レイルア マーフィー(Leilua Murphy、1988年… レイルア マーフィー(Leilua Murphy、1988年12月2日 - )は、トップイースト-Bクリーンファイターズ山梨に所属するラグビー選手。旧名「マーフィー・レイルア」。 高校からラグビーを始めた。 2008年、デ・ラ・サールカレッジ卒業後、山梨学院大学に入る。 2012年、山梨学院大学卒業後、キヤノンイーグルス(現・横浜キヤノンイーグルス)に加入。 2014年、日本に帰化した。 2015年1月4日に行われたジャパンラグビートップリーグ2ndステージ第6節のパナソニック ワイルドナイツ戦に先発出場で公式戦初出場を果たす。 2017年、NTTコミュニケーションズシャイニングアークスに加入。
服部 健太(はっとり けんた、1988年8月28日 - )は… 服部 健太(はっとり けんた、1988年8月28日 - )は、日本のプロレスラー。2021年までシアタープロレス東京花鳥風月所属。 新潟県央工業高校、山梨学院大学と学生時代をレスリング部で過ごし、地元新潟の阿部精麦へ入社。高校、社会人時代にはフリースタイルで全国大会に出場。総合格闘家・太田駿平は大学レスリング部時代の同期である。 その後、プロレスラーを目指し、シマ重野が率いる新潟プロレスに入団。プレデビュー戦を経て2012年11月25日、新潟県新発田市コモプラザでのコシ☆ヒカ〜ル戦でプロデビュー。2013年3月3日、同コモプラザでプロ第2戦となるコシ☆ヒカ〜ル・ゾフィー戦を行った。 2013年8月28日、より多くの試合経験を積むため、新潟プロレスの退団。
田中 翔太郎(たなか しょうたろう、1988年7月12日 -… 田中 翔太郎(たなか しょうたろう、1988年7月12日 - )は、日本のスピードスケート選手。石川県金沢市出身。現在Mエイトクラブに所属している。 金沢市立清泉中学校、山梨学院大学附属高等学校、山梨学院大学卒業。日本スケート連盟のショートトラック部門の強化指定選手。 高校3年の時の、2007年1月に行われた国民体育大会冬季大会スケート競技会ショートトラック少年男子の部で優勝した。 2007年の第13回JOCカップジュニアオリンピックショートトラックスピード選手権大会で総合優勝を果たした。 2009年冬季ユニバーシアードのリレーで銀メダルを獲得した。同年の全日本ショートトラックスピードスケート選手権大会1500mで3位に入った。
浅見 八瑠奈(あさみ はるな、1988年4月12日 - )は… 浅見 八瑠奈(あさみ はるな、1988年4月12日 - )は、愛媛県伊予市出身の日本人の女子柔道家である。階級は48キロ級。血液型はA型。段位は四段を取得。組み手は右組み。得意技は背負投、体落、袖釣込腰。父親は講道館杯や体重別等で優勝経験のある浅見三喜夫。 3歳くらいの時から柔道を始めて、幼稚園の時には同級生の男子を投げ飛ばしてすかさず抑え込み、べそをかかせたりしていたが、先生に柔道は喧嘩のために使うものではないと怒られたことにより、それ以降は素人相手に柔道の技を使っていないという。 伊予柔道会に所属していた伊予市立南山崎小学校時代には、愛媛県青少年柔道大会の学年別大会に毎年出場して、1回を除いて全て優勝を果たした。
連 珍羚(れん ちんれい、中国語読み:レン・ツェンリン、19… 連 珍羚(れん ちんれい、中国語読み:レン・ツェンリン、1988年1月31日 - )は、台湾の女子柔道家。階級は57kg級。台北県立錦和高校、山梨学院大学卒業。コマツ女子柔道部入部。 台北県(現:新北市)出身。柔道は小学校3年の時に始めた。台北県立錦和高校に入学すると高校チャンピオンにもなった。 2008年には嘉納杯に出場して7位に終わったものの、その試合を見ていた山梨学院大学柔道部の山部伸敏監督に「日本で練習すればもっと強くなれる」と声を掛けられたことで、日本語が理解できなかったにもかかわらず山梨学院大学に柔道留学することに決めた。なお、妹の連珮如も姉を追って山梨学院大学に留学することになった。
郷 亜里砂(ごう ありさ、1987年12月12日 - )は、… 郷 亜里砂(ごう ありさ、1987年12月12日 - )は、北海道別海町出身のスピードスケート選手。山梨学院大学卒業。イヨテツスピードクラブ所属。 平昌オリンピックに出場して、女子500mで8位入賞を果たし、女子1000mでは13位に入った。北京オリンピックでは女子500mで15位となった。 3歳からスピードスケートを始める。ホテルを営む自宅の前にスケートリンクがある環境で育った。小学5年生からは、スピードスケートとショートトラックの両立に取り組んだ。 高校のとき、親元を離れて白樺学園高等学校に進学。しかし高校時代は、3年生のときに出場した全国高等学校総合体育大会で、女子500mで4位になった以外は、目立った成績を残せなかった。
