末松 勇人(すえまつ はやと、1982年7月22日 - )は… 末松 勇人(すえまつ はやと、1982年7月22日 - )は、大分県出身の元プロバスケットボール選手である。 大分舞鶴高校から専修大学を経て、2005年に大分ヒートデビルズに入団。 2006年、現役引退。 2009年現在、歴代の球団所属選手で唯一の地元大分出身者である。 引退後は大分ヒートデビルズバスケットボールスクールのコーチを経て、島根スサノオマジックのスクール統括マネージャーを務めている。 2014-15シーズン途中より、島根スサノオマジックゼネラルマネージャー就任。
重田 麻希(しげた あさき、1982年7月19日 - )は、… 重田 麻希(しげた あさき、1982年7月19日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手。ポジションはセンター。ニックネームは「クゥ」。 千葉県白井市出身。バスケを始めたのは小学4年生の時。 白井市立清水口小学校、白井市立七次台中学校を経て、1998年4月に愛知県の名古屋短期大学付属高等学校(現・桜花学園高等学校)に進学。同期に大神雄子がいる。高校2年の1999年、インターハイ、国体、ウインターカップで三冠を達成し、3年間で7度の全国タイトルを獲得。3年生のウインターカップでは、背番号6番としてベスト5を獲得した。 2001年に高校を卒業し、シャンソン化粧品のシャンソンVマジックに加入したが、2004年3月に引退。
瀬戸山 京介(せとやま きょうすけ、1982年7月16日 -… 瀬戸山 京介(せとやま きょうすけ、1982年7月16日 - )は、宮崎県日南市出身のバスケットボール選手である。2005年にアイシンシーホースに入部、2009年にはbjリーグの京都ハンナリーズと契約してプロ選手になり、2016年に引退した。 現役最後のシーズンとなった2015-16シーズン時点での身長187cm、体重76kgで、ポジションはガード、フォワードだった。 吾田中学校から小林高校に進学。1学年上には清水太志郎がいた。3年次に主将として挑んだインターハイ決勝で長澤晃一、新井靖明、山田謙治擁する能代工業に、ウィンターカップで志村雄彦、佐藤濯、宍戸治一擁する仙台高校と対戦したが、共に準優勝で終わった。
蒲谷 正之(かばや まさゆき、1982年7月2日 - )は、… 蒲谷 正之(かばや まさゆき、1982年7月2日 - )は、神奈川県横須賀市出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。183cm、80kg。 富士通レッドウェーブに所属していた蒲谷千恵は実妹。10歳の時にバスケットボールを始める。 横須賀市立追浜中学校から、高校は神奈川県の名門横浜商大高に入学。同期の君塚大輔と共に1年生の時からレギュラーを取り、2年生の時には共にスタメンとしてコンビを組み、同校を3年ぶりのインターハイに導くも1回戦で福岡商業に73vs75で惜敗(この試合、蒲谷は19点)。同年のウィンターカップにも同校を3年ぶりに導き、出場を果たす。1回戦を突破するも2回戦で日大でチームメイトになる日下光擁する名門新潟商業高校の前に96vs77と完敗(この試合チーム最多の24点。
伊藤 拓摩(いとう たくま、1982年〈昭和57年〉6月30… 伊藤 拓摩(いとう たくま、1982年〈昭和57年〉6月30日 - )は、日本のプロバスケットボール指導者。三重県鈴鹿市出身。B.LEAGUE・長崎ヴェルカのGM。また、株式会社長崎ヴェルカの代表取締役、日本バスケットボール協会強化委員長も務めている。 鈴鹿市立創徳中学校卒業後に語学留学のため渡米しオレゴン州テュアラティン高校からモントロス・クリスチャン高校に編入、最後の1年をマネージャーとしてコーチの勉強を始め、卒業後1年間アシスタントコーチとなる。 バージニア・コモンウェルス大学に進学した後、卒業と同時に帰国してトヨタ自動車アルバルク(現 アルバルク東京)のアシスタントコーチに就任。 2014年オフ、アソシエイトコーチに昇格。
根東 裕隆(こんどう ひろたか、1982年〈昭和57年〉6月… 根東 裕隆(こんどう ひろたか、1982年〈昭和57年〉6月29日 - )は、日本のバスケットボール選手。徳島県海部郡牟岐町出身。ポジションはガード。中国・四国・九州リーグ・徳島ガンバロウズオルト所属。 徳島県立海南高等学校から天理大学を経て2005年、松下電器(現パナソニック)に入社。 2010年、パナソニックを退社し、bjリーグトライアウトを受験。bjリーグドラフト会議全体3位指名で新潟アルビレックスBBに入団し、2012-13シーズンまでの3シーズン在籍。 2013年オフ、NBLに参入する熊本ヴォルターズへ移籍。 2014年9月、新潟アルビレックスBBに練習生として復帰。10月に選手契約を締結。
