する。帰国後1994年富山県立大学工学部教養教育助教授に就任し、その後1997年、福井県立大学経済学部助教授を経て福井県立大学学術教養センター准教授に就任する。
岩崎 美紀子(いわさき みきこ、 1954年 - )は、日本… 岩崎 美紀子(いわさき みきこ、 1954年 - )は、日本の政治学者。専門は、比較政治学・カナダ政治。筑波大学大学院人文社会科学研究科教授。 福岡県生まれ。津田塾大学学芸学部卒業後、ボルドー大学で修士の学位、およびモントリオール大学で博士の学位を取得(1984年)。
吉澤 康子(よしざわ やすこ、1954年 - )は、日本の翻… 吉澤 康子(よしざわ やすこ、1954年 - )は、日本の翻訳家。 津田塾大学国際関係学科を卒業後、東京都の区立中学校の英語教師、主婦を経て、英語の翻訳家に。
羽場 久美子(はば くみこ、羽場 久浘子、1952年8月18… 羽場 久美子(はば くみこ、羽場 久浘子、1952年8月18日 - )は、日本の政治学者・国際政治学者。青山学院大学名誉教授。法政大学講師・助教授・教授(1985-2007)、青山学院大学教授(2007-21)、神奈川大学教授(2021-23)、早稲田大学招聘研究員(2023ー)を経て、2025年より城西国際大学大学院特別栄誉教授(Distinguiished Professor)。 日本国際政治学会理事(200-06 )、日本政治学会理事(2008-12 )、ロシア東欧学会理事(1997-20 18 )事務局長、スラブ東欧学会理事(2000-18)日本EU理事(2002-23)、日本学術会議会員(2005-11) 、学術会議地域研究委員会副委員長、政治学委員会副委員長、外務省、財務省、文部科学省諸委員を歴任。
佐藤 久美子(さとう くみこ、1952年5月25日 - )は… 佐藤 久美子(さとう くみこ、1952年5月25日 - )は、日本の言語学者、玉川大学教授。玉川大学大学院脳情報・文学研究科、リベラルアーツ学部教授、脳科学研究所言語情報研究センター主任。専門分野は言語心理学・応用言語学・英語教育。乳幼児の言語獲得・発達を研究し、その結果に基づく英語教育を提案している。趣味はピアノや料理、ショッピング。 北海道函館市出身。津田塾大学学芸学部を卒業し、1982年同大学大学院文学研究科博士課程修了。文学修士。玉川大学の教授で「認知とコミュニケーションの言語心理学・発達心理学的研究」をしている。日本英語学会、大学英語教育学会、JAAL -in- JACET、日本認知科学会、日本音声学会、日本心理学会、日本赤ちゃん学会、日本子ども学会といった多方面の学会に所属している。
古賀林 幸(こがばやし さち、1952年 - 2018年12… 古賀林 幸(こがばやし さち、1952年 - 2018年12月27日)は、日本の翻訳家。 津田塾大学英文科卒。ボストン大学大学院修士課程修了。中央公論社、米国大使館広報局などを経て恵泉女学園大学特任教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
髙田 惠子(たかた けいこ、1951年 - )は、日本の翻訳… 髙田 惠子(たかた けいこ、1951年 - )は、日本の翻訳家。「高田 恵子」と表記される場合もある。 広島県広島市生まれ。 1974年津田塾大学学芸学部英文科卒業。
永野 善子(ながの よしこ、1950年11月17日- )は、… 永野 善子(ながの よしこ、1950年11月17日- )は、日本の国際関係論学者。神奈川大学教授。 東京都生まれ。1973年津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業。1981年一橋大学大学院社会学研究科博士課程満期退学。1988年「フィリピン経済史研究 糖業資本と地主制」(加納善子)で一橋大学社会学博士。 1982年光陵女子短期大学専任講師。1985年助教授、1990年 神奈川大学人間科学部助教授、教授。専攻:国際関係論(アジア社会論)。夫は加納啓良。
