篠崎 新純(しのざき ますみ、1984年12月15日 - )… 篠崎 新純(しのざき ますみ、1984年12月15日 - )は、千葉県出身の女子自転車競技選手で、現在は日本競輪選手会千葉支部所属の女子競輪選手。 千葉経済大学附属高等学校時代 2007年、セオレーシング(セオサイクル)に入社。 2011年、日本競輪学校(当時)女子第1期生試験に合格。同校在校競走成績は7勝を挙げ第13位。
職業が競輪:497人
篠崎 新純(しのざき ますみ、1984年12月15日 - )… 篠崎 新純(しのざき ますみ、1984年12月15日 - )は、千葉県出身の女子自転車競技選手で、現在は日本競輪選手会千葉支部所属の女子競輪選手。 千葉経済大学附属高等学校時代 2007年、セオレーシング(セオサイクル)に入社。 2011年、日本競輪学校(当時)女子第1期生試験に合格。同校在校競走成績は7勝を挙げ第13位。
伊原 弘幸(いはら ひろゆき、1984年12月11日 - )… 伊原 弘幸(いはら ひろゆき、1984年12月11日 - )は、競輪選手。日本競輪選手会福井支部所属、ホームバンクは福井競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第90期生。実兄に、競輪学校第91期生の伊原克彦がいる。 福井県立科学技術高等学校の自転車部に所属し本格的に自転車競技を始める。同級生には愛三工業レーシングチームの中島康晴がいる。 師匠である松山勝久(73期)に師事し、2004年に競輪学校第90期生入学試験に合格。 2005年7月8日、ホームバンクの福井競輪場でデビュー。 2013年、通算100勝を達成した。 2022年6月23日まで、日本競輪選手会福井支部長を務めた(後任は鷲田幸司)。
鈴木 謙太郎(すずき けんたろう、1984年11月8日 - … 鈴木 謙太郎(すずき けんたろう、1984年11月8日 - )は、福島県いわき市出身の競輪選手。日本競輪学校第90期生。師匠は平沼由充(83期)。
田仲 敦子(たなか あつこ、1984年10月21日 - )は… 田仲 敦子(たなか あつこ、1984年10月21日 - )は、熊本市出身の元女子競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第104期生。現役時代は日本競輪選手会熊本支部所属、ホームバンクは熊本競輪場。旧姓、手柴(てしば)。 中学2年のときにショートトラックスピードスケートをはじめ、熊本市立千原台高等学校時代に国民体育大会に出場。その後、熊本県立保育大学校に進んだが、保健体育の教員を目指すべく、名桜大学に編入学。同校の自転車競技部に入部し、大学4年のとき、全日本大学対抗選手権自転車競技大会(インカレ)のポイントレースで3位に入った。 大学卒業後、臨時採用ではあるが、沖縄県立北中城高等学校の保健体育教諭として教鞭を執ることになった。
手柴 敦子(てしば あつこ、1984年10月21日 - )は… 手柴 敦子(てしば あつこ、1984年10月21日 - )は、熊本市出身の女子競輪選手。日本競輪学校第104期生。
重光 啓代(しげみつ ひろよ、1984年9月27日 - )は… 重光 啓代(しげみつ ひろよ、1984年9月27日 - )は、日本の元女子バレーボール選手で、元女子競輪選手。 岡山県倉敷市出身。倉敷市立連島中学校でバレーボールを始める。同校在学中には、荒木絵里香らとともに岡山県中学選抜チームの選手として選出された。その後、就実高校へと進み、春の高校バレーとインターハイでいずれもベスト8を経験した。 久光製薬スプリングスと大野石油広島オイラーズでプレーした後、2009年に現役を引退。引退後は大野石油のマネージャーとなったが、その後、知人から女子の競輪選手募集が始まることを聞き、2012年7月開始予定の女子競輪を目指すことになった。 2011年2月25日、日本競輪学校第102回(女子第1回)生徒入学(技能)試験に合格。
飯野 祐太(いいの ゆうた、1984年9月20日 - )は、… 飯野 祐太(いいの ゆうた、1984年9月20日 - )は、競輪選手。日本競輪選手会福島支部に所属。
