荒谷 大輔(あらや だいすけ、1974年 - )は、日本の哲… 荒谷 大輔(あらや だいすけ、1974年 - )は、日本の哲学者。慶應義塾大学教授。専攻は哲学、倫理学。 宮城県仙台第一高等学校卒、東京大学教養学部理科一類をへて文学部卒、同大学院倫理学科博士課程単位取得退学。2005年「捻れたイマージュ :ベルクソンにおける認識論と存在論の交錯」で博士(文学)。江戸川大学社会学部人間心理学科准教授、教授。
宮城県仙台第一高等学校:43人
荒谷 大輔(あらや だいすけ、1974年 - )は、日本の哲… 荒谷 大輔(あらや だいすけ、1974年 - )は、日本の哲学者。慶應義塾大学教授。専攻は哲学、倫理学。 宮城県仙台第一高等学校卒、東京大学教養学部理科一類をへて文学部卒、同大学院倫理学科博士課程単位取得退学。2005年「捻れたイマージュ :ベルクソンにおける認識論と存在論の交錯」で博士(文学)。江戸川大学社会学部人間心理学科准教授、教授。
豊川 斎赫(とよかわ さいかく、1973年- )は、日本の建… 豊川 斎赫(とよかわ さいかく、1973年- )は、日本の建築家、建築史家、千葉大学准教授。 仙台市生まれ。1992年宮城県仙台第一高等学校卒、1997年東京大学工学部建築学科卒、2000年同大学院工学系建築学専攻修了。株式会社日本設計に勤務。2007年「丹下健三研究室の理論と実践に関する建築学的研究」で東京大学工学博士。2007年国立小山工業高等専門学校准教授。2017年千葉大学工学部都市環境システム学科准教授。専攻・建築史、都市デザイン。
福士 謙介(ふくし けんすけ、1966年 - )は、日本の工… 福士 謙介(ふくし けんすけ、1966年 - )は、日本の工学者。専門は、環境工学、サステイナビリティ学。東京大学サステイナビリティ学連携研究機構教授、国連大学高等研究所客員教授。東京大学未来ビジョン研究センターセンター長(2023年 - 現任中)。
堀田 昌寛(ほった まさひろ、1965年 - )は、日本の物… 堀田 昌寛(ほった まさひろ、1965年 - )は、日本の物理学者。専門は量子情報科学、量子基礎論、量子エンタングルメント、ブラックホール、量子テレポーテーション。東北大学大学院理学研究科助教を務める。量子情報理論の観点から量子力学の基礎を再構成する研究や、量子情報と時空の関係に関する理論的研究で知られる。 宮城県仙台第一高等学校を経て、1993年に東北大学大学院理学研究科にて博士(理学)を取得。長年にわたり東北大学大学院理学研究科に所属し、量子基礎物理学の教育・研究に従事している。現在は同研究科物理学専攻量子基礎物理学講座(素粒子・宇宙論分野)助教を務める。 量子情報理論の視点から量子力学の基礎を再考する研究を主軸とし、量子測定、量子操作、量子エンタングルメントの理論的解明に取り組んでいる。
鈴木 泉(すずき いずみ、1963年 - )は、日本の哲学者… 鈴木 泉(すずき いずみ、1963年 - )は、日本の哲学者。専門は西欧近世哲学ならびに現代フランス哲学。東京大学教授。2013年時点ロック雑誌『ユリシーズ』編集顧問。
菅野 仁(かんの ひとし、1960年 5月24日- 2016… 菅野 仁(かんの ひとし、1960年 5月24日- 2016年9月29日)は、日本の社会学者。宮城教育大学教授、同副学長などを歴任。 仙台市生まれ。東北大学文学部卒、1989年同大学院文学研究科社会学専攻博士課程単位取得退学。 東北大学文学部助手、青森公立大学経営経済学部助教授などを経て、1996年宮城教育大学教育学部助教授、2006年より同大学教授。16年より同大学副学長(学務担当)を兼務。 専攻は社会学(社会学思想史・コミュニケーション論・地域社会論)、ゲオルク・ジンメルやマックス・ヴェーバーなど古典社会学の現代的な読み直しをベースとし、「“自分の問題”として〈社会〉について考えるための知的技法の追求」をテーマに、考察を続けた。
