4代目 桂 塩鯛(かつら しおだい、1955年2月9日 - … 4代目 桂 塩鯛(かつら しおだい、1955年2月9日 - )は、上方落語の落語家。本名∶山下 眞史。所属事務所は米朝事務所で、上方落語協会理事。2代目桂ざこば一門の筆頭弟子で、桂塩鯛の当代。出囃子は「鯛や鯛」。 京都府京都市生まれ。京都市立朱雀第七小学校、京都市立朱雀中学校(陸上部)、京都市立堀川高等学校卒業。立命館大学経営学部中退。[要出典] 1977年1月3日に桂朝丸に入門。当初は3代目桂米朝に入門を申し出ているが、住み込み修行中の弟子が多いため断られる。その後、2代目桂枝雀にも申し出たものの、米朝同様弟子がいたため断られている。[要出典] そして、KBSラジオでパーソナリティーをしていた「桂朝丸のモーニングサークル」の放送終了後に出待ちをし弟子入り志願したが、朝丸が当時29歳と若かったためいったん弟子入りを断られた。
鵜養 幸雄(うかい ゆきお、1955年 - )は、日本の行政… 鵜養 幸雄(うかい ゆきお、1955年 - )は、日本の行政学者、公法学者。立命館大学大学院(公務研究科)教授。専門は公務員制度、公務員法。 1955年神奈川県横浜市生まれ。栄光学園中学校に入学、高校から麻布高等学校に編入。東京大学法学部(政治コースおよび私法コース)卒業後、人事院入り。 任用局試験専門官室で国家公務員採用試験(主として上級(現国家公務員採用Ⅰ種試験)法律区分)問題の作成などを担当。 1986年4月から3年間、外務省に出向(大臣官房で省全体の人事等の在り方を検討、国際連合局で国際機関関連の仕事に従事)。 1989年4月から2年間、国際労働機関(ILO)の派遣、消防職員の労働条件に関する会議 等に参加。
原 浩一郎(はら こういちろう、1955年(昭和30年) -… 原 浩一郎(はら こういちろう、1955年(昭和30年) - )は、日本の小説家。また詩人として近江詩人会に所属。「魂の文学」というキャッチフレーズにて自身の活動を広報している。投稿文芸誌文芸エム編集責任者。鹿児島県川内市生まれ。 立命館大学法学部(政治学専攻)卒業。元家庭裁判所調査官。家裁から弁護士事務所を経て編集プロダクションに勤務。その後独立し、ソフト開発工房を自営し、並行して中学校非常勤講師、就労困難者支援講師、刑務所非常勤職員としても勤務。PFI方式の刑務所で使用する教育教材として、小説の執筆を始める。 2015年、投稿作「アクリル板」にて雑誌『文芸思潮』主催の第11回銀華文学賞(アジア文化社)最優秀賞受賞。
橋 秀文(はし ひでぶみ、1954年12月 - )は、日本の… 橋 秀文(はし ひでぶみ、1954年12月 - )は、日本の美術史、美術批評家。目黒区美術館館長。 神戸市生まれ。神奈川県立港北高等学校、立命館大学卒業後、早稲田大学大学院文学研究科博士課程(美術史専攻)でドラクロワ、ジェリコー等を研究。神奈川県立近代美術館(1984年~2023年)を経て、2023年から目黒区美術館館長。専門学芸員として「浜田知明一彫刻による諷刺」(神奈川県立近代美術館別館、2000年)、「佐伯祐三と佐野繁次郎展 パリのエスプリ」(神奈川県立近代美術館葉山、2007年)、「版画と彫刻による哀しみとユーモア 浜田知明の世界展」(神奈川県立近代美術館葉山、2010年)他の展覧会を担当。
徳山 文宗(とくやま ふみむね、本名:洪 文宗(ホン・ムンジ… 徳山 文宗(とくやま ふみむね、本名:洪 文宗(ホン・ムンジョン、ハングル:홍문종)、1954年11月11日 - )は、大阪府大阪市生野区出身の元プロ野球選手(外野手)。在日韓国人。
岡野 あつこ(おかの あつこ、1954年8月5日 - )は、… 岡野 あつこ(おかの あつこ、1954年8月5日 - )は、日本の夫婦問題研究家、公認心理師、結婚・離婚カウンセラー、著作家、NPO法人日本家族問題相談連盟理事長、一般社団法人離婚相談連盟理事。芸能事務所・浅井企画に所属。立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科 修了(社会学MBA)。 離婚相談の離婚救急隊代表。離婚カウンセラー養成スクール運営。Youtube「岡野あつこチャンネル」開設。 埼玉県春日部市に生まれる。埼玉県立浦和第一女子高等学校、立命館大学産業社会学部(職業心理学専攻)卒業。夫婦問題を研究するようになったのは36歳の時、夫の浮気で離婚したのがきっかけ。相談するところがなく、悔しい思いをしたからだった。
