倉持 三郎(くらもち さぶろう、1932年6月10日- )は… 倉持 三郎(くらもち さぶろう、1932年6月10日- )は、日本の英文学者、詩人、東京学芸大学名誉教授。 愛知県生まれ。東京教育大学文学部英文学科卒業。同大学院博士課程中退。ロンドン大学バークベック・カレッジ大学院留学。1960年香川大学助手、62年専修大学講師、共立女子大学助教授、東京学芸大学助教授、教授、95年定年退官、名誉教授。東京家政大学教授。2003年退職。04年「D・H・ロレンスの作品と時代背景」で筑波大学文学博士。94-96年日本D・H・ロレンス協会会長。妻の倉持晴美も英文学者、共立女子大学名誉教授。
大宅 歩(おおや あゆむ、1932年〈昭和7年〉6月9日 -… 大宅 歩(おおや あゆむ、1932年〈昭和7年〉6月9日 - 1966年〈昭和41年〉2月13日)は、日本の詩人。 評論家大宅壮一と大宅昌の長男として生まれる。東京府立千歳中学校(現・東京都立芦花高等学校)在学中に学制改革に遭い、1948年、東京都立千歳高等学校1年の時に補欠試験を受けて新制の東京都立第一高等学校(現・東京都立日比谷高等学校)に編入学。中学、高校とラグビーをしており、しばしば負傷したことなどから脳に障害を生じ、1949年3月27日から発作を起こすようになった。日比谷高等学校卒業後、1年間浪人を経て東京大学と早稲田大学と慶應義塾大学に合格。東大に進学し、1958年3月、同大学教養学部教養学科卒業。
境 節(さかい せつ、1932年5月2日 - 2022年1月… 境 節(さかい せつ、1932年5月2日 - 2022年1月13日)は、日本の女性詩人。 岡山県生まれ。本名・松本道子。法政大学通信教育部卒。「黄薔薇」編集同人、「どぅるかまら」同人。2004年詩集『道』で中四国詩人賞、2006年『薔薇のはなびら』で富田砕花賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
中村 千栄子(なかむら ちえこ、1932年4月25日 - 1… 中村 千栄子(なかむら ちえこ、1932年4月25日 - 1997年9月22日)は、日本の詩人、作詞家。中村は旧姓で、本名は新野 千栄子(あらの ちえこ)。 中村家の二女として新潟県柏崎市に生まれる。1945年、新潟県立柏崎高等女学校に入学。1951年、山脇学園高等学校卒業。高校時代に上京し、1953年、東京女子大学短期大学部国語科を卒業。そのまま東京で詩の勉強を続けようとしたが、母のすすめでいったん故郷に戻る。1954年、新潟大学学生歌、応援歌をそれぞれ応募し、前者が1位、後者が2位に選ばれたのを機に、詩作を本格的に行おうと決意する。同年5月より、加藤省吾の下で童謡の作詞を学ぶ。翌年、同郷の新野央と結婚し、再び上京。
新藤 凉子(しんどう りょうこ、1932年〈昭和7年〉3月2… 新藤 凉子(しんどう りょうこ、1932年〈昭和7年〉3月23日 - 2022年〈令和4年〉10月7日)は、日本の詩人。本名は古屋涼子(ふるや りょうこ)。元『歴程』編集発行人。元日本現代詩人会会長。夫は古屋奎二(1931-2000、元産経新聞論説副主幹、近畿大学中国文化史教授)。 1932年、鹿児島県生まれ。幼少期を旧満州(現中国東北部)で過ごした。共立女子大学中退。1952年(昭和27年)、東宝舞台に入社すると共に劇団東童に入団する。1954年(昭和29年)、三木卓らと同人の詩誌『氾』に参加する。その後、舞台衣装研究室を設立する。文壇バーの経営もした。1962年(昭和37年)、早稲田大学聴講生として学んだ後にヨーロッパに渡り、日本に帰国後は草野心平の推薦で『歴程』同人となる。
嶋岡 晨(しまおか しん、1932年3月8日 ‐ )は、日本… 嶋岡 晨(しまおか しん、1932年3月8日 ‐ )は、日本の仏文学者・詩人・評論家・小説家。立正大学名誉教授。本名はしまおか あきら。 高知県高岡郡四万十町生まれ。高知県立高知工業高等学校建築科、明治大学文学部仏文科卒、同大学院文学研究科修了。大学在学中に後輩の片岡文雄らと詩誌「貘」を創刊。1958年に寺山修司と「様式論争」を繰り広げるが、1959年には寺山らと詩劇グループ「鳥の会」を結成する。「歴程」同人、「無限」編集長を歴任。 詩集や詩論のほか、坂本龍馬などの土佐国出身の幕末維新期の人物伝、フランス詩の翻訳もおこなう。小説も書き、1980年に『裏返しの夜空』で第84回芥川賞候補、1982年に『《ポー》の立つ時間』で第87回芥川賞候補となっている。
