中川 成美(なかがわ しげみ、1951年7月19日-)は、日… 中川 成美(なかがわ しげみ、1951年7月19日-)は、日本の文学研究者。文学博士(立教大学・論文博士・2010年)。立命館大学文学部日本文学専攻特任教授。専攻は日本近現代文学・文化研究。 1951年東京都生まれ。1975年立教大学文学部日本文学科卒、同大学院文学研究科博士課程日本文学専攻単位取得退学。2010年に立教大学より文学博士の学位を取得。 神奈川近代文学館職員、同志社女子大学助教授を経て、1995年立命館大学文学部人文学科日本文学専攻助教授、1996年教授。スタンフォード大学客員教授(2002年)、ホーチミン人文社会科学大学客員教授(2009年)、パリ第7大学特別招聘教授(2011年)、ストラスブール大学客員教授(2016年9月)を経て、立命館大学文学部日本文学専攻特任教授。
澤井 義次(さわい よしつぐ、1951年7月15日 - )は… 澤井 義次(さわい よしつぐ、1951年7月15日 - )は、日本の宗教学者、ヒンドゥー教研究者、天理教教義学者。天理大学名誉教授。 1951年、奈良県生まれ。天理高等学校から、天理大学文学部宗教学科へ進み、宗教心理学者の松本滋らに学ぶ。天理大学卒業後、東北大学大学院(宗教学)へ進学し、楠正弘らに学ぶ。 同大学博士課程へ進学後、アメリカのハーバード大学大学院へ留学。宗教学者ウィルフレッド・キャントウェル・スミス(Wilfred Cantwell Smith)、ジョン・カーマン(John B. Carman)、インド学のダニエル・インゴールス(Daniel H.H. Ingalls) らに学ぶ。Ph. D論文はインドのヴェーダーンタ哲学者シャンカラを開祖とするシャンカラ派の宗教思想について。
三沢 直子(みさわ なおこ、1951年7月 - )旧姓三上(… 三沢 直子(みさわ なおこ、1951年7月 - )旧姓三上(みかみ)は、日本の心理学者・心霊学研究者。学位は、文学博士(心理学)。元臨床心理士。 1983年早稲田大学大学院文学研究科心理学専攻博士課程修了、2000年「統合型HTP法(S-HTP)に関する臨床的・発達的基礎研究」により文学博士取得。2002年~2007年明治大学文学部心理臨床学科教授。 順天堂大学付属精神医学研究所、東芝病院神経科、中央鉄道病院精神神経科などで臨床心理士として働く一方で、東京都精神医学総合研究所臨床心理研究部門などで描画テスト統合型HTP法の研究を続けてきた。 子育て後は、鉄道弘済会福祉相談室「母と子の心理相談」、中野区子ども家庭支援センターなどで子育て支援・相談活動を行い、1999年にはNPO法人コミュニティ・カウンセリング・センターを設立、子育て支援者の養成支援活動やカナダの親教育プログラム「Nobody’s Perfect 完璧な親なんていない!」を導入・全国普及に努めた。
入澤 充(いりさわ みつる、1951年6月29日 - )は、… 入澤 充(いりさわ みつる、1951年6月29日 - )は、日本の教育法学研究者である。 現在、国士舘大学法学部教授。専門は教育法学、スポーツ法学。群馬県出身。 群馬県北群馬郡伊香保町(現渋川市)で出生。1976年3月 立正大学経済学部経済学科卒業。 1976年4月 - 1998年6月 総合労働研究所、エイデル研究所研究員(その後、同研究所及びエイデル研究所で季刊教育法編集長を歴任。)。 1996年4月 - 1998年3月 昭和女子大学人間社会学部非常勤講師(教育法規・法学・教育制度論)。1998年4月 - 2001年3月 東京女子体育大学体育学部講師(法学・スポーツ法学)。2001年4月 - 2007年3月 東京女子体育大学体育学部助教授(法学・スポーツ法学)。
鈴木 直(すずき ただし、1951年6月25日 - )は、日… 鈴木 直(すずき ただし、1951年6月25日 - )は、日本の古生物の研究者。元いわき市アンモナイトセンター主任研究員。フタバスズキリュウの発見者として著名。
村嶋 英治(むらしま えいじ、1951年5月3日 - )は、… 村嶋 英治(むらしま えいじ、1951年5月3日 - )は、東南アジア大陸部地域研究者。専門分野は19世紀半ばから100年間ほどのタイ。早稲田大学名誉教授。福岡県篠栗町出身。