平田 英之(ひらた ひでゆき、1954年7月10日 - 20… 平田 英之(ひらた ひでゆき、1954年7月10日 - 2013年4月2日)は、兵庫県宝塚市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。 兵庫・宝塚高から立命館大へ進学。当時の立命大は関西六大学野球リーグ2部に低迷していたが、2年時の1974年春季リーグ入替戦で1部復帰を果たす。優勝には届かなかったが3位3回を記録し、好投手として注目された。リーグ通算成績は48試合登板、12勝19敗、防御率1.71。 1976年ドラフト3位で広島東洋カープ入団。1977年から一軍で起用されるが、あまり活躍の場はなかった。 1978年11月に望月卓也、劔持節雄と共に金田留広、渡辺秀武との3対2の交換トレードでロッテオリオンズに移籍。
外山 秀一(とやま しゅういち、1954年6月 - )は、日… 外山 秀一(とやま しゅういち、1954年6月 - )は、日本の地理学者、考古学者。専門は考古地理学、環境考古学等。現在、皇學館大学文学部コミュニケーション学科教授。『山梨県史』編纂専門調査員。宮崎県日南市出身。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
高橋 学(たかはし まなぶ、1954年6月 - 2024年)… 高橋 学(たかはし まなぶ、1954年6月 - 2024年)は、日本の地理学者、考古学者。 専門は環境考古学、歴史地理学、災害史、土地利用史。立命館大学文学部教授、衣笠総合研究機構歴史都市防災研究所教授、環太平洋文明研究センター特任教授などを歴任した。微地形分析や歴史資料を活用した災害研究で知られ、地震・津波の歴史的視点からの解説を積極的に行った。 愛知県小牧市(旧東春日井郡篠岡村)出身。名古屋市立北高等学校を経て、1978年に立命館大学文学部地理学科地理学専攻を卒業。1980年に同大学院文学研究科修士課程を修了、1983年に博士課程後期課程単位取得退学。2004年に立命館大学より博士(文学)の学位を取得した。
薗田 正美(そのだ まさみ、1954年4月26日 - )はオ… 薗田 正美(そのだ まさみ、1954年4月26日 - )はオフィスジョイ所属の俳優。福岡県出身。立命館大学卒業。身長157cm・体重50kg。特技は日本舞踊・剣道。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
竹本 幸夫(たけもと ゆきお、1954年〈昭和29年〉2月2… 竹本 幸夫(たけもと ゆきお、1954年〈昭和29年〉2月22日 - )は、日本の政治家。愛知県豊川市長(2期)。 愛知県豊川市出身。豊川市立南部中学校、愛知県立豊橋東高等学校卒業。1976年(昭和51年)3月、立命館大学理工学部卒業。1978年(昭和53年)4月、豊川市役所に入庁。 2007年(平成19年)11月、企画部政策調整監に就任。2008年(平成20年)7月、副市長に就任。 2019年(令和元年)10月6日に行われた豊川市長選挙に自由民主党・公明党の推薦を受けて立候補し、初当選した。投票率は過去最低の33.0%を記録した。10月20日、市長就任。※当日有権者数:148,637人 最終投票率:33.00%(前回比:-4.24pts) 2023年(令和5年)10月1日、任期満了に伴う豊川市長選挙は前回と同じ顔ぶれで竹本と中村の一騎打ちとなり竹本が再選。
井上 泰治(いのうえ やすじ、1954年1月26日 - 20… 井上 泰治(いのうえ やすじ、1954年1月26日 - 2020年12月23日)は、日本の映画監督、シナリオライター。福岡県福岡市出身。京都市に自宅を構えていた。 1978年に立命館大学法学部卒業。 宝塚映画でアルバイトをはじめ、その後フリーの助監督として、東映京都撮影所でテレビ映画を演出していた斎藤光正・山内鉄也に師事する。 1991年「長七郎江戸日記」にてデビューし、監督として「水戸黄門」「大岡越前」など多くの時代劇を中心に活躍。 また、自ら主宰した『関西時代劇ワークショップ』、『時代劇塾』や京都造形芸術大学などで指導。 時代劇初心者に時代劇の楽しみを伝える活動や、時代劇俳優の演技所作などを指導するなど、後進の指導にも尽力した。
大橋 一夫(おおはし かずお、1954年〈昭和29年〉1月2… 大橋 一夫(おおはし かずお、1954年〈昭和29年〉1月25日 - )は、日本の政治家。京都府福知山市長(3期)、元京都府議会議員(3期)。 京都府立福知山高等学校卒業。1976年(昭和51年)3月、立命館大学法学部卒業。1980年(昭和55年)4月、裁判所職員に採用される。2005年(平成17年)12月31日、裁判所を退職。 2007年(平成19年)4月の京都府議会議員選挙に無所属で出馬し初当選。2011年(平成23年)と2015年(平成27年)の府議選は民主党の推薦を受けて当選した。 2016年(平成28年)5月15日、後援会「大橋一夫をはげます会」と政治団体「福知山市のあすを築く会」の役員会が開かれる。