上岡 美保子(うえおか みほこ、1950年7月3日 -)は、… 上岡 美保子(うえおか みほこ、1950年7月3日 -)は、日本の実業家、大学教員。トマト銀行社外取締役、就実大学特任教授、岡山大学監事などを務める。 岡山県出身。1973年津田塾大学学芸学部英文学科卒業、1973年 - 特殊法人日本貿易振興会(現:独立行政法人日本貿易振興機構に入会。1998年独立行政法人日本貿易振興機岡山貿易情報センター所長。2008年同ストックホルム事務所所長。2011年、定年退職。 2012年学校法人就実学園評議員、就実大学非常勤講師。2013年就実大学特任教授、 株式会社トマト銀行社外取締役。トマト銀行初の女性取締役となった。2016年国立大学法人岡山大学監事。
青木 裕子(あおき ゆうこ、旧姓:介川、1950年6月26日… 青木 裕子(あおき ゆうこ、旧姓:介川、1950年6月26日 - )は、日本のフリーアナウンサー、朗読者。元NHKチーフアナウンサー。 福岡県立修猷館高等学校を経て津田塾大学を卒業後、1973年(昭和48年)入局。 2010年6月30日、定年退職。朗読をライフワークとしており、退職に合わせ長野県軽井沢町に「軽井沢朗読館」を設立。2013年には同町立図書館館長に就任した。 現在も東京に自宅を置き、NHKでの仕事も継続している。
木本喜美子(きもと きみこ、1950年5月12日- )は、日… 木本喜美子(きもと きみこ、1950年5月12日- )は、日本の社会学者、一橋大学名誉教授。 新潟県生まれ。1973年津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業。1978年北海道大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。97年「家族・ジェンダー・企業社会 ジェンダー・アプローチの模索」で一橋大学から博士(社会学)。 広島大学総合科学部助手、立命館大学助教授、1990年一橋大学社会学部助教授をへて、93年教授、2001年社会学研究科教授(家族と労働の社会学専攻)、2016年定年退任、名誉教授。1996年『家族・ジェンダー・企業社会』で社会政策学会奨励賞受賞。
八丁地 園子(はっちょうじ そのこ、1950年1月15日 -… 八丁地 園子(はっちょうじ そのこ、1950年1月15日 - )は、日本の女性実業家。日本航空社外取締役・独立役員。津田塾大学学長特命補佐・戦略推進本部長。 津田塾大学学芸学部数学科を卒業し1972年、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。金融商品開発やコーポレートファイナンス業務等でキャリアを積み、子会社のIBJ International副社長、興銀リース執行役員、共立リスクマネジメントシニアコンサルタント等を歴任。 2005年、明治大学大学院グローバルビジネス研究科に入学し、経営管理修士(専門職)を取得。2009年、藤田観光執行役員に就任。常務取締役兼常務執行役員企画本部長を経て、2015年に同社顧問。
大森 礼子(おおもり れいこ、1949年7月11日 - )は… 大森 礼子(おおもり れいこ、1949年7月11日 - )は、日本の弁護士、政治家。公明党所属の元参議院議員(1期)。 岡山県備前市出身。1972年に津田塾大学英文科を卒業後、アニメーション会社での勤務などを経て、司法試験に合格。検事を経て弁護士に転じる。 1995年、第17回参議院議員通常選挙に新進党から比例区で立候補して当選。新進党解党後は公明に加わり、1998年11月には新公明党結成に参加した。2001年に政界を引退した。 引退後は岡山市で弁護士として活動する。
工藤 真由美(くどう まゆみ、1949年〈昭和24年〉 - … 工藤 真由美(くどう まゆみ、1949年〈昭和24年〉 - )は、日本の言語学者。専門は、日本語学、言語接触論。学位は、文学博士(大阪大学・1999年)(学位論文「アスペクト・テンス体系とテクスト」)。大阪大学名誉教授。特任教授。 愛媛県宇和島市生まれ。1972年津田塾大学学芸学部英文学科卒業 1979年東京大学大学院人文科学研究科博士後期課程単位取得退学。 横浜国立大学教育学部講師、同助教授を経て、1998年より大阪大学大学院文学研究科教授。1999年「アスペクト・テンス体系とテクスト」で大阪大学より文学博士の学位を取得。2015年定年退任。現代日本語の記述文法において幅広い研究分野を有する。
