五十川 潔(いそかわ きよし、1933年 - )は、日本の翻… 五十川 潔(いそかわ きよし、1933年 - )は、日本の翻訳家。 宮崎県生まれ。1938年、数学教師の父に伴ってソウルに渡る。幼少期をソウルで暮らし、のちに現在の北朝鮮江界市に転居。実母、継母ともに死別。 1946年11月、父の郷里の大分県佐伯市に帰着。1952年、九州大学教養部理科に入学し、のちに九州大学文学部哲学科に転部。1958年、同大学大学院文学研究科(心理学専攻)修士課程修了。 1958年、福岡県庁に入庁、社会福祉に従事する。1963年、愛知県に移籍し、児童相談所などに勤務。 韓国語が堪能で、1988年頃に友人を介して画家ペク・ヨンスの『回想録』を知り、親交を深めた。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
中村 政雄(なかむら まさお、1933年 - )は、日本の科… 中村 政雄(なかむら まさお、1933年 - )は、日本の科学ジャーナリスト。元読売新聞社論説委員。 山口県生まれ。九州工業大学工学部卒業。読売新聞社入社、東京本社社会部、科学部記者、解説部次長、論説委員を歴任。原子力、環境、宇宙開発、科学技術全般を担当、国内外の取材経験多数。電力中央研究所名誉研究顧問、元東京工業大学大学院非常勤講師。 1991年3月、日本原子力文化振興財団原子力PA方策委員会委員長として、科学技術庁の委託による報告書『原子力PA方策の考え方』をとりまとめた。 2004年刊の『原子力と報道』で第25回エネルギーフォーラム賞特別賞受賞。 NHKで解説委員を務めた長岡昌、朝日新聞の科学部長だった尾崎正直と共にNPO「原子力報道を考える会」を結成。
井上 幸夫(いのうえ ゆきお、1933年〈昭和8年〉 - )… 井上 幸夫(いのうえ ゆきお、1933年〈昭和8年〉 - )は鳥取県米子市出身の実業家。中国電力副社長、中電工社長を務めた。 鳥取県米子市生まれ。京都大学工学部を卒業後、中国電力株式会社に入社。1991年(平成3年)取締役に就任。1993年(平成5年)常務取締役、1995年(平成7年)取締役副社長を経て、1999年(平成11年)株式会社中電工代表取締役社長に就任。2003年(平成15年)代表取締役会長、2007年(平成19年)相談役。 ガレ、ドーム兄弟など、アールヌーヴォーのガラス工芸品の国内有数のコレクターであり、30年にわたって収集したコレクションは国内各地の美術館において展示されるとともに、2017年(平成29年)8月、本人により故郷米子市の米子市美術館に寄贈された。
菅 龍一(すが りゅういち、1933年 - )は、日本の劇作… 菅 龍一(すが りゅういち、1933年 - )は、日本の劇作家、児童文学作家、教育評論家。香川県高松市生まれ。 少年時代を山陰の禅寺で過ごす。 京都大学理学部物理学科卒業。32年間神奈川県立定時制高等学校教諭を務め退職。和光大学講師。1964年『女の勤行』で第10回岸田國士戯曲賞受賞。1982年『善財童子ものがたり』で第29回産経児童出版文化賞受賞。
長砂 實(ながすな みのる、1933年 - 2020年6月)… 長砂 實(ながすな みのる、1933年 - 2020年6月)は、日本の経済学者。関西大学名誉教授。専門は比較経済体制論、ロシア経済論。 京都府熊野郡田村(現・京丹後市)生まれ。1955年京都大学経済学部卒業。1960年京都大学経済学研究科博士課程修了。富山大学経営短期大学部助手。1961年富山大学経営短期大学部専任講師、同大学経済学部非常勤併任講師。1963年富山大学経営短期大学部助教授。1964年関西大学商学部助教授、1971年同教授、1978年同大学商学研究科教授。2003年退任。 1994年7月~1997年7月日本学術会議会員(第3部・第16期)、経済理論研究連絡委員会委員。1997年7月~2000年7月日本学術会議会員(第3部・第17期)、経済理論研究連絡委員会委員。