清水 良典(しみず よしのり、1954年1月17日 - )は… 清水 良典(しみず よしのり、1954年1月17日 - )は、日本の文芸評論家。愛知淑徳大学創造表現学部教授。愛知県名古屋市在住。 国語教師を経て執筆活動へ。新聞の文芸時評担当や書評委員も務めた。文章教室的著作も多い。著作に『村上春樹はくせになる』(2006年)、『あらゆる小説は模倣である。』(2012年)、『デビュー小説論』(2016年)など。 奈良県磯城郡出身。1976年、立命館大学文学部日本文学科卒業後、愛知県立小牧工業高等学校(現在の愛知県立小牧工科高等学校)国語科教諭となった。1986年に群像新人文学賞評論部門を受賞。これにより文芸評論家として評論や書評の執筆活動に入った。1991年から97年まで共同通信で文芸時評を担当。
桐野 作人(きりの さくじん、1954年 -)は、作家、歴史… 桐野 作人(きりの さくじん、1954年 -)は、作家、歴史研究家。武蔵野大学政治経済研究所客員研究員 鹿児島県出水市出身。鹿児島県立出水高等学校卒業。1979年立命館大学文学部東洋史学専攻卒業。歴史関係出版社の編集長を経て、編集プロダクションを設立。戦国史、主に薩摩島津氏の研究が多く、『真説 関ヶ原合戦』(学習研究社,2000年)、『真説 本能寺』(学習研究社2001年)などの実証的な書籍も執筆している。 在野の研究者ではあるものの、桐野の研究は歴史学界でも肯定的に評価されている。本能寺の変について朝廷黒幕説を唱えていることで知られていたが、後に明智光秀の単独犯行であるものとして黒幕説を否定するようになった。
菊屋 吉生(きくや よしお、1954年 - )は、日本の美術… 菊屋 吉生(きくや よしお、1954年 - )は、日本の美術史学者、元山口大学国際総合科学部教授。山口大学名誉教授。専門は日本美術史。特に近代日本画の成立と展開に関する著書、論文を数多く執筆。菊屋家第13代当主。公益財団法人菊屋家住宅保存会理事長。 1954年、山口県萩市で生まれた。立命館大学文学部史学科で学び、卒業。 卒業後は、山口県立美術館に学芸員として勤務し、多数の展覧会開催に携わった。1997年、山口大学教育学部助教授に転じた。2006年に同大学教授昇格。2015年より2020年まで、同大学国際総合科学部教授。山口大学退職後も古巣を含む県内の美術館と協力して研究を進めている。 担当した一連の近代、現代の日本画に関する展覧会(「戦後日本画の一断面展」1986年、「日本画 昭和の熱き鼓動展」1988年、「大正日本画 その闇ときらめき展」1993年、「明治日本画の新情景展」1996年)は、それまで語られてきた近代日本画史を見直すもので、明治・大正・昭和の日本の前衛絵画と日本画との関係を初めて明らかにするものとなった。
竹内 真澄(たけうち ますみ、男性、1954年 - )は、日… 竹内 真澄(たけうち ますみ、男性、1954年 - )は、日本の社会学者、桃山学院大学教授。専攻は社会学史、社会思想史。 高知県生まれ。1977年立命館大学産業社会学部卒業。1982年同大学院社会学研究科博士後期課程満期退学。1986年桃山学院大学社会学部助教授。2002年教授。2025年度より同名誉教授。
平井 松午(ひらい しょうご、1954年 - )は、日本の地… 平井 松午(ひらい しょうご、1954年 - )は、日本の地理学者(歴史地理学)。徳島大学総合科学部教授。現総合科学部長。日本地理学会代議員。 研究テーマは、ムラの空間組織・開拓村・北海道移民・近世絵図など、一貫して「村落」の成り立ちや景観変化を対象としていたが、近年はGISを用いた歴史景観の復原にも取り組んでいる。
水田 雅博(みずた まさひろ、1953年 <昭和28年> 1… 水田 雅博(みずた まさひろ、1953年 <昭和28年> 12月14日 - )は、日本の地方公務員。伏見区長、京都市交通政策監、京都市上下水道局長を歴任。瑞宝小綬章受章者。 立命館大学卒業。1977年7月 京都市役所に入庁し教育委員会採用。総合企画局市長公室長、伏見区長、京都市交通政策監を歴任。2012年 (平成24年) 4月 京都市公営企業管理者上下水道局長。上下水道局長時に太秦病院、大和学園と山ノ内浄水場跡地活用に関する基本協定を締結。2016年3月退職。同年6月から京都ステーションセンター代表取締役専務。朝田教育財団理事長。
