大島 愼子(おおしま ちかこ、1949年2月20日 - )は… 大島 愼子(おおしま ちかこ、1949年2月20日 - )は、日本の広報PR専門家、教育者、評論家。研究分野はコミュニケーション戦略、航空事業、観光政策。 2023年現在は、国立大学法人筑波技術大学監事。researchmap会員ID 6000014649。 東京都港区出身。聖心女子学院幼稚園、初等科、中等科、高等科を経て早稲田大学文学部に入学。アメリカインディアナ州、デポー大学(DePauw)に交換留学後、1972年早稲田大学第一文学部文芸科卒業。 ノースウエストオリエント航空客室乗務員、ルフトハンザドイツ航空客室乗務員を経て、日本韓国地区広報室長。50歳で早稲田大学大学院アジア太平洋研究科に社会人入学経営修士取得、その後千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。
青山 南(あおやま みなみ、男性、1949年2月2日 - )… 青山 南(あおやま みなみ、男性、1949年2月2日 - )は、日本の翻訳家、エッセイスト、アメリカ文学研究者、文芸評論家、絵本作家。早稲田大学名誉教授。日本文藝家協会理事。本名、杉山茂(すぎやましげる)。 福島県福島市出身。1967年早稲田大学高等学院卒業。1971年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。1972年、早稲田大学大学院在学中『早稲田文学』編集部に入る。 1973年、ジョン・ドス・パソスの『さらばスペイン』を刊行し翻訳家デビュー。 1975年早稲田大学大学院文学研究科アメリカ演劇専攻修士課程修了。早稲田大学文化構想学部教授、2019年定年退任、名誉教授となる。 1979年から常盤新平、川本三郎とともに編集委員として『ハッピーエンド通信』を刊行。
岡村 多佳夫(おかむら たかお、1949年 - )は、日本の… 岡村 多佳夫(おかむら たかお、1949年 - )は、日本の美術評論家。元東京造形大学教授、東京造形大学附属横山記念マンズー美術館館長。国際美術評論家連盟会員。専門はスペイン美術史及び20世紀ヨーロッパ美術。 1949年東京生まれ。1985年早稲田大学大学院文学研究科博士課程満期修了退学。1989年より東京造形大学助教授を経て教授。2014年退任。東京造形大学附属横山記念マンズー美術館館長を初代より歴任。 NHKデジタルハイビジョン放送開局記念番組「世界遺産の旅 スペイン」の解説者やNHKラジオ講座講師を務め、ソフトバンク・クリエイティヴ「トレジャー・ボックス」シリーズの監修の他、「生誕100年記念 ダリ回顧展」「ミロ」展「マッタ」等をはじめとする展覧会監修を手掛ける。
津村 喬(つむら たかし、本名は高野威(たかの たけし)、1… 津村 喬(つむら たかし、本名は高野威(たかの たけし)、1948年7月10日 - 2020年6月17日)は、評論家、気功師。NPO法人気功文化研究所代表。気功懇談会会員。京都気功会講師。「ニューエイジ」類似運動活動家。 東京都出身。元総評事務局長の高野実の二男。ジャーナリストの高野孟は兄。高瀬羽皐の孫。 早稲田大学高等学院に入学。 1964年、第一次訪中に気功療法を体験。 1970年、早稲田大学第一文学部中退。在学中より評論活動を行い、中国の文化大革命と毛沢東主義に傾倒、大学を中退後は反原発運動、反差別運動などの市民運動に関わりつつ執筆活動を継続する。その後フリーのライターとして今日に至る。「日中友好協会(正統)早大支部」を名乗り、中国研究所の機関誌『中国研究月報』などにも寄稿。
瀬戸川 猛資(せとがわ たけし、1948年7月5日 - 19… 瀬戸川 猛資(せとがわ たけし、1948年7月5日 - 1999年3月16日)は、日本のミステリー評論家、映画評論家、編集者。筆名に、宅和宏、藤崎誠などがある。 映画評論家の瀬戸川宗太は弟。 東京都出身。早稲田大学文学部卒業。在学中は「ワセダミステリクラブ」に所属し、海外ミステリ評論を手掛けていた。1年後輩の北村薫や、2年後輩の折原一らと親交があった。卒業後は東宝に入社し、テレビ部に配属されてテレビ番組の制作にたずさわり、7年後に退社。 1973年に紀田順一郎、荒俣宏が創刊した雑誌『幻想と怪奇』に、鏡明とともに編集同人として参加。 1980年、自身の個人出版社「トパーズプレス」を設立。 また、1982年に読書人向けの雑誌『BOOKMAN』を創刊。
