石橋 麻衣(いしばし まい、1989年7月2日 - )は、日… 石橋 麻衣(いしばし まい、1989年7月2日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は中長距離種目。ヤマダ電機所属。
職業が陸上:1,394人
石橋 麻衣(いしばし まい、1989年7月2日 - )は、日… 石橋 麻衣(いしばし まい、1989年7月2日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は中長距離種目。ヤマダ電機所属。
川面 聡大(かわつら そうた、1989年6月19日 - )は… 川面 聡大(かわつら そうた、1989年6月19日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は短距離走。東京都出身。東京都立高島高等学校卒、中央大学法学部国際企業関係法学科卒、東海大学大学院体育学研究科コーチング学修了。ミズノトラッククラブ所属。元屋外60mの日本最高記録保持者。 高校時代、インターハイ東京都予選の100m・200mの2種目で準優勝。いずれもこの年のインターハイで二冠に輝く小林雄一に敗れた。 南関東大会では2種目とも本戦に出場できる6位に0.03秒及ばない7位に終わる。 高校卒業後は中央大学に進学。高校時代に全国大会に出場できず、スポーツ推薦での入学は難しかったが、大学側が入学の条件にした日本ジュニア選手権出場をクリアして入学することができた。
伊藤 正樹(いとう まさき、1989年5月19日 - )は、… 伊藤 正樹(いとう まさき、1989年5月19日 - )は、日本の陸上競技選手、専門は長距離種目。秋田県大館市出身。秋田工業高校、国士舘大学卒業。コニカミノルタに所属していた。 小学校4年生から陸上を始める。大学は国士舘大学に進学。1年目から箱根駅伝に出場する(4区-5位)。2年目の箱根駅伝では、国士舘大学は予選落ちし本戦に出場できなかったものの、伊藤は関東学連選抜の一員として出走した(2区-16位)。3年目も国士舘大学は予選落ち。前年と同じく伊藤は学連選抜のメンバーに選ばれていたが出走はなかった。4年目には駅伝主将としてチームを引っ張り、箱根駅伝予選会3位(日本人2位)の力走で国士舘大学を3年ぶりに本戦出場に導いた。
沼田 未知(ぬまた みち、1989年5月6日 - )は、日本… 沼田 未知(ぬまた みち、1989年5月6日 - )は、日本の陸上競技選手。長距離走。2015年アジア陸上競技選手権大会銅メダリスト。
荒川 優(あらかわ ゆう、1989年4月17日 - )は日本… 荒川 優(あらかわ ゆう、1989年4月17日 - )は日本の男子陸上競技選手、コーチ、実業家。株式会社スポーツクラウド代表取締役社長、スプリントコーチ。学位は修士(経営学)(一橋大学・2015年)。 福井県坂井市(旧丸岡町)出身。2008年福井県立藤島高等学校卒業。2012年筑波大学体育専門学群卒業。ベンチャー企業を経て、2013年4月からは一橋大学大学院商学研究科経営学修士コース(HMBA)に進学し、2015年修了。スポーツ選手ながらMBAを取得。大学院在学中一橋大学陸上競技部コーチも務めた。 専門は短距離走。高校時代は走幅跳選手だったが、筑波大学時代に100mに転向。最高成績はニュージーランドオタゴオープン2位)。
園田 隼(そのだ はやと、1989年4月5日 - )は、日本… 園田 隼(そのだ はやと、1989年4月5日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門種目は長距離走・マラソン。主な実績に、2015年熊本城マラソン優勝、2016年福岡国際マラソン4位、2018年別府大分毎日マラソン2位、2018年アジア競技大会4位など。熊本県阿蘇郡西原村出身。丸刈りの髪型がトレードマークである。 2002年3月西原村立山西小学校、2005年3月西原村立西原中学校、2008年3月熊本国府高等学校、2012年3月上武大学ビジネス情報学部を卒業。2012年4月黒崎播磨入社、陸上競技部に所属した。 高校時代までは特に目立った実績を残せなかったが、上武大学(群馬県伊勢崎市)進学後は、1996年アトランタオリンピック・2000年シドニーオリンピック日本男子長距離走代表の花田勝彦監督から指導を受け、箱根駅伝競走へ2度出走。
