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新 恵里(あたらし えり、1972年 - )は、日本の社会学… 新 恵里(あたらし えり、1972年 - )は、日本の社会学者、臨床心理士。京都産業大学法学部准教授。専門は被害者学、犯罪社会学。 大阪府立高津高等学校卒業。1996年、京都産業大学法学部法律学科卒業。2002年、大阪市立大学大学院生活科学研究科博士課程修了。博士(学術)。大阪教育大学講師などを経て、京都産業大学法学部准教授。 大学院在学中の1999年より奈良少年刑務所において服役する少年囚に被害者のことを理解させるための教育に取り組んできたとして、2017年3月に法務省から感謝状が贈られた。
高口 洋人(正確には髙口洋人。たかぐち ひろと、1970年9… 高口 洋人(正確には髙口洋人。たかぐち ひろと、1970年9月19日 - )は京都府出身の日本の環境学者、建築家。早稲田大学教授。専門は都市環境工学、建築設備システム学、環境メディア学。通名であり本名は高口洋瑞
山下 智志(やました さとし、1963年 - )は、日本の統… 山下 智志(やました さとし、1963年 - )は、日本の統計学者。統計数理研究所所長、教授。総合研究大学院大学教授。専門はファイナンス、リスク科学、データ構造化。滋賀大学 データサイエンス・AIイノベーション研究推進センターアドバイザリーボード委員。大阪府出身。
仁木 宏(にき ひろし、1962年 - )は、日本の日本史学… 仁木 宏(にき ひろし、1962年 - )は、日本の日本史学者。大阪市立大学教授。大阪府生まれ。 1981年大阪府立高津高等学校卒業、1985年京都大学文学部卒業、1990年同大学院文学研究科博士後期課程退学、京都大学文学部助手、1994年「都市の空間と共同体 中世都市から近世都市へで京都大学文学博士。1994年園田学園女子大学国際文化学部専任講師、1996年大阪市立大学文学部講師、1998年助教授、2001年文学研究科助教授、2007年准教授、2009年教授。
橋爪 紳也(はしづめ しんや、1960年12月6日 - )は… 橋爪 紳也(はしづめ しんや、1960年12月6日 - )は、日本の建築史家、都市計画家である。大阪公立大学特別教授。建築史・都市文化論専攻。工学博士(大阪大学、1990年)。大阪市中央区島之内生まれ。兄は美術史家の橋爪節也。 狭義の建築史にとどまらず、広く大阪・関西の都市政策と都市文化について研究している。その知識と経験を生かして、自治体の委員や街づくり関連団体のアドバイザーとしても活躍している。 1999年からは大阪市立大学の教員として、地元大阪市でも数多くの公職を務めた。關淳一市長の下でもアドバイザリーボード「元気で美しい大阪づくり有識者会議」のメンバーであったが、2007年9月4日に大阪市役所で記者会見し、大阪市長選挙に無所属で出馬することを表明した。
北村 雅史(きたむら まさし、1960年9月29日 - )は… 北村 雅史(きたむら まさし、1960年9月29日 - )は、日本の法学者。京都大学名誉教授。専門は、商法・会社法。学位は、博士(法学)(京都大学・論文博士・2001年)。京都大学大学院法学研究科教授を経て、関西大学法科大学院教授。恩師は、森本滋・川又良也。川又ゼミ第16期生。 大阪府立高津高等学校出身、
川嵜 克哲(かわさき よしあき、1959年5月9日 - )は… 川嵜 克哲(かわさき よしあき、1959年5月9日 - )は、日本の臨床心理学者。学習院大学文学部心理学科教授。 1959年に生まれる。大阪府立高津高等学校卒業。1983年京都大学教育学部卒業。1989年京都大学大学院教育学研究科博士後期課程満期退学。1996年学習院大学文学部心理学科助教授。2010年同文学部心理学科教授。