諸石 幸生(もろいし さちお、1948年6月26日 - 20… 諸石 幸生(もろいし さちお、1948年6月26日 - 2022年4月9日)は、日本の音楽評論家。 1948年佐賀県佐賀市に生まれる。1967年、佐賀県立佐賀北高等学校卒業。早稲田大学法学部卒業。 学生時代にはオーケストラでトロンボーン奏者を経験する一方、夜にはバンドマンを務めたりもしていた。 大学卒業後は音楽鑑賞教育振興会に10年間勤務、義務教育課程における鑑賞指導法の研究・啓蒙に携わる一方、『演奏家大事典』の編纂にも従事していた 1984年にステレオサウンド社から創刊された『音楽通信』に創刊メンバーの1人として携わる《編集長には同じく音楽評論家の黒田恭一が就任したものの、半年で休刊となった》 以後、フリーの音楽評論家として、音楽専門誌、新聞、ライナーノーツへの執筆や、ラジオ放送におけるクラシック音楽関連番組へのパーソナリティ或いはゲスト解説者としての出演などの活動を行ってきている。
河村 常雄(かわむら つねお、1948年〈昭和23年〉5月2… 河村 常雄(かわむら つねお、1948年〈昭和23年〉5月28日 - )は、長く読売新聞記者として、おもに歌舞伎を取材した芸能ジャーナリスト、演劇評論家、兵庫県出身。 1973年に早稲田大学第一法学部を卒業し、読売新聞東京本社に入社した。水戸支局や整理部を経て、1985年に芸能部(後の文化部)に移って歌舞伎を中心とした演劇担当となった。その後、部次長、専門委員などを経て退社し、2008年から読売・日本テレビ文化センター勤務となった。この間、文化庁芸術祭、芸術選奨、鶴屋南北戯曲賞の選考委員や、放送大学非常勤講師、日本演劇協会会員なども務めた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
山本 益博(やまもと ますひろ、1948年(昭和23年)4月… 山本 益博(やまもと ますひろ、1948年(昭和23年)4月11日 - )は、日本の落語評論家、料理評論家。株式会社マスヒロジャパン代表取締役社長。現在の妻・山本美穂子は舞台衣装や歌舞伎バックなどを制作する織衣装作家。 東京都出身。東京都立紅葉川高等学校、北海道札幌東高等学校を経て、早稲田大学第二文学部演劇学科卒業。東京 浅草に育つが、高校時代に北海道に転居し、1968年(昭和43年)3月に大学進学のため、再び東京に戻った。生家は靴下問屋を営んでいた(現在は廃業している) 東京に戻った山本は、たまたま国立劇場小劇場の第五次落語研究会第一回(昭和43年3月14日)に入場し、そこで初めて桂文楽 (8代目)(黒門町)の落語を体験し、黒門町の追っかけとなった。
柏木 集保(かしわぎ しゅうほ、1948年3月18日 - )… 柏木 集保(かしわぎ しゅうほ、1948年3月18日 - )とは、長野県小諸市出身の競馬評論家である。 「集保」の名はペンネームであり、資料を集めて保つとの意味。身長が高く、同業者からは「ジャンボ」との愛称で呼ばれている。 長野県上田高等学校時代にはハンドボールでインターハイに出場。その後は早稲田大学政治経済学部に進学し、相撲部屋からスカウトされた経験も持つ。1973年に競馬新聞『日刊競馬』を発行する日刊競馬新聞社に入社し、以後同社にて長年にわたり中央競馬の競馬予想を担当。1979年に福島開催で大きな実績を挙げたことから、メイン馬柱に名前が載るようになった。また、1980年の第82回天皇賞で、プリテイキャストの大逃げ勝利をレース展開まで完璧に読み切って的中させ、テレビCMが作られるほどの注目を集める。
指田 文夫(さしだ ふみお、1948年3月 - )は、日本の… 指田 文夫(さしだ ふみお、1948年3月 - )は、日本の大衆文化評論家、著作家。2012年に退職するまで、横浜市役所職員であったが、在職中の1980年代から、評論、執筆活動をおこなっていた。 1948年3月、東京都大田区池上に生まれ、5人きょうだいの末子として、池上本門寺の近くで育った。父親は、小学校の校長をしていたが、文夫がまだ小学生だった1958年に現職のまま病死し、以降は、母親のもとで、叔父の支援を受けながら大学まで進んだ。 東京都立小山台高等学校から1966年に早稲田大学に進み、劇団演劇研究会に参加した。留年を経験して、1972年に早稲田大学教育学部英語英文科を卒業し、横浜市役所に入職した。
北嶋 廣敏(きたじま ひろとし、1948年(昭和23年)2月… 北嶋 廣敏(きたじま ひろとし、1948年(昭和23年)2月20日 - )は、文学・美術評論家、翻訳家、文筆家。 福岡県三潴郡大木町生まれ。1971年に早稲田大学第一文学部仏文科を卒業。コピーライターをへて、文筆家。はじめ塚本邦雄論やフランス文学の翻訳をしていたが、のち雑学書などを多く執筆するようになる。
