朝丘 雪路(あさおか ゆきじ、1935年7月23日 - )は… 朝丘 雪路(あさおか ゆきじ、1935年7月23日 - )は、日本の女優・タレント・歌手。本名;加藤 雪会(かとう ゆきえ)。旧姓・勝田。
1935年(昭和10年)生まれ:1,285人
朝丘 雪路(あさおか ゆきじ、1935年7月23日 - )は… 朝丘 雪路(あさおか ゆきじ、1935年7月23日 - )は、日本の女優・タレント・歌手。本名;加藤 雪会(かとう ゆきえ)。旧姓・勝田。
花井 等(はない ひとし、1935年7月23日 - 2024… 花井 等(はない ひとし、1935年7月23日 - 2024年12月15日)は、日本の政治学者。筑波大学名誉教授、元麗澤大学外国語学部教授。専門は、国際関係論・日米関係。 中国生まれ。大分県出身。大阪大学法学部卒業後、南カリフォルニア大学大学院を修了。1977年大阪大学より法学博士の学位を受く(学位論文「現代国際関係論」)。京都産業大学教授、筑波大学教授を経て、99年定年退官、名誉教授、麗澤大学教授。
堀田 満(ほった みつる、1935年7月23日 - 2015… 堀田 満(ほった みつる、1935年7月23日 - 2015年7月8日)は、日本の植物学者。植物分類学の分野の研究で知られる。理学博士、鹿児島大学名誉教授、鹿児島県立短期大学名誉教授。京都大学教養部助教授、鹿児島大学理学部教授、鹿児島県立短期大学学長を歴任した。 大阪府高槻市生まれ。1935年、芥川の門前橋近くの小作百姓の家に生まれ、そのままなら農民になっていたはずだが、農地改革があり小作も土地を持てたので、その土地を売って大学に行くことができた。中学生のころから週に1度高槻の山を歩き回っていた。高校生のころ、前川文夫の植物地理学の本に出会い、のちに植物地理学の総説『植物の分布と分化』出版に結びつく。
鈴木 英昭(すずき ひであき、1935年7月23日 -201… 鈴木 英昭(すずき ひであき、1935年7月23日 -2017年8月29日 )は、日本の牧師、聖書学者。東京都出身。山形大学卒業、神戸改革派神学校卒業。日本キリスト改革派教会牧師。 この項目は、キリスト教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:キリスト教/PJ:キリスト教)。
中島 弘明(なかじま ひろあき、1935年7月21日 - 2… 中島 弘明(なかじま ひろあき、1935年7月21日 - 2023年7月17日)は、日本の経営者。メディキット会長。
春名 公雄(はるな きみお、1935年7月21日 - )は、… 春名 公雄(はるな きみお、1935年7月21日 - )は、日本の実業家。同和火災海上保険(現・あいおいニッセイ同和損害保険)の副社長を務めたのち、同和生命保険の代表取締役社長を務めた。ミノルタ(現 コニカミノルタ)監査役、同和ビジネスサービス 取締役会長、NDIビジネスサービス 取締役会長を歴任した。 兵庫県出身。滋賀大学経済学部を卒業後、同和火災海上保険に入社。社内では損害部門などを歩み、神戸支店損害部長、本社損害部長を経て取締役に就任した。その後、常務取締役、代表取締役専務などを歴任し、1997年に代表取締役副社長となった。 1999年6月、同和火災海上保険の代表取締役副社長を退任し、同年6月30日付で同和生命保険の代表取締役社長に就任した。
悠木 圭子(ゆうき けいこ、1935年7月21日 - 202… 悠木 圭子(ゆうき けいこ、1935年7月21日 - 2026年3月3日)は、日本の作詞家、元女優。女優名は藤田佳子。親類に女優の葉山葉子がいる。山口県防府市生まれ。八代亜紀の大ヒット曲『なみだ恋』、『おんなの夢』、香西かおりの大ヒット曲『浮雲』の作詞や田川寿美を見出し大歌手にまで育成したことで知られる。 最初の夫は俳優の山田真二だったが、のち離婚。その後、作曲家の鈴木淳と再婚した。 芸能界入りしたのは16歳だが、藤田佳子の芸名で女優として「十代の秘密」でデビュー。1954年に大映入り。出演作には「婦系図 湯島の白梅」、「霧の音」、「夜の蝶」、「細雪」、「大奥」などがある。京マチ子、若尾文子、山本富士子や市田ひろみらと共演している。
