林田 龍生(はやしだ たつお、1974年7月6日 - )は、… 林田 龍生(はやしだ たつお、1974年7月6日 - )は、日本の元プロボクサー。東京都調布市出身。第23代OPBF東洋太平洋ライトフライ級王者。渡嘉敷ボクシングジム所属。東京都立狛江高等学校、日本大学卒業。実家は、深大寺開祖満功上人の生誕地として知られ750年(天平勝宝2年)開基の祇園寺。 1999年5月25日、プロデビュー。初回KOで勝利する。その後畠山昌人との2戦(1勝1敗)を含む8勝1敗で東日本ライトフライ級新人王となった。 2000年12月16日、岡島孝を6回判定で下し全日本ライトフライ級新人王になる。 2001年6月21日、元WBA世界ミニマム級暫定王者ソンクラーム・ポーパオイン(タイ)に挑むも、6回KOを喫し初のKO負け。
田中 光吉(たなか こうきち、男性、1974年(昭和49年)… 田中 光吉(たなか こうきち、男性、1974年(昭和49年)6月18日 - )は、日本の元プロボクサー。元日本ライト級1位。現在は飲食店経営。 東京で生まれ、小学校3年生まで埼玉県三郷市で過ごす。両親の別居を機に母親の郷里である熊本県球磨郡錦町に移り少年時代を過ごす。中学では野球部に入り、キャプテンで四番を務める。 高校進学の際、福岡県の強豪校から野球推薦の声もかかったが野球肘、野球肩で故障を抱えたまま野球だけのために進学することに不安もあり、地元の熊本県立球磨工業高等学校に進学し、野球を続ける。甲子園大会出場を目指して野球に打ち込んでいたが2年生の2月に野球部のレギュラー9人中7人が不祥事を起こし、退部。
上山 知暁(うえやま ともあき、1974年4月26日 - )… 上山 知暁(うえやま ともあき、1974年4月26日 - )は、日本の男性プロボクサー、総合格闘家。東京都町田市出身。U-SPIRIT JAPAN 町田所属。 総合格闘家の上山龍紀は実弟。 高校時代はレスリング部の主将を務めた。 1995年6月23日、プロボクシングデビュー。プロボクサー時代は、相模原ヨネクラボクシングジムに所属。 2002年3月19日、吉田幸治と対戦し、引き分け。 2003年6月16日の試合を最後にブランクを作った。2007年2月3日に3年7か月ぶりの復帰戦を行なうも、5月15日の試合を最後にボクシングを引退。 2008年4月5日、総合格闘技デビューとなったCAGE FORCE 06で根津優太と対戦し、左耳カットによるドクターストップでTKO負け。
塩濱 崇(しおはま たかし、1974年4月20日 - )は、… 塩濱 崇(しおはま たかし、1974年4月20日 - )は、日本のプロボクサー。グリーンツダボクシングクラブ所属。沖縄県宜野湾市出身。元日本ライトフライ級王者。元OPBF東洋太平洋ライトフライ級王者。 16戦15勝5KO1敗 この項目は、ボクシング関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJボクシング/PJキックボクシング)。
星島 一太(ほしじま いった、【本名 ほしじま かずた】、男… 星島 一太(ほしじま いった、【本名 ほしじま かずた】、男性、 1974年3月27日 - )は、岡山県岡山市出身のプロボクサー、精神保健福祉士。 精神保健福祉士として精神科のクリニックに勤務した後、独立開業。家族社会学 を専攻としている。主にアルコール依存症、薬物依存症、ギャンブル依存症、買物依存症、恋愛依存症、リストカット、摂食障害、ひきこもり、家族問題等のアディクション問題において、テレビや雑誌等で多くのコメントを残している。早稲田大学名誉教授で社会学者の加藤諦三と共同で、日本初の試みとなる「パチンコ・パチスロ依存症予防・治療プログラム」を開発。女子ボクシング元日本フライ級初代チャンピオン、八島有美と共に、精神医療にボクシングをとりいれた「ボクシング療法」を展開。
正木 純子(まさき じゅんこ、1974年3月22日 - )は… 正木 純子(まさき じゅんこ、1974年3月22日 - )は、日本の女子キックボクサー、元モデル。千葉県出身。Hilltop所属。Model Agency FLAMES JAPAN株式会社所属アスリート。順天堂大学卒業。 この項目は、格闘技およびその選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ総合格闘技/PJプロレスラー)。
