田中 寅彦(たなか とらひこ、1957年4月29日 - )は… 田中 寅彦(たなか とらひこ、1957年4月29日 - )は、将棋棋士。高柳敏夫名誉九段門下。大阪府豊中市出身。棋士番号127。棋聖のタイトルを獲得。竜王戦1組通算9期。順位戦A級通算6期。日本将棋連盟理事(2005年5月 - 2009年5月、2011年5月 - 2013年6月)。2012年12月に当時専務理事であった谷川浩司の会長就任に伴い、日本将棋連盟専務理事となり2013年まで務めた。 1976年、プロ入り(四段)。順位戦でC級2組に4年在籍したが、4期目に昇級。1981年度、新人王戦で優勝し、棋戦初優勝。1982年度、早指し新鋭戦と勝ち抜き戦で優勝。この間、順位戦では4年連続で昇級しており、1984年4月1日にA級八段となった。
猿子 恵久(さるこ しげひさ、1957年4月28日 - )は… 猿子 恵久(さるこ しげひさ、1957年4月28日 - )は、日本の政治家。岩手県雫石町長(2期)。元雫石町議会議員(3期)。 岩手県雫石町長山生まれ。岩手県立盛岡農業高等学校卒業。 2003年(平成15年)、雫石町議会議員に初当選。2011年(平成23年)、3期目の当選。同年、議長に就任。 2014年(平成26年)10月19日に行われた雫石町長選挙に立候補。この年の選挙は現職の深谷政光、元職の中屋敷十、猿子の3人の争いとなったが、次点で落選。2015年(平成27年)、岩手県農業法人協会理事に就任。 2018年(平成30年)10月28日に行われた町長選に再度挑戦。現職の深谷政光との一騎打ちを制し、初当選を果たした(猿子:4,881票、深谷:4,326票)。
山内 薫(やまのうち かおる、1957年4月27日 - )は… 山内 薫(やまのうち かおる、1957年4月27日 - )は日本の化学者。東京大学理学系研究科化学専攻教授。強光子場における分子のダイナミクスを専門分野とする。 光と分子の相互作用および光に誘起された分子のダイナミクスを、実験および理論の両面から研究している。
赤塩 正樹(あかしお まさき、1957年4月27日 - )は… 赤塩 正樹(あかしお まさき、1957年4月27日 - )は、日本のフォーク系ポップデュオH2Oでボーカル、ギター、ピアノ担当。シンガーソングライター、音楽プロデューサー、作曲家、編曲家。明治大学経営学部、ニューヨーク大学大学院卒。英語通訳案内士、語学コンサルタント。甥の妻は小説家の辻村深月。 他、PARACHUTE「Lady Raccoon、吉川忠英「土曜日の夜と月曜の朝」など
中原 涼(なかはら りょう、男性、1957年4月27日 - … 中原 涼(なかはら りょう、男性、1957年4月27日 - 2013年5月)は、日本のSF小説家。東北大学理学部天文学科卒業。 1980年に「笑う宇宙」で第3回奇想天外SF新人賞の佳作を受賞してデビュー。 1980年代後半より少女小説を執筆。講談社X文庫ティーンズハートから刊行された『○○の国のアリス』シリーズ(全34巻・外伝的作品2巻)がベストセラーとなる。少女小説には珍しく、数理パズルをテーマにした異世界冒険もののファンタジーストーリーであった。時折挟まれる哲学的な話も魅力のひとつである。1998年、アリスシリーズは天才てれびくん内で『アリスSOS』としてアニメ化。 2001年時点で日本SF作家クラブ会員だったが、現在のクラブの物故会員名簿には名前がない。
太田 裕子(おおた ゆうこ、本名:八重樫 裕子(やえがし ゆ… 太田 裕子(おおた ゆうこ、本名:八重樫 裕子(やえがし ゆうこ、旧姓:太田)、1957年4月26日 - )は、日本の元スピードスケート選手である。北海道出身。 駒大苫小牧高校在学中の1976年、インスブルックオリンピック代表に選出、1000m20位、1500m24位、3000m19位の成績を残した。 高校卒業後王子製紙に入社、結婚して姓が久慈に代わった後、1979年の第48回全日本スピードスケート選手権大会総合優勝。 1980年1月の世界オールラウンド選手権では総合16位。レークプラシッドオリンピック代表に選出されたが、1000m25位、1500m23位、3000m25位に終わった。
