山之内 靖(やまのうち やすし、1933年4月22日 - 2… 山之内 靖(やまのうち やすし、1933年4月22日 - 2014年2月2日)は、日本の社会学者、歴史学者。東京外国語大学名誉教授、フェリス女学院大学名誉教授。専門は、現代社会理論、歴史社会学。 1933年、東京で生まれた。東京大学経済学部に入学し、大塚久雄に師事。卒業後、同大学大学院社会科学研究科に進んだ。 その後、東京外国語大学外国語学部教授に就任。1968年、学位論文『イギリス産業革命の史的分析』を東京大学に提出して経済学博士の学位を取得。在任中には附属図書館長も務めた。1996年からフェリス女学院大学文学部および国際交流学部で教鞭をとった。 2014年2月2日死去。80歳没。
河音 能平(かわね よしやす、 1933年3月25日 - 2… 河音 能平(かわね よしやす、 1933年3月25日 - 2003年11月22日)は、日本の歴史学者。大阪市立大学文学部名誉教授。専門は日本中世史。 兵庫県神戸市生まれ。甲南高等学校卒業。1957年京都大学文学部卒業。京都大学大学院文学研究科修士課程修了、1962年同博士課程単位取得退学。八代学院大学助教授を経て、1971年大阪市立大学文学部助教授就任。後、大阪市立大学文学部教授。1996年名誉教授。専門は日本中世で、ドイツ学者との交流や宗教史(天神信仰)の研究が有名。母方の祖父が子爵の石井行昌。 学生時代の同級生大山喬平(京都大学名誉教授)、大学院進学後は脇田晴子(滋賀県立大学名誉教授、文化勲章受章者)も同期になる。
平野 孝(ひらの たかし、1933年3月25日 - 1991… 平野 孝(ひらの たかし、1933年3月25日 - 1991年6月20日)は、日本の歴史学者。専門はアメリカ合衆国史。元お茶の水女子大学教授。 兵庫県出身。東京大学文学部卒業、東京大学大学院博士課程中退。1968年お茶の水女子大学講師、1970年助教授、1978年教授に就任。 1991年6月20日、呼吸不全のため死去。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
丸山 雍成(まるやま やすなり、1933年2月27日 - )… 丸山 雍成(まるやま やすなり、1933年2月27日 - )は、日本の歴史学者。専門は日本近世史、交通史。九州大学名誉教授。 現在の熊本県玉名市に生まれる。熊本県立玉名高等学校を経て1957年に東北大学文学部国史学科を卒業した。1965年に東北大学大学院文学研究科博士課程を修了した。 駒澤大学で講師・助教授を務めた後、1973年に[要出典]九州大学助教授に移り、九州大学で教授に昇格して、九州文化史研究施設長も務めた。この間、1977年に「近世宿駅の基礎的研究」により、東北大学より文学博士号を取得した。1994年に「日本近世交通史の研究」で日本学士院賞を受賞する。1996年に[要出典]九州大学を定年退官して、名誉教授となる。
我妻 建治(あがつま けんじ、1933年2月11日 - 20… 我妻 建治(あがつま けんじ、1933年2月11日 - 2022年10月25日)は、日本の歴史学者。第9代学校法人成城学園学園長、第13代成城大学学長、成城大学名誉教授。白石城調査指導委員会委員長、NHK放送研修センター評議員等も務めた。 宮城県白石市生まれ。宮城県白石高等学校を経て、東北大学卒業。1982年『神皇正統記論考』で東北大学文学博士の学位を取得。 成城大学文芸学部教授、成城大学民俗学研究所主事、成城大学文芸学部長等を経て、2001年から2007年まで第13代成城大学学長、2003年から2007年まで学校法人成城学園学園長。白石城調査指導委員会委員長や、財団法人NHK放送研修センター評議員等も務めた。
野口 洋二(のぐち ようじ、1933年1月28日 - )は日… 野口 洋二(のぐち ようじ、1933年1月28日 - )は日本の歴史学者。早稲田大学名誉教授。専門は西洋中世史、特に西洋中世の宗教政治史・文化史。 1951年東京都立大学附属高等学校卒業。1956年早稲田大学第一文学部史学科卒業。1962年早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。1964年早稲田大学文学部助手。1966~1968年、スイス政府給付留学生としてジュネーヴ大学へ留学した。1969年同講師、1972年同助教授、1977年同教授。同年、文学博士(早稲田大学)。1990年早稲田大学図書館長。1991年に総合学術情報センターの開館式を挙行する。早稲田大学理事(文化事業担当)、同大学総合研究機構長、同大学會津八一記念博物館長などを歴任した。