小田中 聰樹(おだなか としき、1935年(昭和10年)7月… 小田中 聰樹(おだなか としき、1935年(昭和10年)7月20日 - 2023年(令和5年)6月9日)は、日本の法学者。専門は刑事訴訟法。学位は、法学博士(東京大学・論文博士・1978年、学位論文「刑事訴訟法の歴史的分析」)。東北大学名誉教授。岩手県盛岡市生まれ。 日本刑法学会理事、民主主義科学者協会法律部会理事長、日本法社会学会理事等を歴任。「九条科学者の会」呼びかけ人を務めている。 息子に東北大学大学院経済学研究科教授の小田中直樹がいる。
西尾 幹二(にしお かんじ、1935年(昭和10年)7月20… 西尾 幹二(にしお かんじ、1935年(昭和10年)7月20日 - 2024年(令和6年)11月1日)は、日本のドイツ文学者、評論家。ニーチェの研究で知られる。学位は文学博士(東京大学)。電気通信大学名誉教授。新しい歴史教科書をつくる会名誉会長。 東京府に生まれる。東京都立小石川高等学校を経て、1958年(昭和33年)東京大学文学部独文科卒。1961年(昭和36年)同大学院修士課程を修了。指導教官は手塚富雄であった。 1961年静岡大学人文学部講師、1964年電気通信大学助教授、1975年教授。1979年に「初期のニーチェ」により東京大学より文学博士の学位を授与された。電通大助教授時代の1965年に「私の『戦後』観」で『自由』新人賞を、1994年正論大賞をそれぞれ受賞。
薩谷 和夫(さつや かずお、1935年7月20日 - 199… 薩谷 和夫(さつや かずお、1935年7月20日 - 1993年1月6日)は、日本の映画美術監督。東京都出身。 永田町小学校(現麹町小学校)、麹町中学校、東京都立明正高等学校を経て、青山学院大学文学部入学後、中退。中退後に東宝撮影所美術課に入社。入社後、最初の仕事は怪獣”ラドン”の翼の操演だった。 黒澤映画の美術監督である村木与四郎のもとで美術を学ぶ。兄弟子は竹中和男。 初美術監督作品は加山雄三の「若大将シリーズ」の『俺の空だぜ!若大将』。 お酒は”サントリー角瓶”を、ミュージカル映画は『イースターパレード』(1948)が最も好き、と公言。 主に大林宣彦の美術監督として知られるが、大林とは『HOUSE ハウス』の頃に知り合い、東宝退社後フリーとなってからも『転校生』以降、『青春デンデケデケデケ』までの大林映画の美術監督を務める。
粟木原 毅(あわきはら つよし、1935年〈昭和10年〉7月… 粟木原 毅(あわきはら つよし、1935年〈昭和10年〉7月20日 - )は日本映画の照明技師。兵庫県神戸市出身。 1954年に兵庫県立芦屋高等学校を卒業。1955年、東宝に照明助手として入社。1975年に照明技師に昇進。1980年に東宝専属契約者を経て1992年にフリーとなる。
有吉 孝一(ありよし こういち、1935年7月20日 - 2… 有吉 孝一(ありよし こういち、1935年7月20日 - 2025年10月14日)は、日本の経営者。安田火災海上保険社長、会長を務めた。福岡県出身。 1959年に九州大学経済学部を卒業し、同年に安田火災海上保険に入社。1988年6月に取締役に就任し、1990年4月に常務を経て、1993年4月には社長に就任。1999年4月に会長に就任し、2000年6月に相談役に就任。 2012年11月に旭日重光章を受章。 2025年10月14日、胃がんのため死去。90歳没。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
清水 礼子(しみず れいこ、禮子、1935年7月19日 - … 清水 礼子(しみず れいこ、禮子、1935年7月19日 - 2006年3月4日)は、日本の哲学者、哲学史研究者、青山学院大学文学部名誉教授。社会学者・評論活動で著名だった清水幾太郎の長女。子に、明治大学教授の清水真木。 1960年に東京大学文学部を卒業。1966年同大学院博士課程を単位取得満期退学。1977年「スピノザ研究」で東京大学より文学博士の学位を取得。女子栄養大学を経て、1970年に青山学院大学専任講師、助教授、教授を経て同大名誉教授。日本哲学会などの学会に所属した。墓所は八王子市高尾霊園。