小杉 泰(こすぎ やすし、1953年12月10日 - )は、… 小杉 泰(こすぎ やすし、1953年12月10日 - )は、日本のイスラム研究者。立命館大学立命館アジア日本研究機構教授。元京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授。紫綬褒章受章。 1953年、北海道夕張市生まれ。神奈川県立希望ヶ丘高等学校を経て、東京外国語大学アラビア語学科に進学。その後、エジプトに留学し、1983年、エジプト国立アズハル大学イスラーム学部タフスィール・クルアーン学科卒業。 1984年、国際大学大学院国際関係学研究科助手、1985年、同大学中東研究所主任研究員・主幹、1986年同大学大学院国際関係学研究科専任講師。1989年、同助教授、1997年、同教授。1998年、京都大学東南アジア研究センター教授。
津止 正敏(つどめ まさとし、1953年11月 - )は、日… 津止 正敏(つどめ まさとし、1953年11月 - )は、日本の福祉学者、立命館大学名誉教授。介護・障害児保育。 鹿児島県生まれ。鹿児島県立甲南高等学校を経て、1977年立命館大学産業社会学部卒、95年同大学院社会学修士課程修了。京都市社会福祉協議会をへて、立命館大学産業社会学部教授。2009年に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を起ち上げ、事務局長を務める。2019年定年退職、名誉教授。
宮家 邦彦(みやけ くにひこ、1953年〈昭和28年〉10月… 宮家 邦彦(みやけ くにひこ、1953年〈昭和28年〉10月12日 - )は、日本の元外交官、評論家、研究者。キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問、株式会社外交政策研究所代表、立命館大学教育開発推進機構客員教授、中東調査会顧問。元内閣官房参与(外交)。外交と安全保障を専門とする。 神奈川県出身。栄光学園中学校・高等学校を経て、東京大学法学部卒業。東大在学中の1976年 - 1977年にアメリカ合衆国ミネソタ大学と国立台湾師範大学へ留学する。1978年4月に外務省へ入省する。アラビア語研修を受けたアラブ・スクールである。
林 忠良(はやし ただよし、1953年9月2日 - )は、プ… 林 忠良(はやし ただよし、1953年9月2日 - )は、プロ野球審判員。パシフィック・リーグ審判部前副部長。兵庫県出身。 兵庫県立明石南高等学校~立命館大学経営学部卒業後、ムラカミ食品を経て1977年パ・リーグ審判部入局。現役時代の審判員袖番号は31。パ・リーグ袖番号初採用年度審判の一人。 オールスターゲームに5回出場(1985年、1988年、1992年、2004年、2007年。1988年第1戦で球審)、日本シリーズに6回出場(1990年、1993年、1996年、1997年、1999年、2001年)。うち日本シリーズは1997年と2001年の第1戦と、1990年の第4戦、1993年の第7戦でそれぞれ球審を務め、1987年5月23日柏崎市佐藤池野球場で行われた、ロッテ-南海戦(史上最後のサスペンデッドゲーム)でライト側外野審判を務めていた。
滝下 信夫(たきした のぶお、1953年4月26日- )は、… 滝下 信夫(たきした のぶお、1953年4月26日- )は、日本の実業家。株式会社NBG代表取締役会長。京都府京都市出身。愛称はのぶちゃんマン。立命館大学経営学部卒業。剣道教士七段。 父親の滝下伊三郎が始めた小道具の露天商を継ぎ、1988年、京都市中京区壬生にタキシタ家具を設立。44歳の時に地元のテレビショッピングに女装して出演したところ、食卓セットがすべて売れたため、店舗でピーターパンなどインパクトのある格好をするようになった。
三田村 善衛(みたむら よしえ、1953年4月15日 - )… 三田村 善衛(みたむら よしえ、1953年4月15日 - )は、日本の音楽評論家、レコードコレクター、骨董コレクター、小林麻美のファン倶楽部「新女神子の会」会長、福井県路上観察倶楽部会長。福井県越前市(旧・武生市)出身。立命館大学卒。愛車は英国車の赤いローバーミニ。 正式な音楽誌デビューは「ロッキング・オン」と言われており、初期の「ロッキング・オン」誌で、Queenなどについての稚拙な文章が確認されている。 関西の阿木譲の「ロック・マガジン」には創刊号から書いており、創刊号の巻末には編集長となっている。 「ロック・マガジン」創刊当時三田村は学生で、大阪の阿木譲のマンションに入り浸り、連日音楽業界のレクチャーがなされ、夜は阿木からジャーマン・ロックの手ほどきを受けたという。