佐藤雅子(さとう まさこ、1987年11月27日 - )は、… 佐藤雅子(さとう まさこ、1987年11月27日 - )は、日本の元フィールドホッケー選手、元日本代表。鳥取県八頭町出身。 山梨学院大学を2010年卒業。2012年ロンドンオリンピックのホッケー日本代表。
レポロ テビタ(Lepolo Tevita、1987年10月… レポロ テビタ(Lepolo Tevita、1987年10月15日 - )は、日本のラグビー選手。 2006年、ウェスリーカレッジ卒業後、山梨学院大学に入る。 2010年、山梨学院大学卒業後、三菱重工相模原ダイナボアーズに加入。同年9月19日に行われたトップイーストリーグ第2節の秋田ノーザンブレッツ戦に途中出場で公式戦初出場を果たした。 2021年、三菱重工相模原ダイナボアーズを退団した。 この項目は、日本のラグビーユニオン関連人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJラグビー/Pラグビー)。
藤澤 勇(ふじさわ いさむ、1987年10月12日 - )は… 藤澤 勇(ふじさわ いさむ、1987年10月12日 - )は、日本の競歩選手。長野県中野市出身。山梨学院大学商学科卒業後、ALSOKに所属している。 中野実業高校の1年後輩にリオデジャネイロオリンピック50km競歩銅メダリストの荒井広宙がいる。山梨学院大学に進学し、2009年の世界選手権で29位に入った。卒業後はALSOKに入社した。2012年に日本選手権で優勝し、ロンドンオリンピックの代表に選ばれ18位となり、2015年の世界選手権では13位だった。2016年には、2大会連続となるリオデジャネイロオリンピック代表に選ばれ21位となった。 2021年7月16日、所属先を通じて現役引退を発表した。
雨宮 敬(あめみや たかし、1987年7月6日 - )は、山… 雨宮 敬(あめみや たかし、1987年7月6日 - )は、山梨県東八代郡石和町(現:笛吹市)出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 山梨学院大附高時代は、1年時の秋からエースとなる。3年時の夏は、山梨県予選決勝で日本航空高に3-13で敗れ準優勝。甲子園出場は果たせなかった。 高校卒業後は、関甲新学生野球連盟に加盟する山梨学院大学に進学。1年時の春からリーグ戦に登板。3年時の春、作新学院大学戦でノーヒットノーランを達成。4年時は、同年から監督に就任した元プロ野球選手の高橋一三の元でプレーした。プロ志望届を提出したが、指名漏れとなった。 大学卒業後は、独立リーグであるBCリーグの新潟アルビレックス・ベースボール・クラブに入団。
長谷川 賢(はせがわ けん、1987年2月26日 - )は、… 長谷川 賢(はせがわ けん、1987年2月26日 - )は、日本の男性総合格闘家。神奈川県出身。武相高等学校卒業。山梨学院大学卒業。元DEEPメガトン級王者。 日本人の父とモロッコ人の母の間に生まれた。高校時代から柔道を始め、進学先の山梨学院大学では全日本柔道連盟強化選手に選出された。卒業後は日本通運に就職後、総合格闘家に転身した。 2012年12月8日、DEEP CAGE IMPACT 2012 in TOKYOの第4代メガトン級王者決定トーナメント1回戦でペーター・トルノと対戦し、3-0の判定勝ち。 2013年2月16日、DEEP 61 IMPACTの第4代メガトン級王者決定トーナメント決勝戦で誠悟と対戦し、5-0の判定勝ち。
小澤 理奈(こざわ りな、1987年2月23日 - )は、愛… 小澤 理奈(こざわ りな、1987年2月23日 - )は、愛知県名古屋市出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は63kg級。身長165cm。血液型はO型。組み手は右組み。得意技は大外刈。 柔道は小学校3年の時に1歳上の兄に続いて米田道場で始めた。清州中学時代はバレーボールと掛け持ちしていた。しかしながら、弥富高校柔道部監督の東内伸浩に熱心に勧誘されたことで、弥富高校へ進んで柔道に専念すると、2年の時に全国高校選手権で3位に入った。3年の時にはインターハイと全日本ジュニアでも3位になった。アジアジュニアでは優勝を果たした。2005年に山梨学院大学へ進学すると、1年の時に学生体重別で3位となった。
