熊谷 更紗(くまがい さらさ、1988年11月21日 - )… 熊谷 更紗(くまがい さらさ、1988年11月21日 - )は、日本の女子バレーボール選手。ニックネームはサラサ。
職業がバレーボール:1,474人
熊谷 更紗(くまがい さらさ、1988年11月21日 - )… 熊谷 更紗(くまがい さらさ、1988年11月21日 - )は、日本の女子バレーボール選手。ニックネームはサラサ。
手塚 大(てづか だい、1988年11月18日 - )は、日… 手塚 大(てづか だい、1988年11月18日 - )は、日本の男子バレーボール選手。 山形県山形市出身。兄の影響で小学6年の時にバレーボールを始める。 中央学院大学を経て、2011年にVプレミアリーグのFC東京に入部。ルーキーシーズンの2011/12Vプレミアリーグにおいて、チーム最高位となる5位獲得に貢献し、自らもサーブ賞を獲得した。 同年3月、初の全日本メンバーに登録された。 2014年6月のワールドリーグ京都大会に出場し、シニアA代表デビュー。 2021年、2020-21シーズン終了をもって東レアローズに移籍。 2021年10月23日、V1リーグの堺ブレイザーズ戦(岩手県・紫波町総合体育館)でVリーグ通算230試合出場となり、Vリーグ特別表彰制度の「Vリーグ栄誉賞」の表彰基準に到達となり、シーズン終了後に受賞した。
深津 貴之(ふかつ たかゆき、1988年11月9日 - )は… 深津 貴之(ふかつ たかゆき、1988年11月9日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者である。 愛知県豊田市出身。小学5年生の頃、先生に誘われてバレーボールを始める。 兄・旭弘と同様に星城高等学校を経て東海大学に進学(弟・英臣も同様に進学する)。 2010年、豊田合成トレフェルサ(現・ウルフドッグス名古屋)の内定選手となる。2011年に入団。 2015年、26歳の若さで現役引退し、同チームのコーチに就任した。 2022年、日本代表コーチに就任した。
奥田 恭子(おくだ ちかこ、1988年11月4日 - )は、… 奥田 恭子(おくだ ちかこ、1988年11月4日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 三重県津市出身。小学校5年生の時、友人に誘われてバレーボールを始める。津商業高校時代は、インターハイや春高バレーなどで活躍した。 2007年、デンソーエアリービーズに入団。 2009年の東アジア選手権ではキャプテンとして同大会で銀メダル獲得に貢献した。 2009/10シーズンでプレミアリーグデビューすると、平成22年度全日本バレーボール選手権では同チームの初優勝に貢献した。2010-11プレミアリーグにレギュラーを獲得。 2011年12月、体調不良により治療専念のためデンソーを退部。 2015年時点では、愛知県名古屋市で活動するクラブチーム「PRINCESS」でプレーしていた。
袴谷 亮介(はかまや りょうすけ、1988年11月1日 - … 袴谷 亮介(はかまや りょうすけ、1988年11月1日 - )は、日本の元男子バレーボール選手である。 岐阜県羽島市出身。12歳の頃、母と兄の影響を受けてバレーボールを始める。 岐阜県立岐南工業高等学校を経て日本体育大学に進学。2007年、2008年には全日本インカレ優勝に貢献した。 岐阜県立岐阜本巣特別支援学校に勤務していた2012年、地元岐阜県で行われたぎふ清流国体(第67回国民体育大会)では岐阜県選抜のメンバーとして出場。同年、ジェイテクトSTINGSに入団。 ポジションは基本的にオポジットだが、ミドルブロッカーとしてプレーすることもある。サーブが良く、相手に警戒されることもある。 2023年1月7日、V1男子の大分三好ヴァイセアドラー戦でVリーグ通算230試合出場を達成し、シーズン終了後にVリーグ栄誉賞を受賞した。
西山 慶樹(にしやま けいき、1988年10月19日 - )… 西山 慶樹(にしやま けいき、1988年10月19日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 京都府京都市出身。実姉の由樹の影響で、小学校4年生からバレーボールを始める。京都橘高等学校時代はエースとして春高バレー(準優勝・3年時)、国体やインターハイ(3位)に出場し、2006年アジアジュニア選手権(準優勝)、2007年世界ジュニア選手権(3位)を経験した。 2007年、プレミアリーグ・JTマーヴェラスに入団。同年4月開催の日韓Vリーグトップマッチで公式戦デビューを飾った。 2008年、第1回アジアカップ女子大会の日本代表メンバーに選出された。 2013年4月22日、所属チームより2012-2013シーズン限りでの現役引退が発表された。
