高木 美也子(たかぎ みやこ、1952年1月10日 - )は… 高木 美也子(たかぎ みやこ、1952年1月10日 - )は、日本の生命倫理学者、テレビ・コメンテーターである。日本大学総合科学研究所教授。 太田プロダクション所属。
1952年(昭和27年)生まれ:1,643人
高木 美也子(たかぎ みやこ、1952年1月10日 - )は… 高木 美也子(たかぎ みやこ、1952年1月10日 - )は、日本の生命倫理学者、テレビ・コメンテーターである。日本大学総合科学研究所教授。 太田プロダクション所属。
佐藤 公彦(さとう きみひこ、1952年1月9日 - 201… 佐藤 公彦(さとう きみひこ、1952年1月9日 - 2017年6月24日)は、1970年代初期から中期に活動した日本のシンガーソングライター。東京都大田区生まれ。中央大学中退。 アマチュア時代の1967年、ピピ&コットのリードボーカルとギターを担当していた。中性的でキュートなルックスとセンシティブな歌声から、ケメという愛称で、ティーンエイジャーの女性を中心に絶大な人気を博し、後にエレックレコードからソロデビューする。「通りゃんせ」などのヒット曲を出すが、周囲の求めるアイドル性と自身の追求する音楽性との間のずれが次第に深まり、音楽活動から遠ざかる。 2009年、NHK-BS2への出演をきっかけに20年ぶりに音楽活動を再開する。
倉井 敏磨(くらい としきよ、1952年1月9日 - )は、… 倉井 敏磨(くらい としきよ、1952年1月9日 - )は、日本の実業家。三菱ガス化学代表取締役社長を経て、同社代表取締役会長、日本無機薬品協会副会長。 新潟県新潟市出身。新潟県立新潟高等学校を経て、1975年東北大学工学部卒業、三菱瓦斯化学(現三菱ガス化学)入社。2003年機能化学品カンパニー無機化学品事業部長。2006年執行役員機能化学品カンパニー無機化学品事業部長。2008年執行役員機能化学品カンパニープレジデント。2009年取締役常務執行役員に昇格。2012年代表取締役専務執行役員。2013年から代表取締役社長を務め、M&Aやトリニダード・トバゴでの生産体制整備などを進めた。2016年度市村産業賞本賞受賞。
鮫島 有美子(さめじま ゆみこ、1952年1月8日 - )は… 鮫島 有美子(さめじま ゆみこ、1952年1月8日 - )は、日本の宮廷歌手、声楽家、ソプラノ歌手。ウィーン在住。
安井 香一(やすい こういち、1952年(昭和27年)1月8… 安井 香一(やすい こういち、1952年(昭和27年)1月8日 - )は、日本の実業家。東邦ガス相談役、元代表取締役社長・会長。2016年には藤森利雄、小林耕士とともに、名古屋商工会議所副会頭に選任された。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
八木橋 正雄(やぎはし まさお、1952年1月7日 - )は… 八木橋 正雄(やぎはし まさお、1952年1月7日 - )は、日本の言語学者、現代ギリシア語方言学・ギリシア語(現代・中世・コイネー・古代)全般の研究者である。 東京都生れ、神奈川県横浜市在住。 キプロスのレフコシアで、メネラオス・クリストドゥロウの個人教授(キプロス方言)を受ける。 東京写真大学(現東京工芸大学)を卒業。 経済産業省(当時「通商産業省」)の特許の審査に関わる業務(工業所有権研究室員等)にたずさわる。特許庁審査官・審判官を歴任。 古代ギリシア語、現代ギリシア語の学習書を多く著わす。多くは私家版である。 ギリシアの習俗・古代ギリシア遺稿の記録写真および中国の鉄道・習俗のフォトグラファーとして2005年に「八木橋正雄写真展」、2006年に「八木橋正雄写真展:『惜別 中国の蒸気機関車』」、2007年に「個展『古代ギリシア文明の光と影』」、2015年に「八木橋正雄写真展『佳き日の蒸気機関車』」等の個展を開催している。
鴨沢 祐仁(かもさわ ゆうじ、1952年1月7日 - 200… 鴨沢 祐仁(かもさわ ゆうじ、1952年1月7日 - 2008年1月12日頃、本名:鴨澤祐仁)は、日本の漫画家、イラストレーター。岩手県北上市出身。岩手大学教育学部特設美術科中退。 別ペンネームに鴨沢ユージ、鴨沢祐二、カモノハシ悠次郎があり、“祐”の表記がころもへんにみぎのため、鴨沢“裕仁”と誤記されることも多い。一時期「かもざわゆうじ」と称していたこともある。鴨沢佑二という表記も見られるが、本人があえて使っていたのか、誤記なのか不明。雅号としては鴨葱堂も使用している。 1971年『黒の手帖』誌上にて、「珍奇版 愛の絵本」でイラストデビュー。1975年マンガ雑誌『ガロ』4月号にて『クシー君の発明』でマンガ家デビュー。