メクボ・ジョブ・モグス(Mekubo Job Mogusu,… メクボ・ジョブ・モグス(Mekubo Job Mogusu, 1986年12月25日 - )は、日本国内で活躍しているケニア共和国出身の陸上競技選手(長距離種目)。山梨学院大学付属高等学校-山梨学院大学出身。2011年10月までアイデムに在籍しており、2012年4月から2014年12月までは日清食品グループに、2015年4月からはサンベルクスに所属していた。身長163cm、体重50kg。血液型A型。 2001年に来日し山梨学院大学付属高校入学。高校時代は、北京オリンピック、男子マラソン金メダリストのサムエル・ワンジル(仙台育英高校 - トヨタ自動車九州)らに敗れて、区間賞は取れなかったものの、2004年の全国高等学校駅伝競走大会では区間2位となる力走を見せた。
中島 史恵(なかしま みえ、1986年6月18日 - )は、… 中島 史恵(なかしま みえ、1986年6月18日 - )は、日本の元フィールドホッケー選手である。 岐阜県出身。山梨学院大学を卒業し、ソニーグローバルマニュファクチャリング&オペレーションズに所属する。 2016年リオデジャネイロオリンピックでホッケー女子日本代表として出場した。 2016年度のシーズンをもって引退した。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
大澤 茂樹(おおさわ しげき、1986年5月2日 - )は、… 大澤 茂樹(おおさわ しげき、1986年5月2日 - )は、日本の男性総合格闘家、レスリング選手。茨城県牛久市出身。Honey Trap所属。 小学5年生からレスリングを始め、全国中学生最優秀選手、霞ヶ浦高校に進学し全国大会3冠を達成し全国最優秀選手、山梨学院大学進学後は1年生で大学選手権を制覇し、シニアの大会でも優勝するなどレスリングの名門校を渡り歩き数々のタイトルを獲得。最激戦区、レスリングフリースタイル60kg級で北京オリンピック銅メダリストである湯元健一、高校の1学年上の先輩でもある2006年世界選手権銅メダリスト高塚紀行とともに「3強」と呼ばれていた。 2008年7月15日、真騎士とともに戦極育成選手(現・SRC育成選手)として契約を発表。
内海 健治(うつみ けんじ、1986年1月26日 - )は、… 内海 健治(うつみ けんじ、1986年1月26日 - )は、日本の空手家。埼玉県戸田市出身。全日本空手道連盟公認3段。全日本ナショナルチーム所属。 3歳で空手道を習いはじめる。喜沢中学校を卒業後、山梨県に移り住み山梨学院大学附属高等学校、山梨学院大学に進学。高校、大学において学生全日本優勝を成し遂げた。2007年から全日本空手道連盟の強化選手に選ばれ、団体形の選手として国際大会に出場している。2009年には諸岡奈央と共にイッセイミヤケのパリコレクションで形のデモンストレーションを行った。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:スポーツ/PJ:スポーツ人物伝)。
名取 英理(なとり えり、1985年9月23日 - )は、長… 名取 英理(なとり えり、1985年9月23日 - )は、長野県茅野市出身のスピードスケート選手である。 茅野市立永明中学校-東海大学付属第三高等学校-山梨学院大学-十六銀行。 2010年バンクーバーオリンピック代表に選ばれ、女子3000m21位となった。
川口 隼人(かわぐち はやと、1985年8月7日 - )は、… 川口 隼人(かわぐち はやと、1985年8月7日 - )は、神奈川県相模原市出身の元プロ野球選手(外野手)。 神奈川県相模原市出身。双子の兄である川口寛人と、大月短大附高、山梨学院大学で二遊間を組んだ。 大学卒業後、隼人はOBC高島へ、寛人は西多摩倶楽部へそれぞれ入団した。2009年末にOBC高島で起きた騒動により滋賀・高島ベースボールクラブに移籍。同チームでは主に1番打者として活躍し、チーム初の都市対抗野球2次予選出場に貢献した。 2010年10月28日、プロ野球ドラフト会議にて東北楽天ゴールデンイーグルスから育成3位指名を受けた。また、寛人も読売ジャイアンツから育成7位指名を受けたため、双子のプロ野球選手が誕生した。