山田 要平(やまだ ようへい、1988年10月9日 - )は… 山田 要平(やまだ ようへい、1988年10月9日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者である。 山形県南陽市出身。10歳の頃、スポーツ少年団にバレーボールしかなかったことを理由にバレーボールを始める。 山形南高等学校、順天堂大学を経て、大分三好ヴァイセアドラーに入団。 2015年、FC東京に移籍。大分三好同期入団の橘裕也も2シーズン前にFC東京に移籍している。 2020-21シーズン、2021年3月21日の堺ブレイザーズ戦でVリーグ通算230試合出場を達成し、Vリーグ栄誉賞を受賞した。 2021-22シーズン終了をもってFC東京を退団。移籍希望をしていたが、現役は続行せず、V3所属の千葉ZELVAのコーチに就任した。
八子 大輔(やこ だいすけ、1988年10月7日 - )は、… 八子 大輔(やこ だいすけ、1988年10月7日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 埼玉県越谷市出身。小学生当時はサッカー少年だったが、実母と実兄の勧めで中学1年次からバレーボールを始めた。埼玉県立深谷高等学校のエースとして、2005年インターハイ制覇、2005年-2006年春高バレー連覇に貢献。 2007年春に進学した東海大学では1年生からレギュラーを獲得、2009年に東海大学バレーボール部シーズン5冠達成を経験し、全日本インカレでサーブ賞を受賞した。 アジアジュニア代表、世界ジュニア代表を経て、大学3年生の時に全日本代表に初選出。2009年ワールドグランドチャンピオンズカップでA代表デビューを果たし、銅メダルを獲得した。
冨士田 裕大(ふじた ゆうだい、1988年10月7日 - )… 冨士田 裕大(ふじた ゆうだい、1988年10月7日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 鎮西高校ではチームの主将を務め、春高バレーに出場。ユース代表、ジュニア代表に選出され、世界ジュニアやアジアジュニアなどで経験を積み、2006年アジアジュニアで準優勝を飾った。 高校卒業後の2007年にサントリーサンバーズに入団。2008年に全日本代表の追加登録メンバーに選出され、第1回アジアカップに出場した。 2015年3月、現役引退が発表された。 2019-20シーズン、同じくサントリーOBである岡本祥吾と共に、第10回全国6人制バレーボールリーグ総合男女優勝大会に「博多スポーツクラブ」の選手として出場した。
牟田 真司(むた しんじ、1988年10月3日 - )は、日… 牟田 真司(むた しんじ、1988年10月3日 - )は、日本の元男子バレーボール選手である。 長崎県諫早市出身。兄の影響で中学1年生からバレーボールを始める。 大村工業高等学校、東亜大学を経て、2010/11シーズン、V・プレミアリーグ(当時のVリーグ1部リーグ)に所属するサントリーサンバーズの内定選手となった。 2011年、大学卒業後に、サントリーサンバーズに入団した。入団1シーズン目となる2011/12シーズンにV・プレミアリーグの試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2013年、2012/13 V・プレミアリーグをもって現役を引退した。現役引退後は、チームの事務局に就任。2016/17シーズンよりチームマネージャーに就任。
石田 早織(いしだ さおり、1988年9月20日 - )は、… 石田 早織(いしだ さおり、1988年9月20日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。
雨堤 みなみ(あまづつみ みなみ、1988年9月8日 - )… 雨堤 みなみ(あまづつみ みなみ、1988年9月8日 - )は、日本の女子バレーボール選手。Vチャレンジリーグ・仙台ベルフィーユ所属。
塚原 佳代子(つかはら かよこ、1988年9月2日 - )は… 塚原 佳代子(つかはら かよこ、1988年9月2日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。チャレンジリーグ(V1リーグ)・PFUブルーキャッツに所属していた。 富山県高岡市出身。小学校の時には、ブラスバンド部でトロンボーンを吹いていた。小学校卒業時には180cmに達して、背の高さを生かしたいという気持ちから中学校1年生からバレーボールを始めた。中学校3年生の時に出場したJOCカップでは身長が190cmに達しており、飛びぬけた背の高さから注目を集めた。 高岡商業高校を経て2007年、チャレンジリーグのPFUに入団。2010年に引退した。
山本 拓矢(やまもと たくや、1988年8月11日 - )は… 山本 拓矢(やまもと たくや、1988年8月11日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 香川県さぬき市出身。友達に誘われて小学5年生の頃からバレーボールを始める。 香川県立高松工芸高等学校、中央大学(高校、大学では共にキャプテンとしてチームを牽引した)を経て、2011年、パナソニックパンサーズに入団した。リベロとしてメンバーに登録され、主に永野健の控えとして出場した。2014年に現役引退し、マネージャーに就任した。運営担当としてホームゲームの企画などを行っている。