浅井 康太(あさい こうた、1984年6月22日 - )は、… 浅井 康太(あさい こうた、1984年6月22日 - )は、競輪選手。三重県桑名市生まれ。日本競輪選手会三重支部所属、ホームバンクは四日市競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第90期生。師匠は佐久間重光。 三重県立朝明高等学校自転車部では柴崎俊光(91期)と同窓生で、俊光の弟である柴崎淳(91期)の2年先輩にあたる。 2004年、競輪学校に第90期生として入学。同期には北津留翼、新田祐大、飯野祐太らがいる。在校成績は15勝で5位。 2005年7月8日、松阪競輪場でデビューし2着。初勝利は同月17日の富山競輪場。 2008年にはヤンググランプリ(平塚競輪場)に出場し4着となる。 2009年は共同通信社杯春一番(佐世保競輪場)において決勝に進出し永井清史の優勝に貢献する走りを見せ、高松宮記念杯競輪決勝では最後まで接戦を演じ3着に入り、11月に開催移行となった第51回競輪祭でも決勝に進出(9着)したことで、これらの成績で年間獲得賞金額が上位となり、12月8日の伊東温泉記念決勝では坂上樹大とランキング18位を直接争ったが、2着に入ったことでランキング17位となり、12月27日より2010年のS級S班選手に選出された。
中川 諒子(なかがわ りょうこ、1984年5月29日 - )… 中川 諒子(なかがわ りょうこ、1984年5月29日 - )は、熊本市出身の元重量挙げ選手、元自転車競技選手、女子競輪選手。日本競輪選手会熊本支部所属。現姓、吉成。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)102期生。ホームバンクは熊本競輪場。師匠は藤原憲征(85期)。 実兄は競輪学校85期生の中川誠一郎、夫は同92期生の吉成晃一、叔父は同23期生の瀬口孝一郎(引退)、従兄は同77期生の瀬口慶一郎で、いずれも競輪選手。きょうだいは、誠一郎のほか2歳上の姉がいる。 叔父が競輪選手であったこともあり、幼い頃から競輪のことを知っており、競輪選手に憧れたこともあったが当時はガールズケイリンがなかったこともあり断念、ただ熊本県立第一高等学校時代は何かスポーツをしたいと考え、思いつきで重量挙げを始める。
松岡 貴久(まつおか たかひさ、1984年5月27日 - )… 松岡 貴久(まつおか たかひさ、1984年5月27日 - )は、日本競輪選手会熊本支部に所属する競輪選手。日本競輪学校(以下、競輪学校)第90期生。 師匠は実父の松岡博司(競輪学校33期)。実兄の松岡孔明(競輪学校91期)も競輪選手である。 九州学院高校を経て競輪学校90期生となる。同期に北津留翼、新田祐大、浅井康太、飯野祐太らがいる。 2005年7月8日、玉野競輪場でデビューし2着。初勝利は同年8月11日の小松島競輪場。 2006年、ホームバンクの熊本競輪場で行われたルーキーチャンピオンレースで優勝。 2011年、第64回日本選手権競輪4位、共同通信社杯春一番3位。
倉野 隆太郎(くらの りゅうたろう、1984年5月24日 -… 倉野 隆太郎(くらの りゅうたろう、1984年5月24日 - )は、競輪選手。日本競輪選手会三重支部所属(当初は愛知支部所属)、ホームバンクは松阪競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第91期生。 三重県出身。三重県立明野高等学校では野球部に所属。その後、競輪ファンだった父親に勧められて競輪選手になることを決意 し、片岡浩也(競輪学校49期生)に師事して競輪学校に合格したが、同校卒業後、実妹の由紀(104期生)が柔道に取り組むため、豊橋市に所在する桜丘中学校に進学することになったことを契機に、一家揃って豊橋市に移住することになった ため、愛知県に競輪選手登録することになった。なお、のち登録地は出身地である三重県に変更し移籍している。
岩本 俊介(いわもと しゅんすけ、1984年4月13日 - … 岩本 俊介(いわもと しゅんすけ、1984年4月13日 - )は、千葉県成田市出身の競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第94期生。日本競輪選手会千葉支部所属。 中学はバスケットボール部に所属。高校・大学は陸上部に所属し、大学3・4年次に関東インカレでの優勝経験を持つ。しかし陸上でアスリートとしてプロになることは現実的ではなく、卒業後の進路を悩んでいた。過去に陸上関係での友人である藤田大輔が高校卒業後に適性試験で競輪学校に入学していたことから、自転車競技未経験でも競輪選手になれることを知り、周りの就職活動に合わせて競輪の世界へと飛び込んだ。 競輪学校94期生として在校成績13位で卒業し、2008年7月1日に千葉競輪場でデビュー(1着、1着、1着の完全優勝)。