井上 昌次郎(いのうえ しょうじろう、1935年7月19日 … 井上 昌次郎(いのうえ しょうじろう、1935年7月19日 - 2018年4月4日)は、日本の脳科学者、東京医科歯科大学名誉教授。 脳科学の立場から睡眠の仕組みを研究。 朝鮮・京城府(現・ソウル特別市)生まれ。1965年東京大学大学院生物系研究科博士課程修了、理学博士。論文の題は 「並体結合ネズミにおける脳下垂体-生殖腺系の調節機構についての研究 : 脳下垂体除去個体の卵巣・移植卵巣の分泌する発情ホルモンが生殖腺除去個体の視床下部-脳下垂体系におよぼすフイードバック作用」。 東京医科歯科大学助教授、1972年教授。退官、名誉教授。 世界睡眠学会連合理事、アジア睡眠学会会長、日本睡眠学会理事。2014年、瑞宝中綬章受章。
児玉 泰(こだま やすし、1935年7月19日 - )は、愛… 児玉 泰(こだま やすし、1935年7月19日 - )は、愛媛県西予市出身の元プロ野球選手。ポジションは投手。1954年から1957年までは空谷 泰(そらたに やすし)。
巽 悟朗(たつみ ごろう、1935年7月18日 - 2003… 巽 悟朗(たつみ ごろう、1935年7月18日 - 2003年12月23日)は、元大阪証券取引所社長、光世証券創業者。北浜の風雲児の異名を取った。 大阪市船場生まれ。同志社高等学校、同志社大学経済学部卒。アメリカンフットボール選手や応援団長を経験。卒業後、山源証券(後のヤマゲン証券、現・マディソン証券)に入社。1961年、25歳にして光世証券を創業、一代で東証一部上場企業に育て上げた。 2000年、大阪証券取引所理事長に就任。2001年、大阪証券取引所初代社長に就任。ナスダック・ジャパン市場(現・新ジャスダック市場)を創設。 長男である大介は現・光世証券社長。
中村 大成(なかむら たいせい、1935年7月18日 - 2… 中村 大成(なかむら たいせい、1935年7月18日 - 2013年5月11日)は、大阪府出身のプロ野球選手(投手)。 大阪府立泉陽高等学校から1953年に南海ホークスへ入団。同年の日本シリーズでは第2戦で先発したが読売ジャイアンツに敗れた。これが高卒新人投手として初めての日本シリーズ先発だった。 1955年は23勝4敗、防御率2.13(リーグ3位)の好成績をあげる。特に8月から閉幕まで11連勝するなど、後半は抜群の活躍で南海のリーグ優勝に貢献。パ・リーグの最高勝率、ベストナイン、最優秀投手に選ばれた。また、同年の日本シリーズでは全7試合中の6試合に登板、勝ち星は挙げられなかったが、防御率0.72と好投した。
白岩 伸介(しろいわ しんすけ、1935年7月18日 - )… 白岩 伸介(しろいわ しんすけ、1935年7月18日 - )は日本画家、教育者。本名は圭介(けいすけ) 。 福島県常葉町生まれ。東京藝術大学日本画科卒・専攻科修了。青郁会、鎌倉会所属。前田青邨、平山郁夫、須田珙中に師事。日本美術院院友。魚と人との関係のテーマの作品多数、その他ヨーロッパ風景画等。昭和49年、高松塚古墳復刻プロジェクトに携わる(白虎担当)農林水産省分室会議室、長官室、ウズベキスタン・日本人材開発センター等に飾られている。
矢追 純一(やおい じゅんいち、1935年〈昭和10年〉7月… 矢追 純一(やおい じゅんいち、1935年〈昭和10年〉7月17日 - )は、日本のディレクター、テレビタレント、実業家、UFO・超常現象研究家。1970年代から1990年代までに制作を指揮したオカルト関連のテレビ番組で特に有名となったが、1995年からは宇宙塾を主宰するなど、実業家としてテレビ番組制作以外での活動に比重を置いている。 1935年、満洲国新京生まれ。元々裕福な家庭であったが、名古屋帝国大学を首席級の成績で卒業したエリートであった父親を亡くした上に、日本が太平洋戦争の敗戦国となった途端、大連で敵国民としての扱いを受けて極貧生活に転落。当時病弱だった純一の体の健康を気にした母親は自宅学習を禁止し、自宅では運動をして遊ばせるとともに、授業だけで好成績を取るように厳命する。
中曽根 雅夫(なかそね まさお、1935年7月17日 - 1… 中曽根 雅夫(なかそね まさお、1935年7月17日 - 1993年9月2日)は、日本の男性俳優、声優。長野県出身。 長野県上田千曲高等学校、東京アナウンスアカデミー卒業。 1958年よりTBS放送劇団に6期生として入団。同期には天田俊明や田中信夫がいる。劇団と並行して青年工房、土の会に所属。1969年にTBS劇団が解散した後は河の会に所属。 特撮テレビ番組『ウルトラマン』の主人公(M78星雲から来た巨大な宇宙人=ウルトラマン)の声、掛け声(効果音)を担当した。しかしタイトルバックに中曽根の名前がクレジットされなかったこともあり、「シュワッチ!」という広く知られた掛け声に対し、中曽根の名はほとんど知られていない。
