スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
大来志郎(おおきた しろう、1974年9月3日 - )は、日… 大来志郎(おおきた しろう、1974年9月3日 - )は、日本の財務官僚。 東京都出身。武蔵高等学校、東京大学法学部卒業。1998年 大蔵省入省(大臣官房秘書課)。1999年4月 大臣官房秘書課調査係長心得。2000年 留学(プリンストン大学)。2002年7月 財務省主計局総務課企画係長兼主計局調査課調査第三係長。主に国会、官邸など財務省の外から入る情報や、主計局内の各予算係が報告する霞ヶ関の情報について整理をしていた。一番早く出勤し、その日に起こりそうな出来事や、仕事の流れを確認。可能な限り情報を入手して、1週間の予定を確認する朝礼会で使われる日程表を用意していた。2003年7月 主計局総務課企画係長。
木村 敬(きむら たかし、1974年〈昭和49年〉5月21日… 木村 敬(きむら たかし、1974年〈昭和49年〉5月21日 - )は、日本の政治家、自治・総務官僚。熊本県知事(公選第21代)。無所属。熊本県副知事などを務めた。 東京都渋谷区出身。母の胎内でへその緒が絡まったことで左手首から先を失い、障害を持って生まれた。1981年、小学校に入学。小学生の頃は家族旅行の際の温泉めぐりとご当地牛乳キャップを集めることが趣味であった。その後、1987年に武蔵中学高等学校に入学。浪人生活を経て1994年、東京大学に入学。大学3年時に、のちに熊本県知事となる蒲島郁夫が筑波大学から東京大学に教授として赴任。木村は蒲島ゼミに所属し、第1期ゼミ長を務めた。また、国家公務員試験に落ちた後もゼミでの活動を続け、研究本を出版。
木原 誠二(きはら せいじ、1970年〈昭和45年〉6月8日… 木原 誠二(きはら せいじ、1970年〈昭和45年〉6月8日 - )は、日本の政治家、元財務官僚。自由民主党所属の衆議院議員(7期)、自由民主党財務委員長。 内閣官房副長官(第1次岸田内閣・第2次岸田内閣・第2次岸田第1次改造内閣)、内閣総理大臣補佐官(国家安全保障に関する重要政策及び核軍縮・不拡散問題担当)(第2次岸田第1次改造内閣)、同(国家安全保障に関する重要政策担当)(第1次岸田内閣・第2次岸田内閣)、外務副大臣(第3次安倍第1次改造内閣)、外務大臣政務官(第2次安倍内閣)、衆議院内閣委員長、自由民主党選挙対策委員長(第13代)、同幹事長代理兼政務調査会長特別補佐、同情報調査局長、同政務調査会副会長兼事務局長、同行政改革推進本部事務局長などを歴任。
畠山 陽二郎(はたけやま ようじろう、1969年〈昭和44年… 畠山 陽二郎(はたけやま ようじろう、1969年〈昭和44年〉6月11日 - )は、日本の経産官僚。経済産業省経済産業政策局長。 資源エネルギー庁次長、産業技術環境局長などを歴任。父は通産官僚で通商産業審議官や日本貿易振興機構(JETRO)理事長などを務めた畠山襄、叔父は大蔵官僚で防衛事務次官などを務めた畠山蕃。 東京都生まれ。武蔵高等学校を経て、1992年(平成4年)、東京大学法学部を卒業。同年通商産業省に入省。入省後、内閣官房国家戦略室企画官、内閣官房副長官秘書官、資源エネルギー庁電力・ガス事業部原子力政策課長、同部政策課長、資源エネルギー庁長官官房総務課長、経済産業省大臣官房総務課長、同政策審議室長などを歴任。
村上 敬亮(むらかみ けいすけ、1967年〈昭和42年〉1月… 村上 敬亮(むらかみ けいすけ、1967年〈昭和42年〉1月20日 - )は、日本の経産官僚。デジタル庁統括官。 東京都渋谷区出身。1985年、私立武蔵高等学校卒業。1990年、東京大学教養学部教養学科相関社会科学分科卒業。2000年、ミシガン大学経済学部卒業。 通商産業省(現・経済産業省)には1990年に入省。資源エネルギー庁配属。湾岸危機対応、地球温暖化防止条約交渉に従事した後、部署を変え、PL法立法作業などの消費者行政を担当。1995年から2004年までは、著作権条約交渉、政府調達制度改革、電子タグの国際標準化、e-Japan戦略の策定、Enterprise Architectureの普及など、IT政策に。