小倉 斉(おぐら ひとし、1951年5月 - )は、日本の日… 小倉 斉(おぐら ひとし、1951年5月 - )は、日本の日本文学研究者。専門は森鷗外をはじめとした近現代文学。学位は、文学修士(早稲田大学)。元愛知淑徳大学文学部国文学科教授。 岐阜県出身。1974年、早稲田大学教育学部国語国文学科卒業、1977年、早稲田大学大学院文学研究科日本文学専攻修士課程修了(文学修士)。岐阜県立高校教員を経て、1983年、愛知淑徳短期大学専任講師。1988年、同短期大学国文学科助教授、1993年同教授。1998年、愛知淑徳大学文学部国文学科教授。2022年、同大学を定年退職。 愛知県の10年経験者教員研修をはじめとして、「名古屋市教員育成指標等に係るあり方懇親会」委員や「愛知県教員の資質向上に関する指標策定等協議会」委員などを歴任し、愛知県の教育行政に貢献した。
松村 友視(まつむら ともみ、1951年3月31日 - )は… 松村 友視(まつむら ともみ、1951年3月31日 - )は、日本近代文学研究者、慶應義塾大学名誉教授。 静岡県焼津市生まれ。1969年静岡県立静岡高等学校卒業。1974年慶應義塾大学経済学部卒業、1982年同大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学、1985年慶大文学部助手、1988年助教授、1998年教授。2014年日本近代文学会常務理事、2015年代表理事。同年慶大を定年退任、名誉教授。泉鏡花などを研究した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
ジャンボ鶴田(ジャンボつるた、1951年〈昭和26年〉3月2… ジャンボ鶴田(ジャンボつるた、1951年〈昭和26年〉3月25日 - 2000年〈平成12年〉5月13日)は、日本のプロレスラー、スポーツ科学研究者。本名及び旧リングネーム:鶴田 友美(つるた ともみ)。 全日本プロレスで活動した三冠ヘビー級王座の初代王者であり、日本人初の第30代AWA世界ヘビー級王者である。 1972年ミュンヘンオリンピックのレスリングである、グレコローマンスタイル最重量級日本代表を経て、その後全日本プロレスへ入門する。ジャイアント馬場の後を継ぐ次世代・全日本プロレスの若き大型エースとしても期待され、順調に頭角を現しトップレスラーの1人として活動した。しかし後にB型肝炎を発症したことにより第一線を退く形となる。
府川 充男(ふかわ みつお、1951年2月23日 - )は、… 府川 充男(ふかわ みつお、1951年2月23日 - )は、日本の印刷史研究者、タイポグラファー。『印刷史研究』(印刷史研究会)編輯委員。 横浜市に生まれる。桐朋中学校・高等学校卒業、早稲田大学教育学部教育学科教育学専攻抹籍。1970年代中葉に雑誌編集者となり、校正、割付、デザイン、広告営業、書店営業も手掛けるようになった。当時は写研の黄金時代だが既製の写植書体にあきたらず、版面設計の材料をふやす目的で、活字の清刷などを基にした仮名文字盤を自作し始める。1980年代に制作された築地体や秀英体を中心とする、活字書体によるおのおの一点ものの仮名文字盤は数十種類に及ぶ。活字書体の探求が近代印刷史を渉猟するきっかけとなって、分析書誌学というあくまで印刷版面を基点とする方法を援用しつつ、組版、印刷とその周辺技術、文化事象の歴史的解明をはかる。
佐野 みどり(さの みどり、1951年2月17日 - )は、… 佐野 みどり(さの みどり、1951年2月17日 - )は、日本の日本美術研究者。学習院大学教授。博士(文学)(東京大学、1997年)(学位論文「風流造形物語-日本美術の構造と様態」)。『源氏物語絵巻』など絵巻物の研究が専門。
高橋 哲夫(たかはし てつお、1951年1月27日 - )は… 高橋 哲夫(たかはし てつお、1951年1月27日 - )は、日本の観光学研究者、文化学園大学教授。日本航空出身で、取締役を務めたほか、関連会社の社長職などを歴任した。 1974年に一橋大学法学部を卒業して、日本航空に入社し、ワシントンD.C.やニューヨーク駐在を含め、航空会社の実務を幅広く経験した。 2005年、日本航空インターナショナル取締役兼日本航空ジャパン取締役となり、空港サービスを担当した。2006年には、当時の新町敏行社長らに退任を要求する「クーデター劇」を起こした4人の取締役のひとりとなり、その事態収拾の中で、取締役を退任した。その後は、2006年にジャルロイヤルケータリング社長、2008年にジャルパック社長となり、さらに独立行政法人国際観光振興機構 (JNTO) 監事などを歴任し、2010年に文化学園大学現代文化学部教授となった。