宿口 陽一(やどぐち よういち、1984年4月3日 - )は… 宿口 陽一(やどぐち よういち、1984年4月3日 - )は、埼玉県ふじみ野市出身の競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第91期生。日本競輪選手会埼玉支部所属。師匠は野村昌弘(埼玉・84期)。兄は競輪選手の宿口潤平(埼玉・91期)である。 埼玉県立川越工業高等学校時代の2002年(平成14年)には、8月の全国高等学校総合体育大会チームスプリントで第2位、11月の国民体育大会1kmT.Tで第6位となる。同校の2歳上の先輩には平原康多(埼玉・87期)がおり、デビュー後も一緒に練習をするなど指導を受けてきた。 2005年5月、競輪学校に兄・潤平とともに第91期生として入学し、2006年4月に卒業した。
西岡 拓朗(にしおか たくろう、1983年11月21日 - … 西岡 拓朗(にしおか たくろう、1983年11月21日 - )は、広島県出身の競輪選手、BMX(レーシング)選手。 5歳の頃より、主に土師ダムを練習地としてBMXに取り組むようになるが、その後諸般の事情が重なって一旦遠ざかった。しかし、広島市立五日市観音中学校時代に、野球から転向する形でBMXに再度取り組むようになった。 広島県立五日市高等学校1年の時渡米し、以後毎年、BMXの本場であるアメリカでプレーするようになる。2001年には、同国のスーパークラスに昇格した。 2004年、全日本BMX選手権大会で優勝。同年JBMXF全日本シリーズチャンピオン獲得。 2006年〜2007年、オーストラリアに渡りAA PROクラスで1年間レースに参戦。
保立 沙織(ほたて さおり、女性、1983年10月24日 -… 保立 沙織(ほたて さおり、女性、1983年10月24日 - )は、日本の女子競輪選手、元プロビーチバレーボール選手。競輪選手としては、日本競輪選手会神奈川支部所属、ホームバンクは川崎競輪場。日本競輪選手養成所(以下、養成所)第118期生。師匠は野村純宏(82期)。ビーチバレーボール時代はスポーツクラブNASに所属。 茨城県神栖市出身。東京女子体育大学在学中の2002年から2005年まで全日本ビーチインカレで4連覇を達成している。同学卒業後はスポーツクラブNASに所属し、高尾和行の指導を受け、永田唯や宮川紗麻亜らとペアを組み、JBVツアーに参戦。 2013年8月の第27回ビーチバレージャパンで、宮川紗麻亜とペアを組み準優勝に輝いた。
北野 良栄(きたの よしはる、1983年10月13日 - )… 北野 良栄(きたの よしはる、1983年10月13日 - )は、石川県金沢市出身の競輪選手。 元プロ野球選手(捕手、内野手)。日本競輪学校第95期卒業。日本競輪選手会愛知支部所属。
阿久津 浩之(あくつ ひろゆき、1983年9月13日 - )… 阿久津 浩之(あくつ ひろゆき、1983年9月13日 - )は栃木県出身で、日本競輪選手会東京支部に所属する競輪選手(当初は群馬支部所属)。旧日本競輪学校第94期生。 実弟の阿久津尚二は、富士通陸上競技部に所属した同競技長距離系種目の元選手。 中学校時代に、全国中学校駅伝大会でチームとして2位を経験。その後、佐野日本大学高等学校へ進み、元巨人の会田有志らと2001年に開催された第83回全国高等学校野球選手権大会に出場(2試合で2打数無安打)。 その後、亜細亜大学の硬式野球部に入部し、1年時となる2002年の全日本大学野球選手権大会で優勝を経験したが、翌2003年に同大学の陸上競技部に転部。駅伝を中心とした長距離系で活動。
渡邉 一成(わたなべ かずなり、1983年8月12日 - )… 渡邉 一成(わたなべ かずなり、1983年8月12日 - )は、競輪選手、自転車競技選手。福島県双葉郡双葉町出身。日本競輪学校第88期卒業。日本競輪選手会福島支部所属。師匠は谷津田陽一。
永井 清史(ながい きよふみ、1983年5月18日 - )は… 永井 清史(ながい きよふみ、1983年5月18日 - )は、競輪選手、元自転車競技選手。日本競輪選手会岐阜支部所属、ホームバンクは岐阜競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第88期生。師匠は玉木勝実。 競輪学校同期には山崎芳仁、武田豊樹、佐藤友和、渡邉一成、成田和也らがおり、歴代の期別の中でも屈指のエリート集団と呼ばれる一人とされる。さらにその中でも永井は特別選抜入学を果たした「スーパーエリート」であった。 ホームバンクである岐阜競輪場では、加藤慎平らが中心となっている岐阜の選手による練習サークル『闘心會』に所属している。 岐阜第一高等学校時代にはインターハイの1kmタイムトライアル(2000年・岐阜)、スプリント(2001年・熊本)で優勝した他、アジア自転車選手権競技大会・スプリントのジュニア部門でも優勝。