石蔵 文信(いしくら ふみのぶ、1955年〈昭和30年〉10… 石蔵 文信(いしくら ふみのぶ、1955年〈昭和30年〉10月27日 - 2022年〈令和4年〉10月3日)は、日本の医学者。医学博士。循環器科専門医。心療内科医。 京都府出身。大阪府立高津高等学校を経て三重大学医学部卒業。大阪樟蔭女子大学学芸学部健康栄養学科教授を退職後、大阪大学大学院人間科学研究科未来共創センター招へい教授を歴任。 2022年(令和4年)10月3日、前立腺がんのため大阪市内の自宅で死去、66歳没。
古郷 幹彦(こごう みきひこ、1955年10月 - )は、日… 古郷 幹彦(こごう みきひこ、1955年10月 - )は、日本の歯学者。大阪大学大学院歯学研究科教授。口腔顔面神経機能学会理事。専門は口腔外科学神経生理学。 大阪府出身。1974年大阪府立高津高等学校卒業。1980年大阪大学歯学部卒業。1984年大阪大学大学院歯学研究科博士課程修了、歯学博士。 大阪大学歯学部第一口腔外科研究室にて、鼻咽腔閉鎖機能の電気生理学的解析、培養脳幹による舌・咀嚼運動制御解析、口唇口蓋裂患者の顎発育、扁平上皮癌転移メカニズムの解析、唾液腺発生及び唾液腺細胞の癌化、軟骨・骨分化メカニズムの解析などの研究課題に取り組む傍ら、大阪大学歯学部附属病院にて臨床外来患者に対し、長期的・専門的な治療を担当する。
審良 静男(あきら しずお、1953年1月27日 - )は、… 審良 静男(あきら しずお、1953年1月27日 - )は、日本の医師、医学者(免疫学)。学位は医学博士(大阪大学・1984年)。大阪大学免疫学フロンティア研究センター 特任教授、大阪大学ワクチン開発拠点 拠点長。日本学士院会員、文化功労者。 市立堺病院内科医師、日本学術振興会奨励研究員、カリフォルニア大学バークレー校博士研究員、大阪大学細胞生体工学センター助教授、兵庫医科大学医学部教授、大阪大学微生物病研究所教授を歴任。2007年から現在まで大阪大学免疫学フロンティア研究センター教授。 大阪府東大阪市出身の医学者である。免疫学の世界的権威。1980年、大阪大学の岸本忠三のもとで博士学生として研究をはじめる。
内田 隆三(うちだ りゅうぞう、1949年 - )は、日本の… 内田 隆三(うちだ りゅうぞう、1949年 - )は、日本の社会学者。東京大学名誉教授。専門は社会理論、現代社会論。 大阪府出身。大阪府立高津高等学校卒業、1973年京都大学文学部哲学科卒業、1976年東京大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士の学位を取得)、1982年東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。見田宗介のゼミナールに所属していた。1983年神戸女学院大学採用、1985年に助教授、1991年に教授を経て、1996年東京大学大学院総合文化研究科(国際社会科学専攻)教授。2015年定年退任。 消費社会、ミシェル・フーコーなど研究対象は多岐にわたる。2014年、『ロジャー・アクロイドはなぜ殺される?』で第14回本格ミステリ大賞(評論・研究部門)を受賞。
小川 裕允(おがわ ひろみつ、1948年10月 - 2019… 小川 裕允(おがわ ひろみつ、1948年10月 - 2019年12月28日)は、日本の美術史家。東京大学名誉教授。
吉川 一義(よしかわ かずよし、1948年1月31日 - )… 吉川 一義(よしかわ かずよし、1948年1月31日 - )は、日本のフランス文学者、京都大学名誉教授。専攻はプルースト研究。 大阪市生まれ。大阪府立高津高等学校を経て、1970年東京大学文学部仏文科卒、1972年同大学院人文科学研究科修士課程修了、1977年同博士課程単位取得満期退学、ソルボンヌ大学博士号取得。1988年東京都立大学助教授、1993年教授に昇任、2006年に退職し名誉教授。同年京都大学文学部仏文科教授、同文学研究科教授、2012年に定年退任し名誉教授。 2009年より2013年まで日本フランス語フランス文学会会長。2010年に、フランス政府から教育功労章(オフィシエ級)を受章、アカデミー・フランセーズ(フランス学士院)より、学術大賞の一つ「フランス語フランス文学顕揚賞」(1960年設立)を受賞した。