鳥海 純(とりうみ じゅん、1974年2月28日 - )は、… 鳥海 純(とりうみ じゅん、1974年2月28日 - )は、日本の元プロボクサー。神奈川県横浜市出身。花咲徳栄高等学校、拓殖大学卒。第36代OPBF東洋太平洋バンタム級王者。現役時代はワタナベボクシングジム所属し、現在はTEAM10COUNT BOXING GYM会長を務める。元WBA世界スーパーフェザー級スーパー王者の内山高志は高校・大学・ワタナベジムを通しての後輩に当たる。 高校入学時の部活見学で、先輩のシャドーボクシングの美しさに惹かれ、ボクシングを始める。高校時代の国体フライ級3位、大学時代に全日本選手権でフェザー級3位の実績59戦42勝(13KO、RSC)17敗を引っさげデビューも、タイトルに届きそうで届かず無冠の帝王と呼ばれることが長かった。
山口 圭司(やまぐち けいじ、1974年2月17日 - )は… 山口 圭司(やまぐち けいじ、1974年2月17日 - )は、日本の元プロボクサー。 北海道函館市出身。第22代日本ライトフライ級王者。元WBA世界ライトフライ級王者。左ボクサータイプで、入場曲はヨーロッパの「The FINAL COUTDOWN」。 現在は大阪府松原市在住。近鉄南大阪線河内天美駅側で、函館cafe&bar HamedⅡのマスターをしている。 中学生の頃、井岡弘樹に憧れ函館大学付属有斗高等学校入学と同時に市内にあった桜井ボクシングジムでボクシングを始める。高校時代は全国高等学校ボクシング選抜大会、インターハイ、国民体育大会の三冠を達成。プロ転向後も懐の深い長身のアウトボクサーとして、ライトフライ級からバンタム級で活躍した。
齊田 竜也(さいだ たつや、男性、1974年1月27日 - … 齊田 竜也(さいだ たつや、男性、1974年1月27日 - )は、日本の元アマチュアボクサー。現在はワールドスポーツボクシングジムの会長を務めている。
小林 秀一(こばやし しゅういち、1974年1月26日 - … 小林 秀一(こばやし しゅういち、1974年1月26日 - )は、日本の元プロボクサー・元日本ウェルター級王者である。 東京都文京区出身。現役時代はレパード玉熊ボクシングジム所属。現在は豆腐製造販売業を経営。全国商工団体連合会(全商連)青年部協議会副議長。東京商工団体連合会(東商連)青年協議会元議長。 高校時代に見たレパード玉熊の試合に影響されるも、一浪の後に進学した東京工業大学ではボート部に所属し主将を務める。東京工業大学理学部地球惑星科学科卒業後は、家族が営む豆腐製造販売業を継ぐこととなっていたが、レパードがジムを開業していることを知り、家業の修行をしつつボクシングを始めた。 1998年9月30日、プロデビューで4R判定勝ち。
迫 稔雄(さこ としお、1973年12月7日 - )は、日本… 迫 稔雄(さこ としお、1973年12月7日 - )は、日本の漫画家、プロボクサー。山口県下関市出身。カポエイリスタ。作品に『嘘喰い』がある。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
大月 晴明(おおつき はるあき、1973年11月30日 - … 大月 晴明(おおつき はるあき、1973年11月30日 - )は、日本の男性キックボクサー。本名大西 宏之(おおにし ひろゆき)。京都府出身。マスクマンズ所属。元Krush -60kg王者。元全日本ライト級王者。元WPKCムエタイ世界ライト級王者。 合気道(富木流)の足捌きを取り入れた非常に個性的なスタイルを用いる。「爆腕」と呼ばれ、高いKO率を誇る。 1999年10月8日、全日本キックボクシング連盟(AJKF)興行でプロデビューし、森下知之にKO勝ち。 デビュー後6連勝し、2001年1月4日に全日本フェザー級王座決定戦で遠藤慎介と対戦予定であったが、膝関節捻挫で欠場となった。 2001年4月6日、AJKF興行で立嶋篤史と対戦し、5Rに右アッパーの連打でKO勝ち。
渡辺 純一(わたなべ じゅんいち、1973年8月30日 - … 渡辺 純一(わたなべ じゅんいち、1973年8月30日 - )は、日本の元プロボクサー。山梨県西八代郡上九一色村(現・南都留郡富士河口湖町)出身。第27代日本スーパーバンタム級王者。楠三好ボクシングジム所属。 金髪にポニーテールという独特の髪型から、「金狼」のニックネームで呼ばれることもあった。 引退後は、精進湖の湖畔で実家が祖父の代より経営している『レストラン ニューあかいけ』の三代目として腕を振るっている。 1995年9月2日、1ラウンドKO勝ちでプロデビュー。 1996年12月21日、2ラウンドKO勝ちで第53回東日本バンタム級新人王になった。 1997年2月15日、全日本新人王の座を仲里繁(西日本新人王)と対戦し、判定負けを喫した。
