西岡りき(にしおか りき、1948年2月6日 - )は北海道… 西岡りき(にしおか りき、1948年2月6日 - )は北海道根室市出身のイラストレーター。本名は西岡利基。明治大学中退。
職業がイラストレーター:827人
西岡りき(にしおか りき、1948年2月6日 - )は北海道… 西岡りき(にしおか りき、1948年2月6日 - )は北海道根室市出身のイラストレーター。本名は西岡利基。明治大学中退。
井上 直久(いのうえ なおひさ、1948年 - )は、日本の… 井上 直久(いのうえ なおひさ、1948年 - )は、日本の画家、イラストレーター、漫画家。大阪府東大阪市出身、茨木市在住。大阪府立春日丘高等学校、金沢美術工芸大学産業美術科卒業。 大学卒業後の1971年から2年間広告代理店に勤め、その後大阪府立春日丘高等学校に美術教諭として20年間勤務。学校勤務と並行して、異郷「イバラード」をテーマにした作品を描き、個展や画集を発表。1992年に学校退職後も精力的に活動し、1995年公開のアニメ映画『耳をすませば』中の挿話「バロンのくれた物語」の背景画を制作して注目を集めた。2002年から6年間成安造形大学に教授として勤務。2007年にはスタジオジブリが製作した映像作品『イバラード時間(英語版)』を監督した。
石橋 謙一(いしばし けんいち、1947年12月22日 - … 石橋 謙一(いしばし けんいち、1947年12月22日 - 1996年)は、日本のイラストレーター。 福岡県北九州市若松区出身。九州産業大学芸術学部グラフィックデザイン科卒業後、凸版印刷を経て、野口佐武郎に師事。フリーのイラストレーターになる。甥は小説家の伯方雪日。 プラモデルのボックスアーティストとしてデビューしたのは1976年。以後は、プラモデルメーカー各社のボックスアート、航空関係の雑誌で活躍。 1996年、49歳で急死。代表作は、『機動戦士ガンダム MSV(モビルスーツバリエーション)シリーズ』『戦闘メカ ザブングル』他。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
永井 博(ながい ひろし、1947年12月22日 - )は、… 永井 博(ながい ひろし、1947年12月22日 - )は、日本のイラストレーター、グラフィックデザイナーである。 徳島県徳島市出身。1970年からグラフィックデザイナーとして仕事を始め、1973年夏にアメリカへ40日間の旅行に出掛け、1974年にグアム島へ旅して風景に感銘を受け、以降の作風の原点となった。1975年からイラストレーターの湯村輝彦より指導を受け、1978年に独立する。1980年代以降に、大瀧詠一の『A LONG VACATION』、『NIAGARA SONG BOOK』などのレコードジャケットに代表されるトロピカルでクリアな風景イラストレーションを手がける。『A LONG VACATION』のジャケットは、CBSソニーより「アルバムジャケット特別賞」としてゴールドディスクを受賞した。
安彦 良和(やすひこ よしかず、1947年〈昭和22年〉12… 安彦 良和(やすひこ よしかず、1947年〈昭和22年〉12月9日 - )は、日本の漫画家、アニメーター、キャラクターデザイナー、アニメ監督、イラストレーター、小説家。北海道紋別郡遠軽町出身、埼玉県所沢市在住。 遠軽高校、弘前大学 (退学処分)を経て、1970年虫プロ養成所に入りアニメーターとなる。虫プロ倒産後はフリーとなり『宇宙戦艦ヤマト』『勇者ライディーン』『超電磁ロボ コン・バトラーV』『無敵超人ザンボット3』など数多くのアニメ作品に携わる。その中でもキャラクターデザインおよび作画監督を務めたアニメ『機動戦士ガンダム』は、その後放映された劇場版とも併せ社会現象ともいえるブームを巻き起こし、2022年の時点でも根強い人気を誇る。
水戸岡 鋭治(みとおか えいじ、1947年7月5日 - )は… 水戸岡 鋭治(みとおか えいじ、1947年7月5日 - )は、日本のインダストリアルデザイナー(工業デザイナー)、イラストレーター。
南 伸坊(みなみ しんぼう、本名: 南 伸宏、1947年6月… 南 伸坊(みなみ しんぼう、本名: 南 伸宏、1947年6月30日 - )は、日本の編集者、イラストレーター、エッセイスト、漫画家。本の装幀も多数手掛ける。 ペンネームは、宮武外骨の『滑稽新聞』に登場する絵師、「墨池亭黒坊」に因んで、本名の伸宏をもじったもの。エッセイに自らイラストをつける手法により、「イラストライター」と自称する。あたたかみのある描線の似顔絵や、シンプルながら洗練された装幀で知られる。第29回講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。 『ハリガミ考現学』での貼紙の研究により、赤瀬川原平が提唱した路上観察学会にも参加。丸刈りでおむすび型の頭をトレードマークにしており、これを強調した自画像イラストでも知られる。
