一和 洋輔(いちわ ようすけ、1986年1月23日 - )は… 一和 洋輔(いちわ ようすけ、1986年1月23日 - )は日本のミュージカル俳優である。劇団四季所属(2016年11月に復帰)。京都府京都市出身。 京都府立鴨沂高等学校出身。 もともとは歌手志望で、劇団四季への入団以前にライブ活動やオペラなどに出演したことがある。 2008年に劇団四季の研究所に入所。同年8月、『むかしむかしゾウがきた』九郎衛門役で四季での初舞台を踏み、『ジーザス・クライスト=スーパースター』ジャポネスクバージョンに大八車、アンサンブルとして出演。 2009年、日本初演となるミュージカル『春のめざめ』のハンシェン役の一人に選ばれ、オリジナルキャストとして出演。2010年の東京再演公演、同年の名古屋公演でもハンシェンを演じており、また京都公演では主演のメルヒオールを演じた。
西尾 塁(にしお るい 、1983年〈昭和58年〉3月29日… 西尾 塁(にしお るい 、1983年〈昭和58年〉3月29日 - )は、日本の俳優。京都府京都市出身。京都市立堀川高等学校卒業。 旧芸名は開都 塁。ぐるうぷ香住(2013年12月まで)を経てピカロエンタープライズ(2022年4月まで)に所属、現在は個人事務所(2022年5月から)で映像作品等も制作している。 1983年、京都市中京区にて社寺建築家の次男として生を受ける。 母が児童劇団に応募したことがきっかけで幼少期から演技、殺陣、日本舞踊を学ぶ。 1989年フジテレビ「華岡青洲の妻」華岡良平役でデビュー。 1993年TBSテレビ「ナショナル劇場水戸黄門」第22部 第10話まで寛坊役でレギュラー出演。
仁科 克基(にしな まさき、1982年9月2日 - )は、日… 仁科 克基(にしな まさき、1982年9月2日 - )は、日本の俳優、タレント。本名は仁科 正樹(にしな まさき、旧姓:目黒)。旧芸名、目黒 正樹→仁科 克己。京都府京都市西京区出身。松竹エンタテインメント所属。身長175cm。血液型はB型。
酒井 善史(さかい よしふみ、1981年2月12日 - )は… 酒井 善史(さかい よしふみ、1981年2月12日 - )は、日本の俳優、タレント、脚本家である。京都府京都市出身。京都を拠点に活動する劇団「ヨーロッパ企画」に所属。 同志社高等学校時代より演劇を始める。1999年、同志社大学商学部大学入学とともに同志社小劇場に入団するも、2000年に退団[要出典]。同年の第5回公演『苦悩のピラミッダー』よりヨーロッパ企画に参加。以降、ほぼ全作品に出演。また、外部作品への出演のほか、公演の舞台美術や、事務所のリフォームを手がけたり、WEBコンテンツの製作や、DVDオーサリングなど、多方面で活躍している。ショートショートムービーフェスティバルでは司会を務めている。
佐賀 龍彦(さが たつひこ、1981年1月14日 - )は、… 佐賀 龍彦(さが たつひこ、1981年1月14日 - )は、日本の俳優、歌手。京都市出身。 無名塾で舞台俳優として活躍し、その後LE VELVETSのメンバーとして歌手活動を行ない現在フリー。京都府文化観光大使。 東京都生まれ。近江屋の家系、また法曹一族で知られる佐賀家の間に生まれる。1歳の時奈良へ。2歳の時から京都市で育つ。 近江兄弟社高等学校卒業。京都市立芸術大学声楽科卒業後、仲代達矢主催の無名塾に26期生として入塾。舞台俳優として才覚を発揮し、新劇やミュージカルに出演した後、LE VELVETS(元kamerad)に参加。 コンサートやラジオ出演など精力的に活動している。個人としてもミュージカルの他、美術番組を中心とした展覧会など、数多くのナレーションを担当する。
佐藤遼(さとう りょう、1980年8月13日 - )は、日本… 佐藤遼(さとう りょう、1980年8月13日 - )は、日本の俳優、元ラジオパーソナリティ、元リポーター。京都府京都市出身。アクティブハカタ所属していた。 株式会社ビーインググループに属する大阪の大手レコード会社GIZA Studioにて師事。大阪・心斎橋を中心に活動。その後2013年より橋本環奈などが在籍した福岡のプロダクションアクティブハカタに所属し、リポート、CMなどで活躍。 特技はピアノでの童謡の弾き語り。双子で弟がおり、その下に妹・弟もいる。 2016年より演劇ユニット「プレイ、ディス、コーティング」を結成し同年8月に舞台公演を行なった。 2017年8月より2018年7月まで福岡市中央区天神にあるラジオ局、COMI×TENにてラジオパーソナリティを担当していた。
森本のぶ(もりもと のぶ、1979年9月23日 - )は、日… 森本のぶ(もりもと のぶ、1979年9月23日 - )は、日本の俳優。京都府生まれ滋賀県大津市育ち。特技は読経(比叡山高校出身)。オフィスMORIMOTO所属・同代表。