太田 暁音(おおた あかね、1989年3月19日 - )は、… 太田 暁音(おおた あかね、1989年3月19日 - )は、日本の陸上競技選手。
西原 加純(にしはら かすみ、1989年3月1日 - )は、… 西原 加純(にしはら かすみ、1989年3月1日 - )は、日本の陸上競技選手である。専門は中長距離・長距離種目。ヤマダ電機所属。
高瀬 無量(たかせ むりょう、1989年1月31日 - )は… 高瀬 無量(たかせ むりょう、1989年1月31日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は長距離走。兵庫県川辺郡猪名川町出身。尼崎市立尼崎高等学校、山梨学院大学卒業後、日清食品グループ陸上競技部に所属した。 「無量」という名前は無量大数が由来になっており、「無限の可能性を持つ」という意味が込められている。 山梨学院大学時代には4年連続で箱根駅伝に出場。1・2年時には5区を担当し、1年時には区間6位、2年時には区間前半で先頭に立つ好走を見せるも、後半に酸欠状態になり失速し、区間22位に終わった。3年時の第86回大会では、古田哲弘以来10年ぶりの山梨学院大学2区日本人走者となった(区間7位)。4年時にも前年と同じく2区を担当した(区間15位)。
小林 光二(こばやし こうじ、1989年1月16日 - )は… 小林 光二(こばやし こうじ、1989年1月16日 - )は、栃木県那須塩原市(旧:西那須野町)出身の陸上競技選手・指導者。専門は長距離走・マラソン。那須拓陽高校、中央学院大学卒業。SUBARU陸上競技部所属。 この項目は、陸上選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:陸上競技/PJ陸上競技)。
木村 哲也(きむら てつや、1989年1月14日 - )は、… 木村 哲也(きむら てつや、1989年1月14日 - )は、兵庫県神戸市北区出身の元陸上競技選手。現指導者。専門は長距離走・マラソン。 大阪経済大学陸上競技部監督。 兵庫県神戸市北区出身。神戸市立鈴蘭台中学校時代に陸上競技を始め、神戸市立神港高等学校を経て、2007年に大阪経済大学に進学[要出典]。 2009年に第41回全日本大学対校駅伝大会に出場し、2区に出走。2010年には3000mSCで日本インカレに出場し、決勝では6位に入賞。同年、第72回関西学生対校駅伝競走大会では1区にて区間賞を獲得。 2011年に大阪経済大学卒業後は2022年まで住友電工に所属し、2013年の関西実業団対抗駅伝にてチーム史上初となるニューイヤー駅伝出場権獲得に貢献。
江里口 匡史(えりぐち まさし、1988年12月17日 - … 江里口 匡史(えりぐち まさし、1988年12月17日 - )は、日本の元陸上競技選手で、専門は短距離走。熊本県菊池市出身。熊本県立鹿本高等学校、早稲田大学スポーツ科学部卒業。大阪ガス所属。 鹿本高校時代の2006年10月第61回国民体育大会少年男子100mで優勝。2007年に早稲田大学入学、1年目から日本インカレ100mで優勝を果たすなど活躍を見せた。その後故障に見舞われた時期があり、オリンピックへ出場はしていない。2008年9月27日の早慶対抗競技会では、4×200mリレーの1走を務めて1分22秒67の日本新記録を樹立した。大学3年に進級した後、2009年6月28日の第93回日本選手権男子100m決勝で、10秒14のタイムで初優勝を飾った。
