岡田 史子(おかだ ふみこ、本名・高田富美子、1949年7月… 岡田 史子(おかだ ふみこ、本名・高田富美子、1949年7月23日 - 2005年4月3日)は、北海道静内郡静内町(現・日高郡新ひだか町)出身の漫画家。詩的な作風の漫画を多く発表した。 永島慎二、西谷祥子の元で一時アシスタントをした後、 1967年に手塚治虫主宰の月刊漫画雑誌「COM」2月号で「太陽と骸骨のような少年」を発表し、商業誌デビュー。 1960年代後半「COM」を中心に活躍したが、1972年、漫画家としての活動をやめ北海道に帰郷、地元の会社に勤めるようになり、1976年に結婚する。しかし彼女の熱狂的なファンである萩尾望都の熱望により再度筆を取り、1978年に復帰する。しかし、「もうあの頃のような作品は描けない」と自ら再び作家活動を断念。
あしべ ゆうほ(本名:非公開、1949年〈昭和24年〉7月1… あしべ ゆうほ(本名:非公開、1949年〈昭和24年〉7月12日 - )は、日本の漫画家。女性。青森県三沢市出身。 1970年、『別冊少女コミック』(小学館)に掲載された「マドモアゼルにご用心」にてデビュー。 以後『月刊プリンセス』や、『ボニータ』・『ミステリーボニータ』(いずれも秋田書店)を中心に活躍。 代表作は『悪魔の花嫁』(原作:池田悦子)、『クリスタル☆ドラゴン』、『ダークサイド・ブルース』(原作:菊地秀行)など。 『ダークサイド・ブルース』は1994年に劇場版アニメとなり、『悪魔の花嫁』は、1988年にOVA化されている。 『月刊プリンセス』創刊期において大きく貢献し、1975年創刊号から連載開始した『悪魔の花嫁』は累計発行部数は1000万部突破の大ヒット作となった。
山田 ミネコ(やまだ みねこ、1949年7月11日 - )は… 山田 ミネコ(やまだ みねこ、1949年7月11日 - )は日本の漫画家、同人作家。神奈川県出身。聖ヨゼフ学園(小・中・高)、トキワ松女子短期大学卒業。血液型AB型。鎌倉市在住。24年組メンバーの一人。 少女漫画家時代の石ノ森章太郎に影響を受け漫画を描き始める。仲間内で執筆していた回覧誌のアドバイスをもらうため鈴木光明を訪ねたことがきっかけで弟子入りする。 漫画家としてのデビューは貸本漫画であり、辰巳ヨシヒロが経営していたヒロ書房から単行本を出版していた(当時は「山田美根子」名義)が、貸本業界末期のため生活に困り、師である鈴木の紹介で『別冊マーガレット』でデビュー。以降、『花とゆめ』、『LaLa』、朝日ソノラマ『デュオ』、東京三世社『WHAT(旧:『SF競作大全集』)』、徳間書店『リュウ』、秋田書店『月刊プリンセス』などで執筆。
諸星 大二郎(もろほし だいじろう、本名:諸星 義影、194… 諸星 大二郎(もろほし だいじろう、本名:諸星 義影、1949年7月6日 - )は、日本の漫画家。長野県北佐久郡軽井沢町生まれ、東京都足立区出身。 主に古史古伝に題材をとり、異形の存在によって日常の価値観や世界観を転倒させるような作品を多数発表している。また日常の不安を形にしたような寓意的な作品も得意とする。作品にはクトゥルー神話の間接的影響も随所に見受けられる。 重い読後感を残す伝奇作品を描く一方で、『ど次元世界物語』など、軽めの不条理めいたユーモア作品もデビュー当初より発表している。また1990年代にはグロテスクさとユーモアが同居した『栞と紙魚子』シリーズという少女漫画作品も製作している。 SF・伝奇漫画家の星野之宣と親交がある。
飯森 広一(いいもり こういち、1949年7月4日 - 20… 飯森 広一(いいもり こういち、1949年7月4日 - 2008年5月14日)は、日本の漫画家。 宮崎県児湯郡西米良村生まれ。都城市育ち。鎌倉学園高等学校、専修大学卒業。 動物漫画を主に描く漫画家で、代表作は『レース鳩0777』など。晩年は活動をほぼ休止していた。 2008年5月14日、脳血栓のため58歳で死去。
岸 裕子(きし ゆうこ、女性、1949年7月4日 - )は、… 岸 裕子(きし ゆうこ、女性、1949年7月4日 - )は、日本の漫画家。新潟県上越市出身、血液型はB型。「玉三郎恋の狂騒曲」など女装ものや美少年ものを多く執筆。その後レディスコミックや同人誌でも作品を発表。近年は同人誌での活動がメイン。 いわゆる24年組とは一線を画するが、同時期に同じ雑誌で活躍していたこともあり、影響を大きく受けており、広い意味では同じ範疇に属する作家である。[独自研究?] 小学校1年のころからバレエ漫画を読んでおり、『少女クラブ』や少年雑誌に読み耽っていたという。そのころから漫画家になることが夢であったようである。自分で描いた漫画としては、ほとんどが時代劇で、艶のあるシーンがあったり、キリシタンが出てきたりと、白土三平のようなものを作画していた。