若林 時郎(わかばやし ときお、1933年 - )は、日本の… 若林 時郎(わかばやし ときお、1933年 - )は、日本の都市計画家。高蔵寺ニュータウンなど日本住宅公団の初期ニュータウン計画に取り組み、筑波研究学園都市の建設に尽力。 東和大学工学部建設工学科建築学専攻教授。研究者としての専門分野は都市計画。研究テーマは都市計画の策定過程、地方都市の市街化過程、都市と大学の空間的関係など。長野ユネスコ協会副会長及び善光寺の世界遺産登録をすすめる会専門委員。昭和61年度日本都市計画学会賞論文賞受賞。工学博士。 1933年、栃木県に生まれる。 1957年に京都大学を卒業し建設会社に就職するが、もっと勉強したいと考えて職を辞し母校の大学院に入学、西山夘三(当時教授)の研究室で都市計画などを学ぶ。
森本 尚武(もりもと なおたけ、1933年 - )は、日本の… 森本 尚武(もりもと なおたけ、1933年 - )は、日本の農林生物学者。 京都府出身。京都工芸繊維大学卒業、1959年京都大学大学院農学研究科農林生物学専攻修了。農学博士(京都大学)。同年京都大学助手、1964年コーネル大学留学。1966年信州大学農学部講師、1968年助教授、1977年教授。1999年学長を歴任。2010年瑞宝重光章受章。 研究業績としてはハダニが口唇と口針によって植物の内容物を吸い取る「葉焼け」の仕組みを解明した。
武田 公夫(たけだ きみお、1933年 - )は、日本の経営… 武田 公夫(たけだ きみお、1933年 - )は、日本の経営学者。専門は不動産学。不動産鑑定士。東京出身 1955年、慶應義塾大学法学部卒業。1955年、第一信託銀行入行。1962年、中央信託銀行(現・中央三井信託銀行)入行。その後、同行の不動産鑑定部長や渋谷支店長などを歴任。1981年和光大学経済学部専任講師に就任(不動産評価論担当)。1993年、明海大学不動産学部専任講師(不動産鑑定評価論ほか担当)。1997年、明海大学不動産学部教授・同大学院不動産研究科教授。2003年、明海大学定年退職。2004年、LEC東京リーガルマインド大学総合キャリア学部客員教授。2008年、退職。 この他に、不動産鑑定士第2次試験試験委員(1984年-1985年、1987年-1988年)や、不動産鑑定士第3次試験試験委員(1991年-1992年)を務めた。
牧野 和春(まきの かずはる、1933年 - )は、日本の出… 牧野 和春(まきの かずはる、1933年 - )は、日本の出版人。ジャーナリスト。 鳥取県生まれ。慶應義塾大学文学部卒。ジャーナリストを経て1968年牧野出版を創立、精神医学書などを出版。のち惜水社社長。奥武蔵在住。
稲塚二郎(いなづか じろう、1933年 - 2012年)は、… 稲塚二郎(いなづか じろう、1933年 - 2012年)は、日本の建築家。 三重県生まれで、1957年、神戸大学工学部建築学科を卒業し、東京大学大学院数物系研究科修士課程に進学、1959年、課程修了後、丹下研究室。1962年、丹下建築研究所入所、1985年、退所。稲塚二郎・都市・建築設計事務所設立。 代表作に桐蔭学園キャンパス整備、森さんの家、小さな共同住宅、太東興産田園調布社宅、府中南ビルなど。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、建築・土木に関連した書きかけの項目です。
安井 匡子(やすい きょうこ、1933年〈昭和8年〉 - )… 安井 匡子(やすい きょうこ、1933年〈昭和8年〉 - )は、日本の家政学者・栄養学者。元学校法人藤学園理事長。北海道出身。専門は家政学、食物栄養学。 実践女子大学生活科学部卒業。同大学院生活科学研究科修士課程修了。藤女子短期大学家政科講師。のちに、同家政科助教授。1973年(昭和48年)藤女子大学人間生活学部教授。1998年(平成10年)藤学園理事長に就任。2007年(平成19年)理事長退任。藤女子大学退職。同名誉教授 この他、藤女子大学人間生活学部長など務め、栄養士や管理栄養士輩出に尽力。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
