山城 新伍(やましろ しんご、1938年〈昭和13年〉11月… 山城 新伍(やましろ しんご、1938年〈昭和13年〉11月10日 - 2009年〈平成21年〉8月12日)は、日本の俳優・司会者・タレント・映画監督・映画評論家・声優。大橋巨泉と同様、知的・反権力・少しエッチな芸風の司会者として活躍した。最終所属はオフィスタッチ。本名は渡辺 安治(わたなべ やすじ)。京都市上京区出身。 元妻は花園ひろみ、娘は南夕花。 京都府京都市で開業医の子として生まれる。京都府立山城高等学校卒業。高校ではラグビー部に入っていた。両親と同じ道に進もうと医大への進学を考えて大阪医科大学、関西医科大学を受験したが、いずれも不合格だった。 医師の道を諦め、時代劇スターに憧れ、エキストラをやった後、東映ニューフェイス第4期に応募して、1957年に東映へ入社。
稲畑 武雄(いなばた たけお、1938年11月9日 - 20… 稲畑 武雄(いなばた たけお、1938年11月9日 - 2005年12月1日)は、日本の経営者。稲畑産業社長を務めた。 京都府京都市出身。1961年に慶應義塾大学文学部を卒業。日本IBMでの勤務を経て、1970年に稲畑産業に転じ、1978年6月に取締役に就任し、1979年12月に常務、1989年10月に専務を経て、1992年7月に副社長に就任し、1998年6月には社長に昇格。住友製薬監査役も務めた。 2001年4月に藍綬褒章を受章。 2005年12月1日に肺ガンのために在任中に死去。67歳没。
嶋谷 征四郎(しまたに せいしろう、1938年11月6日 -… 嶋谷 征四郎(しまたに せいしろう、1938年11月6日 - 2001年10月24日)は、京都府京都市出身のサッカー選手、サッカー指導者。サッカー日本代表として国際Aマッチ1試合に出場した。 京都の友禅の染色職人の家に生まれ、1957年に京都府立山城高等学校を卒業して関西大学へ入学。在学中はサッカー部に所属し、フルバック(今のセンターバック)の名手として活躍し、1959年に日本代表に選出された。大学卒業後の1961年より古河電気工業に入社。当時の同僚としては川淵三郎や宮本征勝などがおり、長く親交があった。これらの親交が後に京都紫光クラブが京都パープルサンガ(現:京都サンガF.C.)へと進化していく中でも生かされていたことは嶋谷を知る人の中では有名な話である。
松尾 清三(まつお せいぞう、1938年11月5日 - )は… 松尾 清三(まつお せいぞう、1938年11月5日 - )は、日本のクイズ王。1977年に放映された『第1回アメリカ横断ウルトラクイズ』(日本テレビ系)で初代チャンピオンになった。他にテレビのクイズ番組で5度の優勝経験を持つ。関西クイズ愛好会所属。血液型B型。
中尾 正(なかお ただし、1938年7月26日 - )は、日… 中尾 正(なかお ただし、1938年7月26日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・栗東トレーニングセンターに所属した調教師。主な管理馬に、それぞれGI級競走に優勝したイブキマイカグラ、ビッグテースト、ビッグウルフなどがいる。 中尾秀正(調教師)は実子、中尾謙太郎(調教師)、中尾銑治(騎手・調教師)は実兄、宮本悳(騎手・調教師)は義兄である。京都府出身、平安高等学校卒。 1938年、京都競馬場で厩務員を務める中尾嘉蔵の三男として生まれる。 長兄・謙太郎、次兄・銑治がそれぞれ厩務員、騎手見習いとして競馬界に入ったのに対し、正は父より一般企業に入ることを望まれ、私立平安高等学校に進学した。一方で、この頃から謙太郎が所属していた武田文吾厩舎でアルバイトの厩務員として勤務を始めた。
布垣 豊(ぬのがき ゆたか、1938年7月22日 - 202… 布垣 豊(ぬのがき ゆたか、1938年7月22日 - 2021年1月12日)は、日本の経営者。京都中央信用金庫理事長を務めた。 京都府京都市出身。立命館中学校・高等学校を経て、1961年に立命館大学法学部を卒業。両親や親戚が京都中央信用金庫の原型である京都市中央市場組合で働いていたこともあり、同年に京都中央信用金庫に入社した。1989年に理事に就任し、1997年に副理事長を経て、2002年6月に理事長に就任。理事長就任の半年後に、京都中央信用金庫立てこもり事件を経験した。2015年11月に会長を経て、2018年6月には名誉会長に就任。 2021年1月12日に死去。79歳没。