川口 寛人(かわぐち ひろと、1985年8月7日 - )は、… 川口 寛人(かわぐち ひろと、1985年8月7日 - )は、神奈川県相模原市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。プロでは育成選手であった。 2011年の現役引退後は、道とん堀が運営する「アスリートセカンドキャリアサポート」(ASS)を立ち上げる。現在は、日本リアライズ株式会社のPSS(プロフェッショナル・セカンドキャリア・サポート)事業部に所属。元プロ野球選手のセカンドキャリアをサポート活動を行っている。 なお、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属していた川口隼人は双子の弟。 大月短大附高・山梨学院大学時代は二塁手。遊撃手である実弟の隼人とともに二遊間を守った。 大学卒業後にクラブチームの西多摩倶楽部へ加わると、肩の強さを買われて遊撃手へ転向。
吉澤 純平(よしざわ じゅんぺい、1985年3月16日 - … 吉澤 純平(よしざわ じゅんぺい、1985年3月16日 - )は、競輪選手、元ショートトラック選手。競輪選手としては、日本競輪選手会茨城支部所属、ホームバンクは取手競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第101期生。師匠は武田豊樹(88期)。 長野県南佐久郡南牧村出身。南牧村立南牧中学校、山梨学院大学附属高等学校、山梨学院大学を経て、とらふぐ亭に所属していた。 ショートトラック競技で活躍し、2007年には全日本ショートトラック選手権で総合2位。2009年には全日本ショートトラック距離別選手権500mで1位、全日本ショートトラック選手権で総合3位。2010年のバンクーバーオリンピックでは、1500mで18位、500mで14位の成績を収めた。
藤本 貴大(ふじもと たかひろ、男性、1985年3月13日 … 藤本 貴大(ふじもと たかひろ、男性、1985年3月13日 - )は、ショートトラックスピードスケートの日本代表選手。熊本県合志市出身。 セルモ所属。身長170cm、体重69kg。血液型A型。 生まれてすぐ当時自衛官だった父の転勤で引っ越した北海道帯広市で3歳からスピードスケートを始める。 小学校3年生の夏に父の転勤で地元熊本に戻り、ショートトラックに転向。その後高校時代3年間、南国という環境的な疲労もありながら競技を続け、卒業後は山梨学院大学へ進学。 大学3年の2006年2月、5000mリレーの選手としてトリノオリンピックに出場。予選2組目のレース中盤で4チーム中4番手を滑っていた藤本は、コーチからの「前に出ろ」という指示を聞き、コーナーで仕掛けた。
古屋 孝広(ふるや たかひろ、1984年4月15日 - )は… 古屋 孝広(ふるや たかひろ、1984年4月15日 - )は、日本のラグビー選手。 甲府工業高校、山梨学院大学を経て、2008年、ホンダヒートに加入。 2009年10月9日に行われたジャパンラグビートップリーグ第5節のサントリーサンゴリアス戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。 2017年、ホンダヒートを退団した。
安 正煥(アン・ジョンファン、1984年1月28日- )は、… 安 正煥(アン・ジョンファン、1984年1月28日- )は、韓国の柔道家(66kg級)。 大邱の中学校卒業後、日本の沖学園高等学校に留学、その後山梨学院大学を卒業。柔道の基礎を7年間日本で学んだ実力派。卒業後は韓国に戻り市庁に所属。その後、2009年の世界選手権66kg級で3位になった。2014年からはスペイン代表チームのコーチに就任した。2016年のリオデジャネイロオリンピック以降は韓国ナショナルチームのコーチとなった。 柔道韓国代表のアン・ビョングン監督は叔父にあたる。
安井得洋(やすい とくひろ、1982年12月8日 - )は、… 安井得洋(やすい とくひろ、1982年12月8日 - )は、福井県出身の男子フィールドホッケー選手である。160cm、59kg。名古屋フラーテル所属。ポジションはフォワード。
山本 貴治(やまもと たかはる、1982年7月9日 - )は… 山本 貴治(やまもと たかはる、1982年7月9日 - )は、日本の元ラグビー選手。 2002年、四日市農芸高校卒業後、山梨学院大学に入学する。 2005年、山梨学院大学ラグビー部の主将に就任した。 2006年、山梨学院大学卒業後、NECグリーンロケッツに加入。同年9月30日に行われたジャパンラグビートップリーグ第4節のリコーブラックラムズ戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。 2016年、現役を引退した
