石垣 勝海(いしがき まさみ、本名・旧登録名:石垣 雅海〈読… 石垣 勝海(いしがき まさみ、本名・旧登録名:石垣 雅海〈読み同じ〉、1998年9月21日 - )は、山形県酒田市出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。 小学3年生の時に亀城小野球スポーツ少年団(亀城ブレーブス)に入り、野球を始める。 酒田南高等学校では、1年から三塁手のレギュラーに定着。2年秋から主将となってチームを牽引。3年夏の山形県大会準決勝で敗退し、甲子園出場はなかったが、3試合で4本塁打を記録。同年度の山形県高校野球連盟の奨励賞と優秀野手賞を受賞した。高校通算37本塁打。 2016年10月20日に行われたドラフト会議では、中日ドラゴンズから3位指名を受け、11月22日に契約金5000万円、年俸540万円で仮契約を結んだ。
阿部 有香里(あべ ゆかり、1989年8月21日 -)は、陸… 阿部 有香里(あべ ゆかり、1989年8月21日 -)は、陸上競技選手。長距離走。飛鳥中学校在校中の2005年には全国都道府県対抗女子駅伝で区間賞を獲得した。日本陸上選手権クロスカントリー競走の初代優勝者、アジアクロスカントリー選手権団体金メダリスト。
阿部 健治郎(あべ けんじろう、1989年2月25日 - )… 阿部 健治郎(あべ けんじろう、1989年2月25日 - )は、将棋棋士。西村一義九段門下。棋士番号は277。山形県酒田市出身。血液型はB型。 5歳の頃、父親と兄が将棋を指しているところを見て、自然と覚える。小学1年の時から土岐田勝弘アマ八段(棋道師範)が地元で主宰する土岐田将棋道場に通う。 2001年、酒田市立第三中学1年生のときに第22回全国中学生選抜将棋選手権大会で準優勝。翌2002年に奨励会入会試験で合格し入会。三段昇段までは3年で駆け抜けたが、三段リーグでややもたつき四段昇段には8期(4年間)を要した。なお、酒田南高等学校を卒業後上京している。 2009年10月にプロ入り後は一転して快進撃を見せ、初参加の第23期(2010年度)竜王戦(竜王ランキング戦6組)では準優勝し、1期で5組昇級(プロ入りから最短タイ)を決める。
高橋 由衣(たかはし ゆい、1988年12月5日‐)は、山形… 高橋 由衣(たかはし ゆい、1988年12月5日‐)は、山形県酒田市(旧平田町)出身の女子陸上競技(長距離走)選手。元資生堂所属。 小学生時代から各種陸上競技大会に出場。酒田市立飛鳥中学校入学時から本格的に陸上競技に取り組み、中学3年時には全日本中学校陸上競技選手権大会やジュニアオリンピックなどで上位の成績を収め、2004年全国都道府県対抗女子駅伝競走大会では第3区で同学年の小林祐梨子を抑え、区間賞および区間新記録を樹立した。なお、この記録は2013年に髙松望ムセンビが更新するまで9年間区間記録として保持された。その後、山形県立酒田東高等学校へ進学したものの、高校1年時秋以降はケガなどにより成績が振るわず、メインを400m走に転向。
伊藤 紘平 (いとう こうへい、 1988年12月5日 - … 伊藤 紘平 (いとう こうへい、 1988年12月5日 - )は、山形県酒田市出身のプロサッカー選手。ポジションはMF。 山形県立酒田西高等学校卒業後、大学へ進学するつもりであったがブラジル・サンパウロへサッカー留学。帰国後にプロチームの門を叩くが良い返事はもらえず、関東社会人リーグの埼玉SCに入団。毎年、各クラブ主催のセレクションを受けたが、声が掛からず23歳で酒田へ帰郷。足場工やスポーツクラブのコーチをし生計を立てながら、酒田琢友クラブでサッカーを続けた。 2013年、1992年に始まった山形県サッカー協会と香港サッカー審判協会との交流活動の一環として行われている協会同士の試合に初参加。その際に香港側の関係者から「香港で挑戦してみては」との声もあり、2015年7月に香港プレミアリーグの黄大仙に練習生として参加し、9月に入団。
髙橋 涼子(たかはし りょうこ、1988年10月12日 - … 髙橋 涼子(たかはし りょうこ、1988年10月12日 - )は、日本の女性声優。以前は青二プロダクション(ジュニア)に所属していた。山形県酒田市出身。 この項目は、声優(ナレーターを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJ:アニメ/PJ:声優)。
小林 賢司(こばやし けんじ、1985年7月3日 - )は、… 小林 賢司(こばやし けんじ、1985年7月3日 - )は、山形県酒田市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 酒田第二中学時代は軟式野球部に所属し、投手兼外野手として活躍。高校は酒田南高校へ進学。1学年上の先輩には福岡ソフトバンクホークスの長谷川勇也がいる。2年の春・夏に甲子園出場するも、いずれも初戦敗退。 青山学院大学では、3年次に春のリーグ戦で最優秀防御率を獲得。4年次には高市俊の抜けたあとのエースピッチャーとしてチームを牽引した。東都大学野球連盟のリーグ戦通算38試合登板し14勝9敗、防御率2.82、184奪三振。 2007年の大学生・社会人ドラフトでは、大場翔太、篠田純平と2度の抽選に外れたオリックスから1位指名を受けた。