村岡 栄一(むらおか えいいち、1949年6月28日 - )… 村岡 栄一(むらおか えいいち、1949年6月28日 - )は、日本の漫画家。福島県会津坂下町出身。 小学校3年生の時に貸本劇画誌「街」の新人賞に応募し始め4年生の時に佳作に入る。中学に入り「奇人クラブ」という同人誌を創刊、当時の仲間に岡田史子や和田あきのぶ等がいた。16歳の時に上京し、17歳の秋に、以前からファンレターを出してコンタクトを取っていた永島慎二の元へアシスタントとして入る(当時のアシスタント仲間に向後つぐおや三橋乙揶らがいた)。約1年4ヶ月アシスタントをしたのち独立、18歳の時「風船」(「COM」1968年5月号付録「ぐら・こん」Vol.1掲載)でデビューした。 1968年、貸本出版社の東考社から、村岡の責任編集により、岡田史子を中心とする「奇人クラブ」同人の作品を掲載した商業誌『アイ』を刊行。
山本 鈴美香 (やまもと すみか、1949年6月17日 - … 山本 鈴美香 (やまもと すみか、1949年6月17日 - )は、日本の漫画家。女性。山梨県塩山市(現甲州市)出身。代表作は、『エースをねらえ!』。 1949年(昭和24年)、山梨県塩山市(現甲州市)に生まれ、埼玉県浦和市(現さいたま市)育ち。埼玉県立浦和西高等学校卒業。1970年(昭和45年)、武蔵野美術短期大学商業デザイン科を卒業した後。1971年(昭和46年)、『その一言がいえなくて…』で漫画家としてのデビューを果たした。1973年(昭和48年)、テニスをテーマにした『エースをねらえ!』の連載が少女漫画雑誌『週刊マーガレット』上で開始、メイン層である女性だけでなく、男性層にも爆発的な人気を得た。
寺島 優(てらしま ゆう、男性、1949年(昭和24年)6月… 寺島 優(てらしま ゆう、男性、1949年(昭和24年)6月- )は、日本の漫画原作者、脚本家。本名:中村 修(なかむら おさむ)。東京都出身。 俳優・中村哲の長男として生まれる。姉の影響で幼少期から少女漫画を読んでおり、高校時代には漫画家を志して自ら少女漫画を描き、「りぼん」に原稿を持ち込んでいた。 武蔵大学人文学部社会学科卒業後、東宝に入社。宣伝部にて山口百恵・三浦友和の文芸シリーズ、アニメ映画の『ルパン三世』『エースをねらえ!』などの宣伝を担当した。 会社員業のかたわら、1978年に「週刊少年ジャンプ」で開催された「ジャンプ原作大募集」に応募し『からくり源内』が準入選。続く1979年に『テニスボーイ』(作画:小谷憲一)で連載デビュー。
市川 ジュン(いちかわ じゅん、1949年5月31日 - )… 市川 ジュン(いちかわ じゅん、1949年5月31日 - )は日本の漫画家。東京都新宿区出身。夫は漫画家の柴田昌弘。 公務員を経て、1972年『別冊マーガレット』掲載の「白い花の涙」でデビュー。少女漫画を経て、1980年代半ば頃から活躍の場を集英社『office YOU』に移し、〈女性の側から見た歴史〉にスポットを当て、平安から近代までと幅広い年代の歴史物を手がけている。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
萩尾 望都(はぎお もと、本名同じ、1949年5月12日 -… 萩尾 望都(はぎお もと、本名同じ、1949年5月12日 - )は、日本の女性漫画家。女子美術大学客員教授、日本SF作家クラブ名誉会員、日本漫画家協会理事、日本芸術院会員。 福岡県大牟田市生まれ。1969年に『ルルとミミ』でデビューする。1972年から『ポーの一族』を連載、1976年に同作および『11人いる!』により第21回小学館漫画賞を受賞した。同時期に連載された『トーマの心臓』も人気となり、少女漫画に革新をもたらし黄金時代を築いたとして、竹宮惠子や大島弓子、山岸凉子らと共にその生年から「花の24年組」と呼ばれた。 作品のジャンルはSF、ファンタジー、ミステリー、ラブコメディー、バレエ、サスペンスなど幅広い分野にわたる。
たちいり ハルコ(本名:立入 晴子、1949年5月7日- )… たちいり ハルコ(本名:立入 晴子、1949年5月7日- )は、日本の女性漫画家。東京都目黒区出身。O型、牡牛座。既婚者、夫はイラストレーターの藤井康文。立教大学出身。 代表作は『ピコラ♥ピコラ』『パンク・ポンク』『おじゃマクラ』など。いずれもギャグ漫画。親しみやすく可愛らしいタッチと、単純明快な笑いのセンスを得意とする。児童向け雑誌を中心に活躍し、長く人気を博した。
方倉 陽二(かたくら ようじ、1949年〈昭和24年〉3月1… 方倉 陽二(かたくら ようじ、1949年〈昭和24年〉3月14日 - 1997年〈平成9年〉4月8日)は、日本の漫画家。大分県豊後高田市出身。 高校卒業後、大学入試には合格したが家庭の事情で進学しなかった。1969年より『COM』誌の投稿漫画で早くも漫画ファンの注目を浴びる。その後、『COM』の投稿仲間から同好会への入会を勧められたことを機に上京。 1970年4月より藤子不二雄のアシスタントを務め、1976年の独立後に『アカンベー』(『小学一年生』)でデビュー。代表作に『のんきくん』、アニメ化された『まじかるハット』など。 藤子スタジオの在籍期間が長く、1973年からはチーフアシスタントも務めた。