伊奈 かっぺい(いな かっぺい、本名:佐藤 元伸〈さとう も… 伊奈 かっぺい(いな かっぺい、本名:佐藤 元伸〈さとう もとのぶ〉、1947年〈昭和22年〉4月16日 - )は青森県を中心に活動するローカルタレント、パーソナリティ、ラジオ・CMディレクター、詩人、イラストレーター、シンガーソングライター。有限会社おふぃす・ぐう所属。 青森県弘前市出身。青森県立弘前南高等学校、青森短期大学商経科を卒業した。この間、演劇を志しNHK放送劇団に入団。短大卒業後、弘前市の陸奥新報社に入社するも、入社当日に整理部に配属され、午後6時出社を言い渡されて「そんなのやってらんねーや」と思い即日退職。1968年、青森放送に履歴書をレタリング文字で書き応募したのが目にとめられ、入社。
杉本 一文(すぎもと いちぶん、男性、1947年(昭和22年… 杉本 一文(すぎもと いちぶん、男性、1947年(昭和22年)3月31日 - )は日本のイラストレーター・銅版画家。福井県出身。 高校卒業後、浪人生活を経て専門学校「東京デザインカレッジ」に入学。卒業後同校のデザイン科で助手として勤務したが半年後グラフィックデザイン事務所に移り3年の勤務を経て、フリーのイラストレーターとして独立。主に、角川文庫の横溝正史作品シリーズの表紙を担当していたことで知られる。書籍を中心にイラストレーターとして活躍、50歳から銅版画家として活動を開始。海外でも高い評価を得る。作品の描写力は秀逸にして驚異的であり、特に光と影を操る画面構成に優れている。版画作品は現代のデューラー、レンブラントとも言われている。
谷口 高司(たにぐち たかし、1947年2月25日 - )は… 谷口 高司(たにぐち たかし、1947年2月25日 - )は鳥類イラストレーターである。 【全ての図版を担当した図鑑】 「山野の鳥」 「水辺の鳥」 「BIRDさわる図鑑1・2」 「アジア水鳥図鑑(英語版)」 「新・山野の鳥」 「新・水辺の鳥」 「声が聞こえるハンディ野鳥図鑑」 「新・山野の鳥 改訂版」 「新・水辺の鳥 改訂版」 「ぬりえでバードウオッチング~日本野鳥の会が作りたかったぬりえ」2019.5.1刊行予定 「台湾野鳥図鑑(中国語版)」 「野外原色図鑑韓国の鳥(韓国語版、英語版、日本語版)」 「野外原色図鑑韓国の鳥 増補改訂版(韓国語版 英語版)」 【全ての図版を担当した主な出版物】 「鳥のぬりえ」 「ぬりえ 日本の野鳥」 「色鉛筆で描く おとなのぬりえ 日本の鳥」 「“タマゴ式”鳥絵塾」 「新”タマゴ式”鳥絵塾」 「絶滅危惧種・日本の野鳥」 「大人のためのバードウオッチング入門」 「大人も子供も鳥パズル」 「野鳥からはじまる環境教育」 「空に広がる動物園」 「どんなおうちかな」 「いじめっこはだれ」 「スズメ、ハト、カラス」 「鳥のことわざうそほんと」 「北海道野鳥ハンディガイド」 「増補新版 北海道野鳥ハンディガイド」 「図鑑と探鳥地ガイドでまるごとわかるバードウオッチング」 「ねむろの野鳥ミニ図鑑」 「私の野鳥紀行~てぬぐいから辿る日本の野鳥~」【その他の特筆すべき出版物】 「フィールドガイド日本の野鳥」増補版増補部分 「フィールドガイド日本の野鳥」増補改訂版 「フィールドガイド日本の野鳥」増補改訂新版高野伸二氏著のものを、氏の死後、イラスト部分の加筆訂正等を担当 中野・杉並地域限定フレーム切手「いのち輝く善福寺川流域で出逢える野鳥たち」として、善福寺池~善福寺川流域にゆかりのある野鳥を10種選定し第一集・第二集が発行された
空山 基(そらやま はじめ、1947年〈昭和22年〉2月22… 空山 基(そらやま はじめ、1947年〈昭和22年〉2月22日 - )は、日本のイラストレーター。愛媛県今治市出身。 愛媛県立今治北高等学校を経て、1965年(昭和40年)、四国学院大学文学部英文科に入学する。大学時代は英文学とギリシア文学について学ぶ。1967年(昭和42年)には、美術を学ぶために中央美術学園に入学。1969年(昭和44年)に学校を卒業し、旭通信社に就職。1971年(昭和46年)にフリーランスのイラストレーターとして独立した。以後、エロティックかつメタリックな質感およびメカニカルな造形で女性を描いた「セクシーロボット」シリーズで知られる。また、ソニーが開発したエンタテインメントロボットである「AIBO」のデザインも手がけた。