おいでやす小田(おいでやすおだ、1978年〈昭和53年〉7月… おいでやす小田(おいでやすおだ、1978年〈昭和53年〉7月25日 - )は、日本のピン芸人、俳優。吉本興業所属。本名は小田 芳裕(おだ よしひろ)。身長173 cm、体重65 kg、血液型A型。京都府文化観光大使に任命されている。 京都府京都市出身。京都府立北稜高等学校卒業。他の主な卒業生として先輩のチュートリアル、後輩のミキがいる。 大学の昼休みに思い立って衝動的にNSCのパンフレットを取りに行き、両親の反対を押し切り芸人になることを決意。大阪電気通信大学中退。 2001年から西森洋一(モンスターエンジン)と「蛇腹」というコンビを1年半組んでいたが解散し、2003年頃から奥重敦史(吉本新喜劇)と「土瓶」というコンビを4年半組んでいたが解散した。
斉藤 一平(さいとう いっぺい、1977年5月17日 - )… 斉藤 一平(さいとう いっぺい、1977年5月17日 - )は、日本の俳優。本名、同じ。京都市生まれ、滋賀県大津市育ち。立教大学経済学部経営学科卒業。滋賀県立膳所高校卒業。所属事務所はオフィスMORIMOTO。身長176cm、体重70kg。 1.2.3.4.5.6.7.8話(2018年、Netflix)-芸人 佐藤 役
末長 敬司(すえなが けいし、Keishi Suenaga、… 末長 敬司(すえなが けいし、Keishi Suenaga、1976年10月11日 - )は、日本の映画監督、脚本家、プロデューサーであり、俳優でもある。 京都府京都市出身、1976年10月11日生まれ。 曾祖父は日本統治時代に台湾で刑務官を務めた末長忠次郎。祖父は大阪府警察学校交野市移転後の初代校長・末長繁警視長。 高校卒業後、1999~2003年まで韓国・ソウル特別市、2003~2006年まで中国・遼寧省大連市で海外勤務を経験する。 また2004年には約半年間、タイを拠点にベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマーと東南アジア各国を放浪している。 2007年に完全帰国し、日本郵政公社(現日本郵政)に務める傍ら、2011年にインディペンデント映画制作団体・星海電影制作公司(STARSEA FILMS PRODUCTION)を設立、制作・監督・脚本・編集を担当する。
石田 尚巳(いしだ なおみ、1976年7月29日 - )は、… 石田 尚巳(いしだ なおみ、1976年7月29日 - )は、京都市出身の日本の俳優。リミックス所属。身長175cm、体重65kg、血液型O型。本名は同じ。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
松浦 真也(まつうら しんや、1976年7月18日 - )は… 松浦 真也(まつうら しんや、1976年7月18日 - )は、日本のお笑いタレント、喜劇俳優。吉本新喜劇の座員。愛称は、ヤンシー。 京都府京都市出身。吉本興業(大阪)所属。身長181 cm、体重70 kg、血液型O型。既婚。 京都府立山城高等学校,神戸市外国語大学英米学科(第2部)卒業。山城高校ではラグビー部に所属。ポジションはスクラムハーフ。 2005年、第1個目金の卵オーディションに合格し、吉本新喜劇に入団。オーディション合格前は不動産屋で働いていた。 2006年と2007年にはR-1ぐらんぷりに出場した。[要出典] 2015年12月23日、すっちーと「すち子&真也」名義でシングル『パンツミー』をリリースし、CDデビュー。
のぶよし(1975年10月2日 - )は、日本のお笑いタレン… のぶよし(1975年10月2日 - )は、日本のお笑いタレント、喜劇俳優、講談師。吉本新喜劇座員。本名、森田 展義(もりた のぶよし)。 京都府京都市出身。血液型はA型。吉本興業所属。 奈良教育大学卒業後の2000年、落語家の笑福亭福笑に弟子入りし、笑福亭ひらめという高座名で落語家になったが、落語が覚えられず挫折。その後、NSCに25期生として入り直し、第1個目(2005年)金の卵オーディションに合格し、吉本新喜劇に入団した。既婚者。 兄弟は2歳上の姉と8歳年下の弟がいる。俳優、劇作家、脚本家、演出家の加納幸和とは親同士がいとこのため、はとこである。その他の親戚に俳優、声優の森田順平、俳優の森田浩平、俳優の森田晋平がいる。
徳井 義実(とくい よしみ、1975年4月16日 - )は、… 徳井 義実(とくい よしみ、1975年4月16日 - )は、日本のお笑い芸人、俳優であり、お笑いコンビ・チュートリアルのボケ、ネタ作りを担当。相方は福田充徳(ふくだ みつのり)。
