熊﨑 勝彦(くまざき かつひこ、1942年〈昭和17年〉1月… 熊﨑 勝彦(くまざき かつひこ、1942年〈昭和17年〉1月24日 - 2022年〈令和4年〉5月13日)は、日本の検察官、弁護士(第一東京弁護士会)。検察官として最高検察庁公安部長、東京地方検察庁特別捜査部長(東京地検特捜部長)などを務め、退官後には第13代日本野球機構コミッショナーなどを務めた。位階勲等は従三位瑞宝重光章。 1942年(昭和17年)1月24日、岐阜県益田郡萩原町(現・下呂市)出身。岐阜県立益田高等学校(現・岐阜県立益田清風高等学校)、明治大学法学部を経て、旧司法試験に合格。1972年、30歳で検事任官。同期に大林宏(検事総長)、横田尤孝(最高裁判所判事)、中尾巧(大阪高等検察庁検事長)、三井環(大阪高等検察庁公安部長)などがいる。
熊崎 勝彦(くまざき かつひこ、1942年1月24日 - )… 熊崎 勝彦(くまざき かつひこ、1942年1月24日 - )は、日本の元検察官、弁護士(第一東京弁護士会)、熊崎勝彦綜合法律事務所 所長。元・最高検察庁公安部長。東京地方検察庁特別捜査部長(東京地検特捜部長)を経験している。吉本興業株式会社顧問。第13代日本野球機構コミッショナー。
姫野 敬輔(ひめの けいすけ、1942年1月16日 - )は… 姫野 敬輔(ひめの けいすけ、1942年1月16日 - )は日本の弁護士。京都府公安委員会委員長・元京都弁護士会会長。姫野法律事務所代表。特定非営利活動法人ジュベネイル・ガイド顧問弁護士。
宗像 紀夫(むなかた のりお、1942年1月12日 - )は… 宗像 紀夫(むなかた のりお、1942年1月12日 - )は、日本の検察官、弁護士。東京地方検察庁特捜部長、最高検察庁刑事部長、名古屋高等検察庁検事長、内閣官房参与、中央大学大学院教授等を歴任した。瑞宝重光章受章。 福島県田村郡三春町出身。福島県立安積高等学校卒業。生家は裕福ではなく、司法試験合格者を多数輩出し、他の私学より学費が安かった中央大学法学部に進んだ。中央大学法学部の司法試験受験サークル「真法会」に入って勉学に励んだ。1965年に中央大学法学部を卒業し、同年の司法試験に合格。司法修習第20期を修了し、1968年に検事任官。 福島地方検察庁検事在職中、福島県政汚職事件では、東亜相互企業の町井久之(本名・鄭建永)ら3人からの贈賄も絡み福島県庁総務部長を逮捕・起訴し、追って当時の木村守江福島県知事を収賄の疑いで起訴する。
大内 捷司(おおうち かつじ、1942年1月12日 - )は… 大内 捷司(おおうち かつじ、1942年1月12日 - )は、日本の裁判官、弁護士。名古屋高等裁判所部総括判事や、名古屋地方裁判所所長、札幌高等裁判所長官、総務省公害等調整委員会委員長等を歴任した。 東北大学法学部卒業後、1967年東京地方裁判所判事補任官。1970年金沢地方裁判所判事補。1973年盛岡地方裁判所判事補。1977年岡山地方裁判所倉敷支部長。1979年岡山地方裁判所判事。1983年名古屋地方裁判所判事。1987年福島地方裁判所判事。1991年名古屋高等裁判所判事。1992年名古屋地方裁判所部総括判事。1998年福井地方裁判所長。1999年名古屋高等裁判所部総括判事。2002年名古屋地方裁判所長。
清水 幹裕(しみず つねひろ、1942年 - )は、日本の元… 清水 幹裕(しみず つねひろ、1942年 - )は、日本の元アマチュア野球審判員であり弁護士。東京大学野球部の選手時代は外野手。愛知県立岡崎北高等学校から東大を経て、旧文部省入省。その後弁護士へ。 1966年から2007年まで東京六大学野球の審判員を、1980年から2000年まで高校野球審判員をそれぞれ務め、高校野球においては1995年の第67回選抜高等学校野球大会決勝戦(観音寺中央 - 銚子商)、1997年の第69回選抜高等学校野球大会決勝戦(中京大中京 - 天理)、1998年第80回全国高等学校野球選手権大会準決勝第2試合(明徳義塾 - 横浜)で球審を、その年の決勝戦(横浜 - 京都成章)で1塁塁審をそれぞれ務めた。