ブルート一生(ブルートいっせい、1982年6月15日 - )… ブルート一生(ブルートいっせい、1982年6月15日 - )は、日本の元プロレスラー。本名:杉浦 一生(すぎうら いっせい)。 岩見沢農業高校、山梨学院大学とレスリングで活躍。2004年全日本学生選手権グレコローマン120kg級にて優勝、アジア選手権フリースタイル120kg級4位 の成績を持つ。卒業後、陸上自衛隊に入隊するものの身体が戦車に入らないことが原因で2か月で除隊。 中央大学卒で同じグレコローマン120kg級で一度も勝ったことのない諏訪間幸平(現・諏訪魔)から誘いを受け、2005年6月に全日本プロレスに入団。新日本プロレス、プロレスリング・ノア、PRIDEからもオファーを受けていた。翌年1月3日の後楽園ホールの諏訪間幸平戦にてデビュー。
高見澤 勝(たかみざわ まさる、1981年7月14日 - )… 高見澤 勝(たかみざわ まさる、1981年7月14日 - )は、日本の陸上競技(男子長距離走・マラソン)元選手・現指導者。既婚、二児の父
水野 竜也(みずの たつや、1981年6月2日 - )は、日… 水野 竜也(みずの たつや、1981年6月2日 - )は、日本の男性総合格闘家。茨城県出身。フリー。元DEEPミドル級王者。 中学生の時から柔道を始め、土浦日大高校、山梨学院大学、綜合警備保障で柔道を経験(柔道三段)。 2005年4月29日、第5回東日本アマチュア修斗フレッシュマンヘビー級(-100kg)で優勝。 2005年12月23日、U-FILE CAMP所属としてアマチュア大会「パンクラスゲート×2」に出場し、一本勝ち。この試合を含め、パンクラスゲート×2で4連勝を飾る。 2006年9月16日、パンクラスで桜木裕司を相手にプロデビュー。2Rチョークスリーパーで一本勝ち。 2007年2月28日、ヘビー級次期挑戦者決定戦でチアゴ・シウバと対戦。
藤尾 香織(ふじお かおり、旧姓:千葉、1981年1月29日… 藤尾 香織(ふじお かおり、旧姓:千葉、1981年1月29日 - )は、山梨県白根町(現南アルプス市)出身の女子ホッケー選手である。ポジションはフォワード。 1986年の国体で地元がホッケー会場になったのがきっかけで小5でホッケーを始める。 巨摩高校、山梨学院大学からソニーイーエムシーエス一宮テック(ソニーHC BRAVIA Ladies)に入社。 2004年にはアテネ五輪に出場。 2006年のW杯では得点ランク4位の活躍で5位入賞に貢献。国際ホッケー連盟が選ぶ世界オールスターチームの18人に選ばれた。2007年には日本人で初めてホッケーで世界最高峰とも言われるオランダリーグにフル参戦した。 2008年の北京オリンピックでは「さくらジャパンの千葉ちゃん」として人気を集め、上位入賞を期待されたが10位と低迷。
及川 佑(おいかわ ゆうや、1981年(昭和56年)1月16… 及川 佑(おいかわ ゆうや、1981年(昭和56年)1月16日 - )は、北海道中川郡池田町生まれのスピードスケート選手。500メートル前日本記録保持者(34秒27) 北海道池田高校から山梨学院大学へ進学。その後、びっくりドンキー所属を経て、現在は大和ハウス工業株式会社所属。 大学在学中の就職活動において、スケート部を持つ企業からは選手待遇での誘いがなく、このまま無ければ大学でスケートを引退する予定だった。 しかし就職活動中、びっくりドンキーの一般社員としての役員面接の際、「トリノオリンピックに出場します」と想いを述べ、元体操選手だった庄司昭夫社長にその意気込みを買われ入社。 大学卒業後も競技生活を続行している。
福田 力(ふくだ りき、1981年1月6日 - )は、日本の… 福田 力(ふくだ りき、1981年1月6日 - )は、日本の男性総合格闘家。岐阜県岐阜市出身。GRABAKA所属。元ROAD FCミドル級王者。元DEEPミドル級王者。 小、中学生時代は剣道を経験。岐阜県立岐阜工業高等学校及び山梨学院大学時代は、レスリング部に所属。大学4年時には全日本学生選手権フリースタイル96kg級2位の成績を残す。2003年の卒業に合わせWJプロレスへ練習生として入団。同年6月にデビューが発表されるも、デビュー予定が2回延期されたのちに退団した。 退団後、大学時代の仲間山本"KID"徳郁、山本篤らの在籍するPUREBRED東京(KILLER BEE)で練習を行なうようになり、2004年4月16日、ハワイで開催されたSuperBrawl 35でプロデビュー。
