松田 章一(まつだ しょういち、1936年 - )は、日本の… 松田 章一(まつだ しょういち、1936年 - )は、日本の劇作家。 石川県辰口町生まれ。金沢大学法文学部卒業後、金沢大学附属高等学校教諭、副校長、金沢学院東高等学校副校長、同校校長、金沢学院短期大学教授、2005年4月から金沢ふるさと偉人館館長、2011年10月から鈴木大拙館館長(2015年3月まで)。 北陸新協五十周年記念のために書いた「島清、世に敗れたり」で、1983年度の文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を受賞。1985年、劇団昴、演劇集団 円(片岡弘貴、島村佳江、仲谷昇ら)が合同公演し、翌年文化庁移動芸術祭作品として、西日本を巡回公演した。1999年、石川県文化功労賞受賞。 「花石榴」「酸いも甘いも」「雛納い」「白梅は匂へど…」など鏡花劇場の上演台本を書くと共に、劇団「円」のために書き下ろした「芭蕉落柿舎日記」(仲谷昇主演)がある。
谷川 一彦(たにがわ かずひこ、1936年 - 2008年)… 谷川 一彦(たにがわ かずひこ、1936年 - 2008年)は、日本の漫画家、アニメーター。広島県安村(現・広島市安佐南区)出身。 原爆投下12年後の1957年に月刊誌『なかよし』で原爆で両親を失う少女を描いた漫画「星はみている」を連載。『漫画少年』『冒険王』『なかよし』『少女クラブ』『幼年ブック』などに漫画を発表した後、上京し、1961年に創設された虫プロダクションに入社して、テレビアニメ『鉄腕アトム』や『W3(ワンダースリー)』などの作画等を担当した。 原爆を描いた「星はみている」は、これまで原爆を直接描いた最も古い漫画とされていた白土三平の「消え行く少女」(日本漫画社、1959年)よりも2年早く、中沢啓治の「黒い雨にうたれて」(『漫画パンチ』、1968年5月掲載)よりも、11年早く書かれている。
安広 欣記(やすひろ よしのり、1936年 - )は、日本の… 安広 欣記(やすひろ よしのり、1936年 - )は、日本の新聞記者。元民社党顧問。現在は政治評論家。 山口県大島郡周防大島町出身、千葉県野田市在住。 山口県立柳井高等学校卒業。慶應義塾大学経済学部卒業。読売新聞入社、甲府支局に配属。 読売新聞東京本社で政治部勤務となり、四度の首相官邸詰めをはじめ国会デスク、各政党、外務省、大蔵省、厚生省、労働省などを担当。 1982年夏、読売新聞を政治部次長を最後に退職。
田中 公男(たなか きみお、1936年 - 2008年)は、… 田中 公男(たなか きみお、1936年 - 2008年)は、日本の工学者。元東海大学教授。工学博士(東京工業大学)。ディジタル通信網およびディジタル伝送技術に関する研究で貢献。
佐々木 敬介(ささき けいすけ、1936年(昭和11年) -… 佐々木 敬介(ささき けいすけ、1936年(昭和11年) - 1998年(平成10年))は、日本の工学者。工学博士(慶應義塾大学)。慶應義塾大学名誉教授、千歳科学技術大学初代学長。北海道函館市出身。
小池 一子(こいけ かずこ 1936年 - )は日本のクリエ… 小池 一子(こいけ かずこ 1936年 - )は日本のクリエイティブディレクター、コピーライター。東京都出身。父は教育学者の矢川徳光、姉は作家、詩人、翻訳家の矢川澄子。
土橋信男(どばし のぶお、1936年-2012年)は、日本の… 土橋信男(どばし のぶお、1936年-2012年)は、日本の行政学者・教育学者。Ph.D.(シラキュース大学)。専門は、高等教育行政学。元学校法人北星学園理事長。
岡田 恒男(おかだ つねお、1936年 - )は、日本の工学… 岡田 恒男(おかだ つねお、1936年 - )は、日本の工学者。専門は、地震防災学。博士(工学)。東京大学名誉教授。
小西 政秀(こにし まさひで、1936年(昭和11年) - … 小西 政秀(こにし まさひで、1936年(昭和11年) - 2025年(令和7年)4月20日 )は、日本の実業家。現在、医療法人や清掃業者、建設会社、食品製造会社などを傘下に置く北武グループ代表・HOKUBU記念絵画館オーナー。樺太(現サハリン州)豊原町生まれ。