前田 顕蔵(まえだ けんぞう、1982年6月27日 - )は… 前田 顕蔵(まえだ けんぞう、1982年6月27日 - )は、大阪府出身のプロバスケットボール指導者。 小学校4年生の時にバスケットボールを始める。 大商学園高等学校卒業後に渡米し、ネブラスカ大学カーニー校に進学。 その後、ヒューマンアカデミーアシスタントコーチを経て、2008年にbjリーグ・高松ファイブアローズ(現:香川)のアシスタントコーチ兼通訳に就任。同時に同チームのバスケットボールスクールコーチを務める。 2011年7月、金澤篤志前ヘッドコーチ退任後のヘッドコーチに就任。就任1年目の2011-12シーズンは開幕前から主力選手の故障離脱に苦しみ、シーズン2勝で最下位に沈んだ。2年目の2012-13シーズンは最下位を脱出し、勝利数も前シーズンの10倍の20勝をあげた。
島袋 脩(しまぶくろ おさむ、1982年6月21日 - )は… 島袋 脩(しまぶくろ おさむ、1982年6月21日 - )は、沖縄県宮古郡多良間村出身の元プロバスケットボール選手である。。日本男子プロバスケットボールリーグbjリーグの大分ヒートデビルズに所属していた。当時のポジションはシューティングガード、スモールフォワード。 身体能力が高く、運動量豊富でガッツ溢れるプレーが特長。 バスケットボールを始めたのは遅く、多良間中学校を卒業して、宮古高校に入学してから始める。(15歳の時)。高校を卒業後は、天理大学に進学。大学時代はセンターとしてプレーしていた。センターとしては低身長ながらも、抜群の跳躍力でリバウンドをもぎ取って活躍。2004年に開催された関西学生選手権大会ではチームの準優勝に貢献し、優秀選手賞を受賞。
山崎 哲男(やまざき てつお、1982年6月20日 - )は… 山崎 哲男(やまざき てつお、1982年6月20日 - )は、香川県仲多度郡多度津町出身の元バスケットボール選手である。2006-2007年シーズン、bjリーグの高松ファイブアローズに所属し、シーズン終了後の2007年に引退した。ポジションはフォワード。 小学6年生のときにバスケットボールを始める。香川県立善通寺第一高等学校2年生の時、インターハイに出場。信州大学在学時に長野県選抜に選出され、国民体育大会に出場。 2005年に新潟アルビレックスA2入団。2006年、この年bjリーグに参入した高松ファイブアローズのチームトライアウトに合格して入団。2007年退団。 引退後は一般企業へ就職した後、2012年春より香川県警察の警察官になった。
成井 千夏(なるい ちなつ、1982年6月20日 - )は、… 成井 千夏(なるい ちなつ、1982年6月20日 - )は、茨城県出身のバスケットボール選手である。ニックネームは「ユウ」。ポジションはガードフォワード。JOMO(現・ENEOS)サンフラワーズ元選手でマネージャーも務めた。 長崎女子高校からジャパンエナジーに入社。同期入社に大神雄子、田中利佳がいる。 ヤングウーメン日本代表にも選出され、アジア選手権に出場。 しかし、シックスウーメン要員で出場機会も少なかった。 2004年、怪我の影響もあり引退。マネージャーに転じて2013年までチームを支えた。また、女子日本代表にもサブマネジャーとして2010年世界選手権などに同行している。 2017年、女子日本代表チーフマネージャーに就任。
西塔 佳郎(さいとう よしろう、1982年6月16日 - )… 西塔 佳郎(さいとう よしろう、1982年6月16日 - )は、熊本県出身の元バスケットボール選手である。ポジションはフォワード。2008年までパナソニックトライアンズに所属。 福岡大学付属大濠高校では全日本ジュニア代表に選出され、アジアジュニア選手権4位に貢献。日本人得点王。 大東文化大学在学中の2004年には、ジェリコ・パブリセヴィッチHCの元、日本代表に選ばれる。インカレ準優勝。3P王受賞。卒業後、パナソニックに入社。日本代表としてアジア選手権東アジア予選に出場した。 この項目は、バスケットボール関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:BASKET)。
原口 真英(はらぐち まさひで、1982年6月7日 - )は… 原口 真英(はらぐち まさひで、1982年6月7日 - )は、神奈川県海老名市出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはスモールフォワード。190cm、80kg。 大谷中学校在籍時の13歳の時にバスケットボールを始める。世田谷学園高校から東京農業大学を経て、新潟アルビレックスBB-A2に入団。2006年、A1昇格。 2007年、新規参入のライジング福岡にチームトライアウトで移籍。2008年、主将に就任。 2009年9月、高松ファイブアローズに入団。2009年12月、契約満了により退団した。 2011年9月、埼玉ブロンコスと契約して2シーズンぶりにbjリーグに復帰。2011-12シーズンは自己最多の50試合に出場。