横山 充男(よこやま みつお、1953年2月19日 - )は… 横山 充男(よこやま みつお、1953年2月19日 - )は、日本の児童文学作家。 高知県宿毛市出身。立命館大学文学部卒業。梅花女子大学児童文学科教授を経て、東海学園大学人文学部教授。日本児童文芸家協会、日本文藝家協会会員。「プレアデス」同人。 1953年(昭和28年)2月、高知県幡多郡平田村(現宿毛市平田町)に生まれる。父横山春馬、母一尾。3人兄弟の末っ子であった。生後半年たらずで父親が事故死。その年のうちに母親の実家がある中村市(現四万十市)に引っ越す。 中村小学校、中村中学校、高知県立中村高等学校をへて、京都市の婦人服メーカーに就職する。1年ほどで肺結核を病み、大阪府高槻市にある療養所に入所。
桂島 宣弘(かつらじま のぶひろ、 1953年 - )は、… 桂島 宣弘(かつらじま のぶひろ、 1953年 - )は、日本の歴史学者。立命館大学文学部名誉教授。専門は日本近世思想史・民衆思想史。 岩手県出身。バプテスト派の牧師桂島祐三の息子。岩手県立盛岡第一高等学校、東北大学工学部を経て、1979年立命館大学文学部日本史学専攻卒業。1984年、立命館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。1983年に姫路日ノ本短期大学教員となり、1995年から立命館大学文学部助教授、1997年より同教授。1994年、「幕末民衆思想の研究」で立命館大学から博士(文学)の学位を取得。2010年度~2013年度立命館大学文学部長。2000年2月~7月中国北京日本学研究センター派遣教授、2006年9月~2007年8月韓国東西大学校客員教授、2014年9月~2015年8月韓国高麗大学校客員教授。
笠 真一(かさ しんいち、1952年10月6日 - )は日本… 笠 真一(かさ しんいち、1952年10月6日 - )は日本の経済人。元バーガーキング・ジャパン社長。大阪府出身。 大阪府立東淀川高等学校を経て、1976年に立命館大学産業社会学部を卒業、「給料がいいから」と日本マクドナルドに入社。1989年、日本マクドナルドの海外子会社「California Family Restaurant, Inc.」の統括責任者となる。帰国後、関西地区の営業部、販売部などを得て、1999年にナショナルフードサービス部長に就任。2002年、携帯電話を使った電子商取引への参入を目的として、大前研一が社長を務める「エブリデイ・ドット・コム」との共同出資で設立した新会社「エブリデイ・マック」の社長に就任したが、計画通りの結果が得られずに事業を休止。
伊藤 治明(いとう はるあき、1952年2月3日 - )は北… 伊藤 治明(いとう はるあき、1952年2月3日 - )は北海道河西郡中札内村出身のフリーアナウンサー。アナウンス教室講師。オーディオブック話者。 北海道帯広三条高等学校卒業後は立命館大学文学部哲学科心理学専攻に進学し、学生時代には公営競技の実況をアルバイトで務めた。 大学卒業後の1975年に北海道文化放送(UHB)へ入社し、アナウンサーとして主にスポーツ中継や報道を担当。UHBの初期のスポーツ実況をほとんど担当したため、実況種目は10競技を超えている。 競馬中継ではテンポイント・ハギノトップレディ・サッカーボーイの新馬戦を担当したほか、ホウヨウボーイの大沼ステークス、ハギノトップレディとブロケードの新旧桜花賞馬対決となった巴賞も実況し、北海道競馬記者クラブ創設にも関わった。
福井 正明(ふくい まさあき、1952年〈昭和27年〉1月1… 福井 正明(ふくい まさあき、1952年〈昭和27年〉1月16日 - )は、日本の政治家。元滋賀県高島市長(3期)。 滋賀県安曇川町(現・高島市)出身。安曇川町立安曇小学校、安曇川町立安曇川中学校、滋賀県立高島高等学校、立命館大学法学部卒業。1970年(昭和45年)、安曇川町役場に入庁。1972年(昭和47年)、滋賀県庁に入庁。 2003年(平成15年)4月、市町村合併推進支援室長に就任。2005年(平成17年)1月1日、出身地の安曇川町はマキノ町、今津町、新旭町、高島町、朽木村と合併し廃止。高島市が誕生する。 2012年(平成24年)3月、滋賀県庁を退職。同年4月、滋賀県病院事業庁長に就任。10月、同職を辞職。
河本 瑞貴(かわもと みずき、1952年 - )は、日本の脚… 河本 瑞貴(かわもと みずき、1952年 - )は、日本の脚本家、演出家。長崎県佐世保市生まれ。長崎県立佐世保北高校卒業。立命館大学中退。 横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)2期卒業。馬場当に師事。 日本映画学校で講師を務める。映像科のほか、俳優科の「漫才」の授業を担当し、ウッチャンナンチャンやナイツの育ての親としても知られている。