新田 明臣(にった あけおみ、1973年7月23日 - )は… 新田 明臣(にった あけおみ、1973年7月23日 - )は、日本の男性元キックボクサー。東京都杉並区荻窪出身。バンゲリングベイ代表。元WKAムエタイ世界スーパーウェルター級王者。既婚。 千葉県船橋市で生まれ、東京都杉並区で育つ。 1996年10月にニュージャパンキックボクシング連盟(NJKF)が全日本キックボクシング連盟から脱退。旗揚げ戦でNJKF初代ミドル級王座決定戦に出場し、船木鷹虎と対戦。判定勝ちし、初代王者になる。翌年4月6日に船木鷹虎と再戦し、判定勝ちで初防衛を果たすと、さらに翌年の5月31日に藤原鉄志(同級3位)に3R2:28KO勝ちで2度目の防衛を果たした。 1997年12月21日、J-NETWORK旗揚げ戦で小比類巻貴之と対戦し、4RにローキックでKO勝ちを収めた。
小野瀬 邦英(おのせ くにひで、1973年6月27日 - )… 小野瀬 邦英(おのせ くにひで、1973年6月27日 - )は、日本の男性キックボクサー。茨城県水戸市出身。 ガルーダ・テツとの抗争をきっかけにブレイク。日本キックボクシング連盟ライト級・ウェルター級の二階級でチャンピオンとなり、元BBTVスタジアム認定フェザー級王者ルーラウィー・サラウィティー(タイ)、元IMF世界ウェルター級王者チャイナロン・ゲオサムリット(タイ)、IWMジュニアウェルター級王者オーロノー・ポー・ムアンウボン(タイ)、ルンピニースタジアム認定ジュニアミドル級7位チョッチョーイ・チューチョークチャイ(タイ)、ラジャダムナンスタジアム認定ライト級王者マンコム・ギャットソムヴォン(タイ)、NJKFウェルター級王者・青葉繁(仙台青葉)らと激闘を展開した。
西島 洋介(にしじま ようすけ、1973年5月15日 - )… 西島 洋介(にしじま ようすけ、1973年5月15日 - )は、日本の男性元プロボクサー、元総合格闘家、元キックボクサー。東京都出身。AK所属。第8代WBF世界クルーザー級王者。第6代OPBF東洋太平洋クルーザー級王者。 東京都板橋区生まれ。小学校時は広島市西区井口育ち。少年野球チームに在籍した。埼玉県を経て東京に戻り、小松原高等学校時代は野球部に在籍。通学路にてオサムジムの渡辺治会長からの直接スカウトを受け、同ジムに入門。渡辺治会長は「日本人ヘビー級チャンピオンを育てる」ことを目標として掲げており、その目に留まる形になった。しかし、現実には「見ず知らずの人に、路上で突然『君はヘビー級チャンピオンになれる』と声をかけられた」という。
天田 ヒロミ(あまだ ヒロミ、本名:天田 広美、1973年5… 天田 ヒロミ(あまだ ヒロミ、本名:天田 広美、1973年5月10日 - )は、日本の元男性キックボクサー。群馬県群馬郡群馬町(現・高崎市)出身。天田フィジカル&ボクシングスクール所属。k-1JAPAN GP 2004 優勝。元HEATキックルール ヘビー級王者。全日本アマチュアボクシング選手権大会優勝。 アマチュアボクシング(ライトミドル級)出身で、パンチを主体とした戦いをする。 10代の頃は暴走族に所属していたが、前橋育英高校でアマチュアボクシングと出会い更生。 暴走族時代は「60日連続でケンカ」と豪語するほど荒れており、自転車に乗っている時に後ろから不意打ちされて頭部に40針を縫う大怪我を負い、頭皮が捲れて頭蓋骨が見える程であったという。
戸高 秀樹(とだか ひでき、1973年3月16日 - )は、… 戸高 秀樹(とだか ひでき、1973年3月16日 - )は、日本の元プロボクサー。宮崎県宮崎市出身。元WBA世界スーパーフライ級王者。元WBA世界バンタム級暫定王者。世界2階級制覇王者。 宮崎ワールドジムからデビューしたが、1998年に緑ジムに移籍。同ジムからは飯田覚士に次ぐ世界王者となった。 現役時代のニックネームは「侍」「雑草王者」。 主な入場曲は2pacの「changes」。バンタム級転向後は、長渕剛の「HOLD YOUR LAST CHANCE」などを使用。 中学・高校時代は喧嘩に明け暮れる日々を送っており、その影響で高校は中退した。持病の腰痛の回復が思わしくなかったこともあり、プロデビューを果たした頃には21歳を迎えていた。
セレス小林( - こばやし、本名:小林 昭司(こばやし しょ… セレス小林( - こばやし、本名:小林 昭司(こばやし しょうじ)、1973年2月27日 - )は、日本の元プロボクサー。元WBA世界スーパーフライ級王者。左ボクサーファイター。 リングネームの「セレス」は自身が現役時代、レパード玉熊の勧めで勤務していた冠婚葬祭会社の結婚式場の名前から取った。 主な入場テーマはSTRATOVARIUSの「ANTHEM OF THE WORLD」。 茨城県岩井市(現坂東市)出身。茨城県立岩井西高等学校卒。高校3年時に国際ボクシングスポーツジムに入門し、ボクシングを始める。プロデビュー後、元WBA世界フライ級チャンピオンであったレパード玉熊にプロボクサーとしての特訓を受ける。