小林 祐梨子(こばやし ゆりこ、結婚後の本名:坂田 祐梨子、… 小林 祐梨子(こばやし ゆりこ、結婚後の本名:坂田 祐梨子、1988年12月12日 - )は、兵庫県小野市出身の元女子陸上競技選手(中距離走・長距離走)、一般社団法人日本パラ陸上競技連盟 理事、公益財団法人神戸市スポーツ協会理事、小野市の観光大使「おの恋アンバサダー」。 須磨学園高等学校在学中の2005年、世界ユース選手権に出場し1500mで銀メダルを獲得した。さらにアジア選手権にはシニア代表として出場、1500mで銅メダルを獲得した。また同年、スーパー陸上では1500mの高校新記録を樹立、直後には3000mの高校記録も更新した(記録は8分52秒33)。 2006年度には、IAAFグランプリ大阪大会の女子1500m決勝で4分07秒86をマークした。
中野 弘幸(なかの ひろゆき、1988年12月9日 - )は… 中野 弘幸(なかの ひろゆき、1988年12月9日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は短距離走。2012年ロンドンオリンピック日本代表。 愛知県安城市出身。現在も同市内に在住している。 安城市内の小中学校 を経て名古屋高校を卒業後、愛知教育大学教育学部体育科に進学。同大学院教育学研究科保健体育専攻修士課程修了。現在、安城市内の中学校の教員。 高校時代のベスト記録は100m11秒03・200m21秒95。個人種目はインターハイ愛知県予選の200m準決勝進出、リレー種目は名古屋高校代表としてインターハイ4×100mリレー全国5位の成績を残している。 大学進学後に400mで成長する。2011年に大学院進学、6月の第95回日本陸上競技選手権大会400mは46秒31の記録で4位入賞の成績を残した。
高橋 由衣(たかはし ゆい、1988年12月5日‐)は、山形… 高橋 由衣(たかはし ゆい、1988年12月5日‐)は、山形県酒田市(旧平田町)出身の女子陸上競技(長距離走)選手。元資生堂所属。 小学生時代から各種陸上競技大会に出場。酒田市立飛鳥中学校入学時から本格的に陸上競技に取り組み、中学3年時には全日本中学校陸上競技選手権大会やジュニアオリンピックなどで上位の成績を収め、2004年全国都道府県対抗女子駅伝競走大会では第3区で同学年の小林祐梨子を抑え、区間賞および区間新記録を樹立した。なお、この記録は2013年に髙松望ムセンビが更新するまで9年間区間記録として保持された。その後、山形県立酒田東高等学校へ進学したものの、高校1年時秋以降はケガなどにより成績が振るわず、メインを400m走に転向。
髙瀬 慧(たかせ けい、1988年11月25日 - )は、静… 髙瀬 慧(たかせ けい、1988年11月25日 - )は、静岡県静岡市葵区出身の陸上選手。 静岡市立長田東小学校、静岡市立長田南中学校卒。小学校4年生の時から静岡市陸上教室で陸上を始める。静岡市立長田南中学校時代の記録は100mが11秒8、200mが24秒2で、県大会予選落ちのレベルだった。 静岡県立静岡西高等学校卒。高校時代の実績は200mと400mでいずれもインターハイ準決勝敗退というものだった。 順天堂大学に進み、2007年の日本ジュニア選手権400mで全国大会初入賞の5位。2009年の日本選手権リレー400mリレーで3位、1600mリレーで優勝。2010年の日本選手権リレー400mリレーで優勝、1600mリレーで2位。
高瀬 慧(たかせ けい、1988年11月25日 - )は、静… 高瀬 慧(たかせ けい、1988年11月25日 - )は、静岡県静岡市葵区出身の陸上選手。
髙橋 萌木子(たかはし ももこ、1988年11月16日 - … 髙橋 萌木子(たかはし ももこ、1988年11月16日 - )は、日本の元陸上競技選手で、専門は短距離。 埼玉県三郷市出身。三郷市立早稲田中学校在籍時はソフトボール部に所属しつつ陸上競技をやっていた。全日本中学校選手権は200mで優勝。当時はまだ陸上競技に本腰を入れておらず、「ソフトボール選手が全日本中学選手権だけ出てきて勝ってしまった」と噂になるほど[誰によって?]の出来事だった[リンク切れ]。 ストライド型の走りが特徴で、男子選手並みのストライドで走る。また、後半で一気にスピードを増すというレース展開が多く、いわゆる「後半追い込み型」の選手である。一方でスタートに課題を残しており、色々とスタートの仕方を試すも改善できず、2008年の冬からはジャマイカ式のスタートを取り入れるなど試行錯誤した。