平尾 彰子(ひらお あきこ、1985年(昭和60年)。- )… 平尾 彰子(ひらお あきこ、1985年(昭和60年)。- )は、日本の学者、博士(理学)、元鶴岡工業高等専門学校物質工学科助教、専門は時間栄養学・時間運動学。
今野 加奈子(こんの かなこ、1984年4月16日 - )は… 今野 加奈子(こんの かなこ、1984年4月16日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 山形県酒田市出身。近所の先輩に誘われて小学校3年生からバレーボールを始める。宮城県大崎市古川(旧・古川市)にある古川学園高等学校に入学。2003年、Vリーグのパイオニアレッドウィングスに入団。 入団してからしばらくは、なかなか出場機会に恵まれなかったが、2010/11V・プレミアリーグにてブレイクを果たす。栗原恵が怪我で欠場した試合でスタメン出場。アタックで得点を稼ぎ、チームに貢献する。栗原の離脱が長期化したため、そのままレギュラーに定着。 2011年6月よりチーム副主将となった。 2014年5月のレッドウィングス廃部により、岡山シーガルズへの移籍が発表された。
荒生 沙緒利(あらお さおり、1984年1月21日 - )は… 荒生 沙緒利(あらお さおり、1984年1月21日 - )は、日本のフリーアナウンサー。2022年1月に個人事務所「Sunny Rhythm」を立ち上げる。 山形県酒田市出身・在住。普通自動車、中型二輪車免許所持。ファイナンシャルプランナー3級、整理収納アドバイザー2級、柔道初段。 2002年に酒田南高等学校を、2006年に帝京大学文学部国際文化学科を卒業した後、ケーブルテレビ山形(現在のダイバーシティメディア)のアナウンサーとなる。2008年3月から2010年1月までTBSラジオのTBS954情報キャスター(現在はTBSラジオキャスター)を務めた。2021年8月にジョイスタッフを退所した。その後、地元の山形県酒田市に戻り2022年1月に個人事務所「Sunny Rhythm」を立ち上げる。
和島 香太郎(わじま こうたろう、1983年4月7日 - )… 和島 香太郎(わじま こうたろう、1983年4月7日 - )は、日本の映画監督。京都造形芸術大学映像・舞台芸術学科(現映画学科)卒業。 2006年、京都造形芸術大学映像・舞台芸術学科卒。 2007年、BS-TBS先生道・『聴く先生』(主演・大浦龍宇一)を監督。同年9月、仙台短篇映画祭「新しい才能」部門にて、監督作の『店番の間』が上映される。シナリオ『かなたゆ』(未映像化)が第4回BS-i(現BS-TBS)新人脚本賞にて審査員特別賞受賞。 2008年11月、文化庁若手映画作家育成プロジェクト(NDJC 2008)に選出され、35ミリフィルムによる映画『第三の肌』(出演:りりィ、唐橋充)を監督。 2010年3月、トロントジャパニーズ短編映画祭にて『第三の肌』(英題 "A Third Skin")が観客賞(Audience Choice Award)を受賞。
シンディー(1980年8月5日 - )は、日本の女性ものまね… シンディー(1980年8月5日 - )は、日本の女性ものまねタレント。SHUプロモーション所属。 山形県酒田市出身。本名、進藤 由香。芸名は本名に由来。 身長154cm、血液型はO型。 専門学校東京ビジュアルアーツ卒業。最初、にしおかすみこの物真似を中心に活動する「にしおかすみっこ」としてデビュー。 にしおかすみっこ時代に日本テレビ『ものまねバトル』でそっくりさん部門のMVPを受賞。後に現芸名・シンディーに改名し、事務所ライブなど各ライブで活動。 ものまねレパートリーは喋りネタを中心にしており 特に黒柳徹子歴はデビュー当初からと長く 昭和から現在までのセリフや仕草等の変化を細かな視点で模写している。
北河あをい(きたかわ あをい、1978年5月15日 - )は… 北河あをい(きたかわ あをい、1978年5月15日 - )は、日本の元タレント、元女優である。 山形県酒田市出身。京都造形芸術大学卒業後、2001年吉本総合芸能学院(NSC東京)俳優コースに二期生として入学と同時に吉本興業に所属。2004年シーグリーンへ移籍、当時から武道を学び始め2006年にタレント、女優業を辞めアクション団体「忍びの衆」に所属。アクションスタッフ、スタントウーマンとしてテレビ、映画、舞台(日本文化を紹介するショーなど)、ゲーム制作で活躍し2007年に引退。引退後は山形県と新潟県を中心に殺陣をイベントや行事等で一般人に指導を行ったり(2009年「越後上越天地人博」新潟県上越市、)、時代祭での殺陣披露や教育・文化活動、映画撮影のボランティア活動にも参加している。