水谷 好宏(みずたに よしひろ、1983年4月6日 - )は… 水谷 好宏(みずたに よしひろ、1983年4月6日 - )は、日本の競輪選手。元バイクトライアル選手。日本競輪選手会滋賀支部所属。ホームバンクは大津びわこ競輪場。 小学校時代は空手で8回の全国大会優勝を果たしたが、中学1年のとき、バイクトライアルのドキュメンタリー番組を見たことをきっかけに、空手から転身。中学2年のとき、国際バイクトライアル連盟(略称:BIU)が主催するBIU世界選手権・カデットクラスで世界ランキング第4位に入る。 比叡山高等学校在籍時代の2001年、同大会の国際エリートクラスに昇進し、2002年、岐阜県の板取村(当時)で行われた同大会シリーズ最終戦を制し、同大会のシリーズ戦として日本人初の優勝を果たした。
桐生 卓也(きりゅう たくや、1983年3月9日 - )は、… 桐生 卓也(きりゅう たくや、1983年3月9日 - )は、福島県石川郡出身の元競輪選手。日本競輪学校第89期生。弟は競艇選手の桐生順平。師匠は添田広福(49期)。 学法石川高校出身。競輪学校時代の競走成績は54位(5勝)。 2004年7月9日、立川競輪場でデビューし6着。初勝利は同年7月11日の同場。 2007年に函館競輪場で行われたふるさとダービーに出場。 2012年4月に前橋競輪場で落車。その後は落車の後遺症を抱えたまま競走に挑んでいた。 2014年2月6日、選手登録削除。当時の級班はA級1班だった。通算成績は709戦179勝。優勝12回。
佐藤 友和(さとう ともかず、1983年2月13日 - )は… 佐藤 友和(さとう ともかず、1983年2月13日 - )は、岩手県花巻市(旧石鳥谷町)出身の競輪選手。日本競輪学校第88期卒業。日本競輪選手会岩手県登録(青森支部所属)。師匠は佐藤幸博(63期)。練習地は紫波町営自転車競技場。既婚。 岩手県立紫波高等学校(現・岩手県立紫波総合高等学校)を卒業後、日本競輪学校に88期生として入学。同期に山崎芳仁、武田豊樹、永井清史、渡邉一成らがいるという錚々たる顔ぶれで、佐藤の在校競走成績は22位であった。 デビュー戦は2003年7月6日、千葉競輪場で迎え、初勝利も同日。デビューしてから3年後の2006年にブレーク。同年7月のサマーナイトフェスティバル(函館競輪場)決勝では、市田佳寿浩の捲り追い込みに最後は屈したとはいえ、最終バックでは先頭に立ち、2着に粘りこむ。
石橋 慎太郎(いしばし しんたろう、1983年2月1日 - … 石橋 慎太郎(いしばし しんたろう、1983年2月1日 - )は、静岡県出身の競輪選手。日本競輪選手会静岡支部所属。日本競輪学校第88期卒業。師匠は海野敦男(69期)。 静岡北高等学校時代、スプリント競技のアジア・ジュニア選手権で優勝、全日本アマチュア選手権を制すなどした。 卒業後、日本競輪学校(88期)に技能試験免除で入学し、在校成績は2位。2003年7月にプロデビュー、翌2004年7月にS級に昇級した。
西山 圭二(にしやま けいじ、1982年11月3日 - )は… 西山 圭二(にしやま けいじ、1982年11月3日 - )は、日本競輪選手会徳島支部に所属していた元競輪選手。徳島県小松島市出身。 徳島県立徳島商業高等学校時代、牛田成樹(1学年上、第81回に出場。元横浜DeNAベイスターズ)や阿竹智史(現:競輪選手)らとともに、第81回及び第82回全国高等学校野球選手権大会に出場。 その後、明治大学に入学し野球部に入部。野球部では一場靖弘、西谷尚徳らと同期。 卒業後は一般企業勤務を経て、高校の先輩にあたる小倉竜二(競輪学校第77期生)に師事して競輪学校第100期生となる。在校競走成績は16位(5勝)。 2011年7月7日、久留米競輪場でデビューし4着。初勝利は同年9月14日の佐世保競輪場。
高木 修二(たかぎ しゅうじ、1982年10月24日 - )… 高木 修二(たかぎ しゅうじ、1982年10月24日 - )は、元競輪選手、元社会人野球選手(外野手)。大阪府生まれ。 小学校の頃から野球に取り組み、酒田南高等学校で甲子園出場、東京農業大学生物産業学部を経て、社会人野球のTDKに進み、2006年の第77回都市対抗野球大会で優勝メンバーとして名を連ねた。その後、NPBの横浜ベイスターズのキャンプにテスト生として参加。 高校時代のトレーナーが順天堂大学出身で同大学出身者の海老根恵太(86期)と知り合いであるという縁もあり、競輪選手への転身を決意。大阪に戻って中澤孝之(56期)に師事し、日本競輪学校第97期生として入学。競輪学校時代の在校競走成績は35位(8勝)。
