馬渕 智史(まぶち さとし、1980年12月3日 - )は、… 馬渕 智史(まぶち さとし、1980年12月3日 - )は、元競輪選手。ヒップホップユニット、DOBERMAN INCの元メンバー(MAB)。競輪選手としては、現役時代は日本競輪選手会滋賀支部所属。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第96期生。 滋賀県立大津商業高等学校中退。滋賀県立大津清陵高等学校卒業。 父親が高校野球の監督を務めており、その影響で滋賀県立大津商業高等学校までは野球を続けてきたものの、行き詰まりを感じたことから3年次に同校を中退し、DOBERMAN INCの結成に参加。DOBERMAN INCは2004年にビクターエンタテインメントからメジャーデビューを果たしたが、ヒットに恵まれなかったこともあり、ここでも活動に行き詰った。
藤原 亜衣里(ふじわら あいり、1980年12月2日 - )… 藤原 亜衣里(ふじわら あいり、1980年12月2日 - )は、新潟県西蒲原郡弥彦村出身の女子競輪選手。日本競輪学校第102期生。 実父の実(26期・引退)、実兄の憲征(85期)も競輪選手という競輪一家に生まれ育った。 法政大学時代は、全日本大学対抗選手権自転車競技大会(インカレ)のスプリントで、2001年2位、2002年3位等の実績を残した。 その後は自転車競技とは縁のない活動を送っていたが、2010年に弥彦競輪場のサイクリングクラブ、「CLUB SPIRITS」が発足したことを契機に活動を再開。そして、2011年2月25日、クラブの同志である加瀬加奈子、中川諒子、田中麻衣美とともに日本競輪学校 第102回(女子第1期)試験に合格した。
伊代野 貴照(いよの たかてる、1980年10月29日 - … 伊代野 貴照(いよの たかてる、1980年10月29日 - )は、競輪選手、元プロ野球選手(投手)。競輪選手としては、日本競輪選手会奈良支部長(2024年6月下旬より)、ホームバンクは奈良競輪場。 静岡県伊東市出身。沼津学園高校時代の同級生に松永共広がいる。 高校卒業後は、社会人野球のローソンに入団したが、2002年シーズン限りでのチームの廃部が決定する。同年のドラフト会議で阪神タイガースから10巡目で指名を受け入団。なお、このドラフト会議では同僚の新井智と萱島大介もそれぞれ9巡目・11巡目で阪神に指名され入団、吉川昌宏は8巡目でヤクルトから指名を受け入団している。 2003年4月26日の対広島東洋カープ戦で敗戦処理として登板すると、その後味方打線が爆発して逆転勝利という幸運な形でプロ初勝利を挙げた。
豊岡 英子(とよおか あやこ、1980年8月10日 - )は… 豊岡 英子(とよおか あやこ、1980年8月10日 - )は、日本の元自転車競技選手、女子競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第114期生。日本競輪選手会大阪支部所属。 ホームバンクは岸和田競輪場。師匠は渡邉泰夫(62期)。 大阪府吹田市出身。吹田市立山田東中学校、追手門学院高等学校を経て、神戸松蔭女子学院大学を中退し、大阪体育大学に再入学。大学時代はトライアスロン選手だったが、後に自転車競技に転向する。 チーム・パナソニックレディースに所属。全日本シクロクロス選手権大会において、2005年から2011年まで7連覇を達成。この他、ロードレースでは、2007年の全日本選手権・個人ロード2位、2008年の同大会・個人タイムトライアル3位の実績がある他、2007年の三笠宮杯ツール・ド・とうほくでは総合優勝を果たしている。
遠藤 貴人(えんどう たかひと、1980年6月24日 - )… 遠藤 貴人(えんどう たかひと、1980年6月24日 - )は、福島県鮫川村出身の元競輪選手、同村村議会議員。競輪選手時代は、日本競輪選手会福島支部所属。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第88期生。師匠は班目秀雄(24期)。 福島県立白河高等学校を経て競輪学校に入学。競輪学校での在校競走成績は25位(15勝)。 2003年7月5日、青森競輪場でデビューし、初日で初勝利となった。 過去にS級の在籍経験はあるが、GIIないし相当大会以上への出場実績はない。 2015年に執行された、統一地方選挙の鮫川村村議会議員選挙で当選し、これをきっかけに競輪選手の引退を表明した。 6月18日いわき平競輪場でのレースを最後に引退となった。