鏡 明(かがみ あきら、1948年1月2日 -)は、日本の小… 鏡 明(かがみ あきら、1948年1月2日 -)は、日本の小説家、SF作家、翻訳家、音楽・SF作品・漫画等文芸方面の評論家、広告ディレクター。電通顧問(元・執行役員)。 初期は岡田英明名義を使用した。 山形県生まれ。東京都立新宿高等学校を経て早稲田大学第一文学部に進む。大学時代はワセダミステリクラブや、伝説的なSFファンの集まり「一の日会」に参加。またSF同人誌「宇宙気流」「SF倶楽部」などに関わる。 早稲田大学英文科を全優で卒業(指導教授には修士課程に進むことを切望される)後、電通に勤務。上司に小田桐昭、同僚に関三喜夫がいた。ジョージ・ルーカスを起用したパナソニックのCMなどで知られ、ACC賞、カンヌ国際広告賞、アジア太平洋広告祭をはじめとする国内外の広告賞を多数受賞。
梅津 時比古(うめづ ときひこ、1948年 - )は、日本の… 梅津 時比古(うめづ ときひこ、1948年 - )は、日本のジャーナリスト、毎日新聞記者、音楽評論家、桐朋学園大学学長(2013年4月ー2022年3月任期満了退任)。専門は、西洋音楽史。 神奈川県鎌倉市生まれ。1971年早稲田大学第一文学部西洋哲学科卒業。毎日新聞社東京本社編集局に入社。ケルン音楽大学留学を経て、2002年から毎日新聞社東京本社学芸部専門編集委員となる。2013年から毎日新聞社客員特別編集委員として音楽コラムを執筆。 2004年から母校の早稲田大学商学部非常勤講師、2010年から桐朋学園大学音楽部特任教授。2013年4月から桐朋学園大学学長に就任(2022年3月までで任期満了退任)。
長谷川 郁夫(はせがわ いくお、1947年12月15日 - … 長谷川 郁夫(はせがわ いくお、1947年12月15日 - 2020年5月1日)は、日本の文芸編集者・評論家。元小澤書店社長、大阪芸術大学教授も務めた。日本編集者学会初代会長。 神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学文学部卒業。大学在学中の1971年に小沢(小澤)書店を創立。約六百数十点の文芸書の編集・制作に携わったが、2000年秋、東京地裁に自己破産を申請し倒産した。のち編集プロダクションを主宰し、長谷川郁夫事務所取締役、法政大学兼任講師。2007年から、大阪芸術大学教授、2013年から同芸術学部文芸学科長(2020年3月まで)。2010年2月日本編集者学会を発足し会長。 編集した全集類に「青山二郎文集」、「小川国夫全集(全14巻)」(各・小澤書店、1991~1995)、「田村隆一全集(全6巻)」(河出書房新社、2010~2011)などがある。
吉田 文憲(よしだ ふみのり、1947年11月5日 - )は… 吉田 文憲(よしだ ふみのり、1947年11月5日 - )は、日本の詩人、文芸評論家。 秋田県北秋田郡比内町生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1976年、詩集『衰弱』を刊行。2002年、『原子野』で第43回晩翠賞受賞。2007年、『六月の光、九月の椅子』で第7回山本健吉文学賞を受賞。2011年、宮澤賢治についての評論で第21回宮沢賢治賞を受賞。2014年、『生誕』で第44回高見順賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
竹田 青嗣(たけだ せいじ、1947年〈昭和22年〉10月2… 竹田 青嗣(たけだ せいじ、1947年〈昭和22年〉10月29日 - )は、日本の哲学者・文芸評論家・音楽評論家。早稲田大学名誉教授。元早稲田大学国際教養学部教授。大学院大学至善館教授。在日韓国人二世。 『〈在日〉という根拠』(1983年)で登場し、フッサールの現象学に影響を受けて独自の現象学を構築。人間論を中心に幅広く批評を展開する。著書に『自分を知るための哲学入門』(1990年)、『近代哲学再考』(2004年)など。 通常用いている韓国名は、姜修次(カン・スチャ、강수차)。戸籍名は、姜正秀(カン・ジョンス、강정수)。「竹田青嗣」は、太宰治の小説「竹青」から付けた筆名であり、日本名ではない。 大阪府出身。
町永 俊雄(まちなが としお、1947年(昭和22年)9月6… 町永 俊雄(まちなが としお、1947年(昭和22年)9月6日 - )は、福祉介護評論家・ジャーナリスト。NHKの元アナウンサー。 東京都出身。東京都立日本橋高等学校を経て早稲田大学政治経済学部卒業後、1971年(昭和46年)入局。以後八戸、岡山、東京、名古屋などで勤務。情報系の番組を担当することが多かったが、のちに社会福祉系の番組を専門とするようになる。2007年10月1日に嘱託職へ移行し、64歳となった2011年秋に嘱託終了。
