今泉 昭(いまいずみ あきら、1934年7月23日 - 20… 今泉 昭(いまいずみ あきら、1934年7月23日 - 2021年2月8日)は、日本の政治家。参議院議員(2期)。神奈川県藤沢市出身。 満洲の旅順で終戦を迎える。早稲田大学文学部を卒業。ハワイで旅行代理店を営んだ後、ゼンキン連合へ。副書記長、書記長、会長代行と歴任。民社党の中核労組の幹部として活動し、1995年の第17回参議院議員通常選挙に比例区から新進党公認で立候補し初当選。新進党解党後は新党友愛を経て民主党に所属した。 2001年の第19回参議院議員通常選挙に千葉県選挙区から立候補し当選。その後、党参院国会対策委員長、党参院幹事長などを経て、2007年1月30日、政治献金を巡る疑惑により引責辞任した角田義一に代わり参議院副議長に選出された。
榛村 純一(しんむら じゅんいち、1934年(昭和9年)7月… 榛村 純一(しんむら じゅんいち、1934年(昭和9年)7月12日 - 2018年(平成30年)3月7日)は、日本の政治家。旧掛川市長(第8〜14代)、社団法人大日本報徳社社長を歴任した。 早稲田大学卒業後、家業である林業と製材業の経営に携わり、掛川市森林組合の組合長や静岡県森林組合連合会の会長といった林業団体の役職を歴任した。静岡県監査委員などを経て、1977年に旧掛川市長選挙に立候補し、当選を果たした。以来、連続7期にわたって旧掛川市長を務めた。在任中は生涯学習の推進を提唱し、全国生涯学習市町村協議会や全国地域づくり推進協議会にて会長を務めた。また、東海道新幹線掛川駅や東名高速道路掛川インターチェンジの設置や、掛川城の復元などを推進した。
青木 幹雄(あおき みきお、1934年〈昭和9年〉6月8日 … 青木 幹雄(あおき みきお、1934年〈昭和9年〉6月8日 - 2023年〈令和5年〉6月11日)は、日本の政治家。位階は従三位、勲章は旭日大綬章。 竹下登衆議院議員秘書、島根県議会議員(5期)、参議院議員(4期)、内閣官房長官(第64・65代)、沖縄開発庁長官(第38・39代)、自由民主党参議院幹事長、自由民主党参議院議員会長を歴任した。 長男に青木一彦参議院議員がいる。 1934年6月8日、島根県簸川郡大社町の漁師の家に誕生する。実家は網元で、大社漁協の組合長だった。漁師の息子だった青木は稲佐の浜で朝から暗くなるまで勉強もしないで真っ黒になって遊んだ。島根県立大社高等学校を経て早稲田大学に入学。
橘 康太郎(たちばな こうたろう、1934年5月30日 - … 橘 康太郎(たちばな こうたろう、1934年5月30日 - 2012年6月1日)は、日本の政治家、実業家。自由民主党所属の衆議院議員(4期)。日本野球富山県連盟名誉会長。富山県高岡市出身。 実業家で、民主党の参議院議員・衆議院議員を務めた橘直治の息子として生まれた。早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了後、富山県議会議員(1期)、伏木海陸運送社長を務めた。その後旧富山2区より無所属で第38回総選挙に立候補し落選。続く第39回総選挙でも自由民主党の公認を得ながら落選、3度目の立候補となった第40回総選挙で初当選した。 地元には地盤の強固な綿貫民輔がいたため、小選挙区制に移行してからの富山3区(範囲は旧富山2区と同じ)からの立候補は叶わず、比例北陸信越ブロックへと転出して、第41回総選挙以降3回連続して比例区からの単独立候補で上位当選したが、衆院比例73歳定年制・比例連続2回規定という当時の自民党規定のため、第44回総選挙では自民党公認を得られずに、立候補を断念した。
小久保 正雄(こくぼ まさお)、1934年4月8日 - 20… 小久保 正雄(こくぼ まさお)、1934年4月8日 - 2010年6月1日)は、兵庫県津名郡北淡町(現淡路市)出身の日本の政治家、アナウンサー。元ロンドンBBCアナウンサー、兵庫県議会議員、北淡町長。 1954年兵庫県立津名高等学校、1958年早稲田大学政治経済学部卒業。ロンドンBBC記者兼アナウンサーとして働く。その後日本航空ローマ支店勤務。 1971年より6期連続兵庫県議会議員に当選。自民党県議団幹事長などを歴任。1994年、津名郡北淡町長に就任。就任後3か月で阪神・淡路大震災に遭遇し、震源地町長として復興に尽力した。 2004年、旭日中綬章受章。2010年死去。叙正五位。