ペドロ山下(ペドロやました、1947年2月6日 - )は、日… ペドロ山下(ペドロやました、1947年2月6日 - )は、日本のグラフィックデザイナー、イラストレーター。本名、山下 秀男(やました ひでお)。 福岡県生まれ。1965年から1970年まで田中一光に師事し、1972年より山下デザイン事務所を主宰。イラストレーターとして、広告や出版などを数多く手がける。 ペンネーム「ペドロ 山下」を名乗り、代表作に福岡県八女市のCIや手漉和紙のポスターシリーズ(15点)があり、NYやフロリダのほか、国内外の個展も多く、環境をテーマとしたポスター10数点が海外の美術館にパーマネントコレクションされている。また、山下秀男名義で、角川文庫の森村誠一作品の挿画を担当した。
桑原 伸之(くわばら のぶゆき、1947年 - )は日本のイ… 桑原 伸之(くわばら のぶゆき、1947年 - )は日本のイラストレーター・絵本作家。 北海道札幌市に生まれる。武蔵野美術短期大学卒業後、第1回読売国際漫画大賞優秀作品賞。1982年ドイツ「世界で最も美しい本のコンクール」優秀賞受賞。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
村松 誠(むらまつ まこと、1947年 - )は、イラストレ… 村松 誠(むらまつ まこと、1947年 - )は、イラストレーター。 静岡県藤枝市に生まれる。武蔵野美術短期大学卒業。1979年から『ビッグコミックオリジナル』(小学館)の表紙イラストを担当。猫と人間の表情を融合させたような、リアルでコミカルなイラストが特徴とされる。その描かれた猫は「むらまつねこ」とも呼ばれる。第45回(1999年度)小学館漫画賞受賞(表紙画)。その他に審査員特別賞、準朝日広告賞などを受賞している。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
河田久雄(かわだひさお、1947年 -)は、日本のイラストレ… 河田久雄(かわだひさお、1947年 -)は、日本のイラストレーター。 長野県飯山市生まれ、現在東京都杉並区在住。武蔵野美術短期大学芸能デザイン科卒業。「イラストレーターズ37」(S.I.年鑑) 国際部門入選。1996年N.Y.ミュージアム オブ イラストレーターズにて13人展。N.Y.ソサエティ オブ イラストレーターズ会員。
成瀬 政博(なるせ まさひろ、1947年 - )は、日本の画… 成瀬 政博(なるせ まさひろ、1947年 - )は、日本の画家、イラストレーター、エッセイスト。 大阪府出身。大阪外国語大学を卒業後、公務員の傍ら美術評論を書いていたが、退職してイラストレーターに転身した。1997年から、谷内六郎の後を引き継いで「週刊新潮」の表紙絵とコラムを担当している。 画家の横尾忠則の実弟。妻との間に5人の子供がいる。
黒井 健(くろい けん、1947年 - )は、日本の絵本作家… 黒井 健(くろい けん、1947年 - )は、日本の絵本作家、イラストレーター。新潟県新潟市生まれ。神奈川県川崎市在住。新潟大学教育学部中等美術科卒業。日本児童出版美術家連盟会員。 学習研究社幼児絵本編集部を経て、フリーに。2003年5月、「黒井健絵本ハウス」開館。2010年9月、新潟市立中央図書館こどもとしょかん名誉館長に就任。
吉田 光彦(よしだ みつひこ、1946年12月5日 - )は… 吉田 光彦(よしだ みつひこ、1946年12月5日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター。岩手県盛岡市出身。盛岡市立高等学校、多摩美術大学卒。 1972年に「黒の手帖」6月号にてイラストレーターとしてデビューし、1975年には「ガロ」8月号から『殴者(ボクサー)』で漫画家としてデビューする。 劇団夜行館、演劇舎蟷螂などのポスターを多数手掛け、演劇舎蟷螂の「銀幕迷宮」や高取英の「少年極光都市」では舞台美術も手掛けた。また、寺山修司に多大な影響を受けており、「週刊大衆」の寺山の連載「誰か夢なき」のイラストを手掛けたことを皮切りに、寺山の著作のイラストを多数手掛けた。 大学時代の同級生には、はるき悦巳がいた。
佐々木 マキ(ささき マキ、1946年10月18日 - )は… 佐々木 マキ(ささき マキ、1946年10月18日 - )は、日本の漫画家、絵本作家、イラストレーター。「佐々木マキ」は筆名で、フランスのレジスタンス勢力マキ団から取られている。 男性。兵庫県神戸市出身。京都府京都市在住。 1966年、『ガロ』掲載の「よくあるはなし」で漫画家としてデビュー、同誌を中心に実験的な漫画家として活躍。1973年からは絵本の分野に活動の場を移し、『やっぱりおおかみ』や、『ムッシュ・ムニエル』シリーズ、『ぶたのたね』シリーズ、『ねむいねむいねずみ』シリーズなど、ナンセンスな味わいのある絵本を多数発表している。また村上春樹の著作をはじめとして、イラストレーターとして多数の装画や挿絵を手がけている。