寺島 実郎(てらしま じつろう、1947年8月11日 - )… 寺島 実郎(てらしま じつろう、1947年8月11日 - )は、日本の政治評論家。外交評論家。 多摩大学学長・教授、東北公益文科大学客員教授、立命館大学国際関係学部客員教授、帝塚山大学特別客員教授、立命館アジア太平洋大学国際経営学部客員教員、学校法人市川学園特別顧問、一般財団法人日本総合研究所会長、一般社団法人寺島文庫代表理事。 札幌市立啓明中学校卒業。北海道札幌旭丘高等学校卒業。1971年3月 - 早稲田大学政治経済学部卒業。 1973年3月 早稲田大学大学院修了。政治学修士。1973年4月 - 三井物産に入社し、調査部、業務部で勤務する。1983年 - 1984年 ブルッキングス研究所へ出向する。
建畠 晢(たてはた あきら、1947年8月1日 - )は、日… 建畠 晢(たてはた あきら、1947年8月1日 - )は、日本の詩人、美術評論家。京都芸術センター館長、草間彌生美術館館長、川口市立美術館館長。元多摩美術大学学長、多摩美術大学名誉教授。元京都市立芸術大学学長、京都市立芸術大学名誉教授。元国立国際美術館長。元埼玉県立近代美術館館長。専門は現代美術。 兄は彫刻家・日本大学芸術学部教授の建畠朔弥、父は彫刻家の建畠覚造、祖父は彫刻家の建畠大夢。 京都府生まれ。早稲田大学文学部仏文学科卒業。「芸術新潮」編集者、国立国際美術館主任研究官を経て、1991年、多摩美術大学美術学部芸術学科助教授、1995年、同教授、2005年より客員教授、2015年より学長。2005年、国立国際美術館長、独立行政法人国立美術館理事に就任。
宇田川 悟(うだがわ さとる、1947年2月7日- )は、日… 宇田川 悟(うだがわ さとる、1947年2月7日- )は、日本の料理評論家、写真家、翻訳家。 東京都出身。早稲田大学政経学部政治学科卒。フランスの社会・文化・食文化に詳しい。 フランス政府農事功労章シュヴァリエを受章、ブルゴーニュワインの騎士団、シャンパーニュ騎士団、コマンドリー・ド・ボルドー、フランスチーズ鑑評騎士の会などに叙任。
篠原 文也(しのはら ふみや、1947年 - )は、日本の政… 篠原 文也(しのはら ふみや、1947年 - )は、日本の政治解説者(評論家)、元政治部記者、元テレビ東京解説委員、昭和女子大学客員教授。 大分県大分市生まれ。早稲田大学政治経済学部政治経済学科卒業後、1971年4月日本経済新聞社に入社。政治部記者として、総理大臣官邸、自民党キャップ、1986年4月、政治部次長、1990年9月の人事にて、宇都宮支局長へ異動。1993年4月付けで、テレビ東京の報道局解説委員を担当。解説委員長を含め務め、2007年11月まで担当し同時に日経新聞社を退職。 京都工芸繊維大学特別教授、昭和女子大学客員教授。2009年3月、文部科学省中央教育審議会委員、2012年3月から内閣府再就職等監視委員会委員を務める。
横田 庄一郎(よこた しょういちろう、1947年 -2014… 横田 庄一郎(よこた しょういちろう、1947年 -2014年 )は、日本のノンフィクション作家、評論家。朝日新聞記者。 早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院政治学研究科修士課程修了後、1970年に朝日新聞社入社。新聞記者の傍ら、主にグレン・グールドやフルトヴェングラーに関する音楽史や明治時代初頭のノンフィクション作品を発表している。資料主義による精妙な取材と筆致に定評がある。
呉 智英(くれ ともふさ、1946年9月19日 - )は、日… 呉 智英(くれ ともふさ、1946年9月19日 - )は、日本の評論家、漫画評論家。京都精華大学マンガ学部客員教授。日本マンガ学会2代目会長、現理事。筆名の読みは「ご ちえい」とも。 本名は新崎 智(しんざき さとし)。ペンネームは『水滸伝』の「呉用」に由来する。愛知県西枇杷島町(現・清須市)出身。 愛知県西春日井郡西枇杷島町(現・清須市)生まれ。東海高等学校卒業。 1965年、早稲田大学法学部入学。 学生運動では無党派の活動家として全共闘運動に参加。早稲田大学2年生の時、学費値上げなどを巡るストライキを防衛しようと、スト破りを計画する運動部の学生と乱闘して逮捕、起訴。2年半にわたる公判の後、1969年、4年生の終わりの頃に執行猶予つきの有罪判決を受けたが、大学からは何の処分も受けなかった。