菱垣 裕介(ひがき ゆうすけ、1964年(昭和39年) - … 菱垣 裕介(ひがき ゆうすけ、1964年(昭和39年) - )は、日本の元官僚。ジョブストリート(現グリーンフィールドジャパン)代表。アジアインフラストラクチャ取締役。 東京都出身。私立武蔵高校、明治大学農学部を卒業後、農林水産省に入省。構造改善局にて公共事業の計画実施等を担当。退職後、マギル大学農業経済学修士号取得(マーケティング・開発経済)。以降、独立開発コンサルタントとして、国際連合食糧農業機関(FAO)、国際農業開発基金(IFAD)、アジア開発銀行(ADB)、国際連合開発計画(UNDP)などと契約し、東南アジア各国の経済開発事業の調査計画を多数行う。 2003年より、東南アジアのプロフェッショナルを日本企業に紹介する事業を開始。
合田 秀樹(ごうだ ひでき、1962年〈昭和37年〉1月20… 合田 秀樹(ごうだ ひでき、1962年〈昭和37年〉1月20日 - )は、日本の人事院官僚。 国家公務員倫理審査会事務局長、人事院事務総局職員福祉局長などを歴任し、定年退職後にキルギス国駐箚特命全権大使に任官。 広島県三原市出身。中学校2年生のときに東京都へ転居。武蔵高等学校を経て、1984年(昭和59年)3月、東京大学法学部第二類を卒業。同年4月、人事院に採用された。採用後、職員福祉局審査課長、給与局給与第三課長、同局給与第一課長、内閣官房内閣参事官(内閣官房副長官補付)、人材局試験審議官、同局審議官、給与局次長などを歴任。国家公務員の人事行政制度やその運用を担い、国際連合日本政府代表部おいて国際機関の職員の人事に携わった。
河内 隆(かわち たかし、1957年〈昭和32年〉9月24日… 河内 隆(かわち たかし、1957年〈昭和32年〉9月24日 - )は、日本の自治・総務・内閣府官僚。一般財団法人地域創造理事長、内閣官房参与(北朝鮮による日本人拉致問題担当)。京都市副市長、内閣府事務次官などを歴任した。 静岡県出身。武蔵高等学校を経て、1982年(昭和57年)、東京大学法学部を卒業。同年4月、自治省に入省。入省後、横浜市都市計画局みなとみらい21担当課長、国土庁土地局土地政策課課長補佐、徳島県総務部財政課長、自治省大臣官房総務課課長補佐、総理府地方分権推進委員会事務局上席調査員、京都市副市長、行政局行政課課長補佐、自治財政局公営企業課公営企業経営企画室長、総合通信基盤局電波部衛星移動通信課長などを歴任。
前田 隆平(まえだ りゅうへい、1954年 - )は、日本の… 前田 隆平(まえだ りゅうへい、1954年 - )は、日本の運輸・国土交通官僚、外交官。2013年(平成25年)1月15日からスイス兼リヒテンシュタイン駐箚特命全権大使。 静岡県静岡市出身。1973年武蔵中学校・高等学校卒業。東京大学法学部第2類(公法コース)を卒業。1977年運輸省に入省し、航空局国際課に配属される。 1992年6月外務省在アメリカ合衆国日本国大使館一等書記官、1995年7月関西国際空港株式会社業務部長、1997年7月運輸省運輸政策局国際業務第二課長、1998年7月運輸省航空局監理部国際航空課長、2001年1月国土交通省鉄道局財務課長、2002年7月16日国土交通省政策総括官付政策調整官、2003年4月国土交通省総合政策局観光部企画課長、2004年7月1日国土交通省鉄道局総務課長、2005年8月国土交通省大臣官房審議官(国際、国土計画局担当)、2006年7月国土交通省大臣官房審議官(総合政策局、航空局担当)、2008年7月国土交通省航空局長、 2010年8月10日から国土交通省政策統括官として国際問題を担当。