加藤 唯史(かとう ただし、本名:加藤 正、1949年2月1… 加藤 唯史(かとう ただし、本名:加藤 正、1949年2月17日 - 2017年10月15日)は、日本の漫画家。北海道函館市出身。 北海道函館西高等学校卒業後上京、新聞配達のアルバイトの傍ら、渡米を志し英会話学校に通う。しかしその1年後、棚下照生のアシスタントとなり、3年間務めた。 1973年に貸本雑誌『劇画No.1』(東考社)掲載の『妖かしの森』にてデビュー。当時のペンネームは本名の加藤正だった。その後は少年誌で執筆し、後に青年誌で連載を持つようになる。『ザ・シェフ』は後にドラマ化も果たすほどのヒット作になる。 『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)で連載していた『ロン先生の虫眼鏡』は、当時同誌で『がきデカ』などが連載されていたせいか、同誌の「唯一の良心」と言われていた。
叶 精作(かのう せいさく、本名:田村 精作(たむら せいさ… 叶 精作(かのう せいさく、本名:田村 精作(たむら せいさく)、男性、1949年1月26日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター。新潟県新潟市出身。大阪芸術大学キャラクター造形学科客員教授。 鉄道好きで、SLの機関士(運転士)を夢見る少年時代を送っていた。新潟県立新潟工業高等学校卒業後、NOKの静岡工場で設計課に勤務していたが、型にはまったサラリーマン生活に懲り、友人を頼り東京の板橋に上京。さいとう・たかを率いるさいとう・プロダクションの求人に応募。幸運にも採用されたことがきっかけで初めて漫画の世界に踏み込み、4年間のアシスタント生活の後、さいとうプロを退職する。 その後、紆余曲折を経てスタジオ・シップ(現・小池書院)で小池一夫に師事し、1973年に小池の原作による「からあ怒」で連載デビュー。
忠津 陽子(ただつ ようこ、1949年1月25日 - )は、… 忠津 陽子(ただつ ようこ、1949年1月25日 - )は、日本の漫画家。北海道置戸町出身。代表作は『週刊マーガレット』に連載されテレビドラマ化もされた「美人はいかが?」。 手塚治虫や石森章太郎、水野英子に影響を受ける。北海道札幌旭丘高等学校に入学後、同じ学校に通っていた山岸凉子やいがらしゆみこ、田中雅子らと知り合う。高校卒業後「夏の日のコーラ」(『別冊マーガレット』、集英社)で商業誌デビュー。同時に『COM』の読者投稿コーナー「ぐら・こん」に『星とイモムシ』で入選、全国の漫画マニアの注目を浴びる。 札幌市の専門学校卒業後に編集者の勧めで上京、大和和紀と中野区のアパートに住み『別冊マーガレット』や『週刊マーガレット』(集英社)に代表作となる「美人はいかが?」などを執筆。
はしもと てつじ(本名:橋本哲嗣、1949年 - 2000年… はしもと てつじ(本名:橋本哲嗣、1949年 - 2000年)は、日本の漫画家。福岡県福岡市出身。 福岡県立福岡高等学校卒業後に上京。1971年に漫画サンデーでデビューするが、真崎守と長谷川法世(高校の先輩でもある)のアシスタントを経た後、1978年頃に独立して本格的な創作活動に入る。
ダーティ・松本(ダーティ・まつもと、1949年 - )は、 … ダーティ・松本(ダーティ・まつもと、1949年 - )は、 日本の漫画家。成人向け漫画を主に執筆している。 ダーティー・松本、ダーティー松本、ダーティ松本など表記ブレが多いが本人も明言しているようにダーティ・松本が正しい。DCプロジェクト通販の口座名義もダーティ・松本である。久保書店から発売されている単行本は、最初に”ダーティ松本”と間違った表記をしてしまい、以後の刊行物もそれと合わせるためあえてそのままになっている。 熊本県熊本市出身、熊本市立川尻小学校、熊本大学教育学部附属中学校を経て、熊本県立熊本高等学校に入学。1970年(昭和45年)にさいとう・プロダクションに入社するが半年ほどで退社。
佐藤 正明(さとう まさあき、1949年 - )は、諷刺漫画… 佐藤 正明(さとう まさあき、1949年 - )は、諷刺漫画家。別名義として佐藤 まさーき(中日新聞木曜日朝刊の生活面に掲載している「生活ヒヤリ劇場」などで使用)。 名古屋市に生まれ、南山大学外語学部に学ぶ。卒業後、デザインプロダクションに就職するが、のち独立し、「中日マンガ大賞」大賞を受賞したことをきっかけに漫画家となる。 1986年から、中日新聞・東京新聞・西日本新聞の三紙において、政治風刺漫画を連載しているほか、中日新聞の隔週土曜日夕刊において読者投稿コーナーである「まんが大学笑学部」を担当している。 2020年、長年の政治漫画・風刺漫画の連載により第49回日本漫画家協会賞カーツーン部門大賞受賞。