DJ Deckstream(ディージェイ・デックストリーム、… DJ Deckstream(ディージェイ・デックストリーム、1977年3月25日 - 2015年8月27日)は、日本のDJ、トラックメイカー。山形県酒田市出身。 Monorisickとしてインディーズレーベル"HydeOut Productions"で活動した後、DJ Deckstream名義で数多くのリミックス、プロデュース、m-flo関連作品を手掛けていた。 2015年8月27日早朝、交通事故のため死去。
佐藤 タカヒロ(さとう タカヒロ、 1976年7月24日 -… 佐藤 タカヒロ(さとう タカヒロ、 1976年7月24日 - 2018年7月3日)は、日本の漫画家。山形県酒田市出身。 本名、佐藤 貴広(読みは同じ)。 幼い頃から絵を描くのが好きだった佐藤は、羽黒高等学校、仙台デザイン専門学校を卒業後、首都圏で漫画のアシスタントに就く。アシスタント業の傍らで描いた作品が2000年に週刊少年チャンピオン新人まんが賞準入選する。 学生時代に柔道に取り組んでいたこともあり、『週刊少年チャンピオン』にて2004年から柔道漫画『いっぽん!』の連載を始める。この頃から、故郷である酒田市に拠点を移す。2006年に『いっぽん!』が終了した後は、しばらくは次の連載が決まらず、苦悩の日々を過ごした。
本間 俊彦(ほんま としひこ、1976年〈昭和51年〉6月2… 本間 俊彦(ほんま としひこ、1976年〈昭和51年〉6月2日 - )は、山形県酒田市出身のフリーランスの放送作家。 幼少の頃に読んだ藤子不二雄の作品に憧れて漫画家を目指していた。 ヴィジュアル系バンド・女性アイドルグループを愛好している。録音の回(番組では、ロックオンと呼称)には西川貴教と2人でビジュアル系(傷ついた天使が羽を休めてる系)について語り合ったこともある。カフを上げずにしゃべり出すことも多く、西川によく怒られていた。 話が下手で、いじられやすいことなどから、駄目人間キャラクターとして扱われることが多い。 『西川貴教のオールナイトニッポン』では、本間くん・本間さんの愛称で親しまれ、数々のレイヴ(主に番組スタッフが犠牲となる過激な罰ゲーム)を受けたことで知られる。
土井 広之(どい ひろゆき、1974年8月5日 - )は、日… 土井 広之(どい ひろゆき、1974年8月5日 - )は、日本の男性シュートボクサー、キックボクサー。本名は土井 博幸。山形県酒田市出身。酒田工業高校卒業。シーザージム所属。元SB世界ウェルター級王者。 1995年3月にシュートボクシングでプロデビュー。 1998年11月、小比類巻貴之にTKO負け。1999年1月、魔裟斗に押し気味の判定ドロー。2000年9月、ジャンブラッド・アマンタエフに立ち関節技で一本勝ち。1999年11月。ウィリアム・スリヤパイに判定勝ち。 2001年1月12日、ダニー・スティール(アメリカ)とのSB世界スーパーシーガル級王座決定戦で3-0の判定勝ち(階級名は、後にウェルター級に改称された)。
荻原 和歌(おぎわら わか、1974年3月7日 - )は、日… 荻原 和歌(おぎわら わか、1974年3月7日 - )は、日本の料理研究家。山形県鶴岡市出身。 編集職、フリーランスの編集・ライターを経て、忙しい生活にフィットするレシピを提供する料理研究家。「R25」では「和歌ネエ」の名で知られた。タイムラインエージェンシー所属。 TV『はなまるマーケット』(TBS)『とくダネ』(フジテレビ)『めざせ!会社の星』(NHK)『おねがいランキング』『仕分け∞』(テレビ朝日)『L4you』(テレビ東京)ラジオ『焼酎ダイニングYASU』雑誌『七緒』『LEE』『CREA』その他多数。
利樹之丞(りきのじょう、1973年(昭和48年)11月2日 … 利樹之丞(りきのじょう、1973年(昭和48年)11月2日 - )は、大相撲の幕内呼出である。本名は土田 利樹(つちだ りき)。山形県酒田市出身。高砂部屋所属。血液型はAB型。 「利樹之丞」の名前の「之丞」の文字は、多賀之丞からもらったものである。 張りのある高音の美声で知られる人気の高い呼出である。 2021年8月22日、新型コロナウイルスに感染したことが発表された。 2022年7月場所11日目、新型コロナウイルスにより休場力士が多くなった影響で、呼び上げる予定の2番がいずれも不戦勝となったため、この日は呼び上げの出番がなくなった。
小林 幸明(こばやし よしあき、1972年6月17日 - )… 小林 幸明(こばやし よしあき、1972年6月17日 - )は、ラジオ日本のアナウンサーである。山形県酒田市出身。世田谷区立経堂小学校、國學院大學久我山中学高等学校、横浜市立大学卒。 プロ野球実況を中心に競馬、競輪、競艇実況を除くスポーツ中継を担当。内藤博之と共に競馬中継を担当しないため、それ以外のスポーツ中継はほぼ一手に担当している。また編成局制作部主任として番組プロデューサーとしての顔も持つ。第33回(2012年)NNSアナウンス大賞 ラジオ部門大賞受賞。 趣味は食べ歩き。「オトナの情報マガジン」では"グルマン小林"の名で「ナウい!うまい!トレンディ!」というグルメ情報コーナーを担当。好きな食べ物は肉類。