伊達 治一郎(だて じいちろう、1952年1月6日 - 20… 伊達 治一郎(だて じいちろう、1952年1月6日 - 2018年2月20日)は、日本のレスリング選手。大分県佐伯市出身。1976年モントリオールオリンピックレスリング男子74kg級金メダリスト。 統合により母校を引き継ぐ大分県立佐伯豊南高等学校の正門横庭園には伊達治一郎の記念碑が宗兄弟の記念碑「栄光の軌跡」とともに設置されている。
田中 重穂(たなか しげほ、1952年1月6日 - )は、N… 田中 重穂(たなか しげほ、1952年1月6日 - )は、NECキャピタルソリューションの元・代表取締役社長である。東京都出身[要出典]。埼玉大学教養学部卒業[要出典]。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
谷戸 善彦(やと よしひこ、1952年1月6日 - )は、日… 谷戸 善彦(やと よしひこ、1952年1月6日 - )は、日本の国土交通技官。国土交通省下水道部長や、日本下水道事業団理事長を経て、NJS取締役技師長。 1974年 東京大学工学部都市工学科卒業、建設省入省。1987年 カールスルーエ大学客員研究員。1988年 建設省都市局公共下水道課課長補佐。1997年 建設省 都市局下水道事業調整官。1999年 建設省 東北地方建設局企画部長。2001年 国土交通省 都市・地域整備局下水道事業課長。2003年 国土交通省 都市・地域整備局下水道部長。2006年 退官、下水道新技術推進機構 専務理事。2008年 日本下水道事業団 理事(事業統括担当)。2011年 日本下水道事業団 理事長。
吉浦 昌彦(よしうら まさひこ、1952年1月6日 - )は… 吉浦 昌彦(よしうら まさひこ、1952年1月6日 - )は、日本の電気工学・生体工学者。大阪工業大学工学部生命工学科元教授。理学博士(早稲田大学)。電気学会2005代議員。 専門は生体電子工学、電気電子材料工学・電気化学、機能性デバイス・有機薄膜。 1974年早稲田大学理学部応用物理学科卒業。東京慈恵会医科大学研究技術員などを経て、1981年早稲田大学大学院理工学研究科にて理学博士(早稲田大学)。1994年大阪工業大学工学部電気工学科助教授として着任。2002年同学部電気電子システム工学科教授を経て、2006年同学部生体医工学科(のちの生命工学科)教授。2010年同学部生命工学科教授。2018年同大学を定年退官。
花岡 優平(はなおか ゆうへい、1952年1月6日 - )は… 花岡 優平(はなおか ゆうへい、1952年1月6日 - )は、大分県別府市出身で、同県を拠点に活動する日本のミュージシャン、ラジオパーソナリティである。日本著作家連合常務理事。花岡優平音楽事務所。 別府市立浜脇中学校卒業。16歳の時、大分から単身上京。新聞配達店に住み込みで働きながら学校に通う。 1978年、弟の花岡茂、同級生の久保豊と結成したフォークグループ音つばめでデビュー。その後、作曲家として活動。 高田みづえ「愛の終りに」(作詞・作曲)で得た印税が、自身の音楽活動で得ていた収入の何倍もあったため、裏方に回る。 花岡自身が作詞・作曲・編曲を全て手掛け、2008年に発売された秋元順子の「愛のままで…」は、翌2009年1月にはオリコン総合シングルチャート第1位を獲得しロングセラーとなった。
南部 靖之(なんぶ やすゆき、1952年1月5日 - )は、… 南部 靖之(なんぶ やすゆき、1952年1月5日 - )は、日本の実業家。パソナ創業者で、株式会社パソナグループ代表取締役グループ代表兼社長並びに株式会社パソナ代表取締役会長CEOを務める。大阪大学大学院国際公共政策研究科招へい教授(かつては客員教授)。 兵庫県神戸市出身。兵庫県立星陵高等学校、関西大学工学部卒業。 ベンチャー企業の起業家が一般的ではなかった時代には、ソフトバンクの孫正義、エイチ・アイ・エスの澤田秀雄とともにベンチャー三銃士と称された。 関西大学在学中、「家庭の主婦の再就職を応援したい」という思いで卒業を一月後に控えた1976年2月に、労働者派遣事業(当時は「人材派遣」と呼ばれていた)の「テンポラリーセンター」を設立した。
望月 宏(もちづき ひろし、1952年1月5日 - )は、P… 望月 宏(もちづき ひろし、1952年1月5日 - )は、Ph.D. in Sociology、経済学者、元専修大学経済学部教授。専門は情報産業論、情報経済論。日本銀行在職時に日本最初の表計算ソフトであるPIPSを開発した。 1952年生まれ。1974年東京外国語大学インド語学科卒業。日本銀行で営業局・調査局などを経験し、1981年に日本銀行を退職。同年、コーネル大学大学院に入学し、1983年コーネル大学大学院修士号(地域科学専攻)取得。同年ハーバード大学大学院に入学し、社会学を専攻。1986年より専修大学経済学部専任講師となり、1988年に専修大学経済学部助教授。1993年にハーバード大学社会学博士を取得し、1994年から専修大学経済学部教授。