泉 ひろし(いずみ ひろし、1938年6月25日 - )は、… 泉 ひろし(いずみ ひろし、1938年6月25日 - )は、元吉本新喜劇、松竹新喜劇の座員、元漫才師、俳優。本名は小泉賢麿。 京都府京都市の出身。最初は新劇・アクタープロ所属の役者。その後1957年に小人座に入座。1959年に柳枝劇団の三遊亭柳枝門下に入門、同年6月に柳豊作の名で柳万作と漫才コンビを結成し新花月で初舞台。1961年に松竹トンボリ座に入座し「泉ゆたか」の名でコメディアン。1964年から泉スナップの名で中田チャックとコンビを結成。1968年に解散し同年9月11日に吉本新喜劇入団、1991年よりライバルの松竹新喜劇に移籍。2000年4月に退団後はフリーの俳優でNHKなどのドラマに出演。
東田 巍(ひがしだ たかし、1938年6月12日 - )は、… 東田 巍(ひがしだ たかし、1938年6月12日 - )は、京都府京都市出身の元プロ野球選手(捕手)。
民秋 史也(たみあき ふみや、1938年6月10日 - 20… 民秋 史也(たみあき ふみや、1938年6月10日 - 2010年8月17日)は、京都府出身の実業家。元・株式会社モルテン代表取締役社長。クリスチャン。 同志社高校、東京大学文学部および教育学部を卒業後、東洋工業(現マツダ)に入社。1970年にアメリカ子会社マツダ・モータース・オブ・アメリカに出向。その間、南カリフォルニア大学大学院で経営学を専攻した。 帰国後の1976年、義父の弟でありモルテンゴム工業(現モルテン)創業者の増田秀雄が体調不良により退いたため、同年より同社代表取締役社長に就任した。1979年、アディダスと技術提携したことにより、モルテンを世界的メーカーに育て上げた。 モルテン社長職ともに様々な役職を歴任、広島経済大学および広島修道大学の特別客員教授や、1986年から1994年まで広島県教育委員会委員、1990年3月から1997年11月まで広島商工会議所副会頭、広島キリスト教青年会(YMCA)理事長などを務めた。
鈴木 史朗(すずき しろう、1938年〈昭和13年〉2月10… 鈴木 史朗(すずき しろう、1938年〈昭和13年〉2月10日 - )は、日本のフリーアナウンサー、タレント。元TBSアナウンサー。 本名は同じだが、TBS在職当時より冒頭表記と「鈴木 史郎」表記の両方が見られる。 京都府京都市北区、上賀茂神社の社家、神社を守護する武士の家系の出身。父親が日中貿易会社を設立し、幼少期は仕事関係から中国大陸で暮らす。第二次世界大戦の終戦後は、父親が無実のスパイ容疑をかけられ中国政府に拘束、強権的に財産没収を受ける。そのため母親と妹2人の4人で日本へ引き揚げることとなり、北京から天津の港まで約120kmを徒歩で移動したという。佐世保に着いた時、黄砂で空も空気も黄色く濁っていた中国に比べて、日本は「こんなにもきれいな国があるのか。
岩井 國臣(いわい くにおみ、1938年〈昭和13年〉2月5… 岩井 國臣(いわい くにおみ、1938年〈昭和13年〉2月5日 - 2025年〈令和7年〉4月21日)は、日本の政治家、建設技官。 国土交通副大臣(第2次小泉改造内閣・第3次小泉内閣)、国土交通大臣政務官(第2次森改造内閣)、参議院決算委員長、参議院議員(2期)、建設省河川局長、同省中国地方建設局長などを歴任。 京都府京都市生まれ(本籍地は福岡県行橋市)。京都府立朱雀高等学校、京都大学工学部を経て、京都大学大学院修了。大学院修了後に建設省に入省。中国地方建設局長や河川局長を歴任した。 1995年(平成7年)、第17回参議院議員通常選挙に自由民主党公認で比例区から立候補し、初当選。2001年(平成13年)、第2次森改造内閣で国土交通大臣政務官に就任。
岩井 嘉男(いわい よしお、1938年1月24日 - 201… 岩井 嘉男(いわい よしお、1938年1月24日 - 2012年)は、日本の電気/電子物理工学・半導体工学者。工学博士(大阪大学)。電気学会関西支部2001協議員 。大阪大学工学部電気系同窓会澪電会元会員。 専門は、半導体工学・電気/電子物理工学。 京都市生まれ。1961年大阪工業大学工学部電気工学科卒業。1963年大阪大学大学院工学研究科電気工学専攻修士課程修了、のちに工学博士(大阪大学)。1969年大阪工業大学工学部電気工学科に講師として着任。その後、助教授・教授などを経て、2003年大阪工業大学退官。退官後は、同大学電気クラブ会長も務めた。2012年逝去。 大阪工業大学工学部電気工学科にて30年以上の長きに渡り教鞭を執り、特に半導体工学の研究・育成に貢献した。