角田 由紀子(つのだ ゆきこ、1942年 - ) は、日本の… 角田 由紀子(つのだ ゆきこ、1942年 - ) は、日本の弁護士。第二東京弁護士会、角田愛次郎法律事務所所属。 性暴力被害者の権利擁護活動、セクハラ、DV、ポルノグラフィーの問題を専門としている。東京・強姦救援センター法律顧問、人権団体イクオリティ・ナウ理事、希望のたね基金顧問。 ミシガン大学客員教授、明治大学法科大学院教授、ジェンダー法学会理事、日本学術会議特任連携会員、ポルノ・買春問題研究会共同代表、NPO法人「女性の安全と健康のための支援教育センター」代表理事、日弁連両性の平等に関する委員会委員などを歴任した。
南川 諦弘(みなみがわ あきひろ、1942年 -2025年 … 南川 諦弘(みなみがわ あきひろ、1942年 -2025年 )は、日本の法学者、弁護士。専門は行政法・地方自治法。大阪学院大学法務研究科教授・研究科長。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。
樺島 正法(かばしま まさのり、1942年 - 2023年)… 樺島 正法(かばしま まさのり、1942年 - 2023年)は、日本の弁護士。神戸学院大学実務法学研究科(法科大学院) 教授。 1967年京都大学法学部卒業。1969年大阪弁護士会入会。1969年4月、松本健男法律事務所勤務。1970年、樺島法律事務所開設。1977年、不動産鑑定士補登録。 初めは刑事事件弁護士として活動開始。種々の公安事件を受任。この頃、ある事件をきっかけとして陪審制に興味を持ち始める。その後は民事事件弁護士として活動。宗教紛争、古都税訴訟なども受任。 趣味は語学、スポーツ、フルート演奏。 樺島は、大阪市長橋下徹が最初に勤めた法律事務所の親弁だった。 樺島によれば「平成9年、橋下は勤務弁護士として私の事務所に入ってきた。
戸塚 悦朗(とつか えつろう、1942年(昭和17年)- )… 戸塚 悦朗(とつか えつろう、1942年(昭和17年)- )は、日本の弁護士。龍谷大学安重根東洋平和研究センター客員研究員。 「強制従軍慰安婦」、韓国人 慰安婦の対日補償請求運動を支援し、1992年2月国連人権委員会で、朝鮮・韓国人の戦時強制連行問題と「従軍慰安婦」問題をNGO「国際教育開発」の代表として初めて提起し、日本政府に責任を取るよう求め、国連の対応をも要請するなど、今日の日本の慰安婦問題に多大な影響を与えた。また、慰安婦の呼称として「性奴隷(Sex slaves)」を提唱し、日弁連や国連に使用を働きかけた。内縁の妻は元挺対協(現:正義連)山下英愛。 静岡県浜松市生まれ。1960年、立教大学理学部物理学科入学。
長谷川 正浩(はせがわ まさひろ/しょうこう、1942年 -… 長谷川 正浩(はせがわ まさひろ/しょうこう、1942年 - )は日本の弁護士(東京弁護士会、全日本仏教会法律顧問)、日蓮宗僧侶。専門は日本の宗教と法。 昭和17年(1942年)、名古屋市の日蓮宗の寺院に生まれる。昭和41年(1966年)、早稲田大学第二法学部卒業(サークルは書道会)、昭和44年(1969年)同大大学院法学研究科修士課程修了(修論は宗教法人法)、昭和45年(1970年)8月、日蓮宗信行道場(身延山)を修了、同年、司法試験合格。 昭和48年(1973年)4月、弁護士登録(25期、名古屋弁護士会)、東海道新幹線公害訴訟原告常任弁護団に参加。5年後に日蓮宗上層部の要請で東京弁護士会に移籍。
桐ケ谷 章(きりがや あきら、1942年〈昭和17年〉 - … 桐ケ谷 章(きりがや あきら、1942年〈昭和17年〉 - 2026年〈令和8年〉1月13日)は、日本の弁護士、法学者。創価大学名誉教授。創価学会副会長などの役職を務めた。 1942年(昭和17年)7月に神奈川県で生まれた。1966年3月東京大学法学部卒業。1968年3月に東京大学大学院法学政治学研究科修了。司法試験に合格し、1970年に弁護士に登録された。東京弁護士会(22期、所属事務所は、新麴町法律事務所)。 1986年4月に創価大学法学部教授に就任。退職後に、創価大学(法学部)名誉教授になる。 創価学会副会長、宗教法学会理事、21世紀弁護士人権フォーラム理事長などの役職を務めた。専攻は憲法・宗教法。
岩井宜子(いわい よしこ、1941年12月18日- )は、日… 岩井宜子(いわい よしこ、1941年12月18日- )は、日本の法学者、弁護士、専修大学名誉教授。 神戸市生まれ。1960年兵庫県立神戸高等学校卒業、1964年東京大学法学部卒業、東京大学法学部助手、1967年法務総合研究所研究官補、1972年弁護士登録、1977年神奈川大学短期大学部助教授、1982年金沢大学法学部助教授、1984年教授、1994年専修大学法学部教授、2004年同法務研究科教授。2012年定年退任、名誉教授。