仁科 洋一(にしな よういち、1952年1月5日 - )は、… 仁科 洋一(にしな よういち、1952年1月5日 - )は、日本の政治家。山形県小国町長(3期)。 山形県小国町増岡生まれ。1974年(昭和49年)4月、日本大学卒業。東芝セラミクス株式会社(現・クアーズテック)に就職。米国に赴任し、カリフォルニア州とオレゴン州で暮らした。帰国後、新潟や名古屋の工場勤務を経て、取締役上席常務に就任した。 2016年(平成28年)7月27日に行われた小国町長選挙に立候補し、現職の盛田信明との一騎打ちを制し初当選を果たした。8月2日、町長就任。※当日有権者数:6,868人 最終投票率:87.27%(前回比:-0.24pts) 2020年7月21日投開票の小国町長選挙で、盛田信明との再度の一騎打ちを制し2選(仁科洋一3,045票、盛田信明2,239票) 2024年7月23日投開票の小国町長選挙では、3度目の盛田信明との一騎打ちを制し3選(仁科洋一2,389票、盛田信明2,124票)
藤田 賢治(ふじた けんじ、1952年1月4日 - )は富山… 藤田 賢治(ふじた けんじ、1952年1月4日 - )は富山県出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。富山北部高校出身 富山北部高校では、2年生から八川康二とともに投手陣の二本柱となり活躍。1968年夏の甲子園県予選決勝に進むが、高岡商の前田四郎、土肥健二のバッテリーに抑えられ敗退。翌1969年には春夏の甲子園に連続出場、いずれもチーム初出場であった。春の選抜は1回戦で尼崎西高に惜敗。夏の選手権では東邦高、飯塚商を降す。準々決勝では八川のリリーフに回り、若狭高の東次男と投げ合うが敗退。 1969年のドラフト会議で大洋ホエールズに6位指名され入団する。プロ3年目の1972年に読売ジャイアンツに移籍するも、翌1973年に肩を故障。
吉野 隆(よしの たかし、1952年1月4日 - )は、日本… 吉野 隆(よしの たかし、1952年1月4日 - )は、日本の実業家。インフォコム株式会社代表取締役社長CEOや、東邦テナックス株式会社代表取締役社長を務めた。 大分県生まれ。1970年大分県立大分上野丘高等学校卒業。1974年九州大学工学部を下から2番目の成績で卒業し、教授の推薦で帝人に入社。1998年帝人システム事業企画管理部長。2000年帝人IT企画室長。2001年インフォコム取締役。2003年インフォコムCMO/CTO。2004年インフォコムナレッジマネジメント本部長。2005年インフォコムCSO。 2006年からインフォコム代表取締役社長CEOとして構造改革にあたったのち、帝人グループ執行役員を経て、2012年帝人炭素繊維・複合材料事業本部長補佐。
伊波 洋一(いは よういち、1952年(昭和27年)1月4日… 伊波 洋一(いは よういち、1952年(昭和27年)1月4日 - )は、日本の政治家。沖縄県選出の参議院議員(2期)、会派「沖縄の風」幹事長。 沖縄県宜野湾市長(2期)、沖縄県議会議員(2期)を歴任した。 琉球臨時中央政府中頭郡宜野湾村(現・沖縄県宜野湾市)生まれ。琉球政府立普天間高等学校、琉球大学理工学部物理学科卒業。1974年、宜野湾市役所に就職。宜野湾市職労委員長、中部地区労事務局長を経て、1996年、沖縄県議会議員選挙に出馬し、初当選。2000年に再選。2003年、2期目の任期途中で辞職し、宜野湾市長選挙に出馬して当選する。2007年、宜野湾市長再選。市長在職中、沖縄県内の地方自治体で初めて中学生までの病院への入院費の無料化を実現した。
小川 真人(おがわ まさと、1952年1月4日 - )は、熊… 小川 真人(おがわ まさと、1952年1月4日 - )は、熊本県を拠点に活躍する日本のフリーアナウンサー。 福岡県北九州市出身。早稲田大学(落語研究会在籍)を卒業した。 鹿児島テレビ(KTS)、1979年よりテレビ埼玉(開局より)、1982年より熊本県民テレビ(KKT)(開局より)に、それぞれ在籍した。KKTでは報道制作局参事を歴任した。 2024年3月まで古巣のKKTで定時ニュース等を担当した一方、古巣のKTSの関連企業であるフレンズFMへも月1回出演している。 J:COM・J SPORTS この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