小林 歩(こばやし あゆむ、1980年12月11日 - )は… 小林 歩(こばやし あゆむ、1980年12月11日 - )は、日本の男性総合格闘家。群馬県邑楽郡大泉町出身。INFIGHT JAPANに所属。 群馬県立西邑楽高等学校普通科卒業後、山梨学院大学法学部法学科卒業。 高校、大学共にレスリング部に所属。大学時代はシドニーオリンピック代表の小幡邦彦、総合格闘家の山本篤、同じく福田力らと同学年にあたる。2002年度内閣総理大臣杯 全日本大学レスリング選手権フリースタイル74kg級にて準優勝。同年天皇杯にも出場。大学卒業後、一時地元群馬に帰るも格闘技を志し、上京。 2003年3月、ADCC日本予選77kg級で3位入賞。 2005年、KILLER BEEに移籍。
山本 篤(やまもと あつし、1980年10月2日 - )は、… 山本 篤(やまもと あつし、1980年10月2日 - )は、日本の男性総合格闘家。滋賀県近江八幡市出身。フリーランス。近江高等学校卒業。 バックボーンはレスリングと柔道。過去に山梨学院大学レスリング部の先輩である山本"KID"徳郁主宰のKRAZY BEEに所属していた。なお、KIDと同姓だが血縁関係は無い。 2004年2月6日、パンクラスでプロデビュー。 2004年7月25日、パンクラスのネオブラッド・トーナメント フェザー級(-64kg)決勝で藤本直治と対戦し、判定勝ちを収め優勝を果たした。 2005年3月12日、D.O.Gで戸井田カツヤと対戦し、ドロー。 2005年9月7日、HERO'Sのオープニングファイトで戸井田と再戦し、判定勝ち。
浅野 倫久(あさの みちひさ、1980年3月6日 - )は、… 浅野 倫久(あさの みちひさ、1980年3月6日 - )は、日本の男性元総合格闘家。岐阜県出身。KRAZY BEE所属。山梨学院大学卒業。 左上腕には「大和魂」と刺青を入れている。 総合格闘家浅野篤司は実弟。 2003年9月28日、修斗グラップリングオープントーナメント ライト級(15人参加)に出場。1回戦、2回戦、準決勝と判定勝ちするも、決勝で秋本じんに1R2分52秒ヒールホールドで一本負けし、準優勝となった。 2004年2月29日、第1回全日本修斗グラップリング選手権大会 ライト級(13人参加)に出場。決勝で秋本じんに敗れ、準優勝となった。 2004年12月12日、パンクラス・ゲート×2で柳澤雅樹と対戦し、アンクルホールドで一本負け。
淺川 継太(あさかわ けいた、1979年10月20日 - )… 淺川 継太(あさかわ けいた、1979年10月20日 - )は、日本の小説家。山梨県山梨市出身。東京都在住。 山梨学院大学付属高等学校、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。2010年、「朝が止まる」で第53回群像新人文学賞を受賞しデビュー。2014年、同作を収録した作品集『ある日の結婚』で第36回野間文芸新人賞候補。 直木賞作家の辻村深月は高校の同級生、政治家の宮川典子は高校・大学の同級生である。
逸見 佳代(へんみ かよ 1979年6月12日 - )は、山… 逸見 佳代(へんみ かよ 1979年6月12日 - )は、山梨県東八代郡石和町(現・笛吹市)出身の元スキーフリースタイルエアリアル女子選手。身長158cm。山梨学院大学卒。
須藤 英雄(すどう ひでお、1978年12月25日 - )は… 須藤 英雄(すどう ひでお、1978年12月25日 - )は、東京都出身の日本の柔道家。66kg級の選手。身長は168cm。 柔道は8歳の時に栄進館で始めた。足立第三中学から足立学園高校へ進むが、この当時大きな実績は残していない。なお、中学高校の1年先輩には寝技の名手で知られる小室宏二がいた。 1997年には山梨学院大学へ進学すると、4年の時には講道館杯66kg級で3位になった。 2001年にはダイコロの所属となると、実業個人選手権で優勝を飾った。2003年の実業個人選手権では60kg級から階級を上げてきたばかりである旭化成の内柴正人に決勝で敗れて2位だった。2004年からは実業個人選手権で2連覇を達成した。