水野 るり子(みずの るりこ、1932年2月25日 - 20… 水野 るり子(みずの るりこ、1932年2月25日 - 2022年1月10日)は日本の詩人。東京都生まれ。本名、水野瑠璃子。東京大学文学部卒業。1984年『ヘンゼルとグレーテルの島』で第34回H氏賞受賞。2011年『ユニコーンの夜に』で第3回小野市詩歌文学賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
長沢 延子(ながさわ のぶこ、1932年〈昭和7年〉2月11… 長沢 延子(ながさわ のぶこ、1932年〈昭和7年〉2月11日 - 1949年〈昭和24年〉6月1日)は、日本の詩人である。群馬県桐生市出身。群馬県立桐生高等女学校(現・群馬県立桐生女子高等学校)卒業。姓の長沢は長澤とも表記される。 1932年(昭和7年)、群馬県桐生市で生まれる。父親は織物会社を営んでいた。延子には姉と兄がおり、のちに弟が生まれる。1936年(昭和11年)、延子が4歳のときに母親が胃癌で亡くなる。延子によれば、自分の一番最初の記憶は棺の中の母親の死に顔であるという。1938年(昭和13年)、桐生市西尋常小学校(1941年に桐生市西国民学校と改称)に入学、クラスで一番成績が良く、ずっと級長を務めた。
城 侑(じょう すすむ)、1932年2月8日 -2012年6… 城 侑(じょう すすむ)、1932年2月8日 -2012年6月29日 は、日本の詩人。 奈良県生まれ。早稲田大学文学部卒。NHK職員。「詩豹」「早稲田詩人」「羊歯族」を経て「赤と黒」(昭37・1創刊)主宰。 詩人会議「現代詩」に関係。『荒地詩集』(昭32、33年版)に参加。資本主義の社会病理を寓意と逆説で風刺する異色詩人。1975年に第三回詩人会議賞(後に壺井繁治賞と改名)、1995年に第27回多喜二・百合子賞を受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
稲垣 瑞雄(いながき みずお、1932年2月3日 - 201… 稲垣 瑞雄(いながき みずお、1932年2月3日 - 2013年2月23日)は、日本の作家・詩人。 愛知県豊橋出身。東京大学文学部仏文科卒。高校教師となり、東京都立立川高等学校で英語とフランス語を担当。楢信子と職場結婚。1962年創刊の同人誌『ドン』に参加、73年に短編集『残り鮎』を自費出版。74年からは楢信子と二人雑誌『双鷲』を年二回刊行。1984年「曇る時」で作家賞受賞。
村田 正夫(むらた まさお、1932年1月2日 - 2011… 村田 正夫(むらた まさお、1932年1月2日 - 2011年11月25日)は、日本の詩人。妻は詩人の麻生直子。 東京府生まれ。早稲田大学法学部卒業。1955年から詩誌「潮流詩派」を主宰。日本現代詩人会、日本文藝家協会員。2011年11月25日、呼吸不全のため、東京都内の病院で死去。79歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
長岡弘芳(ながおか ひろよし、1932年1月1日-1989年… 長岡弘芳(ながおか ひろよし、1932年1月1日-1989年8月14日)は、原爆文学研究者、詩人。本名は奥村弘芳。 東京出身。東京都立大学卒。千葉ベ平連に参加。原爆関係の文献をあつめ「原爆文献を読む会」「原爆体験を伝える会」の中心となる。1980年代初頭に刊行された〈日本の原爆文学〉シリーズの編集作業の中心を担った。1989年8月14日、自宅にて自殺。
新谷 行(しんや ぎょう、1932年 - 1979年3月18… 新谷 行(しんや ぎょう、1932年 - 1979年3月18日)は、昭和期の詩人、文芸評論家、歴史家。本名:新屋 英行(あらや・ひでゆき)で、北海道の騎手・新屋幸吉は兄にあたる。妻は詩人の上杉浩子。 留萌郡小平蘂村(現在の小平町)に、馬喰の五男として生まれる。1953年に留萌高等学校を卒業し、中央大学法学部に入学するために上京。大学を卒業する頃に詩人の金子光晴を訪問し、出版社の編集の勤務とともに文学活動を続ける。1959年に佐藤久夫・桜井滋人・竹川弘太郎とともに同人雑誌『詩域』を創刊。1964年に同人雑誌『あいなめ』に参加する(金子光晴・松本亮・桜井・竹川)。1968年には出版社を辞め、デパートの広報課に勤めるが翌年の夏にはそこも辞め生活のために週刊紙の埋め草記事を書くほかは自分の作品作りに専心し始める。