鈴木 翁二(すずき おうじ、1949年 - )は、日本の漫画… 鈴木 翁二(すずき おうじ、1949年 - )は、日本の漫画家、ミュージシャン。別ペンネームはカルメ・コウチ。 愛知県西尾市出身、北海道日高支庁浦河郡浦河町在住。 『ガロ』等で活躍した漫画家で、安部慎一、古川益三と並び「ガロ三羽烏」と称される漫画家の一人。漫画家の森雅之は義弟。[要出典] 少年時代は漫画に傾倒し、1967年に上京して漫画を描き始める。1969年に『眼球譚』がガロに入選するが、掲載される事はなかった。同年11月に『庄助あたりで』でガロにてデビュー。 その後、水木しげるのアシスタントを1年間務めた。学生運動が盛んだった1970年代頃から熱烈な支持を受けるようになる。 近年は寡作になりつつあるが、漫画雑誌『夜行』などに連載していた、過去の多数の未掲載作品が単行本化されたりしている。
かまち よしろう(本名:村松 芳郎、1949年 - )は、日… かまち よしろう(本名:村松 芳郎、1949年 - )は、日本の漫画家。 静岡県磐田郡豊岡村(現・磐田市)上野部出身、静岡県立掛川西高等学校、早稲田大学文学部卒業。 漫画を描き始めたのは小学三年生の頃で、クラスに絵の上手な友達がいて、当時人気のあった『鉄人28号』や『赤胴鈴之助』のキャラクターをお互い上手だねとほめ合いながら描いたのが最初であった。高校生時代に当時朝日新聞に連載されていた『サザエさん』や『フジ三太郎』に影響され、漫画家を志す。大学在学中は漫画研究部に所属し、卒業後、谷岡ヤスジのアシスタントを経て独立。 その後は青年・成人向け漫画雑誌や4コマ漫画誌を中心に4コマ漫画を多数描く。旧ペンネームは「鎌地ヨシロウ」「かまちヨシロウ」だったが、現在は「かまちよしろう」に統一している。
末永 史(すえなが あや、1949年 - 2018年1月1日… 末永 史(すえなが あや、1949年 - 2018年1月1日)は、日本の元漫画家、イラストレーター、エッセイスト、精神保健福祉士。宮城県仙台市出身。漫画家としては特に1970年代に活動していた。東京都立南多摩高等学校を経て武蔵野美術大学、中央大学中退後、「ヤングコミック」や「りぼん」に連載していた。その後は医療に従事するかたわら、イラストやエッセイの活動が中心になっていた。 別のペンネームに末永あや子、いとう絢子がある。 (上記全て、末永あや子または末永あやこ名義作品)
たなか てつお (1948年12月18日 - )は、日本の漫… たなか てつお (1948年12月18日 - )は、日本の漫画家。北海道山越郡八雲町(現:二海郡八雲町)出身。本名:田仲哲雄、別名:田仲てつお。 元自衛隊員。自衛隊退職後に航空会社にパイロットとして就職し、調布飛行場にある出版社の編集者と知り合ったことから図鑑用の飛行機のイラストを描くようになり、その縁で漫画家となる。デビュー作『飛んでけ!エアロ』を執筆していた当時はまだ、パイロットを務めていたという。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
柳沢 きみお(やなぎさわ きみお、本名:柳澤 公夫〈読み方は… 柳沢 きみお(やなぎさわ きみお、本名:柳澤 公夫〈読み方は同じ〉、1948年9月26日 - )は、日本の漫画家。新潟県五泉市出身。代表作に『翔んだカップル』『特命係長 只野仁』など。 新潟県五泉市の資産家の家庭に生まれ、小学校の低学年の頃より漫画家を目指す。新潟県立村松高等学校卒業、和光大学人文学部芸術学科を中退。1970年に「週刊少年ジャンプ」第51号(12月14日号)掲載『ズンバラビン』でデビュー。とりいかずよしのアシスタントを務めたのち、1972年、『負けるな紀三郎』で第4回手塚賞佳作を受賞(「週刊少年ジャンプ」1973年第1号(1月1日号)掲載、ここまで柳沢公夫名義)。 翌1973年より1975年まで「週刊少年ジャンプ」で『女だらけ』を、1975年12月より1976年4月まで『温泉ボーイ』を連載。
篠原 ユキオ(しのはら ゆきお、1948年9月16日 - )… 篠原 ユキオ(しのはら ゆきお、1948年9月16日 - )は、大阪府東大阪市出身の漫画家。FECO JAPAN(世界漫画家連盟日本支部)・漫画家集団ぼむ世話人。日本漫画家協会参与。京都精華大学名誉教授。 京都教育大学美術科に在学中、大阪の産経新聞に投稿を始めたことをきっかけに新聞に連載を持つようになった。 1972年に大学を卒業後、美術の教員として働きながら、産経新聞のほか在阪の大手新聞各紙(大阪新聞、読売新聞、朝日新聞、日本経済新聞など)・週刊誌に時事漫画・イラスト・エッセーを執筆。並行して、1971年に結成した漫画家集団『ぼむ』主催者として活動を続けている。 大阪府八尾市立高美中学校で美術の教員をしていた1982年に、第4回読売国際漫画大賞に応募し、カメレオンをネタにした作品で受賞。