和嶋 未希(わじま みき、1972年5月30日 - )は、日… 和嶋 未希(わじま みき、1972年5月30日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(1期)、山形県議会議員(2期)を務めた。 山形県酒田市大宮生まれ。生家は農家。酒田市立亀城小学校、酒田市立第三中学校、山形県立酒田東高等学校、日本大学芸術学部放送学科卒業。酒田市立第三中学校在校時には生徒会長を務めた。1995年、地元・酒田市の企画制作会社に入社し、2002年まで勤務した。 2003年4月、山形県議会議員選挙の酒田市選挙区(現在の酒田市・飽海郡選挙区)から民主党公認で出馬し、初当選した。初当選時は山形県議会で唯一の女性議員であった。2007年の県議選で再選。二期連続のトップ当選を果たす。2009年、山形県議を辞職。
佐々木 亜希子(ささき あきこ、1972年2月23日 - )… 佐々木 亜希子(ささき あきこ、1972年2月23日 - )は、山形県酒田市出身の活動弁士。NHKの元契約キャスター。視覚障碍者向けの活動に熱心で、その10年来の活動を買われて、活動弁士としてアニメ映画『君の名は。』に視覚障碍者向けガイド(目に見えない人向けに写った映像を、音声で案内する目の代わりの仕事)を行ったことで知名度を上げた。 山形県立酒田東高等学校を経て埼玉大学教養学部を卒業後、NHK山形放送局に契約キャスターとして採用され、夕方のニュース番組などを担当。 3年の契約満了後フリーとなるが、亡き松田春翠の弟子であった女性活動弁士・澤登翠の門下生となる。2000年12月、東京キネマ倶楽部で活動弁士としてデビュー。
梅津 正彦(うめつ まさひこ、1968年12月13日 - 2… 梅津 正彦(うめつ まさひこ、1968年12月13日 - 2013年7月23日)は、日本のボクシング指導者、アクション監督。山形県酒田市出身。 山形県立酒田東高等学校卒業。大学中退。高校でボクシングを始め、ソウルオリンピックを目指したが、怪我のため引退。 映画監督を志し松竹シナリオ研究所入所。松竹大船撮影所等で映画・テレビドラマ、野村芳太郎監督の戦争ドキュメンタリー作品、七人のおたくなどの助監督を務めた。その後ボクサーの経験を生かし、ボクシングコーチ、アクションディレクターとなる。映画・テレビ・CM・舞台等でボクシングやアクション指導をしながら、プライベートレッスン専門で梅津ボクシング倶楽部を主宰し、ダイエット指導等も行っていた。
原田 敏廣(はらだ としひろ、原田 敏広、1967年12月5… 原田 敏廣(はらだ としひろ、原田 敏広、1967年12月5日 - )は日本の画家。 古生物・古代史・神話を三本柱として「現実に観ることの出来ない世界を精密に描く」ことを目標としている。 表現方法は鉛筆・水彩・油彩を用いる。創作以外にも人物画・静物画・風景画等も描く。 山形県酒田市で生誕。東京都大田区で育ち東京都立大森東高校(現:東京都立美原高等学校)を経て関東学院大学卒業。絵は「アトリエルネッサンス」を主催する北山良文に師事。
カネコ アツシ(本名:兼子 篤、1966年12月26日 - … カネコ アツシ(本名:兼子 篤、1966年12月26日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター、デザイナー。山形県酒田市出身。専修大学経済学部経済学科卒業。 1988年、『ハイユユクク』を執筆するが落選。次作『Ratty gets new way』が『ビッグコミックスピリッツ』新人賞で佳作入選。 1990年、アフタヌーン四季賞冬準入選。筆ペンを使った独特のタッチで、漫画を中心としてCDジャケットのデザイン、イラストの仕事など幅広く活躍。 著作『B.Q.』のうちの一作が映像化された他、『BAMBi』の映画化も発表されている。また2005年には、初めて映画監督を務めた『蟲』を含むオムニバス映画『乱歩地獄』が上映された。
工藤 俊幸(くどう としゆき 1966年 - )は、山形県出… 工藤 俊幸(くどう としゆき 1966年 - )は、山形県出身の指揮者である。国立音楽大学客員教授。 1966年山形県酒田市に生まれる。山形県立酒田東高等学校、国立音楽大学音楽学部作曲学科卒業。桐朋学園大学音楽学部オーケストラ研究科指揮専攻修了。指揮を崎田俊治、黒岩英臣、飯守泰次郎に、作曲を増田宏三、島岡譲に師事。 1992年オーディションで選ばれ仙台フィル副指揮者に就任。外山雄三音楽監督のもと、1996年までその任を務める。その後1年間ベルリン・ドイツ・オペラで研修。帰国後は、全国各地のプロオ−ケストラを指揮する傍ら、合唱指揮者としてもNHK交響楽団定期演奏会(H.シュタイン指揮)や読売日本交響楽団定期演奏会(ゲルト・アルブレヒト指揮)で二期会合唱団の合唱指揮を務め、高い評価を得た。