伊吹 文明(いぶき ぶんめい、本名:伊吹 文明(漢字同じ、い… 伊吹 文明(いぶき ぶんめい、本名:伊吹 文明(漢字同じ、いぶき ふみあき)、1938年〈昭和13年〉1月9日 - )は、日本の政治家、大蔵官僚。勲等は桐花大綬章。 自由民主党所属の元衆議院議員(12期)。文部科学大臣(第8代)、財務大臣(第9代)、労働大臣(第64代)、国家公安委員会委員長(第66代)、防災担当大臣(初代)、自由民主党幹事長(第41代)、志帥会会長(第4代)、衆議院議長(第74代)、自民党たばこ議員連盟顧問を歴任した。 その人格から、「イブキング」とも呼ばれている。 京都府京都市下京区に生まれる。生家は文久年間に創業した室町の繊維問屋・伊吹株式会社で、現在も室町で営業している。
村山 敦(むらやま あつし、男性、1938年 - )は、日本… 村山 敦(むらやま あつし、男性、1938年 - )は、日本の経営者。関西国際空港株式会社(関空会社)の元代表取締役社長。 京都市出身。1961年に京都大学法学部を卒業し、松下電器産業(現 パナソニック)に入社。同社ではコンプレッサー部門を長年担当したのち、1994年には人事部長に、翌年には取締役となる。その後、常務、専務、副社長を歴任する。社長の中村邦夫とともに経営改革に取り組み、業績の「V字回復」を実現した。 松下での手腕を買われ2003年6月、関空会社の社長に就任。同社社長としては初めての民間企業出身者である。 コスト削減などを徹底した結果、2004年3月期決算(単体)は純利益が43億円となり、開港10年目にして初の黒字化を達成するなどの成果をあげた。
宮崎 隆太郎(みやざき りゅうたろう、1938年 - 201… 宮崎 隆太郎(みやざき りゅうたろう、1938年 - 2014年10月27日)は、日本の小学校教員。 京都市生まれ。1961年京都学芸大学を卒業後、開成小学校・枚方第二小学校等、大阪府枚方市の小・中学校の教員として障害児教育・障害者運動に携わる。その間、枚方市教育委員会の障害児教育担当の指導主事を1978年から1979年の2年間、大阪府学校教育審議会委員を8年間、京都教育大学発達障害科非常勤講師、NHK「心身障害児とともに」番組委員を務めた。 1998年から6年間、種智院大学教授。「障害者福祉論」などを担当。その間、同大学仏教学部長を務めた。2004年時点で種智院大学客員教授。2014年10月、死去。
岡本 健一(おかもと けんいち、1937年12月3日 - )… 岡本 健一(おかもと けんいち、1937年12月3日 - )は、日本のジャーナリスト・考古学者。京都府京都市生まれ。 1961年京都大学文学部史学科国史専攻卒、毎日新聞社入社。1962年高松塚古墳発掘で被葬者の推定を行う。京都支局・社会部・学芸部に勤務。学芸部副部長、1982年部長・1985年論説委員兼編集委員、1991年論説副委員長、特別編集委員、1999年客員編集委員。1999年京都学園大学人間文化学部教授。2008年定年退職。1979年“稲荷山鉄剣銘発見”のスクープと一連の解説で日本新聞協会賞グランプリ、1999年長年の公正な文化財報道と啓発的な著作で藤森栄一賞(長野県考古学会賞)。
吉村 元男(よしむら もとお、1937年11月6日 - )は… 吉村 元男(よしむら もとお、1937年11月6日 - )は、日本の造園家。環境デザイナー。元鳥取環境大学環境情報学部環境デザイン学科教授、環境学者。地域ネットワーク会議代表。NPO鳥取エコタウン2020理事長。京都市出身。同じく鳥取環境大学の教授で、京大農学部出身者は、三野徹、福島義宏がいる。 京都市出身。1960年京都大学農学部林学科(造園学講座)卒業後、京都の造園家・井上卓之の元で修行する。1967年からAIN造園事務所で大阪万国博覧会会場計画に参加。1968年環境事業計画研究所を設立、所長となる。2000年鳥取環境大学教授。1984年、鎮守の森保存修景研究で、第11回環境賞優良賞。2000年日本公園緑地協会北村徳太郎賞受賞。