宮川 大輔(みやがわ だいすけ、1972年〈昭和47年〉9月… 宮川 大輔(みやがわ だいすけ、1972年〈昭和47年〉9月16日 - )は、日本のお笑いタレント、俳優。吉本興業所属。 京都府京都市出身。既婚。事務所の先輩である宮川大助(宮川大助・花子)とは同音異字。 京都市にあるバプテスト病院にて生まれる。家族は、両親と、姉が1人。小学校2年から高校3年まで滋賀県大津市比叡平育ち。大津市立比叡平小学校、大津市立皇子山中学校(バレーボール部)、京都西高等学校(現:京都外大西高等学校)卒業。 高校3年生の時に、父親の同級生である桑原征平(当時:関西テレビアナウンサー)の紹介で、同期生から2か月遅れながらもNSC大阪校(吉本興業直営のタレント養成所)へ入学した。
森乃 阿久太(もりの あくたー、1971年〈昭和46年〉6月… 森乃 阿久太(もりの あくたー、1971年〈昭和46年〉6月28日 - 2024年〈令和6年〉11月26日)は、京都府京都市出身の落語家(上方噺家)・俳優。東映京都撮影所俳優部所属。上方落語協会会員。本名:井上 久男。 花園高等学校を経て、花園大学文学部を卒業。 芸能活動としては俳優業が先んじていた。 2013年11月9日に2代目森乃福郎に入門、42歳で落語家の道に進む。高座名は、俳優出身のため「アクター」をもじって付けられた。 2024年11月26日未明に京都府京都市で交通事故で死去したことが、兄の桂枝三郎から発表された。53歳没。生涯独身だった。2025年3月8日に放送されたドラマ『花のれん』(テレビ朝日系、落語指導も担当)が事実上の遺作となった。
本山 力(もとやま ちから、1969年10月7日 - )は、… 本山 力(もとやま ちから、1969年10月7日 - )は、日本の俳優。東映剣会及び一般社団法人武士道剣会所属。 京都府京都市生まれ、京都市立日吉ヶ丘高等学校卒業。 1989年から1991年頃、ハードコアパンクバンド・DEEP THROATのドラマーとして活動。京都府舞鶴市のインディーズレーベル・MCR COMPANYより7インチレコードをリリース。 22歳で桝プロダクションに所属。40歳で東映剣会に入会。長らく時代劇の「斬られ役」を務めてきたが、2024年公開の「碁盤斬り」の撮影時、「十一人の賊軍」の構想を練っていた白石監督が斬られ役にキャスティングされて来た本山を見て「爺っつぁん」役にと抜擢、メインキャストに名を連ねた。
安藤 彰則(あんどう あきのり、1969年4月30日 - )… 安藤 彰則(あんどう あきのり、1969年4月30日 - )は、京都府京都市出身の俳優。 京都府立北嵯峨高等学校卒業。高校卒業と同時に里見浩太朗に弟子入りし、7年間時代劇の基礎を学ぶ。デビューは1991年放送の日本テレビ年末時代劇『源義経』。以後東映剣会に所属し、斬られ役を演じる。その後、30歳を期に上京、演劇ユニット『no-tenki』を結成、作、演出を担当。
大浦 龍宇一(おおうら りゅういち、1968年11月17日 … 大浦 龍宇一(おおうら りゅういち、1968年11月17日 - )は、日本の俳優、シンガーソングライター。身長181cm、体重66kg。(株)キャストパワー所属。(株)キョードーファクトリー業務提携。京都府京都市出身。東京都在住。 父は元俳優の高田由紀夫、父方の祖父は俳優・歌手の高田浩吉、父方の叔母に女優の高田美和と高田瞳、父方の祖母は元女優の宏橋照子、父方の義大伯母は宝塚歌劇団で關守千鳥と名乗っていた元タカラジェンヌ(7期もしくは8期生)で女優の東榮子、母方の祖母が毛利峰子という芸能一家に育った。この件については、祖父が亡くなった際に初めて公表された。デビュー前には祖父の付き人を務めていたことがある。
佐々木 蔵之介(ささき くらのすけ、1968年〈昭和43年〉… 佐々木 蔵之介(ささき くらのすけ、1968年〈昭和43年〉2月4日 - )は日本の俳優。本名・佐々木 秀明(ささき ひであき)。京都府京都市出身。アンカー所属。 洛中に唯一残る京都市の造り酒屋・佐々木酒造3代目・佐々木勝也の次男として生まれる。一般人の兄と、佐々木酒造4代目社長である弟の佐々木晃がいる。ノートルダム学院小学校、京都市立二条中学校、洛南高等学校卒業。東京農業大学入学後、三年次に神戸大学農学部に編入学し卒業後、広告代理店・大広入社(同期入社にますだおかだの増田英彦)。劇団活動と両立させていたが、約2年半の大阪本社勤務ののち退社。以降は劇団活動に専念する。1990年、劇団「惑星ピスタチオ」の旗揚げ公演に参加。