高橋 良輔(たかはし りょうすけ、男性、1973年2月1日 … 高橋 良輔(たかはし りょうすけ、男性、1973年2月1日 - )は、日本のプロボクサー。東京都目黒区出身。金子ボクシングジム所属。第12代OPBF東洋太平洋クルーザー級王者。日本人として初めてOPBF東洋太平洋ヘビー級王座に挑戦した人物である。身長183cm、体重95kg(2005年3月当時)。 1999年4月4日、プロデビュー戦となる小田原アリーナでのファシッド・タヘーリ戦を判定勝ちで飾る。 2001年の「フォースカップ・ヘビー級トーナメント」で優勝。 2003年7月15日、OPBF東洋太平洋ヘビー級8位モセシ・カビカを8回判定で倒し、日本人で初めて試合を通してOPBF東洋太平洋ヘビー級ランカーとなった。
土屋 ジョー(つちや ジョー、1972年12月17日 - )… 土屋 ジョー(つちや ジョー、1972年12月17日 - )は、日本の元キックボクサー、プロボクサー。全日本キックボクシング連盟世界バンタム級王座、WKA世界バンタム級王座、WMAF世界スーパーバンタム級王座などを獲得した。引退後は、出身の静岡県沼津市でキックボクシングジムJT CLUB GYMの会長を務める。 沼津東高等学校、東海大学を卒業。高校在学時に極真空手を経験し幾つかの大会で入賞。大学在学時は体育会キックボクシング部に所属し、主将も務めた。在学時に谷山ジムへ入門。 1998年1月30日 - アントニー・エルカイム(フランス / 同級1位)とのWKA世界ムエタイバンタム級王座決定戦で1R0:45 KO勝ちし、王座を獲得。
柳光 和博(りゅうこう かずひろ、1972年8月8日 - )… 柳光 和博(りゅうこう かずひろ、1972年8月8日 - )は、日本の元プロボクサー、歌手。京都府京都市山科区出身。第22代日本スーパーフライ級王者。第20代OPBF東洋太平洋スーパーフライ級王者。世界ランク最高位はWBC3位、WBA4位。現役時代はワタナベボクシングジム所属。現在はRK蒲田ボクシングファミリー代表。 南京都高等学校でボクシングを始め、3年次に国体優勝を果たす。 その後は近畿大学を経て、歌手を目指し上京。しかし、ワタナベジムでプロボクサーとなり、1995年7月10日プロデビュー。 翌年にはA級トーナメント参戦。セレス小林を降して優勝。 1997年6月25日、スズキ・カバトが持つ日本スーパーフライ級王座に挑戦するが、判定負けで王座獲得ならず。
佐藤 孝也(さとう たかや、1972年7月15日 - )は、… 佐藤 孝也(さとう たかや、1972年7月15日 - )は、日本の男性キックボクサー。愛知県一宮市出身。身長170cm。元全日本キックボクシング連盟フェザー級王座、元ニュージャパンキックボクシング連盟ライト級王者。2001年2月引退。ムエタイジム「キング・ムエ」会長。「MuayThai SuperFight」代表。 得意技は左ヒジ、左ハイキック。全日本キックボクシング連盟、ニュージャパンキック連盟で王者となり(東海地方初の日本チャンピオン)、2階級を制覇した。 現役時代より頭脳派キックボクサーとして知られ、引退後はテレビの解説、ムエタイレフェリーなども務める。 K-1で活躍していた佐藤嘉洋は名古屋JKファクトリージムの後輩にあたり、現在も親交は続いている。
金子 真理(かねこ まり、1972年6月24日 - )は、日… 金子 真理(かねこ まり、1972年6月24日 - )は、日本の女性総合格闘家、プロボクサー、空手家。長野県諏訪市出身。 空手道禅道会松本支部所属であり、禅道会女子部の看板選手兼指導者。1990年代から様々な大会で活躍する女子総合格闘技のパイオニアの一人。NPO法人日本武道総合格闘技連盟理事。 2000年9月21日、日本女子ボクシング協会主催のボクシング興行LADY GO! 2000 Part 3で鬼鞍幸子に判定負け。 2000年11月12日、高橋洋子を相手に総合格闘技デビュー。アキレス腱固めで一本負け。 2000年12月12日、日本女子ボクシング協会主催のボクシング興行LADY GO! 2000 ~PART4~で土田奈緒子に判定負け。
