澤 和樹(さわ かずき、Kazuki Sawa、1955年1… 澤 和樹(さわ かずき、Kazuki Sawa、1955年1月5日 - )は、日本のヴァイオリニスト。第10代東京芸術大学学長。旧名は沢 和彦(さわ かずひこ)。 和歌山市出身。ヴァイオリンを印野揚造、東儀祐二、吉永清子、鷲見三郎、兎束龍夫に師事。1969年、和歌山市立西和中学校3年生の15歳の時、第23回全日本学生音楽コンクール全国大会中学生の部で第1位を受賞した。1970年、和歌山県立桐蔭高等学校に進んだ。 1973年、東京芸術大学音楽学部に入学、海野義雄に師事した。1974年、第43回日本音楽コンクールで第3位を受賞、1975年、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団のコンサートマスターに就任、1977年、東京文化会館でデビューリサイタルを開いた。
竹中 雅彦(たけなか まさひこ、1954年12月 - 201… 竹中 雅彦(たけなか まさひこ、1954年12月 - 2019年10月16日)は、和歌山県和歌山市出身の日本の高校野球指導者。社会科教諭。 和歌山県の桐蔭高校時代には、軟式野球部に所属。 成城大学に進学後に硬式野球部に入部し、硬式野球に転じる。 大学卒業後は、社会科教員として故郷の和歌山県に帰郷し、1980年には母校の桐蔭高校で軟式野球部の監督として指導に当たる。新宮高校、星林高校ではそれぞれ硬式野球部の部長を務めた。星林高校時代の教え子には、小久保裕紀らがいる。1988年には、和歌山県高等学校野球連盟常任理事に就任。1996年には、当時全国最年少で県高野連理事長に就任。 2003年には、日本高等学校野球連盟常任理事や選抜大会選考委員に就任。
中出 謙二(なかで けんじ、1954年11月3日 - )は、… 中出 謙二(なかで けんじ、1954年11月3日 - )は、和歌山県和歌山市出身の元プロ野球選手(捕手)。 和歌山工業高では3年次の1972年、夏の甲子園和歌山県予選準々決勝に進むが、桐蔭高に敗れる。 卒業後は1973年に新日本製鐵堺へ入社し、都市対抗に4年連続で出場したほか、1977年には第3回インターコンチネンタルカップ日本代表に選出される。ヤクルトの片岡宏雄スカウトが大矢明彦に続く捕手を獲得するため、新日鉄堺グラウンドへ中出の視察に赴いたことがあったが、現役時代捕手でもあった片岡は「こんなレベルじゃプロでは通用せえへんな」と、即決で中出の獲得を断念。この時に片岡の目に留まったのが中出の後輩の投手・尾花高夫である。
釘貫 亨(くぎぬき とおる、1954年4月29日 - )は、… 釘貫 亨(くぎぬき とおる、1954年4月29日 - )は、日本の国語学者、名古屋大学教授。 和歌山県和歌山市生まれ。1979年京都教育大学教育学部国文学科卒業、1981年東北大学大学院文学研究科日本語学博士後期課程単位取得中退。1997年「古代日本語の形態変化」で名古屋大学博士(文学)。 1982年富山大学講師、1986年同助教授、1993年名古屋大学文学研究科助教授を経て、1997年教授。2020年定年退職、名古屋大学名誉教授。
志賀 俊之(しが としゆき、1953年9月16日 - )は、… 志賀 俊之(しが としゆき、1953年9月16日 - )は、日本の実業家。INCJ代表取締役会長、武田薬品工業社外取締役、ダイナミックマップ基盤社外取締役。日産自動車取締役、最高執行責任者、産業革新機構会長、経済同友会副代表幹事、日本自動車工業会会長等を歴任した。 和歌山県和歌山市出身。小学校4年から新宮市へ、中学・高校では打田町で過ごした。和歌山市に戻り、和歌山県立那賀高等学校を経て、1976年大阪府立大学経済学部卒業。 1976年に日産自動車に入社。最初の配属先は自動車関連ではなく、マリーン事業部だった。その後、アジア大洋州営業部ジャカルタ事務所長・企画室長を歴任。 1999年に日産がルノーと提携しCOOとなったカルロス・ゴーンの下、アライアンス推進室長を兼任。
湯川 哲生 (ゆかわ てつお、1953年(昭和28年)6月3… 湯川 哲生 (ゆかわ てつお、1953年(昭和28年)6月30日 - ) は、テレビユー山形取締役相談役、元同社代表取締役社長。元TBSホールディングス・TBSテレビ取締役、赤坂熱供給代表取締役社長。 和歌山県和歌山市出身。和歌山県立桐蔭高等学校、東京大学文学部卒業後、1978年4月にTBS入社。緑山スタジオ・シティ代表取締役会長、テレビユー福島顧問で元代表取締役社長の信国一朗、元TBS報道局主席解説委員の岩城浩幸、映画プロデューサーの永田守(大映元社長永田雅一の孫)は同期。特に信国とは東京大学でも同期にあたる。 TBS時代はメディア推進局1セグ放送開発部長、取締役コンテンツデジタルモバイル事業部長、取締役総務局広報部長、取締役総務局長、取締役経営企画室担当局長、赤坂熱供給代表取締役社長を歴任。