矢口 啓一郎(やぐち けいいちろう、1980年5月17日- … 矢口 啓一郎(やぐち けいいちろう、1980年5月17日- )は、群馬県出身の競輪選手。日本競輪学校第86期。同期には、井上昌己、村上博幸、稲垣裕之、植松仁らがいる。登録番号013760。座右の銘は「克己」。 高崎経済大学附属高等学校卒業。在学時は空手部に所属していた。2001年8月8日、宇都宮競輪場でデビューし1着。及び当開催の完全優勝も記録。2002年にアテネオリンピックを視野に入れた強化指定選手に選出される。 2003年、メキシコ・アグアスカリエンテスで開催された、UCIトラックワールドカップのケイリンを優勝。同大会同種目としては、1999年の太田真一に次ぐ優勝記録となった。翌2004年、四日市競輪場で開催されたアジア自転車競技選手権大会のケイリンでも優勝。
戸伏 康夫(とぶせ やすお、1980年4月25日 - )は、… 戸伏 康夫(とぶせ やすお、1980年4月25日 - )は、日本競輪選手会岡山支部に所属する競輪選手。日本競輪学校(以下、競輪学校)第96期生。 兵庫県立明石南高等学校を経て、三菱自動車水島硬式野球部(現 三菱自動車倉敷オーシャンズ)に加入。ポジションは捕手。同チーム在籍時代には都市対抗野球大会及び社会人野球日本選手権大会への出場経験があるが、在籍10年目に戦力外通告を受け、退部を余儀なくされたため、岩津裕介(競輪学校87期生)に師事して競輪選手を目指すことになった。 競輪学校の在校競走成績は21勝を挙げ第12位。2009年7月11日に久留米競輪場でデビューし2着。初勝利は同年7月30日の広島競輪場。
岡田 征陽(おかだ せいよう、1980年4月6日 - )は、… 岡田 征陽(おかだ せいよう、1980年4月6日 - )は、東京都青梅市出身の競輪選手。日本競輪選手会東京支部所属。日本競輪学校第85期卒業。師匠は富山健一(43期)。 小学生時代は地元サッカー少年団で活躍。小学生6年時には第2回全日本少年ミニサッカー大会(現バーモントカップ)で全国ベスト8の立役者となる。 その後中学3年までサッカーを続けるものの父親の夢であった競輪選手を目指し競技変更。 なお、中学時代は非公式ながら100M11秒ジャストの俊足の持ち主。 東京都立八王子工業高等学校在籍時代、1998年の全国高等学校選抜自転車競技大会(沖縄県総合運動公園自転車競技場)、個人スプリントで優勝。 1999年、日本競輪学校第85期生として入学。
猪子 真実(いのこ まみ、1980年4月4日 - )は、愛知… 猪子 真実(いのこ まみ、1980年4月4日 - )は、愛知県一宮市出身の元女子競輪選手。現役時代は日本競輪選手会愛知支部所属、ホームバンクは名古屋競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第104期生。師匠は笠松信幸(84期)。 小学校2年からソフトテニスで活動し、愛知淑徳高等学校3年時には、高校総体(インターハイ)の団体戦3位に貢献した。しかし、ソフトテニスの活動は高校で「燃え尽きた」として、ソフトテニスそのものを「卒業」した。高校卒業後は、一宮競輪場でアルバイトを行っていた。ひいてはこのことが、後にガールズケイリンの選手を目指すことに繋がっていく。 その後は一宮の会社に就職。その傍ら、マラソンに取り組んだり、ネイルアーティストの検定資格を得るなどしたが、知人から、女子競輪が復活するという話を聞いた。
菊地 圭尚(きくち けいしょう、1980年4月2日 - )は… 菊地 圭尚(きくち けいしょう、1980年4月2日 - )は、北海道函館市出身の競輪選手。 日本競輪選手会北海道支部所属。日本競輪学校(以下、競輪学校)第89期生。師匠は大橋秀人(44期)。ホームバンクは函館競輪場。 北海道知内高等学校時代は野球部に所属しエースを務め、左腕から繰り出される最速140km/hの直球を武器に、1998年春の全道大会ベスト4に貢献した。 2003年に5回目の受験で競輪学校に合格し入学。2004年3月に在校成績1位(1着41回)で卒業。 2004年7月8日、ホームバンクの函館でデビューし、初勝利も同日。10月5日付でデビュー日起算わずか89日でS級特進を果たし、深谷知広が2009年9月15日にデビュー日起算56日でS級特進を決めるまで、S級最短昇進記録を保持していた。