土門 秀明(どもん ひであき、1964年11月15日 - )… 土門 秀明(どもん ひであき、1964年11月15日 - )は、日本のギタリスト。 山形県酒田市出身。1986年から1991年の間バブルガム・ブラザーズのギタリストとして活躍。その後、2001年に渡英。2003年に日本人初のロンドン地下鉄公認バスカーとしてライセンスを取得。以後、2012年に帰国するまでロンドンで演奏活動を行う。 2011年に1stアルバム『From The Underground』を、翌年2012年には、ロンドン地下鉄構内で全曲録音したライブアルバム『Live in Tube』をリリースし、マスコミ等にも注目される。 2023年7月21から8月26に東京青山「hpgrp GALLERY TOKYO」で開催された「日本の有名フォトグラファー50選」にも選出されている大和田良氏の写真展にて音楽を担当。
加藤 隆一(かとう りゅういち、1964年(昭和39年)2月… 加藤 隆一(かとう りゅういち、1964年(昭和39年)2月26日 - )は、日本の外交官。山形県出身。2022年(令和4年)10月から駐ギニア特命全権大使。 山形県酒田市出身。1987年(昭和62年)上智大学文学部社会学科卒業後、特殊法人国際協力事業団(現・独立行政法人国際協力機構)に入団し研修事業部研修第二課に配属。1990年(平成2年)調達部機材課、1992年(平成4年)無償資金協力事業部業務第二課、1994年(平成6年)総務部付、同年7月フランス事務所、1997年(平成9年)外務事務官中近東アフリカ局アフリカ第二課、1998年(平成10年)企画部地域第三課長代理、1999年(平成11年)兼国別計画体制準備室地域第三グループ長代理、同年11月兼地域部準備室(実施部門)付、2000年(平成12年)アフリカ・中近東・欧州部アフリカ課長代理、2002年(平成14年)総務部付、同年2月象牙海岸共和国事務所次長、同年12月アフリカ・中近東・欧州部計画課長代理、2003年(平成15年)セネガル事務所次長、同年10月(独)国際協力機構セネガル事務所次長、2004年(平成16年)兼中西部アフリカ地域支援事務所次長(所長)、2006年(平成18年)総務部総務グループ組織運営チーム主査、同年4月総務部総務グループ組織運営チーム長、2008年(平成20年)総務部総務課長、同年10月総務部総合調整課長、2009年(平成21年)アフリカ部参事役、TICADⅣフォローアップ業務室副室長、2010年(平成22年)アフリカ部参事役、兼総務部参事役、同年5月兼アフリカ部TICAD推進室副室長、2011年(平成23年)アフリカ部次長、2012年(平成24年)兼アフリカ部アフリカ第二課長、同年9月アフリカ部次長、兼セネガル事務所付、同年10月セネガル事務所長、2016年(平成28年)総務部審議役、同年4月兼総務部次長、2017年(平成29年)アフリカ部長、2020年(令和2年)退職、同年10月上級審議役、2022年(令和4年)退職、同年10月外務省ギニア国駐箚特命全権大使。
山吹 草太(やまぶき そうた、1964年2月9日 - )は、… 山吹 草太(やまぶき そうた、1964年2月9日 - )は、詩人、脚本家、演出家。山形県酒田市生まれ。酒田南高等学校卒。奈良県生駒市在住。 酒・タバコ・釣り・コーヒー・チョコレートを愛する。 演劇やあらゆる芸術は詩から誕生するという考えを持っている。 2005年に奈良へ引っ越しする際、死にかけの野良猫を連れて帰り、人生の師として共に暮らしている。 アジア圏への旅が好き。
アベ ユーイチ(1964年〈昭和39年〉2月6日 - )は日… アベ ユーイチ(1964年〈昭和39年〉2月6日 - )は日本の映画監督。山形県酒田市出身。 『ウルトラマンネクサス』(2004年)までは阿部雄一名義で活動していたが、ドラマ制作会社の5年D組に『プラチナエイジ』などを担当した同姓同名の演出家が在籍していたため、アベユーイチに改名した。 山形県立酒田東高等学校映画研究部に所属し、アマチュア映画を製作。1986年、静岡大学理学部物理学科卒業。1989年、日本映画学校(現:日本映画大学)演出科を第一期にて卒業。 1993年に助監督として『お引越し』に参加。1997年にVFXコーディネーターとして『ウルトラマンゼアス2 超人大戦・光と影』より特撮作品に参加する。
若瀬川 剛充(わかせがわ よしみつ、1962年7月28日 -… 若瀬川 剛充(わかせがわ よしみつ、1962年7月28日 - 2011年10月8日)は、山形県酒田市出身で伊勢ヶ濱部屋に所属した大相撲力士。本名は佐藤 亙(さとう わたる)。得意手は右四つ、寄り。最高位は東前頭筆頭(1989年3月場所)。現役時代の体格は189cm、152kg、血液型はB型。 酒田第三中学校を卒業後、上京して伊勢ヶ濱部屋に入門し、1978年3月場所で初土俵を踏んだ。以来、順調に番付を上げて行き、1980年9月場所では18歳の若さで十両に昇進した。この頃には、後の大関・北天佑と共に「北若時代」を築くことが期待されていた。当初は十両に定着できなかったが、2度目の再十両の場所であった1982年7月場所で11勝4敗の成績で十両優勝を果たすと2場所連続して勝ち越し、1983年1月場所で新入幕を果たした。