佐野 圭亮(さの けいすけ、1967年10月15日 - )は… 佐野 圭亮(さの けいすけ、1967年10月15日 - )は、日本の俳優。俳優・里見浩太朗の息子。 京都府京都市出身(里見が当時京都を拠点に活動していたため)。父の影響で、明治大学付属中野高等学校時代から俳優を志し、父に相談するが猛反対を受ける。しかしその意志は固く、桐朋学園短期大学演劇科に入学。卒業後、難関を突破し俳優座の研究生になった。 1990年1月、新春時代劇スペシャル「樅の木は残った」で、父と共演しデビュー。翌年には、初舞台「波-わが愛」の演技を今井正監督に認められる。 1991年9月、「戦争と青春」で銀幕デビューを果たす。この作品で、オリーブ新人俳優賞と第15回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。
池田 政典(いけだ まさのり、1966年12月1日 - )は… 池田 政典(いけだ まさのり、1966年12月1日 - )は、日本の俳優、声優、歌手。ケイエムシネマ企画所属。JAC第12期生。 京都府京都市左京区出身。千葉真一が設立したジャパンアクションクラブ(第12期生)に所属してアクション俳優として芸能界に入った。1986年5月28日、水曜ドラマスペシャルでテレビドラマに初出演、また音楽プロデューサーである藤田浩一からの勧めで歌手活動にも進出し、同年8月25日に『ハートブレイカーは踊れない』で東芝EMIからメジャー・デビューし、明星などの雑誌のグラビアを飾り、アイドル的な人気を博した。 1987年5月1日、『きまぐれオレンジ☆ロード』の主題歌『NIGHT OF SUMMER SIDE』で「歌のトップテン」の10位にランクインを果たし、同週1位だった先輩歌手の杉山清貴からプレゼントされたサングラスをつけて歌を披露した。
西村 和彦(にしむら かずひこ、1966年8月21日 - )… 西村 和彦(にしむら かずひこ、1966年8月21日 - )は、日本の俳優。京都府出身。ソニー・ミュージックアーティスツ所属。身長175cm、体重60kg。血液型はO型。京都市立日吉ヶ丘高等学校卒業、日本大学芸術学部映画学科中退。 実家は伏見稲荷大社の境内(稲荷山山腹)にある、両親と兄が経営する四ツ辻茶屋『仁志むら亭』(高校までは山の上から通学していた)。 中学ではソフトテニス部、高校時代はハンドボール部に所属していた。後年もハンドボールでは40歳以上の選手で結成したマスターズチーム「GHBP ARES」に入ってプレーしている。高校時代に役者になることを志し、大学を中退。夏木陽介が主催する「夏アクターズスタジオ」の一期生となる。
中村 隆天(なかむら りゅうてん、1965年5月10日 - … 中村 隆天(なかむら りゅうてん、1965年5月10日 - )は、京都府京都市出身の俳優、演出家、劇団 浪漫狂を主宰。 1965年5月10日、京都府京都市下京区御前田町に生まれる。 大阪芸術大学舞台芸術学科卒業。1984年にジャパン・アクション・クラブでスタントマンを経て、1989年、坂上二郎に師事。1992年から2003年に渡り「劇団浪漫狂時代」を主宰し、2004年から今現在に渡り「劇団浪漫狂」を主宰。舞台においては1992年から作・演出なども務めている。映画、ドラマ、Vシネマなどの映像作品においても個性派俳優として活躍をみせている。
川﨑 麻世(かわさき まよ、1963年3月1日 - )は、日… 川﨑 麻世(かわさき まよ、1963年3月1日 - )は、日本の男性タレント・俳優・歌手である。京都市北区上賀茂生まれ、大阪府枚方市育ち。父は元俳優の安住譲(あずみ じょう)。妻はカイヤ。所属事務所はオフィスのいり。
山西 惇(やまにし あつし、1962年12月12日 - )は… 山西 惇(やまにし あつし、1962年12月12日 - )は、日本の俳優・声優。本名、畑中 敦史。リコモーション所属。身長170cm、体重67kg。血液型はB型。京都府京都市出身。 京都聖母学院小学校、東大寺学園中学校・高等学校卒業後、京都大学工学部石油化学科に入学。1回生の時より学生劇団を母体とする劇団そとばこまちに所属する。1986年に同大学卒業後、教授の推薦により関西の石油化学メーカーに就職。研究職として勤務するかたわらで、2年目から「趣味の延長」として週末や終業後を利用して「そとばこまち」に再び参加、役者と演出を務める。 4代目座長の生瀬勝久のもと初の東京進出となる1992年2月の舞台『冬の絵空』(本多劇場)で演出を手がけるが、上演期間と勤務先のハワイ研修の日程が重なったことで、「食うくらいなら、なんとかなるで」との生瀬の言葉にも背中を押されて退職を決意、芝居に専念することとなる。