池田 和弘(いけだ かずひろ、1946年〈昭和21年〉7月2… 池田 和弘(いけだ かずひろ、1946年〈昭和21年〉7月29日 - 2024年〈令和6年〉11月17日)は、日本の画家、イラストレーター、自動車愛好家。通称「Bow。」。 日本のカーイラストの第一人者。『カーマガジン』の表紙絵を創刊から約40年間に渡り担当した。車のほか、オートバイ、船、風景の絵を多数手掛ける。 東京都杉並区生まれ。第二次世界大戦後間もない幼少期に、自宅近くの甲州街道を行き交う米軍たちが乗る煌びやかなアメリカ車に魅了され、車の絵を書くことを始める。 車のデザイナーになることを志し工業高校に進学するも中退。ファッション・イラストの第一人者、長沢節主催のセツモードセミナーに通いイラストレーターとしてのキャリアがスタート。
原田 治(はらだ おさむ、1946年4月27日 - 2016… 原田 治(はらだ おさむ、1946年4月27日 - 2016年11月24日)は、日本のイラストレーター。東京都中央区築地出身。サイレント期の映画監督・二川文太郎は母方の祖父。 幼少の頃から絵画に興味を示し、洋画家で川端玉章の孫にあたる川端実に師事していた。青山学院中等部・高等部を経て多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業後渡米し、ここでイラストレーションを学ぶ。ここでの生活が後の作品に「アメリカナイズされたテイスト」として影響を与えることとなる。 帰国後の1970年、創刊したばかりの雑誌「an・an」(マガジンハウス)にイラストを掲載し、イラストレーターとして本格的に始動。1975年、マザー・グースを題材にしたポップで可愛らしいテイストのキャラクターグッズ「OSAMU GOODS」の発売を開始。
大西 重成(おおにし しげなり、1946年 - )は日本のイ… 大西 重成(おおにし しげなり、1946年 - )は日本のイラストレーター、造形作家。北海道津別町出身。 1972年よりイラストレーターとして活躍。1979年にはハービー・ハンコック「Feets, Don't Fail Me Now」や坂本龍一「サマー・ナーヴス」のレコードジャケットのデザインを手がける。また、1990年から1995年までモスバーガー小冊子「モスモス」の表紙や本文イラストを担当し、一部は発行数が80万部に達した。その他、『ひらけ!ポンキッキ』のオープニングタイトルなど数多くのデザインを手がけている。 2001年津別町相生に私設美術館、シゲチャンランドを開設、廃材を素材とした作品を展示している。
いわさ ゆうこ(岩佐 祐子、1946年 - )は、日本の絵本… いわさ ゆうこ(岩佐 祐子、1946年 - )は、日本の絵本作家、イラストレーター。宮城県仙台市出身、東京都在住。武蔵野美術大学造形学部油絵科卒業。 絵本図鑑シリーズなど、植物をテーマにした作品が多い。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
池田 源英(いけだ げんえい、1946年 - 2023年2月… 池田 源英(いけだ げんえい、1946年 - 2023年2月24日)は、日本のはり絵作家、イラストレーター。 神奈川県出身。駒澤大学文学部史学科卒業。大学入学後、日美(日本通信美術学園)の通信教育がきっかけで美術に目覚める。1965年第20回日美展特選、翌1966年日美奨学賞を受賞。卒業後、広告代理店勤務、デザイン会社を経て、はり絵作家として独立。絵本や雑誌に多数の童画を発表。作品は、はり絵ながら光と影の微妙なコントラストを含んで豊かな情感を紡ぎだす。30代で入会した童美連(日本児童出版美術家連盟)では、師と仰ぐ「おぼまこと」をはじめ多くの童画作家と出会い、勉強会やグループ展などを行う。 『ゆきんこのはなし』(チャイルド本社)、『かもとりごんべえ』『ドン・キホーテ』(共に世界文化社)など多数の絵本の他、東海道五十三次、東京タワーのシリーズでは新境地を開き、また、キャラクター商品をはじめレコードジャケットや教科書のイラストを手掛ける。
奥田 怜子(おくだ れいこ、1945年12月1日 - )は、… 奥田 怜子(おくだ れいこ、1945年12月1日 - )は、日本のイラストレーター、絵本作家。 東京都港区出身。多摩美術大学デザイン科卒業。第9回日本漫画家協会優秀賞受賞。