浅生 重機(あさお しげき、1941年12月11日 - )は… 浅生 重機(あさお しげき、1941年12月11日 - )は、日本の裁判官、弁護士。三重県出身。灘高等学校、東京大学卒業。横浜地方裁判所長、東京高等裁判所部総括判事。瑞宝重光章叙勲者。 退官後は、明治大学にて専任教授を務め、現在は弁護士を務めている。
石井 彦壽(いしい ひこなが、1941年11月26日 - )… 石井 彦壽(いしい ひこなが、1941年11月26日 - )は、日本の裁判官、弁護士。最高裁判所調査官や、仙台地方裁判所長、仙台高等裁判所部総括判事、東北大学大学院法学研究科教授等を経て、東北大学名誉教授。宮城県仙台市出身。 宮城県仙台第二高等学校を経て、1966年東北大学法学部卒業、東北大学大学院法学研究科私法学専攻修士課程進学。1967年大学院中退、司法修習生。1969年福島地方裁判所判事補。1972年大阪地方裁判所判事補。1975年鹿児島地方裁判所名瀬支部長。1976年東京高等裁判所判事職務代行。 1979年盛岡地方裁判所一関支部長。1981年最高裁判所調査官。1986年仙台高等裁判所判事。
水野 武夫(みずの たけお、1941年11月7日 - )は、… 水野 武夫(みずの たけお、1941年11月7日 - )は、日本の弁護士、税理士。立命館大学大学院教授や、近畿弁護士会連合会理事長、日本弁護士連合会副会長、日本センチュリー交響楽団理事長等を歴任した。 1960年京都府立鴨沂高等学校卒業。1964年立命館大学法学部卒業、国税庁入庁。1966年最高裁判所司法研修所司法修習生。1968年弁護士登録(大阪弁護士会)。 1978年立命館大学法学部非常勤講師。1983年神戸大学法学部非常勤講師。1984年税理士登録。1992年法務省人権擁護委員。1996年大阪市立大学法学部非常勤講師。1999年龍谷大学法学部教授。2000年向日市情報公開審査会会長。2001年大阪弁護士会会長、近畿弁護士会連合会理事長、日本弁護士連合会副会長。
浜田 卓二郎(濱田 卓二郎、はまだ たくじろう 1941年〈… 浜田 卓二郎(濱田 卓二郎、はまだ たくじろう 1941年〈昭和16年〉10月5日 - 2022年〈令和4年〉5月16日)は、日本の弁護士、実業家、元政治家。 妻は実業家、エッセイストの浜田マキ子、長男の妻はコカ・コーラ ボトラーズジャパンホールディングス社外取締役などを務める浜田奈巳。位階勲等は正四位旭日重光章。 鹿児島県姶良郡加治木町(姶良市)生まれ。祖父は故浜田精蔵衆議院議員。父は警察官。神奈川県横須賀市に転居し、栄光学園中学校・高等学校、東京大学法学部卒業。東大在学中の1964年、国家公務員採用上級職甲種試験、司法試験に合格。1965年に東京大学法学部を卒業し、大蔵省に入省した。同年、結婚。
生田 暉雄(いくた てるお、1941年〈昭和16年〉10月2… 生田 暉雄(いくた てるお、1941年〈昭和16年〉10月2日 - 2024年〈令和6年〉6月10日)は、日本の弁護士。元裁判官。 1941年、兵庫県神戸市生まれ。関西大学卒業後、高校教師や市役所職員として働きながら司法試験に合格、修習生時代は青法協に所属する。1970年、裁判官任官後、1987年に大阪高等裁判所判事となる。1992年に退官し弁護士登録する。 弁護士としては、高知白バイ衝突死事故、愛媛教科書裁判などの弁護を担う。自らの著書にて裁判所の実態を告発する一方、裁判を「主権実現の手段」と位置付け、市民の手に取り戻す術を提案している。その一方、2020年までに9回の懲戒を受けた経験があり、当時所属していた香川県弁護士会の会長は現役最多記録ではないかとしている。
中川明(なかがわ あきら、1941年8月23日- )は、日本… 中川明(なかがわ あきら、1941年8月23日- )は、日本の弁護士。 新潟県佐渡出身。1964年京都大学法学部卒業。68年同大学院法学研究科修士課程修了。1970年弁護士登録。1993-95年日本弁護士連合会子どもの権利委員会委員長。1997-2002年北海道大学法学部・同大学院法学研究科教授。2004-12年明治学院大学大学院法務職研究科教授。麹町中学校内申書事件裁判、自衛官護国神社合祀事件裁判、必殺宙ぶらりん裁判、小岩小学校日曜参観授業事件訴訟などで活動。子どもオンブズマン研究会代表。