宮崎 正弘(みやざき まさひろ、1946年〈昭和21年〉7月… 宮崎 正弘(みやざき まさひろ、1946年〈昭和21年〉7月19日 - )は、日本の国際政治評論家、作家、ジャーナリスト。 拓殖大学日本文化研究所客員教授。「南シナ海問題を考える会」代表。石川県金沢市出身。 金沢市立十一屋町小学校、金沢市立野田中学校、石川県立金沢二水高等学校卒業。早稲田大学教育学部英語英文学科除籍。早大在学中は日本学生同盟に所属し「日本学生新聞」編集長を務めた。 雑誌「浪漫」企画室長を経て、貿易会社を経営。1982年、講談社から「もうひとつの資源戦争」を刊行し、論壇へデビュー。以降、「日米先端特許戦争」「軍事ロボット戦」「中国、次の10年」「中国大分裂」「人民元大暴落」「中国広東軍、反乱す」「金正日の核弾頭」などの著作がある。
石戸谷 結子(いしとや ゆいこ、1946年 - )は、日本の… 石戸谷 結子(いしとや ゆいこ、1946年 - )は、日本の音楽評論家、音楽ジャーナリスト。青森県出身。早稲田大学卒業。音楽之友社編集部を経て、1985年からフリーの評論家へ。専門ジャンルはオペラ。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
神 一行(じん いっこう、1946年 - )は、日本の評論家… 神 一行(じん いっこう、1946年 - )は、日本の評論家、ノンフィクション作家。 長崎県出身。早稲田大学文学部社会学科在学中から執筆活動を始め、卒業後は出版社などの役員を歴任した。退職後、著述業のかたわら「人間経営塾」を主宰し、官庁や企業の研修の講師を務めるなど、人材育成のための活動をおこなっている。 政界や官界の内面を取材、分析した作品を多数執筆している。また、岬 龍一郎(みさき りゅういちろう)名義での執筆活動も行っている。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
千葉 成夫(ちば しげお、1946年 - )は、日本の美術評… 千葉 成夫(ちば しげお、1946年 - )は、日本の美術評論家、東京国立近代美術館研究員を経て、中部大学教授。岩手県生まれ、東京都育ち。早稲田大学文学部美術史学科大学院博士課程修了。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
宮崎 学(みやざき まなぶ、1945年〈昭和20年〉10月2… 宮崎 学(みやざき まなぶ、1945年〈昭和20年〉10月25日 - 2022年〈令和4年〉3月30日)は、日本の評論家・ノンフィクション作家・小説家。京都府京都市伏見区深草福稲高松町生まれ。 京都・伏見の暴力団寺村組の初代組長を父に、大阪・釜ヶ崎の博徒の娘を母に持った、4人きょうだいの末っ子である。父の宮崎清親(旧姓・寺村)は京都府の南端、木津川沿いの綴喜郡井手村(現在の井手町玉水)の貧しい農家の次男坊であり、10代の初めに京都に出てきた。戦後になってから中島源之介の中島会(のちに中島連合会)と正式に関わりをもって盃を受け、ヤクザの世界に加わる。父は博徒であったが、その一方で鳶や土方を数十人抱える解体屋寺村組の親方でもあった。
西山 弘道(にしやま ひろみち、1945年(昭和20年) -… 西山 弘道(にしやま ひろみち、1945年(昭和20年) - )は、日本のフリージャーナリスト、政治評論家。民間シンクタンク「平河総合戦略研究所」理事。 元文化放送報道記者、ニュースデスク。 満洲国(現・中華人民共和国東北区)に生まれる。1969年、早稲田大学卒業、文化放送入社。 国会担当記者として「永田町戦国史」といわれた時代の国会をマークした。その他は、警視庁記者クラブキャップ、報道部長、ニュースワイド番組「走れ! やじうまン!!」「西山弘道の世の中朝一番」キャスター、編成局次長を経て、2005年に退職。退職後はフリージャーナリスト、政治評論家。また、拓殖大学などで非常勤講師を務める。
関 曠野(せき ひろの、1944年3月14日– )は、日本の… 関 曠野(せき ひろの、1944年3月14日– )は、日本の思想史家、評論家。愛知県豊橋市在住。父は児童文学作家の関英雄。 東京都出身。早稲田大学第一文学部仏文科卒業後、共同通信社入社。国際局海外部をへて1980年に同社を退職し、在野の思想史家(自称の肩書きは「文明史家」)、評論家として活動を開始する。英語、ドイツ語、フランス語に堪能で、海外の論文はほとんど原語で読んでいる。その冠絶した知性と変人ぶりから「左翼界の小室直樹」と称せらる。 1982年に処女評論『プラトンと資本主義』(北斗出版)を上梓。以来、資本主義批判、西欧近代文明批判を軸として、政治思想史、教育論、科学・技術論等、様々なテーマで論考を発表。