丸 磐根(まる いわね、1935年〈昭和10年〉7月17日 … 丸 磐根(まる いわね、1935年〈昭和10年〉7月17日 - )は、日本の実業家。日本銀行発券局長を経て、山陰合同銀行代表取締役頭取、同会長、島根経済同友会代表幹事、島根県商工会議所連合会会頭などを務めた。 島根県邑智郡川本町出身。1958年一橋大学法学部を卒業し日本銀行に入行。1984年6月日本銀行外国局次長、1985年1月日本銀行政策委員会室秘書役、1986年11月日本銀行発券局長。 1988年6月株式会社山陰合同銀行代表取締役副頭取、1992年6月同行代表取締役頭取、2002年6月同行代表取締役会長、2007年6月同行特別顧問。2013年6月退任。 1990年から2010年まで松江商工会議所会頭、島根県商工会議所連合会会頭、中国経済連合会副会長、1995年から2002年まで島根経済同友会代表幹事。
本間 義人(ほんま よしひと、1935年7月17日 - 20… 本間 義人(ほんま よしひと、1935年7月17日 - 2022年1月12日)は、日本のジャーナリスト、都市政策学者、法政大学名誉教授。 東京出身。1958年早稲田大学文学部卒。1989年「内務省住宅政策の教訓 公共住宅論序説」で北海道大学法学博士。1967年毎日新聞社入社、社会部編集委員、編集局編集委員、特別報道編集委員、1982年編集委員となる。1994年九州大学大学院比較社会文化研究科教授、1999年4月法政大学現代福祉学部教授に転じ、2006年定年、名誉教授となる。2022年1月12日、虚血性心不全のため死去、86歳。 1984年東京市政調査会藤田賞特別賞受賞。
小嶋 淳司(こじま あつし、1935年7月16日 - )は、… 小嶋 淳司(こじま あつし、1935年7月16日 - )は、がんこフードサービス(現・GANKO)の創業者。同社会長、日本フードサービス協会会長や、関西経済同友会代表幹事、なにわ淀川花火大会会長等も務めた。和歌山県西牟婁郡上富田町生まれ。和歌山県立田辺高校・同志社大学経済学部卒業。 高校時代より家業の雑貨屋『こじま』(紀勢本線朝来駅前)をきりもりする。同志社大学経済学部を卒業後、寿司屋で修行した後、1963年に大阪・十三で4坪半の「がんこ寿司」を開店。1969年(昭和44年)に法人設立 社長に就任、以後は同社を外食産業チェーンに育て上げる。2005年(平成17年)会長に就任。2021年(令和3年)賞味期限改竄問題を受け会長を辞任。
大根 晃(おおね あきら、1935年7月15日 - )は、石… 大根 晃(おおね あきら、1935年7月15日 - )は、石川県金沢市出身の元プロ野球選手(投手)。 金沢桜丘高校時代は、高校1年からエースで4番だった。高校3年時には1953年春の甲子園に出場(初戦で、浪華商に0-7で大敗)。夏は県大会準決勝・決勝で2試合連続ノーヒットノーラン達成し優勝したが、北陸大会で金沢泉丘高校(その後、本大会に出場)に敗退し、甲子園に行けなかった。この事でプロ入りを決意し、秋に大阪タイガースの入団テストを受けて合格し、入団した。 ルーキーイヤーの1954年7月8日に洋松戦(大阪スタヂアム)で、プロ入り初登板にして初先発。タイガースの選手において、初の石川県出身者として出場を果たした。
駒城 鎮一(こうじょう しんいち、1935年7月15日 - … 駒城 鎮一(こうじょう しんいち、1935年7月15日 - 2017年7月6日)は、日本の法学者(法哲学)。富山大学名誉教授。位階は従四位。 富山県高岡市出身。同志社大学卒業。1968年大阪大学大学院法学研究科博士課程満期退学。富山大学教養部教授を務め、2001年定年退官、名誉教授。没後従四位瑞宝中綬章受勲。
山崎 元一(やまざき げんいち、1935年(昭和10年)7月… 山崎 元一(やまざき げんいち、1935年(昭和10年)7月15日 - 2015年(平成27年)1月23日)は、日本の歴史学者、國學院大學名誉教授。専攻は古代インド史。 古代インド研究のほか、近現代のカースト制度やアンベードカルに関する研究も行った。 1935年、長野県諏訪郡上諏訪町(現・諏訪市)生まれ。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1959年東京大学文学部を卒業。東洋文庫付属ユネスコ東アジア文化センター研究員をへて、國學院大學助教授、教授となる。2006年に定年退職し、名誉教授となる。東洋文庫専任研究員。 1991年「古代インド社会の研究―社会の構造と庶民・下層民」を提出して東京大学で文学博士号を取得。