藤田 久一(ふじた ひさかず、1937年(昭和12年)8月2… 藤田 久一(ふじた ひさかず、1937年(昭和12年)8月23日 - 2012年(平成24年)11月7日)は、日本の法学者。専門は国際法。学位は、法学博士(京都大学・論文博士・1985年3月)(学位論文「国際人道法」)。東京大学教授・神戸大学教授を経て、関西大学名誉教授。万国国際法学会正会員。京都府京都市出身。 国際人道法の大家であるが、核兵器規制や軍縮、戦争犯罪などに関する研究も多い。 指導教官は田畑茂二郎。学部生時代は加藤新平(法哲学)のゼミナリステンであった。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
尾崎 千秋(おざき ちあき、男性、1937年〈昭和12年〉6… 尾崎 千秋(おざき ちあき、男性、1937年〈昭和12年〉6月2日 - )は元京都放送・ラジオ大阪アナウンサー・フリーアナウンサー・ラジオパーソナリティー。 京都府京都市出身。1960年同志社大学卒業後にKBS京都に入社、その後ラジオ大阪に移籍し、数々の番組に出演する。その後フリーとなり、大阪樟蔭女子大学で講師を務めた。声質が横山ノックに似ている。若かりし頃の愛称は「チータン」。京都学園大学人間文化学部文化コミュニケーション学科でアナウンス論の講師を勤めていた
宮本 信生(みやもと のぶお、1937年5月3日 - )は、… 宮本 信生(みやもと のぶお、1937年5月3日 - )は、日本の外交官・外交評論家。 京都府京都市生まれ、愛媛県出身。1962年慶應義塾大学法学部卒、1990年「中ソ対立生成・発展の基本要因についての研究: 米中ソの「核」と中ソの大国民族主義・意識の結合」で法学博士。1962外務省入省、駐キューバ特命全権大使、駐チェコ特命全権大使を歴任後、外交評論家として執筆、講演活動に入る。2000年、フルート奏者・歌手・女優の神崎愛と結婚。
石川 フミヤス(いしかわ フミヤス、1937年4月24日 -… 石川 フミヤス(いしかわ フミヤス、1937年4月24日 - 2014年11月24日)は、日本の漫画家。京都府京都市南区唐橋門脇町出身。本名は石川文康。血液型はB型。 子供の頃から手塚治虫の漫画に慣れ親しむ。高校卒業後、病弱だったため就職を断念、家でも出来る仕事として漫画家を目指す。 1956年12月、日の丸文庫より『復讐の鬼』でデビュー。その後は『影』(日の丸文庫)、『街』(セントラル出版)などの貸本漫画誌に執筆。1959年、さいとう・たかを、桜井昌一、辰巳ヨシヒロらとともに漫画家グループ「劇画工房」に参加する。1960年、「劇画工房」解散後「さいとう・プロダクション」設立と共にスタッフとなる。
吉田 曠二(よしだ ひろじ、1937年4月15日 - )は、… 吉田 曠二(よしだ ひろじ、1937年4月15日 - )は、日本のジャーナリスト、歴史家。 京都市生まれ。1963年同志社大学大学院法学研究科修士課程修了。1964年朝日新聞大阪本社入社。入社後も大学院時代の師田畑忍に師事し、日本近現代史研究を継続。1997年定年退職、名城大学非常勤講師となり外交史、政治史の講義を担当。
馬場 伸也(ばんば のぶや、1937年3月25日 - 198… 馬場 伸也(ばんば のぶや、1937年3月25日 - 1989年10月6日)は、日本の政治学者、大阪大学法学部教授。専門は、国際政治学、カナダ研究、平和学、国際社会学。 京都府京都市生まれ。同志社大学法学部卒業。カリフォルニア大学バークレー校から博士号(歴史学)取得。カナダ・マギル大学準教授、津田塾大学教授を経て、1982年から大阪大学で教鞭を執る。日本平和学会会長(1987年-1989年)、日本カナダ学会初代会長を務める。1989年、心不全のため死去。 日本の国際関係論に、国家というアクターを中心に考えない視座や文化というものの見方を導入した先駆者の一人として、今日でも評価されている。
塩見昇(しおみ のぼる、1937年2月11日 - )は、日本… 塩見昇(しおみ のぼる、1937年2月11日 - )は、日本の図書館学者。専門は図書館情報学。大阪教育大学名誉教授。 京都府京都市出身。京都大学教育学部卒業。1960年大阪市立図書館司書、1971年大阪教育大学講師。同教授、同大学附属図書館長を歴任した。2002年定年退職、名誉教授、大谷女子大学教授。2007年退職。日本図書館協会理事長(2005年 - 2013年)、日本図書館研究会理事長。2016年春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。