山本 博資(やまもと ひろすけ、1952年 - )は、日本の… 山本 博資(やまもと ひろすけ、1952年 - )は、日本の情報工学者。東京大学名誉教授。 和歌山県和歌山市出身。和歌山市立西浜中学校を経て、1971年和歌山県立桐蔭高等学校卒業。1975年静岡大学工学部電気工学科卒業。1980年東京大学大学院工学系研究科電気工学専攻博士課程修了、工学博士。同年徳島大学工学部助手。1981年同講師。1983年同助教授。1987年電気通信大学電気通信学部助教授。1989年スタンフォード大学ISL客員研究員。1995年東京大学工学部助教授。 1999年東京大学大学院工学系研究科教授に昇任。2001年東京大学大学院情報理工学系研究科教授。2004年東京大学大学院新領域創成科学研究科教授。
山崎 海童(やまざき かいどう、1951年9月17日 - )… 山崎 海童(やまざき かいどう、1951年9月17日 - )は、和歌山県和歌山市出身の俳優。身長163cm、体重74kg、バスト100cm、ウェスト90cm、ヒップ100cm、血液型はA型。日本大学芸術学部演劇学科卒業。現代制作舎所属(元・松竹新喜劇)。旧芸名は山崎怪童。特技は関西弁/パソコン、趣味はパソコン。藤山寛美の弟子である。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
赤井 正二(あかい しょうじ、1951年8月 ‐ )は、日本… 赤井 正二(あかい しょうじ、1951年8月 ‐ )は、日本の思想史家、社会学者。専門分野は社会文化史、社会科学論。立命館大学名誉教授。和歌山県和歌山市出身。 1975年3月、早稲田大学第一文学部哲学専攻を卒業。 1982年3月、一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。1987年一橋大学大学院社会学研究科博士課程後期課程を単位取得満期退学する。富沢賢治ゼミや、岩崎允胤ゼミで指導を受けた。 同年4月より立命館大学産業社会学部の助教授となり、1994年4月に教授に昇格した。 2016年に刊行した初の単著『旅行のモダニズム─大正昭和前期の社会文化変動─』は、複数の書評に取り上げられた。 2017年3月、立命館大学を定年退職し、4月に同大学名誉教授となる。
竹中 平蔵(たけなか へいぞう、1951年〈昭和26年〉3月… 竹中 平蔵(たけなか へいぞう、1951年〈昭和26年〉3月3日 - )は、日本の実業家、政治家、経済学者。勲等は旭日大綬章。東洋大学グローバル・イノベーション学研究センター客員研究員。慶應義塾大学名誉教授。専門は経済政策。 世界経済フォーラム理事、SBIホールディングス社外取締役、森ビルアカデミーヒルズ理事長、日本経済研究センター研究顧問、外為どっとコム総合研究所首席研究理事、アドビ International Advisory Board メンバー、特定非営利活動法人万年野党アドバイザリーボードメンバー、一般社団法人外国人雇用協議会顧問、一般財団法人教育支援グローバル基金(BEYOND Tomorrow)アドバイザー、新生ホームサービス株式会社特別顧問、内閣日本経済再生本部産業競争力会議(民間)議員、内閣府国家戦略特別区域諮問会議(有識者)議員、RIZAPグループ経営諮問委員会委員、日本からヘイトをなくす会アドバイザー等を務める。
佐々木 英治(ささき ひではる、1951年 - )は、日本の… 佐々木 英治(ささき ひではる、1951年 - )は、日本の元総務官僚。 和歌山県和歌山市出身。1975年、郵政省入省。近畿郵政局人事部長、総務省郵政事業庁郵務部長、郵政公社近畿支社長、日本郵政株式会社専務執行役、執行役副社長、NTT東日本監査役を歴任。
KURO(くろ、1951年 - 1997年4月4日)は、日本… KURO(くろ、1951年 - 1997年4月4日)は、日本の作詞家。本名は西岡安希子。 シンガーソングライターの西岡恭蔵は夫。彼との結婚後に作詞を始め、西岡の他、松田優作、山下久美子、太田裕美ら、多くの歌手に詞を提供。矢沢永吉のために作詞した西岡恭蔵名義の作品のなかにも、共作によるものが少なくないといわれる。 和歌山県和歌山市生まれ。 大阪の音楽喫茶「ディラン」で西岡と知りあい結婚。上京して埼玉県入間市に住み、夫の音楽活動をサポートし、作詞の手伝いを始める。 1975年大塚まさじの「アフリカの月」の作詞をきっかけにKUROの筆名による作詞活動をスタート。 1976年の西岡のアルバム『南米旅行』でほとんどすべての作詞を担当。