手代木 功(てしろぎ いさお、1959年12月12日 - )… 手代木 功(てしろぎ いさお、1959年12月12日 - )は、日本の実業家、薬学博士。塩野義製薬社長を務めている。 宮城県仙台市出身。父・卓は東北電力の技術者。宮城県仙台第一高等学校を経て、1982年に東京大学薬学部を卒業し、塩野義製薬に入社。2度のアメリカ駐在を経て、秘書室長、経営企画部長、取締役、常務、医薬研究開発本部長、専務を経て、2008年4月から社長に就任。 日本製薬工業協会会長、日本製薬団体連合会会長を歴任した。2010年から大阪商工会議所副頭取も務めている。
枝松 圭一(えだまつ けいいち、1959年 - )は、日本の… 枝松 圭一(えだまつ けいいち、1959年 - )は、日本の物理学者。宮城県仙台市出身。東北大学電気通信研究所教授。量子力学の原理を用いた情報通信などにおいて先駆的な功績を挙げている。 枝松圭一が開発した科学技術用グラフプロットツール。ドライバを導入することにより美しいグラフを作成でき、印刷することが出来る。これまでに解説本も二冊出ている。現バージョンは5.01β7。
武田 淳(たけだ じゅん、1959年 - )は、日本の大学教… 武田 淳(たけだ じゅん、1959年 - )は、日本の大学教授。横浜国立大学大学院工学研究院教授。専門は、超高速レーザー分光、光物性。フェムト秒レーザーを用いた新規レーザー分光技術の開発と光誘起現象の光制御の研究を行っている。 宮城県仙台第一高等学校卒業。1984年、上智大学理工学部物理学科卒業。1988年、東北大学大学院理学研究科博士課程物理学専攻修了、博士(理学)。横浜国立大学工学部助手・講師・助教授、同大学大学院工学研究院助教授を経て、同大学院教授。専門は、超高速レーザー分光、光物性。フェムト秒レーザーを用いた新規レーザー分光技術の開発と光誘起現象の光制御の研究を行っている。 日本学術振興会特別研究員、マサチューセッツ工科大学客員研究員、フロリダ大学客員教授、東北大学電気通信研究所客員教授、大阪大学先端イノベーションセンター招へい教授、大阪府立大学理学系研究科非常勤講師、熊本大学大学院自然科学研究科非常勤講師、理化学研究所表面界面科学研究室客員研究員、理化学研究所表面界面科学研究室客員主幹研究員、大阪市立大学理学研究科非常勤講師を歴任。
佐藤 岩夫(さとう いわお、1958年 - )は、日本の法学… 佐藤 岩夫(さとう いわお、1958年 - )は、日本の法学者。専門は法社会学。学位は、博士(法学)(東北大学)。東京大学社会科学研究所教授等を経て、東京大学相談支援研究開発センター特任教授、東京大学名誉教授。宮城県出身。指導教員は広中俊雄。
一迫 玲(いちのはさま りょう、1957年5月10日 - )… 一迫 玲(いちのはさま りょう、1957年5月10日 - )は、日本の医師、病理医・病理学者。医学博士。 診療科は病理診断科で専門領域は造血器病理学(特に悪性リンパ腫の診断学と研究)。東北大学病院造血器病理学共同研究部門・教授。公益財団法人一迫記念READ血液アカデミー・副代表理事。 1976年、宮城県仙台第一高等学校卒業。1982年、弘前大学医学部医学科卒業。 1986年、東京医科歯科大学大学院医学研究科(病理学専攻)修了後、国立がんセンター病理部で厚生技官。 1987年、仙台医療センター。 1989年、悪性リンパ腫疑い症例のための統合診断システム(READsystem)を創設。東北大学病院病理部。