萱島 大介(かやじま だいすけ、1980年1月6日 - )は… 萱島 大介(かやじま だいすけ、1980年1月6日 - )は、大分県出身の元プロ野球選手(内野手)で、現在は日本競輪選手会大分支部所属の競輪選手。 国東高校から進学した福岡大学ではプロでも同僚となる喜田剛と同期。社会人野球のローソンに進むが、2002年シーズン限りでチームの廃部が決定していたため、同年10月に阪神タイガースの入団テストを受験。50 m走5秒7、ベース一周 (109.728 m) では当時5年連続盗塁王だった赤星憲広の記録13秒6を上回る13秒29と俊足をアピールし、この年のプロ野球ドラフト会議で阪神タイガースから11巡目指名を受け入団した。このドラフトでは、チームメイトの新井智が9巡目、伊代野貴照が10巡目で阪神から指名を受けそれぞれ入団、吉川昌宏は8巡目でヤクルト指名を受け入団している。
佐々木 雄一(ささき ゆういち、1980年1月3日 - )は… 佐々木 雄一(ささき ゆういち、1980年1月3日 - )は、福島県白河市出身の競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第83期生。日本競輪選手会福島支部所属。ホームバンクは泉崎国際サイクルスタジアム。師匠は班目秀雄(24期)。 福島県立白河高等学校時代、全国高等学校総合体育大会自転車競技大会(インターハイ)において、1996年(境川自転車競技場)、1997年(京都向日町競輪場)と1㎞タイムトライアル(1㎞TT)を連覇。1997年のアジア自転車競技選手権大会のジュニア部門では、1㎞TTと3㎞個人追抜を制した。 高校時代の実績が認められ、技能試験免除で競輪学校に第83期生として入校。在校競走成績は10位(32勝)だったが、同校卒業記念レースでは予選も含め全て1着で完全優勝した。
高橋 梨香(たかはし りか、1979年12月28日 - )は… 高橋 梨香(たかはし りか、1979年12月28日 - )は、埼玉県所沢市出身の女子競輪選手。日本競輪選手会埼玉支部所属、ホームバンクは大宮競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第106期生。師匠は早川成矢(78期)。 小学校のときから水泳をはじめ、高校時代にはインターハイのメドレーリレーで2位入賞を果たした。大東文化大学に在学していた頃にトライアスロンに転向、卒業後はアラコ(後にトヨタ車体)に所属し実業団選手として活躍、海外でのレースにも参戦するなどした。だが、世界の壁は厚かっただけでなく日本選手権でも優勝することができず、トライアスロンへの熱は下がっていき、競技は引退。暫くは会社員として過ごしていたが、偶然に見かけたガールズケイリンのネット記事をきっかけに競輪選手を志した。
渡部 哲男(わたなべ てつお、1979年11月29日 - )… 渡部 哲男(わたなべ てつお、1979年11月29日 - )は、日本競輪選手会・愛媛支部に所属する競輪選手。日本競輪学校第84期生。師匠は三木裕次(56期・引退)。 新田高等学校卒業後に84期生として入学した日本競輪学校では在校競走成績1位(78勝)。 2000年4月1日にホームバンクである松山競輪場でデビューし、初勝利も同日。同年12月29日に開催されたルーキーチャンピオンレース(立川競輪場)では、石毛克幸に次ぐ2着だった。 2年後の2002年のヤンググランプリ(立川)では、4角中位の位置から直線で鋭く伸びて優勝。翌2003年の日本選手権競輪(平塚競輪場)でGI初出場を果たす。 しかしGI、GIIでは苦戦続きで、上記の日本選手権以降、常時出場は果たすものの、3年あまりはこれといった実績を残すことができなかった。
吉田 敏洋(よしだ としひろ、1979年10月17日 - )… 吉田 敏洋(よしだ としひろ、1979年10月17日 - )は、名古屋市出身の競輪選手。日本競輪選手会愛知支部所属。ホームバンクは名古屋競輪場。
兵動 秀治(ひょうどう ひではる、1979年8月10日 - … 兵動 秀治(ひょうどう ひではる、1979年8月10日 - )は、佐賀県出身の競輪選手。元プロ野球選手(内野手)だった。