佐伯 由香里(さはく ゆかり、1988年11月5日 - )は… 佐伯 由香里(さはく ゆかり、1988年11月5日 - )は、千葉県出身の女子陸上競技(長距離走・マラソン)元選手である。千葉県立佐原高等学校卒業後は、ユニバーサルエンターテインメントに所属していた。身長142cm、体重30.5kg。 小柄な体格にもかかわらず、トップクラスでも精々5000mまでしか出場しない高校時代から10000mのレースに出場するなど、現役中は長距離走を得意としていた。 高校時代は全国的には無名だったが、実業団チームのアルゼ(2009年11月1日、ユニバーサルエンターテインメントにチーム名変更)・アスリートクラブで小出義雄の指導を受けてから頭角を現した。2008年8月、北海道マラソンで19歳にして初マラソンに挑戦し、同じ小出門下生の新谷仁美らを抑え、2時間31分50秒の記録でいきなり女子の部で初優勝を果たした。
渡邉 竜二(わたなべ りゅうじ、1988年11月2日 - )… 渡邉 竜二(わたなべ りゅうじ、1988年11月2日 - )は大阪府南河内郡出身の陸上競技選手。専門は長距離走。トヨタ自動車九州に所属。
安孫子 充裕 (あびこ みつひろ、1988年10月25日 -… 安孫子 充裕 (あびこ みつひろ、1988年10月25日 - )は、日本の元陸上競技選手で、専門は短距離走。 山形県山形市出身の陸上競技選手。専門種目は短距離走。山形市立第三中学校入学時から本格的に陸上競技を行う。山形県立上山明新館高等学校3年生時のインターハイ200m走にて全国大会初優勝し、同年の国民体育大会少年A競技400m走でも優勝した。アジア・ジュニア選手権にも400m走に出場し、銅メダルを獲得している。その後、筑波大学に進学。2008年大学2年時には北京五輪代表となり、4×400mリレーに出場した。2009年大学3年時には関東インカレにて、100m走、200m走、4×400mRにてスプリント種目3冠を達成した。
鷲谷 修也(わしや なおや、1988年10月3日 - )は、… 鷲谷 修也(わしや なおや、1988年10月3日 - )は、北海道登別市出身の元プロ野球選手(外野手)、元陸上競技選手(短距離走)、車椅子ソフトボール選手。 小学3年生の時に野球を始める。登別西陵中時代はリトルシニアチームでプレーし、3年時に北海道大会で準優勝。複数の強豪校から勧誘を受けたが、見学した時の雰囲気が気に入ったという駒大苫小牧高に特待生として入学。田中将大と同期となる。 1年夏までは「落ちこぼれ組」だったが、香田誉士史監督のアドバイスで打撃が向上し秋の明治神宮野球大会で初めてベンチ入りする。2005年の第87回全国高等学校野球選手権大会に出場、優勝メンバーとなる。翌2006年春には不振となり一時ベンチ入りメンバーからも外れたが、夏の南北海道大会では2打席連続本塁打、第88回全国高等学校野球選手権大会にはレギュラーとして出場し3回戦の青森山田高戦でも本塁打を放つ。
中村 宝子(なかむら たからこ、1988年10月3日 - )… 中村 宝子(なかむら たからこ、1988年10月3日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は短距離。
田中 佳祐(たなか けいすけ、1988年9月6日 - )は熊… 田中 佳祐(たなか けいすけ、1988年9月6日 - )は熊本県出身の元陸上競技選手。専門は中・長距離種目。大牟田高等学校、城西大学を経て、富士通陸上競技部に所属した。2012年に開催された第96回日本陸上競技選手権大会及び、2014年に開催された第98回日本陸上競技選手権大会男子1500mの優勝者。
岡部 奈緒(おかべ なお、1988年8月28日 - )は、日… 岡部 奈緒(おかべ なお、1988年8月28日 - )は、日本の元短距離走選手。100mを専門とした。2011年の世界陸上の4 × 100mリレーに出場した。2011年のアジア選手権大会の4 × 100mリレーに出場し金メダルを獲得した。 市立船橋高、筑波大学を卒業し、チームミズノアスレティックに所属していた。 2012年に引退した。