大木 貴之(おおき たかゆき、1988年8月11日 - )は… 大木 貴之(おおき たかゆき、1988年8月11日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、実業家。 栃木県出身。小学校時代は剣道を経験し、中学校からバレーボールを始める。 足利工業大学付属高校に進学すると、さくらバレー(全国私立高等学校男女バレーボール選手権大会)で優勝するなどの実績を挙げる。 宇都宮大学1年生の2007年、つくばユナイテッドSun GAIAに入団。2007/08Vチャレンジリーグで最優秀新人賞を獲得した。 2010年、東レアローズの内定選手となる。2011年に正式に入団。 2017年5月に東レアローズを退団。2017年8月に株式会社SPECを立ち上げ代表取締役に就任した。 この項目は、バレーボール関係者に関連した書きかけの項目です。
椿山 竜介(つばきやま りょうすけ、1988年7月18日 -… 椿山 竜介(つばきやま りょうすけ、1988年7月18日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。V.LEAGUE DIVISION1のウルフドッグス名古屋に所属していた。 福井県勝山市出身。母親の勧めで中学1年次よりバレーボールを始める。 福井工業大学福井高校在校中には、春高バレーやインターハイなどで活躍し、筑波大学体育専門学群に入学。つくばユナイテッドSun GAIA在籍中の2012/13Vチャレンジリーグではスパイク賞を受賞し、2013年4月にVプレミアリーグのサントリーサンバーズに移籍した。 2014年4月に全日本の登録メンバーとなり、翌月の第63回黒鷲旗大会ではベスト6に選出された。 2016年6月にサントリーサンバーズより豊田合成トレフェルサ(現・ウルフドッグス名古屋)へ移籍した。
田中 涼子(たなか りょうこ、1988年7月15日 - )は… 田中 涼子(たなか りょうこ、1988年7月15日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 岡山県倉敷市出身。バレーボールをしていた母親の影響もあり高身長だったので、小学2年次よりバレーボールを始める。 鹿屋体育大学進学後は、1年次からレギュラー選手として活躍。同チームのポイントゲッターとして、2010年の九州大学バレーボールリーグ春秋連続優勝に貢献。 2010年12月の全日本インカレでは、同級の上屋敷綾とともに九州勢初優勝に大きく貢献し、自らもベストスコアラー賞を獲得した。 2011年4月Vチャレンジリーグの大野石油広島オイラーズに入団、2012年の2011/12 Vチャレンジリーグにおいてベストスコアラー部門で3位となり、チーム最高位タイとなる4位獲得に大きく貢献した。
栗山 雅史(くりやま まさし、1988年7月14日 - )は… 栗山 雅史(くりやま まさし、1988年7月14日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 佐賀県嬉野市出身。実姉の影響で小学3年次からバレーボールを始めた。 佐賀県立佐賀商業高等学校を経て、2007年、専修大学に進学。 大学3年時の2009/10シーズンは、東京ヴェルディに在籍し、V・チャレンジリーグでプレーした。 大学4年時の2010/11シーズン、V・プレミアリーグ(当時のVリーグ1部)に在籍するサントリーサンバーズの内定選手となり、内定選手としてV・プレミアリーグの試合に出場し、V・プレミアリーグデビューを果たした。 2011年、大学卒業後に、サントリーサンバーズに入団した。同年、日本代表登録メンバーに選出された。
岩永 麻里江(いわなが まりえ、1988年5月20日 - )… 岩永 麻里江(いわなが まりえ、1988年5月20日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 長崎県諫早市出身。九州文化学園高校在学中は、春高バレーやインターハイなどで活躍。 筑波大学3年在学中の2009年には、皆本明日香、渡邉美穂らとともに全日本インカレにおいて優勝に貢献し、自らもリベロ賞を獲得した。 2011年4月VチャレンジリーグのPFUブルーキャッツに入団。同年7月、第26回ユニバーシアード代表に選出された。 2011/12 Vチャレンジリーグにおいて、最優秀新人賞のタイトルを獲得した。出身地開催となった長崎がんばらんば国体を花道に、2014年10月31日をもって現役引退した。