坂本 宗仙(さかもと むねのり、1936年 - 2012年4… 坂本 宗仙(さかもと むねのり、1936年 - 2012年4月12日)は、日本の化学者。東京工業大学名誉教授。専門は高分子機能加工、繊維の化学改質、染色加工など。 同大学助手、助教授を経て教授に就任。 セルロース繊維や絹糸の機能向上を目的とした化学反応(ハロゲン化、架橋、イソシアネート系化合物による改質など)を中心に研究。羊毛のセット機構や染色加工に関する知見も深い。主な受賞・役職繊維学会功績賞(平成12年度)。 主な著書・訳書『反応射出成形入門』(F.メルヴィン・スウィーニイ著、坂本宗仙・本宮達也訳、1990年、工業調査会)。
斎藤 たま(さいとう たま、1936年- 2017年1月26… 斎藤 たま(さいとう たま、1936年- 2017年1月26日)は、日本の民俗学者。 山形県東村山郡山辺町に生まれる。山形県立山形東高等学校定時制を卒業後は東京渋谷の書店に就職した。 1970年から子供の遊びや民俗風習の聞き取り調査を日本全国で手がけ、1971年に仕事は退職した。同じ遊びが離れた地域に広く分布していることに興味を抱いたことが、収集を手がけるきっかけだった。 1972年から埼玉県秩父市浦山の過疎部落(嶽)に移り住み、自給自足で暮らしながら著作を執筆した。 嶽での生活を28年あまり続けたのち秩父市街地に移住、晩年は長く入院生活を送り、2017年に死去した。 斎藤の収集した民俗資料については「今では採録することができない貴重なものも少なくありません」「採集された民俗は現在では消滅の危機にあり、それを書き残した調査カードは民俗学的に貴重な資料である」といった評価がなされている。
岩谷 徹(いわや とおる) (1936年-)は、日本の版画家… 岩谷 徹(いわや とおる) (1936年-)は、日本の版画家。銅版画の一種であるメゾチント・カラーメゾチント技法作家。 福島県郡山市にて1936年に生まれる。福島県立安積高等学校を卒業し、東京水産大学(現在の東京海洋大学)に19歳のとき入学した。24歳で 郡山市へ帰省。1965年29歳で菅野慶子と結婚。1971年35歳でフランスに渡り、パリの屋根裏で28年間一度も引っ越す事なく生活し、150点のメゾチントを作成した。それらの作品のサイズは中から小作品が多く、カラー作品は主版ばかりでなく他のすべての色版もメゾチント技法を使った。35年間で大作20点を含む30数点の能面シリーズを完成させた。1999年に帰国した。
斉藤 直身(さいとう なおみ、1936年?月??日 - 20… 斉藤 直身(さいとう なおみ、1936年?月??日 - 2023年3月3日)は、日本の政治家。群馬県大泉町長(1期)。 群馬県立太田高等学校を卒業後,東京歯科大学卒業。群馬県歯科医師会副会長を務めた。 2009年(平成21年)4月12日に行われた大泉町長選挙に立候補し、現職の長谷川洋を破り初当選を果たした。同年5月5日、町長就任。
内田 良平(うちだ りょうへい、1936年 - 2019年7… 内田 良平(うちだ りょうへい、1936年 - 2019年7月1日)は、おもに山岳写真を手がけた日本の写真家、著作家。 神奈川県横浜市出身。1954年に東京都立芝商業高等学校を卒業した。 1959年にベルニナ山岳会に入会し、以降、登山活動とともに山岳写真に取り組む。1970年に山岳写真家として独立し、以降は国内外各地で撮影を重ね、ネパール側のヒマラヤ山脈への取材旅行は、生涯に80回以上に及んだという。 1970年代からヒマラヤ・カメラトレッキングを組織し、1979年にはその参加者を中心に閑良屋会(ヒマラヤカイ)を結成して、以降、年1回の写真展「内田良平と閑良屋会(ヒマラヤカイ)山岳写真展「遥かなる山」」を開催し続けた。