中川和之(なかがわ かずゆき、1982年6月6日 - )は、… 中川和之(なかがわ かずゆき、1982年6月6日 - )は、山口県下関市出身のプロバスケットボール選手。ポジションはポイントガード。身長181cm、体重81kg。バスケットボール選手中川直之の双子の弟である。学校法人創志学園で岡山県岡山市にあるIPU・環太平洋大学女子バスケットボール部監督を務めた[要出典]のち、長崎にてU12&U15男女クラブチーム「DIVER CATS NAGASAKI」を設立した。 山口県下関市に3人兄弟の末っ子として生まれる。小学校3年生9歳の時に長男の友人の誘いから双子の兄、中川直之と共にバスケットを始める。小学校時代は、直之と共にバスケットに明け暮れた毎日を送る。中学校は、双子の兄、直之と共に下関市立東部中学校に入学。
中川 直之(なかがわ なおゆき、1982年6月6日 - )は… 中川 直之(なかがわ なおゆき、1982年6月6日 - )は、山口県出身のバスケットボール選手。 東部中学校→豊浦高校→専修大学卒業。ポジションはポイントガード。身長1m80cm、体重68kg。バスケットボール選手中川和之の双子の兄である。最終学歴は専修大学卒業。 2005年に九州電力に入部、全日本実業団バスケットボール競技大会などで活躍した。 最近はYouTubeで中高生に向けた動画を制作、投稿している。(チャンネル名→中川直之考えるバスケットの会) この項目は、バスケットボール関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:BASKET)。
諏訪 真希子(すわ まきこ、1982年5月23日 - )は、… 諏訪 真希子(すわ まきこ、1982年5月23日 - )は、青森県出身のバスケットボール選手。身長173cm、体重67kg。3Pシュートを得意とする。 卒業後は、三井生命ファルコンズに入団する。 休部に伴い2002年、日立ハイテクスクァレルズ(現・クーガーズ)に移籍している。 元仙台89ERSでの木村洋人は高校時代の同期である。
川辺 泰三(かわべ たいぞう、1982年〈昭和57年〉5月1… 川辺 泰三(かわべ たいぞう、1982年〈昭和57年〉5月13日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手、指導者。大阪府大阪市東区 (現在の中央区) 出身。B.LEAGUEの神戸ストークス第10代監督。現役時代のポジションはシューティングガード。 三菱電機ダイヤモンドドルフィンズや京都ハンナリーズでプレーした後、2013〜2014年シーズン限りで引退。家業の結婚式場を継いで経営者となっていたが、2017〜18年シーズンより豊通ファイティングイーグルス名古屋のアシスタントコーチに就任し、2019〜20年シーズンからヘッドコーチに昇格。同チームをB1昇格に導くなどした。 中大江小学校を卒業後、大阪市立東中学校から甲南高校を経て甲南大学に進学。
荒井 尚光(あらい なおみつ、1982年5月10日 - )は… 荒井 尚光(あらい なおみつ、1982年5月10日 - )は、栃木県小山市出身の元プロバスケットボール選手、BREXバスケットボールスクールディレクター、宇都宮ブレックスU18ヘッドコーチ。 宇都宮学園高校でウィンターカップに出場。1年後輩には現宮崎シャイニングサンズの小島佑太がいる。また、プロ野球・読売ジャイアンツコーチの片岡易之は同級生である。 その後白鷗大学に進み、3年では関東リーグ2部昇格に貢献。4年次にはアシスト王に輝く。 卒業後、大塚商会アルファーズに入団。 2007年、大塚商会の後継チームとして地元に誕生したリンク栃木ブレックスに移籍。 2009年、リンク栃木ブレックスのD-TEAM・ブレックスバスケットボールクラブに移籍。
柳沢 伸典(やなぎさわ しんすけ、1982年5月10日 - … 柳沢 伸典(やなぎさわ しんすけ、1982年5月10日 - )は、埼玉県出身のバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。 浦和学院を卒業後、順天堂大学に進学。 卒業後、兵庫ストークスに入団。 その後、デイトリックつくばでプレーし、2013年にTGI D-RISEに移籍。
熊谷 渡(くまがい わたる、1982年5月10日 - )は、… 熊谷 渡(くまがい わたる、1982年5月10日 - )は、日本のバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード、シューティングガード。大塚商会アルファーズ、レラカムイ北海道、富山グラウジーズに所属した。 青森県出身。習志野市立第一中学校から八千代高校に入学し全国大会にも出場、3年次には主将を務めた。拓殖大学では李相佰杯、ウィリアム・ジョーンズカップなど国際大会も経験し、卒業後はJBLの大塚商会アルファーズに入団した。しかしバスケットボールに集中するためプロ選手志向を持った熊谷は2007年にJBL・レラカムイ北海道に移籍したが、同じポジションの桜井良太らの陰に隠れ活躍できず、1シーズンで戦力外通告を受け退団。