三枝昻之(さいぐさ たかゆき、1944年1月3日 - )は、… 三枝昻之(さいぐさ たかゆき、1944年1月3日 - )は、日本の歌人・文芸評論家。歌誌「りとむ」主宰。日本歌人クラブ名誉会長。山梨県立文学館館長。宮中歌会始の選者でもある。(「たかゆき」は「昂之」ではなく「昻之」) 山梨県甲府市生まれ。父・清浩は窪田空穂門下の歌人。五人兄弟の四男。歌人の今野寿美は妻、同じく歌人の三枝浩樹は弟(五男)。歌人の萩原慎一郎に影響を与えた。 幼少期に脊椎カリエスにかかり、小学校には8年間通った。早稲田大学高等学院進学とともに甲府から上京。弟浩樹とともに歌誌「沃野」に入会し、植松寿樹に師事。早稲田大学入学と同時に早稲田大学短歌会に入会。上級生の佐佐木幸綱や福島泰樹と知り合う。
宝木 範義(たからぎ のりよし、1944年1月1日 - )は… 宝木 範義(たからぎ のりよし、1944年1月1日 - )は、日本の美術評論家。近代美術史、デザイン史専攻。 東京都生まれ。1971年早稲田大学大学院美術史修士課程修了。世田谷美術館学芸部長を経て、明星大学造形芸術学部教授。2014年退任。
尾形 明子(おがた あきこ、1944年 - )は、日本の文芸… 尾形 明子(おがた あきこ、1944年 - )は、日本の文芸評論家、日本近代文学の研究者。近代日本文学、特に自然主義文学と女性文学 - 「女人芸術」「輝ク」の研究が専門。 東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。同大学院博士課程満期退学。東京女学館短期大学、東京女学館大学教授を歴任。
千葉 幹夫(ちば みきお、1944年 - )は、日本の児童文… 千葉 幹夫(ちば みきお、1944年 - )は、日本の児童文学作家、児童文学評論家、妖怪研究家。日本文藝家協会会員。 宮城県出身。早稲田大学法学部卒業。 早稲田大学在学中より、早大童話会から改名した少年文学会に所属。児童図書専門出版社勤務を経て独立。 2002年、『舌ながばあさん』で 第33回「講談社出版文化賞」絵本賞を受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
鈴木 邦男(すずき くにお、1943年〈昭和18年〉8月2日… 鈴木 邦男(すずき くにお、1943年〈昭和18年〉8月2日 - 2023年〈令和5年〉1月11日)は、日本の政治活動家、「一水会」名誉顧問、思想家、文筆家、プロレス評論家、河合塾講師。 ほか、「ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク」(のりこえねっと)共同代表。コリア国際学園後援会発起人。 1943年、福島県郡山市に生まれる。税務署勤務だった父親の都合で、秋田県、宮城県と、高校生の頃まで東北地方を転々とする。横手に住んでいたときは、ジャーナリストのむのたけじがよく家に来ていた。 生長の家との関わりは、母親が病気になったとき、伊藤邦典(のちに全国学協と楯の会)の父親である生長の家の地方講師の祈祷によって、治癒したことがきっかけで、以降、鈴木家では母親が熱心な信者となった。
榎本 正男(えのもと まさお、1943年 - )は、北海道出… 榎本 正男(えのもと まさお、1943年 - )は、北海道出身の競馬評論家。 早稲田大学在学中から東京競馬場や中山競馬場に通い詰め、シンザンのレースも生で観戦。卒業後はダービーニュースを経て、1970年に創刊したばかりの夕刊フジへ入社。後に道新スポーツ東京支社へ移籍し、トラックマンとして活躍。競馬取材を続けるほか、スポーツ記者として野球・サッカー・柔道・剣道・相撲などの競技取材の経験も積んでいる。 夕刊フジ、道新スポーツ勤務中には、土曜競馬中継(テレビ東京)で通算18年にわたり解説を務めたほか、日曜競馬ニッポンやTVhサマー競馬にも出演。実況の矢野吉彦、司会の石森かずえと共に毎週のように番組終了後の“飲み会”を催していた。
白井 透(しらい とおる、1943年 - )は、日本の競馬評… 白井 透(しらい とおる、1943年 - )は、日本の競馬評論家、競走馬の血統研究家。サラブレッド血統センター創業者。 父・白井新平は、戦前からアナキズム系の活動家として知られるとともに、1938年に競馬週報社を設立し、今日の日本の競馬新聞で標準的なものとなっている馬柱などの表現を創出した人物であった。弟・白井民平は馬術選手として活躍した後、北海道日高町で牧場経営者となった。 このように競馬一家であった白井家に生まれた透は、早稲田大学政治経済学部卒業後、1967年にサラブレッド血統センターを設立し、1971年に『競馬四季報』(関東版)を創刊したのをはじめ、競馬・血統関係の出版事業に従事した。 1990年に、サラブレッドの血統を記録した基礎資料『Family Tables of Racehorses』の第III巻を出版し、JRA賞馬事文化賞を受賞した。