河原田 秀夫(かわらだ ひでお、1936年(昭和11年) -… 河原田 秀夫(かわらだ ひでお、1936年(昭和11年) - )は、日本の工学博士、工学者。国立千葉大学名誉教授。 1955年東京都立新宿高等学校を経て1960年慶應義塾大学工学部計測工学科卒業。1965年東京大学大学院数物系研究科応用物理学専攻博士修了。1965年工学博士。1965年より東京大学工学部助手。1967年より同講師。1983年より同助教授を経て1984年より千葉大学工学部教授現在に至る。日本応用数理学会第11代会長。(2000年度)
奥島 貞雄(おくしま さだお、1936年 - 2017年9月… 奥島 貞雄(おくしま さだお、1936年 - 2017年9月2日)は、元自由民主党職員、元自由民主党幹事長室長。 福井県生まれ。その後、一家は兵庫県に移る。中学校を卒業した1952年、衆議院の医務室で看護師をしていた姉を頼って上京。当時赤坂にあった日本大学第三高等学校に入学。姉の紹介で衆議院でアルバイトすることとなった。衆院内自由党控え室で使い走りの日々を送る。女性の上司にすすめられ、1954年、自由党本部に就職。高校を卒業し、中央大学法学部夜間部に入学。1955年の保守合同により自由民主党総務局勤務。1961年、中央大学法学部夜間部卒業。 1965年から幹事長室勤務となる。1992年、自民党事務局次長兼幹事長室長に就任。
久保田 文次(くぼた ぶんじ、1936年 - 2022年7月… 久保田 文次(くぼた ぶんじ、1936年 - 2022年7月1日)は、日本の歴史学者。日本女子大学名誉教授。専門は中国近代史。 1936年、山梨県で生まれた。長野県諏訪清陵高等学校を経て、東京教育大学文学部史学科で学んだ。1959年に卒業し、同大学大学院文学研究科に進学。1967年に博士課程を退学。 1969年、日本女子大学文学部専任講師に就いた。その後、助教授、教授に昇格。2005年に日本女子大学を退職し、同大学名誉教授 となった。その後は郷里の山梨県立大学教授となり、国際政策学部長も務めた。2009年に同大学を定年退職した。2022年に死去。
美尾 浩子(みお ひろこ、1936年 - 1991年11月1… 美尾 浩子(みお ひろこ、1936年 - 1991年11月15日)は、日本の言語学者(言語学・婦人問題)・随筆家。静岡女子短期大学英文科勤務を経て、静岡女子大学文学部教授、静岡県立大学国際関係学部教授、静岡県立大学国際関係学部学部長(第2代)を歴任。 静岡県出身の随筆家であり、言語学などを専攻する言語学者でもある。静岡女子短期大学、静岡女子大学、静岡県立大学、といった教育・研究機関で教鞭を執り、後進の育成に努めた。静岡県立大学では、評議員や国際関係学部の学部長など要職も務めた。自身の体験に基づいた女性の権利や地位に関する評論も展開し、『男無用の子育て』や『マッチャ・ウーマン——ふつうの女で終わりたくないあなたへ』と題した書籍を上梓した。
仕田原 猛(しだはら たけし、1936年〈昭和11年〉 - … 仕田原 猛(しだはら たけし、1936年〈昭和11年〉 - 2020年〈令和2年〉2月23日)は大和言葉の研究家。京大の野球部OB会(京都大学野球倶楽部)の会長を務めた。 大阪府大阪市生まれ。大阪府立清水谷高等学校、京都大学法学部卒業。1960年(昭和35年)住友金属工業(現・日本製鉄)入社。 1999年(平成11年)ベストセラー『もう一つの万葉集』のある韓国人作家、李寧煕の後援会の発足に伴い会員となる。以後、日本各地の古代遺跡や古社・古地名を調査し、後援会の会報『まなほ』に寄稿。2018年には、万葉集は古代韓国語で書かれていたとする李寧煕の説を基にして、日本語と古代韓国語を比較し共通点を解説した『やまと言葉を遡る 李寧煕の解読を基に』を出版している。
