森永 卓郎(もりなが たくろう、1957年7月12日 - )… 森永 卓郎(もりなが たくろう、1957年7月12日 - )は、日本の評論家(「経済アナリスト」を自称)、エコノミスト、タレント、獨協大学経済学部教授。専門は、マクロ経済・計量経済・労働経済・教育計画、オタク文化論など。愛称・通称は「モリタク」。
東京都立戸山高等学校:13人
森永 卓郎(もりなが たくろう、1957年7月12日 - )… 森永 卓郎(もりなが たくろう、1957年7月12日 - )は、日本の評論家(「経済アナリスト」を自称)、エコノミスト、タレント、獨協大学経済学部教授。専門は、マクロ経済・計量経済・労働経済・教育計画、オタク文化論など。愛称・通称は「モリタク」。
高木 勝(たかぎ まさる、1945年7月16日 - 2011… 高木 勝(たかぎ まさる、1945年7月16日 - 2011年6月26日)は、日本の経済学者、経済評論家。明治大学政治経済学部教授(日本経済論、金融論)。 神奈川県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、富士銀行に入行。調査部、1982年-1987年ニューヨーク駐在、富士総合研究所経済調査部長などを経て、1998年より明治大学政治経済学部教授。 2011年6月26日、肺がんのため死去。65歳没。
栗本 慎一郎(くりもと しんいちろう、1941年〈昭和16年… 栗本 慎一郎(くりもと しんいちろう、1941年〈昭和16年〉11月23日 - )は、日本の経済学者(経済人類学)・評論家・政治家・健康食品開発者。有明教育芸術短期大学学長、衆議院議員(2期)、経済企画政務次官、有限会社大学総合研究所理事長、朝日新聞書評委員 を歴任した。 東京都(出生当時は東京府)出身。父は元最高裁判事の栗本一夫(岐阜県出身)。母トシ子は元東京府会議長中野勇治郎(京都府出身)三女。 東京学芸大学附属世田谷小学校、同中学校、東京都立戸山高等学校、慶應義塾大学経済学部経済学科卒業。同大学大学院経済学研究科博士課程退学[要出典]。 天理大学専任講師、奈良県立短期大学(現:奈良県立大学)助教授、ノースウェスタン大学客員教授(1975年 - 1976年)を経て、明治大学教授在任中、ヴァンダービルト大学客員教授(1986年 - 1987年)も務める。
重金 敦之(しげかね あつゆき、1939年(昭和14年)4月… 重金 敦之(しげかね あつゆき、1939年(昭和14年)4月18日 - )は、日本のエッセイスト、食味評論家。 東京生まれ。東京都立戸山高等学校を経て、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。朝日新聞社に入り、編集委員、常磐大学人間科学部教授(ジャーナリズム論)を経て、文芸ジャーナリスト。「週刊朝日」在籍中に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一といった作家たちの担当編集者を務めた。食や酒に関する随筆を主に手がける。
津野 海太郎(つの かいたろう、1938年4月6日 - )は… 津野 海太郎(つの かいたろう、1938年4月6日 - )は、日本の演出家・編集者・評論家。元晶文社取締役、和光大学名誉教授。NPO法人共同保存図書館・多摩、顧問。 福岡県生まれで、川崎に育つ。本姓・鈴木。東京都新宿区立落合中学校から東京都立戸山高等学校を経て早稲田大学第一文学部国文科卒。 大学時代は「演劇研究会」に所属していた。在学中の1961年に、中学時代からの仲間の草間暉雄の劇団「独立劇場」に参加する。だが、草間は設立後に持病を悪化させて25歳で亡くなる。 大学卒業後の1962年に、アルバイト生活を経て、『新日本文学』編集部員に補欠で採用される編集者となる。その直前、新日本文学会を支配していた共産党との関係が崩れメディアも大きく報じた時代だった。
野口 武彦(のぐち たけひこ、1937年6月28日 - 20… 野口 武彦(のぐち たけひこ、1937年6月28日 - 2024年6月9日)は、日本の文芸評論家、国文学者、思想史家、作家。神戸大学名誉教授。 東京府出身。1956年、東京都立戸山高等学校卒業。1962年、早稲田大学第一文学部卒業。その後、東京大学文学部卒業、東京大学大学院博士課程中退。 神戸大学大学院人文学研究科・文学部助教授、教授を経て、2002年に定年退官、名誉教授。ハーバード大学客員研究員、プリンストン大学客員教授を務める。 1973年に『谷崎潤一郎論』で亀井勝一郎賞、1980年に『江戸の歴史家』でサントリー学芸賞、1986年に『「源氏物語」を江戸から読む』で芸術選奨文部大臣賞、1992年に『江戸の兵学思想』で和辻哲郎文化賞、2003年に『幕末気分』で読売文学賞を受賞。