小川 郁(おがわ かおる、1955年5月14日 - )は、日… 小川 郁(おがわ かおる、1955年5月14日 - )は、日本の医学者、医師。慶應義塾大学名誉教授。株式会社オトリンク代表取締役。オトクリニック東京院長。専門は耳鼻咽喉科学。宮城県仙台市出身。娘はアナウンサーの小川彩佳。兄は学校法人岩手医科大学理事長の小川彰。
長谷山 彰(はせやま あきら、1952年11月22日 - )… 長谷山 彰(はせやま あきら、1952年11月22日 - )は、日本の法制史学者。専攻は、日本法制史。学位は、法学博士(慶應義塾大学)。前学校法人慶應義塾長・慶應義塾大学長。学校法人慶應義塾学事顧問、慶應義塾大学名誉教授。 2022年4月1日、国立大学法人北海道国立大学機構の初代理事長として就任した。 1952年に秋田県秋田市で生まれ、宮城県仙台市で育った。宮城県仙台第一高等学校を経て、1975年に慶應義塾大学法学部法律学科、1979年に同大学文学部史学科を卒業した。1984年に慶應義塾大学大学院文学研究科史学専攻博士課程単位取得満期退学となる。 1987年から駿河台大学法学部専任講師、助教授を経て、1994年に教授に昇格。
渡辺 諒(わたなべ りょう、本名・芳敬、1952年 - )は… 渡辺 諒(わたなべ りょう、本名・芳敬、1952年 - )は、日本の文芸評論家、早稲田大学教育学部複合文化学科教授。専門はフランス現代思想・文学。
菅野 純(かんの じゅん、1950年 - )は、日本の心理学… 菅野 純(かんの じゅん、1950年 - )は、日本の心理学者。専門は学校カウンセリング。早稲田大学名誉教授。
野家 啓一(のえ けいいち、1949年2月21日 - )は、… 野家 啓一(のえ けいいち、1949年2月21日 - )は、日本の哲学者。専攻は科学哲学。東北大学名誉教授。東北大学総長特命教授、元日本哲学会会長。 1949年、宮城県仙台市生まれ。宮城県仙台第一高等学校卒業。東北大学理学部に入学し、1971年3月に東北大学理学部物理学科を卒業。物理学科在学中に廣松渉の論文「マッハの哲学と相対性理論」を読んだことが「物理学から哲学へ変わるきっかけ」となり、大学院は東京大学大学院理学系研究科科学史・科学基礎理論に進学した。大森荘蔵に師事。1974年3月、東京大学大学院理学系研究科科学史・科学基礎理論専門課程修士課程修了。1976年3月、東京大学大学院理学系研究科科学史・科学基礎論専門課程博士課程を中退。
江刺 正喜(えさし まさよし、1949年1月30日 - )は… 江刺 正喜(えさし まさよし、1949年1月30日 - )は、日本の工学者。MEMSの研究家である。 宮城県仙台市出身。東北大学大学院工学研究科教授を2013年3月を以て定年退官したが、同年4月以降も同大学で原子分子材料科学高等研究機構教授(兼)マイクロシステム融合研究開発センター長を務める。
本川 達雄(もとかわ たつお、1948年4月9日 - )は、… 本川 達雄(もとかわ たつお、1948年4月9日 - )は、日本の生物学者、シンガーソングライター。東京工業大学名誉教授。専攻は動物生理学。 1948年、宮城県仙台市で生理学者の本川弘一(後に東北大学総長)の息子として生まれる。宮城県仙台第一高等学校を経て、1971年、東京大学理学部生物学科(動物学)卒業。東京大学助手、琉球大学助教授、デューク大学客員助教授を経て、1991年より2014年まで東京工業大学教授。 研究対象は、キャッチ結合組織や、ホヤを題材にしたサイズの生物学(アロメトリー)など。キャッチ結合組織とは硬さが素早く変わる結合組織で、棘皮動物にのみ見られるもの。この組織が棘皮動物5つの綱すべてで働いていることを示し、硬さ変化の機構や変化の神経制御など、この分野を切り開いて行ったことで、世界の棘皮動物学者の間で名高い。