小泉 俊明(こいずみ としあき、1957年4月26日 - )… 小泉 俊明(こいずみ としあき、1957年4月26日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(3期)、国土交通大臣政務官(菅第1次改造内閣・菅第2次改造内閣)、民主党副幹事長、減税日本幹事長(第2代)、取手市議会議員などを歴任した。 茨城県北相馬郡取手町(現在の取手市)生まれ。取手町立小文間小学校、取手市立取手第一中学校、茨城県立竜ヶ崎第一高等学校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。早稲田大学在学中は雄弁会に所属した。大学卒業後、中小企業経営者を経て取手市議会議員を務める。 2000年、第42回衆議院議員総選挙に茨城3区から民主党公認で出馬。自由民主党の葉梨信行に敗れたが、重複立候補していた比例北関東ブロックで復活し、初当選した。
土田 真樹(つちだ まさき、1957年4月26日 - )は、… 土田 真樹(つちだ まさき、1957年4月26日 - )は、松竹株式会社演劇事業部・プロデューサー。 京都大学経済学部卒業。松竹株式会社入社。韓流ブームに先駆けて2000年『純愛譜(日韓合同合作映画)』を製作、2002年『春の日は過ぎゆく(韓日香港合作映画)』を製作、2005年経営情報企画室課長としてWEBと電話とを融合したマルチチャンネル対応の予約・販売システムを構築。2003年春から「シネマ歌舞伎」の開発にも着手し、多くの作品をプロデュース。
琴風 豪規(ことかぜ ごうき、1957年4月26日 - )は… 琴風 豪規(ことかぜ ごうき、1957年4月26日 - )は、三重県津市出身で佐渡ヶ嶽部屋所属の元大相撲力士、演歌歌手。本名は中山 浩一(なかやま こういち)。江東区立深川第二中学校卒業。最高位は東大関。現役時代の体格は身長183cm、体重173kg。得意手は左四つ、寄り。元年寄・尾車。日本放送協会の大相撲専属解説者。スポーツ報知評論家。愛称は「ペコちゃん」。日本相撲協会退職後は、琴風 浩一(ことかぜ こういち)を名乗っている。 海軍相撲で鍛えた相撲好きの父(1989年、63歳で死去)の下に生まれる。中山少年が幼稚園児であった頃から家族と佐渡ヶ嶽部屋との縁はすでにできており、父は巡業で地元に佐渡ヶ嶽部屋一行が来ると送迎から夜の接待まで務めた。
東 和浩(ひがし かずひろ、1957年4月25日 - )は、… 東 和浩(ひがし かずひろ、1957年4月25日 - )は、日本の実業家。福岡県出身。元株式会社りそなホールディングス取締役会長・取締役兼代表執行役社長。元株式会社りそな銀行取締役会長兼代表取締役社長。元一般社団法人大阪銀行協会会長。元一般社団法人信託協会副会長。大阪商工会議所副会頭。2024年4月1日、SOMPOホールディングス株式会社取締役会議長に就任。 福岡県出身。ラ・サール高等学校を経て、1982年、上智大学経済学部卒業。同年4月、埼玉銀行(現・埼玉りそな銀行)入行。その後、りそなホールディングス執行役財務部長、りそな銀行常務執行役員経営管理室担当、りそなホールディングス取締役兼代表執行役副社長、りそな銀行代表取締役副社長兼執行役員等を経て、2013年4月1日付けでりそなホールディングス取締役兼代表執行役社長、りそな銀行代表取締役社長兼執行役員に就任。
味岡 桂三(あじおか けいぞう、1957年4月25日 - )… 味岡 桂三(あじおか けいぞう、1957年4月25日 - )は、日本の経営者。東京きらぼしフィナンシャルグループ社長を務めた。大阪府出身。 1981年に大阪大学法学部を卒業し、同年に日本銀行に入行した。2011年に東京都民銀行執行役員に就任し、2014年に副頭取・東京TYフィナンシャルグループ取締役を経て、2016年4月には東京TYフィナンシャルグループ(のちの東京きらぼしフィナンシャルグループ)社長に就任。2020年6月から2021年6月までに東京きらぼしフィナンシャルグループ会長を務めた。
蓬莱 昭彦(ほうらい あきひこ、1957年4月24日 - )… 蓬莱 昭彦(ほうらい あきひこ、1957年4月24日 - )は、岡山県岡山市生まれ、熊本県熊本市出身の元プロ野球選手(外野手)。