阪田 隆(さかた たかし、1950年7月9日 - )は、和歌… 阪田 隆(さかた たかし、1950年7月9日 - )は、和歌山県出身の元プロ野球選手(外野手)
松井 優典(まつい まさのり、1950年6月26日 - )は… 松井 優典(まつい まさのり、1950年6月26日 - )は、和歌山県和歌山市出身の元プロ野球選手(内野手、捕手)・コーチ・監督、解説者。 和歌山市議会議員の松井紀博は甥にあたる。 星林高では3年次の1968年に甲子園春夏連続出場を果たすが、いずれもチームとして初出場であった。春の選抜では三塁手兼控え投手として出場し、1回戦で清水市商に延長12回サヨナラ負けを喫した。この試合でリリーフに立ち、甲子園初登板を果たす。夏の選手権は三番・捕手として3回戦に進出するが、優勝した興国高の丸山朗に完封を喫する。3年間の通算打率は4割という好記録を残し、高校同期に一塁手の東出康博がいた。 1968年のドラフト3位で南海ホークスに入団し、強肩を買われて捕手から三塁手に転向。
野上 俊夫(のがみ としお、1949年8月3日 - )は、和… 野上 俊夫(のがみ としお、1949年8月3日 - )は、和歌山県出身の元プロ野球選手。ポジションは投手、のち一塁手。
井上 正仁(いのうえ まさひと、1949年2月20日 - )… 井上 正仁(いのうえ まさひと、1949年2月20日 - )は、日本の法学者。東京大学名誉教授。法務省特別顧問。元日本刑法学会理事長。専門は刑事訴訟法。日本学士院会員。和歌山県和歌山市出身[リンク切れ]。 東京大学法学部卒業後、同大学助手、助教授、教授、早稲田大学法科大学院教授を経て、現在、東京大学名誉教授・法務省特別顧問。一時期、バークレーにて教鞭をとる。指導教官は団藤重光(井上は団藤の最後の弟子である)、松尾浩也。 法制審議会・刑事法部会委員として、1999年の通信傍受法成立に寄与した。また、近年の司法制度改革においては、司法制度改革審議会・司法制度改革推進本部検討会等の委員として法科大学院の創設や裁判員制度・公判前整理手続・被疑者国選弁護制度の導入などに大きな役割を果たした。
谷口 博昭(たにぐち ひろあき、1948年 <昭和23年> … 谷口 博昭(たにぐち ひろあき、1948年 <昭和23年> 8月1日 - )は、日本の元建設・国土交通官僚、和歌山県出身。元国土交通事務次官。第109代土木学会会長、建設業技術者センター理事長(非常勤)。 和歌山県和歌山市出身。和歌山県立桐蔭高等学校を経て、東京大学工学部土木工学科卒業。建設省入省後は、技官として道路行政に従事。道路局高速道路課長、企画課長、近畿地方整備局長、道路局長等を経て、2006年(平成18年)に技監に、2009年(平成21年)7月24日に、国土交通事務次官に就任した(技官で3人目、道路畑では佐藤信秋以来2人目)。この間にも、土木学会副会長(総務)を2007年(平成19年)度から2008年(平成20年)度にかけて務めた。
竹中 宣雄(たけなか のぶお、1948年(昭和23年)7月1… 竹中 宣雄(たけなか のぶお、1948年(昭和23年)7月16日 - )は、日本の実業家。ミサワホーム代表取締役社長を経て、同社取締役会長、プレハブ建築協会副会長。 和歌山県和歌山市生まれ。1972年に法政大学社会学部を卒業し、(旧)ミサワホームに入社した。松本での新人時代には、3年半で100棟売った逸話を持つ。ミサワホーム青森(現:東北ミサワホーム)赴任時には、39歳で代表取締役青森支店店長に就任。猛烈な営業で業績を向上させた。 1992年には、三澤千代治からの抜擢によって本社の営業企画部長に就任。1995年取締役に選出される。その後、千葉ミサワホーム(現:ミサワホーム東関東)、ミサワホーム東京の地域販社社長を歴任した。
小黒 世茂(おぐろ よも、1948年 - )は、日本の歌人… 小黒 世茂(おぐろ よも、1948年 - )は、日本の歌人。 大阪市在住。玲瓏編集委員。大阪歌人クラブ理事。現代歌人協会、現代歌人集会、日本文藝家協会会員。 1948年和歌山市加太生まれ。1989年玲瓏入会、塚本邦雄に師事。 1999年に「隠国(こもりく)30首で第10回「歌壇賞」を受賞。以降、高野山や熊野を主題とし、独特のアニミズム感覚にもとづく作歌活動をつづける。 歌集に『隠国』『猿女』『雨たたす村落(むら)』『やつとこどつこ』『小黒世茂歌集』『舟はゆりかご』、エッセイ集に『熊野の森だより』『記紀に游ぶ―日本のわすれもの』などがある。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