藤原 憲征(ふじわら のりゆき、1979年〈昭和54年〉7月… 藤原 憲征(ふじわら のりゆき、1979年〈昭和54年〉7月31日 - )は、新潟県西蒲原郡弥彦村出身の競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第85期生。藤原実(競輪学校第26期生)は実父であり師匠。藤原亜衣里(競輪学校第102期生)は実妹であり弟子。弟子はほかに中川諒子(競輪学校第102期生)などがいる。 新潟県立吉田商業高校時代の1997年(平成9年)、全国高等学校総合体育大会自転車競技大会(インターハイ、向日町競輪場)のスプリントで優勝。また、同年の全国都道府県対抗自転車競技大会のスプリントでも優勝。さらにジュニア世界選手権自転車競技大会のオリンピックスプリントで5位に入った。これら一連の実績を称えられ、同年度の新潟日報スポーツ賞を受賞した。
井上 昌己(いのうえ まさき、1979年7月25日 - )は… 井上 昌己(いのうえ まさき、1979年7月25日 - )は、日本の競輪選手、自転車競技選手。長崎県長崎市出身。日本競輪選手会長崎支部所属、ホームバンクは佐世保競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第86期生。師匠は平尾昌也(58期)。実父は元競輪選手の井上日出男(32期)。 中学から高校までは陸上競技を行なっており、筑陽学園高等学校在学中には八種競技でインターハイを優勝している。高校卒業後は父の影響もあり競輪の選手を見据えて自転車競技に転向し、国体のスプリント種目で優勝を果たした後、競輪学校へ入学した。 初出走は2001年8月4日の佐世保競輪場で、初勝利も同レース。 デビュー後も競輪競走のかたわらで自転車競技を続け、ナショナルチームのメンバーとして選抜された2004年のアテネオリンピックでは、伏見俊昭(第2走)・長塚智広(第1走)と共にチームスプリント種目で銀メダルを獲得した(報奨金は各選手4000万円)。
山崎 芳仁(やまざき よしひと、1979年6月12日 - )… 山崎 芳仁(やまざき よしひと、1979年6月12日 - )は競輪選手。日本競輪選手会福島支部所属、ホームバンクはいわき平競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第88期生。師匠は添田広福。血液型はAB型。福島県いわき市出身。長男の山崎歩夢(125期)、弟の山崎司(95期)も競輪選手。 学校法人石川高等学校を卒業後、5回目の受験で競輪学校に合格。本人曰く、度々受験に失敗した理由は学科試験にあるといい、「学科試験のなくなった今なら一発で合格していましたよ」と回想している。 初出走は2003年7月14日の西武園競輪場で、初勝利は同開催の翌日。デビューの1年後にS級に特別昇級し、2005年のヤンググランプリで優勝。
中川 誠一郎(なかがわ せいいちろう、1979年6月7日 -… 中川 誠一郎(なかがわ せいいちろう、1979年6月7日 - )は、日本の競輪選手、元自転車競技選手。熊本県熊本市出身。日本競輪選手会熊本支部所属、ホームバンクは熊本競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第85期生。師匠は従兄の瀬口慶一郎(77期)。 実妹の中川諒子も競輪選手(102期)、義弟(涼子の夫)の吉成晃一も競輪選手(92期)。きょうだいはほかに妹(諒子の姉)がいる。 熊本大学教育学部附属小学校・同中学校、真和高等学校を卒業。 少年漫画『SLAM DUNK』の影響で高校まではバスケットボールをしており(一時期は陸上競技も)、スポーツの勉強を希望して大学入試に臨んだが、全敗。叔父である競輪選手・瀬口孝一郎の勧めで自転車に乗り始める。
飯塚 朋子(いいづか ともこ、1979年5月22日 - )は… 飯塚 朋子(いいづか ともこ、1979年5月22日 - )は、元女子競輪選手、元マウンテンバイクレース(以下、MTB)のダウンヒル(以下、DHI)、フォークロス(以下、4X)選手。大阪市出身。現役時代は日本競輪選手会奈良支部所属(当初は大阪支部所属)、ホームバンクは関西サイクルスポーツセンター。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期生。師匠は吉川浩士(80期)。 関西鍼灸短期大学出身。 2003年よりMTB活動を開始。国内大会におけるDHI、4Xの両種目では日本トップクラスを維持し続けたが、一方で、日本人選手として初めて世界選手権自転車競技大会のDHIで銀メダルを獲得した末政実緒の存在が大きく立ちはだかり、全日本マウンテンバイク選手権大会では『万年2位』に甘んじた。