庄子 哲雄(しょうじ てつお、1947年11月16日 - )… 庄子 哲雄(しょうじ てつお、1947年11月16日 - ) は、日本の材料工学者。東北大学名誉教授。東北大学ディスティングイッシュトプロフェッサー。マサチューセッツ工科大学客員教授、国立応用科学院客員教授、日本学術会議会員等を歴任。 1966年宮城県仙台第一高等学校卒業。1970年東北大学工学部機械工学科卒業。1972年東北大学大学院工学研究科機械工学専攻修士課程修了。1975年東北大学大学院工学研究科機械工学専攻博士課程修了、工学博士、東北大学工学部一般工学教室助手。1982年ニューカッスル大学金属及び材料科学科博士研究員。1983年東北大学工学部附属材料強度研究施設助教授。 1988年東北大学工学部機械工学第二学科材料計測・評価学研究室教授。
岡本 勝(おかもと まさる、1947年11月11日 - )は… 岡本 勝(おかもと まさる、1947年11月11日 - )は、日本の法学者、歌人。東北大学名誉教授。専攻は、刑法、近代ドイツ刑法史、犯罪論と刑法哲学。宮城県出身。 宮城県中新田町(現・加美町)で建設業を営む家に生まれ、小中学時代を鳴子町川渡(現・大崎市)で送る。その後、宮城県仙台第一高等学校、東北大学法学部卒業(指導教官は荘子邦雄)。卒業後、助手、助教授、教授を経て大学院法学研究科・法学部教授。2012年定年退官、名誉教授。 伊達政宗に仕えた初代岡本久兵衛義成を始祖とする仙台藩士岡本家の16代目当主。文学にも造詣が深く、東北大学短歌会の顧問をしていた。島田修二(青藍・草木)に師事していたが、現在は「まひる野」に所属。
斎藤和夫(さいとう かずお、1946年 - )は日本の法学者… 斎藤和夫(さいとう かずお、1946年 - )は日本の法学者、弁護士。慶應義塾大学名誉教授(民法講座)、元明治学院大学院教授(民事訴訟法講座)、第一東京弁護士会総合研修センター委員。 専攻は担保法学(担保実体法学と担保手続法学)、民事実体法学(民法総則、物権法、担保物権法、債権法)、民事手続法学(民事訴訟法、民事執行法、民事保全法、倒産法)、金融法学、ドイツ法学。担保実体法と担保手続法の統合的アプローチ。 慶應義塾大学では、同名誉教授内池慶四郎(民法学)・同名誉教授伊東乾(民事訴訟法学)・同名誉教授石川明(民事訴訟法学)に師事。 ドイツ・ザールラント大学法学部では、ザール大学名誉教授、同法学博士、慶應義塾大学名誉博士であるゲルハルト・リュケ(民法・民事訴訟法・強制執行法・倒産法学)に師事。
入間田 宣夫(いるまだ のぶお、1942年3月31日 - )… 入間田 宣夫(いるまだ のぶお、1942年3月31日 - )は、日本の歴史学者、東北大学名誉教授。専門は、日本中世史。
須藤 祐孝(すとう ゆうこう、1939年5月28日 - 20… 須藤 祐孝(すとう ゆうこう、1939年5月28日 - 2018年7月27日)は、日本の政治学者。専門はイタリア政治思想。愛知大学名誉教授。 1939年、宮城県柴田郡で生まれた。宮城県仙台第一高等学校を経て、東北大学法学部に進学。同大学大学院に進み、法学修士号を取得した。 愛知大学法学部教授を長らく勤め、「ヨーロッパ政治思想史」などの科目を担当した。2010年3月に愛知大学を定年退職し、4月に同大学名誉教授となった。 専門はイタリアの政治思想史。特に、ジロラモ・サヴォナローラ、ニッコロ・マキャヴェッリの研究で知られている。ルネサンス期以外でも、ガエターノ・モスカを中心とする「寡頭制の鉄則」の研究などもおこなった。