杉森 輝大(すぎもり てるひろ、1982年9月15日 - )… 杉森 輝大(すぎもり てるひろ、1982年9月15日 - )は、北海道広尾郡大樹町出身の元スピードスケート選手で、現在は競輪選手。日本競輪選手会茨城支部所属。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第103期生。177cm、77kg。 小学校からスケートを始め、中学2年で1500m北海道王座に輝く。 高校はスケートの名門、白樺学園高等学校、大学は明治大学に進学、大学4年で初の日本代表としてワールドカップを転戦。ユニバーシアードにも出場。 卒業後は就職先がなく、フリー(後に吉羽木材所属)となるが、国内トップ選手との合宿を積み、2005年全日本選手権で1500m優勝、トリノ五輪出場を手にした。 2006年の五輪本大会は1500mとチームパシュートで出場。
小松崎 大地(こまつざき たいち、1982年9月3日 - )… 小松崎 大地(こまつざき たいち、1982年9月3日 - )は、千葉県君津市出身の競輪選手。日本競輪選手会福島支部所属。日本競輪学校(現:日本競輪選手養成所)99期卒業。師匠は岡部芳幸(福島、66期)。 元プロ野球選手(外野手)であり、四国アイランドリーグの徳島インディゴソックスに所属していた。 拓大紅陵高校、千葉商科大学を経て、2005年に徳島インディゴソックスに入団。入団時の登録は内野手。同チームでは不動の4番打者として、チームを牽引する働きを見せた。 2007年に外野手登録となり、チームのキャプテンに就任した。 2008年シーズン終了後、日本野球機構(NPB)に所属する複数の球団の入団テストを受験したものの、獲得に名乗りを挙げるチームが現れなかったため、野球選手としてはピリオドを打った。
田中 麻衣美(たなか まいみ、1982年8月11日 - )は… 田中 麻衣美(たなか まいみ、1982年8月11日 - )は、元女子競輪選手、元モデル。血液型はB型。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期生(ガールズケイリン1期生)。現役時代は日本競輪選手会新潟支部所属、ホームバンクは弥彦競輪場。師匠は池端将巳(79期)。 新潟青陵高校を卒業後、エステティシャンやウエディングモデルを経て、弥彦競輪PRユニット・すぴRitsで畑中まいみとして活動。2010年、弥彦競輪場が「CLUB SPIRITS」というサイクリングクラブを発足したことを受け加入と同時に、2012年7月開始予定のガールズケイリン選手を目指すことになり、同じ志を持った加瀬加奈子、藤原亜衣里、中川諒子の3人とともに共同生活をスタートさせた。
河野 淳吾(こうの じゅんご、1982年7月9日 - )は、… 河野 淳吾(こうの じゅんご、1982年7月9日 - )は、神奈川県足柄下郡湯河原町出身の競輪選手。日本競輪選手会神奈川支部に所属。
松岡 篤哉(まつおか あつや、1982年6月28日 - )は… 松岡 篤哉(まつおか あつや、1982年6月28日 - )は、岐阜県大垣市出身の競輪選手。日本競輪学校第97期生。師匠は山口富生(68期)。 小学校の頃から、走幅跳、三段跳を中心に陸上競技で活動。岐阜県立大垣商業高等学校時代には高校総体等で、両方の種目で入賞歴を有する。2000年には大垣市の少年スポーツ栄誉賞を受賞した。その後、東海大学でも両種目で活動したが、実業団に入ると三段跳の成績が伸び悩んだため、一旦競技活動から退いた。その後、走幅跳一本に絞ることを決意して、2006年に競技活動を再開。同年ののじぎく兵庫国体では4位に入った。しかし、目標としていた2007年の日本陸上競技選手権大会では9位に終わったため、これを契機に陸上競技から競輪へ転向する決意を固めた。
関口 美穂(せきぐち みほ、1982年6月26日 - )は、… 関口 美穂(せきぐち みほ、1982年6月26日 - )は、千葉県松戸市出身の競輪審判員、競輪検車員、元女子競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期生。現役時代は日本競輪選手会埼玉支部所属、ホームバンクは西武園競輪場。師匠は田淵浩一(55期)。 千葉県立松戸国際高等学校、東京家政大学を経て、スポーツジムのトレーナーを経験。クライアントから女子競輪が復活する話を聞いて競輪学校受験を決意した。2011年2月25日、競輪学校試験に合格。競輪学校時代は競走訓練中に2回骨折。鎖骨、肋骨、肘などを損傷し、2か月間入院したこともあった。在校競走成績は第20位(0勝)。 2012年5月1日、競輪選手として登録された。