宮原 秀夫(みやはら ひでお、1943年6月21日 - 20… 宮原 秀夫(みやはら ひでお、1943年6月21日 - 2024年7月12日)は、日本の計算機科学者。工学博士。位階は従三位、叙勲は瑞宝大綬章。情報通信研究機構元理事長・大阪府立産業技術総合研究所所長・財団法人地球環境センター理事長。 大阪市生まれ。大阪府立高津高等学校を経て大阪大学大学院工学研究科博士課程出身。文部科学省国立大学法人評価委員会委員長代理(第四期)。 専門は情報ネットワーク学。インターネットに代表されるコンピュータネットワークのモデル化と性能評価を学問領域として確立。それを基礎理論としたネットワーク設計手法を導入し、コンピュータネットワークの実用化に大きな道を拓いた。近年、爆発的に普及しているインターネットはARPANETから発展してきたものであるが、ARPANETプロジェクトの発足当初に、インターネットにおける回線交換技術に対するパケット交換技術の優位性を理論的に証明した。
植村 榮(うえむら さかえ、1941年1月2日 - )は日本… 植村 榮(うえむら さかえ、1941年1月2日 - )は日本の化学者。京都大学名誉教授。専門は、有機化学・合成化学。大阪府出身。 京都大学工学部において、有機ヘテロ元素化合物を使っての不斉合成、金属交換モンモリロナイト触媒を使っての有機合成、遷移金属触媒を使ってのアルコール酸化などについて研究する。雑誌「化学と工業」2005年度の編集委員長を務めた。 1978年には、関西の化学者からなる会の結成に携わり、産学の連携に尽力した。 所属する日本化学会では、化学への深い造詣を活かし、2005年から創設された化学遺産認定事業に発足から携わり、シンポジウムの司会なども務める。 2004年の京都大学退官後は、科学英語の普及にも尽力している。
瀬尾 健(せお たけし、1940年11月14日 - 1994… 瀬尾 健(せお たけし、1940年11月14日 - 1994年6月5日)は、日本の工学者。理学博士(京都大学・1977年)、最終職歴は京都大学原子炉実験所(現:京都大学複合原子力科学研究所)計測装置部門助手(現助教)であった。熊取六人衆の一人。 1940年(昭和15年)11月14日、兵庫県神戸市に生まれる。 1959年(昭和34年)3月、大阪府立高津高等学校を卒業、翌1960年(昭和35年)4月、京都大学工学部原子核工学科に入学する。1964年(昭和39年)3月、同大学同学科卒業、同年4月、京都大学大学院工学研究科原子核専攻修士課程に入学する。 1966年(昭和41年)3月、同大学院同課程修了、工学修士の学位を取得、同年4月、京都大学原子炉実験所計測装置部門助手(現在の職階では助教)となる。
鳥居 宏次(とりい こうじ、1938年8月30日 - )は、… 鳥居 宏次(とりい こうじ、1938年8月30日 - )は、日本の計算機科学者。国立大学法人・奈良先端科学技術大学院大学特任教授。大阪府東大阪市出身。 ソフトウェア作成の観察実験など、数値化を重視した実証的といわれるソフトウェア工学の研究をしたという評価がある。 2006年、情報化月間推進会議(議長:児玉幸治・日本情報処理開発協会会長)が表彰する『平成18年度情報化促進貢献個人表彰』において『経済産業大臣表彰(情報化促進部門)』を受ける。表彰理由は「エンピリカルソフトウェア工学を提唱し、ソフトウェア工学に関する国際的な研究組織の創設に主導的な役を果たす。文部科学省「データに基づくソフトウェア開発支援システム(EASEシステム)」プロジェクトにおいて研究代表者を務め、産業界と学会との連携の枠組みの構築に大きく寄与」となっている。