近藤 豊(こんどう ゆたか、1935年7月15日 - )は、… 近藤 豊(こんどう ゆたか、1935年7月15日 - )は、日本の政治家、外務官僚。元衆議院議員(4期)。 愛知県豊川市出身。1957年、外交官領事官採用試験合格。1958年、東京外国語大学スペイン語科卒業。同年、外務省に入省。アルゼンチン、オランダ、韓国の日本大使館に勤務する。1978年に退官。 1979年の第35回総選挙に旧愛知5区から無所属(公明党・民社党・新自由クラブ・社民連推薦)で立候補して初当選。民社党との統一会派「国民連合」に加入した。以後、1980年の総選挙も、1983年の総選挙も無所属で立候補し当選を果たした。後に会派離脱した。 1986年6月の第38回総選挙では自民党公認で立候補し、落選。
蔵原 惟二(くらはら これつぐ、1935年7月15日 - )… 蔵原 惟二(くらはら これつぐ、1935年7月15日 - )は、日本の映画監督、映画プロデューサー。映画監督蔵原惟繕の実弟。詩人蔵原伸二郎の甥。 東京・田園調布出身。高校時代を神戸市で過ごす。1958年、日本大学芸術学部卒業。日活入社後、助監督として長谷部安春らに師事し、1971年に旧日活体制最後の一般向け映画『不良少女 魔子』で監督デビュー。退社後は兄・惟繕と共に蔵原プロダクションを設立し、プロデューサーとして多くの映画を手掛ける。
根岸 英一(ねぎし えいいち、1935年(昭和10年)7月1… 根岸 英一(ねぎし えいいち、1935年(昭和10年)7月14日 - 2021年(令和3年)6月6日)は、日本の化学者。位階は従三位。 ノーベル化学賞受賞者。岡山大学名誉博士。帝人グループ名誉フェロー。大和市名誉市民。北海道大学触媒科学研究所及びパデュー大学の特別教授 (H.C. Brown Distinguished Professor of Chemistry)。 1935年(昭和10年)、満洲国新京(現在の中華人民共和国吉林省長春市)にて誕生。翌1936年(昭和11年)、南満洲鉄道系商事会社に勤めていた父の転勤に伴い、濱江省哈爾濱市(現在の黒竜江省ハルビン市)に転居して少年時代を過ごした。
真鍋 賢二(まなべ けんじ、1935年〈昭和10年〉7月14… 真鍋 賢二(まなべ けんじ、1935年〈昭和10年〉7月14日 - 2024年〈令和6年〉3月2日)は、日本の政治家。自由民主党所属。 環境庁長官(第36代)、参議院議員(4期)、参議院予算委員長、裁判官弾劾裁判所裁判長などを歴任。 香川県三豊郡仁尾町(現 三豊市仁尾町)出身。香川県立観音寺第一高等学校、岐阜大学農学部農学科卒業。 1958年(昭和33年)岐阜大学卒業後、植物病理学を専攻し、学究の道を選択した同年4月、大平正芳衆議院議員と出会い、以後19年間秘書を務めた。1977年(昭和52年)7月に参議院議員に初当選した。 1998年(平成10年)7月、環境庁長官に就任。1993年(平成5年)に名古屋市がゴミ処分場として計画した藤前干潟の埋立てについて、長官在任直後の1998年8月「鳥類・海洋生物保護の立場から反対する」と当時としては異例の表明を行い、2000年(平成12年)の同計画中止のきっかけとなった。
中西 夏之(なかにし なつゆき、1935年(昭和10年)7月… 中西 夏之(なかにし なつゆき、1935年(昭和10年)7月14日 - 2016年(平成28年)10月23日)は、日本の前衛美術・現代美術家。東京藝術大学名誉教授。女子美術大学客員教授。元倉敷芸術科学大学特任教授。美学校の設立にも奔走した。
菊田 守(きくた まもる、1935年7月14日 - 2019… 菊田 守(きくた まもる、1935年7月14日 - 2019年6月3日)は、日本の詩人。 東京府東京市中野区鷺宮生まれ。明治大学卒。詩誌『花』同人。神楽坂『詩と思想』主宰。1991年現代詩人会理事長、2001年同会長を務めた。詩集『かなかな』で第1回丸山薫賞を受賞。 2019年6月3日、肺炎のため、東京都板橋区の病院で死去。83歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