山田 正(やまだ ただし、1951年1月7日 - )は、日本… 山田 正(やまだ ただし、1951年1月7日 - )は、日本の土木工学、気象学、水文学研究者、中央大学理工学部土木工学科教授。防災や水利など、河川や水に関する諸問題の専門家として、長年にわたり多数の政府委員、審議員、自治体委員等を務めている。
岡部 史(おかべ ふみ、1951年 - )は、日本の翻訳家、… 岡部 史(おかべ ふみ、1951年 - )は、日本の翻訳家、食文化研究者、児童文学作家、歌人。塔短歌会所属。 米沢興譲館高等学校を受験、入学するが、父の転勤により東京に移り、一年の二学期より都立雪谷高校へ編入学。1974年、日本女子大学文学部史学科卒業。 横浜市役所に10年間勤務後、夫の渡米に伴いアメリカのノースカロライナ大学で学ぶ。 1983年、塔短歌会入会。 帰国後は児童文学の翻訳に携わり、児童文学を中心に好きな本を翻訳。1989年に初の訳書『はだしのバレリーナ』(ポプラ社)を刊行。 1993年、翻訳作品『魔女図鑑』(マルカム・バード著)が、剣淵町絵本の館が主催する第3回剣淵絵本の里大賞を受賞。
高野 晴代(たかの はるよ、1951年 - )は、日本の日本… 高野 晴代(たかの はるよ、1951年 - )は、日本の日本文学研究者。専門は中古文学、日記文学、王朝和歌。日本女子大学名誉教授。 1974年日本女子大学文学部国文学科卒業、1980年日本女子大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。星美学園短期大学講師、助教授、教授を経て、2007年に日本女子大教授に就任した。2016年には日本女子大文学部長に就任し、2020年に定年退職するまで同職にあった。2020年定年退職、名誉教授、日本女子大学客員研究員。
佐藤 友美子(さとう ゆみこ、1951年 - )は、日本の研… 佐藤 友美子(さとう ゆみこ、1951年 - )は、日本の研究者。専攻は生活文化論。学校法人追手門学院大学理事、大阪ガス取締役。 三重県出身。京都府立洛東高等学校を経て、1975(昭和50)年に立命館大学文学部日本文学科を卒業。サントリーに入社後、1989年(平成元年)にサントリー不易流行研究所(現・次世代研究所)の設立メンバーとなる。 小泉純一郎首相の観光立国懇親会を始め、中央環境審議会委員会、国土審議会専門委員などを歴任。2000年-2005年国際日本文化研究センター客員教授。2004(平成16)年には、神戸大学経営協議会学外委員に就任した。サントリー不易流行研究所部長、在財団法人サントリー文化財団上席フェローを経て、2013年10月追手門学院大学特別任用教授兼地域文化創造機構特別教授。
秋元 美晴(あきもと みはる、1951年 - )は、日本の国… 秋元 美晴(あきもと みはる、1951年 - )は、日本の国語学者、日本語教育研究者。恵泉女学園大学人文学部日本語日本文化学科教授。東京都生まれ。
小林 正博(こばやし まさひろ、1951年〔昭和26年〕- … 小林 正博(こばやし まさひろ、1951年〔昭和26年〕- )は、日本の仏教学者・古文書研究者。日蓮の真筆文書の研究を専門とする。 1951年 東京都に生まれる。1974年 学習院大学法学部政治学科卒。 1983年 立正大学仏教学部日蓮宗学科卒。 1988年 同大学院文学研究科博士課程中退。 2008年 「日蓮遺文の基礎的研究 文献学と古文書学からのアプローチ」で立正大学博士(文学)。 2015年 一般社団法人古文書解読検定協会を設立。 一般社団法人古文書解読検定協会代表理事。公益財団法人東洋哲学研究所主任研究員。公益財団法人東京富士美術館評議員。創価大学文系大学院兼任講師。学園都市大学古文書研究会顧問。
杉原 志啓(すぎはら ゆきひろ、1951年 - )は、日本の… 杉原 志啓(すぎはら ゆきひろ、1951年 - )は、日本の音楽評論家、日本近代思想史研究者。 おもに音楽評論家として活動し、多くの編著書があるが、徳富蘇峰を中心とした日本近代思想史の研究者としての著作もあり、学習院女子大学、フェリス女学院大学、東京藝術大学のほか、出身地にある東北公益文科大学などで非常勤講師を務めた。 山形県酒田市出身。学習院大学で坂本多加雄に師事し、2002年に坂本が没した後は、坂本の選集などの編集・監修に当たった。1993年に『蘇峰と「近世日本国民史」 -大記者の「修史事業」』で、学習院大学より博士(政治学) を取得。