砂田 遥(すなだ はるか、1988年4月18日 - )は、日… 砂田 遥(すなだ はるか、1988年4月18日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 茨城県つくば市出身。大成女子高を経て、2007年武富士バンブーに入団。2008年、第1回アジアカップ女子大会の日本代表メンバーに選出された。 2009年5月武富士バンブー廃部に伴い、同年7月VチャレンジリーグのPFUブルーキャッツに移籍。 2014年5月、現役を引退。
渡辺 俊介(わたなべ しゅんすけ、1988年4月11日 - … 渡辺 俊介(わたなべ しゅんすけ、1988年4月11日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 北海道江別市出身。幼なじみに無理やり連れていかれたのがきっかけで小学3年生からバレーボールを始める。 埼玉県立深谷高等学校、順天堂大学を経て、2010/11シーズン、V・プレミアリーグ(当時のVリーグ1部リーグ)に所属する東レアローズの内定選手となった。内定選手としてV・プレミアリーグの試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2011年、大学卒業後に、東レアローズに入団した。 2015年より2シーズン、東レの主将を務めた。 2016年、日本代表に選出され、ワールドリーグに出場した。 2019年、東レアローズを退団することになり、海外移籍を決断。
安田 衣里(やすだ えり、1988年4月7日-)は、日本のプ… 安田 衣里(やすだ えり、1988年4月7日-)は、日本のプロビーチバレーボール選手、実業家。 埼玉県熊谷市出身。中学生のころからバレーボールに親しみ、「ジュニアオリンピックカップ」に出場する実績がある。春日部共栄高等学校に進学するも、けがにより選手活動を断念。その後、2013年にミス日本コンテストに出場し、グランプリ決定大会のファイナリストに選ばれる。また、同時にミス・アースジャパンコンテストにも出場し、やはりファイナリストに選ばれた。同年11月22日 - 12月1日に行われた東京モーターショーでは、テスラモーターズブースのコンパニオンを務めた。 2013年にアルゼンチンへの取材の際、ビーチバレーボールの試合を観戦し、「もう一度バレーボールをしてみたい。
近 裕崇(こん ひろたか、1988年3月9日 - )は、日本… 近 裕崇(こん ひろたか、1988年3月9日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 新潟県岩船郡関川村出身。新潟県立村上高等学校に入学してバレーボールを始めた。東海大学へ進学。2009年全日本インカレでブロック賞を獲得し、東海大学バレーボール部3年ぶりの全日本インカレ優勝とシーズン5冠達成を経験した。 大学在学中の2009年に豊田合成トレフェルサの内定選手になり、2010年に入団した。 2012/13シーズンではアタック決定率58.2%を記録し、スパイク賞及びベスト6に輝いた。 2025年3月、2024-25シーズン限りでの現役引退が発表された。6月24日に引退選手として公示。
堀崎 智恵美(ほりさき ちえみ、現姓:藤岡、1988年2月1… 堀崎 智恵美(ほりさき ちえみ、現姓:藤岡、1988年2月18日 - )は、日本の元女子バレーボール選手、現指導者である。 長野県中野市出身。中野市立中野平中学校を卒業後、日本航空高等学校に進学した。高校時代は春高バレーなどで活躍した。 2006年にV・プレミアリーグのトヨタ車体クインシーズに入団した。在籍中はオポジット、リベロなどで活躍し、平成20年度皇后杯での優勝などに貢献した。 2012年4月に葛和伸元の退任に伴いチームを退団。翌年に教員免許取得のために龍谷大学に進学した。バレーボール部の選手兼学生コーチとして活動した後、2015年10月に葛和率いる仙台ベルフィーユからの誘いにより、同チームに入団した。
平山 麻里(ひらやま まり、1988年1月30日 - )は、… 平山 麻里(ひらやま まり、1988年1月30日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。
古田 史郎(ふるた しろう、1988年1月29日 - )は、… 古田 史郎(ふるた しろう、1988年1月29日 - )は、日本の元男子インドアバレーボール選手、現ビーチバレーボール選手。 北海道函館市出身。函館大学付属有斗高校卒業後、法政大学在学中に全日本入りして2009年ワールドグランドチャンピオンズカップに出場するとリリーフサーバーとして登場して勝利に貢献して銅メダルを獲得した。 2010年、東レアローズに入団した。 2012年9月30日をもって東レアローズからの退団を発表した。 2013年、ジェイテクトSTINGSに入団することが発表された。 2017年5月31日をもってジェイテクトSTINGSからの退団を発表した。 同年、ヴォレアス北海道に入団することが発表された。