川井 憲次(かわい けんじ、Kenji Kawai、1957… 川井 憲次(かわい けんじ、Kenji Kawai、1957年〈昭和32年〉4月23日 - )は、日本の作曲家、編曲家。 ニックネームは「かーいさん」で、自らを「かーい」と称することに由来する。インストゥルメンタルバンドであるfox capture planのカワイヒデヒロは甥。 品川区立城南中学校卒業、東京都立城南高等学校卒業、東海大学工学部原子力工学科中退、尚美音楽院中退。 サントラ界の大御所として知られており、アニメ、ドラマ、映画、ゲーム等、幅広いメディアミックス作品で活動している。川井によれば、その作品のヴィジュアルから音を引き出していくため、何も無い状態から楽曲を作ることは苦手と述べている。
香瑠鼓(かおるこ、1957年4月23日 - )は、日本の振付… 香瑠鼓(かおるこ、1957年4月23日 - )は、日本の振付師。本名・五十嵐薫子(いがらし かおるこ。初期はこの名前で活動)。 東京都出身。立教女学院高等学校、早稲田大学社会科学部卒業。 初めて振付したのが石井明美の「CHA-CHA-CHA」(1986年)である。1980年代後半から1990年代前半に活躍した、BaBe(近藤智子・二階堂ゆかり)、Wink(鈴木早智子・相田翔子)、Mi-Ke(宇徳敬子他)のほか、SMAP香取慎吾のもうひとつの顔とされている「慎吾ママ」の振付で人気を集める。他に、2004年には北海道日本ハムファイターズの公式応援歌の振付、ポッキーCF(新垣結衣出演)の振付、「リサイクルマークがECOマーク。
柿木 真澄 (かきのき ますみ、1957年4月23日 - )… 柿木 真澄 (かきのき ますみ、1957年4月23日 - ) は、日本の実業家。 1980年東京大学法学部卒業後、丸紅入社。 執行役員、常務執行役員兼丸紅米国会社社長CEO、専務執行役員、副社長等を経て、2019年代表取締役社長、2025年4月代表取締役会長。2025年6月取締役会長。
板倉 文(いたくら ぶん、1957年4月23日 - )は、島… 板倉 文(いたくら ぶん、1957年4月23日 - )は、島根県松江市出身の日本の音楽家。 テクノ・ニュー・ウェイヴ・バンドのチャクラにてデビュー。チャクラ活動停止と前後してバンド・キリング・タイムを始める。その後、演奏家、作曲家、編曲家、音楽プロデューサーとして多方面で活動する。 CM作家・映画監督の市川準とのコンビで数々のCM音楽を産み出し、『BU・SU』『会社物語 MEMORIES OF YOU』『つぐみ』『病院で死ぬということ』『たどんとちくわ』の映画音楽を担当。 その他、『うる星やつら4 ラム・ザ・フォーエバー』『老人Z』などアニメーション映画音楽や『ランデブー』などテレビドラマ音楽を担当。
吉見 俊哉(よしみ しゅんや、1957年4月22日 - )は… 吉見 俊哉(よしみ しゅんや、1957年4月22日 - )は、日本の社会学者。東京大学大学院情報学環教授、東京大学副学長。専門は都市論、文化社会学(カルチュラル・スタディーズ)。
田中 敏宏(たなか としひろ、1957年4月22日 - )は… 田中 敏宏(たなか としひろ、1957年4月22日 - )は、日本の材料工学者。国立大学法人大阪大学理事・副学長。元株式会社中山製鋼所取締役。 1980年大阪大学工学部冶金工学科卒業。1985年同大学院工学研究科冶金工学専攻後期課程修了、工学博士、同工学部助手。1989年から1年間フンボルト財団研究員としてアーヘン工科大学理論冶金研究所に留学。1995年大阪大学工学部助教授。1998年大阪大学大学院工学研究科マテリアル生産科学専攻助教授(大学院重点化)。2002年大阪大学大学院工学研究科マテリアル生産科学専攻教授。2014年大阪大学科学機器リノベーション・工作支援センター長。2015年大阪大学大学院工学研究科長・工学部長。
琴千歳 幸征(ことちとせ こうせい、1957年4月22日 -… 琴千歳 幸征(ことちとせ こうせい、1957年4月22日 - )は、北海道千歳市出身で佐渡ヶ嶽部屋に所属した元大相撲力士。本名は山本 稔(やまもと みのる)。身長182cm、体重127kg。得意手は左四つ、突っ張り、寄り。最高位は東前頭5枚目(1981年9月場所)。 千歳市立千歳中学校2年生の時に、佐渡ヶ嶽部屋の三段目力士・紀州洋から部屋の千歳合宿の見学を勧められ、稽古風景を見て同部屋への入門を決意。1971年7月場所に於いて、14歳で初土俵を踏んだ。 同年11月から東京場所の日曜日を除いて中学生力士の本場所出場が認められなくなったが、それ以降は病弱な母を置き去りにできないという理由から、中学卒業まで場所出場を除いて帰郷状態にあった。
