山田 恭(やまだ きょう、2000年9月27日 - )は、日… 山田 恭(やまだ きょう、2000年9月27日 - )は、日本の俳優、歌手。ダンス・ボーカルグループ『ENJIN』のメンバー。吉本興業所属。石川県羽咋市出身。 ENJINでは「KYO」として活動している。 兄の影響で野球を始め、野球選手になるのが夢だったが、小学生の時に母の誘いでアイドルグループ嵐のコンサートを見に行った際に「いつか自分も同じようなステージに立ちたい」と芸能界にも興味を持つようになったという。 2019年、オーディション番組「PRODUCE 101 JAPAN」に出演。オーディション番組出演前はミュージックビデオのスタンドインの業務に携わっていた。 2020年5月、吉本興業傘下のShowtitleへ所属することが決定し、同年6月より「円神プロジェクト」のメンバーとなる。
池田 颯太(いけだ そうた、1998年10月8日 - )は、… 池田 颯太(いけだ そうた、1998年10月8日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 石川県羽咋市出身。親の影響で小学2年生からバレーボールを始める。 創造学園高等学校(現・松本国際高等学校)、明治大学を経て、2020/21シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 MEN(V1男子)に所属するVC長野トライデンツの内定選手となった。内定選手として2020/21シーズンにV1の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2021年、大学卒業後にVC長野トライデンツに入団した。 2022年、VC長野の副主将に就任した。 2024年5月、VC長野を退団。6月に北海道イエロースターズ入団が発表された。
滝口 れもん(たきぐち れもん、1980年9月13日 - )… 滝口 れもん(たきぐち れもん、1980年9月13日 - )は、日本の漫画家。石川県羽咋市出身・在住。血液型はA型。既婚。2005年、『ハピスタ☆』でなかよし新人まんが賞佳作を受賞し、「なかよしラブリー」春の号でデビュー。同期は春瀬サク・美麻りん。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
北 卓也(きた たくや、1972年5月29日 - )は、石川… 北 卓也(きた たくや、1972年5月29日 - )は、石川県羽咋市出身の元バスケットボール選手、指導者。ポジションはシューティングガード。185cm、80kg。川崎ブレイブサンダース所属。現役時代の背番号は7→1→51(51は2020年にクラブ初の永久欠番となった)。 羽咋中学校時代に全国中学校大会、羽咋高校でも国体に出場した。 拓殖大学に進学し、4年次にインカレ優勝を果たし、最優秀賞選手賞も受賞する。 卒業後の1995年、東芝に入社。同年の福岡ユニバーシアードで銀メダル獲得。 全日本のメンバーにも選ばれ、多くの国際大会を経験する。 1999-2000シーズンにはオールジャパンとリーグで2冠達成。
西多昌規(にしだ まさき、1970年4月8日 - )は、日本… 西多昌規(にしだ まさき、1970年4月8日 - )は、日本の精神科医、早稲田大学スポーツ科学学術院教授。 石川県羽咋市生まれ。金沢大学附属高等学校卒業。東京医科歯科大学卒業。2005年東京医科歯科大学医学博士。1998年国立精神・神経医療研究センター病院、2005年ハーバード大学医学部精神科研究員、2008年東京医科歯科大学精神行動科学分野助教、2011年自治医科大学精神医学教室講師、2015年スタンフォード大学医学部睡眠・生体リズム研究所客員講師、2017年早稲田大学スポーツ科学学術院准教授。2019年早稲田大学睡眠研究所所長、2022年早稲田大学保健センター副所長。2023年早稲田大学スポーツ科学学術院教授。
檜垣 裕志(ひがき ゆうし、1970年 - )は、日本の元プ… 檜垣 裕志(ひがき ゆうし、1970年 - )は、日本の元プロサッカー選手、サッカー指導者である。 石川県羽咋市出身で、ブラジル1部リーグでプロ契約を結びプレーした日本人選手として水島武蔵、三浦知良に次いで3人目となった。 2024年8月現在、明光サッカースクールでサッカー指導を行っている。 1990年に高等学校を卒業後、ブラジルにサッカー留学。サッカーを始めたのが17歳と遅く、ブラジル渡航当時はリフティングもまともにできなかったという。ブラジル一部リーグのクラブ、ポルトゲーザのジュニオールチームに練習生として参加したが、当初は技術の拙い檜垣は他の選手から見下され、その打開策を相談したコーチから「テニスボールによるリフティング」を指示されてやり遂げた。