高松 卓矢(たかまつ たくや、1988年1月8日 - )は、… 高松 卓矢(たかまつ たくや、1988年1月8日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、現指導者。 大分県出身。両親の影響で小学3年次からバレーボールを始めた。大分県立別府鶴見丘高等学校を卒業後、日本体育大学へ進学。インカレ2連覇、世界ジュニア代表を経験し、大学在学中の2009年に豊田合成トレフェルサ(ウルフドッグス名古屋の前身)の内定選手になった。2010年に入団。 2013年4月、全日本男子メンバーに選出された。 2015/16シーズンは、チームの初優勝に貢献した。 2020年、地元のチームである大分三好ヴァイセアドラーに1シーズンの期限付き移籍。直前のシーズンでレギュラーとして存在感を出している中で期限付き移籍となるのは珍しいケースであるが、地元の大分に恩返しをするために体が動くうちに1シーズンだけプレーしたいと思ったのが今回の決断につながったと述べた。
坂梨 朋彦(さかなし ともひこ、1987年12月29日 - … 坂梨 朋彦(さかなし ともひこ、1987年12月29日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者。 熊本県合志市出身。西合志中央小学校からバレーボールを初め、西合志中学校へ進学。熊本工業高校では、17年振りの春高出場を果たし、その後東亜大学へ進学。大学1年の時に全日本ジュニア代表に選ばれ、2006年にイランで開催された第13回アジアジュニアに出場し、準優勝、ベストディガー賞を受賞。2008年西日本インカレでは3年ぶりの優勝に貢献し、リベロ賞を受賞した。この年の東西対抗戦にはキャプテンとして選出され、大会史上初めて大学西軍男子が勝利を収め、最優秀選手賞、リベロ賞を受賞。大学在学中の2009年11月に堺ブレイザーズの内定選手になり、卒業後の2010年に堺に入団した。
木村 泰輔(きむら たいすけ、1987年12月17日 - )… 木村 泰輔(きむら たいすけ、1987年12月17日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者である。 愛知県豊明市出身。中学1年生からバレーボールを始める。 星城高等学校、愛知学院大学を経て、2009/10シーズン、V・プレミアリーグ(当時のVリーグ1部リーグ)に所属するFC東京の内定選手となった。 2010年、大学卒業後に、FC東京に入団した。2010/11シーズンにV・プレミアリーグの試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2013年、一身上の都合によりFC東京を退団し、V・チャレンジリーグ(当時のVリーグ2部リーグ)に所属する大分三好ヴァイセアドラーに移籍した。 2014年、大分三好ヴァイセアドラーを退団した。
浜崎 勇矢(はまさき ゆうや、1987年11月30日 - )… 浜崎 勇矢(はまさき ゆうや、1987年11月30日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。バレーボール指導者。 大宮中学1年からバレーボールを始める。宮崎工業高校を卒業後、2006年に、V・プレミアリーグ(当時の1部リーグ)に在籍する豊田合成トレフェルサへ入団。2009年に、同じくV・プレミアリーグに在籍する大分三好ヴァイセアドラーへ移籍した。 2013年5月、大分三好を退団し、同年9月にV・チャレンジリーグ(当時の2部リーグ)に在籍するつくばユナイテッドSun GAIAに移籍した。2015年5月を以てつくばユナイテッドSun GAIAを退団し、2015年6月、大分三好ヴァイセアドラー(当時V・チャレンジリーグ所属)に復帰した。
内藤 和也(ないとう かずや、男性、1987年11月25日 … 内藤 和也(ないとう かずや、男性、1987年11月25日 - )は、日本の元バレーボール選手。ポジションはミドルブロッカー。 千葉県印西市出身。実母がママさんバレーをしていた影響で、中学1年次からバレーボールを始めた。東京学館総合技術高校を卒業後、中央大学へ進学。2008年全日本インカレ3位入賞に貢献し、スパイク賞を受賞した。同年の第20回アジア太平洋カップ代表、2009年の第21回アジア太平洋カップ、第25回ユニバーシアード代表に選ばれた。 大学バレーボール部では主将を務め、2009年11月に堺ブレイザーズの内定選手となった。卒業後の2010年に堺に入団した。 後に副キャプテンを歴任し、2019年、5月開催の第68回黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会をもって現役引退。
南 早希(みなみ さつき、1987年11月16日 - )は、… 南 早希(みなみ さつき、1987年11月16日 - )は、日本の女子バレーボール選手。現在の名前は南オソキン・早希である。 福岡県築上郡出身。母の影響を受けて、小学校1年生からバレーボールを始める。 2006年、パイオニアレッドウィングスに入団。2008年の黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会ではベスト6に選ばれた。 2009年6月にパイオニアを退団。7月に上尾メディックス(現・埼玉上尾メディックス)に移籍。 2012年7月、上尾メディックスを退団。海外チームを経験後、2016年7月に上尾に復帰した。 イスラエルで知り合ったバレーボール選手のアレキサンダー・オソキンと結婚し、イスラエルに在住している。
