堀川 裕司 (ほりかわ ゆうじ、1977年 - )は経営学者… 堀川 裕司 (ほりかわ ゆうじ、1977年 - )は経営学者、博士(商学)。経営学の研究において業績を発表している。
鹿児島県立鶴丸高等学校:27人
堀川 裕司 (ほりかわ ゆうじ、1977年 - )は経営学者… 堀川 裕司 (ほりかわ ゆうじ、1977年 - )は経営学者、博士(商学)。経営学の研究において業績を発表している。
原口 剛(はらぐち たけし、1976年 - )は、日本の地理… 原口 剛(はらぐち たけし、1976年 - )は、日本の地理学者、神戸大学大学院人文学研究科教授、専門は社会地理学・都市論。地図学者として紹介されることもある。釜ヶ崎(あいりん地区)の歴史や、野宿者調査などを通して、社会/空間的排除論を研究している。 千葉県に生まれ、鹿児島県で育ち、鹿児島県立鶴丸高等学校から、東京大学文学部に進んだ。学部での専攻は哲学であった。 2002年から2007年にかけて、大阪市立大学都市文化研究センターCOE研究員となった。 2007年、大阪市立大学大学院文学研究科博士課程を修了し、「都市日雇労働市場の編成と労働運動の動態に関する労働地理学的研究:高度経済成長期の大阪を事例として」により博士(文学)を取得した。
深見 聡(ふかみ さとし 1975年9月25日-)は、日本の… 深見 聡(ふかみ さとし 1975年9月25日-)は、日本の観光学者・地理学者。長崎大学環境科学部准教授。 1975年鹿児島市に生まれる。鹿児島県立鶴丸高等学校を経て、1998年に鹿児島大学理学部地学科(現:理学科地球科学プログラムコース)卒業。2001年、NPO法人まちづくり地域フォーラム・かごしま探検の会を設立し、2008年まで代表理事を務める。2003年、同大学大学院教育学研究科修士課程地理学分野修了。2006年、同大学大学院人文社会科学研究科博士後期課程地域政策科学専攻修了。鹿児島国際大学附置地域総合研究所客員研究員等を経て、2008年より現職。専門は観光地理学、環境教育論、地理教育論。
西 剛志(にし たけゆき、1975年4月8日 - )は、日本… 西 剛志(にし たけゆき、1975年4月8日 - )は、日本の脳科学者であり博士(工学)、分子生物学者。 ほか著作家、講演家、セミナー・研修講師、アドバイザー。武蔵野学院大学 客員研究員(スペシャルアカデミックフェロー)、LCA教育研究所顧問。T&Rセルフイメージデザイン合同会社代表取締役。 1975年、宮崎県高千穂生まれ。東京工業大学大学院非常講師、特許庁・知的財産研究所勤務を経て、2008年に企業・個人のパフォーマンスアップをサポートする会社を設立。
柳田 理科雄(やなぎた りかお、本名同じ、1961年(昭和3… 柳田 理科雄(やなぎた りかお、本名同じ、1961年(昭和36年)6月21日 - )は、日本の作家、漫画原作者、大学教員、ラジオパーソナリティ、YouTuber。 明治大学理工学部 兼任講師。株式会社『空想科学研究所』主任研究員。 鹿児島県熊毛郡南種子町出身。父は南種子町長を2007年まで4期16年務めた柳田長谷男。「理科雄」は、ペンネームではなく本名である。彼が生まれる2ヵ月ほど前(1961年4月12日)にユーリイ・ガガーリンが世界初の宇宙飛行に成功しており、これに感激した父が「これからは科学の時代だ」と考えて命名した名前であるという。「理科雄」という変わった名前で父が出生届を出した際、町役場の係員からは「本当にこれでいいんですね?」と繰り返し念を押されたという。
平田厚(ひらた あつし、1960年5月- )は、日本の弁護士… 平田厚(ひらた あつし、1960年5月- )は、日本の弁護士・民法学者。明治大学教授。 鹿児島市生まれ。鹿児島県立鶴丸高等学校卒業、1985年東京大学経済学部卒業、1987年司法試験合格。1990年弁護士登録。 1996年ベルギー、ルーヴァン・カトリック大学留学、2004年明治大学法科大学院専任教授となる(民法担当)。 2012年日比谷南法律事務所を設立。