ペーター 佐藤(ペーター さとう、本名:佐藤憲吉、1945年… ペーター 佐藤(ペーター さとう、本名:佐藤憲吉、1945年11月5日 - 1994年6月23日)は、イラストレーター。 ミスタードーナツのパッケージイラストや、ユニバーシアード神戸大会ポスター、ファッション雑誌の表紙絵などで有名。
わたせ せいぞう(本名:渡瀬 政造、1945年2月15日 -… わたせ せいぞう(本名:渡瀬 政造、1945年2月15日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター。福岡県北九州市出身。 兵庫県神戸市で生まれ、生後まもなく小倉市(現北九州市)に転出し、高校まで同地で過ごした。 小倉市立堺町小学校(現北九州市立小倉中央小学校)、明治学園中学校、福岡県立小倉高等学校、早稲田大学法学部卒業。 大学卒業後は、同和火災海上保険(現あいおいニッセイ同和損害保険)の総合職として勤務。 入社して3年目に作家の永井路子の講演会を聞きに行き、直接話す機会を得る。この時自作の4コマ漫画を持っていったところ、「渡瀬さん、漫画家になりたいんだ!」と言われ、漫画家になることを意識する。永井から『週刊漫画サンデー』の編集長を紹介され、園山俊二に師事する。
磯野 宏夫(いその ひろお、1945年 - 2013年5月2… 磯野 宏夫(いその ひろお、1945年 - 2013年5月28日 )は、日本の画家、イラストレーター。愛知県出身。愛知教育大学教育学部美術科卒業。デザイン会社勤務を経て1970年に独立。 1970年代半ばに熱帯雨林に興味を持ち、以来「生命(いのち)の森」をテーマに森を描き続けた。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
沢野 ひとし(さわの ひとし、本名:沢野 公。1944年12… 沢野 ひとし(さわの ひとし、本名:沢野 公。1944年12月18日 - )はイラストレーター、エッセイスト、絵本作家。愛知県名古屋市出身。さわのひとし名義でも活動している。椎名誠の著書ほか数多くの本の挿絵を担当。 千葉県千葉市立千葉高等学校では椎名誠と同級生であった。法政大学に進学するが中退。 20代で椎名誠、木村晋介らと克美荘での共同生活に参加する。こぐま社に15年間の勤務の後、独立。 椎名、目黒考二らが雑誌「本の雑誌」を創刊後は、その表紙・本文イラストを一手に引き受けている。 その細長い手足や目付きなどから、椎名誠や目黒考二などの友人からは、ワニ目画伯と呼ばれている。 第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。
尾崎 真吾(おざき しんご、1944年8月15日 - )は、… 尾崎 真吾(おざき しんご、1944年8月15日 - )は、日本のアニメーター・イラストレーターである。血液型はA型。山口県山口市出身。 現在アニメーション協会・日本児童作家連盟・日本モデルシップ友の会に所属。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
河村 要助(かわむら ようすけ、1944年4月28日 - 2… 河村 要助(かわむら ようすけ、1944年4月28日 - 2019年6月4日)は、日本のグラフィックデザイナー、イラストレーター、音楽評論家。 東京芸術大学美術学部ビジュアルデザイン専攻卒業。グラフィックデザイナーとして西武百貨店やパルコなどの広告を制作。1970年には、矢吹申彦、湯村輝彦と「100%スタジオ」を結成(1974年まで)。1974年、湯村輝彦、原田治、佐藤憲吉、大西重成と「ホームラン」というイラストレーター・チームを結成。ニュース・ペーパー『ホームラン』を創刊する。しかし数か月でこのチームは分解する。 1971年よりフリーランスのイラストレーターとなり、『話の特集』『MUSIC MAGAZINE』(旧『NEW MUSIC MAGAZINE』)などの表紙や挿絵を担当。
矢吹 申彦(やぶき のぶひこ、1944年4月7日 - 202… 矢吹 申彦(やぶき のぶひこ、1944年4月7日 - 2022年10月28日)は、日本のイラストレーター、グラフィックデザイナー、装丁家、随筆家。俳号は矢吹猿人(さるんど)。 東京都世田谷区出身。東京都立駒場高等学校卒業。1965年に桑沢デザイン研究所へ入学、1967年に同研究所抹籍。同年から、フリーのグラフィックデザイナー、イラストレーターに。専門学校時代から音楽雑誌のイラストなどを手がける。和田誠のアシスタントをしながら、雑誌『話の特集』のスタッフもつとめていた。 1969〜76年月刊『ニューミュージック・マガジン』のADと表紙絵を担当。1981〜1990年月刊『潮』、1983年〜季刊『教育と施設』、1992〜1995年月刊『東京人』各誌の表紙絵担当。