堺屋 太一(さかいや たいち、1935年7月13日 - 20… 堺屋 太一(さかいや たいち、1935年7月13日 - 2019年2月8日)は、日本の政治家、通産官僚、小説家、評論家。位階は従三位。勲等は旭日大綬章。 経済企画庁長官(第55・56・57代)、内閣特別顧問、内閣官房参与などを歴任した。また、株式会社堺屋太一事務所および株式会社堺屋太一研究所の代表取締役社長であり、様々な博覧会のプロデューサーとしても活動していた。 本名は池口 小太郎(いけぐち こたろう)であり、ペンネームの由来は、先祖の商人が安土桃山時代に堺から谷町に移住した際の名前である「堺屋太一」から採ったものである(堺屋は屋号にあたる)。 谷町に近い大阪市東区岡山町(現:中央区玉造)生まれ。
征矢 清(そや きよし、1935年(昭和10年)7月13日 … 征矢 清(そや きよし、1935年(昭和10年)7月13日 - 2008年(平成20年)1月1日)は、日本の児童文学作家。 妻は絵本作家の林明子。 長野県生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、福音館書店に入社。「こどものとも」編集担当を経て、創作活動に専念。童話・絵本を数多く手掛け、2002年『ガラスのうま』で野間児童文芸賞と新美南吉児童文学賞を受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
大村 智(おおむら さとし、1935年(昭和10年)7月12… 大村 智(おおむら さとし、1935年(昭和10年)7月12日 - )は、日本の化学者(天然物化学)。北里大学特別栄誉教授、東京理科大学特別栄誉博士、薬学博士(東京大学)、理学博士(東京理科大学)。2015年ノーベル生理学・医学賞受賞。 土壌に生息する微生物がつくる化学物質の中から役に立つものを探し出す研究を45年以上行い、微生物の大規模な培養や有機化合物の特性評価を行う独自の方法を確立した。これまでに大村の研究グループは微生物が作る500近い新しい化合物を発見し、そのうち20種以上が医薬、動物薬、農薬、研究用の試薬として実用化されている。1974年、静岡県の土壌から新種の放線菌を発見し、この放線菌が作り出す成分を元に米製薬メルクがアベルメクチンとその化合物イベルメクチンを開発した。
稲葉元吉(いなば もときち、1935年7月12日 - 200… 稲葉元吉(いなば もときち、1935年7月12日 - 2008年11月5日)は、日本の経営学者。 横浜市生まれ。1961年横浜国立大学経済学部卒、1963年東京大学経済学部卒、68年同大学院経済学研究科博士課程満期退学、横浜国立大学経営学部専任講師、69年助教授、1981年教授、91年学部長、98年定年退官、名誉教授、成城大学教授、2008年退任。英和エステート代表取締役社長。
松野 正子(まつの まさこ、1935年7月12日 - 201… 松野 正子(まつの まさこ、1935年7月12日 - 2011年12月21日)は、日本の児童文学作家、翻訳家。本姓(夫姓)は小林。 愛媛県新居浜市生まれ。早稲田大学第一文学部国文科卒業後、コロンビア大学大学院で児童図書と図書館学を学ぶ。帰国後は創作・翻訳活動を行う。1987年、『りょうちゃんとさとちゃんのおはなし』で第34回産経児童出版文化賞大賞、『森のうそくいどり』他で第9回路傍の石幼少年文学賞受賞。創作活動のかたわら、住所地の吹田市を中心に、大阪YMCA専門学校などで講演活動を行った。梅花女子大学非常勤講師も務めた。 2011年12月21日、膵臓がんのために死去。76歳没。 主な作品に『ふしぎなたけのこ』(福音館書店)、『こぎつねコンとこだぬきポン』(童心社)、『かぎのすきな王さま』(童心社)、『かみなりのちびた』(理論社)、『こぎつねキッコ』シリーズ(小峰書店)などがあり、アリソン・アトリーなどの英米児童文学の翻訳書も多数てがけた。