武谷 なおみ(たけや なおみ、1948年 - )は、日本のイ… 武谷 なおみ(たけや なおみ、1948年 - )は、日本のイタリア文学者。大阪芸術大学芸術学部文芸学科元教授。シチリア文学の第一人者。 兵庫県神戸市生まれ。甲南女子中学校・高等学校を経て、津田塾大学学芸学部英文学科を卒業。京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学(専攻:イタリア文学)。中学生時代からジュリエッタ・シミオナートと文通をしており、イタリア文学研究を志した。イタリア政府給費留学生としてローマ大学文哲学部に留学。須賀敦子とも1970年代から交流が有った。 大阪芸術大学講師だった1992年に『古代ローマの饗宴』の翻訳で第5回ピーコ・デッラ・ミランドラ賞受賞。2015年、編訳『短篇で読むシチリア』、『ランペドゥーザ全小説』の翻訳などによる長年のシチリア文学研究で、地中海学会賞受賞。
嶋田和子(しまだ かずこ、1946年 - )は、日本の日本語… 嶋田和子(しまだ かずこ、1946年 - )は、日本の日本語教育学者。アクラス日本語教育研究所 代表理事、公益社団法人日本語教育学会監事、一般財団法人ドナルド・キーン記念財団理事、一般財団法人杉並区交流協会評議員。歴任:学校法人国際青年交流学園イーストウエスト日本語学校副校長、公益社団法人日本語教育学会副会長等 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
山中 燁子(やまなか あきこ、1945年11月6日 - )は… 山中 燁子(やまなか あきこ、1945年11月6日 - )は、日本の政治家、国際政治学教授。外務省世界津波の日特別大使。英国ケンブリッジ大学客員教授。自由民主党所属の元衆議院議員、元外務大臣政務官。旧姓野辺地(のべち)。北海道小樽市出身。夫は弁護士。
菅 伸子(かん のぶこ、1945年10月3日 - )は、日本… 菅 伸子(かん のぶこ、1945年10月3日 - )は、日本のエッセイスト、主婦。旧姓は姫井(ひめい)。第94代内閣総理大臣である菅直人の妻。 1945年、岡山県浅口郡金光町(のちの浅口市)にて生まれた。父は医師であり、母は政治家を務めるなど、姫井家は地域の名門であった。兄の成は15代目である。 母親の姫井千恵子は金光町議会議員を務め、町議会議長となるなど、地方政界で活躍した。また、祖父の菅實も医師であると同時に、久米郡会議員だった。そのため姫井家は「普段から政治談議に花を咲かせる家庭だった」という。 金光学園を経て、津田塾大学の英文科に進学した。 伸子と半世紀の付き合いだという親友によれば「当初、彼女は大学の寮に入っていたんですが、3年生から菅直人さんの三鷹市の家で下宿を始めました。
藤田 文子(ふじた ふみこ、1944年1月9日- )は、日本… 藤田 文子(ふじた ふみこ、1944年1月9日- )は、日本のアメリカ文化学者、津田塾大学名誉教授。 北海道出身。1966年に津田塾大学学芸学部英文学科を卒業し、その後に東京大学大学院へ進み、社会学研究科(国際関係論)修士課程を1969年に修了。1971年まで東京大学教養学部助手、ニューヨーク市立大学大学院(歴史学)博士号取得。津田塾大学英文学科教授を務めた。 2014年に定年となり名誉教授。夫は藤田博司・元上智大学教授。
飯野 正子(いいの まさこ、1944年 - )は、日本の歴史… 飯野 正子(いいの まさこ、1944年 - )は、日本の歴史学者。津田塾大学名誉教授、元学長。学校法人津田塾大学の理事長や文部科学省中央教育審議会(中教審)委員も務めた。専門は日カナダ・日米関係。 大阪府豊中市生まれ。大阪学芸大学附属池田中学校(現:大阪教育大学附属池田中学校)、大阪府立豊中高等学校を経て、1966年に津田塾大学学芸学部英文学科を卒業。フルブライト奨学生として1968年にシラキュース大学大学院歴史学専攻修士課程を修了。 1981年津田塾大学助教授、1991年教授(~2013年)。2004年学長(~2012年)。この間、マギル大学客員助教授、アカディア大学客員教授。2012年学校法人津田塾大学の理事長。