大橋 巨泉(おおはし きょせん、1934年〈昭和9年〉3月2… 大橋 巨泉(おおはし きょせん、1934年〈昭和9年〉3月22日 - 2016年〈平成28年〉7月12日)は、日本のテレビタレント、司会者、俳人、放送作家、政治家。この他、競馬評論家、ジャズ評論家、時事評論家としての活動も行い、馬主でもあるなど、日本のマルチタレントの先駆けとなった。実業家・芸能プロモーターとしてもオーケープロダクション(旧・大橋巨泉事務所)を創業し、取締役会長を務めたほか、一部の国で、お土産物屋「オーケーギフトショップ」を経営するオーケーギフトショップグループの取締役社長を務めた。また、政治家として参議院議員を務め、会派は民主党・新緑風会に所属した。 本名は大橋 克巳(おおはし かつみ)。
佐藤 幸次郎(さとう こうじろう、1933年(昭和8年)8月… 佐藤 幸次郎(さとう こうじろう、1933年(昭和8年)8月16日 - )は、日本の政治家、ジャーナリスト。元山形市長(第15代)。元山形新聞社論説委員。 山形県山形市出身。早稲田大学第一文学部卒業後、山形新聞社に入社。金澤忠雄市政下で市政担当記者を務め仙台支社長時代、金澤との知遇を得て目をかけられた。論説委員を経て、金澤は助役として市に迎え入れる意向であったが、保守系会派の反対により、ワンクッションを置き水道事業管理者、収入役を歴任後、1991年(平成3年)、助役に選任される。 1994年(平成6年)11月には、7期28年の金澤路線の継承を旗印に、山形市長選に出馬。吉村和夫との一騎討ちを制し初当選する。
桜井 新(さくらい しん、1933年4月8日 - 2017年… 桜井 新(さくらい しん、1933年4月8日 - 2017年11月9日)は、日本の政治家。自由民主党所属の元参議院議員(1期)、元衆議院議員(6期)。櫻井新とも書く。 新潟県南魚沼郡大和町(現:南魚沼市)出身。新潟県立六日町高等学校併設中学校、新潟県立新潟工業高等学校を経て1957年早稲田大学第一理工学部卒業。早稲田大学在学中から田中角栄の書生を務めた後に田中氏の後援会「越山会」の青年部長として活動した。東京都から新潟県に帰郷して建設業を経営した[要出典]。 1971年、新潟県議会議員選挙に立候補。この時は自らの会社の従業員を党員登録して、支部大会を半ば乗っ取る格好で自民党の公認を獲得し、当選して2期務める。
成瀬 守重(なるせ もりしげ、1933年2月6日 - 202… 成瀬 守重(なるせ もりしげ、1933年2月6日 - 2026年2月4日)は、日本の政治家。元参議院議員(2期)。 愛知県岡崎市出身。1957年、早稲田大学政治経済学部卒業。世界救世教教育政治委員会委員長、常任理事、責任役員を務める。1980年、MOA常務理事、産業経済研究協会理事などを務める。1989年の第15回参議院議員通常選挙で比例区に自由民主党から立候補して初当選。2期務める。党内では清和政策研究会(三塚派→森派)に属した。2001年に引退。2003年、勲二等瑞宝章を受章。 2026年2月4日、老衰のため、岡崎市内の病院で死去した。92歳没。死没日付で正四位に叙された。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。
志賀 節(しが せつ、1933年〈昭和8年〉2月3日 - 2… 志賀 節(しが せつ、1933年〈昭和8年〉2月3日 - 2021年〈令和3年〉7月5日)は、日本の政治家。位階は従三位。環境庁長官(第23代)、内閣官房副長官(第1次海部内閣)、衆議院議員(8期)等を務めた。 岩手県一関市出身。早稲田大学文学部卒業後、南カリフォルニア大学大学院に留学し、国際政治学を専攻した。1963年から、三木武夫が主宰する中央政策研究所に勤務する。父・健次郎の政界引退に伴い、1972年の第33回衆議院議員総選挙に旧岩手2区から自由民主党公認で立候補し、初当選した(当選同期に小泉純一郎・加藤紘一・山崎拓・三塚博・石原慎太郎・村岡兼造・保岡興治・瓦力・越智通雄・野田毅・深谷隆司など)。
藤波 孝生(ふじなみ たかお、1932年12月3日 - 20… 藤波 孝生(ふじなみ たかお、1932年12月3日 - 2007年10月28日)は、日本の政治家。衆議院議員(11期)。 三重県度会郡神社町(現在は伊勢市)出身。三重県立宇治山田高等学校卒業。早稲田大学商学部時代は雄弁会で活躍。当時の愛称は「神様」。 大学卒業後、家業の和菓子店に従事。伊勢青年会議所を組織し、副理事長に就任。それを選挙母体として1963年三重県議会議員に当選。1期務めた。 浜地文平から後継に指名され、1967年、自由民主党から第31回衆議院議員総選挙に三重県第2区から立候補し初当選し、以後当選11回(当選同期に山下元利・増岡博之・塩川正十郎・加藤六月・中尾栄一・武藤嘉文・坂本三十次・塩谷一夫・水野清など)。