中村 哲郎(なかむら てつろう、1942年11月23日 - … 中村 哲郎(なかむら てつろう、1942年11月23日 - )は、歌舞伎を中心とした演劇研究者、評論家。 山梨県甲府市の温泉旅館で生まれ育った。山梨県立甲府第一高等学校卒、早稲田大学文学部に学び、郡司正勝に師事。国立劇場(1967年開場)に勤務したが数年で退職を経て、中学1年でやみつきになった歌舞伎を軸に半世紀を超えた観劇歴で、演劇研究・執筆活動を行う。 1983年『西洋人の歌舞伎発見』で芸術選奨文部大臣新人賞、2007年『歌舞伎の近代 作家と作品』で日本演劇学会河竹賞・AICT演劇評論賞、2012年『花とフォルムと 転換する時代の歌舞伎評論』で芸術選奨文部科学大臣賞をそれぞれ受賞。2021年、『評話集 勘三郎の死 劇場群像と舞台回想』で第72回読売文学賞を受賞。
郷原 宏(ごうはら ひろし、1942年5月3日 - )は、日… 郷原 宏(ごうはら ひろし、1942年5月3日 - )は、日本の詩人、文芸評論家、翻訳家。 島根県出雲市(平田市)出身。早稲田大学政治経済学部卒。読売新聞社に入社し、社会部記者、週刊読売編集部、出版局編集者を歴任。編集者時代は松本清張の担当を務めた。若くから詩作を始め、1974年『カナンまで』でH氏賞受賞。1983年、高村智恵子論『詩人の妻』でサントリー学芸賞受賞。 1985年からフリーライターとなる。その後、妻の山本楡美子(本名・郷原静江)とともに主としてミステリーの翻訳を始め、映画『わが愛の譜 滝廉太郎物語』の原作を書き下ろした。2006年『松本清張事典 決定版』で第59回日本推理作家協会賞評論部門受賞。
米沢 慧(よねざわ けい、1942年 - )は、日本の都市建… 米沢 慧(よねざわ けい、1942年 - )は、日本の都市建築論、家族論・医事などの評論家。 長寿社会のケア活動を模索する「ファミリー・トライアングルの会」世話人。「AKIHIKOゼミ」「ヨネザワ・ゼミ」主宰。 島根県奥出雲生まれ。早稲田大学教育学部卒。都市論、建築論、家族論からも近年は終末期医療、ホスピスなどについて発言している。
田岡 俊次(たおか しゅんじ、1941年12月16日 - )… 田岡 俊次(たおか しゅんじ、1941年12月16日 - )は、日本のジャーナリスト、軍事評論家。血液型はO型。京都府京都市左京区出身。
石川 顯(いしかわ あきら、1941年8月3日 - )は、日… 石川 顯(いしかわ あきら、1941年8月3日 - )は、日本のアナウンサー、スポーツ評論家。石川 顕とも表記。 神奈川県横須賀市出身。TBSアナウンサーを経て、フリーアナウンサーとなる。キックボクシング選手の沢村忠の決め技「真空とびひざげり」の命名者。 横須賀市立田浦小学校卒業。鎌倉学園高等学校卒業。元々は教員志望だったが、早稲田大学教育学部卒業後、1964年4月にTBSにアナウンサー第9期生として入社(同期には大沢悠里・小島康臣・平原晋太郎・桝井貞之・宇野淑子・高階玲子・二村義子・山田照子・吉野好子)。ラジオ編成局放送実施部(1964年5月)、報道局ニュース部(1965年6月)、ニュース取材部(1965年12月)、報道局運動部兼ニュース取材部(1966年7月)、報道局運動部兼アナウンサー研修室付(1967年11月)、ラジオ本部アナウンス室兼テレビ本部報道局運動部(1970年7月)、アナウンス室兼テレビ本部第二制作局スポーツ部(1979年12月)、アナウンスセンター兼スポーツ局(1991年5月)に配属される。
大笹 吉雄(おおざさ よしお、1941年5月8日 - )は、… 大笹 吉雄(おおざさ よしお、1941年5月8日 - )は、日本の演劇評論家。 大阪府に生まれる。早稲田大学第一文学部演劇科で郡司正勝に師事する。1964年に卒業後、歌舞伎雑誌『演劇界』を発行している演劇出版社に勤務するが、演劇批評をするため1975年に退社。6か月たって初めて原稿依頼があったという。37歳で最初の著書『正統なる頽廃』を刊行した。 1985年よりライフワーク『日本現代演劇史』の刊行を始め、同年に第1巻でサントリー学芸賞受賞した。以後も1991年に『花顔の人・花柳章太郎伝』で大佛次郎賞受賞。2008年『女優二代』で読売文学賞受賞。2010年『新日本現代演劇史』で河竹賞受賞。2014年『最後の岸田國士論』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。