浅井 和子(あさい かずこ、1941年7月20日 - )は、… 浅井 和子(あさい かずこ、1941年7月20日 - )は、日本の弁護士、外交官。民間人初の駐ガーナ兼シエラレオネ兼リベリア特命全権大使や、アフリカ協会顧問、土佐高校理事等を務めた。 東京都に生まれ、高知県で育つ。旧姓中谷。中谷貞頼元衆議院議員は父。中谷元元防衛大臣は甥。土佐高等学校を経て、1964年国際基督教大学卒業した翌年に結婚、3人の子供と授かり、家庭と両立しつつ、並行して弁護士の資格を取り、1972年第一東京弁護士会弁護士登録。2000年ブラッドフォード大学平和研究大学院修了、修士。司法研修所の同期からの要請で、2002年から民間人としては初となる駐ガーナ兼シエラレオネ兼リベリア特命全権大使を務めた。
江田 五月(えだ さつき、1941年〈昭和16年〉5月22日… 江田 五月(えだ さつき、1941年〈昭和16年〉5月22日 - 2021年〈令和3年〉7月28日)は、日本の弁護士(登録番号:15935)、政治家、裁判官。 衆議院議員(4期)、参議院議員(4期)、科学技術庁長官(第50代)、法務大臣(第86代)、環境大臣(第16代)、参議院議長(第27代)、社会市民連合代表、社会民主連合代表、民主党参議院議員会長、民主党・民進党最高顧問などを歴任した。 父は日本社会党委員長代行を務めた元衆議院議員の江田三郎。 1941年に岡山県上道郡財田村長岡に生まれる。岡山県立岡山朝日高等学校卒業後、1960年、東京大学文科一類に入学。 東京大学教養学部自治会委員長時代、大学管理制度改革に反発し、全学ストを決行。
原田 和德(はらだ かずよし、1941年〈昭和16年〉5月2… 原田 和德(はらだ かずよし、1941年〈昭和16年〉5月22日 - )は、日本の弁護士、元裁判官。仙台高等裁判所長官を歴任した。 主に民事裁判を担当し、プロ野球再編問題ではオリックス・ブルーウェーブと大阪近鉄バファローズの合併を巡り、日本プロ野球選手会及び古田敦也らが合併差し止めを求めた仮処分申請の即時抗告審を担当した。退官後は中央更生保護審査会委員長を務めた。趣味は野球とテニスで広島東洋カープのファン。 広島県立広島国泰寺高等学校、京都大学法学部を卒業後、1965年(昭和40年)に第19期司法修習生。1967年(昭和42年)4月7日に東京地方裁判所判事補任官。判事補任官以降の経歴は以下の通り。
近藤 正昭(こんどう まさあき、1941年4月16日 - 2… 近藤 正昭(こんどう まさあき、1941年4月16日 - 2020年6月6日)は、日本の弁護士。NHK総合の法律をテーマにしたバラエティ番組『バラエティー生活笑百科』に1985年4月の放送開始から2010年(平成22年)11月まで出演し、視聴者に親しまれた。
奥山 興悦(おくやま こうえつ、1941年3月28日 - )… 奥山 興悦(おくやま こうえつ、1941年3月28日 - )は、日本の裁判官、公証人、弁護士。最高裁判所家庭裁判所調査官研修所長や、釧路地方裁判所長、東京高等裁判所部総括判事等を歴任した。瑞宝重光章受章。 宮城県石巻市生まれ。宮城県石巻高等学校を経て、1964年東北大学法学部卒業。1966年東京地方裁判所判事補。1969年仙台地方裁判所判事補。1972年最高裁判所事務総局家庭局付。1975年家庭裁判所調査官研修所教官。1977年盛岡地方裁判所一関支部長。1979年最高裁判所事務総局家庭局第三課長。1983年最高裁判所事務総局家庭局第一課長。1985年東京地方裁判所判事。1988年司法研修所民事裁判教官、法務省司法試験考査委員(民事訴訟法担当)。
鬼頭 季郎(きとう すえお、1941年3月10日 - )は、… 鬼頭 季郎(きとう すえお、1941年3月10日 - )は、日本の元裁判官、弁護士(西村あさひ法律事務所カウンセル)。元内閣府情報公開・個人情報保護審査会会長。愛知県名古屋市港区南陽町出身。裁判官の鬼頭史郎は実兄。[要出典] 東京高裁ではライブドアによるニッポン放送敵対的買収事件など企業法務で著名な事件を担当。旭川地方裁判所所長時代には、組織的犯罪対策法案の骨子を盗聴法案だとして朝日新聞の読者欄に批判投稿した寺西和史判事補を厳重注意処分とした。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