柳澤 龍志(やなぎさわ りゅうし、1972年6月22日 - … 柳澤 龍志(やなぎさわ りゅうし、1972年6月22日 - )は、日本のプロレスラー、総合格闘家、キックボクサー。青森県青森市出身。 中学、高校時代をむつ市で過ごす。青森県立田名部高等学校時代はボート部に所属し、インターハイに出場した。 1991年、プロフェッショナルレスリング藤原組に入団。1992年4月19日、東京体育館での冨宅祐輔戦でデビュー。 1992年12月、船木誠勝・鈴木みのるらと共に、藤原組を離脱。 1993年5月に設立されたパンクラスの設立メンバー。 1993年9月21日、パンクラスでプロ総合格闘技デビュー戦を行い、バス・ルッテンと対戦しKO負け。 1993年10月14日、プロ総合格闘技2戦目で船木誠勝に膝十字固めで一本負けを喫した。
仲里 繁(なかざと しげる、男性、1972年6月13日 - … 仲里 繁(なかざと しげる、男性、1972年6月13日 - )は、日本のプロボクサー。沖縄県宜野湾市出身。右ファイター。第28代OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者。2005年10月21日に引退。宜野湾高校卒業。長男の周磨もプロボクサー。
伊藤 辰史(いとう たつふみ、1972年4月21日 - )は… 伊藤 辰史(いとう たつふみ、1972年4月21日 - )は、日本のプロボクサー。北海道三笠市出身。新日本木村ボクシングジム所属。元日本スーパーウェルター級王者。 駒澤大学附属岩見沢高等学校1年生でボクシング部員になる(同級生で野球部中心選手に本間満)。3年でインターハイ、国体に出場するも上位に入れず。道都大学3年、全日本アマチュアボクシング選手権大会準決勝で中央大学の天田広美(天田ヒロミ)に3RTKOで敗れ、中退し木村ジムの所属プロボクサーとなる。 1994年5月9日(フジテレビ/ダイヤモンドグローブ)、ミドル級で、日本タイトル経験者の大竹永寿(グリーンツダ)を3RTKOで退け、デビュー戦を飾る。
小林 聡(こばやし さとし、1972年3月16日 - )は、… 小林 聡(こばやし さとし、1972年3月16日 - )は、日本のキックボクサー、俳優。元WKAムエタイ世界ライト級王者。引退後は「小林 さとし」の名で芸能活動を行うほか、指導者やゼネラルマネージャーとして活動している。 現役時代、様々な団体を渡り歩いてきたことから「野良犬」という異名を持った。 長野県長野市出身。小学校高学年の時、ジャッキー・チェンのファンになる。本人曰く、最初の格闘技は自己流の形意拳だという。その後、少林寺拳法を始める。 高校進学後、宮越ジムに入門。高校は出席日数が足りず、1年で退学になる。1988年2月に、まだ16歳だったが、17歳と偽って日本キックボクシング連盟でプロデビュー。
川上 雅史(かわかみ まさし、1972年2月23日 - )は… 川上 雅史(かわかみ まさし、1972年2月23日 - )は、日本の元アマチュアボクシング選手。栃木県出身。1992年バルセロナオリンピックウェルター級日本代表。身長178cm。作新学院高等学校、中央大学卒業。 高校時代はボクシング部で川島八郎監督の指導を受け、1989年にはインターハイライトミドル級で優勝を収めた。1991年と1992年には石川国体・べにばな国体成年の部ライトミドル級に2年連続で優勝を収めた。 1992年、バルセロナオリンピックにウェルター級の日本代表として出場し、7月26日に行われた1回戦でエイドリアン・ドッドソン(イギリス)と対戦し、2回RSC負けとなった。1993年、全日本選手権ライトミドル級で優勝を収めた。
前田 宏行(まえだ ひろゆき、1972年2月10日 - )は… 前田 宏行(まえだ ひろゆき、1972年2月10日 - )は、日本の元プロボクサー、元キックボクサー。プロボクシングではライト級、スーパーライト級、ウェルター級の日本王座3階級制覇を達成した。芸能事務所リミックス所属。 クラーク高等学校(大宮)武術講師 JFAこころのプロジェクト(夢先生) - 日本サッカー協会 1994年10月1日 - 1995年1月7日 2000年4月2日 - 2001年10月2日(返上) 2004年4月17日 - 2004年10月18日(返上)
竹原 慎二(たけはら しんじ、1972年1月25日 - )は… 竹原 慎二(たけはら しんじ、1972年1月25日 - )は、日本の元プロボクサー。広島県安芸郡府中町出身。元WBA世界ミドル級王者。 2002年に畑山隆則とともにボクサフィットネスジム「T&H」を開設し、代表を務める。 広島でボクシングジムを経営する父・竹原三郎と焼肉店を経営する母との間に広島県安芸郡府中町で生まれる。府中小学校に通い、先輩には宇梶剛士、吉川晃司がいた。小・中学校と柔道部に所属し、団体戦で郡大会優勝を経験。その一方で喧嘩にも明け暮れ、暴走族にも入る不良時代を過ごし、あまりの素行不良から地元では「広島の粗大ゴミ」と呼ばれていた。また、近隣の中学の番長クラス3人の名字前に「たけ」が共通してついており、3人合わせて「三たけ(さんたけ)」とも呼ばれていた。