樋口 陽一(ひぐち よういち、1934年9月10日 - )は… 樋口 陽一(ひぐち よういち、1934年9月10日 - )は、日本の法学者。専門は憲法。学位は法学博士(東北大学・1964年)。東北大学名誉教授、東京大学名誉教授、日本学士院会員、日仏会館名誉理事長。 東北大学法学部教授、東京大学法学部教授、上智大学法学部教授、上智大学社会正義研究所所長、早稲田大学法学部特任教授などを歴任した。清宮四郎門下。弟子に渡邊康行、山元一、石川健治、蟻川恒正、毛利透など。 宮城県仙台市出身。仙台第一高等学校卒業後、東北大学法学部法学科入学。英語、ドイツ語、フランス語、ラテン語等の語学に堪能で、それを生かして比較憲法学に取り組んだ。東北大学より法学博士、パリ第2大学(パンテオン・アサス)より名誉博士を授与される。
重倉 祐光(しげくら ゆうこう、1931年3月31日 - 2… 重倉 祐光(しげくら ゆうこう、1931年3月31日 - 2020年10月1日)は、日本の工学者。東京理科大学名誉教授。東京理科大学学長補佐や、諏訪東京理科大学初代学長を務めた。藍綬褒章受章。 重倉珉祐(東北大学名誉教授)長男として、1931年仙台市に生まれる。東北大学工学部建築学科、同大学院博士課程を経て小野田セメント中央研究所に7年間勤務、東京理科大学に転じ助教授、39歳で教授となる。 建築学科主任、理工学部長、理工学研究科長、火災科学研究所長、学長補佐などの要職を歴任した。1998年東京理科大学諏訪短期大学を四年制大学に転換するため学長として赴任、転換後、諏訪東京理科大学学長を務めた。専門は建築材料学。
二宮 康明(にのみや やすあき、1926年4月10日 - 2… 二宮 康明(にのみや やすあき、1926年4月10日 - 2023年11月15日)は、日本の紙飛行機の設計者、日本紙飛行機協会会長、日本インダストリアルデザイナー協会会員、工学博士、自家用飛行機操縦士。ハードSF研究所客員研究員。 紙飛行機設計歴50年の世界的権威、設計したオリジナル機は、競技機から軽飛行機、プロフィール機まで2,600機を超え、素材には紙だけでなくバルサ材やスチレンペーパーも使用して紙飛行機の可能性を追求している。1967年、第1回国際紙飛行機サンフランシスコ大会でグランプリを獲得。1985年シアトルでの第2回大会では元宇宙飛行士マイケル・コリンズらとともに審査委員を務めた。 1967年から、月刊『子供の科学』で紙飛行機の付録を連載。
石田 名香雄(いしだ なかお、1923年〈大正12年〉3月6… 石田 名香雄(いしだ なかお、1923年〈大正12年〉3月6日 - 2009年〈平成21年〉12月4日)は、日本の医学者、ウイルス学者。元東北大学学長。仙台市名誉市民。二男は分子生物学者の石田直理雄。 新潟県上越市生まれ。旧制仙台一中、旧制二高、東北帝国大学医学部卒業。ウイルスベクターとして知られるセンダイウイルス、また、制癌抗生物質ネオカルチノスタチンを発見した。野口英世記念医学賞、日本学士院賞などを受賞。お酒が好きなことで知られており、利酒が趣味だった。学生に抜群の人気があった。 ミシガン大学ウイルス研究所留学
佐藤 功(さとう いさお、1915年(大正4年)3月29日 … 佐藤 功(さとう いさお、1915年(大正4年)3月29日 - 2006年(平成18年)6月17日)は、日本の法学者。専門は憲法。学位は、法学博士(東京大学・論文博士・1958年)。上智大学名誉教授。文化功労者。また、内閣法制局参事官として日本国憲法の制定作業に携わった。主著『日本国憲法概説』(学陽書房刊)は版を重ねている。京都府京都市出身。宮沢俊義門下。弟子に粕谷友介、向井久了、高野敏樹、吉川和宏、矢島基美、藤本富一、松田聰子、玉巻弘光、前田徹生など。 京都府京都市に生まれる。1931年(昭和6年)4月1日:第二高等学校文科乙類入学。1934年(昭和9年)3月31日:第二高等学校文科乙類卒業。