末川 清(すえかわ きよし、1933年1月25日 - 201… 末川 清(すえかわ きよし、1933年1月25日 - 2011年11月1日)は、日本の歴史学者。立命館大学名誉教授。専門は西洋史(ドイツ近代史)。 1933年、京都府京都市で法学者・末川博の長男として生まれた。。 1951年に京都府立鴨沂高等学校を卒業し、京都大学文学部に進学。西洋史学科で学び、1955年に卒業。同大学院文学研究科西洋史学専攻に進み、1957年に修士課程を修了。1960年、博士後期課程を単位満期取得退学。 立命館大学に勤務。2011年に死去。
由井 正臣(ゆい まさおみ、1933年1月10日 - 200… 由井 正臣(ゆい まさおみ、1933年1月10日 - 2008年4月4日)は、日本の歴史学者、早稲田大学名誉教授。専攻は日本近代史。近代日本における軍部の成立や田中正造についての研究で知られる。 長野県南佐久郡出身。長野県野沢北高等学校を経て、1956年早稲田大学第一文学部史学科卒業。1957年国立国会図書館職員、1963年国立国会図書館憲政資料室勤務、1968年国立国会図書館を退職し、駒澤大学文学部講師に着任。1971年同助教授。1973年早稲田大学文学部助教授。1978年同教授。2003年早稲田大学を定年退職、名誉教授。墓所は多磨霊園(10-2-10)。
田端 宏(たばた ひろし、1933年 - )は、日本の歴史学… 田端 宏(たばた ひろし、1933年 - )は、日本の歴史学者。北海道教育大学・道都大学名誉教授。 主に北海道史の中でも、松前藩史や場所請負制を研究。 1991年から1995年まで北海道教育大学岩見沢校主事 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
三木 太郎(みき たろう、1933年 - 2002年2月15… 三木 太郎(みき たろう、1933年 - 2002年2月15日)は、日本の歴史学者。駒澤大学名誉教授。専門は日本古代史。 東京都出身。駒澤大学高等学校(1期生)、駒澤大学文学部地理歴史学科卒業。1956年、駒澤大学高校の教諭(日本史)に着任。その後、駒澤大学北海道教養部教授に就任。 2002年2月15日、脳出血のため北海道岩見沢市の自宅で死去。
小泉 宜右(こいずみ よしあき、1933年 - 2019年7… 小泉 宜右(こいずみ よしあき、1933年 - 2019年7月7日 )は、日本の歴史学者。 1955年に卒業論文「東寺領播磨国矢野庄とその悪党について」をまとめ、國學院大學を卒業。同大学大学院に進み、論文「悪党の研究〔東寺領を中心として〕」を提出し、修士課程を修了。その後、東京大学史料編纂所に勤め、卒業論文の指導を受けた奥野高廣のもと、大日本史料第8編の編さんに従事する。1975年に同所助教授、1982年に教授となる。1993年に定年退職し、名誉教授となる。 本務に加えて、史料纂集では三箇院家抄、経覚私要鈔、政覚大僧正記の校訂を行い、岐阜県史、海老名市史、厚木市史にも携わった。また、学生時代から悪党の研究を続け、1981年にはその成果を『悪党』(教育社歴史新書)にまとめた。
松原 信之(まつばら のぶゆき、1933年 - 2019年1… 松原 信之(まつばら のぶゆき、1933年 - 2019年10月30日)は、日本の歴史学者、郷土史家。 福井市生まれ。福井大学教育学部卒。福井県立高志高等学校、福井県立丸岡高等学校教諭、県総務部県史編纂課課長補佐、県教育研究所第一課長、県立福井南養護学校長を最後に定年退職。坂井市立丸岡町図書館小葉田文庫名誉館長、福井市史編纂委員、坂井町誌編纂部長。
有泉 貞夫(ありいずみ さだお、1932年(昭和7年)12月… 有泉 貞夫(ありいずみ さだお、1932年(昭和7年)12月21日 - 2022年(令和4年)8月15日)は、日本の歴史学者、東京商船大学名誉教授。専門は日本近代政治史。 山梨県西八代郡市川大門町(現:市川三郷町)に生まれる。生家の市川有泉家は江戸後期に巨摩郡東南湖村出身(南アルプス市東南湖)の初代・久紀(市右衛門)を祖とする。酒造業を営み、父の直松は市川大門町長・政友会系の県議会議員。祖父は市川大門村初代村長で漢詩人の有泉米松(蘆堂)。兄の亨は県議会議員。 市川小学校、市川国民学校初等科を卒業し、1945年4月に山梨県立甲府中学校に入学する。戦時下には勤労動員され、陸軍飛行場(ロタコ)の工事にも従事する。