ヒサ クニヒコ(1944年2月3日 - )は、日本の漫画家、… ヒサ クニヒコ(1944年2月3日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター、恐竜研究家。本名、久 邦彦(読み同じ)。東京都出身。神奈川県横浜市在住。 慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。息子は漫画家の久正人、義弟(妹の夫)はイラストレーターの小林弘隆。 1972年に『戦争 漫画太平洋戦史』で第18回文藝春秋漫画賞受賞。2018年に『世界恐竜発見地図』で第65回産経児童出版文化賞フジテレビ賞受賞。 恐竜研究家としても有名で、恐竜関係の本を多数執筆している他、博物館等での講演会講師として活動している。過去には、鉄道関連の書物も著している。趣味でプラモデルを多数所持しており、タミヤのプラモデル「恐竜世界シリーズ」の監修を手がけ、同シリーズには恐竜と同スケール(1/35)のヒサのフィギュアが付属する。
野口 竜(のぐち りゅう、1944年〈昭和19年〉1月1日 … 野口 竜(のぐち りゅう、1944年〈昭和19年〉1月1日 - 2012年〈平成24年〉1月2日、本名:野口 勝)は日本の漫画家、デザイナー、イラストレーター。別名:野口まさる、久留米東、野口太陽。福岡県久留米市東町出身。 学生時代から絵を描いており、県展に入賞するなどしていた。美術大学を志望していた時期もあったが金銭面から断念し、高校卒業後に上京。 石森章太郎の漫画『世界まんがる記』を読んで漫画家を志す。石森を訪ね弟子入りを志願し断られるが、代わりに紹介されたスタジオ・ゼロに入社し、漫画『オバケのQ太郎』の背景を担当した。その後、多忙となった石森の専属アシスタントとなり、『おかしなおかしなおかしなあの子』や『サイボーグ009』に参加。
遠藤 ケイ(えんどう けい 1944年 - )は、日本の作家… 遠藤 ケイ(えんどう けい 1944年 - )は、日本の作家、イラストレーター。日本はもとより世界各地を旅しながら、民俗学をテーマに人の生業や社会風俗を取材している。本名は遠藤敬吉。
勝又 進(かつまた すすむ、1943年12月27日 - 20… 勝又 進(かつまた すすむ、1943年12月27日 - 2007年12月3日[要出典])は、日本の漫画家、イラストレーター。宮城県桃生郡河北町(現:石巻市)出身。 1943年、宮城県百生郡河北町(現:石巻市)に生まれる。父親は生まれてすぐ亡くなったと聞かされて少年時代を過ごす。 1949年8月、母きしえ病死。家を継いだ姉の重子、義兄の栄夫婦に育てられる。 1962年3月、大崎市古川(旧・古川市)にある宮城県古川工業高等学校電気科卒業。卒業後は東京の専門商社・日製産業株式会社で電子顕微鏡や理化学機器を研究者に売り込む営業マンとして3年間働いていたが、1965年3月に退職。 1965年4月、東京教育大学物理学科に入学。
渡辺 有一(わたなべ ゆういち、1943年(昭和18年)11… 渡辺 有一(わたなべ ゆういち、1943年(昭和18年)11月12日 - )は、日本の絵本作家、イラストレーター。「わたなべゆういち」名義もある。 旧満洲出身。デザイン事務所勤務、武蔵野美術大学美術科通信教育課程卒業。第8回絵本にっぽん賞、第15回日本絵本賞受賞。「かっぱ大さわぎ」「かっぱびっくり旅」(ともに旺文社)など木暮正夫作品を中心に児童文学の挿絵も多い。『ねこざかなシリーズ』の作者でもある。また日本のネット界で「最も怖いクロージング」とされているCBCテレビ(当時、中部日本放送)の1998年まで使われていたクロージングとオープニングの映像を手かげた。 著作の一部はデジタル化され、国立国会図書館デジタルコレクションなどで公開されている。
味戸 ケイコ(あじと ケイコ、1943年9月27日- )は、… 味戸 ケイコ(あじと ケイコ、1943年9月27日- )は、日本のイラストレーター、絵本作家。 北海道函館市 で生まれる。遺愛女子高等学校を経て、1965年に多摩美術大学 デザイン科を卒業する。 大学卒業後は印刷会社デザインルーム、PR誌を作る制作会社に勤めるが、パニック障害を起こし自宅待機でカット描きを1年間行っていた。会社勤めが合わないことを自覚し、フリーのイラストレーターになる。 1971年、菊地信義の依頼で『月刊エレクトーン』(ヤマハミュージックメディア)創刊号から1年間の表紙イラストの発注を受け、本格的にデビューする。この表紙画がイラスト年鑑に掲載され、1973年に年鑑を見たやなせたかし、原田奈翁雄からそれぞれ雑誌『詩とメルヘン』(サンリオ)、雑誌『終末から』(筑摩書房)の表紙画の依頼が舞い込み、以後、各方面で活躍する。