大浦 康介(おおうら やすすけ、1951年 - )は、日本の… 大浦 康介(おおうら やすすけ、1951年 - )は、日本の文筆家、フランス文学・文学理論研究者。京都大学名誉教授。 1970年京都市立塔南高等学校卒業。1975年京都大学文学部仏文科卒。1980年同修士課程修了。1981-84年パリ高等師範学校 (École Normale Supérieure, rue d'Ulm) 在学。1986年京都大学大学院博士課程満期退学。パリ第7大学第三課程博士。1986年京都大学助手、1987年甲南女子大学助教授、1989年京都大学人文科学研究所助教授、2004年同教授、2017年定年退職、名誉教授。1997年フランス政府より教育功労章シュヴァリエ受章。
田中 洋(たなか ひろし、1951年 - )は、日本の経営学… 田中 洋(たなか ひろし、1951年 - )は、日本の経営学者(マーケティング研究者)。 中央大学大学院戦略経営研究科(中央大学ビジネススクール)教授を経て、同大学名誉教授。日本マーケティング学会2代目会長。 専門はブランド論、消費者行動論、広告論。 1951年愛知県名古屋市生まれ。1967年南山中学校(男子部)卒業。1970年南山高等学校(男子部)卒業。 1975年上智大学外国語学部イスパニア語学科卒業。1985年南イリノイ大学カーボンデール校大学院ジャーナリズム研究科修士課程修了。1991年慶應義塾大学大学院商学研究科商学専攻博士後期課程単位取得満期退学。2009年京都大学大学院経済学研究科より博士(経済学)の学位を取得(論文博士)。
鈴木 登美(すずき とみ、1951年 - )は、アメリカ合衆… 鈴木 登美(すずき とみ、1951年 - )は、アメリカ合衆国在住の日本文学研究者、コロンビア大学教授。専門は比較文化論・文学理論・ジェンダー理論ほか。森鴎外や谷崎潤一郎などの日本近代文学をモダニズムの観点からとらえなおそうとする研究で注目され、ケンブリッジ大学出版会刊による浩瀚な日本文学史の編纂などでも知られる。 東京都出身。1974年に東京大学教養学部教養学科フランス科卒業、1977年に同大学修士課程を修了後、1988年にイェール大学にて博士号(Ph.D)を取得。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)講師、ニューヨーク市立大学クィーンズ・カレッジ助教授を経て、1996年からコロンビア大学の東アジア言語文化学部(EALAC)に着任。
高田 和文(たかだ かずふみ、1951年 - )は、日本のイ… 高田 和文(たかだ かずふみ、1951年 - )は、日本のイタリア演劇・イタリア文化研究者。静岡文化芸術大学名誉教授。公益財団法人日伊協会副会長。 北海道士別市出身。1974年東京外国語大学イタリア語科卒、1980年同大学院外国語学研究科ロマンス系言語専攻修士課程修了。イタリア・ナポリ東洋大学日本語学科講師(1983年)、在イタリア日本大使館専門調査員(1989年~1991年)、NHK教育テレビイタリア語会話講師(1992年~1994年)、NHKラジオイタリア語講座講師(1995年~1998年、2003年)、国際交流基金ローマ日本文化会館館長(2007年~2010年)を歴任した。2000年~2017年、静岡文化芸術大学教授、2014年~2017年同副学長。
川浦 康至(かわうら やすゆき、1951年 - )は、日本の… 川浦 康至(かわうら やすゆき、1951年 - )は、日本の社会心理学、コミュニケーション学研究者、東京経済大学名誉教授。メディアとコミュニケーションの社会心理学を主な専門としており、インターネットが普及して以降の時期には、ネットを介したコミュニケーションの心理について様々な検討をおこなっており、多くの関連書の翻訳にも関わった。 長野県長野市に生まれる。東京学芸大学教育学部学校教育学科を卒業後、心理学を専攻して東京都立大学人文科学研究科修士課程を修了し、さらに博士課程に学び、単位取得満期退学となった。 電気通信総合研究所研究員を経て、横浜市立大学国際文化学部助教授となり、後に教授に昇任した。 この間、1994年に電気通信普及財団賞(テレコム社会科学賞)、1997年に日本社会心理学会島田賞を受賞している。
藤田 晴央(ふじた はるお、1951年- )は、日本の詩人、… 藤田 晴央(ふじた はるお、1951年- )は、日本の詩人、エッセイスト、評論家、児童文学研究者、(元)放送ディレクター。青森県弘前市出身・在住。日本大学ドイツ文学科卒業。 日本現代詩人会会員、青森県詩人連盟会長、弘前市立郷土文学館運営委員会委員長。 RAB青森放送のディレクターとして、 白神山地、三内丸山縄文遺跡、教育問題にまつわるテレビドキュメンタリーを多く企画・演出(2016年退職)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