有馬 敲(ありま たかし、1931年12月17日 - 202… 有馬 敲(ありま たかし、1931年12月17日 - 2022年9月24日)は、昭和・平成期の詩人、作家。本名は西田 綽宏(にしだ のぶひろ)。日本文藝家協会、日本ペンクラブ所属。 関西詩人協会代表。京都文学研究所代表。全国生活語詩の会代表。日本国際詩人協会理事。元日本モンゴル協会会長。 1931年12月17日生まれ。京都府亀岡市出身。同志社大学経済学部卒業。同志社大学経済学部在学中に「同志社文学」を発行、実存主義の影響を受ける。卒業後、京都銀行に勤めながら詩作を続け、詩誌「ノッポとチビ」「ゲリラ」などを発行する。昭和40年代に盛んになったフォークソング運動では、高石友也、岡林信康らと交流、創作わらべうたなどがフォークシンガーたちによって歌われ、〝オーラル派〝と呼ばれる。
谷川 俊太郎(たにかわ しゅんたろう、1931年〈昭和6年〉… 谷川 俊太郎(たにかわ しゅんたろう、1931年〈昭和6年〉12月15日 - 2024年〈令和6年〉11月13日)は、日本の詩人、翻訳家、絵本作家、脚本家。愛称は「タニシュン」。 太平洋戦争後の現代日本を代表する、国民的詩人と評価されている。 哲学者で法政大学総長を務めた谷川徹三を父、衆議院議員 長田桃蔵の娘である多喜子を母として、東京府豊多摩郡杉並町(現:東京都杉並区)に生まれ育つ。 1938年 (昭和13年)に東京市立杉並第二尋常小学校、1944年(昭和19年)に東京都立豊多摩中学校(後の東京都立豊多摩高等学校)へ入学。太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)5月に山の手空襲を体験した。この年、京都府久世郡淀町に疎開し、京都府立桃山中学校に転学した。
小海 永二(こかい えいじ、1931年11月28日 - 20… 小海 永二(こかい えいじ、1931年11月28日 - 2015年7月21日)は、日本の詩人・フランス文学者。横浜国立大学名誉教授。 東京市麻布区[要出典](現在の東京都)生まれ。戦争中に長野県へ疎開。長野県諏訪中学校、東京都立日比谷高等学校を経て、1955年、東京大学文学部仏語仏文学科卒業。 同年地方公務員として公立高校教員となり千代田区立九段中学校教諭、1959年東京都立雪谷高等学校教諭。 1965年多摩美術大学助教授、1966年横浜国立大学教育学部講師、1967年助教授、1978年教授。1995年、同大学定年退官、名誉教授。 1989年、詩誌「詩と思想」編集長就任(1993年まで)。1991年、日本現代詩人会会長(1992年まで)。
中山 容(なかやま よう、1931年11月28日 - 199… 中山 容(なかやま よう、1931年11月28日 - 1997年3月7日)は、日本の翻訳家、詩人、英米文学研究者。「ボブ・ディラン全詩集」などの訳者として有名。平安女学院大学、京都精華大学で教鞭をとった。本名、矢ケ崎庄司。 東京都八王子市出身。1954年、明治学院大学文学部英文科卒業。 1959年~1960年、フルブライト奨学生として渡米し、サンフランシスコに滞在。ここで片桐ユズルと出会う。1968年、国際基督教大学修士課程修了。1960年代末、東京都立武蔵高等学校の英語教諭から、京都の平安女学院短期大学の教官となる。 片桐ユズルとともにボブ・ディランの楽曲の歌詞の翻訳を手がけ、関西フォーク運動の影の仕掛人のひとりとしても知られ、中山ラビ、古川豪、高石ともやらに影響を与えた。
広部 英一(ひろべ えいいち、1931年11月18日 - 2… 広部 英一(ひろべ えいいち、1931年11月18日 - 2004年5月4日)は、日本の詩人。 福井県福井市出身。福井大学卒。大学在学中に則武三雄に出会い師事する。新聞記者を経て福井県立図書館司書となる。岡﨑純、川上明日夫らと<定住者の文学>を掲げ、詩誌『木立ち』を創刊。1977年『邂逅』で地球賞受賞。1991年『愛染』で中日詩賞を受賞。1998年『苜蓿』で富田砕花賞を受賞。福井市立清水図書館長を務め、「ふるさとの詩劇場」を毎年開催した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