平岡 正明(ひらおか まさあき、1941年(昭和16年)1月… 平岡 正明(ひらおか まさあき、1941年(昭和16年)1月31日 - 2009年(平成21年)7月9日)は、日本の評論家。東京都出身。 東京市本郷区湯島新花町(現・東京都文京区湯島2丁目)に生まれる。1945年6月、空襲を避けて神奈川県足柄下郡酒匂町(現・小田原市)に疎開。酒匂小学校を経て、1949年7月に東京へ戻り、文京区立汐見小学校に転校。父が旭光学の社長の運転手になったため、同校6年の夏休みに東京都板橋区志村前野町の旭光学寮に転居。京華中学校を経て、1959年7月に同高等学校を卒業。同校では漢文を千田九一に、古文を竹盛天雄に、現代文学を古林尚・紅野敏郎に学ぶ。 7月卒業となったのは、高校の卒業試験を受けている時、カンニングの発覚を恐れて教師の前で答案を破り卒業保留処分を受けたためである。
正慶 孝(しょうけい たかし、1940年11月1日 - 20… 正慶 孝(しょうけい たかし、1940年11月1日 - 2008年2月1日)は、日本の政治経済学者、政治経済評論家。 産業能率大学、明星大学で教鞭をとり、政治経済評論のほか翻訳も手掛けた。 東京生まれ。1963年早稲田大学第一政治経済学部卒業。1966年同大学院経済学専攻修士課程修了後、日本貿易振興会勤務、1970年中央公論社勤務、『中央公論』(編集部、次長。1986年に退社し、1988年産業能率大学助教授、教授、1992年明星大学経済学部教授。
鈴木 史楼(すずき しろう、1940年10月3日 - 199… 鈴木 史楼(すずき しろう、1940年10月3日 - 1997年8月15日)は、「書」の評論家。 東京出身。早稲田大学英文科専攻卒。独学で書道史を学び、28歳頃から書の評論を始めた。 1982年から書の個人批評誌「紅糸」を年3回発行した。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
高橋 康雄(たかはし やすお、1940年10月2日 - 20… 高橋 康雄(たかはし やすお、1940年10月2日 - 2000年7月4日)は、日本の評論家、俳人。 旧満州生まれ。1965年早稲田大学商学部卒業後、山形新聞記者、潮出版社編集者、『潮』編集長、論風社取締役、大学非常勤講師、1997年札幌大学文化学部教授、1999年学部長。
阿子島 たけし(あこじま たけし、1940年8月30日 - … 阿子島 たけし(あこじま たけし、1940年8月30日 - 2005年12月13日)は、日本の音楽評論家。 宮城県白石市出身。早稲田大学第一文学部卒業。1964年に報知新聞社に入社し、文化部記者として映画・音楽を担当したが、1972年に退社。翌年、ミュージック・ラボ社に入社し、音楽業界専門誌『ミュージック・ラボ』編集長を務めたが、1976年退社し、フリーの音楽評論家として独立。執筆活動のかたわら、日本レコード大賞の審査委員長、全日本有線放送大賞等の審査員を務めた。 阿子島は2005年12月12日夜に東京都のホテルで行われたディナーショー終了後に行方がわからなくなった。その後の阿子島の目撃証言は一切なく、また通話など連絡をとったものも当時実家滞在中の妻も含め一切いない。
鈴木 悳夫(すずき のりお、1940年7月7日 - 2007… 鈴木 悳夫(すずき のりお、1940年7月7日 - 2007年6月14日)は、静岡県静岡市出身のプロ野球選手(捕手、一塁手)・コーチ、評論家。 清水東高校では1年次の1956年秋から捕手として活躍し、2年次の1957年には春季中部大会決勝に進み、掛川西高を降し優勝を飾る。同年には1年上のチームメイトに4番・遊撃手の漆畑勝久を擁して夏の甲子園に出場するが、2回戦(初戦)で法政二高の延藤謙吉(三重交通)、青木武文(駒大)の継投の前に完封負けを喫す。 同年の秋季中部大会では同期の山田茂利(明大-日本鋼管)とバッテリーを組み決勝に進出し、中京商のエース伊藤竜彦に完封を喫するが、3年次の1958年の選抜へ出場を決めた。
長田 弘(おさだ ひろし、1939年11月10日 - 201… 長田 弘(おさだ ひろし、1939年11月10日 - 2015年5月3日)は、日本の詩人、児童文学作家、文芸評論家、翻訳家、随筆家、編集者。 大学在学中から詩を書き始め、第1詩集『われら新鮮な旅人』(1965年)で注目された。その後、『深呼吸の必要』(1984年)、『世界は一冊の本』(1994年)などで読者層を広げた。 1939年、福島県福島市生まれ。福島県立福島高等学校卒業。 1958年3月に福島より上京。1959年4月、早稲田大学第一文学部独文専修に入学。 早稲田大在学中の1960年秋、関根久男と詩誌「鳥」を創刊。雑誌「現代詩」「詩と批評」「第七次早稲田文学」の編集に加わる。1963年3月、早稲田大学卒業。