池田 英輔(いけだ えいすけ、1952年 - )は、日本の実… 池田 英輔(いけだ えいすけ、1952年 - )は、日本の実業家。旭化成ホームズ代表取締役社長や、同社取締役会長、プレハブ建築協会副会長を務めた。 静岡県出身。1975年立命館大学産業社会学部卒業。1976年旭化成ホームズ入社。2003年執行役員。2007年取締役常務執行役員。2009年専務執行役員。2010年副社長執行役員。2014年から代表取締役社長を務め、2016年からは旭化成専務執行役員を兼務した。2017年旭化成ホームズ取締役会長に退いた。2018年旭化成ホームズ会長。プレハブ建築協会副会長も務めた。
高瀬 義夫(たかせ よしお、1952年 - )は造形作家・版… 高瀬 義夫(たかせ よしお、1952年 - )は造形作家・版画家である。大阪府大阪市生まれ。 1977年、立命館大学法学部卒業。1987年より、ミヤザキ・アトリエで版画を研究し始める。2年後、第4期ホルベイン・アクリラ・スカラシップ取得。1990年からは、松田豊が主宰する現代美術研究会「色彩造形」に参加。以後、関西を中心に幅広く個展を開く他、カナダ、ベルギーなど国際的な活躍もみせる。
山下 晃正(やました あきまさ、1952年 - )は、日本の… 山下 晃正(やました あきまさ、1952年 - )は、日本の地方公務員。京都府庁商工労働観光部長や、京都府企画理事等を経て、京都府副知事を務め2024年3月22日退任。アート&テクノロジー・ヴィレッジ京都(ATVK)村長。 1975年立命館大学理工学部卒業、京都府入庁。1997年中小企業総合センター経営部経営課長。2000年商工部産業推進課長。2002年商工部産業活力支援室長。2006年商工部次長。2007年商工部長。2008年商工労働観光部長。2010年企画理事兼商工労働観光部長。2011年企画理事(緊急経済対策・未来戦略担当)。2013年から太田昇の後任として副知事を務め、政策企画部、商工労働観光部、農林水産部、建設交通部、京都府公安委員会を担当し、移住条例の策定などにあたった。
村田 吉弘(むらた よしひろ、1951年12月15日 - )… 村田 吉弘(むらた よしひろ、1951年12月15日 - )は和食の料理人、ミシュランガイド3つ星和食料亭「菊乃井」三代目主人。京都府京都市出身。立命館中学校・高等学校、立命館大学産業社会学部卒業。一般社団法人全日本・食学会理事長。 京都祇園の料亭「菊乃井」に長男として生まれる。大学はゴルフ部で活動して卒業し、名古屋の料亭「か茂免」で修行する。1976年に生家へ戻り、「菊乃井木屋町店」を開店する。フランス料理とコラボレーションや東京で出店などする。伝統的料理文化、料亭経営、日本料理、京都文化などについて出版する。NPO法人日本料理アカデミー理事長を務める。 テレビの料理番組に出演する際は、調味料の配分を5:3:1と解説するなど平易でわかりやすく解説する。
川端 義明(かわばた よしあき、1951年〈昭和26年〉10… 川端 義明(かわばた よしあき、1951年〈昭和26年〉10月7日 - )は、元NHKのエグゼクティブアナウンサーで 現在はフリーアナウンサー、声優。 立命館大学では立命館大学放送局に所属。 アナウンサーの海平和のファン。 1975年、アナウンサーとしてNHKに入局(同期入局のアナウンサーには長田弘之、小野智史、加藤行輝、川上規子、小板橋靖夫、金野正人、後藤繁榮、桜井洋子、佐藤充宏、志摩悦二郎、島田稔、末田正雄、鈴木桂一郎、周山制洋、高橋洋之、高橋佳久、徳田章、花田和明、三宅民夫、山極裕、山下信、渡辺幹雄)、室蘭に配属。その後、山形、宇都宮を経て1985年8月に東京アナウンス室に異動、報道リポーターを担当。
西野 義和(にしの よしかず、1951年9月6日 - )は、… 西野 義和(にしの よしかず、1951年9月6日 - )は、朝日放送の元アナウンサー。 新潟県高田市(現・上越市)生まれで、後に大阪府茨木市で育つ。大阪府立春日丘高等学校(1970年卒業)、立命館大学産業社会学部卒業。1975年に朝日放送へ入社。 入社後は、競馬を皮切りに、野球などのスポーツ中継で実況を担当。1988年10月19日のロッテ対近鉄のダブルヘッダー(10.19)では、ABCテレビでの中継で第1試合の実況を務めた。 また、入社4年目の1978年10月2日からは、ABCラジオの深夜番組『ABCヤングリクエスト』で月曜日のパーソナリティを担当(自身初のレギュラー番組)。ABCテレビ『ワイドショー・プラスα』のサブ司会や、後継番組『バラエティワイド こんな時α』の司会を務めた。
桑原 高雄(くわばら たかお、1951年4月15日 - )は… 桑原 高雄(くわばら たかお、1951年4月15日 - )は、日本のITコンサルタント。愛媛県出身、立命館大学理工学部卒業。 米国PMI認定PMP。修習技術者(情報工学)。 2011年5月:定年退職後は、フリーのITコンサルタントとして活動。専門は、 2008年12月:『抜群にプロジェクトを成功させる技術』 技術評論社(ISBN:9874774137162)