岡田 邦彦(おかだ くにひこ、1935年7月11日 - )は… 岡田 邦彦(おかだ くにひこ、1935年7月11日 - )は、日本の実業家。初代J.フロント リテイリング代表取締役会長、第6代松坂屋代表取締役社長、第25代名古屋商工会議所会頭。 三重県出身。1954年三重県立四日市高校卒業、1958年名古屋大学経済学部卒業、松坂屋入社。1991年取締役本社開発事業部長に昇格。1997年常務取締役本社総合企画室長兼広報室長兼関連事業部長。1999年代表取締役社長。2001年キタン会会長。 2006年から松坂屋ホールディングス代表取締役会長兼松坂屋代表取締役会長を務め、大丸との経営統合にあたり、2007年に新設されたJ.フロント リテイリングの初代代表取締役会長に就任した。
板谷利雄(いたや としお、1935年7月11日 - 2012… 板谷利雄(いたや としお、1935年7月11日 - 2012年1月22日)は、日本の政治家、元地方公務員。北海道長沼町長(1988年 - 2008年)。旭日小綬章受章。位階は従五位。 北海道夕張郡長沼町出身。札幌文科専門学院(現札幌学院大学)法科を経て、1952年札幌短期大学商業科卒。 1952年北海道長沼町役場に入庁。同町議会事務局長、同総務課長などを歴任。1979年同収入役。その後、自由民主党の北修二秘書。1988年長沼町長選挙に出馬し初当選。以後、連続5期当選。2008年勇退した。 この他、長沼町グリーン・ツーリズム推進協議会会長も務めた。 2012年1月22日に急性肺炎のため76歳で死去。
出淵 博(いずぶち ひろし、1935年7月11日 - 199… 出淵 博(いずぶち ひろし、1935年7月11日 - 1999年7月23日)は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 W・B・イェイツを専門とする。没後、著作集全2巻が編纂された。妻は日本女子大学名誉教授の出淵敬子。 東京府東京市四谷区(現・東京都新宿区)生まれ。 1959年、東京大学教養学部を卒業し、日本放送協会(NHK)入局(報道局勤務)。1962年、東京大学大学院人文科学研究科英語英文学専門課程入学。1965年、國學院大學講師。1968年、東京大学大学院人文科学研究科英語英文学専門課程博士課程を満期退学。1971年、國學院大學助教授。1972年、東京工業大学助教授。1978年、東京大学教養学部助教授を経て1987年に教授。
千本木 康亘(せんぼんぎ やすもと、1935年〈昭和10年〉… 千本木 康亘(せんぼんぎ やすもと、1935年〈昭和10年〉7月10日 - 2018年〈平成30年〉12月28日)、日本の彫刻家。群馬大学教育学部教授。二科展会員、役員。 群馬県前橋市に生まれる。1955年(昭和30年)群馬県立前橋高等学校卒業後、群馬大学に進み油絵から彫刻に転向する。清水刀根に師事し、群馬大学在学中の1961年(昭和36年)第47回二科展特選。1968年(昭和43年)二科展金賞。翌年、二科展会員となる。 1969年(昭和44年)群馬大学学芸学部美術専攻卒業。 1987年(昭和62年)から群馬県美術会副会長を務め、2004年(平成16年)に彫刻部門から初となる会長に就任した。
森本 弘道(もりもと ひろみち、1935年7月10日 - )… 森本 弘道(もりもと ひろみち、1935年7月10日 - )は、広島県出身の実業家。もみじ銀行頭取、山口フィナンシャルグループ取締役会長を務めた。
森谷正規(もりたに まさのり、1935年7月10日 - )は… 森谷正規(もりたに まさのり、1935年7月10日 - )は、日本の経済・技術評論家。放送大学名誉教授。専攻は現代技術論。 旧朝鮮生まれ。東京大学工学部卒業。日立造船、野村総合研究所、東京大学先端科学技術研究センター客員教授、1994年放送大学教授、LCA大学院大学副学長。1980年『日本・中国・韓国産業技術比較』で大平正芳記念賞受賞。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
吉原 忠男(よしはら ただお、1935年7月8日 -)は、日… 吉原 忠男(よしはら ただお、1935年7月8日 -)は、日本の医師(外科学)、推理作家。医学博士。埼玉県医師会元会長。日本ペンクラブ会員。 青森県三戸郡三戸町出身。1960年、東京慈恵会医科大学医学部卒業。1962年に医師国家試験合格(医籍174945号)。同大学第一外科学教室助手を経て、1968年に埼玉県浦和市(現・さいたま市)で吉原医院を開設。1970年、医学博士(東京慈恵会医科大学)。 埼玉県医師会常任理事を経て、2004年4月から2010年まで埼玉県医師会長。2006年に医療功労賞(読売新聞社主催)を受賞。2011年4月、旭日小綬章を受章。 現役の開業医として地域の保険・医療活動に力を入れながら、合間を縫って海庭 良和(かいば よしかず)のペンネームで豊富な医学知識を生かしたミステリー作品の執筆活動に取り組む。