斑目 力曠(まだらめ りきひろ、1937年1月30日 - )… 斑目 力曠(まだらめ りきひろ、1937年1月30日 - )は、日本の実業家。ネミック・ラムダ(現デンセイ・ラムダ)創業者。真言宗大覚寺派僧侶。 京都府京都市出身。龍谷大学文学部仏教学科卒業後、高野山大学大学院密教学専攻に進んだ。 伊藤忠自動車、エンサイクロペディア・ブリタニカ日本支社、セキ製作所を経て、1970年、日本電子メモリ工業設立、1978年、同社の営業を引き継いでネミック・ラムダ(現デンセイ・ラムダ)設立、代表取締役社長に就任。 ネミックラムダは1991年店頭登録、1995年東証二部上場、1996年東証一部上場。1998年、英国系親会社と対立し代表取締役会長兼社長の座を追われた。 密教の僧侶でもあるため、その思想を経営哲学に取り入れた。
内田 嘉弘(うちだ よしひろ、1937年 - )は、日本の登… 内田 嘉弘(うちだ よしひろ、1937年 - )は、日本の登山家。日本山岳会、日本ヒマラヤ協会、日本山岳文化学会、京都山友クラブ、京都府山岳連盟所属。 京都府京都市生まれ。1957年、鈴鹿連峰霊仙山に登ったことがきっかけで登山の道へ。1962年立命館大学法学部卒業後、本格的に登山家として活動を始める。登山のほか、京都野鳥の会自然観察指導員も務める。
本城 靖久(ほんじょう のぶひさ、1936年10月19日- … 本城 靖久(ほんじょう のぶひさ、1936年10月19日- )は、日本の旅行学研究者。大学教員も務めた。 母・本城はつは、人見絹枝らと第3回国際女子競技大会に出場した陸上選手だった。甥は写真家の本城直季。 京都市生まれ。京都大学法学部卒業。自治省に入省。1967年から1971年まで、フランスに留学、パリ国際行政学院アジア部卒。国連職員としてセネガル、ケニアで勤務。 1983年に『グランド・ツアー』でサントリー学芸賞受賞。同作は漫画化(石ノ森章太郎作画・仲倉重郎脚本『グランド・ツアー 英国式大修学旅行』中央公論社〈中公コミック〉、1997年)もされた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
西大路 隆昭(にしおおじ たかあき、1936年(昭和11年)… 西大路 隆昭(にしおおじ たかあき、1936年(昭和11年)9月9日 - )は、日本の実業家。西大路家の第23代当主。父は西大路隆敏。同志社大学卒業。京都府京都市出身。 1936年(昭和11年)に京都府京都市で子爵・西大路隆敏とその妻で日本電力社長・池尾芳蔵の次女である正子の長男として生まれる。同志社大学卒業。 1953年(昭和28年)に父の隆敏が亡くなり家督を相続し、西大路家の当主となる。私生活では矢嶋新兵衛の娘である洋子と結婚し、1男1女を儲けた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
仲尾 宏(なかお ひろし、1936年8月27日 - 2023… 仲尾 宏(なかお ひろし、1936年8月27日 - 2023年1月1日)は、日朝関係史学者、京都造形芸術大学客員教授。一般社団法人在日コリアン・マイノリティー人権研究センター(KMJ)理事長。財団法人世界人権問題研究センター理事。龍谷大学安重根東洋平和研究センター客員研究員。前近代日朝関係史、朝鮮通信使を研究。 京都府京都市生まれ。1960年同志社大学法学部政治学科卒業。京都芸術短期大学・京都造形芸術大学教授、2007年京都造形芸術大学客員教授。 2002年京都市国際交流賞。2007年京都新聞学術文化大賞。 2023年1月1日、脳梗塞のため死去。86歳没。
柴田 章平(しばた しょうへい、1936年8月2日 - 20… 柴田 章平(しばた しょうへい、1936年8月2日 - 2021年9月)は日本の大蔵・公取官僚。 公正取引委員会事務局長、神奈川銀行会長、財団法人公正取引協会会長、公益財団法人公正取引協会会長(初代)などを務めた。 京都府京都市出身(父は愛知県、母は東京都)。1955年3月:京都市立紫野高等学校卒業。1959年3月:京都大学経済学部卒業。 1959年4月:大蔵省入省(為替局総務課)。1964年7月:大臣官房調査課調査第一係長 兼 大臣官房調査課調査第二係長。1965年7月:大臣官房調査課調査第一係長。1966年7月:倉敷税務署長。1967年7月:通商産業省企業局商務第一課長補佐。 1969年7月:大臣官房調査企画課長補佐(内国調査)。