植松 みどり(うえまつ みどり、1942年8月26日 - )… 植松 みどり(うえまつ みどり、1942年8月26日 - )は、日本の英米文学者、翻訳家。専門はイギリス文化と文学。和洋女子大学名誉教授。 荒正人の長女として、東京に生まれる。荒このみは妹。1965年津田塾大学学芸学部英文科卒業、1970年同大学院文学研究科博士課程満期退学。和洋女子大学助教授、教授。2013年定年、名誉教授。日本ジョージ・エリオット協会会長、同協会顧問、日本ジェイン・オースティン協会理事を歴任した。
富永 智津子(とみなが ちづこ、1942年(昭和17年)1月… 富永 智津子(とみなが ちづこ、1942年(昭和17年)1月18日 - )は、アフリカ史学者、元宮城学院女子大学教授。専攻、東アフリカ・スワヒリ史。 三重県生まれ。1964年東京女子大学文理学部西洋史学科卒業、1982年津田塾大学大学院国際関係学研究科修士課程修了、1987年東京大学大学院社会学研究科国際関係論博士課程中退。宮城学院女子短期大学助教授、1989年教授、宮城学院女子大学学芸学部教授。2008年定年。
田嶋 陽子(たじま ようこ、1941年(昭和16年)4月6日… 田嶋 陽子(たじま ようこ、1941年(昭和16年)4月6日 - )は、日本の女性学研究家、フェミニスト、英文学者(元大学教授)、タレント、歌手。元参議院議員(1期)。大学院博士課程単位取得満期退学(公式HPでは「修了」)。
高桑 美子(たかくわ よしこ、1941年3月21日 - 20… 高桑 美子(たかくわ よしこ、1941年3月21日 - 2016年11月7日)は、日本の英文学者。津田塾大学名誉教授。 1963年津田塾大学英文学科卒業。1967年アメリカ合衆国ブリンマー大学大学院修士課程修了、1969年東京大学大学院博士課程満期退学、津田塾大学文学部専任講師、1973年助教授、1985年教授。2012年定年。 2016年11月7日、誤嚥性肺炎のため死去。
森 梅代(もり うめよ、1941年 - )は研究者。 津田塾… 森 梅代(もり うめよ、1941年 - )は研究者。 津田塾大学数学科卒業後、文部省数理統計研究所、京都大学霊長類研究所。女性としてはサル学フィールド研究者の第1号。森明雄と結婚。名古屋文理短大、名古屋文理大学に勤務。名古屋文理大学情報文化学部長を経て副学長を務め2011年退官した。三戸サツヱの次女。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
北原 糸子(きたはら いとこ、1939年10月29日 - )… 北原 糸子(きたはら いとこ、1939年10月29日 - )は、日本の歴史学者。歴史地震研究会前会長。日本の災害史研究が専門。 山梨県生まれ。1960年安保闘争の中でのちの夫と出会う。1962年津田塾大学学芸学部英文科卒。1971年東京教育大学大学院文学研究科日本史専攻修士課程修了。99年「都市と貧困の社会史 江戸から東京へ」で成城大学より博士(文学)の学位を取得。主婦をしながら大学非常勤講師。営団地下鉄遺跡調査会、神奈川大学歴史民俗資料学研究科特任教授、立命館大学歴史都市防災研究センター教授、2010年特別招聘教授。国立歴史民俗博物館客員教授、2014年退任。第30回南方熊楠賞受賞。
秋津 知子(あきつ ともこ、1939年(昭和14年)1月1日… 秋津 知子(あきつ ともこ、1939年(昭和14年)1月1日 - )は日本の翻訳家。 東京都出身。1961年、津田塾大学英文科卒。 同年、日本出版貿易勤務を経て、1963年太平洋テレビジョン勤務に転じテレビ映画の翻訳に従事した。