笹山 晴生(ささやま はるお、1932年12月8日 - 20… 笹山 晴生(ささやま はるお、1932年12月8日 - 2024年4月12日)は、日本の歴史学者。日本古代史専攻。学位は、文学博士(東京大学・論文博士・1989年)。東京大学名誉教授。 日本古代史専攻。古代日本の武力・兵制の研究者として著名。このほか山川出版社の高等学校用日本史教科書の執筆・編纂を担当。日本歴史学会会長、横手市史編纂委員、多摩市史編纂委員等も務める。 東京市豊島区雑司が谷生まれ。父は元衆議院議員笹山茂太郎。熊本市で小学校を終え、1951年秋田県立横手美入野高等学校(現・秋田県立横手高等学校)卒業。1955年東京大学文学部国史学科卒業。1960年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学、研究室助手となり、同年国史学科学生の樺美智子が安保闘争で死んだ時の国民葬では樺の遺影を掲げてデモ行進の先頭に立った。
毛利 敏彦(もうり としひこ、1932年12月1日 - 20… 毛利 敏彦(もうり としひこ、1932年12月1日 - 2016年3月12日)は、日本の歴史学者。大阪市立大学名誉教授。明治維新史学会顧問。専門は日本近代史(政治史・外交史)。 千葉県千葉市生まれ。1956年九州大学法学部卒業。1969年九州大学大学院法学研究科博士課程修了(日本政治外交史専攻)、「明治維新政治史序説」で法学博士。九州工業大学助教授、大阪市立大学助教授、教授、1996年定年退官、名誉教授、広島市立大学国際学部長・教授、2003年退職。 維新の十傑の江藤新平は縁戚にあたる。 2016年3月12日に腎不全のため死去。83歳没。 従来の研究では明治六年政変で西郷隆盛や江藤新平が下野したのは征韓論という外交問題での対立が原因という見方が支配的だった。
可児 弘明(かに ひろあき、1932年10月23日 - 20… 可児 弘明(かに ひろあき、1932年10月23日 - 2026年5月)は、日本の歴史学者、文化人類学者。慶應義塾大学名誉教授。専門は、東洋史、社会史、華僑華人研究。 1932年、千葉県で生まれた。慶應義塾大学文学部で学び、同大学大学院文学研究科を修了。 修了後は、香港中文大学の教員となった。帰国後、母校の慶應義塾大学助手に採用された。後に助教授、教授昇格。在任中には、同大学地域研究センター副所長も務めた。慶應義塾大学を定年退職し、名誉教授となった。その後は敬愛大学国際学部教授として教鞭を執った。 上記の在任中には、1965年〜1973年にかけて香港中文大学にて調査活動。また、1979年〜1980年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校ほかにてアメリカ華僑を調査。
伊藤 隆(いとう たかし、1932年(昭和7年)10月16日… 伊藤 隆(いとう たかし、1932年(昭和7年)10月16日 - 2024年(令和6年)8月19日)は、日本の歴史学者。東京大学名誉教授。専攻は日本近現代政治史。 日本近代史、特に昭和戦前期政治史研究の重鎮で、多くの近代日本一次史料の発掘公刊を代表として精力的に行った。日本教育再生機構顧問、新しい歴史教科書をつくる会元理事。国家基本問題研究所理事。 伊藤は東大助手時代の1966年に発表した論文「ロンドン海軍軍縮問題をめぐる諸政治集団の対抗と提携」を端緒として、第一次世界大戦から太平洋戦争の終戦までの日本近代史を「一体となった支配勢力は存在せず、国内政治過程において革新的な勢力が現状維持的な勢力に勝利を収める過程」と位置づけることで、天皇制ファシズム論に否定的な分析視角を提示した。
泉 澄一(いずみ ちょういち、1932年10月12日 - 2… 泉 澄一(いずみ ちょういち、1932年10月12日 - 2015年3月19日)は、日本の歴史学者。専門は日本中近世史。関西大学名誉教授。 1956年、大阪学芸大学卒業。小学校や高校の教員を務めながら、1966年関西大学大学院文学研究科日本史学専攻修士課程修了。在学中は横田健一、有坂隆道、薗田香融らの指導を受けた。1979年、関西大学文学部史学・地理学科に着任。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