出口 和也(でぐち かずや、1988年8月14日 - )は、… 出口 和也(でぐち かずや、1988年8月14日 - )は、日本の元陸上競技選手。茨城県守谷市出身。 茨城県立藤代高等学校、日本体育大学卒業後、旭化成陸上部に所属した。2012年に開催された第96回日本陸上競技選手権大会男子5000mの優勝者。
田中 千智(たなか ちさと、1988年8月13日 - )は、… 田中 千智(たなか ちさと、1988年8月13日 - )は、日本の元短距離走選手。2011年アジア陸上競技選手権大会において400mで銅メダルを獲得し、4×400 mリレーにおいて金メダルを獲得した。2010年の第94回日本陸上競技選手権大会の400mにおいて1位となった。 筑紫女高、福岡大学を卒業し、九電工に所属していた。
ミカ・ジェル(Micah Jelagat Njeru、198… ミカ・ジェル(Micah Jelagat Njeru、1988年8月5日 - )は、日本国内で活躍しているケニア出身の男子陸上競技選手(長距離種目)。身長165cm、体重53kg。 ケニア出身。仙台育英高等学校に留学し、同校の全国高等学校駅伝競走大会優勝に貢献した。高校卒業後は実業団のトヨタ紡織に就職し、陸上部に所属し競技を続けている。
渡邉 和也(わたなべ かずや、1988年7月20日 - )は… 渡邉 和也(わたなべ かずや、1988年7月20日 - )は、宮城県柴田町出身で短距離走が専門の陸上競技選手。400mで45秒71の自己ベストを持つ。2014年世界リレー男子4×400mの日本代表。 宮城県柴田町出身。柴田町立船岡中学校、宮城県柴田高等学校、東北福祉大学卒業、東北福祉大学大学院修了。 陸上競技は小学4年の時に始め、高校まで走幅跳中心の選手だった。船岡中学校時代にジュニアオリンピックD優勝、全日本中学校選手権9位、国民体育大会少年Bで4位に入り、記録面でも7m05の宮城県中学記録(2003年日本中学ランキング1位)を樹立している。柴田高校時代にはインターハイ走幅跳で9位、4×100mRで8位、国民体育大会少年B走幅跳で3位などの成績を残した。
田子 雅(たご みやび、1988年7月15日 - )は、埼玉… 田子 雅(たご みやび、1988年7月15日 - )は、埼玉県さいたま市出身の元陸上競技選手。専門はハードル。400mハードルの自己ベストは日本歴代4位の55秒99。2010年広州アジア大会の日本代表。 埼玉県さいたま市出身。血液型はA型。 幼稚園から中学3年生まではクラシック・バレエを習っていた。陸上競技は友人に誘われたのがきっかけで中学から開始。中学時代は全日本中学校選手権の出場を逃し(追い風参考記録でなら参加標準記録を超えていた)、県総体200mの6位が最高成績となった。 埼玉県立久喜高等学校に進学してからはロングスプリントに転向すると、高校2年時の秋から本格的に400mハードルを取り組み始めた。
野口 拓也(のぐち たくや、1988年7月2日 - )は日本… 野口 拓也(のぐち たくや、1988年7月2日 - )は日本の元陸上競技選手、専門は長距離種目。宮城県出身。東北高校、日本体育大学卒業。コニカミノルタ陸上競技部コーチ。
福島 千里(ふくしま ちさと、1988年6月27日 - )は… 福島 千里(ふくしま ちさと、1988年6月27日 - )は、日本の陸上競技選手で、専門は短距離。北京・ロンドン・リオデジャネイロオリンピック日本代表。女子100m、200mの日本記録保持者。
中里 麗美(なかざと れみ、現姓:佐野、1988年6月24日… 中里 麗美(なかざと れみ、現姓:佐野、1988年6月24日 - )は、女子陸上競技(中距離走・長距離走・マラソン)選手。群馬県太田市出身。身長152cm、体重36kg。現在1児(長男)の母親。 2007年3月、太田市立商業高等学校卒業、同年4月、大阪府池田市のダイハツ工業に入社し陸上競技部に所属。2009年10月、世界ハーフマラソン選手権に出場、16位。 初マラソンは2010年3月の名古屋国際女子マラソンだったが、膝の故障の影響により中間点を過ぎた後で先頭争いから脱落し12位に終わった。2011年2月の横浜国際女子マラソンに出場。39Km付近までトップグループへ積極果敢についていき、優勝した尾崎好美のラストスパートには離されたものの、初マラソンの記録をちょうど10分縮める2時間24分台の好タイムで2位に入った。