原口 強(はらぐち つよし、1956年11月16日 - )は… 原口 強(はらぐち つよし、1956年11月16日 - )は、日本の地質工学者。博士(工学)。東北大学特任教授。元大阪市立大学大学院理学研究科准教授。 鹿児島県日置郡市来町(後のいちき串木野市)出身。鹿児島県立鶴丸高等学校を経て、1979年広島大学理学部地学科卒業。1998年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、博士(工学)取得。 1979年に復建調査設計株式会社に入社し、2003年に退社。同年、大阪市立大学大学院理学研究科に着任し、准教授を務めた。 東北大学災害科学国際研究所において特任教授を務める。 文化庁文化審議会文化財分科会第三専門調査会の委員を務めた。 松本市上高地に関する自然環境の保全および調査においてアドバイザーとして関与している。
久冨木原玲(久富木原玲、女性、くふきはら れい、1951年-… 久冨木原玲(久富木原玲、女性、くふきはら れい、1951年- )は、国文学者、愛知県立大学名誉教授・学長。 鹿児島県出身。鹿児島県立鶴丸高等学校卒業後、1975年早稲田大学法学部卒業。1985年東京大学大学院人文科学研究科国文学専攻博士課程単位取得退学。1987年鹿児島女子短期大学専任講師となり、助教授、1993年共立女子短期大学助教授、教授、2006年愛知県立大学教授となり、2016年名誉教授、2018年学長となる。2016年度サンパウロ大学客員教授を務めた。2005年「源氏物語歌と呪性」で立教大学文学博士。
福留 留美(ふくどめ るみ、FUKUDOME Rumi、19… 福留 留美(ふくどめ るみ、FUKUDOME Rumi、1950年 - )は、日本の心理学者。九州大学基幹教育院学修・健康支援開発部、大学院人間環境学府実践臨床心理学専攻(専門職大学院)元教授。福岡女学院大学人間関係学部心理学科教授。 大阪府大阪市生まれ。鹿児島県立鶴丸高等学校、九州大学文学部卒業。1979年九州大学大学院教育学研究科博士後期課程単位取得退学。兵庫県立看護大学看護学部助教授などを経て、現職。博士(人間環境学)(九州大学・2004年)。(財)日本臨床心理士資格認定協会認定臨床心理士、日本リハビリテイション心理学会認定スーパーヴァイザー、日本心理臨床学会理事、日本学生相談学会理事、日本イメージ心理学会運営委員。
壽福 眞美(じゅふく まさみ、1947年1月20日 - )は… 壽福 眞美(じゅふく まさみ、1947年1月20日 - )は、日本の社会学者。法政大学社会学部名誉教授。専門はドイツ社会思想、環境倫理、エコロジー、フェミニズム、社会哲学。 鹿児島県鹿児島市出身。鹿児島県立鶴丸高等学校卒、1971年一橋大学法学部卒、1976年一橋大学大学院社会学研究科ドイツ社会思想史博士後期課程単位取得満期退学、法政大学社会学部助手、1977年専任講師、1979年助教授、86年教授、2015年法政大学サスティナブル研究所副所長。2017年名誉教授。 1980-1981年西ドイツ・エアランゲン大学、1983年ベルリン大学、ハンガリー歴史研究所留学。
久木田 重和(くきた しげかず、1943年4月7日 - 20… 久木田 重和(くきた しげかず、1943年4月7日 - 2021年7月8日)は、日本の会計学者。専門分野は、財務会計・国際会計。東京経済大学名誉教授。同大学元学長。2004年から2006年にかけて、公認会計士試験の試験委員を務めた。 1943年、福岡県戸畑市で生まれる。1966年、九州大学経済学部卒業。1968年、同大学大学院経済学研究科修士課程修了。1971年、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。同年、東京経済大学経営学部専任講師。1984年、同教授。2008年、同大学学長(2013年度末まで)。2014年、同大学定年退職、名誉教授。
藤善 眞澄(ふじよし ますみ、1934年(昭和9年)9月-2… 藤善 眞澄(ふじよし ますみ、1934年(昭和9年)9月-2012年(平成24年)2月8日)は、日本の東洋史・仏教史学者。関西大学名誉教授。 1934年、鹿児島県鹿児島郡東桜島村大字湯之(現在の鹿児島市東桜島町)で生まれた。生家は浄土真宗本願寺派の光善寺であった。1953年、鹿児島県立鶴丸高等学校を卒業し、鹿児島大学東洋史学科に入学。同大学を卒業後、京都大学大学院に進学した。研究テーマは隋唐時代の末法思想であった。また、京都大学では森鹿三の指導により、中国歴史地理学についても研究することになった。1964年、京都大学大学院文学研究科博士課程を単位取得後退学。 卒業後は、関西大学教授に就いた。1993年、学位論文『南山大師道宣傳の研究』を京都大学に提出して文学博士号を取得。