芝田 浩樹(しばた ひろき、1960年5月7日 - )は、石… 芝田 浩樹(しばた ひろき、1960年5月7日 - )は、石川県羽咋市出身の男性アニメーション演出家・アニメーション監督。血液型A・牡牛座。東映アニメーション所属。 横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)を卒業後、学友であった梅澤淳稔とともに東映動画(現・東映アニメーション)の研修生に。研修期間終了後、東映動画に入社し、『Dr.スランプ アラレちゃん』で演出助手を務めた。演出家としてのデビュー作となったエピソードは、同作の第46話「ペンギン村より愛をこめて」である。『Dr.スランプ アラレちゃん ほよよ!ナナバ城の秘宝』で、初めて監督に就任した。 『ゲゲゲの鬼太郎(第3作)』のシリーズディレクター補佐(=副監督)を務めた後、『ひみつのアッコちゃん(第2作)』にてSD(シリーズディレクター)としてデビュー(第3作でもシリーズディレクターを担当)。
菊澤 研宗(きくざわ けんしゅう、1957年6月20日 - … 菊澤 研宗(きくざわ けんしゅう、1957年6月20日 - )は、日本の経営学者。慶應義塾大学名誉教授。城西大学経営学部特任教授。専門は、新制度派経済学、ダイナミック・ケイパビリティ論、経営哲学、コーポレート・ガバナンスなど。石川県羽咋市出身。
上野 晃(うえの あきら、1952年2月6日 - )は、日本… 上野 晃(うえの あきら、1952年2月6日 - )は、日本の男性アナウンサー。 石川県羽咋市出身。駒澤大学卒。1976年にテレビ和歌山(WTV)へ入社、1980年春にテレビ埼玉(TVS)へ移籍。TVS在籍時は、報道制作局アナウンス室長を務めた。のべ22年に渡る局アナ生活ののち、1998年よりフリーアナウンサーへ転身。WTV入社以来、TVS移籍後も、野球・ゴルフ・サッカーなどのスポーツ番組を中心に、音楽、ニュース、特番など担当し、フリー転身後もTVS(2006年4月以降の愛称は、テレ玉)のスポーツ中継でメインアナウンサーを務める。また、CS放送のスポーツ番組を各種担当している(野球、サッカーのほか、ボウリングなど)。
本多 敏良(ほんだ としろう、1948年5月24日 - )は… 本多 敏良(ほんだ としろう、1948年5月24日 - )は、日本の指揮者である。国立音楽大学器楽科。ウィーン国立音楽大学指揮科。高岡フィルハーモニー管弦楽団音楽監督・常任指揮。石川県羽咋市出身。 国立音楽大学にてクラリネットを専攻し、大橋幸夫に師事する。その後、東京芸術大学教授金子登の内弟子となり、指揮者に転向。チェリベ弦楽合奏団を編成し、金沢公演でデビュー。 1969年、金子登の勧めでウィーン国立アカデミー(現、ウィーン国立音楽大学)に留学。ハンス・スワロフスキーに指揮法を師事。 1972年8月 ザルツブルグでの指揮者・カラヤンのゼミにも参加。 1974年12月、日本に帰国。同年、石川フィルハーモニー交響楽団の初代常任指揮者に就任。
川井 昭夫(かわい あきお 、1948年 - )は、日本の現… 川井 昭夫(かわい あきお 、1948年 - )は、日本の現代美術家。竜舌蘭の世界有数のコレクター。 1970年代から、観葉植物に興味を持ち、植物を主題とした制作を始める。1979年、ジャパンアートフェスティバル優秀賞受賞。 1980年代〜90年代半ばにかけて、支持体の地色に限りなく近い絵の具を用い、表面にシステマチックに塗り重ねた絵の具の痕跡だけをのこす絵画シリーズを手掛けるようになる一方で、植物の造形性や表現媒体としての可能性を探究し始める。 1992年から2002年にかけて北陸の山深い過疎の村で「表現と場の関係を問い直す」プロジェクト「野積」(本来置かれるべき処ではない「場」に一時的に仮置きするという意味)を計6回企画し、セシル・アンドリュ、伊藤公象、角偉三郎らが参加。