伊藤 彰(いとう あきら、1978年12月21日 - )は、… 伊藤 彰(いとう あきら、1978年12月21日 - )は、東京都調布市出身の元プロ野球選手(投手、左投左打)、野球指導者。1997年から1999年の登録名は「アキラ」背番号は11番。ドラフト一位指名。高校で世代ナンバーワンと言われた本格派左腕。 元山梨学院大学硬式野球部コーチ。 調布リトルシニアから山梨学院大付高へ進学、1年生だった1994年秋は県大会優勝で関東大会初戦で先発したが敗れた。2年生だった1995年に夏の甲子園で注目され、3年生だった1996年にも夏の甲子園に出場した。同年のプロ野球ドラフト会議でヤクルトスワローズから1位指名を受けて入団。同期には岩村明憲らがいた。当初は近鉄バファローズも獲得の意思を表明していたが「左肩に不安がある」という理由からメディカルチェックを要望。
篠原 祐剛(しのはら ゆうごう、1978年11月2日 - )… 篠原 祐剛(しのはら ゆうごう、1978年11月2日 - )は、長野県原村出身の元ショートトラックスピードスケート選手。山梨学院大学卒。1998年長野オリンピック、2002年ソルトレークシティオリンピックと、計2度の冬季オリンピックに出場。現在、山梨学院大学スケート部コーチ。
木村 一喜(きむら かずよし、1977年10月5日 - )は… 木村 一喜(きむら かずよし、1977年10月5日 - )は、日本の元プロ野球選手(捕手)。2008年の登録名は「木村 考壱朗(きむら こういちろう)」。現在は飲食店経営者として活動している。 山梨県北巨摩郡小淵沢町(現:山梨県北杜市)出身。小学校4年生の時に捕手として野球を始める。それ以来、捕手一筋でやってきた。小学校と中学校では最高学年で主将を務めた。 高校は帝京第三高等学校に進学。1年の秋に4番・捕手になり、2年春は県大会優勝で関東大会でも準優勝。2年の秋から3年の夏までは主将を務めたが、3年春の県大会は優勝したが夏は山梨大会の決勝戦で2年生エースの伊藤彰を擁する山梨学院大学付属高に敗れた。
今井 裕介(いまい ゆうすけ、1977年9月20日 - )は… 今井 裕介(いまい ゆうすけ、1977年9月20日 - )は、日本の元スピードスケート選手、元競輪選手。長野県南佐久郡臼田町(現・佐久市)出身。身長175cm、体重75kg。 佐久長聖高等学校時代はショートトラックスピードスケート選手。ショートトラックでは全日本選手権を制し日本代表を経て山梨学院大学入学後にスピードスケートに転向。長野オリンピックでは1000m11位、1500m16位、ソルトレークシティオリンピックでは1000m15位、1500m34位。トリノオリンピックでは1000m20位、1500m34位。 2001年3月、同種目で1分45秒49の日本新をマークした。世界歴代2位に相当する好記録。
古田 哲弘(ふるた てつひろ、1977年9月16日 - )は… 古田 哲弘(ふるた てつひろ、1977年9月16日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は中・長距離走。陸上日本代表。1996年世界ジュニア陸上競技選手権大会10000m銅メダリスト。 磐田郡竜洋中学(現磐田市立竜洋中学)出身。静岡県立浜松商業高等学校、山梨学院大学出身。 1994年の第45回全国高校駅伝では2年生ながら最長区間である花の1区を務め、ダニエル・ジェンガに次ぐ区間2位(日本人トップ)の好走。翌1995年の第46回全国高校駅伝でも2年連続の1区を務め、ジュリアス・ギタヒに次ぐ区間2位(日本人トップ)で、29分15秒のタイムをマーク。これは2003年に上野裕一郎(佐久長聖高等学校)が28分54秒を記録するまで、日本人選手区間最高記録であった。
大高 一郎(おおたか いちろう、1977年4月14日 - )… 大高 一郎(おおたか いちろう、1977年4月14日 - )は、日本の男性キックボクサー。岩手県盛岡市出身。元マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟フェザー級王者。山梨学院大学出身。 山梨学院大学在学中にマイウェイジムに入門。 大学卒業に伴い上京、ジムを移籍し山木ジムから2000年10月6日にプロデビュー。 2004年11月21日、小林秀紀に判定勝ちし、MAフェザー級王座を獲得した。 2008年に鈴木秀明の主宰するストラッグルに移籍。 2008年8月3日、タイのラジャダムナン・スタジアムで初海外遠征試合を行い、KO勝ちを収めた。リングネームはイチロー・ストラッグルジムであった。 2009年7月24日、Krushライト級グランプリ2009 1回戦で"狂拳"竹内裕二と対戦し、右フックでKO負け。