石黒 武彦(いしぐろ たけひこ、1938年5月7日 - )は… 石黒 武彦(いしぐろ たけひこ、1938年5月7日 - )は、大阪府出身の科学者。専門は超伝導体物理学(特に有機超伝導体)、低次元物質物性学、半導体物理学、超音波による物性研究などの物性物理学、ならびに科学技術社会学。 1966年京都大学大学院工学研究科電子工学専攻博士課程単位取得退学後、工業技術院電気試験所および電子技術総合研究所の研究員、研究部長を経て、京都大学理学部教授となり、2002年同学の名誉教授となった(63歳)。続いて、2003年同志社大学ヒューマン・セキュリティ研究センターのフェロー(教授)に就任し、2008年退職。 大学院では田中哲郎教授の下で、元素半導体セレンとテルルの単結晶を作成し、機械共振法と超音波増幅実験によって、それぞれに圧電効果があることを示し、イオン性がなくても(共有結合系であっても)圧電性を示すことを明らかにした。
応地 利明(應地利明、おうじ としあき、1938年3月6日-… 応地 利明(應地利明、おうじ としあき、1938年3月6日- )は、日本の地理学者。京都大学名誉教授。専攻は人文地理学で、アジア・アフリカ地域研究を主要な研究領域とするが、最近は地理学史・地理思想史に関する著作も多い。大阪府出身。 大阪府出身。1956年大阪府立高津高等学校卒業、1960年京都大学文学部史学科地理学専攻卒業、1964年同大学院文学研究科博士課程退学、名古屋大学文学部助手、1966年名古屋工業大学講師、1969年愛知県立大学助教授、1973年京都大学文学部助教授、1986年教授、同年「南西アジアにおける農業的土地利用の地理学的比較研究」で京大文学博士。94年同東南アジア研究センター教授、98年同アジア・アフリカ地域研究・研究科教授、2000年定年退官、名誉教授、滋賀県立大学・人間文化学部教授、2005年立命館大学文学部教授、2008年退職。
高村 直助(たかむら なおすけ、1936年10月17日 - … 高村 直助(たかむら なおすけ、1936年10月17日 - )は、日本史学者。文学博士(東京大学・論文博士・1984年)(学位論文「日本資本主義史論」)。東京大学名誉教授、フェリス女学院大学名誉教授。専門は日本近代経済史・産業史。三兄は高村泰雄(京都大学名誉教授)。 大阪市出身。1955年大阪府立高津高等学校卒業、1959年東京大学文学部卒業、1965年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学、社会科学研究所助手(- 1966年)。 1971年から東京大学文学部助教授、教授を務め、1997年定年退官、名誉教授、フェリス女学院大学国際交流学部教授。2007年退職、名誉教授。1984年「日本資本主義史論」で東京大学より文学博士の学位を取得。
井上 宏(いのうえ ひろし、1936年1月7日 - )は、日… 井上 宏(いのうえ ひろし、1936年1月7日 - )は、日本の社会学者。関西大学名誉教授。日本笑い学会顧問。専門はメディア社会学、コミュニケーション論、笑い学研究。
三浦 精(みうら せい、1932年2月15日 - 2022年… 三浦 精(みうら せい、1932年2月15日 - 2022年3月11日)は、日本の工学者。専門は、機械材料・材料力学。学位は、工学博士(京都大学・論文博士・1966年)(学位論文「Production of lattice defects by plastic deformation in FCC metals 」)。京都大学名誉教授。大阪府出身。
大野 喜久之輔(おおの きくのすけ、1930年〈昭和5年〉1… 大野 喜久之輔(おおの きくのすけ、1930年〈昭和5年〉12月16日 - 2023年〈令和5年〉10月)は、日本の経済学者、神戸大学名誉教授、広島市立大学名誉教授、第18期日本学術会議会員。元ロシア・東欧学会副代表理事。大阪市東成区生まれ。