やまだ 紫(やまだ むらさき、1948年9月5日 - 200… やまだ 紫(やまだ むらさき、1948年9月5日 - 2009年5月5日)は、日本の漫画家・エッセイスト・詩人。京都精華大学マンガ学部専任教授。 本名:白取 三津子(しらとり みつこ)(旧姓:山田)。2人目の夫は、元『ガロ』副編集長の白取千夏雄で、年齢は17歳下である。[要出典] 東京都世田谷区出身。1966年、私立富士見丘高等学校卒業後に詩の同人会『しちにん』へ参加。翌年からデザイン事務所勤務の傍ら、虫プロ商事(手塚治虫主宰)の漫画雑誌『COM』へ漫画作品の投稿を始める。 1969年、『COM』5月号でデビュー。以降同誌に精力的に作品を発表する。『COM』廃刊後は『ガロ』(青林堂)に発表の場を移し、1971年2月号に『ああせけんさま』が入選。
かわぐち かいじ(本名:川口 開治、1948年7月27日 -… かわぐち かいじ(本名:川口 開治、1948年7月27日 - )は、日本の漫画家。 広島県御調郡向東町(現在の尾道市の一部)生まれ。広島県立尾道北高校、明治大学文学部日本文学科卒業。東京都小金井市在住。血液型AB型。 1968年に『ヤングコミック』(少年画報社)にて掲載された「夜が明けたら」でデビューした。代表作に『沈黙の艦隊』、『ジパング』、『太陽の黙示録』、『空母いぶき』など。1990年代以降、壮大な舞台で男達が活躍する大河ストーリーを得意としている。マンガジャパン会員となっている。 父親は戦時中に掃海艇の乗組員をつとめ、戦後は小型タンカーの船長となっていた。子供時代のかわぐちは、瀬戸内海を航行する父親の船によく乗せてもらっていた。
青池 保子(あおいけ やすこ、1948年7月24日 - )は… 青池 保子(あおいけ やすこ、1948年7月24日 - )は、日本の女性漫画家。山口県下関市長府出身。『エロイカより愛をこめて』、『アルカサル-王城-』など少女漫画の枠を超えた硬派の作品で知られる。 1948年(昭和23年)7月24日、姉5人兄1人の7人きょうだいの末っ子として生まれる。日本画を趣味としていた父親の影響で絵を描くようになり、また姉や兄の購入した漫画に親しみ、小学校1年生のときに初めて漫画を描く。 1961年(昭和36年)、私立梅光女学院中学校・高等学校に進学。中学1年生の夏休みに、敬愛する少女漫画家の水野英子宅を姉と二人で訪問。その人柄に感銘し、大きな刺激を受ける。 一念発起し、ファンタジーものの漫画を描き始める。
山松 ゆうきち(やままつ ゆうきち、1948年7月8日 - … 山松 ゆうきち(やままつ ゆうきち、1948年7月8日 - )は、漫画家。代表作は『くそばばの詩』『2年D組上杉治』『エラヅヨの殺し屋』『インドへ馬鹿がやって来た』など。 鳥取県倉吉市出身。中学卒業後の1964年に大阪の貸本出版社日の丸文庫に原稿を持ち込み、編集者兼漫画家として雇われる。山上たつひこらと住み込みで編集の仕事をしつつ、貸本誌『オッス!』に「田舎医者」などの短篇を掲載して漫画家デビュー。その後18歳で上京、あすなひろし、川本コオなどのアシスタントとなり、1967年に、『週刊漫画TIMES』に「ヤクザ無情」を掲載し商業誌デビューする。 やがて『ヤングコミック』で連載した「2年D組シリーズ」などで人気となる。
石川 賢(いしかわ けん、KEN ISHIKAWA、本名:石… 石川 賢(いしかわ けん、KEN ISHIKAWA、本名:石川賢一、1948年6月28日 - 2006年11月15日)は、日本の漫画家。栃木県那須郡烏山町(現・那須烏山市)出身。血液型はAB型。 代表作に『ゲッターロボ』、『魔獣戦線』、『虚無戦記』、『極道兵器』などがある。バイオレンス描写をメインに、スペースオペラ、ヒーローロボット、時代劇・忍術、任侠、ゴルフなど多岐にわたる主題を扱った。 高校卒業後の1969年、永井豪のアシスタントとしてダイナミックプロに入社する。永井は、「弟子などと思ったことは一度もない。戦友であり、友であり最大の味方である」と語っている。また「デビュー前から知り合っていたら、藤子不二雄先生みたいになっていたかも知れない。
御厨 さと美(みくりや さとみ、1948年5月20日 - )… 御厨 さと美(みくりや さとみ、1948年5月20日 - )は、日本の男性漫画家。長崎県出身、早稲田大学第一文学部中退。本名は御厨哲美(読みは同じ)。
神田 たけ志(かんだ たけし、1948年5月12日 - )は… 神田 たけ志(かんだ たけし、1948年5月12日 - )は、日本の漫画家。北海道根室市出身。 1948年5月12日、根室市に生まれる。 さいとう・たかをのアシスタント勤務となり、『ゴルゴ13』の作画スタッフに参加する。 1970年、『復活は血のメロディー』でデビュー。同年、小池一夫原作の『御用牙』がヒットする。同年ごろに、小池一夫らとともに『スタジオ・シップ』を起こす。吉川英治の『宮本武蔵』の劇画化や、伝説の麻雀の裏プロ桜井章一の半生の劇画化の『ショーイチ』シリーズが有名である。ジャンルは、時代劇モノ、極道関連、麻雀関連となる。