松永 俊文(まつなが としふみ、1933年 - )は、日本の… 松永 俊文(まつなが としふみ、1933年 - )は、日本の社会福祉学者。 長崎県に生まれる。西南学院大学を卒業後、1956年(昭和31年)福岡女学院高校・中学校教諭、1960年(昭和35年)福岡県社会福祉協議会、福岡県共同募金会勤務。1984年(昭和59年)両会事務局長を経て、1993年(平成5年)福岡県立大学助教授、のち教授。2000年(平成12年)福岡女学院大学教授。 共著に「福岡県社会福祉事業史」「地域福祉論」、分担執筆に「社会福祉―その理論と実際」など。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
植村 研一(うえむら けんいち、1933年 - )は、日本の… 植村 研一(うえむら けんいち、1933年 - )は、日本の脳神経外科医、浜松医科大学名誉教授、日本医学英語教育学会名誉理事長、松戸市病院事業総長。 千葉大学医学部卒業。ニューヨーク州立大学、オックスフォード大学、ロンドン大学に、それぞれ留学する。 千葉大学医学部脳神経外科講師に就く。1978年に、浜松医科大学脳神経外科教授となる。1998年、日本医学英語教育学会の初代理事長に選ばれる。1999年、浜松医科大学を退官する。同年、聖路加看護大学教授に就任する。2001年に、聖路加看護大学教授を退官する。松戸市病院事業総長となる。
増野肇(ましの はじめ、1933年 - )は、精神科医、ルー… 増野肇(ましの はじめ、1933年 - )は、精神科医、ルーテル学院大学名誉教授。東京生まれ。千葉大学文理学部英米文学科卒、1959年東京慈恵会医科大学卒業。1963年同大学院修了、1964年「神経質症者のパーソナリティ研究」で医学博士。1975年栃木県精神衛生センター所長、1986年宇都宮大学教育学部教授、1991年日本女子大学教授、2001年ルーテル学院大学教授。2011年退職、名誉教授。日本心理劇学会理事長を務めた。1999年日本芸術療法学会賞受賞。
向山 玉雄(むかいやま たまお、1933年 - 2021年)… 向山 玉雄(むかいやま たまお、1933年 - 2021年)は、日本の園芸学・教育学者。 長野県伊那市出身。1955年千葉大学園芸学部卒業、東京都葛飾区立亀有中学校教諭、北海道教育大学函館校助教授、教授を経て奈良教育大学教授、奈良教育大学附属中学校校長、産業教育研究連盟委員長、日本農業教育学会会長、食農教育研究家。技術・家庭科が男女同一になる過程で日常生活の中での技術教育を研究した。
吉田 豊(よしだ ゆたか、1933年 - )は、日本の・弁護… 吉田 豊(よしだ ゆたか、1933年 - )は、日本の・弁護士。民法学者。東京学芸大学及び中央大学名誉教授。東京都出身。川村泰啓門下。 東京都立日比谷高等学校卒業。1958年中央大学法学部卒業。1963年同大学院法学研究科博士課程単位取得満期退学。同法学部助手。1967年松山商科大学経済学部専任講師。1971年東京学芸大学教育学部助教授。1979年同教育学部教授。1989年中央大学法学部教授。東京学芸大学名誉教授。2004年中央大学定年退職。同名誉教授。弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。桐蔭横浜大学法科大学院客員教授( - 2007年)。 2007年 中央大学 法学博士 論文の題は「手付の研究」。
中村 宏(なかむら ひろし、1933年 - 2022年)は日… 中村 宏(なかむら ひろし、1933年 - 2022年)は日本の彫刻家。横浜国立大学名誉教授。 1933年(昭和8年)栃木県足利市生まれ。東京教育大学で彫刻を学び日展の評議員、日本彫刻会 の運営委員、白日会の常任委員を務め、横浜国立大学の教授として学生に教えた。 内閣総理大臣賞、吉田賞、長島美術館賞、白日賞などを受賞。1993年(平成5年)から彫刻家仲間とともに視覚障害者向けの「触れる彫刻展」を始める。 横浜市保土ケ谷区に自宅兼アトリエを構えていた。2022年(令和4年)没。 没後、中村のゼミ生だった若鍋寛が中村の作品を筑波大学附属視覚特別支援学校に寄贈した。中村は「触れる彫刻展」で同校を含め盲学校の教員や生徒との交流を行っていた。
武田 尚子(たけだ なおこ、1933年- )は、日本出身、ア… 武田 尚子(たけだ なおこ、1933年- )は、日本出身、アメリカ合衆国在住の翻訳家。 本名Naoko Takeda Yarin。岡山県に生まれる。津田塾大学英文科卒業。メイ・サートンの翻訳で知られる。