大隅 和雄(おおすみ かずお、1932年10月10日 - )… 大隅 和雄(おおすみ かずお、1932年10月10日 - )は、日本の歴史学者、思想史家。専攻は中世思想史(仏教思想)。東京女子大学名誉教授。 1932年、福岡県福岡市生まれ。父大隅芳雄は鉱山学者で、九州帝国大学に勤めていた。戦時中であった1945年4月、全国から理系科目に秀でた生徒を特別に集めた広島高等師範学校附属中学校特別科学教育学級に進学。しかし戦局悪化にともない疎開中、広島へ原子爆弾が投下されたことにより校舎が壊滅し、福岡県立中学修猷館に転校した。 1951年、新制になった福岡県立修猷館高等学校を卒業。 東京大学に進み、1955年に文学部国史科を卒業した。1964年、東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。
松永 昌三(まつなが しょうぞう、1932年8月29日- )… 松永 昌三(まつなが しょうぞう、1932年8月29日- )は、日本の歴史学者。専門は日本近代思想史。茨城大学名誉教授・岡山大学名誉教授。 1932年、三重県津市に大吞稔一・大呑イネ子の三男として生まれる。1951年3月、山口県立山口高等学校を卒業。同年4月に山口大学文理学部文学科に入学するも、9月に中退し、翌1952年4月に東京教育大学文学部史学科日本史専攻に入学する。1956年3月、同大学を卒業。 卒業後は、1956年より山口市立鴻南中学校教諭、宮野中学校教諭、宇部市立神原中学校教諭として勤務。1960年3月に神原中学校教諭を退職し、4月より母校の東京教育大学大学院文学研究科日本史学専攻修士課程に入学し、和歌森太郎、桜井徳太郎、家永三郎らに師事した。
江口 圭一(えぐち けいいち、1932年〈昭和7年〉8月12… 江口 圭一(えぐち けいいち、1932年〈昭和7年〉8月12日 - 2003年〈平成15年〉9月26日)は、日本の歴史学者。愛知大学名誉教授。専門は日本近現代史。十五年戦争研究をライフワークとした。 愛知県名古屋市生まれ。1955年京都大学文学部卒業。大学の同期には木坂順一郎(木坂は法学部へ転学部)・戸田芳実・松浦玲らがいる。1958年同大大学院修士課程修了、京都大学人文科学研究所助手。大学院時代に小葉田淳の指示で、『日本近代史辞典』(東洋経済新報社、1958年)の編纂事務を担当した。京大人文研では飛鳥井雅道が助手の同期。渡部徹・井上清の指導を受けた。1966年愛知大学法経学部助教授、1977年同大法経学部教授、1989年同大法学部教授、1994年同大法学部長( - 1997年)、2003年定年退職し、同大名誉教授。
加藤 栄一(かとう えいいち、1932年(昭和7年)5月15… 加藤 栄一(かとう えいいち、1932年(昭和7年)5月15日 - 2022年(令和4年)5月24日)は、日本の歴史学者。 1955年埼玉大学文理学部卒。1962年東京大学大学院国史学科博士課程中退。東京大学史料編纂所入所、1965年助手、1979年助教授、1985年教授、1993年定年退官。新潟産業大学教授、人文学部長。1994年「幕藩制国家の形成と外国貿易」で東大文学博士。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
峰岸 純夫(みねぎし すみお、1932年〈昭和7年〉5月5日… 峰岸 純夫(みねぎし すみお、1932年〈昭和7年〉5月5日 - )は、日本の歴史学者。専門は日本中世史。東京都立大学名誉教授。元歴史学研究会委員長。学位は、文学博士(慶應義塾大学・1990年)。 群馬県伊勢崎市出身。1951年群馬県立前橋高等学校卒、1959年慶應義塾大学文学部卒業。1961年慶應義塾大学大学院文学研究科史学専攻修士課程修了。卒業論文は赤城山麓の用水遺構である「女堀」に関する研究で、さらに新田荘や新田氏研究を通じた中世東国史研究を行う。 1961年横浜市立港高等学校教諭、1966年に慶應義塾志木高等学校教諭となる。1971年から宇都宮大学教育学部専任講師、1973年に同助教授を経て、1975年に東京都立大学人文学部助教授となる。
二宮 宏之 (にのみや ひろゆき、1932年5月 - 200… 二宮 宏之 (にのみや ひろゆき、1932年5月 - 2006年3月)は、日本の歴史学者。西洋史・フランス史。東京外国語大学名誉教授及びフェリス女学院大学名誉教授。