田畑 めぐみ(たばた めぐみ、1977年〈昭和52年〉3月9… 田畑 めぐみ(たばた めぐみ、1977年〈昭和52年〉3月9日 - )は、日本のモデル。元NHK甲府放送局アナウンサー、元フリーアナウンサー、元東京ケーブルネットワーク専属キャスター。エース所属。富山県高岡市(旧・西礪波郡福岡町)出身。本名は殖栗めぐみ(ふえくり めぐみ)。旧姓は田畑。夫は落語家の古今亭志ん陽。血液型A型。愛称はたばちゃん。 富山県立高岡女子高校在学中、地元のテレビ局による高校野球レポーターに選ばれてアナウンサーを志した。 1995年、山梨学院大学に入学。1999年はエフエム甲府のパーソナリティとして出演。2000年4月、NHK甲府放送局に入社する。 NHK甲府放送局を退職後、2003年4月にフリーアナウンサーに転身して司会や影アナなどを担当する。
重野 なおき(しげの なおき、本名:重野 直樹、1976年1… 重野 なおき(しげの なおき、本名:重野 直樹、1976年12月28日 - )は、日本の漫画家。千葉県出身。千葉県立柏井高等学校、山梨学院大学法学部卒業。血液型はO型。妻は同じく漫画家の藤島じゅん。 みずしな孝之、小坂俊史、神奈川のりこ、あっきうらの漫画家と親交がある。特に小坂とは親交が深く、共同で同人誌サークル「ジャポニカ自由帳」を結成、共著で作品集を出している。 デビュー前は教師を目指していたことから、中学校社会科・高等学校公民科一種教員免許状を所有している。 天然パーマで、数か月散髪をしないと髪がもさもさになることから、あだ名は「アフロ」。妻・藤島じゅんのブログでは「マリモ」と呼ばれており、実際に太い眉毛があるマリモ姿で登場している。
小沢 幸(おざわ さち、1976年12月23日 - )は、… 小沢 幸(おざわ さち、1976年12月23日 - )は、日本のショートトラックスピードスケート選手。1997年世界ショートトラックスピードスケート選手権大会3000mリレー銅メダリスト。1998年長野オリンピック代表選手で、同大会の3000mリレーの4位入賞メンバーである。 東京都北区赤羽[要出典]に生まれる。幼少期よりスケートを始め、本格的にスケート競技に打ち込むため長野県の佐久長聖高校に進学した[要出典]。 山梨学院大学に進み、1年時の1995年に世界ショートトラックスピードスケート選手権大会の日本代表となる。翌年の本番では個人総合17位であった。長野県で開催された1997年10月の同大会では3000mリレーメンバーとして3位に入賞した。
大坪 隆誠(おおつぼ たかのぶ、1976年6月15日 - )… 大坪 隆誠(おおつぼ たかのぶ、1976年6月15日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走・駅伝競走など。
大崎 悟史(おおさき さとし、1976年6月4日 - )は、… 大崎 悟史(おおさき さとし、1976年6月4日 - )は、日本男子陸上競技(長距離走・マラソン)元選手、現指導者。大阪府堺市(堺区)出身。主な実績として各男子マラソン種目で、2006年ドーハアジア競技大会銅メダリスト、2007年世界陸上大阪大会6位入賞、2008年北京オリンピック日本代表(ただし故障により欠場)。 湊西小学校(現新湊小学校)、大浜中学校を経て、1992年4月に清風高等学校に入学し陸上競技部に所属。清風高校時代は全国高校駅伝に3年連続出場し、2年・3年時は1区を走りチームの2年連続入賞に貢献した。また、1500mの大阪府高校記録(3分48秒94)保持者であり、インターハイでも1500mで入賞を果たしている。
宮崎 奈美(みやざき なみ、1976年4月13日 - )は、… 宮崎 奈美(みやざき なみ、1976年4月13日 - )は、滋賀県米原市(旧坂田郡伊吹町)出身のホッケー選手である。ポジションはGK。身長163cm、体重58kg。 滋賀県立伊吹高等学校、山梨学院大学卒業後、南都銀行に進み活躍。 日本代表のメンバーとしてアテネオリンピックにも出場した。
市瀬 秀和(いちのせ ひでかず、1975年3月16日 - )… 市瀬 秀和(いちのせ ひでかず、1975年3月16日 - )は、日本の男性俳優・声優。山梨県西八代郡市川三郷町出身。 2012年4月26日より出身地である市川三郷町の観光大使を務めている。 所属はジャンクション→キャスト・プラス(旧社名:クリエイティブ・メディア・エージェンシー)→オフィスぴろっと。山梨学院大学附属高等学校卒業。 俳優業のかたわら、『ウルトラマンコスモス』で共演した鈴木繭菓と同様に、ファミリー劇場のウルトラマン関連の番組に出演することが多かった。また、『ウルトラマンコスモス』の撮影がクランクアップした際には、ウルトラマンコスモス ルナモードの着ぐるみを着て、主人公・春野ムサシ役の杉浦太陽を驚かせた。