光澤舜明(みつざわ しゅんめい、1933年 - )は、日本の… 光澤舜明(みつざわ しゅんめい、1933年 - )は、日本の工学者。学位は、工学博士(慶應義塾大学)。元北海道東海大学学長。東海大学名誉教授。山梨県出身 東海大学工学部応用理学科卒業。1964年(昭和39年)慶應義塾大学大学院工学研究科博士課程を修了。その後、東海大学理学部化学科講師、同理学部助教授、同理学部教授。さらに、東海大学学生部長、同教務部長、同入試センター長、同理学部長などを歴任。1997年4月東海大学福岡短期大学学長(~2001年)。2001年4月から北海道東海大学学長(~2005年)。 専門は環境化学、教育化学。大気中Noの酸化を研究。この他、大学における大学評価にも従事。 安岡高志 - 東海大学理学部教授 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。
安倍 晴彦(あべ はるひこ、1933年 - )は、日本の裁判… 安倍 晴彦(あべ はるひこ、1933年 - )は、日本の裁判官、弁護士。 裁判官で司法研修所所長などを歴任した安倍恕(はかる)の次男として長崎に生まれる。伯父は安倍能成。 1952年、福岡県立修猷館高等学校卒業。浪人や休学を経て、1960年、東京大学法学部卒業。結核に冒され、旧制中学時代から大学入学直後の2年間の療養所生活を含め、通算15年間ほどの療養や休養を強いられた。このような経験から弱者の権利に目覚め、退院後はセツルメントで社会活動をおこなう。 1960年、第14期として司法研修所に入所、同時に青年法律家協会に入会。京都での実務修習中、差別問題への関心から部落問題研究所に入会、その後も裁判官退官後に至るまで夏期講座や研究者全国集会に毎年のように参加。
大口 邦雄(おおぐち くにお、1933年 - )は、日本の数… 大口 邦雄(おおぐち くにお、1933年 - )は、日本の数学者、国際基督教大学学長、恵泉女学園大学学園長、学長などを歴任した。プロテスタントのキリスト教徒であり、東京大学学生基督教青年会の理事長なども務めた。 東京大学理学部数学科卒業。1965年、「球面とリー群のホモトピー群およびその生成元」により、東京大学から理学博士を取得した。 国際基督教大学の教員となり、学生部長、教養学部長、学務副学長などを歴任した。1991年、学長であった渡辺保男が任期途中で退任したのを受け、10月から学長代行となり、1992年4月からは正式に学長となって、1996年3月までその任にあった。 2004年から恵泉女学園の学園長となり、2006年までは、恵泉女学園大学の第5代学長も兼務した。
加藤 暁子(かとう あきこ、1933年 - )は、人形劇研究… 加藤 暁子(かとう あきこ、1933年 - )は、人形劇研究家。 東京生まれ。1955年東京大学文学部美学美術史学科卒業。人形劇団人形座に入団、1963年退座、人形劇団カラバス、おはなしきゃらばん、一寸座などで美術、演出、劇作などを担当。62年プラハ芸術アカデミー演劇学部人形劇科の聴講生として奨学金を得てチェコスロヴァキア(現在はチェコ)に留学。チェコ、ハンガリー、ルーマニア、ポーランドなど中欧や東欧を中心にヨーロッパの人形劇事情を学ぶ。 1965年頃から日本演劇教育連盟、子どもの文化研究所、横浜人形の家、埼玉県立衛生短期大学、聖徳大学などで非常勤講師。1970年度日本児童演劇協会賞受賞(海外人形劇作品の翻訳と演出に対して)、1979年度の論文「劇人形づくりからの出発」に対して日本演劇教育連盟演劇教育賞受賞。
佐藤 満彦(さとう みつひこ、昭和8年(1933年) - )… 佐藤 満彦(さとう みつひこ、昭和8年(1933年) - )は、山形県鶴岡市出身の、植物学者、理学博士、東京都立大学 (1949-2011)理学部教授。
清水 誠(しみず まこと、1933年 - 2009年)は、日… 清水 誠(しみず まこと、1933年 - 2009年)は、日本のフランス哲学の研究者、武蔵大学名誉教授。 岡山県生まれ。1958年東京大学教養学部教養学科卒業。追手門学院大学助教授、武蔵大学助教授、教授、1999年定年退任、名誉教授。