増田 好平(ますだ こうへい、1951年4月 - )は日本の… 増田 好平(ますだ こうへい、1951年4月 - )は日本の元防衛官僚。第27代防衛事務次官。弁護士。一般社団法人市ヶ谷論壇理事長。 東京都出身。武蔵中学校・高等学校卒業。東京大学法学部第1類(私法コース)卒業後、1975年に防衛庁入庁。国家公務員上級試験を上位で合格し、司法試験にも合格している。 出世コースに乗っていたが、守屋武昌防衛事務次官時代には人事で冷遇され、「おしん」と呼ばれたこともある。 2007年8月に小池百合子防衛大臣が守屋武昌防衛事務次官を更迭後の次官人事で、小池大臣が警察庁出身の西川徹矢官房長を主張する一方で、守屋次官が推す防衛庁生え抜きの山崎信之郎運用企画局長を主張して対立。
畠山蕃(はたけやま しげる、1937年3月18日 - 199… 畠山蕃(はたけやま しげる、1937年3月18日 - 1995年6月1日)は、日本の大蔵官僚。防衛事務次官。血液型はO型。兄は通産審議官などを務めた畠山襄、甥は資源エネルギー庁次長や産業技術環境局長を歴任した畠山陽二郎。 東京都出身(父は東京都、母は鹿児島県)。武蔵高等学校中学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1961年 大蔵省入省(主計局法規課)。1966年9月 厚生省薬務局企業課企画係長。1967年10月 厚生省環境衛生局環境衛生課。課長補佐時代は主に主計局を中心に勤務。1977年6月 熊本県企画開発部長。主計局主計官(防衛担当)、主計局調査課長などを経て、1985年6月 大臣官房調査企画課長。
畠山 襄(はたけやま のぼる、1936年 (昭和11年)2月… 畠山 襄(はたけやま のぼる、1936年 (昭和11年)2月17日 - 2021年(令和3年)3月13日)は、日本の通産官僚。通商産業審議官、JETRO理事長などを歴任。 1958年に通産省入省。ジャパン・バッシングが最高潮に達していた日米貿易摩擦を経て、バブル崩壊が始まる1990年代前後に通商政策局長から通産審議官を務めた。通産省で1期上の鈴木直道(通産審議官)や棚橋祐治(産業政策局長、通産次官)らと共に日米構造協議に関わり、二国間通商対話で引き続き対米輸出自主規制枠を設けることで合意譲歩した。弟は大蔵官僚の畠山蕃、息子は経産官僚の畠山陽二郎。
宍戸 駿太郎(ししど しゅんたろう、1924年〈大正13年〉… 宍戸 駿太郎(ししど しゅんたろう、1924年〈大正13年〉10月24日 - 2016年〈平成28年〉11月28日)は、日本の経済官僚。経済企画庁審議官退官後、保守派の評論家、経済学者、国際大学学長、筑波大学名誉教授などとして活動した。 短期現役海軍主計科士官(12期)を志願。1944年9月、海軍経理学校に入学し1945年(昭和20年)に卒業。同年6月、海軍主計少尉に任官して終戦を迎え、その後、解員(復員)した。 通商産業省に入省した後、1963年に経済企画庁総合計画局の計量分析担当官を経て、経済企画庁審議官となり、筑波大学副学長、国際大学学長を務めた。日本経済に関して、一貫して創造的な分析・提言を行い、2006年(平成18)年には国際レオンチェフ賞を受賞した。
柳井 乃武夫(やない のぶお、1923年(大正12年)9月2… 柳井 乃武夫(やない のぶお、1923年(大正12年)9月21日 - 2014年(平成26年)9月28日)は、日本の官僚。日本国有鉄道常務理事や運輸審議委員を務めた。 外交官・弁護士の柳井恒夫の長男としてリオデジャネイロに生まれる。弟は外交官で駐米大使を務めた柳井俊二。暁星小学校、武蔵高等学校尋常科・高等科を経て、東京帝国大学法学部に進学する。東大在学中の1943年に学徒出陣で徴兵され、フィリピンのレイテ島に出征する。終戦を知らずにフィリピンのポロ島山中で二ヶ月の逃亡生活を送った後に投降した。その模様は後年、自著『山の兵隊』『万死に一生 第一期学徒出陣兵の手記』に記述している。 1945年12月に復員後、1947年に運輸省に入省。