藤田 平(ふじた たいら、1947年10月19日 - )は、… 藤田 平(ふじた たいら、1947年10月19日 - )は、和歌山県和歌山市出身の元プロ野球選手(内野手)・コーチ・監督、解説者・評論家。
道浦 母都子(みちうら もとこ、1947年9月9日 - )は… 道浦 母都子(みちうら もとこ、1947年9月9日 - )は、日本の歌人。『未来』選者。 全共闘世代の心情を歌った歌集『無援の抒情』(1980年)で現代歌人協会賞受賞。他の歌集に『水憂』(1986年)、『夕駅』(1997年)、『はやぶさ』(2013年)など。 和歌山県和歌山市生まれ。大阪府吹田市在住。祖父・道浦若八は、部落解放運動にも縁のあった和歌山県議会議員。父は大阪工業大学土木工学科卒の土木技師で、日本窒素(後のチッソ)の関連会社・朝鮮窒素に勤務して、戦後に日本に引き揚げた。 中学まで和歌山で暮らした後、父が千里ニュータウン開発に携わることになり大阪に移住。大阪府立北野高等学校を経て、早稲田大学第一文学部演劇学科に進学。
旅田 卓宗(たびた たくそう、1945年〈昭和20年〉4月4… 旅田 卓宗(たびた たくそう、1945年〈昭和20年〉4月4日 - )は、日本の政治家、元警察官。和歌山市議会議員(3期)、和歌山市長(4期)、和歌山県議会議員(3期)を歴任した。 1945年4月4日、稲荷永一と花子の子として生まれる(4人兄弟の3人目)。幼名は卓三、しかし1948年に両親が離婚し、母方の姓となる。 1964年、和歌山県立和歌山工業高等学校を卒業後、和歌山県警察の巡査となり、和歌山県警察学校に入校。1965年4月に警察学校を首席卒業して海南警察署に配属されたが、同年7月に警察官を辞職し、小学校教員を目指したが果たせなかったため、同年12月に復職して白浜警察署に配属された。 1969年10月、政治家を目指して再び警察官を辞職、1971年の統一地方選挙に無所属で立候補し和歌山市議会議員に初当選して政界入りを果たした。
増井武士(ますい たけし、1945年2月11日 - )は、日… 増井武士(ますい たけし、1945年2月11日 - )は、日本の精神療法家。 和歌山県和歌山市生まれ。1967年神戸大学教育学部教育心理学科卒、1967年京都大学大学院修士課程特別研究生を経て、1973年九州大学大学院教育学研究科博士課程修了。93年「症状への「間」の努力を中心とした治療方法論の展開 患者体験に視座を据えた治療論」で教育学博士。1977年産業医科大学医学部助教授、教授、同大学病院精神・神経科および産業医実務研修センターを併任。2007年退官後、九州産業大学国際研究学部臨床心理学専攻教授。東亜大学客員教授。専門は精神療法学、治療面接学、メンタルヘルス論及びメンタルヘルスマネージメント。
宮本 勝浩(みやもと かつひろ、1945年1月12日 - )… 宮本 勝浩(みやもと かつひろ、1945年1月12日 - )は、日本の経済学者、大阪府立大学名誉教授、関西大学名誉教授。博士(経済学)(神戸大学)(2004年)。専門分野は、ロシア経済学、数理経済学。大阪府立大学副学長、ロシア・東欧学会副代表理事などを歴任。和歌山県和歌山市出身。2024年、瑞宝小綬章受章。 阪神タイガースの優勝をはじめ、様々な事象が起こることによって生じる経済効果の分析をテレビ、ラジオなどのマスコミで発表している。 主な学術論文として以下のものがある。 以下はレギュラーで出演経験のあるテレビ・ラジオ番組。
東 隆明(あずま りゅうめい、1944年9月28日 - )は… 東 隆明(あずま りゅうめい、1944年9月28日 - )は、日本の男性作家、脚本家、演出家、作詞家、俳優、コミュニティネットワーク自然会会長。和歌山県和歌山市出身。旧芸名は東 龍明。 近衛文隆の庶子を称する。隆明の生年に文隆は大谷正子と結婚し、隆明の生母とは婚姻を結ばなかったという。 和歌山県立和歌山商業高等学校卒業後、19歳で上京。俳優、演出、脚本、企画制作などに携わる。また、情操教育を通じて青少年の健全育成に尽力すべく、学校演劇も手がける。 1983年、自然会(現コミュニティネットワーク自然会)発足、主宰。愛と究極の平和を説き続けている。講演会多数。 1992年より始められた島原復興支援活動では、復興ビルを創設して運営しながら常駐者を置き、地域のコミュニケーションに尽力する。