孫悟空丸山(そんごくうまるやま、1972年1月20日 - )… 孫悟空丸山(そんごくうまるやま、1972年1月20日 - )は、日本の元キックボクサー。東京都出身。身長172cm、体重62kg。当時小国ジム所属。元NKBライト級2位。 1996年7月にデビュー。デビュー戦は判定勝ち。2000年に5回戦へ昇格。2002年の7月から11月にかけ3戦連続KO勝利。2003年1月19日にNKBフェザー級タイトルマッチに出場したが、桜井洋平(岩瀬スポーツ)に1ラウンドKO負けを喫した。最後の試合出場は2003年4月。同年11月16日に引退し、翌17日に引退式を行った。 NJKFライト級4位。22戦10勝(4KO)9敗3分。 主にニュージャパンキックボクシング連盟(NJKF)の試合に出場したが、日本キックボクシング連盟(日本キック)、キック・ユニオン(K-U)にも出場歴がある。
金沢 久幸(かなざわ ひさゆき、1972年1月18日 - )… 金沢 久幸(かなざわ ひさゆき、1972年1月18日 - )は、日本の男性キックボクサー、格闘技支援病院医療法人俊和会寺田病院リハビリテーション科科長、健康向上企画スポーツメディカルアドバイザーを経て、2007年ボディーケアを業務の有限会社ボディー・ケア・プランを設立、同社の代表取締役社長。埼玉県八潮市でキックボクシング「Diamond In The Rough」、武道空手「破天荒塾」の代表として後進の指導をしている。 埼玉県八潮市出身。 八潮市の富士魅ジムに所属し、ほとんど独学でキックボクシングを学び全日本王者となった。その後、川口市でジム「TEAM-1」を設立し世界王者まで上り詰めた(現在TEAM-1は知人に譲っている)。
立嶋 篤史(たてしま あつし、1971年12月28日 - )… 立嶋 篤史(たてしま あつし、1971年12月28日 - )は、日本の男性キックボクサー、キックボクシングジム『ASSHI-PROJECT』主宰(経営者)。東京都豊島区出身。元全日本フェザー級王者。 1990年代前半に活躍。1993年にはライバル前田憲作にKO勝利するなど「立嶋ブーム」を巻き起こした。日本キックボクシング界最初の1千万円プレーヤーであり、カリスマと呼ばれた。 幼少の頃からいじめを受け、小学生の時に死を考えるも思いとどまり、中学2年生でキックボクシングと出会う。 習志野ジムに練習生扱いとして所属、中学卒業後単身タイに渡りムエタイの修業をする。1987年8月3日、非公式ながらタイのランシットスタジアムでデビューを果たした。
加山 利治(かやま としはる、1971年12月17日 - )… 加山 利治(かやま としはる、1971年12月17日 - )は、北海道帯広市出身の元プロボクサー。ワタナベボクシングジム所属。第38代日本ウェルター級王者。入場曲はSkoop On Somebody「壊したい」。 1995年11月28日、ワタナベボクシングジム所属でプロデビュー。狩野昌彦に3RKO勝ち。 1996年12月21日、東日本ウェルター級新人王決勝戦で、後の日本王者大曲輝斉と対戦し、6R引き分け(勝者扱いで全日本新人王戦出場)。 1997年2月15日、全日本ウェルター級新人王戦で、松下文昭に5RTKO勝ち。全日本新人王タイトルを獲得。 1998年6月23日、日本ウェルター級王者名嘉原誠の王座に挑戦し、8RTKO勝ち。
井上 真吾(いのうえ しんご、1971年8月24日 - )は… 井上 真吾(いのうえ しんご、1971年8月24日 - )は、日本の実業家、プロボクシングトレーナー、元アマチュアボクシング選手。神奈川県座間市出身。有限会社明成塗装代表取締役。株式会社井上プロモーション代表取締役。株式会社エスタス・I起業。トレーナーとしては大橋ボクシングジムに所属し、長男の井上尚弥、次男の井上拓真、甥の井上浩樹を指導している。 小学校低学年で両親が離婚し母子家庭で育てられ、中学卒業と共に塗装業で働き始め、19歳で結婚し20歳で独立。 24歳の時に中学時代の友人の勧めでボクシングを始め、アマチュア2戦2勝を挙げるも、多忙のため競技から退いたが、休日に自宅で練習をしていると小学生だった長男の尚弥が興味を持つようになり、次男の拓真も加わってトレーニングを始める。