福島 富士男(ふくしま ふじお、1951年 - )は、日本の… 福島 富士男(ふくしま ふじお、1951年 - )は、日本のアフリカ文学研究者、翻訳家。首都大学東京教授。 宮崎市生まれ。一橋大学卒業。東京都立大学大学院博士課程中退。國學院大學助教授、都立大学助教授を経て、首都大学東京基礎教育センター教授。 南アフリカやジンバブエを中心とする英語、ショナ語などの現代文学、アフリカの民話、口承文芸を専攻する。ナディン・ゴーディマの翻訳が多い。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
山口 昇(やまぐち のぼる、1951年〈昭和26年〉 - )… 山口 昇(やまぐち のぼる、1951年〈昭和26年〉 - )は、日本の陸上自衛官、研究者、軍事評論家。最終階級は陸将。国際大学国際関係学研究科教授。タフツ大学フレッチャー・スクール修士。元ハーバード大学ジョン・M・オーリン戦略研究所国家安全保障客員フェロー。三重県出身。 1974年、防衛大学校卒業。第18期。同期に火箱芳文、杉本正彦など。 同年、陸上自衛隊航空科部隊配属。1983年、陸上自衛隊幹部学校指揮幕僚課程修了。1988年フレッチャー・スクール修了、同修士号取得。1991年、ハーバード大学ジョン・M・オーリン戦略研究所客員研究員。 外務省北米局日米安全保障条約課出向、統合幕僚会議事務局軍備管理・軍縮班長、第11師団司令部第3部長(作戦担当)、陸上幕僚監部防衛調整官を経て、1999年から2001年まで外務省在アメリカ合衆国日本国大使館首席防衛駐在官(外務事務官・在米国日本大使館付参事官(国防・陸軍担当))。
木股 知史(きまた さとし、1951年 - )は、日本の日本… 木股 知史(きまた さとし、1951年 - )は、日本の日本近代文学研究者。学位は、文学博士(立命館大学・論文博士・2008年)(学位論文『画文共鳴』)。甲南大学名誉教授。専門は石川啄木研究、および近代日本文学と美術の交流の研究。 兵庫県生まれ。1975年立命館大学文学部日本文学科卒、1982年同大学院博士課程単位取得満期退学。国崎望久太郎に師事。甲南大学助教授、文学部日本文学科教授、文学部学部長(2014~2015年度)。2008年『画文共鳴』で立命館大学より文学博士の学位を取得。2020年退職、名誉教授となる。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
高橋 広満(たかはし ひろみつ、1951年 - )は、日本の… 高橋 広満(たかはし ひろみつ、1951年 - )は、日本の日本近代文学研究者。相模女子大学名誉教授。 群馬県生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。早稲田大学本庄高等学院教諭、相模女子大学教授。退職して名誉教授。
高橋 薫(たかはし かおる、1950年12月27日 - )は… 高橋 薫(たかはし かおる、1950年12月27日 - )は、日本のフランス研究者。中央大学名誉教授。 専門はフランス16世紀研究。東京都出身。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
小島 信明(こじま のぶあき、1950年(昭和25年)12月… 小島 信明(こじま のぶあき、1950年(昭和25年)12月10日 - )は、日本の実業家・研究者。三菱商事にて初めて本格的な新分野、新事業開発に10年間携わった商社の中でも極めてユニークな経験を持つ。結果、地球環境インフラグループの立ち上げに尽力し、水、環境事業の他、特に再生可能エネルギー分野において多くの国際的なプロジェクトを推進した。新事業創生サポートの観点から日立製作所やセコムの顧問、早稲田大学教授を歴任。現在は東北大学客員研究員および早稲田大学招聘研究員、NanoFrontier株式会社や株式会社Wanderlust、長大他の顧問として、教育・研究・企業支援活動にも従事している。