加藤 陸奥雄(かとう むつお、1911年12月2日 - 19… 加藤 陸奥雄(かとう むつお、1911年12月2日 - 1997年3月8日)は日本の生物学者。位階は正三位。 宮城県仙台市生まれ。専門は昆虫生態学。 兄に化学者の加藤多喜雄(仙台名誉市民)、地球物理学者の加藤愛雄、弟に地質学者の加藤磐雄がいる。大甥(甥の息子)に数学者の加藤文元。 指導学生に松田達郎などがいる。
神 直道(じん なおみち、1911年(明治44年)8月20日… 神 直道(じん なおみち、1911年(明治44年)8月20日 - 1998年(平成10年)9月29日)は、日本の陸軍軍人、宗教学者。軍人としての最終階級は陸軍中佐。陸士44期卒で瀬島龍三と同期。
斎藤 秀夫(さいとう ひでお、1909年〈明治42年〉5月4… 斎藤 秀夫(さいとう ひでお、1909年〈明治42年〉5月4日 - 2003年〈平成15年〉9月6日)は、日本の法学者。専門は民事訴訟法、特に競売法、司法学。学位は、法学博士(東北大学・論文博士・1952年)。東北大学名誉教授。司法権論、裁判官論など、日本の司法学の開拓者として著名。菊井維大門下。弟子に小室直人など。 宮城県出身。旧制仙台第一中学校(現・宮城県仙台第一高等学校)、旧制第二高等学校を経て、1933年東北帝国大学法文学部卒、同助手。東京帝国大学法学部に内地留学し、菊井維大、兼子一に師事した。その後、1937年東北帝国大学助教授、1949年東北大学法学部教授。1952年「国会と司法権の独立 国政調査権と裁判官弾劾」で東北大学より法学博士の学位を取得。
亀田 孜(かめだ つとむ、1906年(明治39年)3月4日 … 亀田 孜(かめだ つとむ、1906年(明治39年)3月4日 - 1982年(昭和57年)12月5日)は、日本の美術史学者。 宮城県伊具郡角田町(現・角田市)出身。吉野臥城(甫)の三男として生まれ、1922年(大正11年)亀田よねの養子となる。宮城県立第一中学校、第二高等学校理科甲類、東北帝国大学文学部卒、奈良国立博物館学芸員、1950年(昭和25年)東北大学文学部助教授、1952年(昭和27年)教授。1969年(昭和44年)定年退官、名誉教授。1962年(昭和37年)「白鳳後期美術の諸形相」で東北大学文学博士。
日沖 憲郎(ひおき のりお、1903年7月2日 - 1993… 日沖 憲郎(ひおき のりお、1903年7月2日 - 1993年4月8日)は、日本の刑法学者、裁判官、弁護士、法学博士。 三重県出身。小野清一郎らに師事、刑法学者として改正刑法準備草案、ついで改正刑法草案の作成に関わる。戦後政財界の主な汚職事件で弁護団に参加、ロッキード事件では全日空の若狭得治の主任弁護士として活動した。訳書にイェーリング著『権利のための闘争』(岩波文庫)がある。
野副 鉄男(のぞえ てつお、1902年5月16日 - 199… 野副 鉄男(のぞえ てつお、1902年5月16日 - 1996年4月4日)は、日本の化学者、理学博士。台北帝国大学教授を経て、戦後、東北大学理学部教授、同大学名誉教授。文化勲章受章者、日本学士院会員、仙台市名誉市民(本籍地は東京都新宿区)。 宮城県仙台市に生まれる。旧制仙台一中、旧制二高を経て、1926年(大正15年)に東北帝国大学理学部化学科を卒業。同年7月当時日本領であった台湾に渡り台湾総督府専売局に勤務する。1927年(昭和2年)工業部に籍を置き、台湾総督府中央研究所助手となる。1929年(昭和4年)台湾に台北帝国大学が新設されると理農学部化学科助教授に就任し、有機化合物の構造研究や大学の教育に尽力した。