名木 洋子(なぎ ようこ、1982年5月9日 - )は、静岡… 名木 洋子(なぎ ようこ、1982年5月9日 - )は、静岡県出身の女子バスケットボール選手である。ポジションはガードフォワード。175cm。ニックネームは「パル」。 常葉学園高校卒業後の2001年、日立製作所に入社。戸塚工場バスケットボール部に加入。しかし、出場機会は全くなくチームも1シーズンで休部。 その後シャンソン化粧品へ移籍するが、1シーズン在籍で出場8試合にとどまり退社。 2003年、桜花学園大学に進み、2005年にはユニバーシアードに出場した。 卒業後の2007年、富士通に入社。レギュラーシーズン26試合に出場し、初のリーグ優勝、2冠に貢献した。 2010年世界選手権で初のA代表に選出される。
橘 佳宏(たちばな よしひろ、1982年5月3日 - )は、… 橘 佳宏(たちばな よしひろ、1982年5月3日 - )は、日本のプロバスケットボール選手である。 2005年に日本リーグ所属の大塚商会アルファーズに入部し、2007年にアルファーズが解散した後はbjリーグの富山グラウジーズと契約し、プロ選手となった。以後仙台89ERS、大阪エヴェッサ、つくばロボッツ、和歌山トライアンズ、アースフレンズ東京Zに所属し、その間2007年から2013年までbjリーグオールスターゲーム・ダンクコンテストに連続して出場、2010年と2011年には優勝も果たした。NBLのつくばに移籍した2014年にも、NBLオールスターゲームのダンクコンテストに出場した。アースフレンズに所属していた2016年に引退し、教員に転身した。
藤生 喜代美(ふじう きよみ、1982年5月2日- )は、バ… 藤生 喜代美(ふじう きよみ、1982年5月2日- )は、バスケットボール選手。血液型はAB型。身長166cmで体重は58kg。出身地は群馬県。既婚。 足羽高校で同期の畑恵里子らとともに全国大会に出場。 卒業後、シャンソン化粧品に入社。主力として活躍しタイトルも獲得。 2009年退社、地元に戻りクラブチームに所属。国体にも出場した。 2010年、早稲田大学に入学しバスケットボール部に所属、2年次の2011年にはインカレ初優勝に貢献した。2011年には中国女子バスケットボールリーグの遼寧省衝業とプレイオフ期間のみ契約。3年次の2012年度からは学生コーチ専任。ヘッドコーチの萩原美樹子不在時の試合ではチームの指揮を取った。
佐藤 濯(さとう たく、1982年4月28日 - )は、宮城… 佐藤 濯(さとう たく、1982年4月28日 - )は、宮城県出身でレラカムイ北海道に所属していたバスケットボール選手である。宮城県仙台高校、日本体育大学卒業。ポジションはF。 仙台高で宍戸治一、志村雄彦らと共にウィンターカップ連覇を果たした。 その後、日本体育大学に進み、ヤングメン・ユニバーシアード日本代表に選出される。 卒業後は大塚商会を経て、2007年にレラカムイ北海道に加入。 2018年12月から2019年までレバンガ北海道のU-15チームコーチ、2019年から仙台89ERSバスケットボールスクールコーチ、2022年から仙台89ERSのU15チームヘッドコーチを務めている。
城宝 匡史(じょうほう まさし, 1982年4月24日 - … 城宝 匡史(じょうほう まさし, 1982年4月24日 - )は、北海道江別市出身(札幌市生まれ)の元プロバスケットボール選手、バスケットボール指導者である。身長183cm、体重83kgで、ポジションはシューティングガード、ポイントガード。B3リーグの横浜エクセレンスに所属している。 2005年にbjリーグの大阪エヴェッサと契約し、プロ選手となる。2005-06シーズンと2006-07シーズンに大阪で優勝を経験。2011年より所属していた富山では3度ベストファイブに選ばれ、2013-14シーズンにはレギュラーシーズンのMVPを、日本人選手として初めて獲得した。 妻はタレントの長尾麻由。 小学校6年生の時にバスケットボールを始め、全国ミニバス大会で準優勝する。
波多野 和也(はたの かずや、1982年4月19日 - )は… 波多野 和也(はたの かずや、1982年4月19日 - )は、ブラジルのベレン出身[要出典]の元プロバスケットボール選手。身長192cm,体重97kg。ニックネームは「ジェイ」。[要出典]ポジションはスモールフォワード、パワーフォワード。 長い腕と共に、ジャンプ力、パワーにも優れ、非凡なリバウンドセンスを持ち、この身長の選手としては、傑出した高いリバウンド力を持つ。また、bjリーグ入団後はスモールフォワードとして外角のプレイも身につけ始めている。[要出典]最終学歴は専修大学卒業。 ブラジル人の母を持ち、小学3年生までの幼少期をブラジルで過ごす。横浜市立永田中学校に進学し、そこでバスケットと出会う。