梶原 有高(かじわら ありたか、1988年6月16日 - )… 梶原 有高(かじわら ありたか、1988年6月16日 - )は、神奈川県愛川町出身の陸上競技選手。専門は長距離種目。藤枝明誠高等学校卒業、日本体育大学中退後、松蔭大学経営文化学部卒業。プレス工業陸上競技部に約3年半、ひらまつ病院陸上部に約5年間所属し、現在はコモディイイダ駅伝部に所属。 愛川町立愛川中原中学校入学時から陸上競技を始め、当初から長距離を専門とした。中学3年次には第9回全国都道府県対抗男子駅伝競走大会に神奈川県代表として出場。2区を走り区間17位の成績を残した。 2004年、藤枝明誠高校に進学。主力として活躍し、チームが2年ぶりに出場した第56回全国高校駅伝では5区を務めた。3年次の第57回全国高校駅伝では最終7区を務めた。
木村 文子(きむら あやこ、1988年6月11日 - )は、… 木村 文子(きむら あやこ、1988年6月11日 - )は、日本の陸上競技選手、陸上競技指導者。専門は100mハードル、走幅跳。エディオン所属、テレビ出演等のマネジメントは三桂が行っている。陸上界屈指の美女ランナーとして知られる。広島東洋カープの大ファン。 広島県広島市安佐北区可部出身。広島市立可部南小学校~広島市立可部中学校~広島県立祇園北高等学校を経て、横浜国立大学教育人間科学部卒業。 横国大時代は日本学生陸上競技対校選手権大会の100mハードルや走幅跳に4年連続出場した。2009年の第78回大会は100mハードルで2位。大学4年の2010年9月、第79回大会の100mハードルで大会新記録となる13秒28をマークして初優勝を飾った。
大石 港与(おおいし みなと、1988年5月19日 - )は… 大石 港与(おおいし みなと、1988年5月19日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は長距離走。静岡県出身。静岡県立富士東高等学校、中央大学卒業。元トヨタ自動車所属。現在は中央大学陸上競技部プレイングコーチ。
高島 由香(たかしま ゆか、1988年5月12日 - )は、… 高島 由香(たかしま ゆか、1988年5月12日 - )は、長距離走を専門とする日本の陸上競技選手。山口県防府市出身。ピッチ走法が特徴で、小柄ながら後半もペースを落とさず、自分の走りができる。 防府市立国府中学校で陸上競技を始め、当初から中・長距離を専門としてきた。この頃にはすでにオリンピック出場を夢見ていた。興譲館高等学校では森政芳寿から指導を受け、2005年の全国高等学校駅伝競走大会(全国高校駅伝)ではアンカーを務め、区間賞を獲得する快走を見せ同校の初優勝に貢献した。2006年には同校のエースとなり、全国高校駅伝で1区を任され区間2位でたすきをつないだ。高校時代は1学年上の新谷仁美から多くの刺激を受けたという。
石澤 ゆかり(いしざわ ゆかり、 1988年4月16日 - … 石澤 ゆかり(いしざわ ゆかり、 1988年4月16日 - )は、日本の陸上競技選手。障害走、長距離走。 鹿嶋市立大野中学校、茨城県立鉾田第一高等学校、茨城大学教育学部情報文化課程社会文化コース卒業。中学時代はバスケットボール部に所属していたが、俊足を買われて駅伝に出場して区間賞を取ったこともある。高校時代に本格的に陸上競技を始め中距離を中心に活動し大学でも続けた。卒業後はエディオンに入社し次第に力を伸ばしたため、いわゆる「遅咲き」のランナーとして知られている。 中距離・長距離で活躍してきたが最近は障害走に活躍の場を移し、2018年には前年の優勝者森智香子(積水化学)らを破り初めて日本選手権3000mSCを制した。