清水 圭(しみず けい、1961年〈昭和36年〉6月24日 … 清水 圭(しみず けい、1961年〈昭和36年〉6月24日 - )は、日本の実業家、元お笑いタレント、元俳優。 本名は清水 圭太(しみず けいた)。京都府京都市出身。血液型はA型Rh-。株式会社FOOLISH代表取締役。 同志社香里中学校・高等学校を経て、内部進学にて同志社大学商学部卒業。 大学卒業後、アパレルメーカーに就職。2年のサラリーマン経験。1986年6月、同志社大学の後輩である和泉修と漫才コンビ「清水圭・和泉修」(略称:圭・修)を結成。同年7月には、25歳で新人の登竜門である今宮子供えびすマンザイ新人コンクールで優勝するなど、関西で多数のレギュラーを抱える人気コンビとなる。 1987年夏に東京へ進出。
段田 安則(だんた やすのり、1957年1月24日 - )は… 段田 安則(だんた やすのり、1957年1月24日 - )は、日本の俳優・声優・ナレーター・司会者。京都府京都市山科区(出生当時は東山区)出身。シス・カンパニー所属。 京都市立花山中学校、龍谷大学付属平安高等学校卒業。 立命館大学文学部日本文学専攻中退後、劇団青年座附属の青年座研究所に入所、第5期生として1981年卒業。同年、野田秀樹主宰の「夢の遊眠社」入団、1992年の劇団解散まで主力俳優として活動。 1996年、『ふたりっ子』で主人公の父親役を好演(同作以降、大石静脚本の常連出演者である)。シリアスもコミカルも巧みにこなす名バイプレイヤーとして活躍。2009年の『夜の来訪者(英語版)』では演出にも挑戦した。
武見 龍磨(たけみ りょうま、本名:武田 良史、1955年1… 武見 龍磨(たけみ りょうま、本名:武田 良史、1955年1月3日 - )は、日本の俳優、演出家、演劇企画室「劇論◎三者会談」主宰。京都市生まれ。母親は元大映女優の小柳圭子。 1973年、京都市私立東山高等学校卒業後、京都造形芸術学院(旧藤川学園)グラフィックデザイン科に入学。1975年卒業後、京都の中堅広告代理店に入社。グラフィック・デザイナーとして活動する。 1977年、広告代理店を退社すると同時にグラフィック・デザイナーを廃業。俳優を志し上京する。劇団青俳の付属俳優養成所に入り、1年間の基礎訓練を受ける。本科終了後、1980年俳優事務所の現代制作舎に所属。また、1981年名倉ジャズダンススタジオに入り名倉加代子に師事。
国広 富之(くにひろ とみゆき、1953年4月23日 - )… 国広 富之(くにひろ とみゆき、1953年4月23日 - )は、日本の俳優。京都府京都市左京区出身。所属事務所は長らく山田栖峯子事務所だったが、2011年4月1日より高岡事務所に所属している。京都学園大学経済学部卒業。愛称はトミー。ファッションモデル兼女優の谷内里早は、実娘。現在は東京都在住。
ひさうち みちお(1951年11月17日 - )は、日本の漫… ひさうち みちお(1951年11月17日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター、エッセイスト、俳優。京都府京都市出身。本名は久内道夫。1976年に、『パースペクティブ・キッド』が「ガロ」の新人賞に入選し、以後は同誌を中心に漫画作品を発表した。作画には製図ペンを用いる。『理髪店主の悲しみ』は2002年に映画化された。また、俳優として笑殺軍団リリパットアーミーや、映画・CMなどに出演している。
小林 薫(こばやし かおる、1951年9月4日 - )は、日… 小林 薫(こばやし かおる、1951年9月4日 - )は、日本の俳優、馬主。ニコフイルム所属。 京都府生まれ。京都府立洛東高等学校卒業。1971年から1980年まで唐十郎が主宰する状況劇場に在籍。退団の際、その才能を惜しんだ唐が説得のために包丁持参で小林の住むアパートを訪れるも、危機を感じた小林が先に逃げ出して説得は失敗、そのままうやむやのうちに退団を認めたというエピソードがある[出典無効]。 役者以外にも、声優としてアニメ映画『もののけ姫』や『ゲド戦記』に出演し、ドキュメンタリー番組『美の巨人たち』(テレビ東京)ではナレーションも務めている。 糸井重里とは30年来の友人である。 1984年に中村久美と結婚するが、1995年に離婚。
団 時朗(だん じろう、1949年〈昭和24年〉1月30日 … 団 時朗(だん じろう、1949年〈昭和24年〉1月30日 - 2023年〈令和5年〉3月22日)は、日本の俳優。旧芸名は、団 次郎や団 次朗(いずれも読みは同じ)。本名は村田 秀雄(むらた ひでお)。 京都府京都市出身。平安高等学校卒業。生前はアルファエージェンシーに所属していた。 イギリス系アメリカ人の父と小唄の師匠である日本人の母の間に生まれたハーフ。 1966年、母が知り合いである大映の三隅研次監督に頼み、勝新太郎主演の『酔いどれ博士』の端役で俳優デビュー。同年に髙島屋と提携したピエール・カルダンのスーツを一度に3着購入するほどファッションへの想いが強かったことからも、1967年3月に平安高等学校を卒業するとただちに上京し、セントラルファッションに所属する。