石井 威望(いしい たけもち、1930年7月26日 - 20… 石井 威望(いしい たけもち、1930年7月26日 - 2024年10月5日)は、日本のシステム工学者。東京大学名誉教授。アカデミーヒルズリサーチ・ネットワーク所長。工学博士(東京大学・1963年)。大阪市生まれ。 専門はシステム工学・マルチメディア。テクノポリス(高度技術集積都市)構想を推進し、未来社会論で独創性を見せる。著書に『日本人の技術はどこから来たか』(1997年)、『iバイオテクノロジーからの発想』(2000年)など。 東京大学に在学中、ノーバート・ウィーナーの『サイバネティックス』を読んで、医学から工学に転じた。その後、システム工学、管理工学、応用工学から人工臓器、都市交通システムまで幅広い分野で活躍したが、専門はシステム工学・マルチメディアである。
肥田 晧三(ひだ こうぞう、1930年(昭和5年) - )は… 肥田 晧三(ひだ こうぞう、1930年(昭和5年) - )は、日本の書誌学者、日本文学者。
久米 三四郎(くめ さんしろう、1926年3月22日 - 2… 久米 三四郎(くめ さんしろう、1926年3月22日 - 2009年8月31日)は、日本の核化学者。大阪府出身。 旧制大阪府立高津中学校、旧制高知高等学校、大阪帝国大学卒業。製薬会社勤務を経て、大阪大学理学部講師を務めるかたわら、反原発の運動家として全国各地で多数の講演を行った。反原発運動全国連絡会を結成し、『はんげんぱつ新聞』の発刊に携わるなどの活動もあった。 1973年、国内で初めて原発の安全性が問われた、四国電力の伊方原子力発電所設置許可取り消し請求訴訟において、原告(住民)側補佐人を務めた。 高速増殖原型炉もんじゅの設置許可の無効確認を求めた行政訴訟(もんじゅ訴訟)でも、原告側の特別保佐人として、建設に反対の論陣を張った。
吉沢 伝三郎(吉澤 傳三郎、よしざわ でんざぶろう、1924… 吉沢 伝三郎(吉澤 傳三郎、よしざわ でんざぶろう、1924年2月8日 - 2003年4月15日)は、日本の哲学・倫理学研究家。ニーチェを主とした近代ドイツ哲学研究で知られる。東京都立大学名誉教授。 1924年(大正13年)、大阪府に生まれる。1941年(昭和16年)に大阪府立高津中学校を卒業後、旧制一高に進学。1949年(昭和24年)に東京帝国大学文学部倫理学科を卒業。和辻哲郎から教えを受けた最晩年の弟子の一人であり、和辻にその人柄と秀逸な研究をこよなく愛された愛弟子だった。 卒業後は東京都立大学教授となる。1987年に定年退官。2003年に死去。急死した最愛の長男の墓に永眠している。 専門は近代ドイツ哲学。
川崎 敏男(かわさき としお、1920年10月31日 - 2… 川崎 敏男(かわさき としお、1920年10月31日 - 2004年2月23日 )は日本の薬学者、九州大学名誉教授。専門は天然物化学。薬学博士(1952年)。兵庫県出身。
鞠谷 宏士(きくたに ひろし、1920年代 - 2010年1… 鞠谷 宏士(きくたに ひろし、1920年代 - 2010年10月29日)は、日本の運送施設工学者。大阪府大阪市出身。
西嶋 庄次郎(にしじま しょうじろう、1912年5月21日 … 西嶋 庄次郎(にしじま しょうじろう、1912年5月21日 - 2004年(平成16年)12月22日)は口腔解剖学者、大阪大学名誉教授。奈良県生駒郡出身。旧制・大阪府立高津中学校を経て大阪大学卒業。 1951年(昭和26年)に大阪大学に歯学部が設立された際、口腔解剖学講座として開設され、1951年(昭和26年)から1976年(昭和51年)まで初代主任教授を務めた。口腔解剖学講座は2000年(平成12年)の大学院部局化に伴い口腔分化発育情報学講座口腔解剖学第一教室となった。1985年(昭和60年)勲三等旭日中綬章受章。 1950年大阪大学医学博士、論文名は「歯牙硬組織缺損の法医学的研究 」。 2004年(平成16年)12月22日、老衰のため92歳で死去。