松村 弓彦(まつむら ゆみひこ、1941年3月 - )は、日… 松村 弓彦(まつむら ゆみひこ、1941年3月 - )は、日本の法学者、弁護士。専門は環境法、医事法、民事法。川崎製鉄理事を経て、明治大学法学部教授を務めた。 1963年一橋大学法学部卒業、川崎製鉄(現JFEスチール)入社。川崎製鉄理事を経て、1993年杏林大学保健学部専任講師。1995年杏林大学保健学部助教授。1998年明治大学法学部助教授。2000年明治大学法学部教授。2002年『ドイツ土壌保全法の研究』により、高橋滋・松本恒雄・山田洋の審査で、博士(法学)(一橋大学)の学位を取得。2004年明治大学大学院法務研究科教授兼任。2011年第二東京弁護士会弁護士登録。専門は環境法、医事法、民事法。
柏木 俊彦(かしわぎ としひこ、1941年(昭和16年)1月… 柏木 俊彦(かしわぎ としひこ、1941年(昭和16年)1月8日 - )は、日本の弁護士。大宮法科大学院大学元学長。柏木・田澤法律事務所代表。
横路 孝弘(よこみち たかひろ、1941年〈昭和16年〉1月… 横路 孝弘(よこみち たかひろ、1941年〈昭和16年〉1月3日 - 2023年〈令和5年〉2月2日)は、日本の政治家、弁護士。 衆議院議員(通算12期)、北海道知事(公選第10・11・12代)、衆議院議長(第73代)、衆議院副議長(第63代)、民主党総務会長を歴任。父は元日本社会党衆議院議員の横路節雄。 北海道札幌市で次男として生まれる。父・節雄は教員で、後に日本社会党で北海道議会議員、衆議院議員を務めた。母・美喜は経済学者の野呂栄太郎の妹である。札幌市立二条小学校を卒業。中学生時代に交通事故に遭い療養生活を余儀なくされ、4年かけて16歳で札幌市立啓明中学校を卒業する。北海道札幌西高等学校に入学するが、1年生の2学期から東京都立九段高等学校に転校し、同校を卒業。
東谷 隆夫(ひがしたに たかお、1941年1月2日 - )は… 東谷 隆夫(ひがしたに たかお、1941年1月2日 - )は、日本の弁護士。第一東京弁護士会会長や、日本弁護士連合会副会長、法務省公安審査委員会委員長代理等を歴任。旭日中綬章受章。 1966年日本大学法学部卒業。1969年旧司法試験合格。1972年司法修習24期修了、弁護士登録。2004年第一東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長。2005年日本弁護士政治連盟副理事長。2006年法務省公安審査委員会委員長代理。2012年に旭日中綬章を受章した。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
林 伸豪(はやし のぶひで、1941年 - )は、日本の弁護… 林 伸豪(はやし のぶひで、1941年 - )は、日本の弁護士。日本弁護士連合会副会長や四国弁護士会連合会理事長などを歴任した。信州大学文理学部社会科学科中退(1966年)。同年司法試験合格。司法修習20期(同期に明治大学総長納谷廣美や検事総長松尾邦弘)を経て1968年弁護士登録。徳島ラジオ商殺人事件やトンネルじん肺訴訟などを担当した。九条の会徳島呼びかけ人、日本国民救援会徳島県本部会長、日本共産党徳島後援会会長。徳島県徳島市出身。
今上 益雄(いまがみ ますお、1941年 - )は、日本の法… 今上 益雄(いまがみ ますお、1941年 - )は、日本の法学者・弁護士。東洋大学名誉教授。 東京・深川生まれ。1964年司法試験合格後、1965年東洋大学法学部卒業。1965年同法学部助手、1969年同法学部専任講師、1973年同法学部助教授、その後、弁護士活動の傍ら立教大学非常勤講師、労働研修所非常勤講師、東京法経学院講師を兼任して、1982年東洋大学法学部教授に就任。1998年から2002年まで東洋大学法学部長を二期務めた。2002年から2004年まで東洋大学大学院法学研究科委員長。 2004年より東洋大学専門職大学院法務研究科法務専攻(東洋大学法科大学院)教授に就任し、2004年から2007年まで同法科大学院初代院長となる。