阿部 寿一(あべ じゅいち、1959年〈昭和34年〉8月17… 阿部 寿一(あべ じゅいち、1959年〈昭和34年〉8月17日 - )は、日本の政治家、建設官僚。衆議院議員(1期)、山形県酒田市長(4期)を歴任した。 山形県酒田市生まれ。山形県立酒田東高等学校、東京大学法学部を卒業し、建設省に入省。本省勤務の他、鳥取県や総理府への出向を経験し、1998年11月に大臣官房人事課長補佐で建設省を退官。 1999年4月、酒田市長選挙に無所属で出馬・初当選し、続く2003年4月の酒田市長選挙で再選される。2005年11月には新設合併した新制酒田市長選挙に出馬し、初代市長に就任。2009年11月の酒田市長選挙に出馬し2選(旧酒田市時代と併せて4期)。 2012年、自由民主党は第46回衆議院議員総選挙に向け、山形3区の現職加藤紘一を公認。
興津 俊昭(おきつ としあき、1959年1月30日 - )は… 興津 俊昭(おきつ としあき、1959年1月30日 - )は、日本の実業家。株式会社モス ホテル日航金沢代表取締役社長、三井生命保険(現・大樹生命保険)元執行役員。 1959年1月30日生まれ。山形県酒田市出身。立教大学経済学部卒業。三井生命保険(現・大樹生命保険)に入社。2009年、同社執行役員に就任。 2014年、株式会社モス ホテル日航金沢の代表取締役社長に就任。金沢ではロータリークラブなどに加入し、地元のネットワークを拡げる。北陸経済の中心地である金沢には多くの企業の支店があり、支店長たちと、こうしたネットワークの中で繋がりを持つこととなった。 ロータリークラブのメンバーから、金沢の老舗企業でイベントや映像関連を扱う株式会社オトムラの経営を手伝ってほしいとの申し出があり、2019年から同社取締役も兼務する。
仲川秀樹(なかがわ ひでき 1958年(昭和33年) - )… 仲川秀樹(なかがわ ひでき 1958年(昭和33年) - )は、日本の社会学者、日本大学文理学部教授。マス・コミュニケーション論専攻。近年はサブカルチャーの研究者としても知られている。山形県酒田市出身。
佐藤 時啓(さとう ときひろ、1957年(昭和32年)9月1… 佐藤 時啓(さとう ときひろ、1957年(昭和32年)9月13日 - )日本の美術家、写真家。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科教授。土門拳記念館館長。山形県酒田市生まれ。 彫刻家を経て写真に転向し、〈光ー呼吸〉と題された長時間露光の写真作品及び〈Gleaning Light〉と題されたピンホール写真作品を制作する。また最近では写真装置の仕組みをもちいたプロジェクトなどで知られる。〈光ー呼吸シリーズ〉は大型カメラによって風景を長時間露光撮影する。露光中にペンライトや手鏡を用い、被写体となった風景の中で自らカメラに向けて発光させた光は、自身の移動した痕跡となる。しかし長い露光の結果画面上に自身の姿は写らない。
本間 洋(ほんま よう、1956年5月8日 - )は、日本の… 本間 洋(ほんま よう、1956年5月8日 - )は、日本の実業家。元NTTデータグループ代表取締役社長兼CEO。 山形県酒田市出身。宮城県仙台第一高等学校を経て、1980年東北大学経済学部卒業、日本電信電話公社入社。 2013年エヌ・ティ・ティ・データ常務執行役員第三法人事業本部長、2014年取締役常務執行役員エンタープライズITサービスカンパニー長、2017年代表取締役副社長執行役員を歴任。 2018年から代表取締役社長を務め、売上の過半を海外売上とする目標を掲げ、海外事業の拡大や日本人以外の役員の増員を進めた。 デジタル変革(DX)を進めている酒田市からの要請を受け、2020年10月、現職と併任で市のDXの推進役である「最高デジタル責任者」(CDO)に就任する。
丸山 至(まるやま いたる、1954年(昭和29年)3月7日… 丸山 至(まるやま いたる、1954年(昭和29年)3月7日 - )は、日本の政治家。元酒田市長(2期)。 山形県酒田市に生まれる。 山形県立酒田東高等学校 - 山形大学人文学部を経て1977年、行政職員として酒田市に採用される。 キャリアを積みながら昇任した丸山は、商工港湾課、企画調整課、水道部管理課で課長に就任、その後は健康福祉部で地域医療調整監、財務部長、総務部長を歴任した。 また、庄内地域の自治体が共同で設立した「公設民営」の私立東北公益文科大学の創設にも関わりを持つ。 2012年12月、58歳だった丸山は酒田市を定年前に退職し、新たに特別職として副市長に任命される。 副市長として在任中、病気療養で職務を離れた前市長本間正巳の職務代理者として、市政の舵取り役を任された。
富樫 宜弘(とがし よしひろ、1954年2月19日 - )は… 富樫 宜弘(とがし よしひろ、1954年2月19日 - )は、日本の武道家。山形県飽海郡八幡町常禅寺(現 酒田市常禅寺)出身 昭和29年2月19日に山形県に生まれる。同日誕生日の俳優・藤岡弘、/空岡康雄 常陸天心古流拳法第二代宗家は、総帥 富樫宜弘と天心古流拳法の同門弟子である。 昭和44年 15歳より空手を始める。 昭和45年 16歳、キックボクシングジムの名門目黒ジム(現.藤本ジム)に入門。 昭和46年 17歳、極真空手 主催 第3回日本空手道選手権大会にエントリーしたが、高校3年生在学中、急病のため断念。 昭和47年、東京都三鷹市内にある大成高等学校を卒業。 昭和48年 19歳、沖縄に渡り、沖縄拳法空手道を喜納敏光師範(現 沖縄拳法空手道協会・会長)の元で修行、初段を允許。