近藤 秀樹(こんどう ひでき、1932年(昭和7年)4月16… 近藤 秀樹(こんどう ひでき、1932年(昭和7年)4月16日 - 1983年(昭和58年)10月16日)は、日本の歴史学者。新潟大学教授。専攻は中国近代史。 1932年、新潟県長岡市生まれ、または村松町(現・五泉市)生まれ。新潟県立長岡高等学校を経て、京都大学文学部史学科で東洋史を専攻して卒業。同大学院文学研究科修士課程、博士課程を修了。 卒業後はクラレチアン会立の高校教諭、大阪工業大学一般教育科の社会思想史担当を経て、1978年より新潟大学で中国史を教える。「范氏義荘の変遷」(『東洋史研究』21巻4号、1963年)は義荘研究の必読文献である。
森山 恒雄(もりやま つねお、1932年2月21日 - 20… 森山 恒雄(もりやま つねお、1932年2月21日 - 2009年12月28日)は、日本の歴史学者。 専門は日本近世史で、主に豊臣秀吉の蔵入地や加藤清正の研究を手がけた。 熊本県玉名郡に生まれる。熊本県立玉名高等学校を経て、1949年熊本大学教育学部に入学、同校卒業後、1954年熊本県の私立鎮西高等学校に勤務。1956年同校を退職し、九州大学大学院文学研究科修士課程史学専攻に入学。修了後の1958年九州大学大学院文学研究科博士課程史学専攻に入学、1961年同課程を単位取得満期退学。 1963年九州大学文学部助手(国史学研究室)、1964年東海大学講師、1967年同校助教授となる。1971年母校の熊本大学に移り助教授、1977年教授に就任。
姜 徳相(カン・ドクサン、강덕상、1932年2月15日 - … 姜 徳相(カン・ドクサン、강덕상、1932年2月15日 - 2021年6月12日)は、日本統治時代の朝鮮出身の歴史学者。朝鮮近現代史の第一人者の一人として知られる。専門は朝鮮独立運動。関東大震災時の朝鮮人虐殺の研究では先駆的な役割を果たした。一橋大学教授、滋賀県立大学名誉教授。国籍は韓国。 日本統治下の慶尚南道咸陽郡に生まれる。1934年12月、2歳のときに母に連れられて父のいる日本に渡った。親は廃品回収業を営み、東京都渋谷区の広尾で育った。1950年3月、東京都立青山高等学校卒業。同年4月、早稲田大学第一文学部史学科に入学。大学では中国史を勉強するサークルに所属した。1955年3月、早稲田大学卒業。
新田 一郎(にった いちろう、1932年 - )は、日本の歴… 新田 一郎(にった いちろう、1932年 - )は、日本の歴史学者。古代ローマ史およびキリスト教史専攻。京都女子大学教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
松本 寿三郎(まつもと すみお、1932年(昭和7年) - … 松本 寿三郎(まつもと すみお、1932年(昭和7年) - )は、日本の歴史学者、熊本大学名誉教授。 朝鮮釜山に生まれる。1955年熊本大学法文学部史学科卒業。熊本大学文学部助教授、教授、1998年定年退官、名誉教授、崇城大学工学部教授、退職。
高田 實(たかだ みのる、1932年 –)は、日本の歴史学者… 高田 實(たかだ みのる、1932年 –)は、日本の歴史学者。旧姓は内田。 1958年に卒業論文「高野山領直務庄園における領主と農民」を提出し、東京教育大学文学部史学科を卒業し、1965年に同大学大学院文学研究科博士課程を修了。同大学助手として大江志乃夫、平山和彦らと同大学日本史学教室の運営につとめる一方、1970年度からは授業も受け持った。専門は日本古代史・中世史で、中世初期社会、国衙機構・国衙領の研究につとめたが、家業(株式会社高田商事)のため、東京教育大学を退職した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
宮沢 嘉夫(みやざわ よしお、1932年 - )は、東京都出… 宮沢 嘉夫(みやざわ よしお、1932年 - )は、東京都出身の歴史学者、教育者。 『日本史の年代記憶法』(旺文社)の著者として知られる。 趣味は小旅行、奈良には数回足を運ぶ。 東京都立江北高等学校,東京都立臼鴎高等学校,東京都立高島高等学校教諭を経て,東京都立足立高等学校に勤務
九里 幾久雄(くのり いくお、1932年 - )は、日本の歴… 九里 幾久雄(くのり いくお、1932年 - )は、日本の歴史学者。専門は西洋史。浦和大学名誉教授、学校法人九里学園理事長、新しい歴史教科書をつくる会理事を務める。 埼玉県立浦和高等学校卒業。東京大学文学部西洋史学科卒業。林健太郎に師事。1974年から1978年まで埼玉県教育委員会の指導主事をつとめる。この間、文部省の委員会で学習指導要領や教科書検定基準の選定に参画する。1984年より、埼玉県立上尾高等学校、埼玉県立戸田高等学校校長を歴任。1990年より、浦和短期大学経営科教授・私立浦和実業学園高等学校校長に就任。