入沢 康夫(入澤 康夫、いりさわ やすお、1931年11月3… 入沢 康夫(入澤 康夫、いりさわ やすお、1931年11月3日 - 2018年10月15日)は、日本の詩人・フランス文学者。日本芸術院会員。 第1詩集『倖せ それとも不倖せ』(1955年)以降、知的で技巧を凝らした独特の作品世界を築き、新境地を拓く。作品に『季節についての試論』(1966年)、『わが出雲・わが鎮魂』(1968年)、『遐い宴楽』(2006年)など多数。 島根県松江市出身。東京都立西高等学校、東京大学文学部仏文科卒業。1955年、在学中に詩集「倖せそれとも不倖せ」を出版。 詩集・詩論集を多く発表し、実作のみならず理論面でも多大な影響を与える。宮沢賢治、ネルヴァル等の研究でも名高い。フランス詩の翻訳も行っている。
丸地 守(まるち まもる、1931年10月24日 - 202… 丸地 守(まるち まもる、1931年10月24日 - 2025年10月17日)は、日本の詩人。 愛知県豊橋市生まれ。中央大学法学部卒。2001年現代詩人会理事長を務めた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
桜井 信夫(さくらい のぶお、1931年10月18日 - 2… 桜井 信夫(さくらい のぶお、1931年10月18日 - 2010年8月18日)は、日本の詩人、児童文学作家。日本民話の会会員。 東京出身。國學院大學文学部国文学科卒業。 1999年に長編叙事詩集『ハテルマシキナ よみがえりの島・波照間』で第29回赤い鳥文学賞、第39回日本児童文学者協会賞、第3回三越左千夫少年詩賞特別賞受賞。 妻は児童文学作家の中島信子。
鈴木 正和(すずき まさかず、1931年10月15日 - 1… 鈴木 正和(すずき まさかず、1931年10月15日 - 1997年11月8日)は、日本の詩人。 千葉県出身。明治学院大学文学部英文科卒。現代詩人会会員。栃木県足利市在住。
友竹 正則(ともたけ まさのり、1931年〈昭和6年〉10月… 友竹 正則(ともたけ まさのり、1931年〈昭和6年〉10月9日 - 1993年〈平成5年〉3月23日)は、日本の声楽家・バリトン歌手・詩人。広島県福山市出身。 広島県福山南高等学校(現・広島県立福山葦陽高等学校)から国立音楽大学声楽科に進み、卒業後二期会に所属。1955年、「カルメン」のモラレス役でオペラデビュー。 1960年、キングレコード専属となる。その後、童謡・オペラ・ミュージカルなど幅広く活躍し多くの人に親しまれた。 1979年1月から1981年12月まで、料理番組『くいしん坊!万才』で3代目レポーターを務めた。しかし大の梅干し嫌いであったため、番組内で梅干しが出された際も断るわけにはいかず、結局苦渋の表情で食べるシーンが後年の「NG大賞」などでも放送された。
安水 稔和(やすみず としかず、1931年9月15日 - 2… 安水 稔和(やすみず としかず、1931年9月15日 - 2022年8月16日)は、日本の詩人。神戸松蔭女子学院大学元教授。 兵庫県神戸市須磨区生まれ。1950年、詩誌「ぽえとろ」を創刊。1954年、神戸大学文学部英米文学科卒業。在学中から詩誌に関わり、のち『歴程』『たうろす』同人。現代詩人会所属。 1963年、多田武彦作曲の合唱組曲「京都」の作詞で文部省芸術祭奨励賞。1973年、ラジオドラマ「旅に病んで」で芸術祭優秀賞受賞。1984年、井植文化賞受賞。1989年、詩集『記憶めくり』で第14回地球賞。1990年、神戸市文化賞受賞。1996年、兵庫県文化賞受賞。1997年、『秋山抄』で第6回丸山豊記念現代詩賞。
宗 昇(そう のぼる、1931年9月5日 ‐ ?)は、日本の… 宗 昇(そう のぼる、1931年9月5日 ‐ ?)は、日本の詩人。旧姓・鈴木。早稲田大学文学部英文科卒業。大田区立御園中学校教諭。「世代56」を経て「架橋」の編集にあたる。対馬宗家の宗武志と高宗 (朝鮮)の娘・徳恵翁主の間に生まれた一人娘・正恵と結婚、宗姓になる。1956年、正恵は失踪し自殺したと見られている。『たまふりの歌』は妻を悼んだもので、木原孝一の解説が付されている。1991年、『くにざかいの歌』で第24回日本詩人クラブ賞受賞。2007年刊の『記憶のみなわ』 の中で、失踪から約半世紀を経て山中で発見された妻の遺品をテーマにした作品を発表している。