佐藤 良明(さとう よしあき、1950年10月13日 - )… 佐藤 良明(さとう よしあき、1950年10月13日 - )は、日本のアメリカ文学・ポピュラー音楽研究者、翻訳家。東京大学名誉教授。元放送大学教授。 山梨県生まれ、群馬県高崎市育ち。兄は、多摩美術大学名誉教授でグラフィックデザイナーの佐藤晃一。 トマス・ピンチョン研究でデビューし、1980年代に人類学者グレゴリー・ベイトソンの研究や翻訳を軸とした評論活動を行う。 1990年代は、東京大学教養学部における英語教育改革を柴田元幸らと主導。全学共通の英語テキスト『The Universe of English』(東京大学出版会)シリーズは学内外から反響を呼んだ。 2000年以降は、ポピュラー音楽研究に主軸を移し、また『リトル・チャロ』等の放送教材製作に関わり、新潮社『トマス・ピンチョン全小説』の翻訳を完結に導く。
服部良久(はっとり よしひさ、1950年9月 - )は、日本… 服部良久(はっとり よしひさ、1950年9月 - )は、日本の歴史学者、西洋史研究者。京都大学名誉教授。専門はドイツ中世史。主として、領邦内の地域社会における、紛争とその解決およびコミュニケーションのあり方を研究対象とする。 三重県生まれ。1973年京都大学文学部史学科卒業、77年同大学院博士課程中途退学。1978年天理大学外国語学部講師に就任。1983年富山大学人文学部助教授、1990年京都大学文学部助教授を経て、1995年同教授。1996年より京都大学大学院文学研究科教授。1998年、論文「ドイツ中世の領邦と貴族」にて博士(文学)の学位を取得。2012~2013年度、文学研究科長および文学部長。
加藤 二郎(かとう じろう、1950年9月 - 2002年8… 加藤 二郎(かとう じろう、1950年9月 - 2002年8月17日)は、日本近代文学研究者。山形県生まれ。1973年東北大学文学部国文科卒、78年同大学院博士課程単位取得退学、1979年宇都宮大学教養部講師、助教授、94年国際学部助教授、教授。2000年「漱石と禅」で東北大学より博士(文学)を取得。
島田 修三(しまだ しゅうぞう、1950年8月18日 - )… 島田 修三(しまだ しゅうぞう、1950年8月18日 - )は、日本の歌人、日本古典文学研究者。愛知淑徳大学学長。 神奈川県横浜市生まれ。歌誌「まひる野」運営委員。1975年横浜市立大学文理学部日本文学専攻卒業、「まひる野」に入会。1982年早稲田大学大学院博士課程中退。専攻は万葉集。在学中に武川忠一が顧問を務める「短歌研究会」に所属し、内藤明、小島ゆかり、米川千嘉子らと活動した。 愛知淑徳大学文化創造学部教授、副学長を経て、2011年より学長。学生時代に吉野秀雄『寒蝉集』の影響を受け、窪田章一郎に師事。中日新聞歌壇選者。古典の教養を背景としながら、現代の消費社会を露悪的・批評的に表現する過激な歌風が特徴。
西條 勉(さいじょう つとむ、1950年8月13日 - 20… 西條 勉(さいじょう つとむ、1950年8月13日 - 2015年3月31日)は、日本文学研究者。本名は、小金 勉(こがね つとむ)。 北海道別海町生まれ。1953年早稲田大学文学部卒、同大学院文学研究科単位取得満期退学。国士舘大学助教授、専修大学文学部教授、2011年退職。専攻・日本古代文学・神話学。1995年「〈皇祖神=天照大神〉の誕生と伊勢神宮」などの業績により、第12回上代文学会賞を受賞。2004年「古事記にみる古代王権の神話と系譜に関する研究」で早大博士(文学)。2015年3月31日、多系統萎縮症のため、相模原市緑区の病院で死去、64歳。
大林 雅之(おおばやし まさゆき、1950年7月29日 - … 大林 雅之(おおばやし まさゆき、1950年7月29日 - )は、日本のバイオエシックス(生命倫理学)、科学史・科学哲学の研究者。日本生命倫理学会元代表理事・会長。 1986年に上智大学大学院理工学研究科生物科学専攻博士後期課程を単位取得満期退学する。 1991年、産業医科大学医学部医学科医学概論教室講師に就任。1997年に山口大学医学部医学科医療環境学講座教授となる。以後、川崎医療福祉大学医療福祉学部(2002年)、京都工芸繊維大学繊維学部(2004年、後に大学院工芸科学研究科)、東洋英和女学院大学人間科学部(2008年)で教授を歴任した。 2011年に日本生命倫理学会第8期代表理事・会長に就任する(2014年まで)。