野間 三郎(のま さぶろう、1912年5月5日 - 1991… 野間 三郎(のま さぶろう、1912年5月5日 - 1991年12月4日)は、日本の地理学者。兄は国文学者の野間光辰。 兵庫県神戸市生まれ。1930年に旧制大阪府立高津中学校卒業。1933年に旧制大阪高等学校卒業。1936年に京都帝国大学文学部史学科地理学専攻卒業。1941年に京都帝国大学講師。大東亜戦争中、室賀信夫、小牧実繁らと関係していたため、公職追放された。1946年に同大学を退職。 その後、第三高等学校講師、京都新聞社出版部、毎日新聞社調査部を経て、1952年に立命館大学教授。1959年、金沢大学教授。1962年に「近代地理学の潮流 十九世紀地理学史研究」で京都大学より文学博士の学位を取得。
野田 又夫(のだ またお、1910年12月10日 - 200… 野田 又夫(のだ またお、1910年12月10日 - 2004年4月22日)は、日本の哲学者。京都大学名誉教授、甲南女子大学名誉教授。 1910年(明治3年)、大阪府で生まれた。旧制大阪府立高津中学校(大阪府立高津高等学校の前身)で学び、この時の同期生には森三樹三郎(大阪大学名誉教授)がいた。1927年(昭和2年)、同中学校を卒業し、旧制大阪高等学校へ進学。3年間を過ごしたのち、京都帝国大学文学部哲学科へ進学した。 大学では、旧制大阪高等学校時代から同窓の保田與重郎(日本浪曼派で知られる)らと共に雑誌を発行し、それを西田幾多郎に持っていくなどして西田と交流していた。野田が京都帝国大学に在学した時期は「京都学派」が興隆した時期であり、西洋哲学の研究評伝集・弘文堂「西哲叢書」で最年少の執筆者としてデカルトを担当した。
安井 郁(やすい かおる、1907年4月25日 - 1980… 安井 郁(やすい かおる、1907年4月25日 - 1980年3月2日)は、日本の国際法学者、平和運動家。法政大学名誉教授、国際法学会幹事長、原水爆禁止日本協議会(原水協)初代議長。 大阪府門真市出身。大阪市立生魂小学校時代の同級生に作曲家の服部良一がいた。 国際法専攻。戦前期はモーゲンソーの影響を受ける。第二次世界大戦中には東京帝国大学法学部教授として、田畑茂二郎(京都帝大)とともに、「大東亜国際法」を提唱した。しかしこのことをもって1947年占領軍により戦争協力とみなされ、1948年に東大を公職追放となる。神奈川大学教授を経て法政大学教授に就任した。 1954年3月1日のビキニ水爆実験による第五福竜丸被爆事件を契機に、同年5月9日、東京都杉並区の婦人団体、福祉協議会、PTA、労組など39人は「原水爆禁止署名運動杉並協議会」を結成した。
土居 次義(どい つぎよし、1906年4月6日- 1991年… 土居 次義(どい つぎよし、1906年4月6日- 1991年11月24日)は、日本の美術史学者。専門は日本美術史。京都工芸繊維大学名誉教授、京都新聞文化賞、紫綬褒章、京都府文化賞特別功労賞、京都市文化功労賞、授与。元京都国立博物館館長。 大阪府大阪市天王寺区生まれ。大阪府立高津中学校、第三高等学校、京都大学文学部哲学科美学美術史卒業、同大学文学部助手として研究室に残る。大阪府立大手前高等女学校講師、恩賜京都博物館監査員。1945年(昭和20年)京都市文教局文化課長に奉職、市内の文化財の疎開に奔走、二条城の襖絵などを疎開させ復旧。1949年(昭和24年)京都工芸繊維大学教授となり、意匠工芸科の創設に尽力、1970年(昭和45年)同大学退官と同時に名誉教授。
生駒 大洋(いこま まさひろ)は、日本の惑星科学者・天文学者… 生駒 大洋(いこま まさひろ)は、日本の惑星科学者・天文学者。専門は、理論惑星科学、系外惑星科学。国立天文台教授。博士(理学)。大阪府出身。