宮澤 弘(みやざわ ひろし、1921年(大正10年)9月22… 宮澤 弘(みやざわ ひろし、1921年(大正10年)9月22日 - 2012年(平成24年)5月26日)は、日本の内務・自治官僚、政治家。 自治省官房長、行政局長、消防庁長官、自治事務次官、法務大臣(第61代)、参議院議員(3期)、広島県知事(民選第4代)を歴任した。 戦前・戦後に衆議院議員を務めた宮澤裕の次男。内閣総理大臣を務めた宮澤喜一の弟。 自由民主党参議院議員の宮澤洋一の父。母方の祖父は鉄道大臣を務めた小川平吉。 娘の夫は大蔵官僚の加藤秀樹。 広島県福山市出身。宮澤裕の次男。宮澤三兄弟の幼少の頃を知る従姉妹の和田貞子によれば、「三人はいずれも二歳違いで、とても仲の良い兄弟でした。住まいは東京でしたが、夏になると伯父(裕)の故郷であるこの福山に帰ってきて、海水浴などにでかけていました。
下条 進一郎(しもじょう しんいちろう、旧字体:下條、192… 下条 進一郎(しもじょう しんいちろう、旧字体:下條、1920年〈大正9年〉3月16日 - 2013年〈平成25年〉4月14日)は、日本の大蔵官僚、政治家。参議院議員。厚生大臣、参議院議院運営委員長、同国際平和協力等に関する特別委員長などを歴任した。位階は従三位。貴族的な風貌から「まろ」の通称で呼ばれていた。 長野県松本市出身。下条康麿の長男。私立暁星小學校、武蔵高等学校、1944年 東京帝国大学法学部政治学科を卒業する。同年大蔵省に入省するが、太平洋戦争の激化に伴い短期現役海軍主計科士官(11期)を志願し、1944年2月に海軍主計見習尉官となり海軍経理学校に入校。同年9月に経理学校を卒業し、同年12月、海軍主計少尉に任官。
近藤 道生(こんどう みちたか、1920年2月2日 - 20… 近藤 道生(こんどう みちたか、1920年2月2日 - 2010年6月30日)は、日本の海軍軍人・大蔵官僚、実業家。国税庁長官を経て博報堂代表取締役社長を務めた。1982年聖シルベストロ騎士勲章、1992年勲一等瑞宝章、1993年日本宣伝賞大賞を受賞。 神奈川県小田原市出身。旧制小田原中学校(現:神奈川県立小田原高等学校)、旧制武蔵高校を経て、1942年7月に高等試験行政科に合格、同年9月に東京帝国大学法学部政治学科を卒業。同年同月、大蔵省に入省して理財局に配置される。高等試験は100番前後で入省成績も相澤英之が最下位で近藤がブービーだといわれていた。入省直後に海軍経理学校補修学生、海軍主計見習尉官(短期現役組(短現組)9期)となる。
宮澤 喜一(みやざわ きいち、1919年〈大正8年〉10月8… 宮澤 喜一(みやざわ きいち、1919年〈大正8年〉10月8日 - 2007年〈平成19年〉6月28日)は、日本の政治家、大蔵官僚。 内閣総理大臣(第78代)、財務大臣(初代)、大蔵大臣(第88・89・105・106・107代)、農林水産大臣(第18代)、郵政大臣(第56代)、副総理(竹下内閣)、内閣官房長官(第44代)、外務大臣(第98代)、通商産業大臣(第30代)、経済企画庁長官(第12・13・17・18・29代)、衆議院議員(12期)、参議院議員(2期)、自由民主党総裁(第15代)、自由民主党総務会長を歴任した。55年体制最後の内閣総理大臣。愛称はキー坊[要出典]。 宮澤裕・こと夫妻の長男として東京市に生まれた。
景山 二郎(かげやま じろう、1916年〈大正5年〉1月13… 景山 二郎(かげやま じろう、1916年〈大正5年〉1月13日 - 1999年〈平成11年〉6月26日)は、日本の警察官僚、剣道家。位階は正四位。景山民夫の父。 広島県三次市で生まれ、小学生の時に祖母の実家である広島市内の景山家の養子となる。旧制武蔵高等学校を経て東京帝国大学法学部を卒業。内務省に入省する。 1942年に警部補を拝命し、原爆投下時には徳島県で警察官をしていた。特高に席を置いていたため、敗戦後公職追放となる。 警視庁神田警察署長、刑事部鑑識課長、総務課長、第五方面部長、第一方面部長を務め、山梨県警察、秋田県警察、熊本県警察、埼玉県警察、神奈川県警察の各本部長を歴任。関東管区警察局長を最後に退官した。