仲村研(なかむら けん、1931年12月24日 - 1990… 仲村研(なかむら けん、1931年12月24日 - 1990年3月13日)は日本の歴史学者。専門は日本中世史。文学博士(佛教大学、1985年)。 鳥取県境港市生まれ。1955年、同志社大学文学部文化学科文化史学専攻卒業。1963年、同志社大学大学院文学研究科文化史学専攻博士課程退学。1963年、同志社大学人文科学研究所専任研究員(助手待遇)に就任。1964年に専任研究員(専任講師待遇)、1967年に専任研究員(助教授待遇)、1975年に専任研究員(教授待遇)を経て、1978年、同志社大学人文科学研究所教授。1990年、死去。58歳没。 同志社大学で赤松俊秀に古文書学を学び、大学院では三品彰英・秋山国三らに学ぶ。
高橋 正彦(たかはし まさひこ、1931年〈昭和6年〉12月… 高橋 正彦(たかはし まさひこ、1931年〈昭和6年〉12月23日 - 2004年〈平成16年〉1月7日)は、日本の歴史学者、古文書学者、書家。慶應義塾大学名誉教授。東京都出身。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
朝尾 直弘(あさお なおひろ、1931年12月17日 - 2… 朝尾 直弘(あさお なおひろ、1931年12月17日 - 2022年7月7日)は、日本の歴史学者(日本近世史)、京都大学名誉教授、文化功労者。住友史料館館長。 1931年、大阪府吹田市で生まれた。 京都大学文学部に進学し、史学科で小葉田淳に師事した。1954年に卒業。京都大学大学院文学研究科国史学専攻に進み、1956年に修士課程を修了。1959年に博士課程を単位取得退学。 1960年、京都大学研修員に採用された。1963年より『堺市史(続編)』編集主任。1964年に学位論文『寛永時代の基礎的研究』を京都大学に提出して文学博士の学位を取得。1968年4月、京都大学文学部史学科助教授に就き、国史学第二講座を担当した。
米川 伸一(よねかわ しんいち、1931年12月6日 - 1… 米川 伸一(よねかわ しんいち、1931年12月6日 - 1999年11月18日)は、日本の歴史学者・経営学者。経済学博士。専門はイギリス史、経営史。一橋大学名誉教授。かつて日本が経営史研究で世界をリードしていた1960年代から1980年代にかけて、日本を代表する経営史学者として知られた。 東京府(現在の東京都)出身。世田谷区立松原小学校、日本学園中学校、成蹊高等学校を経て、1956年一橋大学経済学部卒業、1958年同大学大学院経済学研究科修士課程修了、1961年同博士課程修了、経済学博士第1号。論文の名前は「中・近世ノーフォクにおける社会経済的発展 : 近代資本主義社会の成立に関する一研究」。
渡辺 直彦(わたなべ なおひこ、1931年11月10日 - … 渡辺 直彦(わたなべ なおひこ、1931年11月10日 - 2002年5月14日)は、日本の歴史学者。東京大学史料編纂所教授。文学博士。専門は日本古代史。 広島県出身。1958年、國學院大學文学部史学科を卒業、1963年、國學院大學大学院文学研究科を単位取得し、國學院大學文学部助手に着任。同年、東京大学史料編纂所に転任し、1979年助教授、1982年教授、『大日本史料』第2編の編修に従事した。1985年に史料編纂所を退職後は、駒澤大学文学部教授を1996年に退職するまでつとめた。 主著である『日本古代官位制度の基礎的研究』によって、1973年に國學院大學より文学博士の学位を取得、また三矢博士記念賞を受賞した。
深沢 宏(ふかざわ ひろし、1931年10月9日 - 198… 深沢 宏(ふかざわ ひろし、1931年10月9日 - 1986年8月26日)は、日本の歴史学者・経済学者。専攻は南アジア史。学位は、博士(ラクナウ大学)。元一橋大学教授。日経・経済図書文化賞受賞。 山形県酒田市生まれ。大連市富士小学校、大連市上葭国民学校、大連中学校、広島陸軍幼年学校、横手中学校(現秋田県立横手高等学校)を経て、1948年熊本県立中学済々黌(現熊本県立済々黌高等学校)を卒業し、東京商科大学(現一橋大学)専門部入学。1953年一橋大学経済学部卒業、1955年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。1956年からインド政府給費留学生としてラクナウ大学大学院経済学研究科博士課程に留学。