神山 郁雄(かみやま いくお、1952年1月3日 - )は、… 神山 郁雄(かみやま いくお、1952年1月3日 - )は、日本の元ラグビー選手で、現在はテレビ朝日顧問。 現役時代のポジションは、フランカー(FL)。 栃木県立宇都宮高等学校を経て、早稲田大学社会科学部(以下、早大)に進学。早大ではラグビー蹴球部で活動。大学2年時となる1971年度の早明戦への出場機会を得てレギュラーの座を掴み、同年度の全国大学ラグビーフットボール選手権大会(以下、大学選手権)及び日本ラグビーフットボール選手権大会(日本選手権)で優勝を経験。そして1973年度シーズンに早大の主将を務め、大学選手権優勝をもたらした。 ラグビーは早大で活動を終え、早大卒業後、日本教育テレビ(略称:NET、現在のテレビ朝日)に入社。
早野 龍五(はやの りゅうご、1952年1月3日 - )は、… 早野 龍五(はやの りゅうご、1952年1月3日 - )は、日本の物理学者、原子物理学者。専門はエキゾチック原子研究。東京大学名誉教授。2017年4月より株式会社ほぼ日のサイエンスフェロー。また2016年から公益社団法人才能教育研究会(スズキ・メソードを普及する組織)会長。 岐阜県大垣市生まれ。父は名古屋帝国大学医学部出身の眼科医で岐阜大学名誉教授の早野三郎。母は専業主婦だったが大阪女子高等医学専門学校(現:関西医科大学)の卒業生で医師免許を持っていた。父が信州大学医学部に赴任して松本に在住、松本音楽院(鈴木鎮一が1946年に創設)でヴァイオリンを習う。 長野県松本深志高等学校、東京大学理学部物理学科、東京大学大学院理学系研究科を経て1979年より東京大学理学部付属中間子科学実験施設助手。
河野 栄(こうの さかえ、1952年1月3日 - )は日本の… 河野 栄(こうの さかえ、1952年1月3日 - )は日本の総務官僚。元消防庁長官。 島根県出身。島根県立益田高等学校、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業後、1975年 自治省入省。元参議院議員、自治事務次官の鎌田要人の娘婿。自治財政局財政課長、内閣府、大臣官房審議官を経て、2006年 自治税務局長に就任。次官候補であったが、2006年当時、総務大臣であった菅義偉とふるさと納税について議論となり、自治財政局長に昇格はできず(同期の久保信保が昇格)、消防庁長官で退官。のち地方職員共済組合理事長。
丸岡 茂樹(まるおか しげき、1952年〈昭和27年〉1月3… 丸岡 茂樹(まるおか しげき、1952年〈昭和27年〉1月3日 - )は、日本の元バスケットボール選手。現在は指導者。香川県善通寺市出身。現役時代のポジションはガード。 善通寺第一高校在学中にインターハイベスト16、国体ではベスト8。明治大学進学後は全日本大学選手権で優勝している。大学卒業後、豊田通商に加入。引退後の1985年、監督に就任し、1990年にチームを日本リーグ1部に昇格させた。2004-2005シーズンには日本リーグで優勝。2006年、この年よりbjリーグに参戦した高松ファイブアローズ(現:香川)の監督に就任。2シーズン務めた後に退団した。 2009年8月にJBL2実行委員長に就任。
青木 茂(あおき しげる、1952年1月3日 - )は、日本… 青木 茂(あおき しげる、1952年1月3日 - )は、日本の実業家。サミー株式会社代表取締役社長。 北海道出身。1975年名古屋大学法学部卒業、住友銀行入行。2005年セガ入社、同社上席参事。世嘉(中国)網絡科技有限公司董事長。2008年サミー執行役員コーポレート本部長。2011年サミー常務取締役コーポレート本部長。2012年からサミー代表取締役社長COOを務めた。2016年サミー代表取締役副会長、セガサミーホールディングス監査役。
井原 慎一朗(いはら しんいちろう、1952年1月2日 - … 井原 慎一朗(いはら しんいちろう、1952年1月2日 - )は、愛媛県川之江市(現:四国中央市)出身の元プロ野球選手(投手)。プロ入り前の名前は「井原 慎一郎」。
原田 晃治(はらだ こうじ、1952年1月2日 - 2003… 原田 晃治(はらだ こうじ、1952年1月2日 - 2003年1月25日)は、日本の裁判官、法務官僚。東京地方裁判所判事や、法務省民事法制管理官、法務省大臣官房審議官、企業会計審議会幹事等を務めた。 熊本県生まれ。1976年九州大学法学部卒業。東京地方裁判所判事を経て、1992年法務省民事局付。1993年法務省民事局民事第五課長。1993年法務省民事局民事第四課長。1998年法務大臣官房参事官。2001年法務省民事局民事法制管理官。2002年法務省大臣官房審議官(民事局担当)。長年法務省民事局でストックオプションの創設など商法改正を取りまとめ、会社法の改正などにあたったが、2003年にテニスをプレイした後、虚血性心疾患のため急逝した。