藤本 哲也(ふじもと てつや、1940年〈昭和15年〉12月… 藤本 哲也(ふじもと てつや、1940年〈昭和15年〉12月18日 - )は、日本の法学者・弁護士。専門は、犯罪学・刑事政策・被害者学。Ph.D.(カリフォルニア大学バークレー校・1975年)。中央大学名誉教授。元常磐大学大学院教授。 現在、日本刑事政策研究会理事、法務省・性犯罪者処遇プログラム研究会構成員、法務省矯正研修所講師、財団法人矯正協会評議員、全国少年警察ボランティア協会顧問、日本更生保護協会理事、日本被害者学会理事、特定非営利活動法人全国就労支援事業者機構理事、内閣府少年非行事例等調査研究企画分析会議委員長、社会福祉士試験委員、最高検察庁参与。また、2000年まで司法試験考査委員を務めた。
高山 俊吉(たかやま しゅんきち、1940年12月16日 -… 高山 俊吉(たかやま しゅんきち、1940年12月16日 - )は、東京都出身の弁護士。青年法律家協会議長を務めた。 今川中学校、都立一橋高校、東京大学法学部を卒業。1966年25歳で司法試験合格し司法修習21期、東京弁護士会に所属。東京都千代田区で高山法律事務所を開く。 交通法科学研究会(事務局長)、日本交通学会、日本交通科学協議会、国際交通安全学会、交通権学会などに所属。市民の立場から交通安全、交通違反の取り締まりなどに関して発言することが多い 1974年「道路交通民主化の会」結成、この会の特徴の一つは「科学性、合理性」重視ということだった(1994年解散)。 なお、交通取り締まり利権の確保の為と言われる行政制裁金への布石、放置違反金についても追及している。
高井 和伸(たかい かずのぶ、 1940年12月13日 - … 高井 和伸(たかい かずのぶ、 1940年12月13日 - 2025年7月30日)は日本の元政治家、弁護士。元連合参議院参議院議員(1期)。愛知県名古屋市出身、岐阜県久々野町(現高山市)育ち。 岐阜県立斐太高等学校卒業後、名古屋中央郵便局にて働きながら愛知大学法経学部二部を卒業。郵政大学校本科などを経て、1969年郵政省入省。1974年司法試験合格。1976年司法修習修了(29期)。高知地裁、浦和家裁各判事補を経て、1981年高井和伸弁護士事務所開設。東京弁護士会所属。 1989年第15回参議院議員通常選挙に連合の会公認で岐阜県選挙区より出馬し初当選。以後1期途中まで務める。その後、1993年第43回衆議院議員総選挙岐阜県第2区で日本新党公認で落選。
八束 和廣(やつづか かずひろ、1940年11月20日 - … 八束 和廣(やつづか かずひろ、1940年11月20日 - )は、日本の裁判官、弁護士。福岡高等裁判所部総括判事判事、福岡家庭裁判所長、横浜家庭裁判所長等を歴任した。 愛媛県出身。1963年日本大学法学部卒業。1967年裁判官任官。主に刑事事件を扱い、浦和地方裁判所熊谷支部長、松江地方裁判所長、福岡高等裁判所部総括判事、福岡家庭裁判所長、横浜家庭裁判所長等を歴任した。2011年春の叙勲で瑞宝重光章受章。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。
獅山 向洋(ししやま こうよう、1940年(昭和15年)11… 獅山 向洋(ししやま こうよう、1940年(昭和15年)11月2日 - 2024年(令和6年)8月3日)は、日本の政治家、弁護士、検察官。滋賀県彦根市長(通算3期)、彦根市議会議員(通算4期)、聖泉大学・聖泉短期大学理事長を務めた。 滋賀県彦根市出身。彦根市立城西小学校、彦根市立西中学校、滋賀県立彦根東高等学校を経て、1964年3月、京都大学法学部卒業。司法試験に合格し、神戸地方検察庁検事を経て、1969年に弁護士登録した。日本弁護士連合会理事を務める。 1979年、彦根市議会議員選挙に立候補し、初当選する。1985年、彦根市長選挙に立候補したが、現職の井伊直愛に敗れ、落選する。1989年の市長選に再出馬し、10期目を目指していた井伊を下して当選した。
秋山 賢三(あきやま けんぞう、1940年10月9日 - 2… 秋山 賢三(あきやま けんぞう、1940年10月9日 - 2025年9月?日 )は日本の元裁判官、弁護士。東京大学法学部卒。冤罪問題の研究者として知られる。 本人が「下級審で死刑の判決を下された被告人が最高裁判所の審理で無罪となった松川事件に感銘を受け、裁判官に憧れるようになった」と述べているとおり、誤判・冤罪の防止を信念として抱いており、弁護士を始めてからは刑事の分野で多くの否認事件の弁護に携わっている。また、裁判官であった時代から、「疑わしきは被告人の利益に」の原則を忠実に守るように努めてきたと自負している。実際に、徳島ラジオ商殺し事件に関して被告人の遺族からの再審の請求を認め、雪冤の一端を担った。