玉川 みね子(たまがわ みねこ、1953年4月29日 - )… 玉川 みね子(たまがわ みねこ、1953年4月29日 - )は、浪曲曲師。日本浪曲協会参与。山形県酒田市出身。 1975年に浪曲師の2代目玉川福太郎と結婚。曲師の高齢化に危機感を持っていた福太郎によって曲師になることを勧められ、1976年から始まった「浪曲三味線教室」に参加し山本太一に師事。三味線教室に加え福太郎によって鍛えられ、1978年頃に木馬亭で初舞台を踏んだ。 2007年、福太郎と死別。入門3ヶ月で師匠を失った玉川太福を曲師として支えた。 近年は、太福が落語芸術協会に加入したことに伴い、落語芸術協会の定席興行に出演することも多い。
佐藤 博(さとう ひろし、1951年5月12日 - )は、山… 佐藤 博(さとう ひろし、1951年5月12日 - )は、山形県酒田市出身の元プロ野球選手(投手)。 酒田商業高校では1969年の西奥羽大会県予選準々決勝に進出するが、酒田東高に敗退し、甲子園には届かなかった。日立製作所へ入社。1971年から都市対抗野球大会に3年連続出場。1973年は再試合も含め5連投、3連勝で準決勝に進出。この大会に優勝した日本鋼管に敗退するが好投手として注目を集めた。 1971年ドラフトで大洋ホエールズから4位指名を受けた。大洋ファンだった佐藤は入団を希望したが、同時に同僚の渡辺孝博もドラフト指名を受け(ヤクルトアトムズ)、「一度に2人もエースが抜けられたら困る」と会社側に反対されたため、入団を拒否した。
八尾坂 修(やおさか おさむ、1951年1月29日- )は、… 八尾坂 修(やおさか おさむ、1951年1月29日- )は、日本の教育学者。専門は、教育行政・教育経営。開智国際大学教育学部教授、玉川大学教師教育リサーチセンター客員教授、九州大学名誉教授、放送大学客員教授。 山形県酒田市生まれ。中央大学法学部法律学科卒業。青山学院大学大学院法学研究科修了後、高校教員を経て横浜国立大学大学院教育学研究科を中退して、1982年1月国立教育研究所指導普及研究員(文部教官)。研究所員としてハーバード大学に留学し、同大学教育学大学院行政・計画・社会政策研究科修士課程修了。1991年7月同教育経営研究部主任研究官、1993年奈良教育大学教育学部助教授、1998年教授、2001年「アメリカ合衆国教員免許制度の研究-教育史的考察」で九州大学教育学博士。
杉原 志啓(すぎはら ゆきひろ、1951年 - )は、日本の… 杉原 志啓(すぎはら ゆきひろ、1951年 - )は、日本の音楽評論家、日本近代思想史研究者。 おもに音楽評論家として活動し、多くの編著書があるが、徳富蘇峰を中心とした日本近代思想史の研究者としての著作もあり、学習院女子大学、フェリス女学院大学、東京藝術大学のほか、出身地にある東北公益文科大学などで非常勤講師を務めた。 山形県酒田市出身。学習院大学で坂本多加雄に師事し、2002年に坂本が没した後は、坂本の選集などの編集・監修に当たった。1993年に『蘇峰と「近世日本国民史」 -大記者の「修史事業」』で、学習院大学より博士(政治学) を取得。
富樫 宜資(とがし よしもと、1950年6月1日 - )は、… 富樫 宜資(とがし よしもと、1950年6月1日 - )は、日本の空手家。日本空手道無門会の創設者・代表(宗主会長)で段位は十段。山形県酒田市常禅寺出身。亜細亜大学出身。 高校時代からキックボクシングに興味を抱き、大学入学後、空手を稽古し始める。 1970年には10日間の山篭り修行をおこなう。同年の第2回オープントーナメント全日本空手道選手権大会に白帯でエントリーした。2回戦で西田幸夫と対戦するが判定負け。1971年の第3回全日本選手権では3回戦で佐藤勝昭に敗北。対戦した佐藤勝昭は試合内容を富樫の前額部に跳び膝蹴りをヒットさせ、大差の判定で勝利したと述べている。 1973年の6月から9月中旬まで奥多摩で100日間の山篭りを行い、空手の稽古に励んだ。
飛島 正(とびしま ただし、1950年5月3日 - )は、山… 飛島 正(とびしま ただし、1950年5月3日 - )は、山形県酒田市出身で伊勢ヶ濱部屋に所属した元大相撲力士。本名は高橋 正(たかはし ただし)。176cm、98kg。最高位は西十両13枚目。得意技は左四つ、寄り、捻り。 実家は農家で、中学時代は野球部に所属し、エースを務めた。当時としても小柄であったが、大相撲の世界の扉を叩いた。1965年11月場所に初土俵。1971年7月場所に十両昇進を果たすも3勝12敗と大敗を喫し、翌9月場所に幕下陥落。十両在位は1場所に終わった。1978年9月場所に28歳で廃業。左四つで食い下がれば頭捻りを引き、離れれば掻っ撥いたり引っ掛けたりと俊敏さと粘り強さを活かした取り口であった。