熊谷 富夫(くまがい とみお、1936年 - 2014年6月… 熊谷 富夫(くまがい とみお、1936年 - 2014年6月22日)は、NHK大阪放送局演芸番組プロデューサー。大阪府枚方市出身。 実子は同じ「上方演芸会」を手がける熊谷岳志。 大阪府立住吉高等学校、関西学院大学経済学部卒。日本放送協会(NHK)入局後は、主に演芸番組、特に上方演芸の番組制作に携わり、「浪速→上方演芸会」、「お父さんはお人好し」「東西浪曲大会・浪曲特選」などの番組ディレクター・プロデューサーとして活躍した。晩期はNHK大阪の関連法人であるNHKきんきメディアプラン(現・NHKプラネット近畿支社)に移る。 その他日本笑い学会副会長、大阪21世紀協会「大阪文化祭」審査委員、文化庁芸術祭審査委員などを歴任。
高橋 憲明(たかはし のりあき、1936年 - )は、日本の… 高橋 憲明(たかはし のりあき、1936年 - )は、日本の物理学者。 専門は原子核物理学、理科教育。物理学が育まれた大阪の地と、理科離れの克服に関心を寄せている。2003年4月から大阪市立科学館の館長を務めていた。大阪府茨木市出身。 高槻高等学校を経て、大阪大学理学部物理学科を卒業。大阪大学大学院理学研究科修士課程、同博士課程修了。(理学博士) 大阪大学理学部助手、ボン大学客員教授、大阪大学教養部助教授を経て同理学部教授に就任。退職後は同名誉教授、大阪学院大学流通科学部名誉教授、大阪市立科学館館長。
門 三佐博(かど みさひろ、1936年 - 2025年8月1… 門 三佐博(かど みさひろ、1936年 - 2025年8月19日)は、日本の政治家。位階は正五位。旭日中綬章受章。 自由民主党所属。和歌山県議会議員 (10期)、同議長、同副議長を歴任。元衆議院議員・門博文の父。 和歌山県伊都郡かつらぎ町出身。和歌山県立笠田高校卒業。1975年 和歌山県議会議員選挙で初当選。1986年7月から翌年4月まで県議会副議長。 1989年7月 西本長浩の後任として県議会議長に就任。1990年7月 岸本光造を後任として議長を退任。2003年和歌山県議会議員選挙では伊都郡選挙区 (定数3) でトップ当選。 2007年和歌山県議会議員選挙では同選挙区 (定数2) で無投票当選。
渡壁 煇(わたかべ あきら、1936年 - )は、日本の音楽… 渡壁 煇(わたかべ あきら、1936年 - )は、日本の音楽監督・演出家。 1936年、東京で生まれる。 1955年に広島大学附属福山高等学校、1960年に東京芸術大学音楽学部器楽科(クラリネット)を卒業し、1961年に日本放送協会入局。『夢であいましょう』、『音楽の広場』など音楽番組やバラエティショーの制作・演出に携わる。 1987年に日本放送協会を依願退職し、翌1988年にサントリー株式会社サントリーホールにエグゼクティヴ・プロデューサ兼副支配人として入社。以後、サントリーホール総支配人、館長補佐、制作監督を経て、1997年に横浜みなとみらいホール館長に着任。2003年には横浜みなとみらいホール名誉館長に就任した。
石橋 冠(いしばし かん、1936年 - )は、日本の演出家… 石橋 冠(いしばし かん、1936年 - )は、日本の演出家。山田太一、倉本聡らの脚本家と組み、多くの作品を手掛けた。日本テレビのディレクターを経て、現在はフリー。
熊倉 千之(くまくら ちゆき、1936年 - )は、日本の日… 熊倉 千之(くまくら ちゆき、1936年 - )は、日本の日本文学・日本語学者。
小川 和彦(おがわ かずひこ、1936年 - )は、日本の英… 小川 和彦(おがわ かずひこ、1936年 - )は、日本の英文学者。 1960年、上智大学英文科卒。1967年、東洋大学大学院博士課程中退。和洋女子大学短大助教授、教授を経て、2002年に退職。
兵藤 長雄(ひょうどう ながお、1936年(昭和11年) -… 兵藤 長雄(ひょうどう ながお、1936年(昭和11年) - )は、日本の外交官。ポーランドおよびベルギー駐箚特命全権大使、外務省欧亜局長などを歴任した。退官後は、東京経済大学教授や名古屋市立大学特任教授などを務めた。
長尾 高明(ながお たかあき、1936年 - 2008年2月… 長尾 高明(ながお たかあき、1936年 - 2008年2月26日)は、日本の国文学者・国語教育学者。 東京出身。東京教育大学文学部卒業。宇都宮大学教育学部助教授、教授、2002年定年退官、名誉教授、文教大学教授。