灰島 かり(はいじま かり、1950年6月2日 - 2016… 灰島 かり(はいじま かり、1950年6月2日 - 2016年6月14日)は、日本の児童文学研究者・翻訳家。白百合女子大学講師。 本名・鈴木貴志子。旧姓・蓜島。 千葉県生まれ。割烹旅館や料亭を経営する裕福な家庭に生まれる。実家の『鴻月』は大正時代創業の市川三業組合に属する料理旅館で、市川市国府台にあった行楽地「里見八景園」の一事業として始まり、渡し船など遊船業も行っていた地元の老舗だった。 お茶の水女子大学附属中学校・高等学校を経て国際基督教大学を6年で卒業。中学より幾度か留学する。高校時代に沢田博脚本演出の高校演劇に客演し、大学時代は演劇に熱中して浪曼劇場研究生となる。大学卒業後(卒論テーマはアラン・ガーナー)、ホテルの通訳、資生堂宣伝部『花椿』編集部、コピーライターを経て、出産後翻訳などを手掛け、1994年に夫のサバティカルに同行して渡英し、サリー大学ローハンプトン大学院児童文学科で児童文学を学ぶ。
南谷 覺正(みなみたに あきまさ、1950年6月 - )は、… 南谷 覺正(みなみたに あきまさ、1950年6月 - )は、日本の文学研究者。群馬大学社会情報学部教授。山口県岩国市出身。専門は文学・文化論など。谷 阿休(たに あきゅう)の筆名で翻訳を行ったこともある。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
加賀野井 秀一(かがのい しゅういち、1950年5月28日 … 加賀野井 秀一(かがのい しゅういち、1950年5月28日 - )は、フランス哲学研究者、言語学者。中央大学理工学部教授を定年退任後は名誉教授。 高知県高知市生まれ。父・朗は高知新聞の記者。幼少期には父の転勤が多く、小学校は東京・高知・大阪と転校をくり返し、デラシネの生活をおくったという。大阪府池田市の北豊島中学校には同級生に、後に社会学者となる坂本ひろ子やコンピューター・グラフィックス専門家の高沖英二がおり、ロッキング・オンの渋谷陽一が一年下のクラスにいた。 高知市の土佐高校に進み、自由闊達な校風を身につけ、高校では二年先輩に英文学の大家・高山宏、劇作家・演出家の笠井賢一がいた。中央大学文学部仏文科に入学し、大学の指導教授はソシュール研究家の丸山圭三郎だが、哲学科の木田元にも学ぶ。
藤村 新一(ふじむら しんいち、1950年(昭和25年)5月… 藤村 新一(ふじむら しんいち、1950年(昭和25年)5月4日 - )は、日本の元考古学研究者。特定非営利活動法人「東北旧石器文化研究所」元副理事長。 発掘に携わった遺跡から次々と新たな発見を行ったことから「神の手(ゴッドハンド)」と呼ばれ、脚光を浴びたが、2000年11月5日の毎日新聞朝刊での報道を皮切りに旧石器捏造事件が発覚。この事件は日本考古学協会が「社会的な信用を大きく失墜させた」とするほどの問題となり、国内外に大きな衝撃を与えた人物として知られる。捏造発覚後再婚し、妻の苗字を名乗っているため、藤村は旧姓である。宮城県出身。 1950年、加美郡中新田町(現在の加美町)生まれ。子供時代に土器を拾い、古代に憧れを持つ。
久保 朝孝(くぼ ともたか、1950年5月 - )は、日本の… 久保 朝孝(くぼ ともたか、1950年5月 - )は、日本の中古文学研究者。元愛知淑徳大学教授。専攻は日本中古文学。特に、紫式部『源氏物語』『紫式部日記』『紫式部集』及びその伝記。 宮城県仙台市に生まれる。1977年、早稲田大学教育学部国語国文学科卒業、1982年、同大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学。同年、愛知淑徳短期大学国文学科専任講師、1987年、助教授、1992年、教授。1995年、愛知淑徳大学現代社会学部教授(文学部兼担)、1999年、文学部教授。2008年、図書館長、2009年-15年、文学研究科長。
新宮 一成(しんぐう かずしげ、1950年4月17日 - )… 新宮 一成(しんぐう かずしげ、1950年4月17日 - )は、日本の医学者・精神科医・ラカン研究者。京都大学名誉教授。医学博士(京都大学・1985年)。 大阪市東淀川生まれ。薬品を扱う自営業の家庭で育つ。小さい頃は身体が弱かった。思春期は山や川を見るのを好み、考古学に関心をもち歴史探索をするのが趣味であった。ピアノにも関心を抱く。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