権藤 満(こんどう みのる、1935年7月7日 - )は、日… 権藤 満(こんどう みのる、1935年7月7日 - )は、日本の経営者。九州朝日放送の社長、会長を務めた。 福岡県久留米市出身。1965年に東京大学経済学部を卒業し、同年に朝日新聞社に入社。取締役、事業開発本部長、常務、専務を歴任した。 2003年から2010年まで九州朝日放送の社長を務め、2010年から2011年までに会長を務めた。2004年から2006年までは日本民間放送連盟副会長も務めた。 2018年から地元の久留米市で監査委員を務めている。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
松田 芳郎(まつだ よしろう、1935年7月6日-2018年… 松田 芳郎(まつだ よしろう、1935年7月6日-2018年10月10日 )は、日本の経済学者。一橋大学名誉教授。第8代日本統計学会理事長。発展途上国研究奨励賞、日本統計学会学会賞受賞。 北海道小樽出身。1958年小樽商科大学卒、一橋大学大学院経済学研究科博士課程満期退学。山田雄三の指導を受けた。1963年小樽商科大学商学部講師、66年助教、同年から一年間、フルブライト奨学生としてハーバード大学大学院に留学、73年一橋大学経済研究所助教授、79年教授。90年日本統計学会理事長。99年定年退官し名誉教授、東京国際大学教授となり、2006年青森公立大学教授。2002年文化経済学会会長。1988年アジア経済研究所第9回発展途上国研究奨励賞。
新谷 功(しんたに いさお、1935年7月5日 - )は、日… 新谷 功(しんたに いさお、1935年7月5日 - )は、日本の経営者。川崎汽船社長、会長を務めた。大阪府大阪市出身。 1958年に大阪大学経済学部を卒業し、同年に川崎汽船に入社。1986年6月に取締役に就任し、1988年6月に常務、1991年6月に専務を経て、1994年6月に社長に就任。2000年6月に会長に就任。 1997年11月に藍綬褒章を受章し、2005年11月に旭日重光章を受章。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
佐々木 隆爾(ささき りゅうじ、1935年7月5日 - 20… 佐々木 隆爾(ささき りゅうじ、1935年7月5日 - 2025年4月2日)は、日本の歴史学者、東京都立大学名誉教授。専攻、日本近現代史。近現代国際関係史、近現代日本の地域支配構造、部落問題などを論じた。『季論21』の編集委員を務めた。 滋賀県高島郡出身。1958年京都大学文学部史学科卒、同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。静岡大学助教授、東京都立大学助教授、1991年「日本戦後史とアメリカのアジア政策」で文学博士。都立大学教授、2001年定年退官、名誉教授、日本大学教授。2005年退職。
吉田 達男(よしだ たつお、1935年7月5日 - 1998… 吉田 達男(よしだ たつお、1935年7月5日 - 1998年1月16日)は、日本の政治家、参議院議員(1期)。 鳥取県出身。1959年、中央大学法学部卒。鳥取大学農学部林政研究室勤務の後、岩美町商工会を設立、経営指導員や事務局長を経て、1967年鳥取県議会議員に5選。この間に農民運動や労働者福祉運動などで活動し、小田川流域土地改良区理事長や商工協会役員等を歴任した。1989年の第15回参議院議員通常選挙で鳥取選挙区から無所属で立候補して当選。のち、共同会派「日本社会党・護憲共同」入りした。1995年の第17回参議院議員通常選挙では落選した。1996年、岩美町長に当選。1997年に病気のため辞職。
所雅彦(ところ まさひこ、1935年(昭和10年)7月5日 … 所雅彦(ところ まさひこ、1935年(昭和10年)7月5日 - 2011年(平成23年)4月9日)は、北海道の放送関係者。北海道出身。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。