松浦 玲(まつうら れい、1931年(昭和6年)10月4日 … 松浦 玲(まつうら れい、1931年(昭和6年)10月4日 - )は、日本の歴史学者。専門は、日本近代政治史、政治思想史。広島県生まれ。 京都大学在学中の1953年(昭和28年)、全学連主催の学園復興会議の京大での開催に奔走した。しかしその過程で起こった荒神橋事件などの混乱の責任者とされ、大学当局による放学処分(復学を認めない除籍処分で退学より重い)を受けて中退(松浦君放学事件)。その後、立命館大学大学院を修了し、京都市史編纂所主幹から桃山学院大学教授に就任。 幕末・明治時代の政治史・思想史に関して多くの著書や論文がある。特に横井小楠および勝海舟の研究者として、高い評価を受けている。
佐藤 誠朗(さとう しげろう、昭和6年(1931年)10月3… 佐藤 誠朗(さとう しげろう、昭和6年(1931年)10月3日 - 平成6年(1994年)4月4日)は、日本の歴史学者。山形県出身。 1954年、東京大学文学部国史学科を卒業。宝仙学園高校教諭を経て、山形県で公立高等学校教員となり、1962年に鶴岡南高等学校、1967年に庄内農業高等学校に赴任した。 1970年、新潟大学人文学部助教授に着任し、1975年に教授となった。幕末・明治維新期の研究で知られ、遠山茂樹とともに『自由党史』(岩波文庫)の校訂を行った。また、『山形県史』・『新潟県史』をはじめとする自治体史の編纂に携わった。 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。
高岡 健次郎(たかおか けんじろう、1931年10月 - )… 高岡 健次郎(たかおか けんじろう、1931年10月 - )は、日本の歴史学者。札幌学院大学名誉教授。専門は左翼エスエル研究。 北海道夕張市生まれ。1948年旧制北海道大学予科に入学。日本共産党の北大学生細胞に所属。1950年5月の北大イールズ闘争の際には北大教養部自治会執行委員兼北海道学生自治会連合(道学連)書記長を務め、この闘争で退学処分を受けた。その後、数年党の常任を務め、1955年の六全協後に復学した。 1960年北海道大学文学部史学科西洋史専攻卒業。大学院に進学してロシア革命史を研究。1966年北海道大学大学院文学研究科西洋史学専攻博士課程単位取得退学。 1966年北海道大学文学部助手、1968年札幌商科大学助教授、1975年教授、1984年札幌学院大学(校名変更)教授。
八木 充(やぎ あつる、1931年9月11日 - )は、日本… 八木 充(やぎ あつる、1931年9月11日 - )は、日本の歴史学者、山口大学名誉教授。学位は、文学博士(京都大学・1967年)。 山口県防府市生まれ。1954年山口大学文理学部国史学専攻卒、1959年京都大学大学院文学研究科博士課程中退。1967年「律令国家成立過程の研究」で京大文学博士となる。1959年山口大学文理学部助手、1961年同大講師、1966年に同大助教授、1974年に同大教授、1978年に同大人文学部教授、1985年から1991年まで同大学部長。1993年同大を定年退官、名誉教授となる。その後、奈良産業大学教授、京都学園大学人間文化学部教授を務め、2003年に退職した。
鹿野 政直(かの まさなお、1931年〈昭和6年〉8月20日… 鹿野 政直(かの まさなお、1931年〈昭和6年〉8月20日 - )は、日本の歴史学者。専門は日本近代史、思想史。早稲田大学名誉教授。 1931年、大阪府生まれ。大阪府立岸和田高等学校を経て1953年、早稲田大学文学部を卒業。同大学院を経て、1958年より同大学に勤務する。1970年、早稲田大学文学部教授に就任。1999年、早稲田大学を退職。
笠松 宏至(かさまつ ひろし、1931年8月8日 - 202… 笠松 宏至(かさまつ ひろし、1931年8月8日 - 2025年2月17日)は、日本の歴史学者。専門は日本中世史。東京大学名誉教授。中世法の研究の権威である。 1956年3月東京大学文学部国史学科卒業。1959年3月東京大学大学院人文科学系国史学専攻修士課程修了。 1962年4月東京大学史料編纂所助手、1972年5月助教授、1979年10月教授を経て1992年3月に定年退職して5月に東京大学名誉教授になる。その後、神奈川大学歴史民俗資料学研究科教授を歴任。 東大時代は佐藤進一に師事、資料の厳密な解釈を学ぶ。 『中世の罪と罰』の共著者である網野善彦、石井進、勝俣鎭夫と共に日本中世史の「四人組」と呼ばれ、学界をリードした。