柴田 猛(しばた たけし、1944年8月11日 - )は、和… 柴田 猛(しばた たけし、1944年8月11日 - )は、和歌山県和歌山市出身の元プロ野球選手(外野手、捕手)・コーチ・監督。
関 佳哉(せき よしや、1943年10月21日 - 2014… 関 佳哉(せき よしや、1943年10月21日 - 2014年2月14日)は、日本の政治家。元和歌山市議会議員(1期)。
杉谷 昭子(すぎたに しょうこ、1943年2月25日 - 2… 杉谷 昭子(すぎたに しょうこ、1943年2月25日 - 2019年5月8日)は、日本のピアノ奏者。本姓・岡田。 和歌山県和歌山市出身。東京芸術大学卒業後、1976年ケルン音楽大学大学院修了。矢田暎子、井口秋子、デートレフ・クラウス、エリーザ・ハンゼン、ブルーノ・レオナルド・ゲルバー、アレクシス・ワイセンベルク、クラウディオ・アラウ等に師事。旧西独演奏家国家試験で1等賞を獲得することになるブラームスのピアノ協奏曲第1番の演奏が、大手マネージャーに認められ、デュッセルドルフでデビューする。 1971年エッセンフォルクヴァングコンクール優勝。72年マリア・カナルス国際コンクール2位。ミラノ音楽祭出演。
井口 洋(いぐち ひろし、1942年6月22日 - 2023… 井口 洋(いぐち ひろし、1942年6月22日 - 2023年2月26日)は、日本文学者、奈良女子大学名誉教授。位階は従四位。 学歴: 和歌山市立本町小学校、同伏虎中学校、和歌山県立桐蔭高等学校 和歌山市生まれ。1965年京都大学文学部国文科卒、1971年同大学院文学研究科博士課程満期退学。96年「西鶴試論」で京大文学博士。帝塚山短期大学講師、奈良女子大学助教授、教授、副学長。2006年定年退官、名誉教授。 2023年2月26日、急性心臓死のため死去。80歳没。死没日付をもって従四位に叙され、瑞宝小綬章を追贈された。
落合 莞爾(おちあい かんじ、1941年〈昭和16年〉4月2… 落合 莞爾(おちあい かんじ、1941年〈昭和16年〉4月26日 - )は、日本の投資家、経営コンサルタント、歴史研究家。 一色 崇美(いっしき たかよし)・成行庵主人の筆名がある。 和歌山県和歌山市生まれ。 和歌山県立桐蔭高等学校を経て東京大学法学部卒業後、住友軽金属を経て経済企画庁調査局へ出向、住宅経済と社会資本の分析に従事し、1968-69年の『経済白書』の作成に携わる。その後、中途入社第1号として野村證券に入社、商法および証券取引法に精通し事業法人部業務課長に就任。債務超過に陥った日活の第三者割当増資や、流通卸センターによる横浜メリヤスへのM&Aで仕掛人として動いたと言われている。1978年に野村證券を退社し、株式会社新事業開発本部(現・落合莞爾事務所)を設立。
中西 啓介(なかにし けいすけ、1941年〈昭和16年〉2月… 中西 啓介(なかにし けいすけ、1941年〈昭和16年〉2月6日 - 2002年〈平成14年〉1月27日)は、日本の政治家。衆議院議員(7期)、防衛庁長官(第53代)を歴任した。 和歌山県和歌山市生まれ。和歌山県立桐蔭高等学校を経て、1965年、早稲田大学政治経済学部経済学科を卒業し、山口喜久一郎事務所に就職した。 1972年の第33回衆議院議員総選挙に旧和歌山1区から無所属で立候補するも最下位で落選。以後、4年間地道な政治活動を続けて支援者を増やした。 1976年の第34回衆議院議員総選挙では、旧和歌山1区から自由民主党公認で立候補。35歳の若さをアピールするとともに、東京から芸能人を応援に呼ぶなどの積極的な選挙活動が功を奏して初当選を果たした(当選同期に中村喜四郎・鳩山邦夫・中島衛・西田司・池田行彦・堀内光雄・相澤英之・津島雄二・鹿野道彦・塚原俊平・与謝野馨・渡辺秀央・中川秀直・甘利正など)。
田端 正広(たばた まさひろ、1940年〈昭和15年〉1月4… 田端 正広(たばた まさひろ、1940年〈昭和15年〉1月4日 - 2025年〈令和7年〉1月5日)は、日本の政治家。元衆議院議員(5期)。 和歌山県和歌山市生まれ。大阪府立三国丘高等学校、同志社大学経済学部卒業後、公明新聞に入社。1986年の第14回参議院議員通常選挙では比例区から公明党名簿第14位に登載され立候補したが、この時には落選している。 1993年の第40回衆議院議員総選挙で公明党の公認候補として旧大阪1区(定数3)から立候補し、同区でトップ当選。小選挙区比例代表並立制が導入された1996年の第41回衆議院議員総選挙以降は大阪3区から新進党公認で立候補し、2期連続当選を果たした。その後は新進党の解党により新党平和を経て、再結成された公明党と所属政党を変えつつも、連続当選した。