ささめや ゆき(1943年〈昭和18年〉8月2日 - )は、… ささめや ゆき(1943年〈昭和18年〉8月2日 - )は、日本の版画家、イラストレーター、絵本作家。 東京都大田区蓮沼町に生まれ、逗子で育つ。画家になる前は、出版社の文芸部に所属しており、日本文学全集などの編集を手がけていた。 24歳のときに画家になることを決意する。1968年、御茶の水美術学院に入学する。1969年と1970年に二科展に入選する。1970年にパリ、1971年にニューヨークで絵画を学ぶ。1972年、フランスのシェルブール美術学校で学ぶ。 1973年に帰国してからは、「細谷正之」名義で版画や油彩画の作品を発表する。1985年、「ルーが来た日」でベルギー・ドメルホフ国際版画コンクールの銀賞を受賞する。
中島 潔(なかしま きよし、1943年4月26日 - )は、… 中島 潔(なかしま きよし、1943年4月26日 - )は、日本画家、絵本作家、イラストレーター。郷愁を誘う童画や、儚げな女性画を得意とする。「風の画家」として知られる。 1943年(昭和18年)、旧満洲国奉天市(現在の中国瀋陽市)において父・峰雄、母・ウメ子の間に生まれる。両親は理髪店を営んでいた。1歳の時、母の地元の佐賀県東松浦郡厳木村(現在の佐賀県唐津市厳木町)へ引き揚げる。 1961年、佐賀県立唐津西高等学校卒業。母の死後2か月で再婚をした父への反発から家を出て、伊豆下田で温泉掘りの仕事をする。独学で絵を学び、その後印刷所、広告会社などで働く。 1971年、パリへ行き、半年間絵の勉強をする。
村上 勉(むらかみ つとむ、男性、1943年 - )は、日本… 村上 勉(むらかみ つとむ、男性、1943年 - )は、日本のイラストレーター。兵庫県養父郡八鹿町(現:養父市)出身。 児童文学の挿絵を多数担当する。細部のリアルな描き込みと、デフォルメされたデッサンとが融合した画風を特徴とする。 挿絵を担当する作家のコンビとしては、佐藤さとるが圧倒的に多く有名で、デビュー作も佐藤の『だれも知らない小さな国』である。末吉暁子作品がこれに続く。また、1979年の日本の歌シリーズ「ふるさと」以降、日本切手の原画家として何度も起用されており、特に「ふみの日」のキャンペーン切手では永田萌と共に常連原画家となっている。 第16回小学館絵画賞(佐藤さとる作の『おばあさんのひこうき』)、ライプツィヒ図書展銅賞(1972年)、郵政功労賞 (2000年、切手50種)など受賞。
湯村 輝彦(ゆむら てるひこ、1942年11月1日 - )は… 湯村 輝彦(ゆむら てるひこ、1942年11月1日 - )は、イラストレーター、デザイナー、漫画家、音楽評論家。ヘタウマなイラストと、スウィート・ソウルなどのR&Bや、Gラップのフリークとしても知られる日本グラフィック界のベテランである。東京都新宿区角筈(現在の西新宿)生まれ。ペンネームはTerry Johnson(テリー・ジョンスン)、ゴンゾ。また、かつては、「FLAMINGO TERRY」、「FRAMINA TERRENO GONZO」、「TERRINO FLAMINI' GONZAREZ」、「紅鶴照万太」などのペンネームも用いていた。愛称は「キング・テリー」(略して、「キンテリ」とも)。
安西 水丸(あんざい みずまる、本名:渡辺 昇(わたなべ の… 安西 水丸(あんざい みずまる、本名:渡辺 昇(わたなべ のぼる)、1942年7月22日 - 2014年3月19日)は、日本のイラストレーター、漫画家、エッセイスト、作家、絵本作家、風俗評論家。日本スノードーム協会会長。 東京府東京市赤坂区(現在の東京都港区赤坂)生まれ。7人兄弟の末っ子で姉が5人いた。一番上の姉とは7つ離れている。生家は祖父の代から建築設計事務所を営んでいた。 1945年、重い喘息を患い、母の郷里である千葉県千倉町(現・南房総市)に移住。中学校卒業までを千倉で暮らす。その頃の体験や思い出は、初期の漫画作品、エッセイ、小説など多くの作品に登場している。「千倉」は彼にとって重要なキーワードとなっており、すべての心象のルーツであるように描かれている。