木坂 順一郎(きさか じゅんいちろう、1931年8月5日 -… 木坂 順一郎(きさか じゅんいちろう、1931年8月5日 - )は、日本の歴史学者。専門は日本近現代史。龍谷大学名誉教授。 東京市日本橋区(東京都中央区)で生まれ育つ。久松国民学校在学中に、東京子供唱歌隊員としてNHKラジオに出演した。1944年、縁故疎開で祖父母の住む京都市の実家(西陣の帯問屋)に移る。 1951年、京都大学文学部へ進み、江口圭一や戸田芳実らと同期となる。翌年に京都大学法学部へ転学して1956年に卒業後、名古屋大学大学院法学研究科へ進んで信夫清三郎に師事し、1958年に同大助手となった。1965年、龍谷大学経済学部に講師として着任し、1968年には同大法学部の創設に参画し助教授、翌年には教授に昇任した。
葉貫 磨哉(はぬき まさい、1931年8月4日 - 2000… 葉貫 磨哉(はぬき まさい、1931年8月4日 - 2000年11月2日)は、日本の歴史学者、博士。駒澤大学教授、板橋区史編纂委員・調査会古代・中世部会長などを歴任。福島県出身。 安達郡本宮町(現:本宮市)坊屋敷の石雲寺で、葉貫勇山とタケの次男(男2人女2人の4人兄弟の3番目)として誕生。福島県立安達高等学校(ラグビー部に所属)、1955年に駒澤大学文学部地理歴史学科卒業。恩師に岩井大慧、丸山二郎、藤井秀雄。「駒澤大学史学会」設立に尽力。1956年9月、駒澤大学文学部助手。1957年4月、同講師兼助手。1958年、日本仏教史研究会発起人の一人として尽力。1960年4月、法政大学大学院日本史学専攻修士課程(夜学)に入学。
原島 礼二(はらしま れいじ、1931年8月2日 - )は、… 原島 礼二(はらしま れいじ、1931年8月2日 - )は、日本の昭和期から平成期にかけての歴史学者である。埼玉大学名誉教授。専門は、日本古代史。 東京府に生まれる。1957年、埼玉大学文理学部文学科卒業。埼玉大学教養部教授を経て、1996年に定年退官。同大学名誉教授。
瀬野 精一郎(せの せいいちろう、1931年7月20日 - … 瀬野 精一郎(せの せいいちろう、1931年7月20日 - 2022年1月11日)は、日本の歴史学者、早稲田大学名誉教授。専門は日本中世史、主な研究対象は中世武士。 長崎県佐世保市生まれ。1954年九州大学文学部国史学科卒業。1957年同大学院修士課程修了、九大助手。1960年東京大学史料編纂所教務職員、1962年同助手、1976年同助教授、1977年早稲田大学文学部助教授、1978年「鎭西御家人の研究」で早稲田大学文学博士。1982年同教授。2002年定年退職、名誉教授。2022年1月11日、前立腺癌のため死去。90歳没。 門下生に海老澤衷(早稲田大学文学学術院教授)、久保健一郎(早稲田大学文学学術院教授)、高木徳郎(早稲田大学教育・総合学術院教授)、大塚ひかりなどがいる[要出典]。
石井 進(いしい すすむ、1931年7月2日 - 2001年… 石井 進(いしい すすむ、1931年7月2日 - 2001年10月24日)は、日本の歴史学者。東京大学名誉教授。専門は日本中世史。 1931年、東京都で生まれた。東京高等師範学校附属小学校(現・筑波大学附属小学校)に入学し、同校では後に東京大学教授となる芳賀徹、平川祐弘、高階秀爾、平田賢と同じクラス(第1部)であった。1944年に卒業し、東京高等師範学校附属中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)に進学。1950年に卒業し、東京大学文学部に進学。文学部国史学科で学び、在学中は佐藤進一に師事。1955年に卒業し、同大学大学院人文科学研究科国史学専門課程に進んだ。1957年に修士課程を修了し、1960年に博士課程を単位取得退学。
秋月 俊幸(あきづき としゆき、1931年(昭和6年)6月2… 秋月 俊幸(あきづき としゆき、1931年(昭和6年)6月27日 - 2023年(令和5年)9月23日 )は、日本の歴史学者。北海道大学付属図書館の職員として勤めた後、大学教員に転じ、日露関係史や日本北辺地図学史を研究した。 長崎県佐世保市で生まれる。佐世保北高等学校を経て、1955年(昭和30年)に東京教育大学文学部卒業。文部省図書館職員養成所で司書資格を取得した後、北海道大学附属図書館で勤務する。北大図書館では、長年北方資料室主任を務め、北方資料や札幌農学校資料の整理などを精力的に行った。1992年(平成4年)に図書館を定年退職した後は北海道大学法学部講師となり、1995年(平成7年)2月には法学部助教授に昇任、同年3月に退官した。