野村 三郎(のむら さぶろう、1933年〈昭和8年〉4月17… 野村 三郎(のむら さぶろう、1933年〈昭和8年〉4月17日 - )は、ウィーンに拠点を置く、日本の音楽評論家、音楽社会学者。ウィーン・メロス音楽研究所代表。日本ラトビア音楽協会の創立発起人の1人であり会員。TDU・雫穿大学のアドバイザーも務める。 「ウィーンの音楽界では最も著名な日本人」と評される。 1933年(昭和8年)、鹿児島県に生まれる。鹿児島県立鶴丸高等学校を卒業後、1952年(昭和27年)に上京し早稲田大学文学部哲学科で学び、早稲田大学大学院の文学研究科では音楽社会学を専攻し博士課程を修了。早稲田大学ではグリークラブに所属。 1966年(昭和41年)3月に立ち上げられた鹿児島短期大学設立準備委員会において、鹿児島の教員やスタッフが東京や文部省との綿密な連絡や教員についての情報収集を行うのは非効率的との判断により、同年6月1日付で野村が同準備委員会の東京駐在員に着任し、教養科教育課程作成の検討や原案作りなどを行う。
勝田 有恒(かつた ありつね、1931年4月2日 - 200… 勝田 有恒(かつた ありつね、1931年4月2日 - 2005年4月26日)は、日本の法制史学者。一橋大学名誉教授。専門は西洋法制史。1991年比較法史学会設立発起人・同学会理事就任、1995年同学会理事長就任。1983年日本学術会議政治学・法律学研究連絡委員。1998年法文化学会設立発起人・同学会顧問就任。 1931年、熊本県熊本市生まれ。1944年、東京高等師範学校附属国民学校(筑波大学附属小学校の前身)卒業。1948年、鹿児島県立第一鹿児島中学校(県立鶴丸高校の前身)4年を修了し、1949年に第七高等学校(鹿児島大学の前身)理科1年修了。一橋大学法学部に進み、町田實秀に師事した。1957年に卒業し、同大学大学院に進む。
木原 啓吉(きはら けいきち、1931年1月4日 - 201… 木原 啓吉(きはら けいきち、1931年1月4日 - 2014年)は、日本のジャーナリスト、環境学者。千葉大学名誉教授 鹿児島県鹿児島市生まれ、出身。旧制鹿児島県立第一鹿児島中学校(現鹿児島県立鶴丸高等学校)を経て、1950年第七高等学校文科卒業。1953年東京大学法学部卒。朝日新聞社に入り、盛岡支局勤務から始め、小繋事件を取材、のち公害キャンペーンと環境問題を担当、編集委員をへて、1981年千葉大学教養部教授となる。1996年定年退官、江戸川大学教授。環境庁の自然環境保全審議会委員、ナショナル・トラストを進める全国の会幹事長。
好美 清光(よしみ せいこう、1929年 <昭和4年> 10… 好美 清光(よしみ せいこう、1929年 <昭和4年> 10月20日 - 2019年 <令和元年> 11月5日)は、日本の法学者。専門は民法・土地法で、特に日照権を研究。学位は、法学博士(一橋大学・1992年)。一橋大学名誉教授。瑞宝中綬章受章。 鹿児島県大島郡宇検村生まれ。1942年、大島郡名瀬町名瀬国民学校(現・奄美市立名瀬小学校)卒業。1948年、旧制大島中学校(現・鹿児島県立大島高等学校)卒業。1950年、鹿児島県立鶴丸高等学校卒業。1954年、一橋大学法学部卒業。商法の田中誠二ゼミ出身。一橋大学では、戦後、常盤敏太が教職追放され、吾妻光俊も労働法に関心を移すなどし、民法を専門とする教員が不在となり民法研究が低調となっていた。
諏訪 兼位(すわ かねのり、1928年5月15日 - 202… 諏訪 兼位(すわ かねのり、1928年5月15日 - 2020年3月15日)は、日本の地球科学者。専門は岩石学・地質学。学位は、理学博士(名古屋大学・論文博士・1962年)(学位論文「領家変成帯の岩石学的及び地質学的研究」)。名古屋大学名誉教授、日本福祉大学名誉教授。日本アフリカ学会元会長。 鹿児島県鹿児島市生まれ。鹿児島県立第一鹿児島中学校 (旧制)、第七高等学校造士館 (旧制)を経て、1951年東京大学理学部地質学科卒業。 1962年、学位論文「領家変成帯の岩石学的及び地質学的研究」で、名古屋大学より理学博士の学位を取得。 その後、名古屋大学理学部地球科学教室教授、名古屋大学理学部学部長、日本福祉大学情報社会科学部学部長、日本福祉大学学長を歴任。