鈴木俊(すずき しゅん、1931年8月1日ー2019年8月1… 鈴木俊(すずき しゅん、1931年8月1日ー2019年8月15日)は、日本の詩人・ドイツ文学者・産婦人科医[要検証 – ノート]。 東京出身。本名・俊作。東京大学教育学部教育学科卒業。1954年大阪大学医学博士。大阪大学医学部講師、市立豊中病院などに勤務しながら詩、ドイツ詩の翻訳をものした[要検証 – ノート]。
花崎 皋平(はなざき こうへい、1931年6月22日 - )… 花崎 皋平(はなざき こうへい、1931年6月22日 - )は、日本の著述家、翻訳家、詩人、哲学者。 東京出身。1954年東京大学文学部哲学科卒業。1964年より、北海道大学の西洋哲学の教員となる。マルクス主義の研究などが専門。北海道大学助教授を務めたのち、1971年に自主退官。 1966年、「ベトナムに平和を!市民連合」の札幌の運動「札幌ベ平連」の結成に加わる。立上げ集会は、すすきのの東本願寺での、アメリカの反戦活動家ハワード・ジンと小田実の講演会であった。アメリカ軍兵士の脱走支援運動にも、参加している。1970年11月16日、デモ参加者の女性をかばい公務執行妨害罪で逮捕されるが、釈放となる 1970年、北大全共闘関係者による北大本部封鎖事件の被告人の学生の特別弁護を行う。
津坂 治男(つさか はるお、1931年6月15日 - 201… 津坂 治男(つさか はるお、1931年6月15日 - 2019年9月22日)は、日本の詩人、伝記作家。 三重県生まれ。伊賀上野の儒者・津坂東陽の子孫。東洋大学国文科卒。1976年、詩集『石の歌』で小熊秀雄賞を受賞。津坂東陽、本居宣長門下の文人などの伝記も書いた。
西原 邦子(にしはら くにこ、1931年(昭和6年)6月12… 西原 邦子(にしはら くにこ、1931年(昭和6年)6月12日 - 2024年(令和6年)9月23日)は、日本の詩人。 香川県丸亀市に生まれる。丸亀高等女学校(現・香川県立丸亀高等学校)を経て、食糧学校(現・東京栄養食糧専門学校)栄養科卒。北川冬彦および深尾須磨子に師事する。1957年、第4回「時間」新人賞受賞。1973年より翌年まで、フランスに滞在。1975年、町田志津子・小川アンナ・芹澤加寿子とともに詩誌『塩』を創刊。
篠原 央憲(しのはら ひさのり、1931年6月9日 - )は… 篠原 央憲(しのはら ひさのり、1931年6月9日 - )は、日本の詩人、評論家。本名は篠原 啓介。また作家活動も行っており日本ペンクラブ会員である。 徳島県徳島市生まれ。徳島県立工業学校(現・徳島県立徳島工業高等学校→徳島県立徳島科学技術高等学校)在学中から少年詩人として活躍。卒業後は、徳島民報社(現・徳島新聞)、大阪読売新聞、産経新聞の記者を経て出版社の編集長、社長を歴任する。その後作家活動を始める。
中原 道夫(なかはら みちお、1931年6月5日 - 202… 中原 道夫(なかはら みちお、1931年6月5日 - 2025年9月18日[要出典])は、日本の詩人。 埼玉県所沢市生まれ。1952年東京学芸大学学芸学部国語科に入学。日本電信電話公社東京中央電信局に勤務しながら通学し、1954年に詩誌「棘」創刊。1956年板橋区立桜川小学校に着任。同年処女詩集『石の歌』を上辞。同年「埼玉詩人クラブ」結成に参加。1992年教職を退き、都立中央図書館に非常勤の嘱託として勤務。 所属「棘」「光線」「花粉」「閃」同人を経て、現在「柵」「日本未来派」同人。「金沢文学」特別同人。「い」編集発行人。 日本ペンクラブ、日本文芸家協会、日本現代詩人会会員、日本詩人クラブ常任理事、日本現代詩歌文学館評議員、埼玉文芸家集団刊行委員長など。
森 常治(もり じょうじ、1931年4月17日 - 2015… 森 常治(もり じょうじ、1931年4月17日 - 2015年2月23日)は、日本の英文学者、詩人。早稲田大学理工学部名誉教授。 森於菟の五男として埼玉県大宮市に生まれる。森鷗外の孫。東京都立大森高等学校を経て早稲田大学第一文学部英文科卒業。同大学院文学研究科博士課程中退。小説家を目指し、丹羽文雄の『文学者』に参加、60年10月の『新潮』に「明るい砂丘の林の中で」を載せた。1961年より早大理工学部で英語を教え、1971年教授、2002年定年退任、名誉教授。日本記号学会会長。1987年『文学記号の空間』で平林たい子文学賞受賞。ケネス・バークの研究で知られる。文芸誌『同時代』同人。