佐々木 誠造(ささき せいぞう、1932年10月30日 - … 佐々木 誠造(ささき せいぞう、1932年10月30日 - )は、日本の政治家。前青森市長。旧青森市長を4期(新設合併により途中失職)、新設合併した青森市長を1期務めた。コンパクトシティ構想を推進。
野間 友一(のま ともいち、1932年10月5日 - 201… 野間 友一(のま ともいち、1932年10月5日 - 2012年5月17日)は日本の弁護士、政治家。衆議院議員(日本共産党公認、通算5期)。日本共産党和歌山県副委員長。 兵庫県多紀郡篠山町(現・丹波篠山市)出身。早稲田大学法学部を卒業後、総評弁護団及び自由法曹団に参加。1972年の衆院選に和歌山1区から出馬し初当選、和歌山県初の共産党国会議員となった。以後衆議院議員を5期務めるが、1990年の衆院選で落選する。 2002年10月28日、「古希団員」として表彰を受ける。議員引退後は、和歌山県和歌山市の「きのくに法律事務所」に勤務していた。
鶴岡 洋(つるおか ひろし、1932年〈昭和7年〉9月2日 … 鶴岡 洋(つるおか ひろし、1932年〈昭和7年〉9月2日 - 2021年〈令和3年〉2月10日)は、昭和から平成期の政治家。衆院で1期、参院で4期計27年間務めた。 千葉県印旛郡酒々井町出身。千葉県立佐倉高等学校を経て1957年(昭和32年)早稲田大学商学部卒業。同年、日野自動車に入社し、その後、西武鉄道、国土計画で勤務した。公明党参議院議員辻武寿、同北条浩、衆議院議員竹入義勝、同斎藤実の各議員秘書、公明党衆参両院事務局長を務めた。 1969年(昭和44年)第32回衆議院議員総選挙に公明党公認で旧千葉2区から立候補し、初当選。1期務める(1972年および1976年では落選)。 1980年(昭和55年)第12回参議院議員通常選挙に旧全国区へ鞍替え立候補し当選。
青島 幸男(あおしま ゆきお、1932年〈昭和7年〉7月17… 青島 幸男(あおしま ゆきお、1932年〈昭和7年〉7月17日 - 2006年〈平成18年〉12月20日)は、日本の政治家、小説家、作詞家、タレント、テレビ司会者、俳優、放送作家、映画監督、歌手。位階は正四位。 参議院議員(5期)、第二院クラブ代表(初代・第5代)、東京都知事(第13代)等を歴任した。 テレビ業界で当初は放送作家として成功し、高度成長期を歌った「スーダラ節」を作詞する。クレージーキャッツ主演の映画はもとより、『若大将シリーズ』などでも映画の主題歌を作詞した。主演したドラマ『いじわるばあさん』では国民的キャラクターとして定着し、小説を執筆すれば処女作『人間万事塞翁が丙午』が直木賞を受賞するなど、多才の人として知られ、「超マルチタレント」と呼ばれた。
渡部 恒三(わたなべ こうぞう、1932年〈昭和7年〉5月2… 渡部 恒三(わたなべ こうぞう、1932年〈昭和7年〉5月24日 - 2020年〈令和2年〉8月23日)は、日本の政治家。元の姓名は、渡部 恒蔵(読み同じ)。正三位、勲一等旭日大綬章。 衆議院議員(14期)、衆議院副議長(第60・61代)、厚生大臣(第63代)、自治大臣(第39代)、国家公安委員会委員長(第49代)、通商産業大臣(第53代)、自由民主党国会対策委員長(第32代)、新進党政務会長(第2代)兼国会運営委員長(第2代)、同総務会長(初代)、無所属の会代表(第3代)、民主党国会対策委員長(第11代)、同最高顧問、復旦大学経済管理学院名誉教授などを歴任。自由民主党所属時は竹下派七奉行の1人だった。
岡島 一夫(おかじま かずお、1932年(昭和7年)5月15… 岡島 一夫(おかじま かずお、1932年(昭和7年)5月15日 - 2003年(平成15年)4月12日)は、日本の政治家。愛媛県今治市長。位階は正五位。 早稲田大学政治経済学部卒業。 代議士の秘書を経て、1971年に愛媛県議会議員に立候補し初当選を果たした。県議会議員3期目の途中で議員を辞職し、1981年に今治市長選挙に立候補した。市長選挙では現職の羽藤栄市を破り、初当選を果たした。 市長時代には学校給食での自校方式導入や下水道の普及、今治駅周辺の鉄道高架事業、今治港富田地区の整備などを進めた。 今治港富田地区の整備では織田が浜の埋立を巡って住民から反発の声が起こり、反対住民が公金支出差し止めを求め1984年に提訴した。