江夏 弘(えなつ ひろし、1922年(大正11年)9月12日… 江夏 弘(えなつ ひろし、1922年(大正11年)9月12日 - 2019年(令和元年)8月4日)は、日本の理論物理学者。立命館大学名誉教授。学位は理学博士。専門は素粒子論。 場の量子論において、相対論的ハミルトン形式に貢献した。 江夏は、場の量子論の相対論的なハミルトン形式における交換関係 の下で、場の量子論の従来の非相対論的なそれと等価であることを発見した。ここで、 である。ここで、ϵ(x){\displaystyle \epsilon (x)}は 0<x{\displaystyle 0<x} に対して ϵ(x)=1{\displaystyle \epsilon (x)=1} となり、x<0{\displaystyle x<0} に対して ϵ(x)=−1{\displaystyle \epsilon (x)=-1} となるような或る階段函数である。
森 昭(もり あきら、1915年10月30日 - 1976年… 森 昭(もり あきら、1915年10月30日 - 1976年12月17日)は、日本の教育学者、教育哲学者、文学博士、大阪大学教授。 大正4年(1915年)10月30日鹿児島県姶良郡隼人町(現霧島市)で生まれる。 鹿児島県立第一中学校 (旧制)および旧制第七高等学校造士館 (旧制)(理科乙から文科乙に転科)を経て京都帝国大学文学部哲学科卒業、同大学院教育学専攻修了。京都学派第一世代である田邊元に哲学を師事し、西田幾多郎門下の木村素衛の下で大学院において教育学を修める。 森は京都学派第二世代でこの学派の教育学領域において傑出した業績を残した。ドイツ留学以前、カントやヘーゲル等のドイツ観念論哲学・ハイデッガーやヤスパース等のドイツ系の実存主義哲学を基礎に、戦後新教育の思想的背景となったジョン・デューイの経験主義教育哲学の解釈に努めた。
黒丸 正四郎(くろまる しょうしろう、1915年4月6日 -… 黒丸 正四郎(くろまる しょうしろう、1915年4月6日 - 2003年11月6日)は、日本の医学者、精神科医。神戸大学名誉教授。 鹿児島県出身。鹿児島県立第一鹿児島中学校 (旧制)を経て、1935年第七高等学校造士館 (旧制)卒業。京都帝国大学医学部卒。1948年医学博士。大阪市立大学医学部助教授、神戸医科大学助教授、1959年同教授、1966年神戸大学教授、1980年定年退官、名誉教授、甲南女子大学教授、1986年退任。精神神経科学。 1988年、勲三等旭日中綬章を受章。2003年11月6日、肺炎のため死去。
沼田 次郎(ぬまた じろう、1912年8月19日 - 199… 沼田 次郎(ぬまた じろう、1912年8月19日 - 1994年6月29日)は、日本の歴史学者、日本史学者。東京大学名誉教授(史料編纂所元所長)。洋学史、日蘭交渉史が専門で、日蘭学会理事長も務めた。 熊本県熊本市出身(出生地は和歌山県)。鹿児島県立第一鹿児島中学校 (旧制)を経て、1932年第五高等学校 (旧制)卒業、1935年東京帝国大学文学部国史学科卒業。東京大学史料編纂所に入り、1954年助教授、1965年教授に就任し、1971年から1973年に所長を務める。1973年から1983年まで東洋大学文学部教授。そのほか、1980年から1983年に日蘭学会理事長。勲三等旭日中綬章受章。
山元 一郎(やまもと いちろう、1910年9月14日 - 1… 山元 一郎(やまもと いちろう、1910年9月14日 - 1972年7月7日)は日本の哲学者、言語哲学者。立命館大学教授。 鹿児島県国分市(霧島市)出身。鹿児島県立第一鹿児島中学校(現鹿児島県立鶴丸高等学校)を経て、1927年4月に第三高等学校文科へ入学し、6月に退学。1928年4月に第七高等学校造士館理科へ入学、1931年3月に卒業。1931年4月に京都大学文学部哲学科へ入学し、田邊元に師事。1934年3月に京都大学文学部哲学科を卒業して、同年4月から1936年3月まで大学院在学。 1936年4月~1938年3月、立命館大学専門部講師。1938年4月~1940年3月、京都帝国大学附属図書館嘱託。