柳沢 信(やなぎさわ しん、本名=まこと、1936年 - 2… 柳沢 信(やなぎさわ しん、本名=まこと、1936年 - 2008年6月2日)は、日本の写真家。東京都墨田区向島生まれ。神奈川県立湘南高等学校、東京写真短期大学卒業。
村岡 浩爾(むらおか こうじ、1936年 - 2015年10… 村岡 浩爾(むらおか こうじ、1936年 - 2015年10月13日)は、日本の環境学者。大阪大学名誉教授工学博士。専門は水環境、特に地下水汚染や土壌汚染については中央環境審議会や地域の委員会の委員長を務め報告書の取りまとめや、環境基準の制定に功績がある。大阪生まれ。叙従四位、瑞宝小綬章追贈。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。 この項目は、環境に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Portal:環境)。
小笠原 恭子(おがさわら きょうこ、1936年 - 2018… 小笠原 恭子(おがさわら きょうこ、1936年 - 2018年11月17日)は、芸能史研究家、作家、武蔵大学名誉教授。筆名は小笠原 京(きょう)。 小笠原京の名では、時代小説、上演台本なども発表している。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
小林 八郎(こばやし はちろう、1936年 - 2018年2… 小林 八郎(こばやし はちろう、1936年 - 2018年2月25日)は、日本の宗教家。 東京聖書学院、関東学院大学神学部卒業を経て愛知や神奈川の牧会を務める。1976年、宗教法人日本FEBCに入社し、日本支社次長就任。1979年日本FEBC代表。2005年まで代表を務める。2018年2月25日病気のため死去。満81歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
尼岡 邦夫(あまおか くにお、1936年 - )は、日本の魚… 尼岡 邦夫(あまおか くにお、1936年 - )は、日本の魚類学者。 高知大学卒業、京都大学大学院農学研究科博士課程修了、農学博士。 北海道大学水産学部教授。北海道大学名誉教授。 日本魚類学会会長 (1996/1/1 - 1997/12/31, 2000/1/1 - 2001/12/31) 日本魚類学会名誉会員、 アメリカ魚類爬虫類学会 (American Society of Ichthyologists and Herpetologists:ASIH) 名誉外国会員。
宮島 久雄(みやじま ひさお、1936年 - 2026年2月… 宮島 久雄(みやじま ひさお、1936年 - 2026年2月24日)は、美術史学者。 大阪府出身。京都大学文学部美学美術史卒業、同大学院修士課程修了、国立国際美術館主任研究官、京都工芸繊維大学教授、1996年京都大学総合人間学研究科教授、1998年定年退官。その後、宝塚造形芸術大学で教鞭を執り、また国立国際美術館館長などを歴任した。2005年退官。2010-2014年高松市美術館館長。 2026年2月24日、誤えん性肺炎のため死去。89歳没。
中西 敏夫(なかにし としお、1936年 - 2014年9月… 中西 敏夫(なかにし としお、1936年 - 2014年9月15日)は、日本の薬剤師。社団法人日本薬剤師会会長(第23代)。 愛知県生まれ。1960年近畿大学薬学部卒業。1961年愛知県名古屋市で中西薬局を開設。1983年株式会社中部調剤センター・アールシー薬局開設。1981年から愛知県薬剤師会理事、1992年から日本薬剤師会常務理事、2000年から日本薬剤師会副会長などを務めるかたわら、厚生省(現厚生労働省)医療保険福祉審議会委員などを歴任した。2002年~2008年日本薬剤師会会長(第23代)を3期6年務める。2014年9月15日、肺塞栓のため死去。78歳没。