渡部 通子(わたなべ みちこ、1932年4月5日 - 201… 渡部 通子(わたなべ みちこ、1932年4月5日 - 2010年12月23日)は、日本の政治家。公明党衆議院議員(1期)、参議院議員(1期)。夫は元公明党衆議院議員の渡部一郎。 日本統治時代の朝鮮全北裡里(現・韓国全北特別自治道益山市)生まれ。京城第一公立高等女学校在学時に引き揚げ。1956年早稲田大学法学部卒業。聖教新聞記者、潮出版社編集局次長、同取締役を歴任した。また、1966年まで創価学会女子部長を務めた。1969年の第32回衆議院議員総選挙で東京1区から公明党公認で立候補して初当選する。1972年の第33回衆議院議員総選挙で落選。1977年の第11回参議院議員通常選挙で兵庫県選挙区から立候補して当選した。
山中 郁子(やまなか いくこ、1932年3月15日 - 20… 山中 郁子(やまなか いくこ、1932年3月15日 - 2022年2月26日 )は、日本の労働運動家、政治家。参議院議員(日本共産党公認・3期)。日本共産党中央委員会名誉幹部会委員。 秋元有子(あきもと ゆうこ)のペンネームで創作活動も行っていた。夫は国文学研究資料館名誉教授の山中光一(1926-2021)。 東京都練馬区出身。東京都立豊島高等学校を経て、早稲田大学第二文学部卒業。1952年、日本電信電話公社(現・NTT)へ入社し、電話交換手として勤務。同年に日本共産党へ入党し、のち全国電気通信労働組合(全電通)中央委員および東京市外電話支部書記長などを務める。また、1970年に電電公社を退社した後は党中央委員会の労組部へ入り、後進の育成に当たる。
中村 靖(なかむら やすし、1932年2月27日 - )は、… 中村 靖(なかむら やすし、1932年2月27日 - )は、日本の政治家、元自由民主党衆議院議員。
木島 長右ェ門(きじま ちょううえもん、1932年(昭和7年… 木島 長右ェ門(きじま ちょううえもん、1932年(昭和7年)2月9日 - 2017年(平成29年)12月12日)は、日本の政治家。新潟県糸魚川市長(3期)。 新潟県糸魚川市出身。早稲田大学政経学部卒。糸魚川市議会議員を4期、同議長を務め、1985年糸魚川市長選挙に立候補し、初当選する。1989年と1993年の市長選はともに無投票で当選。市長を3期務め、1997年に退任した。 在任中の実績として、『フォッサマグナと地域開発構想』が挙げられる。この構想は、フォッサマグナやヒスイなどを糸魚川市特有の地域資源として、地域振興はもとより教育に活用することを目指すものである。この構想によって、まず1990年にフォッサマグナパークが造られた。
野末 陳平(のずえ ちんぺい、本名:同じ、旧本名:野末 和彦… 野末 陳平(のずえ ちんぺい、本名:同じ、旧本名:野末 和彦〈のずえ かずひこ〉、1932年〈昭和7年〉1月2日 - )は、日本の放送作家、経済評論家、政治家。野末陳平事務所代表。 レイク浜松カントリークラブ(引佐観光開発)代表取締役会長。落語立川流顧問。駄句駄句会同人、俳号は「野ざらし」。 参議院議員(4期)、税金党党首(初代)、参議院大蔵委員長、WWF常任理事、サイバー大学客員教授などを歴任した。 父親は鉄道院の役人で、各地の駅を設計していた。母親は岡山県岡山市の出身で、薬剤師になるため上京し、明治薬学専門学校を卒業後、薬局で働いていたとき、見合い結婚。父親が山口県立工業の教師として赴任した山口県宇部市で陳平(和彦)は生まれた。
藁科 滿治(わらしな みつはる、1931年12月25日 ‐ … 藁科 滿治(わらしな みつはる、1931年12月25日 ‐ )は、日本の政治家。 参議院議員(2期)、内閣官房副長官、民主党参議院議員会長を歴任。 神奈川県出身。浅野中学校を経て1950年に浅野高校を卒業。高校時代は野球部に所属していた。1958年、明治学院大学経済学部を卒業した。1957年富士通に入社し、労働組合の活動に携わりながら早稲田大学大学院経済学研究科に通って労働問題を勉強するも中退した。1968年に電機労連に転出、1974年より電機労連書記長を務め、1983年からは中立労連事務局長を兼務。1984年7月に電機労連委員長に、9月には中立労連議長に、1985年には全民労協副議長に就任した。
秋山 肇(あきやま はじめ、1931年12月25日 - )は… 秋山 肇(あきやま はじめ、1931年12月25日 - )は、日本の政治家。元自由民主党所属の参議院議員(1期)。 現在の東京都世田谷区出身。東京都立西高等学校を経て、1954年早稲田大学法学部卒。世田谷区で青年運動に身を投じ、1977年の東京都議会議員選挙に新自由クラブから立候補して初当選、3期務める。この間新自由クラブ都連幹事長などを務めた。1986年に新自由クラブを離党し、野末陳平の誘いを受け税金党に入り、参院選で比例区から立候補して当選した。税金党では幹事長を務めたが、その後1990年に税金党解散により、野末ら党所属の国会議員とともに自民党に入った。1992年の参院選で比例区から自民党公認で立候補していたが、名簿順位は24位と下位にランクされたため落選した。