高木 伸司(たかぎ しんじ、1933年 - 2006年)は日… 高木 伸司(たかぎ しんじ、1933年 - 2006年)は日本の化学者。専門は放射化学。神奈川大学理学部教授、専門は放射線。日本原子力学会、日本放射化学会会員等
武石 章(たけいし あきら、1933年 - )は、日本の運輸… 武石 章(たけいし あきら、1933年 - )は、日本の運輸官僚、実業家。 1933年、新潟県に生まれる。1956年に東京大学法学部を卒業し、運輸省(現:国土交通省)入省。東京陸運局長時代の1981年に安岡正篤の書を岩松茂輔から貰い、人生観が変わるほどの影響を受けた。海上技術安全局船員部長を経て1985年に貨物流通局長に就任し、翌1986年に退官。同年7月1日付で日本鉄道建設公団理事となる。 1989年に京浜急行電鉄に取締役として入り、1991年に常務となる。同年さらに自動車事故対策センター理事長に就き、1994年に公害等調整委員会委員となる。その後、1996年に東京モノレール顧問に就任し、翌1997年に社長となった。
谷口 尚規(たにぐち なおき 1933年 - )は日本の著作… 谷口 尚規(たにぐち なおき 1933年 - )は日本の著作家、編集者。 東京に生まれる。東京大学文学部卒業後、昭和55年、光文社に入社。 以後、児童雑誌の編集にたずさわる。雑誌『少年』編集長となる。その後、「EQ」「SF宝石」編集長などをつとめた。 石川球太との共著『冒険手帳―火のおこし方から、イカダの組み方まで』は冒険ガイドブックの走りであり、ボーイスカウト少年達に読まれた。2005年に光文社知恵の森文庫で復刻されている。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
鶴田 匡夫(つるた ただお、1933年 - )は、日本の光学… 鶴田 匡夫(つるた ただお、1933年 - )は、日本の光学技術者で、ニコン開発本部長、副社長を歴任したのち、同社顧問をつとめた。1967年、「偏光型シャリング干渉計の応用に関する研究」により、東京大学より工学博士を取得。 月刊誌『O plus E』で連載していた「光の鉛筆」は光学技術史を中心に原典にあたって解説するシリーズで、この著作により第4回応用物理学会業績賞,第3回(2019年)光工学功績賞(高野榮一賞)を受賞した。
中原 信生(なかはら のぶお、1933年- )は、日本の建築… 中原 信生(なかはら のぶお、1933年- )は、日本の建築設備学者で名古屋大学名誉教授。NPO法人建築設備コミッショニング協会名誉理事長 。協会の設立に尽力(2004年)し分野の継続的な普及・啓蒙活動および人材育成に努める。ほか日本建築学会理事・東海支部長、終身正会員 。空気調和・衛生工学会理事をはじめ、旧建設省建築技術審査会委員、通商産業省・経済産業省総合エネルギー調査会(省エネルギー部会)臨時委員、旧文部省学術審議会専門委員を歴任するなど、多くの要職を務めた。 1957年、東京大学工学部建築学科を卒業し、大林組本店入社。建築部設備課に配属し1970年、同社東京本社建築本部設備部計画課長・設計課長、1977年同社東京本社建築本部設備部長付。
早川 善治郎(はやかわ ぜんじろう、1933年- )は、日本… 早川 善治郎(はやかわ ぜんじろう、1933年- )は、日本の社会学者、立教大学名誉教授。専攻はマス・コミュニケーションの社会的構造と機能。 北海道出身。1955年東京大学文学部社会学科卒、同大学院修士課程修了。立教大学社会学部助教授、教授、1998年定年、名誉教授、中央大学教授。2003年退任。
平原 春好(ひらはら はるよし、1933年 - )は、日本の… 平原 春好(ひらはら はるよし、1933年 - )は、日本の教育学者。教育学博士(論文博士・1967年)(「「帝国憲法」下における教育行政原則の成立と批判の研究」)。神戸大学名誉教授。 長岡市生まれ。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。1967年、「「帝国憲法」下における教育行政原則の成立と批判の研究」で、教育学博士の学位を取得。 東京大学助手、神戸大学助教授を経て、教授。1996年、定年退官、名誉教授、工学院大学教授。のち帝京大学教授、2003年に退職。ハーバード大学共同研究員。日本教育法学会会長(1995-1997年、1999-2001年)。