山上 徹(やまじょう とおる、1943年 - )は日本の観光… 山上 徹(やまじょう とおる、1943年 - )は日本の観光経営学者。台湾・台中生まれ、石川県羽咋市出身。同志社女子大学名誉教授、博士(商学)。専門研究領域は観光経営、ホスピタリティ・マネジメント、国際交通政策など。2025年秋の叙勲にて瑞宝小綬章を受章。 日本大学経済学部卒、日本大学大学院商学研究科修士課程修了、 青山学院大学大学院経営学研究科修士課程修了、 日本大学大学院商学研究科博士課程 単位取得満期退学 日本大学在外研究員(西ドイツ・ハンブルク大学)に1年間留学。 日本国際観光学会理事・監事・顧問、日本海運経済学会評議員、アジア市場経済学会理事、日本貿易学会監事・理事・名誉会員、日本港湾経済学会常任理事・副会長・会長、関西部会会長を経て名誉会員、日本観光ホスピタリティ教育学会理事・副会長・会長・評議員・名誉会員、日本ホスピタリティ・マネジメント学会理事・副会長・会長・顧問、経営関連学会協議会評議員、日本経済学会連合評議員等を歴任。
寺越 友枝(てらこし ともえ、1931年3月28日 - 20… 寺越 友枝(てらこし ともえ、1931年3月28日 - 2024年2月25日)は、1963年(昭和38年)5月に行方不明になり、1987年(昭和62年)1月に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)で生存していることが判明した寺越武志の母親。 1963年(昭和38年)5月11日土曜日、中学校に入学して間もない長男、寺越武志(当時13歳)が叔父の寺越昭二(当時36歳)、寺越外雄(当時24歳)とともに小型漁船「清丸」で能登半島沖へメバル漁に出たまま行方不明になった。「清丸」は5月11日午後1時ころに高浜港を出港し、北よりの富来町(現、志賀町)福浦港に立ち寄った後、午後4時ころ福浦の沖400メートルに刺し網を入れた。
杉浦 貞(すぎうら ただし、1931年〈昭和6年〉 - )は… 杉浦 貞(すぎうら ただし、1931年〈昭和6年〉 - )は、日本の紙芝居師。石川県羽咋市出身、石川県立羽咋高等学校卒業。1952年(昭和27年)からは大阪府大阪市に在住。 もとは大阪府内の染色工場に染色技師として勤めており、仕事の合間にボランティアグループに参加して紙芝居に触れたことで、職場の休日に紙芝居を行なっていた。1980年(昭和55年)、工場の倒産を機にプロの紙芝居師となり、大阪市内の公園などで興業を行なう。紙芝居師が激減している21世紀以降においては、兼業で活動する紙芝居師はいるものの、専業の紙芝居師は大阪では杉浦が唯一と見られており、テレビでも「最後の紙芝居師」と紹介されて話題を呼んでいる。
米沢 外秋(よねざわ そとあき、1924年9月9日 - 20… 米沢 外秋(よねざわ そとあき、1924年9月9日 - 2001年1月10日)は、日本の政治家、実業家。石川県羽咋市出身、金沢市立工業学校(現在の金沢市立工業高等学校)卒業。 米沢電気工事の設立者で、石川県議会議員(自由民主党所属)を11期務めた。
今井 清(いまい きよし、1924年4月28日 - 1999… 今井 清(いまい きよし、1924年4月28日 - 1999年1月28日)は、日本のバーテンダー。ミスター・マティーニと称される。 石川県羽咋市出身。1939年より東京會舘に勤め、本多春吉に師事。後に酒場主任を務める。 パレスホテル(現・パレスホテル東京)のメインバーである「ロイヤルバー」の設計は今井の手によるものである。今井はパレスホテルの初代チーフバーテンダーを務めた。 ジンを冷蔵庫に入れて冷やしておくことで、ジンそのものの味を残しつつ冷たいマティーニを作る手法を考案したのは今井である。 1999年、脳腫瘍のため死去。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