田中清光(たなか きよみつ/せいこう、1931年3月19日-… 田中清光(たなか きよみつ/せいこう、1931年3月19日- )は、日本の詩人。
神品 芳夫(こうしな よしお、1931年3月16日 - 20… 神品 芳夫(こうしな よしお、1931年3月16日 - 2024年2月11日)は、日本のドイツ文学者・詩人。東京大学教養学部教授を経て、東京大学名誉教授。退官後は、明治大学教授に就任。専門はリルケから、戦後ドイツ文学である。 東京都生まれ。東京大学大学院独語独文学専攻博士課程中退。 1962年東京大学教養学部助教授、教授を経て1992年定年退官、名誉教授。明治大学教授、2002年退職。 2005年、「自然詩の系譜 20世紀ドイツ詩の水脈」で第5回日本詩人クラブ「詩界賞」を受賞。 妻の神品友子(1932- )もドイツ文学者(東大院、拓殖大学名誉教授)。 神原芳之の筆名で2016年、第一詩集『青山記』出版。
田村 英之助(たむら えいのすけ、1931年〈昭和6年〉3月… 田村 英之助(たむら えいのすけ、1931年〈昭和6年〉3月4日 - )は、日本の英文学者、詩人。専門はイギリス・ロマン派。立教大学名誉教授。筆名は中崎 一夫。 1931年群馬県桐生市生まれ。1950年群馬県立桐生高等学校を卒業。1954年東京大学文学部英文科卒業[要出典]。1957年同大学院英語英文学研究課程修了。修士号を取得。茨城大学文理学部講師、中央大学法学部助教授、教授[要出典]、1977年立教大学文学部英米文学科教授。1996年定年退任、名誉教授[要出典]。中崎一夫の筆名で詩や児童書の翻訳を書いた。
小田 久郎(おだ きゅうろう、1931年2月27日 - 20… 小田 久郎(おだ きゅうろう、1931年2月27日 - 2022年1月18日)は、日本の詩人。思潮社の創業者である。 1931年、東京都に生まれた。早稲田大学文学部卒業。投稿雑誌『文章倶楽部』で編集者を務めた。1956年、詩集『10枚の地図』を出版した。同年、思潮社を設立。1959年、雑誌『現代詩手帖』を創刊した。1995年、著書『戦後詩壇私史』で大佛次郎賞を受賞した。 2022年1月18日、肺炎により東京都内の病院で死去。90歳没。訃報は『現代詩手帖』2023年4月号で公表された。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
白石 かずこ(しらいし かずこ、1931年2月27日 - 2… 白石 かずこ(しらいし かずこ、1931年2月27日 - 2024年6月14日)は、日本の詩人、翻訳家。本名:菱沼嘉壽子〈ひしぬま・かずこ〉。 妹に白石奈緒美(女優・料理研究家)がいる。 カナダのバンクーバーに生まれる。 伯父の小原克己は「満州公論」などの雑誌編集長をしており、井伏鱒二や林芙美子らといった作家と深い交流があった。 7歳で帰国し、10代から詩を書き始め、北園克衛らの「VOU」に所属。早稲田大学第一文学部在学中の1951年、20歳で詩集『卵のふる街』を上梓。一時期、映画監督の篠田正浩と結婚していた。1960年に『虎の遊戯』で復活し、1970年、『聖なる淫者の季節』でH氏賞、1978年、『一艘のカヌー、未来へ戻る』で無限賞、1982年、『砂族』で藤村記念歴程賞、1997年、『現れるものたちをして』で高見順賞、読売文学賞(詩歌部門)、1998年、紫綬褒章、2003年、『浮遊する母、都市』で晩翠賞受賞。
大岡 信(おおおか まこと、1931年2月16日 - 201… 大岡 信(おおおか まこと、1931年2月16日 - 2017年4月5日)は、日本の詩人・評論家。東京芸術大学名誉教授。日本ペンクラブ元会長。一ツ橋綜合財団理事。日本人初のストルガ詩の夕べ金冠賞受賞者。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。 1931年生まれ。中学3年生の夏に終戦を迎え、「二十歳で死ななくてもいいのか」と思い、創作活動へ。旧制第一高等学校を経て、東京大学では同人誌「現代文学」を創刊。詩のほかに詩人論、翻訳も発表。 1953年に「現代詩試論」を発表。読売新聞で記者として働く傍ら、批評家として評価される。谷川俊太郎をはじめとした詩人や批評家との交流があり、それに触発された。 1960年頃からラジオ放送の場で、詩人、作家との共同制作=「うたげ」を盛んに行い、言葉と映像、美術、音楽など様々なものを生み出した。