加藤 真(かとう まこと、1982年4月12日 - )は、日… 加藤 真(かとう まこと、1982年4月12日 - )は、日本のバスケットボール選手である。宮城県大崎市出身。2005年、日本リーグ2部の日立電線ブルドッグスに入団し、得点王、ルーキー・オブ・ザ・イヤー、ベスト5を獲得。その後JBLのレラカムイ北海道、bjリーグの富山グラウジーズ、秋田ノーザンハピネッツでプレイし、2013年に引退した。ポジションは、日立電線ではセンターとパワーフォワード、北海道ではガード/フォワード、富山ではシューティングガード、秋田ではフォワードだった。 小学4年の時にバスケットボールを始めた。東北学院高校では2000年とやま国体少年男子に宮城県選抜チームで出場し全国制覇。翌年、地元で開かれた新世紀・みやぎ国体には青年男子チームで出場し、これも優勝した。
木村 洋人(きむら ひろひと、1982年4月4日 - )は、… 木村 洋人(きむら ひろひと、1982年4月4日 - )は、青森県出身のバスケットボール選手である。ポジションはガード。176cm、68kg。イカイレッドチンプス所属。 青森市立三内小学校でバスケを始め、青森西中学校、弘前実業高校、東北学院大学を経て、2005年に仙台89ERSに入団。 2006年、実業団のイカイに移籍。
小原 匡博(おはら まさひろ、1982年4月3日 - )は、… 小原 匡博(おはら まさひろ、1982年4月3日 - )は、東京都調布市出身のプロバスケットボール選手、指導者である。ポジションはポイントガード。 11歳の時にバスケットボールを始める。東京農大一高校から東京農業大学を経て、2005年に横浜ギガスピリッツに入団。 2006年からは千葉ピアスアローバジャーズに所属した後、2008年にbjリーグの大分ヒートデビルズに練習生として入団。その後、プロ契約に至る。2009-10シーズンはレギュラーシーズン全52試合に出場。2011-12シーズンはヘッドコーチに就任した鈴木裕紀に代わり、チームのキャプテンを務める。大分には2012-2013シーズン終了まで在籍。
仲西 翔自(なかにし しょうじ、1982年4月2日 - )は… 仲西 翔自(なかにし しょうじ、1982年4月2日 - )は、日本の元男子プロバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。 鳥取県米子市出身。10歳の時にバスケットボールを始める。湊山中学校を卒業後、米子西高校に進学。少年国体の鳥取県代表メンバーに2度選出される。大学は日本大学に進学。インカレ3位に貢献。卒業後、鳥取城北高に勤務していたが、プロを目指しbjリーグ合同トライアウトを受験。 2007年、アーリーチャレンジ制度により東京アパッチと契約。シーズン終了後のドラフトで東京より2巡目指名を受ける。2010年のエクスパンション・ドラフトにて島根スサノオマジックに一巡目で指名された。 2011-12シーズン、2012-13シーズンと浜松・東三河フェニックスでプレーした後、フリーエージェント権を行使し、信州ブレイブウォリアーズに移籍。
河相 智志(かわい さとし、1982年〈昭和57年〉3月29… 河相 智志(かわい さとし、1982年〈昭和57年〉3月29日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。広島県福山市出身。ポジションはガード/フォワード。3x3.EXE PREMIER・福山バッツ代表兼選手。 広島県立戸手高等学校を卒業後、2003年に日本リーグのさいたまブロンコスに加入し1シーズン在籍した。さいたま退団後は広島に戻り、広島県チームで国体に出場。2008年からクラブチームのBeansに所属。 2009年、ニッポン・トルネード初代メンバーとなる 2011年4月、JBL2の新規参入チーム・兵庫ストークスに入団し、1シーズン在籍。 2012-13シーズンはデイトリックつくばでプレー。
小菅 直人(こすげ なおと、1982年3月5日 - )は、新… 小菅 直人(こすげ なおと、1982年3月5日 - )は、新潟県柏崎市出身のプロバスケットボール選手である。新潟アルビレックスBBと琉球ゴールデンキングスに所属していた。ポジションはシューティングガード。187cm、80kg。 9歳の時にバスケットボールを始める。中学校は柏崎市立東中学校に進学。高校は柏崎工業高校に進学。当時の新潟には全国的にも強豪の新潟商業があった為、全国大会(インターハイ・国体・ウィンターカップ)には無縁の3年間を過ごす。この頃は、まだ全国的には全くの無名選手だった。 それでも大学は関西で強豪の近畿大学から声をかけられ進学。。この大学4年間で大きく飛躍し、全国に知られる存在となる。