島田 桃大(しまだ ももた、1987年10月22日 - )は… 島田 桃大(しまだ ももた、1987年10月22日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 ハワイ州ホノルル出身。安田学園高校を卒業後、2006年夏にイタリアのセリエAのパッラヴォーロ・モデナへバレー留学。 2007年、Vプレミアリーグの堺ブレイザーズのトライアウトを受けて合格し練習生になり、2008年に入団した。2011年退団。 2011年4月、ブラジルスーパーリーガのアチバイアに入団。 2013年1月、クロアチアのHAOKムラドスト・ザグレブに入団。 2013年8月、ブラジルスーパーリーガAのモーダマリンガに入団。 2014年6月よりサントリーサンバーズに入団。 2016年、サントリー退団。
滝沢 ななえ(たきざわ ななえ、1987年9月22日 - )… 滝沢 ななえ(たきざわ ななえ、1987年9月22日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。現在はバレーボール指導者、タレント。一般社団法人ライフスタイルスポーツ協会に在籍、所属事務所はFROM THINKプロダクション。 東京都三鷹市出身。母の影響を受けて小学校2年生からバレーボールを始める。 八王子実践高校時代は同級生の服部安佑香、和田麻里江とともに春高バレー等で活躍。リベロとしてプレーし、3年生では主将としてチームを率いた。 2006年、パイオニアレッドウィングスに入団。2007年、2007/08V・プレミアリーグ開幕戦でリーグ戦初出場。パイオニア時代は、吉田真未がリベロのレギュラーでプレーしていた事もあり、レシーバーとしての途中出場が多かった。
上村 麻衣(うえむら まい、1987年9月15日 - )は、… 上村 麻衣(うえむら まい、1987年9月15日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 三重県度会郡度会町注連指(しめさす)出身。ママさんバレーをやっていた母親の影響で、中学1年生よりバレーボールを始める。 度会町立度会中学校、三重県立津商業高等学校を経て、2006年にVプレミアリーグのデンソーエアリービーズに入団。 2009年、Vチャレンジリーグの四国Eighty 8 Queenに移籍。 2011年6月にエイティエイツが活動を休止した後は、後継チームの仙台ベルフィーユに所属。2013年5月11日に引退した。 Vプレミアリーグレギュラーラウンドにおける個人成績は下記の通り。 四国Eighty 8 Queenおよび仙台ベルフィーユ在籍時のデータは、チャレンジリーグの為記載せず。
古賀 香澄(こが かすみ、1987年9月12日 - )は、日… 古賀 香澄(こが かすみ、1987年9月12日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 福岡県福岡市出身。母の勧めで中学校1年生からバレーボールを始める。福岡大学時代はユニバーシアード代表として、2008年の東アジア地区選手権大会、2009年7月の第25回ユニバーシアードベオグラード大会の代表に選出された。同年12月、全日インカレでブロック賞を獲得する。 2009年11月、上尾メディックスの内定選手となる。2010年1月23日に初出場を果たした。翌年度に正式入団。2011年6月、現役引退し社業専念。
野口 彩佳(のぐち あやか、女性、1987年8月20日 - … 野口 彩佳(のぐち あやか、女性、1987年8月20日 - )は、日本の元バレーボール選手、現指導者。 佐賀県鹿島市出身。近所の友人に誘われて小学2年次よりバレーボールを始める。九州文化学園在学時に、春高バレー2004年優勝、2005年準優勝、岡山国体優勝などでチームに貢献。 2006年広島大学進学後は、エーススパイカーとして中国大学バレーボールリーグ戦(春季秋季)8連覇に貢献し、自身も2009年の春季・秋季リーグでMVPを連続受賞。また2008年、第6回東アジア地区バレーボール選手権大会に日本代表メンバーとして出場し優勝を経験している。 2010年1月、岡山シーガルズの内定選手となり、同年1月9日の対JT戦で途中出場しプレミアデビューを飾った。