たつみ 都志(たつみ とし、女性、1950年3月16日 - … たつみ 都志(たつみ とし、女性、1950年3月16日 - )は、日本近代文学の研究者・小説家。武庫川女子大学名誉教授。本姓は辰巳。旧姓は冨山。父親は関西大学商学部名誉教授の冨山忠三。大阪府豊中市出身。 谷崎潤一郎の研究が中心で、ほかに川端康成、また近年は古典芸能に関する論考もある。谷崎の岡本の旧邸が阪神・淡路大震災で倒壊したあと、谷崎の短篇「鶴唳」にちなんでこれを「鎖瀾閣」と名づけ(以前からそう呼ばれていたわけではない)、建て直しのための義捐金を募る活動の中心人物となった。1994年小説「イノセント・イモラル・マミー」で神戸市文学賞佳作。佐々木湘の筆名で続編を『神戸っ子』に連載、96年に『ママにはkissがよく似合う』として上梓した。
藤井 淑禎(ふじい ひでただ、1950年2月23日 - )は… 藤井 淑禎(ふじい ひでただ、1950年2月23日 - )は、日本近代文学の研究者。立教大学名誉教授。 愛知県豊橋市生まれ。1974年慶應義塾大学文学部卒業、1979年立教大学大学院博士課程満期退学、同年東海学園女子短期大学専任講師、1985年助教授、1990年立教大学文学部助教授、1992年教授。立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター長。2015年定年退任、名誉教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
矢野 義昭(やの よしあき、1950年(昭和25年)1月5日… 矢野 義昭(やの よしあき、1950年(昭和25年)1月5日 - )は、日本の陸上自衛官、研究者。拓殖大学・岐阜女子大学客員教授。学位は博士(安全保障)(拓殖大学・2013年)。最終階級は陸将補。日本安全保障フォーラム会長。 大阪府の出身で、大阪市立堀江中学校、大阪府立大手前高等学校を経て、1972年(昭和47年)に京都大学工学部機械工学科を卒業すると京都大学文学部中国哲学史学科へ学士入学して1974年(昭和49年)に卒業する。2013年(平成25年)7月に拓殖大学で博士(安全保障)を修得する。 京都大学卒業後に陸上自衛隊へ一般幹部候補生として入隊し、第6普通科連隊長、兵庫地方連絡部長、第1師団副師団長兼練馬駐屯地司令などを務め、2006年(平成18年)12月に陸上自衛隊小平学校副校長から退官する。
松本 直司(まつもと なおじ NAOJI MATSUMOTO… 松本 直司(まつもと なおじ NAOJI MATSUMOTO、1950年 - )は、日本の建築の研究者。名古屋工業大学大学院教授。 専門は、建築計画、環境心理。 埼玉県立熊谷高等学校を経て、1974年東京工業大学卒業。1979年東京工業大学大学院博士課程修了。工学博士。 信州大学助教授、名古屋工業大学助教授を経て、名古屋工業大学大学院工学研究科社会工学専攻教授。
神山 彰(かみやま あきら、1950年(昭和25年) - )… 神山 彰(かみやま あきら、1950年(昭和25年) - )は、日本の演劇研究者。明治大学名誉教授。 東京都生まれ。1969年、東京都立三田高等学校卒業。1973年、明治大学文学部文学科卒業、1977年、同大学院文学研究科修士課程修了。1978年、国立劇場芸能部制作室勤務。1996年、明治大学文学部助教授、2001年教授。2021年定年退職、名誉教授。 2007年『近代演劇の来歴 歌舞伎の「一身二生」』で日本演劇学会河竹賞受賞。
矢嶋 泉(やじま いづみ、1950年 - )は、日本上代文学… 矢嶋 泉(やじま いづみ、1950年 - )は、日本上代文学研究者。神奈川県生まれ。本姓・矢島。学位は、文学博士(東京大学・2011年)(学位論文『古事記の文字世界』)。青山学院大学名誉教授(2019年)。
森下 隆(もりした たかし、1950年 - )は、研究者。慶… 森下 隆(もりした たかし、1950年 - )は、研究者。慶應義塾大学アート・センター所員。 1950年福井県小浜市生まれ。早稲田大学文学研究科前期課程修了。1972年からアスベスト館での舞台制作に関わり、土方巽の死後、土方巽記念資料館の設立と運営に携わる。慶應義塾大学アート・センター所員。土方巽アーカイヴを担当。 2020年に「土方巽・中西夏之メモリアル猿橋倉庫」設立と運営に携わる。 『土方巽 舞踏譜の舞踏—記号の創造、方法の発見』(慶應義塾大学アート・センター、2010年)『土方巽の舞踏―肉体のシュルレアリスム 身体のオントロジー』編著 (慶應義塾大学出版会、2003年)『不世出の舞踏家 土方巽』を秋田魁新報に連載(2011年1月~2017年1月、毎土曜日) 土方巽アーカイヴ慶應義塾大学アート・センター『土方巽・中西夏之メモリアル猿橋倉庫』