木村 実(きむら みのる、1982年2月26日 - )は、神… 木村 実(きむら みのる、1982年2月26日 - )は、神奈川県出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはガード。185cm、85kg。 桐光学園高校を経て東洋大学を卒業後、関東実業団の新生紙パルプ商事に入社。全日本社会人に2年連続で出場し、第3回(2007年)で準優勝となる。 2008年、クラブチームの横浜ギガスピリッツへ移籍。 2009年、ドラフト外で東京アパッチに入団。 2011年、横浜ビー・コルセアーズに移籍。2012-13シーズンbjリーグ優勝に貢献。 2013年オフ、岩手ビッグブルズに移籍。 2014年オフ、ライジング福岡に移籍。
田中 悠太(たなか ゆうた、1982年2月18日 - )は、… 田中 悠太(たなか ゆうた、1982年2月18日 - )は、兵庫県出身のバスケットボール選手である。ポジションはSG。背番号34。186cm、78kg。 東洋大姫路高校から大阪経済大学、大阪ディノニクスを経て、2006年に日本プロバスケットボールリーグ(bjリーグ)の高松ファイブアローズ入団。 2007年、日本バスケットボールリーグ2部機構の豊田通商ファイティングイーグルスに移籍。2010/2011シーズン終了後に引退。
今 美春(こん みはる、女性:1982年2月4日 - ) は… 今 美春(こん みはる、女性:1982年2月4日 - ) は、秋田県出身のバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。富士通レッドウェーブでプレーした。 秋田経法大附高では1年より全国大会に出場。日体大ではユニバーシアード日本代表に2大会連続で選ばれ、ヤングウーメン代表にも選出される。 卒業後は富士通に入社。オールジャパン連覇に貢献する。 2007年退社。秋田に戻りクラブチームに所属。地元で開催された国体で秋田県の優勝に貢献。3年連続で国体出場を果たす。
川村 李沙(かわむら りさ、1982年2月1日 - )は、中… 川村 李沙(かわむら りさ、1982年2月1日 - )は、中華人民共和国遼寧省出身の女子バスケットボール選手である。ニックネームは「リン」。ポジションはCF。シャンソンVマジックに所属していた。中国名は李 莎莎(リー・シャシャ)。 小4でバスケを始め、遼寧省体育運動技術学院から常葉学園短期大学に留学。その後日本女子体育大学に編入。 2009年、日本国籍を取得するとともにシャンソン化粧品に入社。 2010年には日本代表候補となり、世界選手権で初のA代表に選出されるが、ジュニア中国代表の経験がネックとなりFIBAより出場資格が認められず外れた。 2011年、シャンソンを退団。11月4日、シャンソン化粧品に対して解雇無効の訴訟を起こした。
佐藤 博紀(さとう ひろき、1982年1月30日 - )は、… 佐藤 博紀(さとう ひろき、1982年1月30日 - )は、千葉県四街道市出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。背番号0。185cm、80kg。 9歳の時にバスケットボールを始める。四街道市立旭中学校を卒業後、県内の強豪八千代高校に進学。1999年のインターハイに出場してベスト8に進出。 2004年に順天堂大学を卒業後、バスケットボール日本リーグの大塚商会アルファーズに入団。 2005年、bjリーグ発足に伴い、大分ヒートデビルズにドラフト3巡目(全体11位)指名を受け入団。 2008年9月、チャレンジ!おおいた国体バスケットボール競技成年男子の部に大分県選抜チームの一員として与那嶺翼、君塚大輔と共に参加した。
太田 和利(おおた かずとし、1982年1月30日 - )は… 太田 和利(おおた かずとし、1982年1月30日 - )は、大阪府堺市南区出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはスモールフォワード。191 cm、85 kg。 堺市立若松台中学校から東住吉工業高に進学。3年連続でインターハイとウインターカップに出場する。1年先輩に齋藤豊がいる。卒業後は近大、大阪ディノニクスに進み、いずれのチームでも国体優勝に貢献する。この間、大手自動車メーカーの内定を蹴り、スポーツジムに勤務しながらバスケを続けている。 2005年、bjリーグの大阪エヴェッサにドラフト4巡目(全体16位)指名を受け入団。2006年、富山グラウジーズに移籍。2009年オフ、浜松・東三河フェニックスへ金銭トレード。