藤枝 晃雄(ふじえだ てるお、1936年9月20日 -201… 藤枝 晃雄(ふじえだ てるお、1936年9月20日 -2018年4月26日)は、美術評論家、武蔵野美術大学名誉教授。本名は藤枝照容(ふじえだ てるかた)。 福井県越前市出身。実家は陽願寺で、シベリア抑留経験者の父を持つ。東京都立戸山高等学校、東京芸術大学美術学部卒業。卒業論文はマルセル・デュシャンについて扱い、装丁は石岡瑛子が担当した。在学中にはモダニズム詩に熱中し、北園克衛発行の「VOU」に参加。京都大学大学院を経てペンシルベニア大学大学院に留学、2002年「ジャクソン・ポロック」で大阪大学文学博士。 専攻はポロック、ブラック、草間彌生など。1960年代後半から『美術手帖』などに論評を寄せた。
宇野 功芳(うの こうほう、1930年5月9日 - 2016… 宇野 功芳(うの こうほう、1930年5月9日 - 2016年6月10日)は、日本の音楽評論家、指揮者。東京都生まれ。国立音楽大学声楽科卒。 父は漫談家の牧野周一、長弟の宇野弘二は牧原弘二の芸名でジャズシンガーとして活動、次弟の宇野道義(筆名・宇野通芳、1945年 - 1997年)は帝京大学助教授を務めた。 なお功芳は筆名であり、本名は宇野功(うの いさお)である。あまりに身体が弱かったため父の牧野から心配され、功が23歳のとき牧野が姓名判断によって貰ってきた名前が功芳であるという。以前は宇野功芳を「うの いさお」と読み筆名としていた。 1930年5月9日、漫談家の牧野周一の長男として東京に生まれる。
村上 兵衛(むらかみ ひょうえ、1923年(大正12年)12… 村上 兵衛(むらかみ ひょうえ、1923年(大正12年)12月6日 - 2003年(平成15年)1月6日)は日本の陸軍軍人、評論家、作家。本名は宏城(ひろき)。兄は武藤電機創業者の村上稔夫。
細川 隆一郎(ほそかわ りゅういちろう、1919年1月1日 … 細川 隆一郎(ほそかわ りゅういちろう、1919年1月1日 - 2009年8月25日)は、日本の政治記者・評論家・コメンテーター、タレント・ラジオパーソナリティである。第79代内閣総理大臣の細川護熙は遠い親戚関係に当たる。
城野 宏(じょうの ひろし、1913年8月31日 - 198… 城野 宏(じょうの ひろし、1913年8月31日 - 1985年12月21日)は、敗戦後中国共産党と戦い禁錮刑を受けた陸軍軍人で、のち評論家。 長崎県西山町生まれ。東京府立四中、第八高等学校卒、1938年東京帝国大学法学部政治学科卒業、野村合名会社調査部に入社、同年徴兵され中国へ渡る。41年陸軍中尉、第1軍参謀部。河本大作の知遇を得て、山西省政府顧問補佐官となる。1945年の日本の敗戦後も、祖国復興・山西独立を掲げ、山西の独裁者閻錫山と手を結び、李誠の名で毛沢東が率いる中国人民解放軍と戦う。49年捕虜となり禁錮18年の刑を受ける(中国山西省日本軍残留問題、撫順戦犯管理所)。 1964年解放され帰国。
神西 清(じんざい きよし、1903年11月15日 - 19… 神西 清(じんざい きよし、1903年11月15日 - 1957年3月11日)は、日本のロシア文学者、翻訳家、小説家、文芸評論家。 1903年、内務省の官吏の息子として東京市に生まれる。1910年、麹町の番町小学校に入学。父の転勤に伴って日本国内各地を転々とした末、父は台湾へ赴任。清も台湾の日本人学校に学ぶ。内向的で孤独な少年だった。1912年、父をマラリアで失う。 1916年、東京府立第四中学校(現在の東京都立戸山高等学校)に入学。このころ、母方の伯母を頼って北村家に同居。従兄の北村寿夫の影響で文学に親しむ。中学で、終生の友人竹山道雄と知り合う。 1920年、旧制第一高等学校に入学。堀辰雄と知り合う、親交は終生続き、堀の没後には全集の編集を担当した。
竹山 道雄(たけやま みちお、1903年7月17日 - 19… 竹山 道雄(たけやま みちお、1903年7月17日 - 1984年6月15日)は、日本の評論家、ドイツ文学者、小説家。日本芸術院会員。第一高等学校教授、東京大学教養学部教授などを歴任した。 1903年、銀行員の息子として赴任先の大阪市で出生。幼少期は父の転勤に伴い、1907年から1913年まで京城(現・ソウル)で過ごした。東京府立第四中学校から第一高等学校を経て、東京帝国大学文学部独文科に入学。1926年に大学を卒業した。 卒業後はドイツ語講師として第一高等学校に勤務。1928年から文部省より欧州留学を命じられ、ベルリンとパリに留学。1931年に帰国し、第一高等学校の教授となった。 戦後、第一高等学校が学制改革によって新制東京大学教養学部に改組されることとなり、改組後間もない1951年に東京大学教授を退官。