我孫子 智美(あびこ ともみ、1988年3月17日 - )は… 我孫子 智美(あびこ ともみ、1988年3月17日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は棒高跳。滋賀県草津市出身。同志社大学から光泉ACを経て、滋賀レイクスターズに所属していた。 光泉中学校時代は走高跳を専門としていたが、光泉高等学校入学後に顧問の勧めにより棒高跳を始める。2005年に高校歴代2位の4m00cmを記録した。 同志社大学進学後は2006年から2009年までの日本インカレを4連覇し、日本学生記録を6度更新した。2008年には第92回日本選手権で初優勝を果たした。大学進学後も、光泉高校を練習拠点としている。 大学卒業後の2010年4月からは光泉ACに所属して競技を続けた後、同年7月から滋賀レイクスターズに所属している。
佐野 広明(さの ひろあき、1988年2月28日 - )は、… 佐野 広明(さの ひろあき、1988年2月28日 - )は、静岡県浜松市出身の元陸上競技選手。専門は長距離走。静岡県立浜北西高等学校、麗澤大学卒業。Honda陸上競技部に所属した。 浜北西高校時代は5000mで東海大会までは出場したが全国区の選手ではなかった。3年次の2005年第6回静岡県市町対抗駅伝競走大会では、町村の部の第4区(5.81km、ジュニアA男子区間)に出場している。 大学は箱根駅伝に出場経験のない麗澤大学に進学した。箱根駅伝予選会には4年連続で出場。本戦出場に導くことはできなかったが、佐野自身は3年次の第85回大会予選会で個人46位と結果を残し、関東学連選抜の一員に選ばれた。本戦では最終10区を担当、区間2位の好走で12位から9位まで順位を押し上げゴール。
新谷 仁美(にいや ひとみ、1988年2月26日 - )は、… 新谷 仁美(にいや ひとみ、1988年2月26日 - )は、日本の女子陸上競技選手(長距離走)。10000メートル競走とハーフマラソンの日本記録保持者。愛称は「にいやん」。 2014年に一度競技生活を引退したが、2018年に現役復帰。スポーツ選手としては大きなブランクがありながら、現役復帰後も国内外の大会で上位入賞や東京オリンピックに日本代表として出場するなど、2023年現在においても日本トップクラスの陸上競技選手としてプレーを続けている。 岡山県総社市出身。総社市立総社東中学校を経て興譲館高等学校へ進学。 興譲館高等学校では同期に重友梨佐(天満屋・ロンドンオリンピック女子マラソン日本代表)、1級下に高島由香(資生堂・リオデジャネイロオリンピック女子10000m日本代表)がおり、在学中は共に全国高校駅伝に出場し、2005年には全国優勝を果たした。
五ヶ谷 宏司(ごかや こうじ、1988年2月22日 - )は… 五ヶ谷 宏司(ごかや こうじ、1988年2月22日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は長距離走・マラソン。千葉県我孫子市出身。身長:161cm、体重:46kg。専修大学松戸高校、専修大学卒業。JR東日本ランニングチームに所属していた。 中学時代はサッカー部に所属。駅伝大会に助っ人として出場したことをきっかけに、専修大学松戸高校入学後、本格的に陸上を始める。高校卒業後は専修大学に進学。当初は4年生で箱根駅伝に出場できればという考えだったが、当時専修大学のエースであった座間紅祢(専修大学→日清食品グループ)と寮で同室になったことで、座間から刺激を受け意識が変わり、結果として4年連続で箱根駅伝に出走することとなった。
神山知也(かみやま ともや、1988年2月21日 - )は、… 神山知也(かみやま ともや、1988年2月21日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は短距離走。栃木県出身。作新学院高等学校卒業。自己ベストは200m:20秒69
飯野 摩耶(いいの まや、1988年2月5日 - )は、日本… 飯野 摩耶(いいの まや、1988年2月5日 - )は、日本の陸上競技選手。中距離走、長距離走。専門は1500メートル競走。2015年アジア陸上競技選手権大会銀メダリスト。SNOW所属。