廣本 敏郎(ひろもと としろう、1952年1月2日 - 20… 廣本 敏郎(ひろもと としろう、1952年1月2日 - 2023年2月16日)は、日本の会計学者。一橋大学名誉教授。公認会計士・監査審査会会長。京都府出身。元公認会計士第二次試験委員。岡本清(一橋大学名誉教授)の弟子。元日本原価計算研究学会会長。1994年日本会計研究学会太田賞受賞。2023年従四位瑞宝中綬章。 なお、門下生(管理会計・原価計算のゼミナール出身者)として挽文子(一橋大学教授、検査官)、伊藤克容(成蹊大学教授)、諸藤裕美(立教大学経済学部教授)、伊藤彰浩(株式会社アクリート創業者、前代表取締役)、高橋伸彰(株式会社フィル・カンパニー創業者)などがいる。モルガン銀行日本代表を務めた藤巻健史(元参議院議員)はゼミの1年先輩。
仙波 隆三(せんば りゅうぞう、1952年<昭和27年>1月… 仙波 隆三(せんば りゅうぞう、1952年<昭和27年>1月2日 - )は、日本の地方公務員。愛媛県教育長、同県副知事、同県社会福祉事業団理事長を歴任。瑞宝中綬章受章。 愛媛県松山市出身。 1974年3月 松山商科大学経営学部卒業、同年4月 愛媛県庁入庁、環境政策課長、2007年 (平成19年) 4月 農林水産部森林局長、2009年4月 保健福祉部長、2012年4 月 愛媛県教育委員会教育長、2015年7月 長谷川淳二副知事の総務省復帰に伴い副知事就任。2016年7月 総務部長の原昌史を後任として副知事退任、同年8月 愛媛県社会福祉事業団理事、2019年 (令和元年) 6月 愛媛銀行取締役。
山内 日出夫(やまうち ひでお、1952年(昭和27年)1月… 山内 日出夫(やまうち ひでお、1952年(昭和27年)1月1日 - 2020年(令和2年)10月22日)は、日本の政治家。位階は従五位。福島県会津若松市長(2期)、会津若松市議会議員(2期)を務めた。 福島県会津若松市生まれ。福島県立会津高等学校、日本大学藝術学部卒業。大学卒業後、伊東正義衆議院議員の秘書、内閣官房長官秘書(1979年11月9日 - 1980年7月17日)、外務大臣秘書(1980年7月17日 - 1981年5月18日)を経て、会津若松市議を2期務める。 1991年に会津若松市長に就任。会津若松市長時代の功績のひとつに、1993年のコンピュータ理工学部の会津大学の設立がある。会津地方に4年制大学を作るのは、会津の人々の悲願となっていた。
今井 恵子(いまい けいこ、1952年1月1日 - )は、日… 今井 恵子(いまい けいこ、1952年1月1日 - )は、日本の歌人。 東京生。1975年、早稲田大学国語国文学専攻科修了。早稲田大学教育学部在学中の1973年「まひる野」に入会、窪田章一郎、武川忠一の指導を受ける。1977年、角川短歌賞次席(筆名・木村恵子)。1982年「音」創刊に参加(2002年退会)。2003年に高橋みずほ・吉野裕之と短歌ユニット[BLEND]を結成し冊子[BLEND]を刊行(2006年解散)。2006年「まひる野」再入会、2014年より編集委員および選歌委員。この間にフェリス女学院大学非常勤講師(1996~2021年)、日本歌人クラブ中央幹事(2017~2022年)などのほか、早稲田大学非常勤講師、短歌教室の講師などを務める。
冨谷 至(とみや いたる、1952年1月1日 - )は、日本… 冨谷 至(とみや いたる、1952年1月1日 - )は、日本の古代中国史学者。京都大学名誉教授。スウェーデン王立アカデミー(文学・歴史・考古)外国人会員。 1952年、大阪府生まれ。京都大学文学部史学科に入学し、東洋史を専攻した。1975年に卒業し、同大学大学院へ進学。1977年、修士課程を修了。 京都大学人文科学研究所助手の後、大阪大学教養部助教授に就いた。1990年、京都大学人文科学研究所助教授。2013年、同研究所教授に昇格。在職中に、イギリス・ケンブリッジ大学訪問研究員、ドイツ・ミュンスター大学客員教授、中国・西北大学客員教授を務めた。1997年、文学博士号を取得。2017年、京都大学を定年退職し、名誉教授となった。
岩尾 龍太郎(いわお りゅうたろう、1952年1月1日 - … 岩尾 龍太郎(いわお りゅうたろう、1952年1月1日 - 2010年9月10日)は、日本の哲学者、比較文学者。専門は、西洋思想・歴史学。福岡市生まれ。 1970年東京大学教養学部理科1類入学、1974年同文学部倫理学科卒、1981年同大学院人文科学研究科倫理学博士課程満期退学。1983年西南学院大学文学部講師、1985年助教授、1991年教授、2006年国際文化学部教授を務めた。 専門はカント哲学であり、東京大学大学院在学中には『純粋理性批判』を主題とした研究に取り組んだ。本人の回想によれば、ハイデガーによるカント解釈への問題意識が研究の出発点となったという。 その後は比較文学研究にも取り組み、ダニエル・デフォー『ロビンソン・クルーソー』を中心としたロビンソン物語の変形譚研究に取り組んだ。