小倉 強(おぐら つよし、1893年3月7日 - 1980年… 小倉 強(おぐら つよし、1893年3月7日 - 1980年2月23日)は、日本の建築家、建築史家。東北大学名誉教授。東北地方の民家についての調査を精力的に行ったことで知られ、仙台の歴史的建造物の保存にも影響を与えた。 1893年(明治26年)、宮城県仙台市で実業家・歌人の小倉長太郎(小倉茗園)の八男として生まれる。1916年(大正5年)、東京帝国大学工科大学建築学科を卒業。大学では、高橋貞太郎、小林政一らと同期であった。 1921年、東京府営繕技師となる。平和記念東京博覧会(1922年)の設計を担当。1922年、東北帝国大学技師に採用される。1929年、仙台高等工業学校教授に着任準備のため文部省在外研究員としてドイツ留学。
林 道倫(はやし みちとも、1885年(明治18年)12月2… 林 道倫(はやし みちとも、1885年(明治18年)12月21日 - 1973年(昭和48年)3月28日)は、日本の精神医学者、教育者。新制岡山大学の初代学長を務めた。名前は「どうりん」と音読みされることもある。 宮城県仙台市出身。仙台第一中学校、第二高等学校を経て、1910年12月東京帝国大学医学部卒業。帝大在学中は日本の精神病研究の先駆者である呉秀三の薫陶を受け、歌人の斎藤茂吉は同級生であった。1921年からドイツに3年間留学する。 帰国から間も無い1924年7月、岡山医科大学(現岡山大学医学部)精神科教授に就き、生涯にわたり岡山を活動拠点とする。しかし、就任早々林を待ち受けていたのが、日本脳炎の流行であった。
阿刀田 令造(あとうだ れいぞう、1878年(明治11年)8… 阿刀田 令造(あとうだ れいぞう、1878年(明治11年)8月7日 - 1947年(昭和22年)5月21日)は、日本の西洋史学者である。宮城県仙台市の(旧制)第二高等学校第9代校長を務めた。 1878年(明治11年)に宮城県名取郡下増田村(現:名取市)で生まれる。父は下増田村初代村長阿刀田義潮(あとうだ よしとも)。宮城県仙台第一中学校(現:宮城県仙台第一高等学校)を卒業して、1902年(明治35年)に(旧制)第二高等学校(現:東北大学)に入る。大学卒業後、さらに東京帝国大学・京都帝国大学法学部に進学した。在学中、西洋学に興味を持った。東京帝大に在学中は真宗大谷派僧侶の近角常観が東京府東京市本郷区で主宰していた求道学舎に寄宿した。
吉野 作造(よしの さくぞう、1878年〈明治11年〉1月2… 吉野 作造(よしの さくぞう、1878年〈明治11年〉1月29日 - 1933年〈昭和8年〉3月18日)は、大正時代を中心に活躍した日本の政治学者、思想家。「民本主義」という訳語の提唱者。袁世凱の長男である袁克定の家庭教師。「黎明会」の設立発起人。東京帝国大学で教壇に立ち、大正デモクラシーの立役者となった。初名は「作蔵」で、大正6年(1917年)5月「作造」と改名した。号は「古川学人」。弟は商工官僚・政治家の吉野信次。 明治11年(1878年)、宮城県志田郡大柿村96番地(現・大崎市古川十日町)に木綿織物の原料を扱う糸綿商吉野屋を営む父・年蔵、母・こうの長男として生まれた。当時の吉野屋には、祖母、両親、5歳と3歳になる二人の姉、そして父の姉夫婦が同居していた。