ディアン・ティエルノ・セイデゥ・ヌロ(Diagne Thie… ディアン・ティエルノ・セイデゥ・ヌロ(Diagne Thierno Seydou Nouro、1982年1月4日 - )は、セネガル出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはPF。207cm、98kg。 2003年4月より福岡第一高校にバスケットボール留学。国体・2004年インターハイ・2005年ウィンターカップ優勝に貢献した。しかし、生年月日を実際より4年9カ月若い1986年10月4日と偽り、それに基づく旅券を取得して福岡第一高校に入学し、19歳までしか出場できない全国高体連の大会に出場していたことが発覚した。この年齢詐称疑惑を受け、2011年9月3日に福岡第一高校の2004年インターハイ優勝、2005年のインターハイ3位の成績記録が取り消されたが、福岡第一高校側は年齢詐称はなかったとしてこれに反論している。
柏木 真介(かしわぎ しんすけ、1981年〈昭和56年〉12… 柏木 真介(かしわぎ しんすけ、1981年〈昭和56年〉12月22日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。北海道帯広市出身。ポジションはポイントガードまたはシューティングガード。 帯広市立栄小学校3年でバスケを始め、帯広市立帯広第一中学校ではジュニアオールスターに出場。東海大四高では3年連続で全国大会に出場。3年次のインターハイでは準優勝に輝く。[要出典] 中央大学に進学後も2年次にインカレ準優勝を経験。4年次には李相佰争奪日韓学生バスケットボール競技大会の代表選手に選抜される。[要出典] 卒業後、日立サンロッカーズに入団。新人王とスティール賞を獲得。1年目からオールスターにも出場。全日本にも選ばれる。
信平 和也(のぶひら かずや、1981年12月9日 - )は… 信平 和也(のぶひら かずや、1981年12月9日 - )は、神奈川県川崎市多摩区出身の元プロバスケットボール選手である。日本男子プロバスケットボールリーグbjリーグの東京アパッチに所属していた。192cm、85kg。埼玉ブロンコスの信平優希(現姓:佐々木)は実弟。 小学校4年生頃にバスケットボールを始める。中野島中学校を卒業後は都内の名門國学院久我山高に進学。大学は國學院大學に進学。 大学卒業後、いくつかのクラブチームを経て2005年、東京アパッチに入団。
小野寺 龍太郎(おのでら りゅうたろう、1981年12月9日… 小野寺 龍太郎(おのでら りゅうたろう、1981年12月9日 - )は、日本のバスケットボール選手・指導者である。 宮城県気仙沼市出身。気仙沼西高校から2000年に日本リーグのさいたまブロンコスにマネージャー兼練習生として入団。翌2001-02シーズンから選手となり、2002-03シーズンまでさいたまブロンコス、2003-04シーズンはブロンコスクラブに所属。 現役引退後は指導者になり、宮城クラブや国体埼玉県成年チームのアシスタントコーチを務める。 2013年5月から8月は、インターナショナル・バスケットボール・リーグ(IBL)のニッポン・トルネードでヘッドコーチ、2013-14シーズンは古巣のbjリーグ・埼玉ブロンコスのアシスタントコーチ、2014-15シーズンはバンビシャス奈良のヘッドコーチを務めた。
佐藤 浩貴(さとう ひろたか、1981年〈昭和56年〉12月… 佐藤 浩貴(さとう ひろたか、1981年〈昭和56年〉12月8日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手。神奈川県出身。現役時代のポジションはセンター。役職はアシスタントコーチ。ワンリーズ和歌山所属。 小・中学校時代は特にスポーツをせず、帰宅部だった。中学3年生時には身長190cm、体重100kgにまで成長している。 相洋高等学校入学後にバスケットボールを始める。 恵まれた体格と運動能力を見込まれて入学した専修大学では、1年時からスタメンを任される。2年生の時にオールジャパンに出場する。3年時には、中川和之、中川直之、波多野和也、長澤晃一、青木康平らと共にインカレで優勝する。4年時には、日本代表監督に就任したジェリコ・パブリセヴィッチに見込まれ、日本代表候補選手に選ばれ、欧州遠征に参加する。
長谷川 聖(はせがわ しょう、1981年11月17日 - )… 長谷川 聖(はせがわ しょう、1981年11月17日 - )は、青森県出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。193cm、85kg。
長谷川 聖(はせがわ しょう、1981年11月17日 - )… 長谷川 聖(はせがわ しょう、1981年11月17日 - )は、青森県出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。194cm、85kg。 鰺ヶ沢高校でバスケットボールを本格的に始め、青森大学に進学し活躍。 卒業後は母校の鯵ヶ沢第一中学校で校務員として働きながら同中バスケットボール部を指導。一方で鶴田クラブにて選手として所属。クラブ選手権ベスト8となり、2004年埼玉国体にも出場した。 2005年、bjリーグが発足すると、トライアウトを受験し、埼玉ブロンコスにドラフト外で入団。 2007年、JBL2の栃木ブレックスに移籍。 2008年、JBLのリンク栃木ブレックスに所属。 2009年、リンク栃木ブレックス退団。