国広 正夫(くにひろ まさお、1951年3月26日 - )は… 国広 正夫(くにひろ まさお、1951年3月26日 - )は、ラジオ関西の元アナウンサー、元報道制作部チーフプロデューサー。元東京支社長。愛称は「マー君」(ラジオ関西公式サイト内プロフィールより)。 山口県下関市出身。立命館大学産業社会学部卒業。1974年、ラジオ関西にアナウンサーとして入社。同期には池田幸子がいる。 『ボンジュール世界の仲間たち』、『マー君とシュノーケル』、『KOBE AFTERNOON CLUB』等にパーソナリティとして出演。 また全国高等学校野球選手権兵庫大会中継や『サンデー・ブルーウェーブ・スタジアム』の実況などスポーツアナウンサーとしても活動した。 後にアナウンサーの第一線から退き、番組プロデューサー(報道制作部チーフプロデューサー)や姫路支局長等の社内業務主体になり、2005年東京支社次長から東京支社長に昇進。
ありむら 潜(ありむら せん、1951年 - )は、漫画家。… ありむら 潜(ありむら せん、1951年 - )は、漫画家。釜ヶ崎再生フォーラム前事務局長。鹿児島県出身。 立命館大学経済学部卒業後、大阪市西成区萩之茶屋にある財団法人西成労働福祉センターに勤務。1977年同センターを利用する日雇い労働者向けの広報誌(センターだより)に4コマ漫画を描き始める。その後青年誌や新聞にてあいりん地区(釜ヶ崎)を舞台に日雇い労働者の姿を描いた『カマやん』シリーズなどを連載する。近年は南北問題や地雷問題、まちづくり問題にも関わる。大阪府箕面市在住。 ありむらのほとんどすべてのマンガで主人公となっているカマやんは戦災孤児であり、戦後の混乱期からずっと釜ヶ崎で生きてきた、生粋のカマの人間である。
木股 知史(きまた さとし、1951年 - )は、日本の日本… 木股 知史(きまた さとし、1951年 - )は、日本の日本近代文学研究者。学位は、文学博士(立命館大学・論文博士・2008年)(学位論文『画文共鳴』)。甲南大学名誉教授。専門は石川啄木研究、および近代日本文学と美術の交流の研究。 兵庫県生まれ。1975年立命館大学文学部日本文学科卒、1982年同大学院博士課程単位取得満期退学。国崎望久太郎に師事。甲南大学助教授、文学部日本文学科教授、文学部学部長(2014~2015年度)。2008年『画文共鳴』で立命館大学より文学博士の学位を取得。2020年退職、名誉教授となる。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
松下 宏(まつした ひろし、1951年 - )は自動車評論家… 松下 宏(まつした ひろし、1951年 - )は自動車評論家、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。 群馬県前橋市生まれ。群馬県立中央高等学校、立命館大学産業社会学部を卒業後、自動車業界紙「ユーストカー」記者、自動車雑誌やアウトドア誌の編集者を経てフリーの評論家として独立。「カーセンサー」「中古車情報」など人気自動車雑誌誌上で活躍中。元々、庶民的な視点で評論するスタイルをとってきたが、最近は安全装備面を重視する傾向が見られる。新車と中古車の購入ガイドやローン・保険など車に関する経済情報に詳しい。[独自研究?]趣味はプロレス観戦と映画鑑賞で、カレーが大好物。クルマテレカのコレクターとしても知られ、今まで集めた数は数千枚にも達する(同じ種類のカードを保存用と交換用の2枚ずつ持つのが持論らしい)。
村上 美登志(むらかみ みとし、1951年 - )は、日本の… 村上 美登志(むらかみ みとし、1951年 - )は、日本の文学者。舞鶴工業高等専門学校人文科学科教授。公立若狭高等看護学院教員。 研究分野は国文学、中世文学、中国語・中国文学、漢文学、ライトノベル、文学一般。 1990年(平成2年)、立命館大学大学院文学研究科を修了し、1993年に博士(文学)の学位を得ている。
水岡 不二雄(みずおか ふじお、1951年 - )は、日本の… 水岡 不二雄(みずおか ふじお、1951年 - )は、日本の経済学者。専門は、経済地理学。一橋大学名誉教授。