吉川 芳男(よしかわ よしお、1931年〈昭和6年〉10月2… 吉川 芳男(よしかわ よしお、1931年〈昭和6年〉10月25日 - 2018年〈平成30年〉4月6日)は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(3期)、労働大臣(68代)、参議院農林水産委員長などを務めた。 新潟県新潟市出身。父の平一は元新潟市議。 早稲田大学第一政治経済学部卒業。新潟県議会議員を5期務め、副議長(第59代)にも就任した。1983年の参議院議員選挙に出馬し初当選。 自民党内では田中派に所属。1987年7月に竹下登らが経世会を結成した際は残留し、二階堂進らの二階堂グループに属した。1990年の衆院選で二階堂グループは解散状態に追い込まれるが、選挙翌日の同年2月19日、吉川の宏池会(宮澤喜一派)入りが内定した。
寺澤 芳男(てらさわ よしお、1931年10月3日 - )は… 寺澤 芳男(てらさわ よしお、1931年10月3日 - )は、日本の実業家、政治家。 野村證券副社長、ローンスタージャパン会長、東京スター銀行会長、多数国間投資保証機関長官(初代)、参議院議員(1期)、経済企画庁長官(第49代)、参議院外務委員長等を歴任した。 栃木県佐野市生まれ。早稲田大学高等学院、早稲田大学政治経済学部卒業。 大学卒業後、野村證券に入社。入社後、フルブライト奨学生としてアメリカ合衆国ペンシルベニア大学大学院に留学し、ウォートン・スクールで経営学修士(MBA)を取得した。帰国後、野村證券外国部次長を経て、1968年にニューヨーク支店長に就任。翌1969年、ニューヨーク支店は現地法人格を有する米国野村證券(Nomura Securities International Inc.)に再編され、寺澤は同社の初代代表取締役社長に就任した。
寺澤 芳男(てらさわ よしお、1931年10月3日 - )は… 寺澤 芳男(てらさわ よしお、1931年10月3日 - )は、日本の実業家、政治家。
菅原 雅(すがわら まさし、1931年(昭和6年)8月3日 … 菅原 雅(すがわら まさし、1931年(昭和6年)8月3日 - 2021年(令和3年)9月9日)は、日本の政治家。宮城県気仙沼市長(5期)。 気仙沼市の蔵元、創業1912年の造り酒屋「男山本店」を営む家庭に生まれる。宮城県気仙沼高等学校、早稲田大学卒業。 最晩年まで同社の取締役であった。 1973年、気仙沼市長に当選。93年まで5期20年間つとめる。 1991年 石井亨仙台市長が全国市長会の会長選に出た際、川井貞一白石市長と共に尽力。 2001年、勲四等旭日小綬章受章。 市長退任後は、1994年6月、気仙沼市観光協会会長に就任。2007年3月末まで7期13年務めた。 2021年9月9日、肺塞栓症で死去。
黒柳 明(くろやなぎ あきら、1931年〈昭和6年〉6月19… 黒柳 明(くろやなぎ あきら、1931年〈昭和6年〉6月19日 - )は、日本の政治家。 参議院議員(5期)、公明党参議院議員団長、公明党副委員長、新進党参議院議員代表、公明党常任顧問などを歴任した。 東京都出身。東京都立新宿高等学校を経て、早稲田大学英文科卒業。聖教新聞編集局長や潮出版社の編集主幹を歴任する。 1965年(昭和40年)の第7回参議院議員通常選挙に全国区から公明党公認で立候補し、初当選(連続5期当選)。 1971年(昭和46年)の第9回参議院議員通常選挙からは東京地方区で立候補し、当選を重ねる。 1992年(平成4年)、公明党副委員長に就任。1994年(平成6年)12月10日、新進党の結成に参加し、新進党参議院議員代表に就任。
飯山 利雄(いいやま としお、1931年 <昭和6年> 5月… 飯山 利雄(いいやま としお、1931年 <昭和6年> 5月6日 - 2001年 <平成13年> 6月26日)は、日本の政治家。元茨城県日立市長。位階は正六位。勲等は勲四等瑞宝章。 日立市出身。早稲田大学政経学部卒業。 日立市に入り、都市計画部長、市長公室長、教育長を経て、1991年(平成3年)日立市長に当選。1999年(平成11年)4月まで務めた。 2001年6月 死去。死没日付をもって正六位に叙され、勲四等瑞宝章追贈。