村上 博幸(むらかみ ひろゆき、1979年4月15日 - )… 村上 博幸(むらかみ ひろゆき、1979年4月15日 - )は、日本の競輪選手。 京都府京都市出身。宇治市育ち。日本競輪選手会京都支部所属、ホームバンクは京都向日町競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第86期生。師匠は兄の村上義弘(73期)。 花園高等学校在学中からインターハイや国民体育大会等で活躍し、競輪学校に86期生として入学する。同期には井上昌己、稲垣裕之らがおり、在校競走成績第10位で卒業した。 デビュー戦は2001年8月8日、奈良競輪場で迎え、初勝利も同日。またこの開催では完全優勝も果たす。2003年7月3日に、S級戦で初勝利(S級初優勝は同年11月10日の富山競輪場)。 2004年の寬仁親王牌(前橋競輪場)でGI・GII通じての初出場を果たす。
金成 和幸(かなり かずゆき 1979年3月27日 - )は… 金成 和幸(かなり かずゆき 1979年3月27日 - )は、日本の競輪選手。日本競輪選手会福島支部所属、ホームバンクはいわき平競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第88期生。師匠は渡邊正範。 福島県いわき市出身。 茨城県立高萩高等学校在学中はラグビーを行っていたが、卒業後に競輪選手を目指して競輪学校を受験し合格。自転車競技歴は短かったか強豪揃いの88期にあってトップの在校成績を治めたことから注目されるようになる。 初出走は2003年7月5日のいわき平競輪場で、初勝利も同レース。 デビュー後しばらくは伸び悩んだものの、2005年8月にはS級への特進を果たし上位定着へのきっかけを掴んだが、同年のヤンググランプリ出場権利獲得には間に合わなかった。
成田 和也(なりた かずや、1979年2月25日 - )は競… 成田 和也(なりた かずや、1979年2月25日 - )は競輪選手、自転車競技選手。福島県須賀川市出身。日本競輪選手会福島支部所属。日本競輪学校第88期卒業。
宮越 孝治(みやこし こうじ、1979年1月18日 - )は… 宮越 孝治(みやこし こうじ、1979年1月18日 - )は、富山県富山市出身の競輪選手。日本競輪選手会富山支部所属、ホームバンクは富山競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第82期生。師匠は笹倉重治(48期生)。実兄の宮越大も競輪選手。 富山県立富山工業高等学校を経て、競輪学校に入学。在校競走成績は第6位(38勝)。 1999年4月14日、大津びわこ競輪場でデビューし初勝利。翌日、翌々日も勝利し、デビュー場所で完全優勝。同年12月29日に立川競輪場で開催されたルーキーチャンピオンレースを優勝。 2013年8月2日の小松島競輪場で勝利した後連勝を続け、9月7日の大垣競輪場でS級特進を果たした。
西谷 岳文(にしたに たかふみ、1979年1月17日 - )… 西谷 岳文(にしたに たかふみ、1979年1月17日 - )は元ショートトラックスピードスケート選手で、現在は競輪選手。日本競輪選手会京都支部所属。大阪府泉北郡忠岡町出身。
飯嶋 則之(いいじま のりゆき、1978年12月2日 - )… 飯嶋 則之(いいじま のりゆき、1978年12月2日 - )は、栃木県小山市出身の競輪選手。作新学院高等学校出身。日本競輪選手会・栃木支部所属。日本競輪学校第81期生。師匠は高校の先輩でもある神山雄一郎。 1996年、全国高等学校総合体育大会自転車競技大会(インターハイ)のイタリアンチームレースにおいて優勝を経験。翌1997年に競輪学校に入学。加藤慎平、合志正臣といった後のGI優勝者に加え、伊勢崎彰大(在校競走成績第1位)や前反祐一郎(卒業記念レース優勝者)といった錚々たる顔ぶれがいた中、飯嶋の在校競走成績は70位にとどまった。 1998年8月15日、静岡競輪場でデビューし2着。上記の同期の面々と比較すると出世レースでいささか遅れを取り、S級に昇進したのは2002年の8月。