隅井 孝雄(すみい たかお、1936年 - 2026年2月1… 隅井 孝雄(すみい たかお、1936年 - 2026年2月13日)は、日本のジャーナリスト。長らく日本テレビ放送網で記者として国際報道などに従事した後、京都学園大学(後の京都先端科学大学の前身)教授としてマスメディア論などを講じた。また、特定非営利活動法人京都コミュニティ放送副理事長や、日本ジャーナリスト会議代表委員なども歴任した。 1958年に、国際基督教大学を卒業して、日本テレビ放送網に入社し、以降、編成部、広報部を経て、外報部所属の放送記者となった。 1986年には、日本テレビの米国現地法人である NTV International Corporation(NY)の社長となり、後に NTV American Company の社長も兼務した。
阿部 孝義(あべ こうぎ、1936年 - )は、日本の政治家… 阿部 孝義(あべ こうぎ、1936年 - )は、日本の政治家。山形県大石田町教育委員会教育長、同町長(3期)を歴任。 大石田町出身。1959年。駒澤大学文学部歴史学科卒業。町職員となる。教育委員会教育長の時、文化財の保護に努める登録文化財制度を大石田町が東北北海道で初めて、全国では京都府と京都市、横浜市に次いで4番目に採用することに尽力。助役を歴任した。 2002年12月に町長に初当選。 2006年12月に再選(2期目)。2006および2007年、山形県市町村職員研修協議会副会長。かおり風景100選「大石田町そばの里」推進協議会会長などを歴任。 2010年12月に再選(3期目)。 2011年9月25日、受託収賄の疑いで逮捕された。
倉智 恒夫(くらち つねお、1936年 - 2025年8月1… 倉智 恒夫(くらち つねお、1936年 - 2025年8月10日[要出典])は、日本のフランス文学者、比較文学者。千葉大学名誉教授。フランス世紀末文学を専攻。マリオ・プラーツ『肉体と死と悪魔』の訳で知られる。 東京出身。静岡大学卒、1960年東京大学大学院比較文学比較文化入学、1963年修士課程修了、静岡大学助教授を経て千葉大学教授を務め、2002年定年退官、川村学園女子大学教授を2007年まで務めた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
森田 全(もりた たもつ、1936年 - 2017年6月24… 森田 全(もりた たもつ、1936年 - 2017年6月24日)は、日本の生理学者・環境学者(環境微生物学・細胞性免疫学)。静岡県立大学名誉教授。医学博士(九州大学・1971年)。 1955年(昭和30年)、静岡県立静岡高等学校卒業。1959年(昭和34年)、静岡薬科大学薬学部卒業。同年4月、静岡薬科大学に採用、薬学部助手。1968年(昭和43年)6月、静岡薬科大学薬学部講師。1971年(昭和46年)12月17日、「4-Nitroquinoline 1-oxideによる酵母呼吸欠損変異誘発に関する研究」により、医学博士(九州大学)。1987年、静岡薬科大学は静岡女子大学や静岡女子短期大学と統合。
奧野 善彦(おくの よしひこ、1936年 - )は、日本の弁… 奧野 善彦(おくの よしひこ、1936年 - )は、日本の弁護士、北里大学名誉教授、奥野総合法律事務所所長、事業再生のエキスパート。パートナー弁護士、会社整理、破産、和議、会社更生事件を担当。秋篠宮文仁親王が名誉総裁を勤められる世界自然保護基金日本支部幹事を歴任。 1936年東京都生まれ、神奈川県平塚市で育つ。学校法人石川高等学校卒、中央大学卒業後、シェル石油に勤務しながら、司法試験に挑戦し1963年、5回目の挑戦で合格する。この際前年に論文試験に合格していたので免除される権利を有していたが、一からすべて受け直している。司法試験合格後弁護士となり、父親が創設した奥野法律事務所に勤務する。1986年には住友銀行に吸収合併された平和相互銀行の代理人を務めている。