兼光 保明(かねみつ やすあき、1957年4月21日 - )… 兼光 保明(かねみつ やすあき、1957年4月21日 - )は、岡山県和気郡吉永町(現・備前市吉永町)出身の元プロ野球選手。ポジションは外野手。
橋本 裕之(はしもと ひろゆき、1957年4月21日 - )… 橋本 裕之(はしもと ひろゆき、1957年4月21日 - )は、元・中国放送 (RCC)アナウンサー、ラジオパーソナリティ。京都市出身。 高校生時代に声の大きさを買われて、放送部でアナウンスを務めた(無理矢理だったという話もあった)のが放送の世界へ進む第一歩だったという。 立命館大学法学部法律学科卒業後、1980年4月に中国放送に入社。主としてプロ野球や駅伝などのスポーツ中継を担当した。 一時異動によりアナウンス職を離れ、2014年4月時点では福山放送局長を務めていた。 2016年1月にアナウンス部に復帰。以降はシフト勤務のニュースをテレビ・ラジオとも時折担当することがある。RCCアナウンサーのホームページへのプロフィールへの再掲載が遅れ、1月復帰時点では掲載されていなかったが、同年6月に新人アナウンサーの伊東平と同時に掲載された。
新井 康之(あらい やすゆき、1957年4月20日 - )は… 新井 康之(あらい やすゆき、1957年4月20日 - )は、日本の政治家。埼玉県宮代町長(3期)。 埼玉県宮代町字百間に生まれる。宮代町立東小学校、宮代町立百間中学校卒業。1976年(昭和51年)3月、埼玉県立大宮高等学校卒業。1979年(昭和54年)3月、千代田テレビ電子学校卒業。1980年(昭和55年)8月まで東京サウンドプロダクション(テレビ朝日の音響効果部門)にて番組制作に関わる。 1980年(昭和55年)9月1日、宮代町役場に入庁。宮代町コミュニティ協議会の設立、町民まつりや楽しい映画を見る会の企画、「新しい村」の開村などに関わった。 2017年(平成29年)7月、町役場を退職。8月1日、任期満了に伴う宮代町長選挙に出馬する意向を表明した。
甲斐 正彰(かい まさあき、1957年4月20日 - )は、… 甲斐 正彰(かい まさあき、1957年4月20日 - )は、日本の国土交通官僚。国土交通省航空局次長や、内閣官房総合海洋政策本部事務局長を経て、空港施設代表取締役会長兼社長、PwCコンサルティングスペシャルアドバイザー。 熊本県熊本市出身。実家は浄土真宗正教寺。熊本県立熊本高等学校を経て、1981年東京大学法学部卒業、運輸省入省。運輸省航空局国際航空課補佐官を経て、1995年外務省在フランス日本国大使館一等書記官。 国土交通省航空局監理部総務課航空企画調査室長を経て、2001年東京都都市計画局航空政策担当部長。2002年東京都都市計画局特命担当部長。2003年国土交通省総合政策局国際協力課長。同年国土交通省観光部国際観光推進課長。
畑中 好彦(はたなか よしひこ、1957年4月20日 - )… 畑中 好彦(はたなか よしひこ、1957年4月20日 - )は、日本の実業家。アステラス製薬社長、日本製薬工業協会会長。
鈴木 伸一(すずき しんいち、1957年4月20日 - )は… 鈴木 伸一(すずき しんいち、1957年4月20日 - )は、日本の俳人。国際俳句雑誌「吟遊」同人。 群馬県出身。國學院大學文学部卒業。1985年に「俳壇正賞」を受賞。ぐんま社会保険センター俳句教室講師。1997年より上毛新聞「ジュニア俳壇」選者として数多くの青少年俳句に接すると共に、学校での俳句授業や講演などを行い、青少年が俳句に親しむ環境づくりに取り組んでいる。世界俳句協会会員。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
いとう ひろし(1957年〈昭和32年〉4月20日 - )は… いとう ひろし(1957年〈昭和32年〉4月20日 - )は、日本の絵本作家。別名は伊東 寛。東京都練馬区出身・在住。童話やイラストも手がけている。早稲田大学教育学部卒業。早稲田大学の児童文学研究会に所属していた。 1987年5月、創作絵本『みんながおしゃべりはじめるぞ』(童心社、ISBN 4-494-00676-9)で絵本作家デビュー。日本絵本賞読者賞、絵本にっぽん賞、路傍の石幼少文学賞、講談社出版文化賞絵本賞など、受賞作多数。