町田 洋(まちだ ひろし、1933年 - )は、日本の地理学… 町田 洋(まちだ ひろし、1933年 - )は、日本の地理学者、火山学者。旧・東京都立大学名誉教授。元日本第四紀学会会長。 1957年、東京大学理学部地学科地理学専攻卒業。1959年、東京大学大学院数物系研究科地理学専攻修士課程修了。1963年、学位論文「日本における山地の侵蝕過程に関する地形学的研究」で東京大学より理学博士の学位を取得。 過去の火山噴火が自然や人間に与えた影響を主に研究している。日本の火山灰編年学(テフロクロノロジー)の第一人者。山地における大規模崩壊の研究の後、関東ローム層の研究や姶良Tn火山灰、鬼界アカホヤ火山灰といった広域テフラを調査発見し、広域テフラの編年を行った。 相模原市立博物館に長年の研究で収集したテフラ標本約6,000点が寄贈されている。
蓑原 敬(みのはら けい、1933年 - )は、日本の都市計… 蓑原 敬(みのはら けい、1933年 - )は、日本の都市計画家。蓑原計画事務所代表。神戸芸術工科大学客員教授ほか。
宮坂 貞(みやさか ただし、1933年 - 2024年)は、… 宮坂 貞(みやさか ただし、1933年 - 2024年)は、日本の薬学者(薬品製造化学)。勲等は瑞宝小綬章。学位は薬学博士(東京大学・1965年)。公益財団法人諏訪郷友会顧問、昭和大学名誉教授。 東京医科歯科大学歯科材料研究所助手、昭和大学薬学部教授、昭和大学薬学部学部長、学校法人昭和大学理事、学校法人昭和大学監事、財団法人諏訪郷友会理事長、公益財団法人諏訪郷友会理事長などを歴任した。 長野県岡谷市生まれ。長野県諏訪清陵高等学校を経て1958年東京大学医学部薬学科卒業。同大大学院化学系研究科の薬学専門課程を、1960年3月に修了した。なお、1965年3月には、東京大学より薬学博士の学位を授与されている。
森岡 恒舟(もりおか こうしゅう、1933年 - )は、日本… 森岡 恒舟(もりおか こうしゅう、1933年 - )は、日本の筆跡学者。 香川県出身。本名・博史。中学時代は岸田秀と新体詩を作っていた。1959年東京大学文学部心理学科卒業。人事・労務管理畑を経験の後、1975年書道学院設立。1980年ごろより筆跡学研究に没頭。1982年相藝会書道教育学院を設立。1984年書道教育月刊誌「相藝」発行。1985年警視庁嘱託筆跡鑑定人となる。1994年日本グラフォログ協会(現・日本筆跡診断士協会)設立。
山本 潔(やまもと きよし、1933年 - 2020年)は、… 山本 潔(やまもと きよし、1933年 - 2020年)は、日本の労働問題研究者。東京大学社会科学研究所名誉教授。 1933年北海道生まれ。1957年東京大学経済学部卒業。1963年東京大学大学院応用経済学博士課程単位取得退学、東京大学社会科学研究所助手。1966年法政大学経済学部助教授。1970年東京大学社会科学研究所助教授、後に教授、1993年から名誉教授。1993年から1998年信州大学教育学部教授。 労働市場・労使関係を研究し、大河内一男・氏原正治郎以降の歴史研究を代表する人物として知られている。1960年代から70年代に戸塚秀夫らと日本の新左翼の労働運動を研究するために収集した資料は、 東京大学経済学図書館・経済学部資料室が所蔵するコレクションになっている。
堀口 貞夫(ほりぐち さだお、1933年 - )は、日本の産… 堀口 貞夫(ほりぐち さだお、1933年 - )は、日本の産婦人科医。愛育病院元院長。神奈川県横浜市出身。 東京医科歯科大学医学部卒。東京大学医学部産科婦人科教室を経て、同愛記念病院産婦人科医長、東京都立築地病院産婦人科部長、愛育病院院長などを務め、医療法人・中林病院、「主婦会館クリニック・からだと心の診察室」で診察を行う。妻も産婦人科医の堀口雅子(1930-)。