今井 晶三(いまい しょうぞう、1931年(昭和6年)3月1… 今井 晶三(いまい しょうぞう、1931年(昭和6年)3月1日 - 2016年(平成28年)10月23日)は、昭和から平成時代の政治家。実業家。新聞記者。兵庫県豊岡市長。 早稲田大学を卒業後、日本経済新聞社に入り電波室長を歴任。1979年(昭和54年)の総選挙に新自由クラブ公認で兵庫5区から出馬、翌1980年(昭和55年)の総選挙では選挙区を東京1区に移して新自ク公認で出馬するも何れも落選。1981年(昭和56年)東通社長室付となって、1982年(昭和57年)テーク・ワン社長に就任。 1989年(平成元年)豊岡市長に当選し、3期務めた。2007年、旭日小綬章受章。2016年(平成28年)10月23日、悪性リンパ腫のため死去した。
海部 俊樹(かいふ としき、1931年〈昭和6年〉1月2日 … 海部 俊樹(かいふ としき、1931年〈昭和6年〉1月2日 - 2022年〈令和4年〉1月9日)は、日本の政治家。位階は正二位、勲等は大勲位菊花大綬章(没後叙勲)。 衆議院議員(16期)、労働政務次官(第1次佐藤第2次改造内閣 - 第2次佐藤内閣)、内閣官房副長官(三木内閣)、自由民主党国会対策委員長(第21代)、文部大臣(第98・107代)、自由民主党総裁(第14代)、大蔵大臣(第95代)、内閣総理大臣(第76・77代)、新進党党首(初代)などを歴任した。 国際天文学連合(IAU)会長の海部宣男、2008年にノーベル物理学賞を受賞した小林誠の従兄である。 名古屋市東区七曲町(現・東区東桜一丁目)に生まれる。
小川 勇夫(おがわ いさお、1931年〈昭和6年〉1月1日 … 小川 勇夫(おがわ いさお、1931年〈昭和6年〉1月1日 ‐ 2007年〈平成19年〉3月21日)は、日本の政治家。位階は正五位。 相模原市長(3期)、神奈川県議会議員(4期)を歴任した。
野坂 昭如(のさか あきゆき、1930年〈昭和5年〉10月1… 野坂 昭如(のさか あきゆき、1930年〈昭和5年〉10月10日 - 2015年〈平成27年〉12月9日)は、日本の小説家、歌手、作詞家、タレント、政治家。参議院議員(1期、任期途中で退職)を務めた。 神奈川県鎌倉市で生まれる。程なく生母が亡くなり、兵庫県神戸市の親戚宅の養子に。空襲で養父を失い、疎開先で妹を栄養失調で亡くし放浪した。こうした体験から、「焼跡闇市派」を自称した。 早稲田大学仏文科中退。在学中からコント・テレビの台本、CMソングの作詞などで活躍。 『エロ事師たち』(1963年)で小説家デビュー。妹への贖罪から書いた『火垂るの墓』(1967年)、占領下の世相を描いた『アメリカひじき』(1967年)で直木賞受賞。
星川 保松(ほしかわ やすまつ、1930年(昭和5年)8月2… 星川 保松(ほしかわ やすまつ、1930年(昭和5年)8月20日 - )は、日本の政治家。尾花沢市議会議員、山形県議会議員、尾花沢市長を歴任。その後参議院議員を1期務め、民主改革連合常任幹事(代表)として細川内閣の連立に参加し、日本社会党に移籍。落選後は、民主党山形県連代表代行、同顧問などを歴任。勲三等旭日中綬章。
渡辺 紀(わたなべ おさむ、1930年〈昭和5年〉5月21日… 渡辺 紀(わたなべ おさむ、1930年〈昭和5年〉5月21日 - 2012〈平成24年〉7月1日)は、日本の政治家。元静岡県富士宮市長(3期)。 白糸村(現・富士宮市)生まれ。早稲田大学商学部を経て、同大学大学院商学研究科修士課程修了。静岡県農業協同組合中央会に勤務していた。1974年(昭和49年)7月7日、静岡県議会議員補欠選挙に富士宮市・富士郡選挙区から立候補して当選した。当選当初は無所属だったが、同年11月30日に自民党入りした。県議は5期務める。この間、1985年(昭和60年)6月28日から1986年(昭和61年)6月30日まで第84代同県議会副議長を務めた。1991年(平成3年)、富士宮市長選挙に無所属で立候補して、無投票で初当選を果たした。
藤田 栄(ふじた さかえ、1930年(昭和5年)4月10日 … 藤田 栄(ふじた さかえ、1930年(昭和5年)4月10日 – 2012年(平成24年)11月10日)は、日本の政治家。自由民主党参議院議員(1期)。静岡新聞社取締役、伊豆新聞会長。 静岡県出身。1949年(昭和24年)、静岡県立静岡城内高等学校卒業。早稲田大学商学部卒業。静岡新聞社に入り、取材、地方各部長、出版、編集各局長、論説委員などを歴任。1983年(昭和58年)12月、熊谷弘の衆院選立候補に伴う参議院補欠選挙で静岡県選挙区から自由民主党公認で立候補して当選。1986年(昭和61年)の第14回参議院議員通常選挙で落選した。静岡新聞社取締役。静岡県社会教育委員、伊豆新聞会長なども務めた。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。