福原 健一(ふくはら けんいち、1957年4月19日 - )… 福原 健一(ふくはら けんいち、1957年4月19日 - )は、NHK広報局広報部副部長、元チーフアナウンサー。 東京都立東大和高等学校、早稲田大学卒業。鹿児島局放送部長時代は桜島対策の先頭にも立っていた。
石原 伸晃(いしはら のぶてる、1957年〈昭和32年〉4月… 石原 伸晃(いしはら のぶてる、1957年〈昭和32年〉4月19日 - )は、日本の政治家、ジャーナリスト、コラムニスト、タレント。 衆議院議員(10期)、近未来政治研究会(石原派)会長、自民党外交調査会長代行、規制改革担当大臣(第1次小泉内閣・第1次小泉第1次改造内閣)、国土交通大臣(第3・4代)、自民党金融調査会長、衆議院法務委員長、自民党政務調査会長(第49代)、自民党幹事長(第45代)、環境大臣(第19代)、内閣府特命担当大臣(原子力防災・経済財政政策)、自民党たばこ議員連盟副会長、自民党外交再生戦略会議議長、内閣官房参与(観光立国その他特命担当)、自由民主党東京都支部連合会最高顧問等を歴任。
安浪 亮介(やすなみ りょうすけ、1957年〈昭和32年〉4… 安浪 亮介(やすなみ りょうすけ、1957年〈昭和32年〉4月19日 - )は、日本の裁判官。最高裁判所裁判官。 大阪高等裁判所長官、東京地方裁判所長、最高裁判所事務総局人事局長などを歴任。 奈良県大和郡山市出身。東大寺学園中学校・高等学校を経て東京大学法学部卒業。阪神・淡路大震災を神戸地方裁判所判事として経験した。
立花 尊顯(たちばな たかあき、1957年(昭和32年)4月… 立花 尊顯(たちばな たかあき、1957年(昭和32年)4月19日 - )は、日本の福岡県出身の陸上自衛官。1佐までの職種は機甲科。
関 秀章(せき ひであき、1957年4月19日 - )は、放… 関 秀章(せき ひであき、1957年4月19日 - )は、放送作家・メディアコラムニスト。テレビ・ラジオの番組制作会社のジャンプコーポレーションの企画顧問も務める。東京都出身。
藤井 康一(ふじい こういち、1957年(昭和32年)4月1… 藤井 康一(ふじい こういち、1957年(昭和32年)4月19日 - )は、日本の音楽家。ウシャコダのメンバー。 千葉県木更津市生まれ、松戸市に育つ。小学生時代に、毎週見ていた「大正テレビ寄席」での牧伸二に魅了され、親にウクレレを買ってもらったのが音楽に興味をもったきっかけであった。中学時代からはスティール弦アコースティックギターにはまり、吉田拓郎、泉谷しげる、古井戸などのコピーを行う。高校時代はディープ・パープル、ドゥービー・ブラザーズにはまり、地元の同級生達とウシャコダを結成する。 1978年、ヤマハ主催のEastWestで、ウシャコダが最優秀グランプリを受賞。翌年、デビューする。 1985年、味の素CFソング「シュガーケイン」をキングレコードよりリリースし、ソロデビュー。
庄子 春男(しょうじ はるお、1957年4月18日 - )は… 庄子 春男(しょうじ はるお、1957年4月18日 - )は、宮城県仙台市出身の元サッカー選手。2023年よりベガルタ仙台のゼネラルマネージャー(GM)を務める。 仙台市立西多賀中学校、宮城県工業高等学校、東北学院大学を経て、1980年に富士通に入社。富士通サッカー部で活躍した。引退後は富士通の工場で働き、人事で採用面接も受け持ち、社員考課にも携わった。 10年間のサラリーマン生活を経た後に、クラブ創設2年前の1995年12月から川崎フロンターレに携わる。最初は運営・広報・チケットなどの業務を行い、強化部長、強化本部長を歴任。選手獲得など現在に至るまでのフロンターレを作り上げた。アマチュアのJFLから出発した当時は庄子を含めてスタッフが3人しかおらず、広報、試合運営などの多忙な業務を分担。
平尾 仁(ひらお じん、1957年4月17日 - )は、日本… 平尾 仁(ひらお じん、1957年4月17日 - )は、日本の男性俳優、声優。東京都出身。劇団青年座所属。身長173cm。体重70kg。