富田 祐弘(とみた すけひろ、1948年4月14日 -)は、… 富田 祐弘(とみた すけひろ、1948年4月14日 -)は、日本のアニメーション脚本家、ライトノベル小説家、漫画原作者。埼玉県出身。 埼玉県立浦和高等学校卒業後、映画の照明スタッフを目指して日本大学藝術学部へ入学するが、当時の大学紛争によって授業もろくに受けられない休講状態の日々を過ごす。そこで当時の紛争をパロディに戯曲を書いてみたところ、周囲の好評を得たことから、脚本家志望へと方向転換。卒業後は、著名な脚本家の事務所へと就職するが「書くよりもマネージャーをやれ!」と命じられ、事務所の若手タレントを各方面へと売り込む外回り営業の日々を過ごす羽目に。そんな中、東映動画のプロデューサーからの叱咤激励によって再び脚本家を目指すようになり、事務所の先輩である田村多津夫に師事。
桜多 吾作(おうた ごさく、1948年3月16日 - 202… 桜多 吾作(おうた ごさく、1948年3月16日 - 2022年12月12日)は、日本の漫画家。山形県上山市出身。本名は太田順一(おおた じゅんいち)。 石ノ森章太郎のアシスタントを経た後、「ボーイフレンドや~い」で少女漫画家・山上純一郎としてデビュー。単独名義のほか、萩尾望都との合作なども発表する。 少年誌に活躍の場を移行後、北川寛、本名の太田順一などのペンネームを経て「桜多吾作」名となる。一時、石森プロの先輩でもある永井豪が率いるダイナミックプロにも合流、同プロ原作アニメ作品のコミック化を数多く手がける。一方で、「桜多吾作とプロダクション・アドベンチャー」としても独立した作品を発表した。児童誌のコミックボンボンで執筆する際には、おうたごさくと平仮名表記で執筆している。
大和 和紀(やまと わき、1948年3月13日 - )は、日… 大和 和紀(やまと わき、1948年3月13日 - )は、日本の女性漫画家。北海道札幌市出身、血液型はO型。北星学園女子中学校・高等学校を経て、北星学園女子短期大学(現:北星学園大学短期大学部)卒業。代表作に『はいからさんが通る』、『ヨコハマ物語』、『N.Y.小町』、『あさきゆめみし』など。 旧姓は一ノ関で、一ノ関 和紀名義による作品もある。ペンネームは、実母の旧姓「大和」と本名「和紀」を組み合わせたもの。幼少の頃から和紀を「かずのり」と読まれることも多く、男性によく間違われたために女子校に進学した。高校生の時に漫画を描き始める。この時期、別の高校の同学年だった山岸凉子と知り合っていて、二人で手塚治虫にネームを見てもらっている。
土田 よしこ(つちだ よしこ、女性、1948年〈昭和23年〉… 土田 よしこ(つちだ よしこ、女性、1948年〈昭和23年〉2月26日 - 2023年〈令和5年〉9月15日)は、日本の女性漫画家。東京都武蔵野市出身。本名は土田芳子。従来の繊細な少女漫画の世界において破壊的なギャグ漫画の新風を吹き入れた。 「土田よし子」名義による作品もある。 子供の頃から漫画を描くのが好きで、城右女子高等学校在学中からフジオプロでアシスタントのアルバイトをしていた。そのきっかけは近所にスタジオゼロに勤めている人がいたことで、土田も本来はスタジオゼロで働くつもりだったが、同じビル(西新宿十二社の市川ビル)の4階にあるスタジオゼロと間違えて3階のフジオプロに足を踏み入れたことからフジオプロで採用され、1966年(昭和41年)に高校を卒業した後もフジオプロの誘いで赤塚不二夫のアシスタントを続けた。
小山 ゆう(こやま ゆう、本名:大竹 由次(おおたけ よしじ… 小山 ゆう(こやま ゆう、本名:大竹 由次(おおたけ よしじ)、男性、1948年2月20日 - )は、日本の漫画家。静岡県小笠郡菊川町(現・菊川市)出身。 代表作は『がんばれ元気』『お〜い!竜馬』『あずみ』など。『がんばれ元気』『おれは直角』『お〜い!竜馬』はテレビアニメ化され、『あずみ』は上戸彩主演で映画化された。 ペンネームの「小山ゆう」は、恩人である小池一夫の「小」、友人の山本又一朗の「山」、そして自身の本名である由次(よしじ)の「ゆう」を組み合わせたものである。 静岡県小笠郡菊川町(現・菊川市)で専業農家の長男として出生。静岡県立島田商業高等学校卒業後、作曲家を目指して上京した。上京まで漫画はほとんど読まず、興味も薄かったという。
もりたじゅん(本名:本宮順子(旧姓:森田)、1948年2月1… もりたじゅん(本名:本宮順子(旧姓:森田)、1948年2月18日 - )は、日本の元女流漫画家。広島県出身。千葉県市川市在住。日本大学芸術学部油絵科卒業。夫は漫画家の本宮ひろ志。長女はアマチュアゴルファーのもとみやあゆみ。 子供のころから絵が好きだったが、母親がかなり厳格だったようで、小学生のころは手塚治虫・関谷ひさし以外の漫画を読むことは原則禁止されており、漫画を描くことに関しては人形ですら認めて貰えなかったという。中学生のときに一時期、漫画から関心が離れた。高校生のころに漫画が大好きな文芸部の友人たちによって、ちばてつやの『紫電改のタカ』などを勧められ、興味が再燃。以後、水野英子、西谷祥子、あすなひろしなどの作品を愛読する。