蓮見 博昭(はすみ ひろあき、1933年 - )は、日本のジ… 蓮見 博昭(はすみ ひろあき、1933年 - )は、日本のジャーナリスト、国際政治学者、恵泉女学園大学名誉教授。 東京生まれ。兄は蓮見和男。1956年東京外国語大学ドイツ語科卒業後、時事通信社入社。ロサンゼルス、ニューヨーク、ハンブルク、ロンドン各特派員、解説委員、出版局長などを務める。1989年恵泉女学園大学英米文化学科教授(アメリカ政治担当)、2004年定年、名誉教授。
能重 真作(のうじゅう しんさく、1933年 - )は、日本… 能重 真作(のうじゅう しんさく、1933年 - )は、日本の教育者・教育評論家。 千葉県生まれ。1955年、東京学芸大学国語科卒。中学校教師となる。1979年、非行とその克服の記録『ブリキの勲章』が話題となり、1981年に映画化された(中山節夫監督、中村嘉葎雄主演)。1988年、退職。教育評論家、日本生活指導研究所所員、日本生活指導学会会員、NPO法人非行克服支援センター理事長、「非行」と向き合う親たちの会代表。
牛山 敬二(うしやま けいじ、1933年 - )は、日本の農… 牛山 敬二(うしやま けいじ、1933年 - )は、日本の農業経済学者。北海道大学名誉教授、元つくば国際大学教授。専門は日本農業論。 長野県生まれ。1956年東京教育大学文学部社会科学科経済学専攻卒業。1961年東京教育大学大学院文学研究科博士課程(社会学)中退。学部時代から暉峻衆三に師事。1961年農業総合研究所調査部に入る。1966年農業総合研究所研究員。1970年東京外国語大学非常勤講師(経済政策担当)。1977年「農民層分解の構造 : 戦前期」で経済学博士(東京大学)。1980年北海道大学経済学部教授。1996年退官。 北海道地域農業研究所理事、北海道農業経済学会会長、土地制度史学会(2002年より政治経済学・経済史学会)評議員(1995年-)、農業史研究会会長(1990-2000年)も務めた。
榎本 正敏(えのもと まさとし、1933年 - )は、マルク… 榎本 正敏(えのもと まさとし、1933年 - )は、マルクス経済学者。元筑波大学社会科学系教授、国士舘大学政経学部教授。専門は世界経済論。 横浜市出身。1957年東京教育大学文学部卒。1965年東京教育大学大学院(文学研究科社会学専攻)博士課程単位取得退学。1965年東京教育大学文学部助手、1969年同助教授、1973年筑波大学社会科学系助教授、1984年同教授。1984年「戦後世界経済論の構図」で経済学博士(筑波大学)。のち国士舘大学政経学部教授。
山科 三郎(やましな さぶろう、1933年 - )は、日本の… 山科 三郎(やましな さぶろう、1933年 - )は、日本の哲学研究者。 樺太生まれ。東京教育大学大学院修士課程修了。労働者教育協会常任理事。日本共産党[要追加記述]。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
山内泰二(やまのうち たいじ、1933年 - )は、日本の物… 山内泰二(やまのうち たいじ、1933年 - )は、日本の物理学者。 幼少時は、トモエ学園で学んだ。この当時の同級生のひとりに黒柳徹子がおり、『窓ぎわのトットちゃん』ではエピソードが多く登場している。 東京教育大学理学部物理科の第1回卒業生であり、ノーベル物理学賞受賞者の朝永振一郎に学び、同大学院修士課程を修了する。フルブライト交換学生でアメリカ合衆国へ渡り、5年後にロチェスター大学で博士号を取得する。 高エネルギー実験物理の研究者であり、イリノイ州のフェルミ国立加速器研究所 (FNAL) の副所長・物理部長を務める。1980年から2002年まで、各研究室の調整を行うPPO (Program Planning Office) の長を務めた(ただし、CDF実験担当の1986年を除く)。
河上 恭一郎(かわかみ きょういちろう、1933年 - )は… 河上 恭一郎(かわかみ きょういちろう、1933年 - )は、日本のガラス工芸家、デザイナー。伝統的な江戸切子や現代ガラス工芸の分野で国際的に活動し、日本の伝統美と現代デザインを融合させた作品で高く評価されている。毎日産業デザイン賞や日本クラフト賞など受賞多数。 千葉県出身。東京藝術大学美術学部工芸科で図案(デザイン)を学び、1957年に卒業。卒業後は保谷硝子(現・HOYA)に入社し、クリスタルガラスのデザインや商品開発に従事した。 1970年代に独立し、以降はフリーランスのガラスデザイナー、工芸家として活動を開始。日本の伝統的なカットガラス(切子)の技法を再解釈し、現代のライフスタイルに調和する器やオブジェを多数発表。