中 康次(なか こうじ、1948年6月26日 - 2015年… 中 康次(なか こうじ、1948年6月26日 - 2015年12月19日)は、日本の俳優。旧芸名は中 康治(読み同一)、中 孝舟()。本名は福中 康治。 京都府京都市出身。京都府立嵯峨野高等学校卒業。 高校時代に父が病死し、高校卒業直後に上京。ファッションモデル、CMモデルの仕事をしながら生計を立てていた。 1979年、映画『戦国自衛隊』では上杉と武田の争う真っ只中にタイムスリップする自衛隊員を演じ、191cmの長身と甘いマスクで正統派の二枚目として注目を集めた。以後、『柳生あばれ旅』(テレビ朝日)、『宮本武蔵』(NHK)、『スケバン刑事』(フジテレビ)などのテレビドラマで活躍。 1986年の東京宝塚劇場『三味線お千代』で初舞台を踏んでからは、多くの舞台にも出演した。
壤 晴彦(じょう はるひこ、1948年1月25日 - )は、… 壤 晴彦(じょう はるひこ、1948年1月25日 - )は、日本の俳優、声優、演出家。京都府京都市出身。ヘリンボーン所属。 演劇倶楽部『座』主宰。略字:壌晴彦。かつては麦 草平の芸名でも活動していた。 京都府京都市出身。実家は料亭を経営していた。京都市立堀川高等学校、同志社大学経済学部卒業。 高校時代に惚れ込んだ狂言大藏流、茂山千五郎(現茂山千作・人間国宝)に弟子入りし師事。だがある時、「毎日お狂言の稽古の声が聞こえてくるような環境に育った者が相手では、もうどうにもならない」と考えたことがきっかけで狂言からは離れる。 狂言を離れてからも「芝居はやりたい」という思いがあり、別の側面から興味を持っていたフランス演劇をしようと劇団四季に入団。
岸部 一徳(きしべ いっとく、本名:岸部 修三(きしべ しゅ… 岸部 一徳(きしべ いっとく、本名:岸部 修三(きしべ しゅうぞう)、1947年1月9日 - )は、日本の俳優、ミュージシャン。旧芸名:岸部 修三(きしべ おさみ)、岸部 おさみ。愛称:サリー[4]、一徳兄さん。ザ・タイガース、PYG、井上堯之バンドのベーシスト。身長181cm。京都府京都市出身。京都市立伏見工業高等学校建築科[4]卒業。所属事務所はアン・ヌフ。
北村 晃一(きたむら こういち、1946年7月8日 - )は… 北村 晃一(きたむら こういち、1946年7月8日 - )は、日本の俳優。本名同じ。 京都府京都市出身。身長172cm。京都府立桃山高等学校、多摩芸術学園(現・多摩美術大学)卒業。 1969年、新国劇に入り俳優となる。 1970年『新網走番外地 大森林の決斗』で準主役に抜擢されて以降、東映の映画やテレビドラマに出演し、テレビでは『特別機動捜査隊』(NET)や『イナズマン』(同)にレギュラー出演した。『イナズマン』では主人公の相棒・丸目豪作を演じ、共演した伴大介は「自分の存在意義をわきまえて、譲るべきところは譲るということがきちんとできる役者だった」と評している。また、当時すでに既婚者であった。 その後は、時代劇などの悪役に転じ、映像作品を中心に活躍。
石田 太郎(いしだ たろう、本名:石田 弦太郎(いしだ げん… 石田 太郎(いしだ たろう、本名:石田 弦太郎(いしだ げんたろう)。1944年3月16日 - 2013年9月21日)は、日本の男性俳優、声優、僧侶。別名義として本名のほか、石田 絃太郎(いしだ げんたろう)を1980年代の一時期に使用していた。京都府京都市出身。 父は俳優の石田茂樹。妻は女優の立花房子。 上智大学外国語学部イスパニア語学科中退。 劇団雲、劇団昴、野間事務所、オフィスPSCなどを経て、最後はグランパパプロダクションに所属していた。 浄土真宗本願寺派の僧侶でもあり、石川県金沢市乗敬寺の住職も務めた。 2013年9月21日午後1時頃、フジテレビ系で放送された連続ドラマ『独身貴族』第1話の収録において、神奈川県相模原市緑区の城山スタジオにて水着姿でプールに入っての撮影後、突然意識を失って倒れた。
田村 正和(たむら まさかず、1943年〈昭和18年〉8月1… 田村 正和(たむら まさかず、1943年〈昭和18年〉8月1日 - 2021年〈令和3年〉4月3日)は、日本の俳優。京都府京都市右京区太秦生まれ。東京都世田谷区育ち。成城大学経済学部卒業。最終所属は自身の個人事務所である新和事務所。 阪東妻三郎の三男で、長兄の田村高廣、弟の田村亮と共に、「田村三兄弟」と呼ばれるが、実際には次兄の田村俊磨を含め4兄弟である。異母弟に俳優の水上保広。家族は妻(一般人女性)と娘。 父・阪東妻三郎が建てた阪妻プロダクションの跡地に建つ東映京都撮影所近くの京都太秦に生まれる。その後同じ京都の嵯峨野に移住した。小学4年生(9歳)の時に父・阪東妻三郎を亡くすが、翌年小学5年生の時に世田谷・成城へ移住。