嶋田 雄大(しまだ たけひろ、1971年8月13日 - )は… 嶋田 雄大(しまだ たけひろ、1971年8月13日 - )は、日本の元プロボクサー。富山県富山市出身。元日本ライト級王者。ヨネクラボクシングジム所属。富山第一高等学校卒業。 マイク・タイソンにあこがれ、プロボクサーになることを決意した。高校卒業後に渡米し、ニューヨークにあったタイソンの自宅を訪ねたが、門前払いされた。 1996年、アマチュア全日本社会人選手権スーパーフェザー級3位になり、プロに転向。3年間のアマチュア戦績は15勝(11KO・RSC)6敗。その内10KOは1R決着。 1997年6月24日、デビュー戦に1RKOで勝利。専属トレーナーはバトルホーク風間。11月8日、3連勝で東日本スーパーフェザー級新人王決勝戦に挑むも、本田正に6R判定負け。
諏訪 尚(すわ たかし、1971年8月7日 - )は、日本の… 諏訪 尚(すわ たかし、1971年8月7日 - )は、日本の元プロボクサー。栃木県小山市出身。 足利学園高等学校3年時の1989年12月3日にプロデビューし、西村基之に1R1分39秒KO勝ちを収めた。このあと4連続1ラウンドKOを記録した。翌1990年2月11日には、東京ドームでの世界ヘビー級タイトルマッチ(マイク・タイソン 対 ジェームス・ダグラス戦)の前座にも出場し、ここでも1RKO勝ちを収めている。その後も1RKOを重ねていたが引退。
佐藤 仁徳(さとう じんとく、1971年7月25日 - )は… 佐藤 仁徳(さとう じんとく、1971年7月25日 - )は、日本の元プロボクサー。本名は字は同じだが、読みは「まさのり」。宮城県宮城郡七ヶ浜町出身。日本ウェルター級王座10度の防衛に成功した。七ヶ浜町立七ヶ浜中学校、仙台育英学園高等学校、東北福祉大学卒。
カズ 有沢( - ありさわ、本名:有澤 和広(ありさわ かず… カズ 有沢( - ありさわ、本名:有澤 和広(ありさわ かずひろ)、1971年7月22日 - )は、男性元プロボクサー。埼玉県草加市出身。身長172cm。コウジ有沢は双子の弟。 入場曲はイースト17「HOUSE OF LOVE」で、引退後は高校の後輩かつ愛弟子である岩渕真也が引き継いでいる。 引退後は実家でもある草加有沢ボクシングジムが廃業までプロモーターを行っていた。現在は配偶者と共に飲食店経営。 花咲徳栄高等学校3年の1989年全日本高校フェザー級チャンピオンとなり第44回国民体育大会も制覇し父の母校でもある日本大学にスポーツ推薦で進学し全日本ボクシング選手権大会出場、初戦敗退ながらシドニーでの1991年世界ボクシング選手権大会ライト級日本代表選手となり3年で中退してコウジの後を追ってプロ転向した。
松倉 義明(まつくら よしあき、、1971年7月22日 - … 松倉 義明(まつくら よしあき、、1971年7月22日 - )は、日本の元プロボクサー。北海道伊達市出身。第20代日本ジュニアバンタム級王者。現役時代は宮田ボクシングジム所属。「野獣」をキャッチフレーズとするハードヒッターで[※ 1]、独自のタイミングで放つ強烈な左ストレートを得意とした [※ 2]。
コウジ 有沢(こうじ ありさわ、1971年7月22日 - )… コウジ 有沢(こうじ ありさわ、1971年7月22日 - )は、日本の元プロボクサー。本名は有澤 幸司、デビュー当初のリングネームは有沢 幸司(ありさわ こうじ)。埼玉県草加市出身。元日本スーパーフェザー級王者(通算11度防衛)。
安川 賢(やすかわ けん、1971年6月8日 - )は、日本… 安川 賢(やすかわ けん、1971年6月8日 - )は、日本の元男性キックボクサー。 新潟県燕市旧吉田町出身。世田谷区千歳烏山にあるS.V.G.(シンサック・ビクトリー・ジム)所属時、第2代NJKFフライ級チャンピオン、第21代全日本キックボクシング連盟バンタム級チャンピオンに認定。戦績は、30戦22勝11KO8敗。 引退後はチーム「チャイ グン ローイ」を結成して世田谷区祖師ヶ谷公園で仲間とムエタイの練習をしていた。選手をアマチュアの試合にも出す。その後アカデミア・アーザ水道橋のキックボクシングトレーナー、クラスインストラクターとして4年間在籍。 2013年父親の介護の為、地元新潟へUターンしてピロクテテス新潟、ぴろくててす格闘技アカデミーでキックボクシング・トレーナーを3年間在籍。