志賀 潔(しが きよし、1871年2月7日(明治3年12月1… 志賀 潔(しが きよし、1871年2月7日(明治3年12月18日) - 1957年(昭和32年)1月25日)は、日本の医学者・細菌学者。赤痢菌の発見者として知られる。朝鮮総督府医院長・京城医学専門学校校長・京城帝国大学総長などを歴任。 赤痢菌の発見とともに化学療法を研究し、明治時代の日本の近代化の中で世界に通用する科学研究の成果を成し遂げた先駆者と評される。赤痢菌の学名(属名)は志賀に因む Shigella であるが、これは主要な病原細菌の学名に日本人の名前が冠されている殆ど唯一の例となった。数々の名誉を得ながらも清貧を貫き、質素な暮らしに徹した。 1871年(明治3年)、仙台藩領・陸前国宮城郡仙台(現在の仙台市)で、佐藤信の三男として生まれた。
伊藤 邦彦(いとう くにひこ)は、日本の薬学者(薬理遺伝学・… 伊藤 邦彦(いとう くにひこ)は、日本の薬学者(薬理遺伝学・抗体工学・免疫学・分子生物学・臨床薬理学・医療薬学)。学位は薬学博士(東北大学・1989年)。静岡県立大学薬学部教授・大学院薬学研究院教授。 東北大学医学部附属病院助手、スクリプス研究所博士研究員、秋田大学医学部助教授などを歴任した。 宮城県仙台第一高等学校を卒業し、東北大学の薬学部にて薬学を学ぶ。同大学を卒業後は、そのまま大学院の薬学研究科に進み、博士後期課程を修了した。1989年、薬学博士を取得した。学位論文の題は 「抗修飾核酸塩基モノクローナル抗体の癌診断及びモニタリングへの応用を目的とした基礎研究」。 東北大学医学部附属病院に採用され、薬剤部の助手として勤務した。
木村 晃彦(きむら あきひこ)は、日本・中国の材料工学者。京… 木村 晃彦(きむら あきひこ)は、日本・中国の材料工学者。京都大学名誉教授。元京都大学エネルギー理工学研究所副所長。 1972年宮城県仙台第一高等学校卒業。1976年東北大学工学部卒業。1982年東北大学大学院工学研究科金属材料工学専攻博士課程修了、工学博士。室蘭工業大学工学部助教授を経て、1993年東北大学金属材料研究所助教授。1997年京都大学大学院エネルギー理工学研究科教授。1998年京都大学エネルギー理工学研究所教授。京都大学エネルギー理工学研究所副所長を経て、2019年定年退職、京都大学名誉教授、重慶大学材料科学与工程学院材料加工工程系着任。
佐々木 和郎 (ささき かずお)は、東京工科大学・メディア学… 佐々木 和郎 (ささき かずお)は、東京工科大学・メディア学部教授、日本のテレビ美術デザイナーである。 宮城県仙台市生まれ。 仙台第一高等学校卒。千葉大学工学部・工学専攻科修了(工業意匠)。 1983年、日本放送協会入局。制作業務局美術部( 現・映像デザイン )にてテレビ番組美術のデザインに携わる。1995年、「ニュースセンター'95」のスタジオデザインで、日本ディスプレイデザイン協会 DDA優秀賞受賞。1998年、ドラマ「熱の島で」の美術デザインにて、テレビ日本美術家協会・伊藤熹朔賞で本賞受賞。 テレビスタジオ美術へのCADシステムの活用、コンピュータ・グラフィクス、バーチャルセットのデザインなどを担当。
月浦 崇(つきうら たかし、1972 -)は、日本の認知神経… 月浦 崇(つきうら たかし、1972 -)は、日本の認知神経科学者。京都大学大学院人間・環境学研究科認知・行動科学講座教授。 宮城県出身。宮城県仙台第一高等学校を経て、1996年東北大学教育学部教育心理学科卒業。1998年東北大学大学院医学系研究科博士課程前期障害科学専攻修了、修士(障害科学)。2000年日本学術振興会特別研究員。2001年東北大学大学院医学系研究科博士課程後期障害科学専攻修了、博士(障害科学)。同年産業技術総合研究所脳神経情報研究部門研究員。2006年デューク大学認知神経科学センター客員研究員。2008年東北大学加齢医学研究所脳機能開発研究分野准教授。2011年京都大学大学院人間・環境学研究科認知・行動科学講座准教授。