中川 和義(なかがわ かずよし、1933年 - 2021年)… 中川 和義(なかがわ かずよし、1933年 - 2021年)は日本の音楽家。ピアニスト。国立山形大学名誉教授である。専門は音楽教育。 令和元年秋の叙勲で瑞宝中綬章を授章、位階は正四位。 1933年(昭和8年)大阪市に生まれる。1956年(昭和31年)東京芸術大学音楽学部卒業。ピアノ専攻。 卒業後 ジョン・ハント教授及びマックス・エッガー教授(※マックス・エッガー(1916 - 2008) スイス・ロールシャハの生まれ。チューリヒ大学音楽部を卒業後、1943年スイス音楽協会賞を受賞。同年チューリヒ音楽院のピアノ科主任教授となり、多くの優れたピアニストを養成し、コンクールの審査員やピアノ奏者として活躍した。
当麻 喜弘(とうま よしひろ、1933年 - 2021年) … 当麻 喜弘(とうま よしひろ、1933年 - 2021年) は、日本の電気工学者。東京工業大学名誉教授。元東京電機大学学長。元日本信頼性学会会長。紫綬褒章受章。大川出版賞等受賞。 1956年東京工業大学理工学部電気工学卒業。1961年東京工業大学大学院理工学研究科電気工学博士課程修了、工学博士。同年東京工業大学助手。1963年東京工業大学助教授。1975年東京工業大学教授。1994年東京工業大学名誉教授、東京電機大学教授。1998年日本信頼性学会会長。2002年東京電機大学学長。フォールトトレラントシステム研究専攻。電子情報通信学会著述賞、情報処理学会功績賞、大川出版賞受賞。IEEEライフフェロー、電子情報通信学会フェロー、情報処理学会フェロー。
五代 利矢子(ごだい りやこ、1933年 - )は、日本の文… 五代 利矢子(ごだい りやこ、1933年 - )は、日本の文筆家。司会者。 東京都出身。夫は宇宙工学者で五代友厚のひ孫にあたる五代富文。姉はNHKの名アナウンサー和田信賢夫人となった和田(旧姓:大島)実枝子と秋田県の教育長を務めた長谷山包子。劇作家の青江舜二郎は親類にあたる。 東京女子大学を卒業後、アメリカ大使館ラジオ・テレビ部に勤務・ルポライターを経て文筆家となる。 NHK「こんにちは奥さん」、TBS「暮らしの法律相談」などの司会を担当。講演や各機関の委員も務めている。 1966年には「第17回NHK紅白歌合戦」の特別審査員を務めた。
宍戸 達(ししど たつ、1933年 - )は、日本の牧師。山… 宍戸 達(ししど たつ、1933年 - )は、日本の牧師。山形県生まれ。1959年東京神学大学大学院修士課程修了。日本基督教団国立教会牧師。多くの神学書を翻訳している。
野口 孝一(のぐち こういち、1933年 - )は、日本の都… 野口 孝一(のぐち こういち、1933年 - )は、日本の都市史研究家。 神奈川県横浜市生まれ。東京都立大学 (1949-2011)大学院人文科学研究科修士課程(日本史専攻)修了。川崎市立工業高等学校教諭、川崎総合科学高等学校教諭を経て、中央区立郷土天文館勤務。2013年東京都文化功労者。近代都市史。
宮原 武夫(みやはら たけお、1933年 - )は、日本史学… 宮原 武夫(みやはら たけお、1933年 - )は、日本史学・歴史教育学者。元千葉大学教育学部教授。専攻は日本古代史、歴史教育。 東京生まれ。1961年東京都立大学 (1949-2011)大学院修士課程修了。1998年「小・中・高校を一貫する歴史学習の研究-歴史研究と歴史学習の関係」で都立大学博士(史学)。 千葉県習志野市立習志野高校教諭(定時制)を経て千葉大学教育学部教授。1997年定年退官。その間、歴史教育者協議会副委員長、栃木県小山市史編纂委員会専門委員、船橋市史編纂専門調査員、千葉県史編纂委員会専門委員(古代史部会長)、佐原市史編纂委員会顧問(古代史部会長)など。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。