岩本 光正(いわもと みつまさ、1952年1月 - )は、日… 岩本 光正(いわもと みつまさ、1952年1月 - )は、日本の工学者。専門は、有機エレクトロニクス、分子膜物性、誘電体物性工学。 長野県諏訪郡下諏訪町出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1975年東京工業大学工学部電気工学科卒業。1978年諏訪精工舎(現・セイコーエプソン)入社。1981年東京工業大学大学院理工学研究科電気工学専攻博士課程修了。1985年同大学助教授。1995年同大学教授。
水野 和敏(みずの かずとし、1952年1月 - )は日本の… 水野 和敏(みずの かずとし、1952年1月 - )は日本の自動車エンジニア。日産自動車の元エンジニア、GT-Rの開発で知られる。プロジェクト・カーズ合同会社 代表 長野県千曲市出身。長野工業高等専門学校を卒業後、1972年に日産自動車に入社。1980年代には901運動に車体設計の面で関わり、その成果となるP10型プリメーラやR32型スカイラインの開発では車両のパッケージング設計を担当した。1989年にはNISMOに出向し、グループCカーの耐久レースのチーム監督兼チーフエンジニアに就任しデイトナ24時間レースやル・マン24時間レースなどを戦い、特に1992年にはR91CPでデイトナ24時間レースを優勝、R92CPで出場したJSPCと鈴鹿1000kmで全戦優勝(クラス優勝も含む)している。
安酸 敏眞(やすかた としまさ、1952年1月 - )は、日… 安酸 敏眞(やすかた としまさ、1952年1月 - )は、日本の思想史研究者。Ph.D.(ヴァンダービルト大学・1985年)。博士(文学)(京都大学・1997年)。北海学園大学名誉教授。 鳥取県米子市生まれ。鳥取県立米子東高等学校を経て、1975年京都大学文学部卒業。1980年同大学院文学研究科博士課程修了。1985年ヴァンダービルト大学大学院修了。 1985年日本学術振興会特別研究員、1987年盛岡大学文学部助教授、1993年聖学院大学人文学部助教授、1996年同人文学部教授、2002年同人文学部欧米文化学科長を経て、2004年より北海学園大学人文学部英米文化学科教授。2010-2012年同人文学部長。
小林 元治(こばやし もとじ、1952年1月 - )は、日本… 小林 元治(こばやし もとじ、1952年1月 - )は、日本の弁護士。東京弁護士会会長を経て、日本弁護士連合会会長。 岡山県苫田郡加茂町(現津山市加茂町)生まれ。小学校は分校で、家から山道を往復10km歩いて通った。中学校も往復14kmを自転車で通学した。岡山県立津山高等学校を経て、1975年中央大学法学部法律学科卒業。1981年弁護士登録。 当時社会問題化していたサラ金被害と取り組み、救済の壁になっていた貸金業規制法を限定的に解釈すべきだという理論を主張した解説書「貸金業規制法」を著した。お金のない人が司法サービスを受けられるよう援助する「法律扶助」制度の拡充にも取り組み、法務省扶助制度研究会幹事として、民事法律扶助法の制定に関与した。
原 辰次(はら しんじ、1952年1月 - ) は、日本の工… 原 辰次(はら しんじ、1952年1月 - ) は、日本の工学者。東京大学名誉教授。元計測自動制御学会会長。 1970年広島学院高等学校卒業。1974年東京工業大学工学部制御工学科卒業。1976年東京工業大学大学院理工学研究科制御工学専攻修士課程修了、日本電信電話公社電気通信研究所入所。1980年長岡技術科学大学機械系助手。1981年工学博士(東京工業大学)。1984年東京工業大学工学部助教授。1987年計測自動制御学会論文賞受賞。1991年計測自動制御学会論文賞受賞。1992年年東京工業大学大学院総合理工学研究科教授。1997年計測自動制御学会論文賞受賞。1998年計測自動制御学会論文賞受賞。
雨宮 慶幸(あめみや よしゆき、1952年1月 - )は、日… 雨宮 慶幸(あめみや よしゆき、1952年1月 - )は、日本の物理学者。工学博士(東京大学・1979年)。東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻教授を経て、東京大学名誉教授。(公財)高輝度光科学研究センター(JASRI) 理事長。 東京都出身。東京大学大学院新領域創成科学研究科研究科長、日本放射光学会会長、東京大学付属図書館・柏図書館の館長、東京大学放射光連携研究機構の機構長などを務めた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