平原 康多(ひらはら こうた、1982年6月11日 - )は… 平原 康多(ひらはら こうた、1982年6月11日 - )は、日本の元競輪選手。現在は競輪評論家(スポーツ報知専属)。現役時代は日本競輪選手会埼玉支部所属、ホームバンクは西武園競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第87期生。師匠は太田耕二(太田真一の兄)。父の康広は元競輪選手(28期。弥彦競輪場を拠点としていた)、弟の平原啓多は競輪選手(97期)。 東京都東村山市で生まれ、2歳から14歳までは競輪場がある弥彦村に隣接した岩室村(現在の新潟市西蒲区)で育った。 15歳の時に埼玉県狭山市に転居。競輪選手であった父の影響から自転車競技を始め、埼玉県立川越工業高等学校在学時にはジュニア世界選手権に出場している。
三上 佳孝(みかみ よしたか、1982年5月24日 - )は… 三上 佳孝(みかみ よしたか、1982年5月24日 - )は、千葉県君津市出身の元競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第88期卒業。師匠は「無冠の帝王」と呼ばれた東出剛(54期)。現役当時は日本競輪選手会千葉支部所属。血液型はA型。ホームバンクは千葉競輪場。 脚質は追捲。 千葉県立京葉工業高等学校の在学中にアジア自転車競技選手権大会やアジアジュニア自転車競技選手権大会、ジュニアトラック世界選手権大会の代表選手団として派遣されるなど、スプリント種目で頭角をあらわす。 競輪学校時代の88期には山崎芳仁、成田和也、柏野智典、武田豊樹、金成和幸、石橋慎太郎らがいる。 競輪選手を引退後、中古車販売業を起業。
阿竹 智史(あたけ さとし、1982年4月15日 - )は、… 阿竹 智史(あたけ さとし、1982年4月15日 - )は、日本競輪選手会徳島支部所属の競輪選手。徳島県阿南市出身。日本競輪学校(以下、競輪学校)第90期生で、同期には、北津留翼、新田祐大、浅井康太、飯野祐太らがいる。
島野りーみん(しまの りーみん、1982年4月12日 - )… 島野りーみん(しまの りーみん、1982年4月12日 - )は、女子プロボクサー、元女子競輪選手。大阪市出身。プロボクサーとしてはTEAM 10 COUNT所属。競輪時代は日本競輪選手会神奈川支部所属。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期生(女子1期生)。師匠は遠澤健二(57期)。 本名は島野 麗敏(しまの りーみん)。競輪時代の選手登録名は旧姓である中山 麗敏(なかやま りーみん)、中国名は王 麗敏(ワン・リーミン)。 実家は御堂筋近くで中華料理店を営む。当初は中国国籍であったが、2001年に日本へ帰化し日本国籍を取得した。 大阪府立市岡高等学校 時代は砲丸投と円盤投に取り組み、高校総体への出場経験を持つ。
中山 麗敏(なかやま りーみん、1982年4月12日 - )… 中山 麗敏(なかやま りーみん、1982年4月12日 - )は、元女子競輪選手。大阪市出身。日本競輪学校第102期卒業。現役時は日本競輪選手会神奈川支部所属。師匠は遠澤健二(57期)。
芦澤 大輔(あしざわ だいすけ、1982年4月9日 - )は… 芦澤 大輔(あしざわ だいすけ、1982年4月9日 - )は、茨城県取手市出身の競輪選手。 日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第90期生。弟の辰弘(95期)も競輪選手。師匠は木村泰丈(65期)。弟子は小坂丈(121期)、半田水晶(128期)。 常総学院高等学校時代はラグビー部の主将を務め、オール茨城に選出された実績を持つ。 競輪学校時代の在校競走成績は4位(30勝)。2005年7月2日、大宮競輪場でデビュー(4着)。2012年の平塚記念でG3初優勝を記録。以後、2015年の青森記念、豊橋記念を優勝している。 特別競輪では、2011年の日本選手権競輪でG1初出場。2016年の競輪祭で初の優参(4着)を果たした。