森 唯我(もり ゆいか、1988年1月25日 - )は、日本… 森 唯我(もり ゆいか、1988年1月25日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は中距離走。元ヤマダ電機所属。元佛教大学陸上競技部コーチ。 京都府出身。京都府立桂高等学校、佛教大学文学部人文学科業後、2010年4月にヤマダ電機へ入社。2012年春に一度退社し佛教大学陸上競技部コーチを勤めていたが、2012年の12月から再びヤマダ電機の選手として復帰。2013年の第24回東日本実業団対抗女子駅伝では6区区間新記録を出し、チーム史上最高順位となる5位に貢献する。同年12月に行われたクイーンズ駅伝でも1区を担当し、区間新記録を樹立。ヤマダ電機の8位に貢献した。翌年のクイーンズ駅伝でも同じく1区を担当。
田中 智美(たなか ともみ、1988年1月25日 - )は、… 田中 智美(たなか ともみ、1988年1月25日 - )は、日本女子の陸上競技選手。専門種目は長距離走・マラソン。2016年リオデジャネイロオリンピック女子マラソン日本代表(19位)。
野原 優子(のはら ゆうこ、1988年1月23日 - )は、… 野原 優子(のはら ゆうこ、1988年1月23日 - )は、山口県長門市出身の元陸上競技選手(長距離種目)である。 日本ジュニアを代表する長距離選手の一人で、中学2年時に全国女子駅伝8区を走り、区間新となった区間賞獲得者に2秒遅れる区間2位。9分55秒というタイムは区間タイ記録(当時)であり、2016年現在でも区間歴代10位タイである。 筑紫女学園高等学校在学中の2003年、世界ユース選手権に出場し3000mで銅メダルを獲得し、将来を嘱望されるようになる。さらに同年の第58回国民体育大会では少年女子共通3000mで9分05秒63という実業団選手と遜色のないタイムを出して、3000m高校1年生歴代最高記録を更新した。
酒井 優衣(さかい ゆい、1988年1月19日 - )は、福… 酒井 優衣(さかい ゆい、1988年1月19日 - )は、福井県出身の陸上競技選手。専門は長距離種目。資生堂ランニングクラブ所属。 姉の酒井直子(美方高校 → 城西大学 → ホクレン)が陸上をしていることを機に陸上を始める。鯖江高校時代は目立った成績を残していなかったが、城西大学に入学してからは徐々に力を付け、2007年には全日本大学女子駅伝のエース区間を区間3位で走破するなど頭角を現す。持久力に長けており、出場したハーフマラソンでは安定して上位の成績を残している。2008年には関東学生陸上競技対校選手権大会において赤羽有紀子以来9年ぶりとなる32分台で10000mを制し、5000mでも優勝を果たした。
星 創太(ほし そうた、1988年1月6日 - )は、日本の… 星 創太(ほし そうた、1988年1月6日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は長距離種目。福島県立会津工業高等学校、駒澤大学経営学部経営学科卒業。現役時代は富士通所属。身長173cm、体重56kgで血液型はB型。 中学時代はバスケットボール部に所属。3年生の時に陸上部の助っ人として誘われて駅伝を走ったことがきっかけで、高校時代から本格的に陸上を始める。同郷・会津の出身である、駒澤大学の監督・大八木弘明は高校・大学の先輩で、安西秀幸は大学の先輩にあたる。
ジョセフ・ギタウ(Joseph Gitau、1988年1月3… ジョセフ・ギタウ(Joseph Gitau、1988年1月3日 - )は、日本国内で活躍しているケニア出身の男子陸上競技選手(長距離種目)。身長167cm、体重49kg。血液型AB型。 ケニア中央州マラグア県出身。広島県立世羅高等学校に留学し、同校の全国高等学校駅伝競走大会優勝に貢献した。高校卒業後は実業団のJFEスチールに就職し、競走部に所属し競技を続けている。2012年福岡国際マラソン優勝。2013年同2位。