朝倉 勇(あさくら いさむ、1931年2月6日 - 202… 朝倉 勇(あさくら いさむ、1931年2月6日 - 2023年6月17日 )は、日本のコピーライター、詩人、童話作家。東京都出身。 小学生の頃は夏休みごとに静岡市で過ごし、中学1年の3学期に静岡県立静岡中学校へ疎開転校した。中学3年の1947年(昭和22年)7月7日、結核で神奈川県秦野の療養所に入り、1955年(昭和30年)8月末まで8年2ヶ月の間、ベッドの上で暮らし24歳で退院した。静岡中学は3年1学期で中退したが、同級生たちのカンパによって抗生物質の入手が可能となり再起に繋がった。 1960年(昭和35年)1月、米国海軍戸塚無線送信所技術者から、ライトパブリシテイに転職、15年勤務の後、フリーランスを経て、1974年(昭和49年)12月、株式会社パブロを設立。
薩摩 忠(さつま ただし、1931年1月29日 - 2000… 薩摩 忠(さつま ただし、1931年1月29日 - 2000年3月24日)は、日本の詩人、翻訳家、作詞家、放送作家。 童謡『まっかな秋』の作詞で知られる。 東京出身。慶応幼稚舎(小学校)で菊池知勇に学ぶ。慶應義塾大学仏文科卒。堀口大學、藤浦洸に師事。『風』『新詩潮』『詩帖』同人。1962年昆虫詩集『蝶の道』を刊行。1964年『海の誘惑』で室生犀星詩人賞受賞。昆虫など小動物を題材とした詩が多く、海外児童文学の翻訳・再話などもある。放送作家としてラジオの音楽番組の構成を担当したほか、シャンソンの訳詞も多く手がけた。 その他アンデルセン、グリムなどの再話 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
岡部 宏之(おかべ ひろゆき、1931年(昭和6年)1月17… 岡部 宏之(おかべ ひろゆき、1931年(昭和6年)1月17日 - 2023年12月29日)は、日本のSF翻訳家、詩人。日本文藝家協会会員。杉山 高之の名義も使用した。 静岡県静岡市出身。1953年静岡大学文理学部卒業。静岡のSFサークル「東海SFの会」で活動している際、浜松在住の浅倉久志の紹介でSF翻訳家になる。SFファン時代の1967年、ハインラインの『宇宙の戦士』が翻訳され、石川喬司の否定的なレビューにより『SFマガジン』誌上で論争となった際、杉山高之名義で論争に参加しており、のちの石川の著書『SFの時代』で「読み応えがある」と4頁もにわたり投稿全文が紹介されている。なお、この時の杉山の在住地は「静岡県志太郡岡部町」と書かれている。
片桐 ユズル(かたぎり ゆずる、本名は譲。1931年1月1日… 片桐 ユズル(かたぎり ゆずる、本名は譲。1931年1月1日 - 2023年10月6日)は、日本の詩人、京都精華大学名誉教授。専門は意味論(正確には一般意味論)と英語など。 社会運動家、京都精華大学元学長の中尾ハジメは弟。妻は、「ほんやら洞」で英会話教室の講師をしていた片桐庸子。 1931年東京生まれ。早稲田大学卒。同大学院英文科修士課程修了。戦前の体験から、「ことばの魔術」に批判的な態度をもつようになり、ベーシック・イングリッシュや一般意味論に興味を持つようになった。1955年、東京都立杉並高等学校着任。以来、高校・大学で、英語教授法であるGDM(段階的直接法)による授業・講義を行う。 1959年〜1960年、サンフランシスコ州立大学留学。
松浦直巳(まつうら なおみ、1931年- )は、英文学者、詩… 松浦直巳(まつうら なおみ、1931年- )は、英文学者、詩人、京都女子大学名誉教授。兵庫県生まれ。神戸大学教育学部卒、武庫川女子大学講師、京都女子大学助教授、教授、1996年定年退任、名誉教授。ディラン・トマスの詩を多く翻訳した。
山本 丞(やまもと じょう、1931年 - )は、日本の詩人… 山本 丞(やまもと じょう、1931年 - )は、日本の詩人。北海道出身。 駒澤大学文学部卒業。 北海道立文学館評議員、北海道詩人協会常任理事などを歴任。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