和多田 勝(わただ まさる、1942年1月20日 - 199… 和多田 勝(わただ まさる、1942年1月20日 - 1994年1月31日)は、上方噺家・エッセイスト・イラストレーター・タレント。芸名は笑福亭小つる(しょうふくてい こつる)。5代目笑福亭松鶴の孫(娘の子)で、6代目松鶴の甥にあたる。 大阪市に生まれ、生家は呉服屋、子供の頃から祖父・5代目松鶴に連れられ寄席通いをした。1947年7月に正式に5代目松鶴に入門し「笑福亭小つる」を名乗り、翌年1月に大阪市今里の双葉館で初舞台を踏む。小唄や寄席踊りで高座を勤め人気者になる。中学校卒業頃まで高座を勤め、大阪市立工芸高等学校を入学と同時にいったん廃業し学業に専念。 高校の美術油絵科を卒業後の1963年、そごう宣伝部に就職し、1970年まで勤める。
岩淵 慶造(いわぶち けいぞう、1942年1月18日 - )… 岩淵 慶造(いわぶち けいぞう、1942年1月18日 - )は、日本のイラストレーター。SF、ミステリ、児童文学等の挿絵で知られる。 青森県弘前市出身。子供の頃から絵に親しみ、中学・高校では美術部に所属した。1962年に上京し、亜細亜大学商学部へ入学。1966年に卒業した。 その後一時はフリーの商業デザイナーとして働くが、イラストレーターへの転身を目論み、早川書房にイラストを持ち込む。はじめ『ミステリマガジン』編集長の各務三郎に会うが、彼から『SFマガジン』編集長・南山宏のほうへ廻され、そこでイラストレーターとしての初仕事を得る(『SFマガジン』1967年8月号で、掲載された小説レイ・ブラッドベリ「火と霜」および眉村卓「Expo'87」の挿絵を描いた)。
楠瀬 康璽(くすのせ こうじ、1942年 - )は、高知県高… 楠瀬 康璽(くすのせ こうじ、1942年 - )は、高知県高知市出身の植物モチーフを得意とする日本の水彩画家、イラストレーター。本名は、楠瀬 浩二(くすのせ こうじ)。
舟橋 全二(ふなばし ぜんじ、1942年- 2023年12月… 舟橋 全二(ふなばし ぜんじ、1942年- 2023年12月19日)は、日本のイラストレーター、グラフィックデザイナー。イラストレーターのささめやゆきとは従兄弟関係。 1942年神奈川県生まれ。65年、多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。70年からカナダ、アメリカに移住。80年に帰国、以後フリー。TIS会員。 1968年、日宣美出品作品「チャップリン」にて特選受賞。この作品は、つや消し銀紙にシルクスクリーンで刷ったものであった。その後大塚清六の事務所でアシスタントをする。1970年にカナダへ。「デザイナーとしてやって行く前に、できたら2〜3年外国で暮らしてみたい」という単純な同期であった。カナダでデザイナーとして計7年過ごした後、映画監督のジョン・コーティーからアニメーションの仕事を誘われ、カリフォルニアに移る。
古川 タク(ふるかわ タク、本名:古川 肇郁(ふるかわ ただ… 古川 タク(ふるかわ タク、本名:古川 肇郁(ふるかわ ただいく)、1941年9月25日 - )は、日本の男性アニメーション作家、イラストレーター、絵本作家である。日本アニメーション協会(JAA)会長。日本漫画家協会参与。 任天堂社長の古川俊太郎は子。 三重県上野市(現・伊賀市)出身。三重県立上野高等学校、大阪外国語大学イスパニア語学科卒業。 アニメーションからイラスト、漫画と活躍は多岐に渡る。個人製作によるシンプルな画風ととぼけたユーモアのアニメーションで世界的な評価を受けた。線画タッチの作品が多いのはソール・スタインバーグの影響。日本ではNHKの『みんなのうた』を定期的な作品発表の場とした。
蓬田やすひろ(よもぎだ やすひろ、本名:蓬田容洽(やすひろ)… 蓬田やすひろ(よもぎだ やすひろ、本名:蓬田容洽(やすひろ)、1941年3月14日 - )は北海道札幌市出身のイラストレーター。
藤井 旭(ふじい あきら、1941年1月12日 - 2022… 藤井 旭(ふじい あきら、1941年1月12日 - 2022年12月28日)は、日本のイラストレーター、天体写真家。天文宇宙の魅力を広く伝え、多様な天文ファンを先導する存在として国際的に知られる。50年以上にわたって第一線で活躍を続けた。 山口県山口市に生まれる。父は岸信介と旧制山口中学校の同級生で、山口県庁の職員を経て釣具店を経営していた。子供の頃は流星観測をしていた。山口県立山口高等学校在学中に天文部を創設。山口高校卒業後は多摩美術大学デザイン科に進学し、1963年同校を卒業。少年マガジンなどの雑誌のイラストを描く仕事に就いていた。その後、東京の光害から逃れるために福島県郡山市に移り住み、それまでやっていたイラスト描きの仕事を辞めて、郡山名物である薄皮饅頭の製造会社に入社して饅頭づくりに励んだ。