市原 多朗(いちはら たろう、1950年1月2日 - )は、… 市原 多朗(いちはら たろう、1950年1月2日 - )は、日本の声楽家・テノール歌手。 山形県酒田市出身。2017年2月、酒田市から「酒田市名誉市民」の称号を授与される。 東京藝術大学大学院修了。加藤千恵、金内馨子、渡邊高之助に師事。1979年、第48回日本音楽コンクール第1位、および第15回日伊声楽コンコルソ第1位。1987年、芸術選奨新人賞受賞。 日本を代表するテノール歌手であり、主にイタリアオペラを中心としたレパートリーを持っている。正統派ベルカントの美声と表現力で、世界で活躍した。 二期会オペラ(日生劇場)、マスネ『ウェルテル』のタイトルロールでオペラ・デビューを飾る。 山形新聞社より「平和賞」受賞。
島影 せい子(しまかげ せいこ、1949年2月16日 - )… 島影 せい子(しまかげ せいこ、1949年2月16日 - )は、日本の元バレーボール選手、プロゴルファー。1972年ミュンヘンオリンピックバレーボール女子銀メダリスト。 山形県酒田市出身。酒田市立酒田中央高等学校を経て、1967年に日本リーグの日立武蔵(当時)に入部。日立武蔵は生沼スミエ、高山鈴江などレギュラーが決まっており、活躍の場を求め1968年の後期日本リーグからニチボー貝塚に移籍した。1970年の世界選手権、1972年のミュンヘンオリンピックでそれぞれ銀メダルを獲得した。 引退後の1977年にゴルフのプロテストに合格し、プロゴルファーに転身。1981年のシンコークラシック女子プロゴルフトーナメントで生涯唯一の優勝を飾っている。
北 重人(きた しげと、1948年1月3日 - 2009年8… 北 重人(きた しげと、1948年1月3日 - 2009年8月26日)は、 山形県酒田市生まれの小説家。建築士造園家。本名、渡辺 重人(わたなべ しげひと)。 山形県立酒田東高等学校を経て、1971年、千葉大学工学部建築学科卒業。 一級建築士、技術士建設部門(都市及び地方計画)資格取得後、ランドスケープコンサルタントの株式会社LAU都市施設研究所(現:LAU公共施設研究所)設立。 造園コンサルタント、都市計画コンサルタント業務の傍ら小説を執筆し、短編『陽ざかりの棗(なつめ)』をオール讀物新人賞に応募。最終選考まで残るが、決選投票で山本一力著『蒼龍』に敗れる。 1999年、『超高層に懸かる月と、骨と』で第38回オール讀物推理小説新人賞を受賞。
本間 正巳(ほんま まさみ、1947年(昭和22年)3月8日… 本間 正巳(ほんま まさみ、1947年(昭和22年)3月8日 - 2015年(平成27年)7月20日)は、日本の政治家。山形県酒田市長(1期)。 山形県酒田市生まれ。1970年の東北学院大学卒業後に山形県庁に入庁し、総務部長などを歴任。2007年、山形県企業振興公社理事長に就任。 2009年、酒田市の副市長に就任。2012年、同市市長阿部寿一が辞職し第46回衆議院議員総選挙に立候補したのに伴い行われた市長選挙に立候補し、初当選を果たす。 2014年5月、咽頭癌の除去手術のため宮城県名取市の宮城県立がんセンターに入院し、その後山形市の病院で投薬と放射線手術を受けた。入院する際には、市議会議長に日付を空欄にした状態の辞表を事前に提出していた。
布川 ゆうじ(ぬのかわ ゆうじ、本名: 布川 郁司(読みは左… 布川 ゆうじ(ぬのかわ ゆうじ、本名: 布川 郁司(読みは左記と同一)、1947年2月11日 - 2022年12月25日)は、日本のアニメーター、アニメ演出家、アニメーションプロデューサー、実業家。株式会社スタジオぴえろ創業者・取締役最高顧問、元東北芸術工科大学大学院仙台スクール教授、元日本動画協会理事長。ペンネームに坂田ゆう。 山形県酒田市で生まれ、実家は紳士服の仕立て屋だった。子供の頃から絵を描くこと、芝居・映画を鑑賞することが好きで、高校時代に所属していた美術部の顧問の推薦で宣伝美術を経験し、デザインの仕事に就くことを志望し上京する。昼間にアルバイトをしながら、夜間に日本デザインスクールで学び1967年に卒業。
佐高 信(さたか まこと、1945年〈昭和20年〉1月19日… 佐高 信(さたか まこと、1945年〈昭和20年〉1月19日 - )は、日本の評論家、東北公益文科大学客員教授。元「週刊金曜日」編集委員。山形県酒田市出身。 「ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク」共同代表。先住民族アイヌの権利回復を求める署名呼びかけ人を務める。 近年はYouTube番組であるデモクラシータイムスの『3ジジ放談』に平野貞夫、前川喜平と共に出演している。 2022年、全7巻の『佐高信 評伝選』(旬報社)が刊行されている。 父・兼太郎は茜舟(せんしゅう)の雅号を持つ書道家・教師で、支持政党は一貫して日本社会党(現・社会民主党)。山形県立酒田東高等学校、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。