二石 昌人(ふたいし まさと、1951年 - )は、日本の外… 二石 昌人(ふたいし まさと、1951年 - )は、日本の外交官。フランス語圏諸国の日本大使館における在外勤務などを経て、2013年(平成25年)1月17日から2017年(平成29年)6月2日にかけてブルキナファソ駐箚特命全権大使。 鹿児島県出身。1974年(昭和49年)立命館大学経済学部を卒業後、1978年(昭和53年)外務省に入省する。在モロッコ大使館、在カメルーン大使館勤務を経て、2004年のギ・フィリップらによるハイチ・クーデターの際は、在ハイチ共和国日本国大使館臨時代理大使として情報収集や在留邦人保護にあたり、大使館員とともに第3回川口賞を受賞した。 2010年1月12日(日本時間13日6時53分)、ハイチ共和国でマグニチュード7.0の地震が発生した(ハイチ地震)際には国際緊急援助隊医療チームを団長として率いている。
西王 燦(にしおう さん、1950年12月29日 - 202… 西王 燦(にしおう さん、1950年12月29日 - 2023年3月18日)は、歌人。短歌結社誌『短歌人』の元編集委員。 妻の武下奈々子も歌人で、1983年に短歌研究新人賞を受賞している。また、実娘は枡野浩一「かんたん短歌の作り方」の常連投稿者であった。 (この、実娘が「かんたん短歌の作り方」の常連投稿者であったということには、西王燦も武下奈々子も疑義を唱えている。) 福井県南条郡生まれ。立命館大学文学部日本文学科卒業。 「幻想派」「立命短歌」などによる塚本邦雄歌集『感幻樂』合同批評会のテープ起しをする。この頃、深作光貞と知り合う。 藤原龍一郎(月彦)や小池光の「十弦」の影響で、短歌結社誌「短歌人」に入会する。
浅野 秀剛(あさの しゅうごう、1950年12月28日 - … 浅野 秀剛(あさの しゅうごう、1950年12月28日 - )は、日本の美術史研究家。特に浮世絵を独学で学び、浮世絵考証研究の第一人者とうたわれる。 秋田県能代市生まれ。秋田県立能代高等学校、立命館大学理工学部数学物理学科卒業。在学中は古美術研究会の会長を務めた。上京して築地市場でアルバイトをしながら日本浮世絵協会(現・国際浮世絵学会)で活動。通信教育で学芸員の資格をとり、34歳で千葉市教育委員会の学芸員となる。2007年、「初期浮世絵」で博士(哲学)(学習院大学)。千葉市美術館学芸課長を経て、財団法人大和文華館館長、2013年6月からはあべのハルカス美術館館長も兼任。 2025年の大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」では、浮世絵考証を担当した。
石坂 正(いしざか せい、1950年12月24日 - )は、… 石坂 正(いしざか せい、1950年12月24日 - )は、日本中央競馬会(JRA)栗東トレーニングセンターに所属していた元調教師。 ヴァーミリアン、三冠牝馬ジェンティルドンナほか、数々の活躍馬を管理していた。 佐賀県出身。立命館大学経済学部卒。実子は調教師の石坂公一。 1950年、佐賀県に生まれる。父親は佐賀大学にて英文学専攻の教授をしていた。学生時代から熱心な競馬ファンであり、立命館大学を卒業後に北海道へ移り、競走馬の牧場に就職。この時は長続きせず退職し、以後しばしアルバイト生活を送った。しかし1978年、致命的な骨折からの闘病を続けていた競走馬・テンポイント死亡の報に接して、突如「無性に牧場で働きたく」なり、競馬雑誌に掲載されていた優駿牧場(現・待兼牧場)の従業員募集に応募、28歳で同場に就職した。
門川 大作(かどかわ だいさく、1950年〈昭和25年〉11… 門川 大作(かどかわ だいさく、1950年〈昭和25年〉11月23日 - )は、日本の宗教者(金光教押小路教会長)。学校法人関西金光学園特別顧問。元京都市長(4期)、京都サンガF.C.顧問、京都市教育長、教育再生会議委員(安倍内閣)などを歴任した。門下に元大阪市会議員の飯田哲史(元京都市社会教育委員、学校法人関西金光学園顧問)がいる。 京都府京都市中京区生まれ。京都市立龍池小学校、京都市立城巽中学校卒業。1969年3月、京都市立堀川高等学校定時制普通科卒業。同年4月、京都市教育委員会に就職。働きながら、立命館大学法学部第二部を卒業した。 京都市教育委員会総務部長、教育次長を経て、2001年に京都市教育長に就任し、2007年まで同職を務める。
國廣(国広) 敏文(くにひろ としふみ 、1950年11月1… 國廣(国広) 敏文(くにひろ としふみ 、1950年11月19日 - )は、日本の政治学者。専門は、政治学、政治社会学、比較政治、フランス現代政治。立命館大学名誉教授。 広島県大竹市生まれ。1969年3月、私立崇徳高等学校卒業。1975年3月、明治大学政治経済学部政治学科卒業。その後、同大学院政治経済学研究科政治学専攻修士課程修了、同専攻博士課程単位取得退学。明治大学では田口富久治教授(名古屋大学名誉教授)に師事。1990年4月より立命館大学産業社会学部助教授、1998年に教授、2016年3月定年退職。続いて2021年3月まで特別任用教授。