佐藤 弘樹(さとう ひろき、1957年4月17日 - 201… 佐藤 弘樹(さとう ひろき、1957年4月17日 - 2019年6月3日)は、日本のラジオパーソナリティ、英語講師。 エフエム京都のディスク・ジョッキーとして25年8か月に亘って朝のラジオ生番組に出演し、その魅力的なバリトンボイスでリスナーに親しまれた。傍ら、母校の京都外国語大学で非常勤講師をつとめたほか、同志社大学でも講座を受け持った。 日本ペンクラブ正会員、京都国際文化協会理事、京都ユースホステル協会理事、国際言語文化学会会員、映画英語教育学会特別顧問。 1957年、静岡県生まれの両親のもと、北海道にて出生。 1979年、京都外国語大学(英米語学科)を休学してケニアの日本大使館に在外公館派遣員として駐在し、3年弱ほど勤務する。
本田 史郎(ほんだ しろう、1957年4月17日 - )は、… 本田 史郎(ほんだ しろう、1957年4月17日 - )は、日本の熊本県を中心に活動するフリーアナウンサー。元熊本放送(RKK)社員で、アナウンサーとして放送部長及びアナウンス部長等を歴任した。 熊本県熊本市出身。西南学院大学卒業後の1981年、RKKに入社。 永らくアナウンサーを務めていたが、2005年4月にラジオ編成制作部へ異動となり、2008年3月迄所属、ディレクターとして「史郎と扶美の日刊・朝まる」をパーソナリティ兼任で担当していた。 2008年4月1日より放送部(当時)に異動となり、再びアナウンス職へ戻る。2012年 - 2015年3月にかけては放送部長、2015年から2017年迄はアナウンス部長(組織改編による肩書き変更)をつとめ、田名網駿一(2014年入社)や糸永有希(2015年入社)の育成にも関わっている。
鈴木 正幸(すずき まさゆき、1957年4月16日 - )は… 鈴木 正幸(すずき まさゆき、1957年4月16日 - )は、岩手県九戸郡出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 私立龍澤高校から、社会人野球の札幌トヨペットに入団。1980年の都市対抗野球にチームとして初出場。樋口博美(王子製紙苫小牧から補強)らの好投もあり決勝に進出。大昭和製紙との決勝ではリリーフとして起用されるが、佐々木正行に本塁打を浴びるなど攻略され、準優勝に終わった。 1980年オフに、ドラフト外でヤクルトスワローズに入団。 1982年には5月から先発として起用され2勝を挙げる。1安打完投を2回も記録するほど好調だった(内訳は1勝1敗)。6月18日の対大洋戦では、2回に屋鋪要の犠飛で1点を失うも8回2死まで無安打投球だったが、投手の野村収に唯一の安打を打たれ、味方打線はその野村に1安打完封を喫したため、両軍1安打ながら負け投手になった。
三村 晶子(みむら あきこ、1957年〈昭和32年〉4月16… 三村 晶子(みむら あきこ、1957年〈昭和32年〉4月16日 - )は、日本の裁判官。公正取引委員会委員。 東京都出身。1980年(昭和55年)、司法試験に合格。1981年(昭和56年)、東京大学法学部を卒業。同年4月、司法修習生。その後、旭川家庭裁判所判事補兼旭川地方裁判所判事補、東京地方裁判所判事補、最高裁判所事務総局刑事局付、横浜地方裁判所判事、東京地方裁判所判事兼東京高等裁判所判事職務代行、最高裁判所調査官、横浜地方裁判所判事、司法研修所教官、東京地方裁判所判事(部総括)、東京地方裁判所立川支部判事(部総括)などを歴任。 2014年(平成26年)8月17日、仙台家庭裁判所長に就任。 2015年(平成27年)6月8日、横浜家庭裁判所長に就任。
林 正博(はやし まさひろ、1957年〈昭和32年〉4月16… 林 正博(はやし まさひろ、1957年〈昭和32年〉4月16日 - )は、日本の銀行家。福井銀行頭取を務めた。 福井県武生市(現・越前市)出身。福井県立武生高等学校を経て、1981年(昭和56年)に大阪大学経済学部を卒業し、4月に福井銀行に入行。 初配属は武生支店。東京国際部や京都などでの勤務を経て、福井中央支店の開設に携わる。2003年経営管理グループ法務室長(初代)。2004年経営管理グループ法務チームリーダー兼お客さま相談室長。2006年経営企画グループ法務チームリーダー兼お客さま相談室長。2007年3月監査グループ監査チームリーダー。同年6月監査グループマネージャー。 2008年取締役。