岩倉 信弥(いわくら しんや、1939年11月25日 - )… 岩倉 信弥(いわくら しんや、1939年11月25日 - )は、多摩美術大学教授、立命館大学客員教授。経営学博士。 1939年、和歌山県和歌山市生まれ。多摩美術大学の美術学部に進み、図案科立体デザイン専攻する。1964年に卒業後、本田技研工業に入社。本田宗一郎に見出され、ホンダ車を多くデザインした。岩倉が担当した主な代表例として、初代シビック、アコード、オデッセイなどが挙げられる。 同社常務取締役(商品担当)を務めた後、1999年11月に退社。1999年6月から1.多摩美術大学美術学部の客員教授に就任した後、2001年4月から同大学の生産デザイン学科、プロダクトデザイン専攻の教授を務めている。 2004年3月に立命館大学より博士(経営学)を取得(論文タイトルは『ホンダにみるデザイン・マネジメントの進化』)。
前田 一郎(まえだ いちろう、1937年9月26日 - )は… 前田 一郎(まえだ いちろう、1937年9月26日 - )は、政治評論家・元NHK解説委員。 和歌山県和歌山市出身。和歌山県立向陽高等学校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。 1960年NHK入局。政治部次長、解説委員を経て、1996年退職に伴い部外解説委員に就任。その後部外解説委員を外れ、政治評論家となる。
宮本 恵美子(みやもと えみこ、現姓:寺山、1937年5月1… 宮本 恵美子(みやもと えみこ、現姓:寺山、1937年5月10日 - 2023年12月7日)は、日本の元女子バレーボール選手。1964年東京オリンピックバレーボール女子金メダリスト。東洋の魔女 (Oriental Witches) の主力メンバー。 和歌山県和歌山市出身。和歌山市立明和中学校時代に近畿大会で優勝。和歌山商業高校在学中にスカウトされて、実業団の日紡貝塚(当時)に入部。 入部当初は不器用なタイプで、アタックは強烈だがレシーブやトスがこなせず、「試合に出られなくても球拾いで頑張る」と自分に言い聞かせて、2年間控えにまわる。その姿を見続けてきた大松博文監督(当時)は「必ずモノになる」と確信したと述懐している。
島 正博(しま まさひろ、1937年3月10日 - )は、日… 島 正博(しま まさひろ、1937年3月10日 - )は、日本の実業家・発明家。島精機製作所代表取締役会長。血液型はA型。妻は和島興産社長の島和代。 和歌山県和歌山市出身。10代の頃から発明に熱中し、16歳の時には手袋編み機の特許を取得している。 県立和歌山工業高校卒業後、1962年に「手袋編機の自動化」という課題を掲げて島精機製作所を設立した。「研究開発」に力を注いでおり、1995年には画期的な無縫製ニット横編み機「ホールガーメント」を世に送り出した。 2014年7月11日、アメリカ合衆国ペンシルバニア州フィラデルフィアに在るドレクセル大学より名誉経営学博士号が授与された。 2017年6月28日、会長に就任。
薗田 坦(そのだ たん、1936年〈昭和11年〉10月18日… 薗田 坦(そのだ たん、1936年〈昭和11年〉10月18日 - 2016年〈平成28年〉4月22日)は、日本の宗教学者(宗教哲学)。位階は従四位。勲等は瑞宝重光章。学位は文学博士。京都大学名誉教授、仁愛大学名誉教授、日本学士院会員。 京都大学文学部助手、大阪市立大学文学部教授、京都大学文学部教授、京都大学大学院文学研究科教授、龍谷大学文学部教授、仁愛大学学長などを歴任した。 1936年10月18日、和歌山市生まれ。1959年京都大学文学部(宗教学専攻)卒。1964年同大学院博士課程単位取得満期退学。 大阪市立大学助教授、京都大学助教授、1989年 京大にて文学博士、京大文学部教授(西洋近世哲学史)、2000年定年退官、龍谷大学教授、仁愛大学学長。
浦路 洋子(うらじ ようこ、1936年1月28日 - )は、… 浦路 洋子(うらじ ようこ、1936年1月28日 - )は、日本の女優。 以下に日本映画データベースに従い公開日、作品名、製作会社、役名を記載。作品数は本表における便宜上、暫定的なもの。