渥美 雅子(あつみ まさこ、1940年〈昭和15年〉10月1… 渥美 雅子(あつみ まさこ、1940年〈昭和15年〉10月1日 - )は、日本の弁護士、評論家。 静岡県浜松市生まれ。静岡県立浜松北高等学校を経て、1963年に中央大学法学部を卒業後、1966年に弁護士開業。 千葉県の女性弁護士第1号。 家族、遺産相続、DVなどの問題を担当、人生相談の回答者として活動している。 女性と仕事の未来館館長(2003年 - 2011年)を務めたほか、NPO法人DV被害者支援活動促進のための基金を設立(同理事長)、NPO法人高齢社会をよくする女性の会監事などを務めている。2005年に男女共同参画社会づくり功労者として内閣総理大臣表彰を受けている。 法律事務所の会議室に高座をもうけて講談師を招き、「渥美講談塾」を開設。
松本 啓二(まつもと けいじ、1940年9月27日 - 20… 松本 啓二(まつもと けいじ、1940年9月27日 - 2008年11月8日)は、日本の弁護士。京都府出身。元森・濱田松本法律事務所特別顧問。 渉外金融法務(特にキャピタル・マーケット分野)において高名であった。森・濱田松本法律事務所を退職後は、松本法律事務所を設立するとともに、特定非営利活動法人マネジメントアシストを設立し理事長を務めるなどしてなお活躍していた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
五十嵐紀男(いがらしのりお、1940年8月30日 - )は、… 五十嵐紀男(いがらしのりお、1940年8月30日 - )は、日本の検察官、公証人、弁護士。公安調査庁総務課長、東京地検特捜部長、最高検検事、千葉地検検事正、横浜地検検事正等を歴任した。 北海道稚内市生まれ。 北海道苫小牧東高等学校を経て、北海道大学法学部在学中に旧司法試験合格。大学卒業後、1965年東京地方検察庁検事。東京地方検察庁特別捜査部副部長(財政・経済担当)、公安調査庁総務部総務課長、最高裁判所司法研修所教官、東京地方検察庁総務部長等を歴任。 1991年から東京地方検察庁特別捜査部長を務め、金丸信自由民主党経世会会長を巡る東京佐川急便事件などを手掛けた。1993年最高検察庁検事。同年大分地方検察庁検事正。
鈴木 達夫(すずき たつお、1940年〈昭和15年〉7月28… 鈴木 達夫(すずき たつお、1940年〈昭和15年〉7月28日 - 2020年〈令和2年〉1月14日)は、昭和から平成時代の弁護士、労働運動家。元NHK職員、日弁連刑事弁護センター委員。選挙では鈴木たつおの表記も用いる。 東京都中央区出身。1959年、東京都立新宿高等学校卒業、東京大学理科Ⅰ類入学。フロントの構革派論客だったとされ、1961年に日本共産党東大細胞から離党・除名された。1964年、同大学工学部土木工学科都市計画コース卒業。日本放送協会(NHK)に番組制作担当ディレクターとして入局し、長崎局に赴任。1967年、日本放送労働組合(日放労)長崎分会委員長に就任し、1968年の佐世保エンタープライズ寄港阻止闘争の先頭に立った。
三瀬 顕(みせ けん、1940年1月19日 - )は、日本の… 三瀬 顕(みせ けん、1940年1月19日 - )は、日本の弁護士。愛媛県大洲市出身。本名は三瀬顕(みせあきら)。
青木 勝治(あおき かつじ、1940年1月1日 - 2011… 青木 勝治(あおき かつじ、1940年1月1日 - 2011年10月25日 )は、日本の弁護士(登録番号:14642、横浜弁護士会)。いちょう総合法律事務所所属だった。 神奈川県横浜市出身。上智大学法学部卒、上智大学大学院法学研究科修了。32歳の時に司法試験に合格し、1975年、弁護士として開業した。
井垣 康弘(いがき やすひろ 1940年 - 2022年2月… 井垣 康弘(いがき やすひろ 1940年 - 2022年2月26日)は、日本の裁判官、弁護士。 大阪府出身。京都大学法学部卒業。大学2年生の時に無免許運転で捕まる。 1967年、裁判官に任官。2005年、裁判官を定年退官。その後、弁護士になる。 裁判官退官前に癌を患い、人工声帯で裁判を行っていた。 2022年2月26日、急性虚血性心疾患により82歳で死去。 神戸連続児童殺傷事件で行われた審判の裁判長であった。この審判では加害者を医療少年院に送致することを決定していた。2005年に裁判官を退官後、弁護士を務めていた2015年、神戸連続児童殺傷事件の加害者を家庭裁判所に送致する決定文の全文を文藝春秋に提供して公開した。