神本 千佳(かみもと ちか、1987年8月12日 - )は、… 神本 千佳(かみもと ちか、1987年8月12日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 富山県南砺市出身。小学校6年生で既に身長が162cmあったことや仲の良い友人の誘いによりバレーボールを始める。当初のポジションはライト。 また、同年に観戦した全日本のバレーボールの試合で、将来は全日本のベテランセッターでもある竹下佳江のトスを打てるような選手になりたいという夢を周囲に話していたという。 バレーボールは中学に進学しても続ける。当時の体型はかなり痩せており、また、成長期に伴い、急激な成長痛と重度の貧血に悩まされ、厳しい練習についていくのがやっとだった。中学2年にポジションをライトからセンターに。
深津 旭弘(ふかつ あきひろ、1987年7月23日 - )は… 深津 旭弘(ふかつ あきひろ、1987年7月23日 - )は、日本の男子バレーボール選手。 先生の勧誘で小学5年次よりバレーボールを始めた。バレーボール一家に育ち、弟の貴之、英臣もバレーボール選手。愛知・星城高校時代に春高バレー、国体に出場しいずれも3位入賞。 高校卒業後に進学した東海大学では司令塔を務めるとともにキャプテンとしてチームを牽引し、2009年に東海大学バレーボール部創部初のシーズン5冠達成を経験。全日本インカレで最優秀選手賞とセッター賞を受賞した。同年12月にJTサンダーズ(現・広島サンダーズ)の内定選手となった。 大学卒業後の2010年4月、JTに入団。2010年度全日本代表登録メンバーに選出され、第22回アジア太平洋カップ福岡国際男子バレーボール大会に出場し優勝した。
ベゼラ・ダシルバ・サムエル・ジュニオル(英: BEZERA … ベゼラ・ダシルバ・サムエル・ジュニオル(英: BEZERA DA SHIRUBA SAMUERU JUNIOR 、1987年7月23日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。Vリーグ登録名はベゼラ・ジュニオル。 本名表記およびラテン表記はJT公式に準拠する。なおブラジルポルトガル語ではサムエル・ベセーラ・ダ・シウヴァ・ジュニオル(Samuel Bezerra da Silva Júnior)。 父親がブラジル人で、母親が日系三世ブラジル人で、ベゼラ自身は現在日本に帰化している。ブラジル・サンパウロ市で生まれ、父親の自動車関連企業での仕事のため、9歳から広島県安芸郡府中町で暮らす。 幼い頃からサッカーをしており、府中町立府中緑ヶ丘中学校入学後も当初はサッカーをしていたが足を痛め断念した。
今村 駿(いまむら しゅん、1987年7月20日 - )は、… 今村 駿(いまむら しゅん、1987年7月20日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者である。 千葉県印西市出身。東京学館総合技術高等学校(現東京学館船橋高等学校)から順天堂大学へ進学。大学ではチームの主将を務め、2009年全日本インカレで準優勝し、敢闘選手賞を受賞。大学在学中の2009年に堺ブレイザーズの内定選手となった。 2010年1月に正セッター金井修也の左手骨折により、シーズン中盤から急遽チームのセッターに抜擢され活躍。内定シーズンながら2009/10Vプレミアリーグの最優秀新人賞を受賞した。 2010年、日本代表登録メンバーに初選出された。けがの影響で代表を離れていた宇佐美大輔にかわって2010年世界選手権にセッターとして出場した。
中村 祐介(なかむら ゆうすけ、1987年7月11日 - )… 中村 祐介(なかむら ゆうすけ、1987年7月11日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者である。 長野県上水内郡飯綱町出身。小学1年生からバレーボールを始める。 岡谷工業高等学校では高校1年時に静岡国体優勝を経験。 卒業後に国際武道大学へ進学。大学卒業後には、2010/11シーズン途中に、V・プレミアリーグ(当時のVリーグ1部リーグ)に所属する大分三好ヴァイセアドラーに入団した。同シーズンにV・プレミアリーグの試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2011年、2010/11シーズン終了後、大分三好ヴァイセアドラーを1シーズンで退団した。このまま現役引退し、同年、V・プレミアリーグ女子に所属するパイオニアレッドウィングスのコーチに就任した。
外山 裕樹(そとやま ゆうき、1987年7月5日-)は日本の… 外山 裕樹(そとやま ゆうき、1987年7月5日-)は日本の男子元バレーボール選手である。
筧本 翔昂(といもと しょうご、1987年6月25日 - )… 筧本 翔昂(といもと しょうご、1987年6月25日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 広島県江田島市出身。切串中でバレーボールを始める。3年時2002年にトップス広島が開校したトップス広島バレーボール学校(JTサンダーズジュニアチーム)に1期生として入団。神辺旭高校時代は2005年岡山国体の広島県選抜に選ばれ優勝を経験。高校卒業後に東亜大学へ進学し、2006年にイランで開催された第13回アジアジュニアで準優勝をした。2008年西日本インカレでは3年ぶりの優勝に貢献し、ブロック賞とサーブ賞を受賞した。 大学在学中の2009年12月にJTサンダーズ(現・JTサンダーズ広島)の内定選手となり、卒業後の2010年に入団。