伊原 克彦(いはら かつひこ、1982年2月5日 - )は、… 伊原 克彦(いはら かつひこ、1982年2月5日 - )は、日本競輪選手会福井支部に所属する競輪選手。日本競輪学校(以下、競輪学校)第91期生。実弟に、競輪学校第90期生の伊原弘幸がいる。 福井県立福井商業高等学校時代、1年後輩で元東京ヤクルトスワローズの山岸穣とともに1999年に開催された第71回選抜高等学校野球大会に出場。3年夏の福井県大会は決勝で敗退。 その後、佛教大学に進んで野球を続けたが、大学1年のときに怪我をして野球選手を断念。大学3年のとき、競輪学校受験のため同大学を中退。その後師匠である松山勝久(競輪学校第73期生)に師事し、2005年に同校91期生試験に合格。 2006年7月6日、ホームバンクの福井競輪場でデビューし、初勝利も同日。
岩津 裕介(いわつ ゆうすけ、1982年1月7日 - )は競… 岩津 裕介(いわつ ゆうすけ、1982年1月7日 - )は競輪選手。岡山県倉敷市出身。日本競輪学校第87期卒業。日本競輪選手会岡山支部所属。師匠は片岡克巳(42期)。
奥井 迪(おくい ふみ、1981年12月19日 - )は、北… 奥井 迪(おくい ふみ、1981年12月19日 - )は、北海道札幌市出身の女子競輪選手。日本競輪選手会東京支部所属。ホームバンクは立川競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第106期生。師匠は富山健一(43期)。 小学校のときから兄・理(みがく)の影響でアルペンスキー(以下、スキー)に取り組み、札幌第一高等学校時代、全国高等学校スキー大会(インターハイ)の回転で優勝。その後、早稲田大学(以下、早大)に進学。2003年の冬季ユニバーシアードに出場。卒業年となる2004年に、第59回国民体育大会・大回転で優勝した。 だが、早稲田大学人間科学部スポーツ科学科卒業後、中学校の保健体育教諭となったこともあり、スキーはプライベートレベルの出場にとどまった。
大森 慶一(おおもり けいいち、1981年10月15日 - … 大森 慶一(おおもり けいいち、1981年10月15日 - )は、北海道函館市出身の競輪選手。日本競輪学校(以下、競輪学校)第88期生。師匠は実父の大森芳明(競輪学校第41期生)。 函館大谷高等学校出身。 2003年7月4日、立川競輪場で競輪選手デビューし2着。初勝利は同年同月5日の同場。
中井 勇介(なかい ゆうすけ、1981年10月12日 - )… 中井 勇介(なかい ゆうすけ、1981年10月12日 - )は、大阪府出身の元アメリカンフットボール選手で、現在は競輪選手。 追手門学院高等学校でアメリカンフットボールをはじめる。ポジションはラインバッカー(LB)。法政大学トマホークス時代、2000年の甲子園ボウルで優勝を経験。その後、IBMビッグブルーに加入したが、2005年にオービックシーガルズに移籍。2009年のノートルダム・ジャパン・ボウルでは日本代表選手として出場した。 その後、同じくアメリカンフットボール出身の里見恒平(日本競輪学校第99期生)が競輪選手となった影響を受け、自身も競輪転向を決意。その後、鶴岡與之(81期)に師事し、競輪学校第100期適性試験に合格。
園田 匠(そのだ たくみ、1981年9月22日 - )は、競… 園田 匠(そのだ たくみ、1981年9月22日 - )は、競輪選手。福岡県築上町出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第87期生。日本競輪選手会福岡支部所属、ホームバンクは小倉競輪場。師匠は吉岡稔真(65期)。 妻は行橋市市議会議員の園田良恵(2024年 - )。ほか、子供は3人。 豊国学園高等学校を経て、高校の先輩である吉岡稔真に師事した後、競輪学校に入学。同期に平原康多、内田慶らがいる中で在校競走成績は6勝を挙げ、第48位となる。 2002年8月14日、地元・小倉競輪場でデビューし、初出走で初勝利を挙げた。 2012年に開催された第65回日本選手権競輪(熊本競輪場)では、GIとしては初めて決勝戦に進出し、3着に入った。
南 修二(みなみ しゅうじ、1981年9月7日 - )は、日… 南 修二(みなみ しゅうじ、1981年9月7日 - )は、日本の競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第88期生。日本競輪選手会大阪支部所属、ホームバンクは岸和田競輪場で、練習地は関西サイクルスポーツセンター。師匠は乾準一(85期)。大阪府吹田市で生まれ育った。愛称は「浪花の仕事人」。 大阪産業大学附属高等学校出身。1999年の全国高校選抜でエリミネーション3位。 2002年、競輪学校に第88期生として入学。同期にはGIタイトルホルダーだけでも武田豊樹、山崎芳仁、渡邉一成、成田和也、佐藤友和がいる。在校競走成績は36位(7勝)。 2003年7月10日、奈良競輪場でデビューし4着。初勝利は同年7月11日の同場。