29代 式守 伊之助(にじゅうきゅうだい しきもり いのすけ… 29代 式守 伊之助(にじゅうきゅうだい しきもり いのすけ、1935年8月28日 - 2004年2月2日)は、大相撲の立行司の一人。式守伊之助としての在位期間は1995年1月~2000年7月。春日野部屋所属。和歌山県和歌山市出身。本名:池田貢(いけだ みつぐ)。 1946年(昭和21年)11月場所初土俵。師匠は13代木村庄太郎で、26代伊之助、27代伊之助は同部屋の兄弟子である。初土俵時の行司名は木村貢。1961年1月場所十両格に昇格。1963年3月場所に3代木村善之輔を襲名。以後三役格まで善之輔で通す。1977年1月場所幕内格に昇格。1991年1月場所に三役格に昇格。木村善之輔の名跡で三役格まで昇格したのは1941年1月場所に昇格した初代善之輔(師匠である13代庄太郎の前名)以来50年ぶりだった。
河野 旭輝(こうの あきてる、1935年1月1日 - 201… 河野 旭輝(こうの あきてる、1935年1月1日 - 2014年1月25日)は、和歌山県和歌山市出身のプロ野球選手(内野手、外野手)・コーチ・監督。 1956年に年間85盗塁を記録し、当時の日本記録を樹立。同年の最多盗塁死29はその後破られていない。セ・パ両リーグで盗塁王を獲得した唯一の人物である。 大阪府で生まれるも、戦争中に疎開で和歌山県へ引っ越した。 和歌山工業から野球部ができたばかりの松下電器に入社。主に一塁手、遊撃手としてプレーし更に投手としてマウンドに立つこともあった。1953年の都市対抗にチームとしての初出場を果たす。 1954年に阪急ブレーブスへ入団し、1年目の同年は開幕から二塁手に抜擢され定位置を獲得。
川崎 孝(かわさき たかし、1935年 - )は、和歌山県和… 川崎 孝(かわさき たかし、1935年 - )は、和歌山県和歌山市出身の元アマチュア野球選手・指導者である。ポジションは外野手。 県立和歌山商業高校では主将を務めた。卒業後には関西学院大学に入学し、そこでも主将を務め、関西大学の村山実や立教大学の長嶋茂雄と対戦したことがあった。 大学卒業後は1958年に三菱重工業に入社する。1969年から三菱重工神戸の監督を務め、翌年の都市対抗野球では、チームを準優勝に導いた。 一旦、社業に戻った後に、1982年から1984年までに再び監督を務めた。 その後は、日本野球連盟の常任理事、センバツ高校野球の選考委員、兵庫県野球連盟会長等を歴任した。 またその一方で、日本放送協会で高校野球解説者を務めた。
亀井 敬之(かめい よしゆき、1934年11月9日 - )は… 亀井 敬之(かめい よしゆき、1934年11月9日 - )は、日本の経営者、銀行家。泉州銀行頭取を務めた。 和歌山県和歌山市出身。1957年に東京大学法学部を卒業し、同年に大蔵省に入省。1982年6月に関東信越国税局長、1985年6月に大臣官房審議官、1986年6月に造幣局長、1987年7月に住宅金融公庫理事を経て、1989年6月には泉州銀行専務に就任。1992年5月に副頭取を経て、1993年3月には頭取に就任。1999年6月に会長を経て、2000年6月には相談役に就任。 2007年4月に瑞宝中綬章を受章。
佐武 弘章(さたけ ひろあき、1934年8月6日 - )は、… 佐武 弘章(さたけ ひろあき、1934年8月6日 - )は、日本の経済学者、大阪府立大学名誉教授。 和歌山市出身。1965年大阪市立大学大学院経済学研究科博士課程満期退学、87年「「資本の生産過程論」の成立: 「資本論」第1部の成立過程の研究」で経済学博士。大阪社会事業短期大学講師、助教授、大阪府立大学社会福祉学部教授。99年定年退官、名誉教授、福井県立大学教授を務めた。
まつい のりこ(松井紀子、1934年3月17日 - 2017… まつい のりこ(松井紀子、1934年3月17日 - 2017年2月12日)は、日本の絵本作家、紙芝居作家。 絵本の代表作は『じゃあじゃあびりびり』、『かずのほん』、『とけいのほん』など。紙芝居では『おおきくおおきくおおきくなあれ』などを発表し、紙芝居の普及に努めた。 1934年3月17日、和歌山県和歌山市生まれ。和歌山大学学芸学部を卒業後、東京で小学校教員(図工)となる。 子育ての中で絵本に関心を持ち、28歳で絵を学ぶべく武蔵野美術大学に入学、卒業。 自分の子供に手作りの絵本を作ったことが、のちに絵本作家に進む出発点となる。絵本作家となる。1976年、『ころころぽーん』でボローニャ世界児童図書展エルバ賞を受賞。