山前 五十洋(やまさき いそみ、1943年4月28日 - 2… 山前 五十洋(やまさき いそみ、1943年4月28日 - 2020年4月5日)は、日本の実業家、映画監督、俳優である。京都市出身。関西大学法学部2部中退。娘は歌手の倉木麻衣。父は詩人の山前実治。 京都府京都市下京区に生まれ。厳格な父親は京都で出版社、印刷会社を経営する傍ら詩人としても活動し、比較的裕福な家庭で育つ。3歳頃に父親の故郷、岐阜県大野郡荘川村(現在の高山市)へ一時疎開している。小学校入学時は京都市東山区に居住し、小学校5年生から新聞配達などを務める。 京都市立日吉ヶ丘高等学校2年生時、少年画報連載中の堀江卓原作「天馬天平」がフジテレビでテレビ映画化された際、一般公募3万人中から主役天平役に抜擢され、当時の編成局長草間浩之が8チャンネルにちなみ芸名を富士八郎とする。
北大路 欣也(きたおおじ きんや、1943年〈昭和18年〉2… 北大路 欣也(きたおおじ きんや、1943年〈昭和18年〉2月23日 ‐ )は、日本の俳優、声優。本名、淺井 将勝(あさい まさかつ)。京都府京都市紫竹出身。ホリプロ・ブッキング・エージェンシー所属。 父は戦前の時代劇から戦後の東映時代劇全盛時代に活動した映画俳優の市川右太衛門。芸名の由来は右太衛門の邸宅が京都市内の北大路に在ったことから、右太衛門が「北大路の御大」と呼ばれていたため。田村正和など同世代の俳優仲間からは「きんやちゃん」と呼ばれている[要出典]。 市川右太衛門の次男として生誕。京都市立紫竹小学校、同志社香里中学校から暁星中学校に編入。暁星高等学校を卒業後、早稲田大学第二文学部演劇専修卒業。
近藤 正臣(こんどう まさおみ、1942年〈昭和17年〉2月… 近藤 正臣(こんどう まさおみ、1942年〈昭和17年〉2月15日 - )は、日本の俳優。星野事務所を経て、シーズ・マネージメント所属。身長172cm(1972年3月)。本名、川口 正臣。 京都市東山区(現在の山科区域)に生まれる。母親は元祇園の芸妓であった。父方の叔父に人間国宝で染付けの大家・近藤悠三(1902年 - 1985年)、曾祖父に幕末の尊王攘夷運動家の近藤正慎がいる。清水寺の境内にある舌切茶屋は近藤正慎の子孫が営む茶屋である。 2歳で父を亡くし、河原町三条で小料理店を営む母の手一つで育てられる。 京都府立洛東高等学校に入学。演劇部に所属し、ボクシングも習っていた。高校演劇コンクールでは、銀賞を受賞している。
志賀 勝(しが まさる、1942年〈昭和17年〉1月13日 … 志賀 勝(しが まさる、1942年〈昭和17年〉1月13日 - 2020年〈令和2年〉4月3日)は、日本の俳優・歌手・タレント。 京都府京都市出身。東映俳優センター、RIKIプロジェクト、ケイズファクトリーを経て、ウォークオン(制作プロダクションおよび広告代理店)に業務提携の形で籍を置いていた。 本名は亀山勝彦(かめやま・かつひこ)。父親は東映時代劇で活躍した加賀邦男。兄は俳優・亀山達也。平安高等学校卒業。1960年に東映京都に入社。 東映京都撮影所の大部屋俳優出身であり、下積み時代は時代劇やヤクザ映画の斬られ役などが主だった。後にピラニア軍団として売り出す室田日出男・川谷拓三・岩尾正隆らと『仁義なき戦い』シリーズに出演。
津川 雅彦(つがわ まさひこ、1940年〈昭和15年〉1月2… 津川 雅彦(つがわ まさひこ、1940年〈昭和15年〉1月2日 - 2018年〈平成30年〉8月4日)は、日本の俳優・映画監督・芸能プロモーター・時事評論家。 芸能事務所グランパパプロダクションに所属し、同社の代表取締役を務めた。位階は従五位。 俳優としては1956年の映画『狂った果実』が本格デビューであり、1959年に木下恵介監督の『惜春鳥』、1960年には大島渚監督の『太陽の墓場』など多くの話題作に出演。1980年代以降は『マルサの女』や『スーパーの女』など伊丹十三監督作品に多数出演し存在感を示した。1999年には『プライド・運命の瞬間』で東條英機役を演じ日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。