今井 功(いまい いさお、1939年12月26日 - )は、… 今井 功(いまい いさお、1939年12月26日 - )は、日本の弁護士(TMI総合法律事務所顧問)。元裁判官。東北大学法科大学院客員教授。最高裁判所判事を務めた。退官後は第一東京弁護士会に弁護士登録し、弁護士となる。兵庫県神戸市垂水区出身。 1958年(昭和33年)兵庫県立星陵高等学校、1962年(昭和37年)3月に京都大学法学部卒業。同年4月に第16期司法修習生、1964年(昭和39年)4月10日に東京地方裁判所・東京家庭裁判所判事補任官。判事補任官以降の経歴は以下の通り。
中川 了滋(なかがわ りょうじ、1939年12月23日 - … 中川 了滋(なかがわ りょうじ、1939年12月23日 - )は、日本の元裁判官、弁護士。石川県津幡町出身。元最高裁判所判事(2005年1月19日 - 2009年12月22日)。金沢大学法文学部10期生。金沢大学同窓会(北の都会)の東京支部長。東京都文京区在住。
原田 明夫(はらだ あきお、1939年11月3日 - 201… 原田 明夫(はらだ あきお、1939年11月3日 - 2017年4月6日)は、日本の弁護士。元検事総長。東京府東京市生まれ、兵庫県相生市育ち。 盛岡地方検察庁勤務時に新渡戸稲造の思想にふれ感銘を受け、司法、検察の中枢に身をおきながら、新渡戸研究を続けてきた。則定衛が東京高検検事長を女性問題で辞職したことにより、堀口勝正の代替として名古屋高検検事長から村山弘義がそのイスに座ったが、検事長定年制により、予想より早く原田に東京高検検事長の座が回って来た。そのため、検事総長在任も異例の3年に及んだ。また法務事務次官当時、政党行脚に出て、犯罪捜査のための通信傍受に関する法律の成立に尽力した。 その他、国際民商事法センター理事長、グルー・バンクロフト基金評議員、社団法人日本倶楽部理事 などを務めている。
竹内 洋(たけうち よう、1939年9月 - )は、日本の弁… 竹内 洋(たけうち よう、1939年9月 - )は、日本の弁護士。第一東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長、三菱電機取締役、ブリヂストン監査役、王子製紙取締役等を歴任した。元岩田合同法律事務所代表パートナー弁護士。 東京生まれ。1958年神奈川県立湘南高等学校卒業。1963年東北大学法学部卒業。1966年最高裁判所司法研修所修了、弁護士登録。1994年王子製紙監査役。1999年第一東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長。2003年三菱電機取締役。2004年ブリヂストン監査役。2007年王子製紙取締役。
倉田 雅年(くらた まさとし、1939年〈昭和14年〉7月1… 倉田 雅年(くらた まさとし、1939年〈昭和14年〉7月10日 - 2016年〈平成28年〉11月21日)は、日本の政治家、弁護士。衆議院議員(3期)、総務副大臣(福田康夫改造内閣・麻生内閣)、財務大臣政務官(第2次小泉内閣改造内閣・第3次小泉内閣)などを歴任した。 静岡県清水市(現・静岡市清水区)出身。静岡県立清水東高等学校、東京大学法学部卒業。大学在学中に司法試験に合格し、1968年に弁護士開業。 1996年、第41回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で静岡4区から立候補したが、無所属の望月義夫に敗れ落選。2000年の第42回衆議院議員総選挙に比例東海ブロックから単独立候補し、初当選。2003年の第43回衆議院議員総選挙でも比例単独で再選。
保岡 興治(やすおか おきはる、1939年5月11日 - )… 保岡 興治(やすおか おきはる、1939年5月11日 - )は、日本の政治家、元裁判官、弁護士 (東京弁護士会所属)。自由民主党所属の衆議院議員(13期)、党憲法改正推進本部長。法務大臣(第69代、第81代)、裁判官弾劾裁判所裁判長を歴任した。2016年10月からは裁判官訴追委員会委員長。