木原 敏江(きはら としえ、1948年2月14日 - )は、… 木原 敏江(きはら としえ、1948年2月14日 - )は、日本の漫画家。女性。東京都目黒区出身。血液型はB型。愛称ドジさま。 3人きょうだいの長女。高校を卒業するころから漫画家を志し、銀行員を経て1969年(昭和24年)、『別冊マーガレット』(集英社)の3月号に掲載された『こっち向いてママ!』でデビュー。花の24年組の一人。初期は「木原としえ」のペンネームで活動していた。 1977年から1984年にかけて、大正時代の旧制高校を舞台にした『摩利と新吾』を『LaLa』(白泉社)で長期連載。登場人物のデータや作者インタビューなどが収録された関連本『木原敏江 しまりんごスペシャル』や、作中で歌われる寮歌などを収録したイメージアルバムレコードが発売されたほか、現在までにコミック、文庫、愛蔵版、新書で出版されている。
二階堂 正宏(にかいどう まさひろ、1948年2月10日 -… 二階堂 正宏(にかいどう まさひろ、1948年2月10日 - )は、日本の漫画家。 宮城県栗原郡若柳町(現在の栗原市)出身。宮城県若柳高等学校(現在の宮城県迫桜高等学校)、東京デザインカレッジ漫画科卒。「東京デザインカレッジ」の「漫画科」は、大人漫画の大家である近藤日出造が設立した日本初の漫画の学校で、1コママンガ・ナンセンスマンガの正統な系譜を継いでいる。 双葉社に入社後、日本初の週刊青年漫画誌である『漫画アクション』の創刊に編集者として参画する。『アクション』で3年務めた後、担当した漫画家である石森章太郎の勧めによりプロ漫画家へと転身する。 1970年代より『スーパースター・ババ』など極めて過激かつ下品な漫画を主に手掛けたが、各誌で掲載された「兵隊もの」の連作を集めて1977年にサイレントマンガ『アイアムソルジャー』を自費出版した。
玄 太郎 (げん たろう、1948年1月28日 - )は、日… 玄 太郎 (げん たろう、1948年1月28日 - )は、日本の漫画家。『マネーハンター』、『男!日本海』などで知られる。 鳥取県鳥取市に産まれる。 鳥取県立鳥取商業高等学校へ進学。同級生に谷口ジローがいる。 高校卒業後、1966年に富士銀行に入行。勤務と並行して東京経済大学に入学する。銀行の得意先だった漫画家と親しくなり、その漫画家の仕事場を見せてもらっているうちに、独学で漫画家を志すようになる。勤務先であった富士銀行四谷支店に近かったという理由で檸檬社に原稿を持ち込んでデビューする。1973年には銀行を退職して漫画家専業となった。 『週刊漫画サンデー』(実業之日本社)で横溝正史の由利麟太郎シリーズから「蜘蛛と百合」、「カルメンの死」を漫画化したものを発表する。
里中 満智子(さとなか まちこ、女性、1948年1月24日 … 里中 満智子(さとなか まちこ、女性、1948年1月24日 - )は、日本の漫画家、大阪芸術大学教授。公益社団法人日本漫画家協会理事長(2018年6月 - )。大阪府大阪市都島区出身。描いた作品数は2019年時点で500を超える。 小学校入学に際して何か本を買ってあげるといわれ、親と本屋に行った際に、当時創刊された月刊なかよしを購入する。その中の手塚治虫『とんから谷物語』を好きになり、そこから少年マンガも読み始め『鉄腕アトム』や、すでに連載が終わっていたが当時はまだ珍しかった単行本になっていた『ジャングル大帝』を愛読した。『火の鳥』を模倣して自分で書いた『海のオーロラ』で時間の流れをコマ割りで読者に確実に伝える手塚の技法を模倣した。
ふくしま 政美(ふくしま まさみ、1948年1月22日 - … ふくしま 政美(ふくしま まさみ、1948年1月22日 - )は、日本の漫画家。男性。北海道大成町(現在のせたな町)出身。本名:福島政美血液型はO型。 肉体美を強調した画風を得意とした劇画家であり、『女犯坊』や『聖マッスル』にてその名を知られる。サブカルチャー誌「QuickJapan」にて再評価を受け、太田出版から上記の作品と『超劇画 聖徳太子』が復刻されヒットした。現在もコンスタントに新作を発表しており、電子書籍にも意欲旺盛である。 実相寺昭雄をして、「おぞましい」と評された凄まじい描き込みと筋肉描写はその後の格闘漫画に少なからぬ影響を与えたものとして評価される。 北海道大成町(現在のせたな町)に4人兄弟の長男として生まれる。
武田 秀雄(たけだ ひでお、1948年 - )は、日本の漫画… 武田 秀雄(たけだ ひでお、1948年 - )は、日本の漫画家、画家。大阪府出身の漫画家・画家である。風刺やユーモアの効いた1コマ漫画をはじめ、版画や写真などの創作活動でも知られている。 1978年 多摩美術大学大学院彫刻科卒業。 1980年ニューヨークで作品集出版 1993年には、ロンドンの大英博物館では開館以来初めてという漫画展を開催している。 1999年にはトミー・アンゲラーと二人展を開催し、当時のフランスの現地紙(名前不明?)では一面で取り上げられる[要出典]。 2007年 トミー・アンゲラーと二人展を開催