伊東 勇樹(いとう ゆうき、1987年6月23日 - )は、… 伊東 勇樹(いとう ゆうき、1987年6月23日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 佐賀県出身。佐賀工業高校を卒業後、東亜大学へ進学し、大学在学中の2009年全日本インカレでベストスコアラー賞を獲得。2009年東アジア大会代表に選出され出場した。同年パナソニックパンサーズの内定選手になった。 大学卒業後の2010年にパナソニックへ入団。2010年度全日本代表登録メンバーに選出された。2012年5月の第61回黒鷲旗大会ではチーム優勝に貢献しベスト6に輝いた。 2013年5月1日、大阪府立体育会館(大阪市)で開幕した第62回黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会で、コートの不具合により負傷するアクシデントがあった。
武市 康(たけち やすし、1987年6月13日 - )は、日… 武市 康(たけち やすし、1987年6月13日 - )は、日本の元男子バレーボール選手である。 高知県香南市出身。母の勧めで小学5年生からバレーボールを始める。 高知高等学校、愛知学院大学を経て、2009/10シーズン、V・プレミアリーグ(当時のVリーグ1部リーグ)に所属するサントリーサンバーズの内定選手となった。 2010年、大学卒業後に、サントリーサンバーズに入団した。入団1シーズン目となる2010/11シーズンにV・プレミアリーグの試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2013年、2012/13 V・プレミアリーグをもって現役を引退した。
山添 信也(やまぞえ しんや、1987年5月23日 - )は… 山添 信也(やまぞえ しんや、1987年5月23日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 長崎県出身。実父がバレーボールをやっていた影響でバレーボールを始めた。大村工業高校を卒業後、大阪産業大学へ進学。大学では主将を務め、2009年西日本インカレ優勝に貢献し、最優秀選手賞を受賞した。 大学在学中にパナソニックパンサーズの内定選手になり、卒業後の2010年にパナソニックへ入団。 10シーズンプレーして2020年4月に引退した。膝の怪我の治療を続けても良くならず体がついていかないのが引退を決断した理由で、引退後は社業に専念。後に開催された公開紅白戦「パンサーズマッチ」が山添の引退試合も兼ねられ、最後にチームから花束を渡されて送られた。
安井 勇誠(やすい ゆうせい、1987年5月7日 - )は、… 安井 勇誠(やすい ゆうせい、1987年5月7日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 秋田県能代市出身。3歳上の兄の影響で二ツ井町立二ツ井中学校(現能代市立)入学後からバレーを始める。この時代からアタッカーであった。中学2年で秋田県選抜に選ばれ、2002年中学3年時にJOCジュニアオリンピックカップに出場している。 2003年、強豪・秋田県立雄物川高等学校へ進学する。この頃から名を挙げユース代表候補にも選出、2005年春高バレーでは注目選手の一人としてメディアに扱われている。 2006年、筑波大学へ進学する。3年先輩が丸山祥二・三上圭治郎、2年先輩が永野健・菅直哉、1年先輩が鈴木悠二。同年大学1年時に、全日本インカレ準優勝に貢献している。
加藤 伊織(かとう いおり、1987年4月28日 - )は、… 加藤 伊織(かとう いおり、1987年4月28日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 北海道札幌市出身。北海道札幌北陵高等学校を卒業後、東海大学へ進学。大学在学中の2009年に豊田合成トレフェルサ(現・ウルフドッグス名古屋)の内定選手になった。2010年に入団。 2017/18シーズンから地元北海道に新設されたヴォレアス北海道に移籍した。 2022年、2021-22シーズン終了をもって現役引退した。引退後はヴォレアスのスタッフとして活動する。 2024年、前任の降旗雄平から引き継ぎチームのゼネラルマネージャーに就任した。
深川 和那(ふかがわ かずな、1987年4月24日 - )は… 深川 和那(ふかがわ かずな、1987年4月24日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 福岡県久留米市出身。中学1年生からバレーボールを始める。 熊本信愛女学院高等学校在学中、春高バレーや高校選抜東西男女対抗戦などで活躍。 2006年、NECレッドロケッツに入団した。 V・プレミアリーグでは通算41セットに出場した。2009年6月退部。