佐藤 隆介(さとう りゅうすけ、1936年〈昭和11年〉 -… 佐藤 隆介(さとう りゅうすけ、1936年〈昭和11年〉 - 2021年〈令和3年〉9月13日)は日本の文筆家。雑文製造処「鉢山亭」主人。 酒・食・器など、食卓に関わる物のみにテーマを絞った文筆活動を行う。 東京大学教養学科(フランス科)卒。広告代理店のコピーライター、編集者を経て、池波正太郎の書生を10年間務めた。 屋号の「鉢山」はかつて住んでいた町(渋谷区鉢山町)の名で、自身の苗字がありふれた物であるため、電話をかける際「鉢山の佐藤です」と名乗っていたことに由来する。
里見 実(さとみ みのる、1936年 - 2022年5月9日… 里見 実(さとみ みのる、1936年 - 2022年5月9日)は、日本の教育学者。國學院大學名誉教授。専攻は教育社会学。パウロ・フレイレの著作の翻訳で知られ、日本におけるフレイレ研究の第一人者。 東京都出身。1960年東京大学教育学部卒業、1962年同大学院人文科修了。1965年國學院大學文学部専任講師、1970年助教授、1981年教授、2007年定年退職。 教育雑誌『ひと』編集長などを務めた。演劇ワークショップ活動も展開、第三世界の民衆文化運動の翻訳や紹介にも携わった。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
柴田 明德(しばた あけのり、1936年 - 2025年4月… 柴田 明德(しばた あけのり、1936年 - 2025年4月1日)は、日本の建築構造学者。東北大学名誉教授。東北文化学園大学名誉教授。 一連の研究の主題は等価線形解析手法を用いた弾塑性応答の実用的な評価手法や地震時における建築物の弾塑性応答の基本的特性の解明など。特に等価線形化法による建築物の地震応答解析に関する先駆的研究は限界耐力計算法の基礎ともなっており、国内外から高い評価を得るほか地震防災の調査研究を通じ建築構造物の地震時挙動の解明や応答解析手法の確立と災害科学や防災研究の推進など建築構造分野の発展、高層建築物や原子力施設の安全に対しても多くの技術的貢献を果たした。 1936年、静岡県に生まれる。
ダン・ルオン・モー(ベトナム語: Đặng Lương Mô… ダン・ルオン・モー(ベトナム語: Đặng Lương Mô、1936年 - 2025年5月6日)は、ベトナム・ハイフォン出身、日本で長く活動していた電子工学者(半導体工学)。マイクロチップと半導体分野が専門で、元法政大学教授。日本名は檀 良(だん りょう)。 1936年ハイフォン市生まれ、高校卒業後は家族と共にサイゴン(現・ホーチミン市)に移住した。21歳の時に奨学金を得て、渡日し東京大学で電子工学を学び、1962年東京大学工学部電子工学科を卒業し、その後工学博士号を取得した。1971年にサイゴンに戻り、サイゴン科学大学(現・ベトナム国家大学ホーチミン市校自然科学大学)と電学短期大学(現・ベトナム国家大学ホーチミン市校工科大学電気電子学部)で教わったが、1976年以降はまた日本に戻り、東芝のR&Dセンターで研究活動を行った。
鷺 只雄(さぎ ただお、1936年 - 2018年)は、日本… 鷺 只雄(さぎ ただお、1936年 - 2018年)は、日本近代文学の研究者、都留文科大学名誉教授。文学博士。 福島県いわき市生まれ。東京教育大学文学部国文科卒業。都留文科大学教授を務め、2002年定年退官。中島敦、芥川龍之介、壺井栄を研究。腎不全で闘病し、姉から腎臓移植を受けた経験を描いた『姉から贈られたいのち』がある。2012年日本児童文学学会特別賞受賞。2013年『評伝壺井栄』でやまなし文学賞受賞。2018年9月20日、82歳で逝去。[要出典]