豊岡 利正(とよおか としまさ、1952年1月 - )は、日… 豊岡 利正(とよおか としまさ、1952年1月 - )は、日本の厚生官僚、薬学者(薬品分析化学・生体機能分子分析学・環境分析化学)。学位は薬学博士(東京大学・1985年)。 東京大学薬学部助手、国立衛生試験所薬品部主任研究官、国立衛生試験所環境衛生化学部第三室室長、静岡県立大学薬学部教授、静岡県立大学大学院薬学研究科研究科長、静岡県立大学大学院薬学研究院研究院長(初代)、静岡県立大学大学院薬食生命科学総合学府学府長(初代)などを歴任した。 1952年1月に生まれた。東京薬科大学に進学し、薬学部にて学んだ。1974年3月、東京薬科大学を卒業した。さらに名古屋市立大学の大学院に進学し、薬学研究科にて学んだ。
西野 嘉章(にしの よしあき、1952年1月 - )は、日本… 西野 嘉章(にしの よしあき、1952年1月 - )は、日本の美術史学者、翻訳家。東京大学総合研究博物館特任教授。インターメディアテク館長。 1952年生まれ。東京大学文学部美術史専攻(現:歴史文化学科 美術史学専修課程)で学び、1979年に卒業。同大学大学院に進み、1982年に博士課程を退学した。 1984年、弘前大学専任講師に着任。1986年、同助教授に昇格。1993年、学位論文『十五世紀プロヴァンス絵画研究:祭壇画の図像プログラムをめぐる一試論』を東京大学に提出して文学博士の学位を取得。1994年、東京大学総合研究資料館助教授に転じた。1998年、同館教授に昇進。2010年から2017年まで館長を務めた。
鈴木 昇一(すずき しょういち、1952年1月 - )は、日… 鈴木 昇一(すずき しょういち、1952年1月 - )は、日本の医学者、藤田保健衛生大学医療科学部放射線学科教授。放射線被曝、とくに医療の現場で日常的に用いられるエックス線による被曝およびその防護・安全管理を専門とする医療被曝の権威である。 元来、藤田保健衛生大学病院放射線部にて、診療放射線技師として放射線医療に従事する。その後、国内初の4年制診療放射線技師養成校である衛生学部診療放射線技術学科が同大学に開設され、教員として配属となる。 藤田保健衛生大学医学部放射線医学講座・元教授の古賀佑彦とは、専門とする領域(放射線防護や放射線治療)が共通であり、大きく影響を受けている。 藤田保健衛生大学衛生学部診療放射線技術学科・元教授の折戸武郎は放射線管理学を専門とし、両人は共同研究の件数が多く、鈴木は折戸から研究上様々な指導を受けた。
笹島 明夫(ささじま あきお、1952年 - )は、日本のジ… 笹島 明夫(ささじま あきお、1952年 - )は、日本のジャズ・ギタリスト。北海道函館市出身。 1977年に渡米し、現在はアメリカ・カリフォルニア州を拠点に活動している。アメリカの有名レーベルから、ロン・カーターやジョー・ヘンダーソンなどの大物ミュージシャンをゲストに迎えたリーダー作を数多くリリースしている実力派。また、海外の教則本の翻訳も手がけている他、自身の動画ページでのジャズギター講座も人気を集めている。
安藤 真(あんどう まこと、1952年 - ) は、日本の通… 安藤 真(あんどう まこと、1952年 - ) は、日本の通信工学者。東京科学大学名誉教授。IEEE Antennas & Propagation Society会長、国際電波科学連合(URSI)会長、電子情報通信学会会長、KDDI取締役などを歴任した。 北海道生まれ。父は船の設計技師。北海道札幌南高等学校卒業後、東京工業大学(現東京科学大学)に進学し、全国漁業協同組合連合会の仕事で六本木に住んでいた祖父母宅の居候となった。東京工業大学サッカー部出身。関口利男研究室に配属され、1974年東京工業大学工学部電子物理工学科卒業。1976年東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。1979年東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了、日本電信電話公社横須賀電気通信研究所入所、電波研究室配属。
掛下 知行(かけした ともゆき、1952年 - )は、日本の… 掛下 知行(かけした ともゆき、1952年 - )は、日本の材料科学者。大阪大学名誉教授。福井工業大学学長。元日本金属学会会長。元八大学工学系連合会会長。日本金属学会賞受賞。 北海道生まれ。1971年北海道札幌北高等学校卒業。1976年北海道大学理学部物理学科卒業。1978年北海道大学大学院理学研究科物理学専攻修士課程修了。1979年大阪大学大学院基礎工学研究科物理系専攻博士後期課程中退、大阪大学産業科学研究所文部教官教育職。1983年大阪大学産業科学研究所助手。1987年理学博士。1993年大阪大学大学院工学研究科助教授。2000年大阪大学大学院工学研究科教授。2013年日本金属学会会長。2014年八大学工学系連合会会長。