沢田 慶輔(さわだ けいすけ、1909年2月18日 - 19… 沢田 慶輔(さわだ けいすけ、1909年2月18日 - 1995年2月1日)は、日本の心理学者。東京大学名誉教授。生徒指導や学生相談の研究と普及に尽力した。 鹿児島県鹿児島市出身。鹿児島県立第一鹿児島中学校 (旧制)を経て、1928年第七高等学校造士館 (旧制)卒業、1931年東京帝国大学文学部心理学科卒業。 1933年から1939年、岩波書店嘱託として『教育学辞典』(全5巻)の編集にあたる。1938年から東京府大泉師範学校・東京第三師範学校に勤務。学制改革により、1949年東京学芸大学教授。 1950年東京大学教育学部助教授に転任し、1952年東京大学教育学部教授に昇任。東京大学学生相談所初代所長も務めた。
吉満 義彦(よしみつ よしひこ、1904年〈明治37年〉10… 吉満 義彦(よしみつ よしひこ、1904年〈明治37年〉10月13日 - 1945年〈昭和20年〉10月23日)は、日本の哲学者。日本における最初のキリスト教哲学者。 鹿児島県奄美群島徳之島の亀津(現大島郡徳之島町)出身。鹿児島一中、第一高等学校文科丙類(仏語)を経て、1928年東京帝国大学倫理学科卒。在学中、岩下壮一に出会いプロテスタントからカトリックに改宗。フランスでジャック・マリタンに師事。1931年上智大学講師、東京公教神学校講師。雑誌『創造』、『カトリック研究』などに寄稿。また、戦時中の「近代の超克」企画に参画した。
山下 俊郎(やました としお、1903年12月4日 - 19… 山下 俊郎(やました としお、1903年12月4日 - 1982年3月19日)は、日本の教育心理学者。東京都立大学名誉教授。 鹿児島県鹿児島市下竜尾町出身。鹿児島一中 (旧制)、第一高等学校 (旧制)を経て、1928年東京帝国大学文学部心理学科卒。1962年「幼児における基本的習慣の研究」で東北大学より文学博士の学位を取得。大日本婦人連合会家庭教育相談所、愛育会・愛育研究所所員、同教養部長、愛育幼稚園長、東京家政大学教授をへて、旧・東京都立大学教授となる。1967年定年退官、名誉教授となり、再度東京家政大学教授、同付属みどりヶ丘幼稚園長、川村短期大学教授。日本保育学会会長を務めた。
金倉 円照(金倉 圓照、かなくら えんしょう、1896年11… 金倉 円照(金倉 圓照、かなくら えんしょう、1896年11月17日 - 1987年1月24日)は、インド哲学者・仏教学者。位階は正三位。学位は、文学博士。東北大学名誉教授、宮城教育大学学長。龍厳寺住職(浄土真宗本願寺派)。特にジャイナ教と正当バラモン教の諸哲学体系の研究で知られる。 鹿児島県川辺郡坊津町(現・南さつま市)出身。鹿児島県立第一鹿児島中学校 (旧制)を経て、1917年第七高等学校造士館 (旧制)卒業、1920年東京帝国大学文学部印度哲学科卒業。大学卒業後、ヨーロッパへ留学。1923年東北帝国大学助教授、1926年東北帝国大学教授(戦後学制改革により東北大学教授)。1931年に論文「ブリハダーラヌヤコーパニシヤツドバーシユヤの研究」により東京帝国大学より文学博士を授与される。
山下 徳治(やました とくじ、1892年1月15日 - 19… 山下 徳治(やました とくじ、1892年1月15日 - 1965年7月10日、正字では「德治」)は、日本の教育学者。改姓後は「森 徳治」と称した。戦前の新自由教育運動の中で、欧州、ソビエト連邦への留学、視察を通じて獲得した労働教育を中心にした教育理論の移入を図った。また、生前のヴィゴツキーに会った唯一の日本人として知られている。筆名は「村上 純」。 1892年、鹿児島県徳之島生まれ。西南戦争敗戦後一家で徳之島に移住し、父は砂糖製造、販売業に従事。山下3歳のとき一家は鹿児島市に転居し、西田町に住む。西田小学校、鹿児島高等小学校を卒業。鹿児島第一中学校(旧制)入学後から教師を志し、同校2年生のとき鹿児島師範学校に転入学し、同校を1913年卒業。