小泉 光臣(こいずみ みつおみ、1957年〈昭和32年〉4月… 小泉 光臣(こいずみ みつおみ、1957年〈昭和32年〉4月15日 - )は、日本の実業家。日本たばこ産業株式会社(JT)元代表取締役社長兼執行役員社長。 神奈川県秦野市出身。東京大学経済学部卒業。 国内外のタバコ事業に関わってきた小泉は、国際的な事業展開や無煙たばこなどの新しい製品開発の推進等を目指している。タバコ単体ビジネスよりも多角的経営を重視し、食品事業・医療事業は今後強化するつもりである。 現取締役会長の木村宏とは若手時代にJTの将来を語り合った仲である。社長を務めていた木村が次期社長の話を小泉に持ちかけたのは2012年3月のことであった。「Noという返事はないからな」と言い渡されたという。
建部 知弘(たてべ ともひろ、1957年4月15日 - )は… 建部 知弘(たてべ ともひろ、1957年4月15日 - )は、日本の作曲家、編曲家、吹奏楽指導者。 1957年、新潟県糸魚川市生まれ。糸魚川市立糸魚川中学校、新潟県立糸魚川高等学校を経て、駒澤大学文学部国文学科卒業。神奈川県相模原市在住。在学中、サクソフォーンを冨岡和男、作曲・編曲を岩井直溥と上埜孝に師事。吹奏楽のための作編曲、管楽器のための室内楽作品を発表し、吹奏楽指導者として活動する。 1989年の第44回国民体育大会(北海道はまなす国体)、2009年の第64回国民体育大会(トキめき新潟国体)に式典音楽参加。 2002年より、盛岡吹奏楽団音楽監督。また、富山大学吹奏楽団、糸魚川吹奏楽団でも音楽監督も務め、新潟県警察音楽隊講師でもある。
小田 純平(おだ じゅんぺい、1957年4月15日 - )は… 小田 純平(おだ じゅんぺい、1957年4月15日 - )は、日本のシンガーソングライター、作曲家。本名・馬越 敏幸(まごし としゆき)。 鹿児島県曽於市財部町出身。 所属事務所は株式会社J.Oプロジェクト。 所属レコード会社は、メジャー:日本クラウン。インディーズ:株式会社エイフォース・エンタテイメント(A-force Entertainment)。 弟子に、まつざき幸介と寺本圭佑が居る。 父親は鹿児島を中心に活動した「ナポリ演芸会」の座長・ナポリ馬越。家族経営の一座の子役として3歳で初舞台を踏んでいる。 1979年、真越敏幸名義(〜1982年)でCBS・ソニーよりシングル「海を見ていよう」でデビュー。
柴田 弘之(しばた ひろゆき、1957年(昭和32年)4月1… 柴田 弘之(しばた ひろゆき、1957年(昭和32年)4月14日 - )は、日本の銀行家。2018年より第4代信金中央金庫理事長。 茨城県出身。茨城高等学校を経て、1980年(昭和55年)慶應義塾大学法学部政治学科卒業、全国信用金庫連合会(現在の信金中央金庫)入庫。2005年に総合企画部長、2007年に理事総合企画部長、2009年に常務理事、2013年に専務理事を経て2016年から副理事長、2018年から理事長。 2代連続で信金中金からの生え抜きで理事長就任となる。東日本大震災で被災した信用金庫に資金を注入し、新型コロナウイルス感染症の流行では新たな特別融資制度や信用金庫取引先同士の専用マッチングサイトの新設を行なったほか、出資総額100億円の対策支援ファンド「しんきんの礎」を設立した。
黒田 伸(くろだ しん、1957年(昭和32年)4月14日 … 黒田 伸(くろだ しん、1957年(昭和32年)4月14日 - )は、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家。 北海道教育大学非常勤講師。北海道スポーツ推進審議会委員。北広島FMメイプル・パーソナリティ。合同会社きたひろボールパークラジオ代表。NPO法人日本海外スポーツ交流協会理事、メルボルンマラソン日本事務局次長。 1957年(昭和32年)4月14日、福岡県久留米市生まれ。父親は日本統治下の台湾・花蓮港生まれのため、出身地は主として鹿児島県姶良郡湧水町としている。母親は久留米市生まれ。二人兄妹の長男。 妹は放送作家の順子。千葉大学教育学部附属中学校-千葉県立船橋高等学校-早稲田大学社会科学部卒。