中尾 栄一(なかお えいいち、1930年1月27日 - 20… 中尾 栄一(なかお えいいち、1930年1月27日 - 2018年11月18日)は、日本の政治家。衆議院議員(11期)を務めた。山梨県出身。山梨県立甲府第一高等学校、青山学院大学文学部英米文学科卒業。早稲田大学大学院修士課程修了。元日本テコンドー連盟会長。渡辺派議長。 芦田均秘書などを経て、1967年、無所属で第31回衆議院議員総選挙に旧山梨全県区から出馬し初当選(当選同期に山下元利・増岡博之・加藤六月・塩川正十郎・河野洋平・藤波孝生・武藤嘉文・坂本三十次・塩谷一夫・山口敏夫など)。当選後、自由民主党の佐藤栄作総裁から追加公認を受け、自民党に入党した。 1973年には中川一郎、石原慎太郎らとタカ派政策集団 ・青嵐会を結成し名を売った。
松浦 幸雄(まつうら ゆきお、1930年1月27日 - )は… 松浦 幸雄(まつうら ゆきお、1930年1月27日 - )は、日本の政治家、実業家。1987年から2011年まで群馬県高崎市長を6期に渡って務めた。
大内 啓伍(おおうち けいご、1930年〈昭和5年〉1月23… 大内 啓伍(おおうち けいご、1930年〈昭和5年〉1月23日 - 2016年〈平成28年〉3月9日)は、日本の政治家。勲等は正三位勲一等。厚生大臣(第75・76代)、民社党委員長(第7代)・書記長(第6代)・政策審議会長(第4代)、衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長、自由連合総裁(初代)、衆議院議員(通算6期)等を歴任した。 東京市京橋区(現在の東京都中央区)生まれ。生家は銀座の割烹旅館。早稲田大学第一法学部卒業後、アメリカ合衆国のイェール大学大学院に留学した。学生時代は当初司法試験受験を目指していたが、実家の割烹旅館を訪れていた衆議院議員の春日一幸に誘われ、政界入りした。1953年、右派社会党政策審議会事務局に就職。
鴨田 利太郎(かもだ としたろう、1930年(昭和5年)1月… 鴨田 利太郎(かもだ としたろう、1930年(昭和5年)1月17日 - 1985年(昭和60年)1月16日)は、日本の政治家、衆議院議員(2期、自由民主党)。 埼玉県熊谷市出身。父は熊谷市長と衆議院議員を務めた鴨田宗一。1950年(昭和25年)3月、拓殖大学政経学部卒業。1952年(昭和27年)3月、早稲田大学教育学部卒業。1979年(昭和54年)2月、熊谷商工信用組合理事長となった。同年、宗一の後継者として第35回衆議院議員総選挙に埼玉県第3区から自民党で立候補し当選した。1980年(昭和55年)、第36回衆議院議員総選挙でも再選した。しかし、1983年(昭和58年)の第37回衆議院議員総選挙には3回目の立候補したものの、加藤卓二と糸山英太郎(無所属)と議席を争ったが落選した。
山口 光一(やまぐち こういち、1929年〈昭和4年〉11月… 山口 光一(やまぐち こういち、1929年〈昭和4年〉11月18日 - 2008年〈平成20年〉9月14日)は、日本の政治家。自由民主党所属。参議院議員(1期)を歴任。 埼玉県深谷市出身。1953年(昭和28年)早稲田大学第一政経学部政治学科卒。同年自由党政務調査会勤務となった。1955年(昭和30年)の保守合同により自由民主党本部職員となる。1980年(昭和55年)に事務局次長、1983年(昭和58年)に事務局長に就任する。1986年(昭和61年)の参院選で比例区から立候補するが名簿順位が25位(最下位)のため落選。1990年(平成2年)に宮田輝の死去により繰り上げ当選する。同年8月20日に当選が告示された。
小山 道夫(こやま みちお、1929年(昭和4年)8月21日… 小山 道夫(こやま みちお、1929年(昭和4年)8月21日 - 2009年(平成21年)3月16日)は、昭和から平成時代初期の政治家。埼玉県蓮田市長。 埼玉県南埼玉郡綾瀬村(蓮田町を経て現蓮田市)出身。1950年(昭和25年)早稲田大学専門部商科卒業。1982年(昭和57年)から蓮田市長を2期務めた。