石井 博(いしい ひろし、1931年 - )は、日本の言語学… 石井 博(いしい ひろし、1931年 - )は、日本の言語学者、英文学者、詩人。早稲田大学名誉教授。
山田 かん (やまだ かん、1930年(昭和5年)10月27… 山田 かん (やまだ かん、1930年(昭和5年)10月27日 - 2003年(平成15年)6月8日)は、日本の詩人。長崎市出身。本名は山田 寛 (ひろし)。 1930年10月27日、キリスト教プロテスタント信者山田好雄を父として、八人兄弟の長男として長崎市に生まれる。1945年8月9日、旧制長崎中学校3年のとき、長崎市下西山町で被爆。1948年7月、父が川に転落死し、貧窮のため長崎高等学校 (旧制)3年のとき自主退学、長崎県立長崎図書館の出納手となる。この頃、一年ほど日本共産党党員として活動するとともに詩作をはじめる。長崎県立長崎図書館に勤務。西彼杵郡長与町に住む。 1952年6月21日に創刊した雑誌「芽だち」に参加、作品を発表していく(1959年、38号で終刊)。
渋沢 孝輔(しぶさわ たかすけ、1930年10月22日 - … 渋沢 孝輔(しぶさわ たかすけ、1930年10月22日 - 1998年2月8日)は、日本の詩人・フランス文学者。 長野県小県郡長村(現・上田市)生まれ。旧制上田中学(現・長野県上田高等学校)を経て、1953年、東京外国語大学フランス語科を卒業。1956年、東京大学大学院フランス文学科修士課程を修了。1956年武蔵大学講師、1957年明治大学文学部講師、助教授を経て、1969年より教授。 ランボー、ボードレールなどフランス詩を研究する一方、みずからたくさんの詩集を発表。1958年同人誌「XXX」を発行、1984年文芸誌「譚」創刊に参加。藤村記念歴程賞、高見順賞、萩原朔太郎賞を次々に受賞した。 1998年、下咽頭癌のため死去(67歳)。
堀場 清子(ほりば きよこ、1930年10月19日 - 20… 堀場 清子(ほりば きよこ、1930年10月19日 - 2025年1月10日)は、日本の詩人、女性史研究家である。 広島県広島市生まれ。父は陸軍軍人の堀場一雄。東京で育つが、縁故疎開先の広島で原爆被害を目撃する。早稲田大学文学部国文科卒業。鹿野政直の妻で本姓は鹿野。共同通信社勤務を経て詩作・評論に専念する。詩誌『いしゅたる』主宰。1990年、『イナグヤ ナナバチ/沖縄女性史を探る』で第5回女性史青山なを賞、1993年『首里』で第11回現代詩人賞受賞。2010年、第14回女性文化賞受賞。ほか高群逸枝、原爆被害の研究をおこなう。 2025年1月10日、老衰のため千葉県の高齢者施設で死去。94歳没。
中 寒二(なか かんじ、1930年9月30日 - 2003年… 中 寒二(なか かんじ、1930年9月30日 - 2003年11月16日)は、日本の詩人。 本名・中村福治。青森県八戸市出身。15、6歳の頃から詩作を始める。八戸市立商業高等学校(現青森県立八戸商業高等学校)卒業後、美術の教員免許を取得して八戸市内の中学校で教職に就き、1950年詩誌『北方人間』を創刊。1968年から詩誌『表現派』主宰。1971年「尻取り遊び」で第12回晩翠賞受賞。1982-98年青森県詩人連盟会長を務めた。1983年青森県文芸協会賞、1999年青森県芸術文化功労賞受賞。
古田 幸男(ふるた ゆきお、1930年9月28日 - 201… 古田 幸男(ふるた ゆきお、1930年9月28日 - 2014年4月8日 )は、日本のフランス現代思想の研究者、翻訳家、詩人。法政大学名誉教授。筆名に矢田 修。 東京生まれ。1945年海軍兵学校(78期)中退、1950年第一高等学校文科乙類卒業、1953年東京都立大学仏文科卒、1955年同大学院修士課程修了、1960年東京医科歯科大学非常勤講師、1961年法政大学第一教養部講師、1968年助教授、同年フランス留学、1970年教授、2001年定年退職、名誉教授。 2010年瑞宝中綬章受勲。 安士正夫に師事し、ルネ・ジラール、エドガール・モランなどを翻訳した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。