松尾 稔(まつお みのる、1936年(昭和11年)7月4日 … 松尾 稔(まつお みのる、1936年(昭和11年)7月4日 - 2015年5月9日)は、日本の工学者。名古屋大学名誉教授、元総長。工学博士(京都大学)。専門は土質工学。京都市出身。 1960年京都大学工学部土木工学科卒業、1962年同大学院工学研究科修士課程修了、1964年京都大学講師、65年助教授。1969年「引揚力を受ける基礎と複合地盤の支持力に関する研究」で工学博士(京都大学)、1972年名古屋大学工学部助教授、1978年教授、1989年工学部長、1995年名古屋大学理工科学総合研究センター長、1998年名古屋大学総長、2004年退任、名誉教授、財団法人科学技術交流財団理事長、なごや環境大学(これは正式な大学ではない)学長、2004年6月中部電力株式会社社外監査役、2006年財団法人名古屋都市センター理事長。
井上 稔(いのうえ みのる、1936年4月16日 -)は日本… 井上 稔(いのうえ みのる、1936年4月16日 -)は日本画家。京都府京都市生まれ。日展会友(出品委嘱)、朴土グループメンバー。
柳川 慶子(やながわ けいこ、本名;本郷 慶子、1936年〈… 柳川 慶子(やながわ けいこ、本名;本郷 慶子、1936年〈昭和11年〉4月11日 - )は、日本の女優。京都府京都市出身。 夫は俳優の本郷淳、息子は俳優の本郷弦。父は記録映画作家の柳川武夫、義父は本郷新。同志社大学文学部中退。 俳優座養成所第8期生(同期には水野久美、三木弘子、青樹知子がいた)。 1958年、岡本喜八監督にスカウトされて『結婚のすべて』でデビュー。同年、東宝へ入社。 1963年に東宝を退社すると、劇団雲を経て、1975年の演劇集団 円設立参加以来、同所に所属。 ※ 以下、公式ページを参照。
山嵜 泰正(やまざき やすまさ、1936年(昭和11年)月日… 山嵜 泰正(やまざき やすまさ、1936年(昭和11年)月日不明 - 2015年(平成27年)7月)は、京都市出身の郷土史研究家。説話・伝承学会、京都地名研究会、世界鬼学会などの学会に所属した。 京都市立堀川高等学校から立命館大学へ進学し、同大学院(法学修士)卒業後は、京都府立桃山高等学校、京都府立大江高等学校、京都府立洛北高等学校を経て、京都教育大学付属高等学校にて教鞭を取り、加えて、京都教育大学の非常勤講師を兼務した。定年退官後は京都文教大学の非常勤講師を経て、京都リビング新聞カルチャー講座、ラボール学園(京都勤労者学園)、生涯学習センター(京都市、宇治市)にて「歴史・説話」「歴史人物伝」の講師を勤めた。
河崎 曽一郎(かわさき そういちろう、1936年 - )は、… 河崎 曽一郎(かわさき そういちろう、1936年 - )は、日本の政治評論家。NHK解説委員を務めた。 京都府京都市出身。愛媛大学卒業後、NHKに入局。松山支局、富山支局を経て1969年に報道局政治部に配属され、選挙を担当。政治部記者を長く務め、1993年に解説主幹を最後に退職。 その後は2001年までNHK部外解説委員。現在は評論家・ジャーナリストとして活躍している。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
西口 順子(にしぐち じゅんこ、1936年 - )は、日本の… 西口 順子(にしぐち じゅんこ、1936年 - )は、日本の歴史学者、日本女性史研究者、相愛大学名誉教授。 京都市生まれ。1959年、京都女子大学文学部卒。相愛大学教授。2007年、定年退任、名誉教授。
薬師 義美(やくし よしみ、1936年 - )は、日本の地理… 薬師 義美(やくし よしみ、1936年 - )は、日本の地理学者、ヒマラヤ研究家。第1回ゲスナー賞(銀賞)、第1回秩父宮記念山岳賞を受賞。 富山県生まれ、京都市出身。立命館大学文学部地理学科卒業、同大学院文学研究科修士課程修了。大谷高等学校教諭を経て研究者となる。日本のヒマラヤ研究の第一人者として知られ、チベット山岳関係の著書、翻訳書を数多く手掛けている。 著書『新版ヒマラヤ文献目録』(白水社、1994年)で、第1回ゲスナー賞(銀賞)、第1回秩父宮記念山岳賞を受賞。