片倉 もとこ(かたくら もとこ=素子=・旧姓新谷、1937年… 片倉 もとこ(かたくら もとこ=素子=・旧姓新谷、1937年10月17日 - 2013年2月23日)は、日本の文化人類学者・人文地理学者。 没後2013年11月7日、片倉もとこ記念沙漠文化財団が設立される。財団の目的は、"片倉もとこの志を受け継ぎ「沙漠文化大切にし」「沙漠そのもののうつくしさをひきだす」ことにより、沙漠文化の「諒解」に寄与すること" であり、"片倉もとこ研究資料の整理とその再活用を積極的に推進していくこと" も活動の一点である。 "サウディ・アラビア、マッカ州のワーディ・ファーティマ(Wādī Fāṭima)地域を調査地として選定……1968年12月~1970年8月にかけての20か月間にわたり、集約的なフィールド調査をなしとげ、その後も1971~1975年にかけて毎年のように同地を訪れ、1982~1983年、1988年、そして2003年にも再訪している"。
石田 美栄(いしだ みえ、1937年〈昭和12年〉8月11日… 石田 美栄(いしだ みえ、1937年〈昭和12年〉8月11日 - )は、日本の政治家。元参議院議員(1期)。元衆議院議員(1期)。 津田塾大学英文科を卒業、その後中国短期大学教授となった。1993年の第40回衆議院議員総選挙で民社党幹部林保夫の後継として岡山2区から立候補し江田五月社民連代表の支援も有り初当選した(無所属)。 衆議院議員任期途中の1995年、同年7月23日執行の第17回参議院議員通常選挙で岡山県選挙区(当時定数2)より新進党公認で立候補したことで、告示日の同月6日付で公職選挙法の規定により衆議院議員を退職(自動失職)となった。投開票の結果、得票数2位で当選し参議院議員に鞍替えとなった。
小沼 ますみ(こぬま ますみ、1936年10月1日 - )は… 小沼 ますみ(こぬま ますみ、1936年10月1日 - )は、クラシック音楽の評論家。 東京生まれ。旧姓・山中。1959年津田塾大学英文学科卒業、韓国銀行東京支店勤務。64年退職し中学・高校教員。1971-73年ロンドンに滞在。イギリス・ショパン協会会員。『音楽の友』などでショパンについての記事寄稿多数。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
戸田 奈津子(とだ なつこ、1936年7月3日 - )は、日… 戸田 奈津子(とだ なつこ、1936年7月3日 - )は、日本の映画字幕翻訳家、通訳者、映画翻訳家協会元会長。神田外語大学客員教授・神田外語学院アカデミックアドバイザー。 福岡県戸畑市(現:北九州市戸畑区)に生まれる。戸田が1歳のときに銀行員であった父が日中戦争下の上海で戦死し、母の実家のある東京・世田谷に転居した。このため、出身地は東京都としている。第二次世界大戦中で娯楽の無かった子供時代を過ごしたため、終戦の翌年から解禁された外国映画を見て衝撃を受ける。中学生の後半からは一人で映画を見にいくようになり、高校生の頃から名画座などに通い詰める。 母が東京女子高等師範学校(現:お茶の水女子大学)卒業後、高校教諭をしていた関係でお茶の水女子大学附属幼稚園に入園。
今野 由梨(こんの ゆり、1936年〈昭和11年〉6月2日-… 今野 由梨(こんの ゆり、1936年〈昭和11年〉6月2日-)は、日本の実業家。ダイヤル・サービス株式会社創業者、代表取締役。公益財団法人日本ニュービジネス協議会連合会顧問、東京商工会議所特別顧問、一般社団法人日本介護事業連合会副会長(理事)、一般財団法人全国SNSカウンセリング協議会常務理事。 三重県桑名市生まれ。津田塾大学英文科卒業。 就職面接で「定年まで働いて社長を目指します!」とアピールしたことが災いして就職失敗。 1964年、今野はニューヨーク万博の日本館コンパニオン/広報担当者として渡米した。この年は日本人の海外渡航が自由化された年。円ドル交換レートは1ドル360円。日本からの往復航空運賃だけでも40万円以上、現在に置き換えると400万円に匹敵する時代だった。
朝倉 千筆(あさくら ちふで、1936年1月27日 - )は… 朝倉 千筆(あさくら ちふで、1936年1月27日 - )は東京府出身の脚本家。別名、朝倉和泉。