青山 昌文(あおやま まさふみ、1952年 - )は、日本の… 青山 昌文(あおやま まさふみ、1952年 - )は、日本の美学研究者。放送大学名誉教授。 専門は、美学、芸術学、自然哲学、比較思想。主な研究領域は、ディドロ美学、現代芸術理論。学位は博士(学術)。元 日本大学大学院芸術学研究科兼任講師。放送大学教授及び特任教授を歴任。 ディドロの美学・芸術論が最も狭い意味での専門領域であるが、それらの研究から必然的にヨーロッパの美学・芸術論の歴史の全般に関心の対象が広がってゆき、その中でもプラトンやアリストテレスの古代ギリシア美学と20世紀後半の現代芸術思想に特に深い関心をもっている。近代の人間主観中心主義を超えて、現代の環境芸術思想の根源をも成しているミーメーシス芸術理論の現代的意義の解明を根本的な研究課題としている。
高橋 幸司(たかはし こうじ、1952年 - )は、日本の化… 高橋 幸司(たかはし こうじ、1952年 - )は、日本の化学工学者。山形大学大学院理工学研究科教授。専門は液体混合工学、撹拌槽内の流動解析、バイオリアクターなど。 主な研究テーマは以下の通り。 著書に『液体混合の最適設計と操作』(2012年、テクノシステム)がある。
建倉 圭介(たてくら けいすけ、1952年 -)は、日本の小… 建倉 圭介(たてくら けいすけ、1952年 -)は、日本の小説家・推理作家。岩手県立盛岡第一高等学校卒業。京都工芸繊維大学建築学科卒業。 1986年から2年間、仕事でイギリスに滞在したことをきっかけに小説を書き始める。1997年、『クラッカー』で第17回横溝正史賞(現・横溝正史ミステリ大賞)佳作に選ばれデビュー。2006年に刊行した冒険ミステリー『デッドライン』が「このミステリーがすごい!」2007年版で第10位タイにランクインし、第9回大藪春彦賞の候補となる。
千厩 ともゑ(せんまや ともえ、本名:松山 朝江〈まつやま … 千厩 ともゑ(せんまや ともえ、本名:松山 朝江〈まつやま ともえ〉、1952年〈昭和27年〉 - )は、日本の旅行作家、編集者、曹洞宗の住職(方丈)。岩手県東磐井郡小梨村(現:一関市千厩町小梨)出身。明治大学文学部史学地理学科卒業。 日伊協会や朝日カルチャーセンターでアグリツーリズモ講座の講師を務めており、取材で渡伊した際に出会ったアグリツーリズムの魅力を紹介している。 1952年、岩手県東磐井郡小梨村(現:一関市千厩町小梨)の常楽寺に長女として生まれる。千厩町立南小梨小学校、千厩町立小梨中学校、岩手県立千厩高等学校を経て明治大学文学部史学地理学科に入学。塩野七生の本『チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷』に感銘を受け、西洋史学を専攻した。
川島 秀一(かわしま しゅういち、1952年 - )は、日本… 川島 秀一(かわしま しゅういち、1952年 - )は、日本の民俗学者、博士(文学)。東北大学災害科学国際研究所教授、神奈川大学日本常民文化研究所客員研究員、日本民俗学会会長などを歴任。 宮城県気仙沼市に生まれる。宮城県気仙沼高等学校を経て、1976年3月に法政大学社会学部社会学科を卒業した。1977年4月、東北大学附属図書館司書となる。1982年4月から気仙沼市市史編纂室職員に移り、1998年4月に気仙沼市図書館司書となる。2005年4月、リアス・アーク美術館勤務(2012年3月まで副参事兼副館長)。 2010年3月、総合研究大学院大学より博士(文学)の学位を取得した。 2012年4月、神奈川大学特任教授となる。
佐藤 守(さとう まもる、1952年 -)は、日本の元アマチ… 佐藤 守(さとう まもる、1952年 -)は、日本の元アマチュア野球選手である。ポジションは投手。 本荘高校では1969年秋季東北大会県予選準々決勝に進むが、大館工に惜敗。翌1970年夏の甲子園県予選も準々決勝で大曲農に敗れた。同年のドラフト会議で本格派右腕投手として注目され、大洋ホエールズから2位指名されたが入団を拒否。 早稲田大学に進学。東京六大学野球リーグでは、1971年秋季リーグで早慶戦に登板。1972年秋季リーグでは5勝3敗、防御率1.55の好記録を残した。しかし直後に故障、活躍の場を失う。1973年春季、1974年春季リーグで優勝を経験するが、故障が長引き登板機会はほとんどなかった。