尚 明(しょう あきら、1915年4月5日 - 1991年6… 尚 明(しょう あきら、1915年4月5日 - 1991年6月11日)は、日本の官僚。元日本住宅公団副総裁。 琉球王国最後の国王・尚泰王の六男・尚光の息子として東京都に生まれる。1933年旧制武蔵高等学校卒業後、1938年に東京帝国大学を卒業し、大蔵省営繕管財局へ入省。1964年、建設省住宅局長を経て、1966年には日本住宅公団理事となり、1971年には日本住宅公団の副総裁に就任。その後も日本住宅リフォームセンター(現在の住宅リフォーム・紛争処理支援センター)初代理事長をはじめ住宅産業情報サービス、性能保証住宅登録機構などの理事長を務めた。 また、日本におけるダイニングキッチンの発明者としても知られている。
大堀 弘(おおほり ひろむ、1913年5月3日 - 1985… 大堀 弘(おおほり ひろむ、1913年5月3日 - 1985年5月12日)は、日本の商工官僚。電源開発総裁、共同石油社長。大堀孝の長男。 和歌山市出身。高輪尋常小学校、旧制武蔵高校を経て、1936年に東京帝国大学法学部卒業、同年、商工省入省。貿易局属。同期に小室恒夫(通商局長、新日鉄化学社長)、村田恒、皆川良三(札幌通産局長)、永野量、佐藤清一(共に東京通産局長)など。 戦後の1948年兵器処理委員会に関する問題で衆議院不当財産取引調査特別委員会に証人喚問された。のち商工省から新制通産省と改称の後もしばらくは、吉田茂や白洲次郎、初代通産省官房長の永山時雄らの「外交派」・「通商派」らが実権を握っていたが、その後の朝鮮特需によりジョゼフ・ドッジらの自由経済から方向転換、主流の「産業派」もしくは「統制派」の復権後は、永山が東京通産局に、大堀も中小企業庁長官ののち経済企画庁に出された。
黒金 泰美(くろがね やすみ、1910年〈明治43年〉11月… 黒金 泰美(くろがね やすみ、1910年〈明治43年〉11月25日 - 1986年〈昭和61年〉10月11日)は、日本の大蔵官僚、政治家。衆議院議員、内閣官房長官。1981年勲一等瑞宝章受章。父親は戦前の立憲民政党代議士の黒金泰義。 山形県米沢市出身(北海道生まれ)。旧制武蔵高校を経て、東京帝国大学法学部に入学。肺結核に罹患し4年間、病床で過ごしたため、ひとの倍をかけ大学を卒業する。 高等文官試験に一番で合格し、1935年に大蔵省に入省。理財局属。戦後、津島寿一、池田勇人両蔵相の秘書官を務める。父の死後は、米沢に近い赤湯町(現・南陽市)出身の結城豊太郎が後見役を担ったほか、郷里の偉材である池田成彬とも接する機会が多かった。
内野洋次郎(うちの ようじろう)は、日本の財務官僚、ニューヨ… 内野洋次郎(うちの ようじろう)は、日本の財務官僚、ニューヨーク州弁護士。 私立武蔵高校、東京大学法学部卒業。1992年 大蔵省に入省(銀行局総務課)。1994年6月 ミシガン大学へ留学。1998年7月 国税庁徴収部徴収課長補佐。2006年7月主計局主計官補佐(防衛第一係主査)。 2014年7月9日 主計局総務課主計企画官(調整担当)。2015年7月9日 主計局給与共済課長。2016年6月22日 主計局主計官(防衛担当)。2019年7月9日 大臣官房付兼英国王立国際問題研究所。2021年7月16日 大臣官房審議官(国際局担当)。2023年7月4日 大臣官房参事官(関税局担当)兼大臣官房審議官(関税局担当)。
松本圭介(まつもと けいすけ)は日本の財務官僚。財務省主計局… 松本圭介(まつもと けいすけ)は日本の財務官僚。財務省主計局主計官(総務課(企画担当))。 武蔵高等学校、東京大学経済学部卒業。1998年 大蔵省入省(主税局調査課)。「フランス税制の調査研究」を拝命。ジョージタウン大学でMBA修得。2002年7月 内閣府政策統括官(経済財政 - 経済社会システム担当)付参事官(財政運営の基本方針担当)付政策企画専門職。「骨太の方針」を取りまとめた。 2010年7月 主計局主計官補佐(厚生労働第五係主査)(年金予算を担当)。2012年 主計局法規課長補佐。2013年6月 主計局主計官補佐(経済産業第一、二係主査)兼主計局司計課予算執行調査官。2017年7月10日 大臣官房秘書課長補佐(総括)。