井上 直久(いのうえ なおひさ、1948年 - )は、日本の… 井上 直久(いのうえ なおひさ、1948年 - )は、日本の画家、イラストレーター、漫画家。大阪府東大阪市出身、茨木市在住。大阪府立春日丘高等学校、金沢美術工芸大学産業美術科卒業。 大学卒業後の1971年から2年間広告代理店に勤め、その後大阪府立春日丘高等学校に美術教諭として20年間勤務。学校勤務と並行して、異郷「イバラード」をテーマにした作品を描き、個展や画集を発表。1992年に学校退職後も精力的に活動し、1995年公開のアニメ映画『耳をすませば』中の挿話「バロンのくれた物語」の背景画を制作して注目を集めた。2002年から6年間成安造形大学に教授として勤務。2007年にはスタジオジブリが製作した映像作品『イバラード時間(英語版)』を監督した。
芝 城太郎(しば じょうたろう、1948年 - )は、日本の… 芝 城太郎(しば じょうたろう、1948年 - )は、日本の漫画家兼俳優。愛媛県松山市出身。 松山南高等学校を卒業後、1967年(昭和42年)に創作民話『ゆきわらし』でデビューを果たす。以後も友人の漫画家久松文雄の補佐をしつつ、日本・世界の歴史漫画を中心として描く。 1972年(昭和47年)には鎌倉時代の日蓮の周辺を舞台とした『四条金吾』と貧しい農村の赤子の間引きとそれを諭す住職をテーマとした『熱原の凱歌』(いずれも潮出版社)の単行本を発表。引き続き、『巨人 戸田城聖』(講談社)を発表した。 また、1982年(昭和57年)から1983年(昭和58年)にかけて、代表作である『学習漫画日本の歴史』の2巻、4巻、7巻、9巻、12巻(笠原一男監修、全18巻、集英社)と1984年(昭和59年)の『学習漫画 日本の歴史の人物事典』(笠原一男・柳川創造監修)の聖徳太子などを発表した。
枡谷 タケシ(ますたに タケシ、1948年 - )は、日本の… 枡谷 タケシ(ますたに タケシ、1948年 - )は、日本の漫画家。大阪府出身。京都市立芸術大学卒。ますたにたけし、枡谷猛というペンネームも使用した。 大学卒業後、漫画家・アニメーター、チリ紙交換屋、古本屋・レンタルビデオ店経営者、科学者、トレジャーハンターと転職を繰り返す。 週刊少年ジャンプ草創期の1969年の24号(20号から週刊化された)に読切漫画『サイボーグシティ』で漫画家デビューした模様。 その後1970年代後半に週刊少年ジャンプで読切漫画や連載漫画を発表。そのうち『怪艇ポセイドン』と『四丁目の怪人くん』はジャンプスーパーコミックス(創美社)から単行本化される。 2006年2月15日に発行した本『人類の黙示録 2012~2030年世界最終戦争のすべて』が2007年6月30日、イイノホールにおいて行われた「日本トンデモ本大賞2007」で過半数の得票を得てみごと大賞に輝いた。
池田 理代子(いけだ りよこ、1947年12月18日 - )… 池田 理代子(いけだ りよこ、1947年12月18日 - )は、日本の漫画家・劇画家・声楽家。大阪府出身、千葉県柏市育ち渋谷区在住。血液型はAB型。
山上 たつひこ(やまがみ たつひこ、本名:山上 竜彦(読み同… 山上 たつひこ(やまがみ たつひこ、本名:山上 竜彦(読み同じ)、1947年12月13日 - )は、日本の漫画家・小説家。小説家としての名義は山上 龍彦(本名と読み同じ)ならびに秋津 国宏(あきつ くにひろ)。 徳島県生まれ、大阪府育ち。現在は金沢市在住。大阪鉄道高校(現・大産大附属高校)卒業。代表作はディストピア漫画『光る風』、ギャグ漫画『がきデカ』『喜劇新思想大系』、漫画原作として『羊の木』など。 出生名は三宅 竜彦。養子に出されて森田姓となり、大阪に移ってから母方の旧姓の山上姓となる。 高校卒業後、大阪の日の丸文庫に入社し、編集の傍ら貸本劇画を描きはじめる。1965年 、日の丸文庫「影 別冊」掲載の『秘密指令0』で正式に漫画家デビュー。
安彦 良和(やすひこ よしかず、1947年〈昭和22年〉12… 安彦 良和(やすひこ よしかず、1947年〈昭和22年〉12月9日 - )は、日本の漫画家、アニメーター、キャラクターデザイナー、アニメ監督、イラストレーター、小説家。北海道紋別郡遠軽町出身、埼玉県所沢市在住。 遠軽高校、弘前大学 (退学処分)を経て、1970年虫プロ養成所に入りアニメーターとなる。虫プロ倒産後はフリーとなり『宇宙戦艦ヤマト』『勇者ライディーン』『超電磁ロボ コン・バトラーV』『無敵超人ザンボット3』など数多くのアニメ作品に携わる。その中でもキャラクターデザインおよび作画監督を務めたアニメ『機動戦士ガンダム』は、その後放映された劇場版とも併せ社会現象ともいえるブームを巻き起こし、2022年の時点でも根強い人気を誇る。