松島 二郎(まつしま じろう、1971年2月24日 - )は… 松島 二郎(まつしま じろう、1971年2月24日 - )は、日本の元プロボクサー。第56代日本バンタム級王者。神奈川県横浜市出身。神奈川県立保土ヶ谷高等学校卒業(在学中はラグビー部)。 1990年にバラエティ番組「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」の企画「ボクシング予備校」に参加。同企画に参加していた、後の世界チャンピオンの飯田覚士とのライバル関係で脚光を浴びた。 従兄弟の長島浩はバルセロナオリンピックライトミドル級日本代表、実兄の松島勝之はソウルオリンピックバンタム級日本代表(準々決勝で、後のWBA世界バンタム級王者フリオ・ロチャ(ホルヘ・エリセール・フリオ)に3R0-5の判定で敗れる)。
谷本 弘行(たにもと ひろゆき、1971年2月6日 - )は… 谷本 弘行(たにもと ひろゆき、1971年2月6日 - )は、日本の男性キックボクサー。兵庫県加古川市出身。 1994年から2004年にかけて活躍。現職警察官。得意技は左ミドルキックと膝蹴り。 高校から柔道を始め、現在講道館五段。全国警察逮捕術大会に出場後22歳で「シュートボクシング大阪ジム」に入門。黒沢会長に師事し、打撃格闘技の世界へ。 その後震災により転居を余儀なくし、兵庫県加古川市所在のグローブ空手道場「日進会館」に入門。佐佐木敬二館長の師事を受け全日本新人空手道選手権において、正道会館のタケルを撃破し優勝。転勤により千葉県へ転居し、「習志野ジム」に入門。全日本キックボクシング連盟ウェルター級プロとなる。
三谷 大和(みたに やまと、1971年1月16日 - )は、… 三谷 大和(みたに やまと、1971年1月16日 - )は、日本のプロボクサー。戸籍名・松岡 大和(旧姓・三谷)。岡山県倉敷市出身。現役時代は三迫ボクシングジム所属。元日本スーパーフェザー級王者、元OPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王者。岡山県山陽高等学校、早稲田大学卒業(プロデビュー後も大学に通い、教員免許を取得している)。
越本 隆志(こしもと たかし、1971年1月5日 - )は、… 越本 隆志(こしもと たかし、1971年1月5日 - )は、日本の元プロボクサー。元WBC世界フェザー級王者。 福岡県福岡市出身。九州産業大学付属九州高等学校卒業。 現役引退後は、師でもある実父・英武が創設したFukuokaジム(旧・福間スポーツジム)の会長職を引き継いでいる。 日本人男子最年長となる35歳での世界王座初奪取を成し遂げた。 愛称は玄海のリュウ。 生後間もなく両親が離婚し、元プロボクサーである父親・英武の男手一つで育てられる。中学時代は野球部に所属していたが、3年時に英武がFukuokaジムの前身である「福間スポーツジム」を開設。これを機に、父との二人三脚でプロボクサーを目指し始める。
坂本 博之(さかもと ひろゆき、1970年12月30日 - … 坂本 博之(さかもと ひろゆき、1970年12月30日 - )は、日本の元プロボクサー。福岡県田川市出身。 太い骨格から放たれるパワーのあるパンチで「平成のKOキング」「和製デュラン」とも呼ばれた。日本ならびに東洋太平洋ライト級王座を獲得し、世界ランキングは最高でWBCライト級1位。 幼少時に両親が離婚し、親類に預けられた。生活は極貧だったといい、トイレを使わせてもらえない等の虐待も受けたという。食事は学校の給食のみで、「休みの日は、弟と一緒にザリガニを捕まえ食したこともある。」と坂本は後に語っている。その後、弟が栄養失調で倒れた事をきっかけに虐待が発覚。坂本は弟と共に、福岡市東区の養護施設『和白青松園』に預けられた。
寺尾 新(てらお しん、1970年12月24日 - )は、日… 寺尾 新(てらお しん、1970年12月24日 - )は、日本のキックボクサーで、元プロボクサー、プロレスラーである。東京都八王子市出身。ボクシング元日本フライ級2位、キックボクシングUKF東洋フェザー級初代王者。プロボクシングKSD杯フライ級優勝。 21歳で伊原ジムに入門しキックボクサーとしてデビュー。8戦経験し日本キックボクシング連盟ランキング入りを果たした。 1995年、開設されたばかり八王子中屋ジムに入門しボクシングに転向。同ジム第1号プロとして9月22日のデビュー戦を勝利で飾る。しかし2戦目はKO負け。 1998年5月18日、当時OPBF東洋太平洋フライ級王者でWBA5位・WBC7位にランクされていたマニー・パッキャオと後楽園ホールでノンタイトルを戦い、3度のダウンを奪われ1R2分59秒でKO負けを喫した。
土橋 茂之(どばし しげゆき、1970年11月19日 - )… 土橋 茂之(どばし しげゆき、1970年11月19日 - )は、日本の元アマチュアボクシング選手。千葉県出身。バルセロナオリンピックライト級日本代表。右ボクサータイプ。身長173cm。千葉英和高等学校、法政大学卒業。