山城 新伍(やましろ しんご、1938年〈昭和13年〉11月… 山城 新伍(やましろ しんご、1938年〈昭和13年〉11月10日 - 2009年〈平成21年〉8月12日)は、日本の俳優・司会者・タレント・映画監督・映画評論家・声優。大橋巨泉と同様、知的・反権力・少しエッチな芸風の司会者として活躍した。最終所属はオフィスタッチ。本名は渡辺 安治(わたなべ やすじ)。京都市上京区出身。 元妻は花園ひろみ、娘は南夕花。 京都府京都市で開業医の子として生まれる。京都府立山城高等学校卒業。高校ではラグビー部に入っていた。両親と同じ道に進もうと医大への進学を考えて大阪医科大学、関西医科大学を受験したが、いずれも不合格だった。 医師の道を諦め、時代劇スターに憧れ、エキストラをやった後、東映ニューフェイス第4期に応募して、1957年に東映へ入社。
泉 ひろし(いずみ ひろし、1938年6月25日 - )は、… 泉 ひろし(いずみ ひろし、1938年6月25日 - )は、元吉本新喜劇、松竹新喜劇の座員、元漫才師、俳優。本名は小泉賢麿。 京都府京都市の出身。最初は新劇・アクタープロ所属の役者。その後1957年に小人座に入座。1959年に柳枝劇団の三遊亭柳枝門下に入門、同年6月に柳豊作の名で柳万作と漫才コンビを結成し新花月で初舞台。1961年に松竹トンボリ座に入座し「泉ゆたか」の名でコメディアン。1964年から泉スナップの名で中田チャックとコンビを結成。1968年に解散し同年9月11日に吉本新喜劇入団、1991年よりライバルの松竹新喜劇に移籍。2000年4月に退団後はフリーの俳優でNHKなどのドラマに出演。
小川 欽也(おがわ きんや、1934年12月28日 - 20… 小川 欽也(おがわ きんや、1934年12月28日 - 2024年12月10日)は、日本の映画監督、脚本家、俳優、映画プロデューサーである。監督としての別名に三川 和久(みかわ かずひさ)、小川 卓寛(おかわ たかひろ)、小川 和久(おかわ かずひさ)、上田 光生(うえだ みつお)があり、俳優としては姿 良三(すがた りょうぞう)、脚本家としては水谷 一二三(みずたに ひふみ)と名乗る。成人映画の黎明期からの映画作家として知られ、異分野で活躍する山本晋也を除けば、成人映画の世界で長く現役として作品を発表し続けた人物であった。監督作は400本を超える。 1934年(昭和9年)12月28日、京都府京都市下京区烏丸通綾小路下ルに生まれる。
林 彰太郎(はやし しょうたろう、1934年6月21日 - … 林 彰太郎(はやし しょうたろう、1934年6月21日 - 2000年代)は、日本の俳優。京都府京都市北区出身。本名は高橋 徹(たかはし とおる)。別名は池 徹(いけ とおる)。 京都府立山城高校卒業後、同志社大学経済学部に進学するが1958年に中退し、松竹俳優養成所に入る。同年、池 徹の芸名で『七人若衆大いに売り出す』で映画初出演。1960年に東映へ移籍し、林 彰太郎と改名。東映京都撮影所を拠点に活動した。 嶋田景一郎・坂口祐三郎と共に三野郎として売り出されていた。身長180cmの体格を活かし、時代劇・アクション映画・ヤクザ映画などの脇役を演じてきた。晩年は東映太秦映画村の俳優養成所で講師として後進の育成に当たった。
長門 裕之(ながと ひろゆき、1934年〈昭和9年〉1月10… 長門 裕之(ながと ひろゆき、1934年〈昭和9年〉1月10日 - 2011年〈平成23年〉5月21日)は、日本の俳優。昭和時代の日活映画の「青春スター」。(今村昌平監督と組んだ)『にあんちゃん』で1959年(昭和34年)のブルーリボン男優主演賞受賞。『豚と軍艦』『秋津温泉』などで主演。テレビドラマなどでも活躍。俳優の津川雅彦は実弟。 歌舞伎俳優の沢村国太郎を父に、女優のマキノ智子を母に、本名 加藤 晃夫(かとう あきお)として、京都府京都市中京区で誕生。両親もそうだが、祖父は「日本映画の父」と呼ばれる牧野省三、狂言作者の竹芝伝蔵、叔父に加東大介、叔母に沢村貞子がいるという演劇・映画などを本業とする芸能一家の一員として誕生。
芦屋 小雁(、1933年12月4日 - 2025年3月28日… 芦屋 小雁(、1933年12月4日 - 2025年3月28日)は、日本の喜劇俳優。本名は西部 秀郎()。所属事務所は小雁倶楽部、さち子プロ。 京都府京都市出身。生家は友禅染工場であったという。兄に俳優の芦屋雁之助、弟に芦屋雁平(初代芦屋凡凡)がいる。雁之助の娘の西部里菜は姪。父親も芸界が好きで、漫才師になり、雁之助と地方巡業していたことがあった。芸人にならなかった長兄は、京都の交通局に勤務したが、職場の劇団でプロレタリア演劇にかかわっていた。 旧制中学中退後、さまざまな職業についた後、絵が好きだったことから、商業美術の世界に入り、映画看板などを描く。 やがて、雁之助と漫才コンビ「若松ただし・きよし」を結成して活動する。