岡田 定三(おかだ ていぞう、1936年 - 2011年1月… 岡田 定三(おかだ ていぞう、1936年 - 2011年1月28日)は、マクロビオティック普及団体である正食協会の最高顧問。京都市出身。 同志社大学商学部卒業。 実父の岡田周三(正食協会初代会長)は、マクロビオティック創始者であり食養研究家・思想家の桜沢如一の熱心な門下生の一人であったが、定三も16歳の時に初めて桜沢に出会って以来、MI塾と名づけられた私塾に通ううちに桜沢の人間性や思想に共感し、師父と仰ぐようになった。 当時、桜沢に「嫌いなものを好きになるにはどうしたらいいか」という問題を与えられ、「嫌いなものは嫌いでいいので、好きになる必要はないでしょう」と答えると一喝された。のちに定三はこのやりとりを振り返り、「マクロビオティックの一物全体という考えはこの世に不要なものなどない、ということ『オールOK』とよく言われていた桜沢先生は、すべてを受け入れるという重要な問題を問われたと思う」と話している。
松田 道弘(まつだ みちひろ、1936年 - 2021年10… 松田 道弘(まつだ みちひろ、1936年 - 2021年10月24日)は、日本の著述家、奇術研究家。日本推理作家協会会員。 父は医師・育児評論家・歴史家の松田道雄。 京都府京都市出身。同志社大学経済学部卒業。学生時代から海外奇術やゲーム、マジックの文献の研究を始め、ラジオ関西勤務を経て、著述家として奇術やゲーム、ジョーク、ミステリ小説などについての評論や著述に専念。神戸市に在住。 1979年には第12回石田天海賞を受賞している。1980年『とりっくものがたり』で第33回日本推理作家協会賞・評論その他の部門で候補作。1989年『ミステリ作家のたくらみ』で第42回日本推理作家協会賞・評論その他の部門で候補作。
秦 恒平(はた こうへい、1935年12月21日 - )は、… 秦 恒平(はた こうへい、1935年12月21日 - )は、日本の小説家。 京都市生まれ。京都市立日吉ヶ丘高等学校、同志社大学文学部(美学)卒業。同大大学院中退。1959年上京して医学書院に勤める。1969年、「清経入水」が太宰治賞を受賞し文壇にデビュー。1971年「廬山」で芥川賞候補。74年医学書院を辞めてフリーとなるが、東横学園女子短期大学で非常勤講師を務め、1992年から東京工業大学客員教授も務めた。2015年京都府文化賞・功労賞受賞。 作家の秦建日子は長男。長女・朝日子の夫は押村高。評論家の北沢恒彦は兄。文芸評論家・作家の黒川創は甥。「大きな古時計」で知られる作詞家の保富康午は妻の兄にあたる。
小澤 三敏(おざわ みとし、1935年12月9日 - )は、… 小澤 三敏(おざわ みとし、1935年12月9日 - )は、日本の経営者。住友重機械工業社長を務めた。京都府京都市出身。 1958年に京都大学工学部機械工学科を卒業し、同年に住友重機械工業に入社。1986年6月に取締役を就任し、1989年6月に常務、1991年6月に専務を経て、1993年4月に社長に就任。1999年4月に会長に就任し、2002年6月から相談役を務めた。
大久保 昇(おおくぼ のぼる、1935年11月30日 - )… 大久保 昇(おおくぼ のぼる、1935年11月30日 - )は、日本の実業家。日本漢字能力検定協会の創立者。日本漢字教育振興会元理事長。日本語文章能力検定協会元理事長。特定非営利活動法人ジャパンウェイ元理事長。財団法人日本国際連合協会元理事。社団法人全国日本学士会元理事。社団法人全国珠算教育連盟元理事。社団法人日本ペンクラブ元会員。国際ロータリー第2650地区元ガバナー(2005-2006)。長男は日本漢字能力検定元副理事長の大久保浩(2022年8月死去)。 京都府京都市出身。1958年、同志社大学経済学部を卒業後、松下電工に就職。父の死を機に1970年に実家の新聞販売店を継ぐ。西京区の阪急桂駅西口にビルを建て、のちの協会の母体株式会社オークを1971年に創業した。
槌田 劭(つちだ たかし、1935年11月27日 - )は、… 槌田 劭(つちだ たかし、1935年11月27日 - )は、日本の物理学者、アソシエーショニスト。専攻は金属物理学(特にレアアース)。 京都市生まれ。父は槌田龍太郎、兄は槌田敦。1958年 京都大学理学部化学科卒業。1963年アメリカピッツバーグ大学留学。1967年京都大学工学部助教授。1973年伊方原発訴訟に住民側証人として参加。炉心担当。1978年松山地方裁判所での敗訴後、科学技術そのものの社会でのあり方に疑問を持ち、1979年京都大学を辞職。1979年京都精華大学開学時に精華大教員に(美術学部)。 1973年使い捨て時代を考える会、1975年安全農産供給センターを設立。有機農業運動及び環境運動に深く関わる。