及川 裕奨(おいかわ ゆうしょう、1981年7月29日 - … 及川 裕奨(おいかわ ゆうしょう、1981年7月29日 - )は、日本の競輪選手、自転車競技選手である。岩手県奥州市(旧水沢市)出身。岩手県立水沢高等学校卒業。日本競輪学校第86期卒業。日本競輪選手会青森支部所属。師匠は父である及川章喜。身長176cm。血液型A型。 自転車トラック競技(1kmタイムトライアル)にも本格的に取り組んでいる。2007~2008日本自転車競技連盟トラック競技強化指定選手。
和田 健太郎(わだ けんたろう、1981年5月27日 - )… 和田 健太郎(わだ けんたろう、1981年5月27日 - )は、日本の競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第87期生。日本競輪選手会千葉支部所属。師匠は林和夫(千葉・58期)。 千葉県印旛郡酒々井町出身。千葉経済大学附属高等学校卒業。 競輪学校を卒業後、2002年8月4日の弥彦競輪でデビュー。 2018年6月の函館の記念競輪でGⅢ初優勝。 2020年のKEIRINグランプリ2020には賞金ランキング7位で初出場を果たした。そしてグランプリを制覇し、賞金王に輝いた。グランプリ初出場初優勝は史上11人目で最高齢。GI優勝未経験者の優勝は2006年有坂直樹以来14年ぶり4人目となった。但し、有坂はグランプリ制覇後にG1優勝経験はしたが、和田自身は未経験である。
渡邊 ゆかり(わたなべ ゆかり、1981年4月28日 - )… 渡邊 ゆかり(わたなべ ゆかり、1981年4月28日 - )は、北海道稚内市出身の女子競輪選手、元女子スピードスケート選手。 競輪選手としては、日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)102期生、日本競輪選手会新潟支部所属(登録地は山梨県)。また、選手登録名は渡辺ゆかりとしている。 白樺学園高等学校を経て、富士急行に所属していた。2009-2010シーズン終了後、富士急スケート部を退部した。
中村 由香里(なかむら ゆかり、1981年3月9日 - )は… 中村 由香里(なかむら ゆかり、1981年3月9日 - )は、大阪市出身の女子競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期(ガールズケイリン第1期)生。師匠は田谷勇(競輪学校第54期生)。弟子は石田典大(123期)。 1988年のソウルオリンピックの金メダリスト、フローレンス・ジョイナーに憧れ、小学4年生で陸上競技を始めた。 幼いころからプロスポーツ選手が夢であったが、当時は女性のプロスポーツが少なかったこともあり、進学した大阪教育大学では陸上競技を続けながら教員免許を取得、結局は大学卒業後陸上競技は辞めて小学校教員となる。そして教師生活の傍ら、シクロクロスを手始めとする自転車競技大会にも随時出場していた。
内田 慶(うちだ けい、1981年2月11日 - 2008年… 内田 慶(うちだ けい、1981年2月11日 - 2008年9月11日)は元競輪選手、元自転車競技選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第87期生。現役時代は日本競輪選手会栃木支部に所属。師匠は福田明。弟子にはアテネパラリンピック(2004年)、自転車競技・タンデムスプリント(視覚障害部門)において葭原滋男のパイロットとして同種目の銀メダル獲得に貢献した大木卓也がいる。 東京都中央区出身。埼玉県の大和田小学校2年生の時からスイミングクラブに入ってトライアスロンを始め、6年生の時に自転車競技を中心にレースに出場。学校法人石川高等学校を経て作新学院高等学校に転校し、同校を卒業。 2001年、競輪学校に入学。
松永 将(まつなが ただし、1980年12月31日 - )は… 松永 将(まつなが ただし、1980年12月31日 - )は、日本の競輪選手。日本競輪学校第89期卒業。日本競輪選手会茨城支部所属。師匠は川村恵三。血液型はO型。 初出走は2004年7月1日の千葉競輪場で結果は7着。 「千葉御三家」として知られ、千葉県でも有数の進学校である県立東葛飾高校の出身で、在学中はサッカー部に所属していた。 中央大学に進学後は自転車競技部に所属するものの、卒業後の進路として当初は一般企業への就職を考えていたが、最終的に競輪学校を受験し入学を果たした。この事実は工藤元司郎らはじめ、茨城の競輪関係者の多くを驚かせたという。 2021年1月現在はA級1班に格付けされている。