内山 勝(うちやま まさる、1957年4月14日 - )は静… 内山 勝(うちやま まさる、1957年4月14日 - )は静岡県出身の元サッカー選手。ポジションはDF(サイドバック)、MF。元ジュビロ磐田監督の内山篤は実弟。 静岡県立清水東高等学校時代は長澤和明と共に1974年度の高校選手権で準優勝に貢献した。 筑波大学を経て1980年にヤマハ発動機サッカー部に入部。攻撃的なサイドバックとして長澤や内山篤らと共に同サッカー部の上位進出に貢献した。また1985年に日本代表に選出され国際Aマッチ1試合に出場した。
長谷川 治久(はせがわ はるひさ、1957年4月14日 - … 長谷川 治久(はせがわ はるひさ、1957年4月14日 - )は、兵庫県出身の元サッカー選手。 北陽高等学校、大阪商業大学を経て、JSLのヤンマーディーゼルサッカー部(現・セレッソ大阪)でFWとして活躍した。 大学在籍中より日本代表に選出され、モスクワオリンピック予選、ワールドカップ・スペイン大会予選に出場した。 ゴール前での得点感覚に優れ「釜本2世」と称された時期もあったが、1984年以降は極度の不振に苦しんだ。1987年に引退後はヤンマーの関連会社に出向していたが、1994年以降はサッカー界に戻り、Jリーグクラブのフロントスタッフを歴任している。 2007年からはスカパー!でセレッソ大阪のホームゲーム、近年はヴィッセル神戸のホームゲーム解説などを担当。
西田 孝宏(にしだ たかひろ、1957年4月14日 - )は… 西田 孝宏(にしだ たかひろ、1957年4月14日 - )は、日本の柔道家(講道館8段)。 現役時代は軽中量級の選手として全日本選抜体重別選手権大会で4回優勝、講道館杯で5回優勝等の実績を残し、アジア選手権大会でも金メダルを獲得した。現在は全日本柔道連盟にて強化委員会や審判委員会の特別委員、山梨学院大学柔道部総監督を務める。 また、長女の優香は2010年の世界選手権大会で優勝し、長男の泰悟も全日本選抜体重別選手権大会や講道館杯へ出場・活躍した経歴を持つなど、柔道一家でもある。 福岡県大牟田市の出身。小学校2年生の時に周囲の友人が漫画『暗闇五段』の影響で市内にある角道場に通い始めた事が羨ましく、自ずと興味が湧いて父親に入門を乞うたのが斯道に入るきかっけとなった。
サビーネ 金子(サビーネ かねこ、Sabine Marian… サビーネ 金子(サビーネ かねこ、Sabine Marianne Kaneko, 1957年4月14日 - )は、日本の元タレント、ファッションモデルであり、歌手である。1977年(昭和52年)度の 『クラリオンガール』として知られる。 1957年(昭和32年)、神奈川県鎌倉市出身。父親は日本人、母親はハンガリー系オーストリア人であり、東京横浜独逸学園に学んだ。 女性モデルとして、1976年(昭和51年)の『ユニチカ水着モデル』(同時期のユニチカマスコットガールは手塚理美)を経て、1977年度の『クラリオンガール』(3代)に就任した。また、多くの男性誌グラビアページや、女性誌、さらに、化粧品『クインテス』(資生堂)などのテレビCMにも出演した。
凱皇 仁(かいおう ひとし、1957年4月14日- )は、新… 凱皇 仁(かいおう ひとし、1957年4月14日- )は、新潟県十日町市出身で時津風部屋に所属した元大相撲力士。本名は上村 仁(かみむら ひとし)。身長186cm、体重156kg。最高位は東十両7枚目。得意手は右四つ、寄り、突き。 1973年3月場所初土俵、順調に出世して20歳で幕下中堅まで番付を上げた1977年7月場所中に風呂場で倒れ、はずみでガラス戸を突き破った左腕に大怪我を負い、半年近いブランクを強いられた。復帰後は右腕一本で相撲を取るような形になりながら、約4年後の1982年3月場所に十両昇進。当時の十日町市の広報紙によると十両昇進を祝う激励会には500人が集まるなどかなりの期待があった様子であり、後援会長が紙上で「もし52年(1977年)7月の、左腕動脈切断という大怪我がなかったなら、この激励会は大関昇進祝いであったかも知れない」と語っていた。
川上 文博(かわかみ ふみひろ、1957年〈昭和32年〉4月… 川上 文博(かわかみ ふみひろ、1957年〈昭和32年〉4月13日 - )は、愛媛県出身の日本の外交官。 在瀋陽総領事などを経て、2020年11月から駐フィジー兼キリバス、ツバル、ナウル大使を務めた。