川崎正道(かわさき まさみち、1935年11月23日 - )… 川崎正道(かわさき まさみち、1935年11月23日 - )は、日本の大蔵官僚。血液型はB型。 大臣官房審議官(大臣官房担当)兼財務研修所長、人事院事務局任用局審議官、人事院事務局職員局長、東洋海上火災保険会長などを務めた。 京都府京都市出身(父母も京都府)。洛星高等学校から京都大学法学部に入学。1957年10月 国家公務員上級甲種試験(法律)を合格。京大法学部を卒業し、1958年 大蔵省に入省。主計局総務課企画係に配属。 主計局主計官補佐(総理府、特別機関係主査)、人事院事務局給与局給与第二課長、主計局給与課長、主計局主計官(総理府、司法・警察担当)などを務め、1979年4月1日 環境庁企画調整局企画調整課長。
横井 清(よこい きよし、1935年10月31日 - 201… 横井 清(よこい きよし、1935年10月31日 - 2019年4月7日)は、日本中世史学者。 京都市生まれ。1958年立命館大学文学部卒、1962年同大学院文学研究科博士課程中退、京都市史編纂補助、1970年代花園大学文学部助教授、著述業の時代をへて、1980年代富山大学人文学部教授、1990年代桃山学院大学文学部教授。1989年『的と胞衣』で毎日出版文化賞受賞。中世民衆史を専攻し、差別、穢れなどの問題を実証的に論じた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
村田 純一(むらた じゅんいち、1935年10月19日 - … 村田 純一(むらた じゅんいち、1935年10月19日 - )は、日本の実業家。村田機械会長、京都商工会議所名誉会頭、京都文化交流コンベンションビューロー理事長、国立京都国際会館副理事長を務めている。 京都府京都市出身。1958年に慶應義塾大学法学部を卒業し、アメリカのバブソン大学大学院での修了を経て、1960年に村田機械に入社した。 1970年に社長に就任し、2003年から会長に就任した。この間、1999年から2004年まで日本繊維機械協会会長を務めた。 2001年から2007年までに京都商工会議所会頭や日本商工会議所副会頭を務め、「古典の日」の制定を宣言するなど古典の普及にも力を入れ、退任後、京都商工会議所名誉会頭。
井上 達也(いのうえ たつや、1935年8月4日 - 200… 井上 達也(いのうえ たつや、1935年8月4日 - 2006年2月15日)は、日本の経営者。京都信用金庫理事長を務めた。 京都府京都市出身。1956年に同志社大学法学部を卒業し、同年に京都信用金庫に入社。1975年に理事に就任し、1977年に常務、1984年に専務を経て、1986年7月に副理事長に就任し、1989年1月には理事長に昇格。2004年6月に会長に就任。 2006年2月15日に肺炎のために死去。70歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
高木 智(たかぎ さとし、1935年6月10日 - 2011… 高木 智(たかぎ さとし、1935年6月10日 - 2011年8月6日)は、日本の折り紙作家・研究家。 京都府京都市生まれ。京都大学教育学部卒。日本折紙協会理事。おりがみ作家、おりがみ研究家。竹中宏らと、第三次「京大俳句会」を創設した。
岡嶋 博治(おかじま ひろじ、1935年5月5日 - )は、… 岡嶋 博治(おかじま ひろじ、1935年5月5日 - )は、京都府京都市出身の元プロ野球選手(内野手)・コーチ・監督。 父親を早くに亡くし、母子家庭で育った。中学時代は投手で両打ちだった。 伏見高校では左腕エースの太田武を擁し、遊撃手として1953年春の選抜に出場。準決勝まで進んだが、片岡宏雄らがいた浪商に敗れた。同大会では選手宣誓を務めた。同年夏は京都府大会決勝で西舞鶴高に完封負け。 卒業後は立命館大学へ進学し1年春からレギュラーを掴み打率.342、3本塁打を記録するも1954年7月に僅か4か月で大学を中退して中日ドラゴンズに入団し、入団の翌日から一軍ベンチ入りする。同年は21試合のみ出場も終盤の巨人戦でサヨナラ打を放つなどリーグ優勝に貢献。
秋野 亥左牟(あきの いさむ、1935年4月7日 - 201… 秋野 亥左牟(あきの いさむ、1935年4月7日 - 2011年11月23日)は、日本の画家、絵本画家。沢宏靱と秋野不矩の次男。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。