池端 清一(いけはた せいいち、1929年〈昭和4年〉8月2… 池端 清一(いけはた せいいち、1929年〈昭和4年〉8月20日 - 2007年〈平成19年〉2月28日)は、日本の政治家。 国土庁長官(第27代)兼研究・学園都市担当大臣兼土地対策担当大臣兼阪神・淡路復興対策担当大臣(村山改造内閣)、衆議院懲罰委員長、同災害対策特別委員長、衆議院議員(7期)、社会民主党国会対策委員長(初代)などを歴任。 北海道室蘭市生まれ、釧路市出身。旧制釧路中学校、旧制弘前高校を経て、早稲田大学法学部卒業。大学卒業後は北海道日高支庁管内の学校教員に奉職し、北海道教職員組合の書記長も務めた。 1976年、第34回衆議院議員総選挙に日本社会党公認で旧北海道4区から立候補し、初当選。
室橋 昭(むろはし あきら、1929年〈昭和4年〉8月1日 … 室橋 昭(むろはし あきら、1929年〈昭和4年〉8月1日 - 2011年〈平成23年〉3月27日)は、日本の政治家。東京都江東区長(4期)。 現在の東京都江東区出身。早稲田大学政経学部卒。江東区議会議員を2期、東京都議会議員(自由民主党)を4期務める。1991年〈平成3年〉江東区長に初当選する。区長を4期務め、2007年〈平成19年〉に退任した。同年旭日中綬章を受章した。2011年〈平成23年〉死去。
森井 忠良(もりい ちゅうりょう、1929年7月25日 - … 森井 忠良(もりい ちゅうりょう、1929年7月25日 - 2011年4月23日)は、日本の政治家。衆議院議員、厚生大臣(第78代)を務めた。勲二等旭日重光章。 広島県呉市生まれ。1953年早稲田大学法学部を卒業、日本電信電話公社入社。 全電通呉分会委員長、呉市議、広島県議を経て、1972年12月衆議院議員総選挙旧広島県第2区に日本社会党公認で立候補し初当選。旧広島2区は谷川和穂、池田行彦、中川秀直ら、有力政治家がひしめく全国有数の激戦区だったが以後当選7回。 1986年7月衆参同日選で落選。1990年2月衆院選に返り咲き当選を果たし社会党も善戦した。 1993年念願の政権交代が実現。 1994年4月、細川内閣が退陣し羽田内閣が成立するも、村山富市委員長たち社会党執行部による連立与党から離脱表明に反発。
小林 莞爾(こばやし かんじ、1929年 <昭和4年> 5月… 小林 莞爾(こばやし かんじ、1929年 <昭和4年> 5月5日 - 2014年 <平成26年> 5月10日)は、日本の政治家。田無町議会議員(2期)、田無町議会副議長、田無町議会議長、田無市議会議員(1期)、田無市議会議長、東京都議会議員(5期)、第33代東京都議会議長を歴任した。位階は従五位。 1929年5月5日、東京都に生まれる。1949年に早稲田大学高師部(現在の早稲田大学教育学部)卒業。1959年から田無町議会議員を2期7年務める。この間、副議長(1964年から1965年)、議長(1965年から1966年)を歴任する。1967年から田無市議会議員を1期2年務める。任期中は議長も務めた。
小島 静馬(こじま しずま、1928年12月15日 - 20… 小島 静馬(こじま しずま、1928年12月15日 - 2015年8月15日)は、日本の政治家。
内山 裕一(うちやま ゆういち、1928年(昭和3年)12月… 内山 裕一(うちやま ゆういち、1928年(昭和3年)12月1日 - 2012年(平成24年)7月30日)は日本の政治家。新潟県三条市長(3期)。 新潟県出身。旧制新潟県立三条中学校(現新潟県立三条高等学校)、旧制新潟高等学校を経て、早稲田大学理工学部卒。卒業後は家業の内山商店(株)に入り、のち代表取締役となる。三条市教育委員、同委員長を務めた。1983年の三条市長滝澤賢太郎死去による市長選挙に立候補し、初当選する。市長を3期12年務め、1995年に市長を引退した。
松永 光(まつなが ひかる、1928年〈昭和3年〉11月23… 松永 光(まつなが ひかる、1928年〈昭和3年〉11月23日 - 2022年〈令和4年〉10月11日)は、日本の政治家、弁護士。公益財団法人日本武道館会長(第8代)。位階は正三位、勲章は勲一等旭日大綬章。 衆議院議員(10期)、大蔵大臣(第104代)、通商産業大臣(第50代)、文部大臣(第106代)、衆議院予算委員長・建設委員長、美しい日本の憲法をつくる埼玉県民の会会長などを歴任した。 衆議院議長、文部大臣、衆議院議員を務めた松永東は養父。 長崎県南高来郡南串山村(現・雲仙市)生まれ。埼玉県浦和市(現・さいたま市)出身。1947年に東京都立九段中学校を卒業し、中央大学法学部法律学科に進学。その後、早稲田大学第二法学部法律学科に編入し、1951年に卒業した。