松本 筑峯(まつもと ちくほう、1918年(大正7年)9月2… 松本 筑峯(まつもと ちくほう、1918年(大正7年)9月25日 - 2009年(平成21年)12月22日)は日本の書家。現代破体書道の第一人者。石川県羽咋市に生まれ、茨城県下妻市で育つ。本名は磐祐。東洋書道芸術学会会長。松本書道会名誉会長。月刊書道誌『方円』・季刊書道誌『破体』発行。『破体書道史(中国編・日本編)』他著書多数。 世界各地で個展や破体展を開催。海外でも究極の書芸術「破体」に対しての評価は非常に高く、精力的に破体書道の普及に取り組んだ。大韓民国社会教育文化大賞・中国南京市文化功労者、中国鎮江市文化交流貢献賞等を受賞し、破体書法国際展審査長を歴任した。 茨城県立下妻中学校(現在の茨城県立下妻第一高等学校)卒業 1941年(昭和16年)、東京美術学校(現在の東京芸術大学)師範科卒業 1918年(大正7年)、9月25日に松本源祐の五男として石川県羽咋市(現在の白山市)に生まれる 1923年(大正12年)、父親の松本源祐が石川県羽咋市(現在の石川県白山市一里野)で生祠され、開成社と命名 1941年(昭和16年)、東京美術学校師範科卒業在学中、書道漢字は石橋犀水、仮名は比田井小琴、油絵は小林万吾、井原宇三郎、日本画は矢沢弦月に師事 1941年(昭和16年)、愛知県豊橋中学校(現在の時習館高校)の図画の教師として赴任。
稲村 佐近四郎(いなむら さこんしろう、1917年1月20日… 稲村 佐近四郎(いなむら さこんしろう、1917年1月20日 - 1990年7月29日)は、日本の政治家。元自由民主党衆議院議員(8期)。 石川県羽咋市大町出身。安田商工専門学校卒業。建設会社社長を経て、1963年の第30回衆議院議員総選挙に旧石川2区から立候補し初当選。連続当選8回(当選同期に小渕恵三・橋本龍太郎・小宮山重四郎・田中六助・伊東正義・渡辺美智雄・佐藤孝行・藤尾正行・中川一郎・鯨岡兵輔・西岡武夫・奥野誠亮・三原朝雄など)。自民党内では中間派の大野伴睦→村上勇→水田三喜男派に所属したが消滅後は中曽根康弘派に合流。1977年福田改造内閣の総理府総務長官兼沖縄開発庁長官として初入閣。1983年第2次中曽根内閣で国土庁長官兼北海道開発庁長官として再度入閣を果たす。
福田 陸太郎(ふくだ りくたろう、1916年2月9日 - 2… 福田 陸太郎(ふくだ りくたろう、1916年2月9日 - 2006年2月4日)は、日本の英米文学者、比較文学者、詩人、東京教育大学名誉教授。紫綬褒章・勲三等旭日中綬章受章。追叙従四位。 1916年、石川県羽咋市生まれ。1940年、東京文理科大学英文科を卒業した。 卒業後は東京高等師範学校に勤務。太平洋戦争後の1947年、東京教育大学助教授に就任した。のち教授に昇任。1948年には、太田三郎、中島健蔵らと共に日本比較文学会を創立。1949年から3年間ソルボンヌ大学に研究留学。1961年からはフルブライト交換教授として1年間米国の諸大学に派遣された。1977年に東京教育大学を定年退官し、名誉教授となった。
折口 春洋(おりくち はるみ、旧姓: 藤井、1907年2月2… 折口 春洋(おりくち はるみ、旧姓: 藤井、1907年2月28日 - 1945年3月19日)は、日本の国文学者、歌人。折口信夫の門弟、養嗣子。國學院大學教授。最終階級は陸軍中尉。 1907年(明治40年)2月28日、石川県羽咋郡一ノ宮村一ノ宮寺家千五十七番地(現・羽咋市)に藤井升義の四男として生まれる。 1913年(大正2年)4月、一ノ宮小学校に入学。1919年(大正8年)4月、金沢市少将町高等小学校に転じる。長兄・次兄と共に、同村の老婦をつけて、早くから遊学させられた。1920年(大正9年)4月、石川県立金沢第一中学校(現・石川県立金沢泉丘高等学校)入学。 1925年(大正14年)4月、國學院大學予科入学。
雷電 震右エ門(らいでん しんえもん、1842年 - 188… 雷電 震右エ門(らいでん しんえもん、1842年 - 1884年11月16日)は、能登国羽咋郡(現在の石川県羽咋市)出身で千賀ノ浦部屋(入門時は阿武松部屋)に所属した大相撲力士。本名は和吉→楠 和助。現役時代の体格は身長177cm、体重125kg。得意手は突き、押し。最高位は大関。 史上最強と言われる雷電爲右エ門引退後、ただ一人雷電の四股名を名乗った人物である。彼以後、雷電の名を名乗る力士はおらず、止め名となっている。 文久2年(1862年)ごろ江戸に出て、3代阿武松(元松ヶ枝)のもとに入門したと伝わる。元治元年(1864年)4月場所に序ノ口から初土俵。四股名は初め「槇割」、のち「里神楽」から「北ノ浦」、「兜山」と次々替わるが実力は高く評価されており、まだ入幕もしていないのに姫路藩お抱え力士になったほどである。
朝ノ龍 拓弥 は、石川県羽咋市出身で、高砂部屋所属の現役大相… 朝ノ龍 拓弥 は、石川県羽咋市出身で、高砂部屋所属の現役大相撲力士。本名は深井 拓斗。身長180.5cm、体重135.4kg、血液型はA型。最高位は東幕下4枚目(2023年11月場所)。