原田実(はらだ みのる、1936年 - 2021年7月10日… 原田実(はらだ みのる、1936年 - 2021年7月10日)は、日本のアマチュア棋士。アマ四強の1人だった。 全日本アマチュア本因坊戦に7回優勝しており、2010年に「名誉アマチュア本因坊」の称号が贈られた。 日本棋院神奈川県支部連合会顧問、神奈川県囲碁連盟相談役、囲碁研究会「遊仙会」「みのる会」主宰、NPO法人日本福祉囲碁協会客員。 1936年、鹿児島県に生まれる。 1948年に囲碁をはじめる。 東京都立大学に進学し、1958年、1959年と全日本学生本因坊決定戦に優勝する。 1960年に日立製作所に入社する。 1961年に全日本アマチュア本因坊戦に優勝。以後、1963年、1964年、1968年、1989年、1997年、2003年と優勝する。
岡田 定三(おかだ ていぞう、1936年 - 2011年1月… 岡田 定三(おかだ ていぞう、1936年 - 2011年1月28日)は、マクロビオティック普及団体である正食協会の最高顧問。京都市出身。 同志社大学商学部卒業。 実父の岡田周三(正食協会初代会長)は、マクロビオティック創始者であり食養研究家・思想家の桜沢如一の熱心な門下生の一人であったが、定三も16歳の時に初めて桜沢に出会って以来、MI塾と名づけられた私塾に通ううちに桜沢の人間性や思想に共感し、師父と仰ぐようになった。 当時、桜沢に「嫌いなものを好きになるにはどうしたらいいか」という問題を与えられ、「嫌いなものは嫌いでいいので、好きになる必要はないでしょう」と答えると一喝された。のちに定三はこのやりとりを振り返り、「マクロビオティックの一物全体という考えはこの世に不要なものなどない、ということ『オールOK』とよく言われていた桜沢先生は、すべてを受け入れるという重要な問題を問われたと思う」と話している。
松田 道弘(まつだ みちひろ、1936年 - 2021年10… 松田 道弘(まつだ みちひろ、1936年 - 2021年10月24日)は、日本の著述家、奇術研究家。日本推理作家協会会員。 父は医師・育児評論家・歴史家の松田道雄。 京都府京都市出身。同志社大学経済学部卒業。学生時代から海外奇術やゲーム、マジックの文献の研究を始め、ラジオ関西勤務を経て、著述家として奇術やゲーム、ジョーク、ミステリ小説などについての評論や著述に専念。神戸市に在住。 1979年には第12回石田天海賞を受賞している。1980年『とりっくものがたり』で第33回日本推理作家協会賞・評論その他の部門で候補作。1989年『ミステリ作家のたくらみ』で第42回日本推理作家協会賞・評論その他の部門で候補作。
藤田 文子(ふじた ふみこ、1936年 - 2024年5月1… 藤田 文子(ふじた ふみこ、1936年 - 2024年5月12日)は日本の修道女。岡山県岡山市出身。 東京大司教区教会学校部部員、カトリック修道会総長管区長会使徒職養成委員などを歴任した。1979年より青少年と成人の祈りの指導に従事しながら、インド・アフリカの子供たちの教育の為、ESNAC教育里親グループを創立。 1954年、ノートルダム清心女子大学文学部卒業。カトリック援助修道会入会。 1964年より神戸・六甲小百合児童館児童厚生員として勤務。六甲教会や船橋教会等の児童を中心に信仰教育にあたる。 1971年、マニラのThe East Asian Pastoral Instituteで修学。 日本各地でキリスト教信仰教育の促進、小中高生の祈りの指導に従事した。
篠原 直(しのはら ただし、1936年(昭和11年) - 2… 篠原 直(しのはら ただし、1936年(昭和11年) - 2001年(平成13年)12月17日)は、日本の編集者、出版人。ごま書房共同創業者・元代表取締役社長。静岡市出身。 1936年(昭和11年)、静岡市に生まれる。1955年(昭和30年)、静岡県立静岡高等学校卒業。1957年(昭和32年)、一橋大学社会学部入学。大学卒業後、光文社に入社。同社で編集者として実績を積み、1960年代のカッパ・ブックスを筆頭とする新書・実用書ブームの現場に携わる。 1971年(昭和46年)2月、光文社を退社。同僚の編集者であった福島茂喜と共に株式会社ごま書房を設立。設立に際して、ソニー創業者の井深大、心理学者の多湖輝、山種証券社長の山崎富治ら各界有力者からの出資および支援を取り付けた。