北野 タダオ(きたの タダオ、本名:北野董郎(きたの ただお… 北野 タダオ(きたの タダオ、本名:北野董郎(きたの ただお)、1934年3月3日 - 2018年10月3日)は、日本のジャズピアニスト。和歌山市出身。 中学校の頃から独学でピアノを学び、17歳のころ、ドラムの猪俣猛と、サックスの津田清とともに、ジーン・クルーパースタイルでトリオを編成、アメリカ軍のキャンプでジャズの演奏会を行った。高卒後、関西学院大学に進学。 大卒後も、関西を本拠地としてジャズピアニストとして活動し、1958年、大阪・キタのナイトクラブ・アローの専属ジャズバンド「北野タダオとアロージャズオーケストラ」を結成。リーダー兼ピアニストとして活動し、その卓越された演奏は関西屈指のビッグバンドとして知られ、ジャズの演奏の編曲は延べにして3000曲を超える。
雜賀 慶二(さいか けいじ、1934年 - )は、日本の実業… 雜賀 慶二(さいか けいじ、1934年 - )は、日本の実業家。東洋ライス代表取締役。創業者。東京農業大学客員教授。一般社団法人和歌山県発明協会副会長。和歌山市少年少女発明クラブ副会長。一般財団法人雑賀技術研究所名誉会長。全国無洗米協会顧問。 和歌山県和歌山市に生まれる。1949年、和歌山市立城東中学校を卒業。祖父が1916年(大正5年)に設立した雜賀商会を手伝う。1961年に石抜機を発明(無石米)。11月1日、株式会社東洋精米機製作所を設立。1963年4月8日、財団法人雑賀技術研究所を設立し会長に就任。1985年、東洋精米機製作所社長に就任。1990年、味度計を開発。1991年、無洗米を発明。
根來 泰周(ねごろ やすちか、1932年〈昭和7年〉7月31… 根來 泰周(ねごろ やすちか、1932年〈昭和7年〉7月31日 - 2013年〈平成25年〉11月4日)は、日本の検察官。位階は正三位。 東京高等検察庁検事長を最後に検察官を定年退官した後、弁護士(第一東京弁護士会所属)、公正取引委員会委員長、日本野球機構コミッショナーなどを務めた。 和歌山県和歌山市出身。和歌山県立向陽高等学校、京都大学法学部を卒業。京大在学中に司法試験と国家公務員I種試験に合格、法曹への道を選ぶ。 生家が浄土真宗本願寺派の寺であるため、僧侶の資格も取得している。浄土真宗本願寺派玄妙寺住職、浄土真宗本願寺派特別審事・監正局長を務めた。好きな言葉は親鸞聖人の開いた浄土真宗の教えを漢字四字で表した平生業成という。
有吉 佐和子(ありよし さわこ、1931年(昭和6年)1月2… 有吉 佐和子(ありよし さわこ、1931年(昭和6年)1月20日 - 1984年(昭和59年)8月30日)は、日本の小説家、劇作家、演出家。和歌山県和歌山市出身。日本の歴史や古典芸能から現代の社会問題まで広いテーマをカバーし、読者を惹きこむ多くのベストセラー小説を発表した。カトリック教徒で、洗礼名はマリア=マグダレーナといった。代表作は『紀ノ川』、『華岡青洲の妻』、『恍惚の人』など。娘にエッセイストの有吉玉青がいる。正確には「吉」の字は下が長いのだが、小説を書いていた頃には活字がなかった。
津本 陽(つもと よう、1929年〈昭和4年〉3月23日 -… 津本 陽(つもと よう、1929年〈昭和4年〉3月23日 - 2018年〈平成30年〉5月26日)は、日本の小説家。本名、寅吉(とらよし)。 和歌山県和歌山市出身。旧制和歌山中学校から旧制大阪専門学校(現・近畿大学) を経て、1951年東北大学法学部卒。明間輝行は同期。同人誌『VIKING』で活動し、掲載作『丘の家』が第56回直木賞候補。1978年(昭和53年)、故郷和歌山を舞台にした『深重の海』で第79回直木賞を受賞。膨大な資料をたどり、小説の中で逐次資料の内容の提示と解説をしながら話を展開してゆく形式が多い。文体は情緒性を排した重厚で簡潔な表現が主体。 題材は主に剣豪や戦国大名、幕末英傑を主題にした歴史小説が多い。
沼 正作(ぬま しょうさく、1929年2月7日 - 1992… 沼 正作(ぬま しょうさく、1929年2月7日 - 1992年2月15日)は、日本の生化学者。元京都大学医学部教授。和歌山県和歌山市生まれ。 1952年京都大学医学部卒業。一年間のインターン期間ののち、臨床研修のため第1内科学教室に入局する。後に基礎医学研究に転向することを決意し、1956年フルブライト奨学生として渡米、ボストンのハーバード大学医学部生化学部門でJohn Lawrence Oncley教授の研究室で血清リポタンパク質の分析の研究を開始する。1958年アレクサンダー・フォン・フンボルト奨学生として渡独ミュンヘンのマックス・プランク細胞化学研究所へ移籍し、フェオドル・リュネン教授の研究室で酵素学と脂質の代謝制御の研究を開始した。