鵜澤 潤(うざわ じゅん、1981年〈昭和56年〉10月28… 鵜澤 潤(うざわ じゅん、1981年〈昭和56年〉10月28日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手で現在は指導者。千葉県出身。現役時代のポジションはパワーフォワード。役職はヘッドコーチ。Bリーグ・新潟アルビレックスBB所属。 冨士見中学校から船橋市立船橋高等学校を経て日本体育大学に進学。2001年にはインカレ優勝を経験。4年時にはユニバーシアードに出場。 卒業後の2004年、三菱電機に入社。 2006年のオールジャパンでは大会ベスト5に選ばれる活躍を見せる。 2016年にプロバスケットボールリーグであるB.LEAGUEが発足。三菱電機を母体にしたプロチームである「名古屋ダイヤモンドドルフィンズ」とプロ契約を受ける。
小畑 亜章子(おばた あきこ、1981年10月27日 - )… 小畑 亜章子(おばた あきこ、1981年10月27日 - )は、神奈川県出身の元バスケットボール選手。ニックネームは「テル」。ポジションはガード。 名門富岡高から、デンソーに入社。 2008-09シーズンには最多スティールを記録。 2005年には東アジア大会日本代表に選出。 2009年にもアジア選手権日本代表に選ばれた。 2011年度アシスト王(2年連続3度目)。 2012年4月引退。 引退後は筑波大学大学院で学んだ後、男子Bリーグ、三遠ネオフェニックススクールコーチを務めた。 2019年4月、デンソーアシスタントコーチ就任。
高岡 大輔(たかおか だいすけ、1981年10月14日 - … 高岡 大輔(たかおか だいすけ、1981年10月14日 - )は、長崎県出身の元プロバスケットボール選手で、現在は指導者。選手としては主にフォワードのポジションを務め、仙台89ERSなど5チームでプレーし、2016年に引退した。現役最後のシーズンとなったbjリーグ 2015-16シーズン時点の身長は192cm、体重95kgだった。引退後は仙台89ERSのアシスタントコーチに就任し、2018年1月からはヘッドコーチに昇格した。Bリーグ・富山グラウジーズのアシスタントコーチを務めていた。2026年1月23日、青森ワッツのHCに就任した。 1997年に私立瓊浦高等学校に進学。1年生時より控え選手としてベンチ入りし、全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会(ウィンターカップ)に出場。
澤岻 直人(たくし なおと、1981年10月13日 - )は… 澤岻 直人(たくし なおと、1981年10月13日 - )は、沖縄県出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。 2004年、アイシンシーホースに入団し、その年のオールジャパン優勝に貢献した。またbjリーグの琉球ゴールデンキングスでも2008-09シーズンの優勝に貢献。2007-08シーズンと2008-09シーズンの2度、ベストファイブにも選ばれている。 プロバスケットボール選手であった澤岻安史は実兄。 沖縄県沖縄市に生まれる。小学校では水泳をしていて、背泳ぎで九州大会で優勝経験がある。沖縄市立コザ中学校入学と同時にバスケットボールを始め、全国大会ベスト8、ジュニアオールスター3位になる。
松田 大地(まつた だいち、1981年10月8日 - )は、… 松田 大地(まつた だいち、1981年10月8日 - )は、宮城県泉市(現・仙台市泉区)出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード、シューティングガード。188cm、85kg。
水町 亮介(みずまち りょうすけ、1981年9月10日 - … 水町 亮介(みずまち りょうすけ、1981年9月10日 - )は、佐賀県伊万里市出身の元プロバスケットボール選手である。B.LEAGUEの秋田ノーザンハピネッツに所属していた。ポジションはガード。身長186cm、体重83kg。 佐賀西高校、学習院大学卒業後の2004年に新潟アルビレックスBBの下部組織に入団。2005年のbjリーグ開幕後は大分ヒートデビルズ、新潟アルビレックスBBを経て、2010年に秋田ノーザンハピネッツに移籍。秋田ではキャプテンを務めていた。 自らのプレイを「隙間産業」に例え、目立たないながらも堅実なプレイを身上とした。 佐賀県伊万里市にて出生。小学4年生でバスケットボールを始める。