伊勢崎 彰大(いせざき あきひろ、1978年10月12日 -… 伊勢崎 彰大(いせざき あきひろ、1978年10月12日 - )は、日本競輪選手会千葉支部に所属する競輪選手。日本競輪学校(以下、競輪学校)第81期生(同期には、長塚智広、加藤慎平、合志正臣らがいる)。 千葉県立京葉工業高等学校在籍時代に、1995年及び1996年の全日本アマチュア自転車競技選手権大会(全アマ)・スプリントで優勝。 その後、競輪学校に入校したが、滝澤正光(競輪学校43期生)が初めて取った弟子として話題となった。在校競走成績は75勝を挙げて2位。卒業記念レースでも2位となった。 1998年8月5日、立川競輪場でデビューし1着。後2日間も勝利し、デビュー場所で完全優勝を果たした。 1999年、ルーキーチャンピオンレース(平塚競輪場)優勝。
吉澤 賢(よしざわ けん、1978年7月7日 - )は、競輪… 吉澤 賢(よしざわ けん、1978年7月7日 - )は、競輪選手(日本競輪選手会千葉支部所属)。元陸上競技選手(主に400mハードル)。 千葉県酒々井町出身。市立船橋高校を経て順天堂大学に進み、卒業後、デサントに入社。高校時代から、400メートルハードルにおいて長年に亘り為末大のライバルとして君臨。しかし為末の壁は厚く、日本陸上競技選手権大会では優勝することができなかった。 日本の400mハードル歴代記録では2014年12月9日現在10位の実力者であり、2001年、2003年の世界陸上選手権に出場した他、2004年のアテネオリンピックにも出場を果たしている。 2005年に400mハードラーとしての限界を感じ同じ陸上競技からの転身組である森下太志に師事して競輪転向を表明。
上田 栄蔵(うえだ えいぞう、1978年6月14日 - )は… 上田 栄蔵(うえだ えいぞう、1978年6月14日 - )は、和歌山県橋本市出身の元競輪選手。 同じ競輪選手である鈴木謙太郎、鈴木豪の兄弟は義弟にあたる。 和歌山県立伊都高等学校時代、第67回及び第68回の選抜高等学校野球大会に出場。 その後、立命館大学に進み、立命館大学硬式野球部に入部。第49回全日本大学野球選手権大会でベスト4を経験。主に三塁手・遊撃手を務めた。同期には山田秋親、平本学がいる。 同大学卒業後、日本ハムへ就職したが、後に、福島県にある大谷競輪選手養成所に入所し、佐久間信司郎(日本競輪学校第39期生)の指導の下、日本競輪学校第95期適性試験に合格した。 競輪学校卒業後は、日本競輪選手会福島支部所属の選手として2009年1月9日、京王閣競輪場でデビューし2着。
加藤 慎平(かとう しんぺい、1978年5月18日 - )は… 加藤 慎平(かとう しんぺい、1978年5月18日 - )は、日本の元競輪選手。現在は競輪評論家、コメンテーター、実業家、YouTuber。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第81期卒業。岐阜県羽島郡岐南町出身。現役時代は日本競輪選手会岐阜支部所属。初出走は1998年8月13日、名古屋競輪場。初勝利も同レース。血液型O。 岐阜県立岐南工業高等学校を経て、競輪学校に第81期生として入学。 デビュー後の2000年には、最後の開催となった競輪祭での全日本新人王戦を優勝。 その後、自力を主体としつつも、メンバー構成や展開次第によってはマークにも転じるといった変幻自在な脚質を武器に、2004年の岐阜記念完全優勝などを足がかりとして、同年年末から2005年年初にかけて10連勝を達成。
松岡 健介(まつおか けんすけ、1978年5月11日 - )… 松岡 健介(まつおか けんすけ、1978年5月11日 - )は、兵庫県養父市(旧 大屋町)出身の競輪選手。日本競輪選手会兵庫支部所属。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第87期生。師匠は西尾泰照(71期)。 川崎医療福祉大学出身。剣道三段、柔道初段の資格を有する。競輪学校は適性試験で受験し合格。同校在校競走成績は11位(27勝)。 2002年8月16日、大津びわこ競輪場でデビューし初勝利を挙げた。 2012年2月26日、花月園メモリアル(GIII、小田原競輪場)でグレードレース初優勝を4連勝での完全優勝を果たす。 2013年、サマーナイトフェスティバル(いわき平競輪場) 7位。 2014年、全日本選抜競輪(高松競輪場)において初のGI決勝進出を果たし2位。
兵藤 一也(ひょうどう かずや、1978年4月27日 - )… 兵藤 一也(ひょうどう かずや、1978年4月27日 - )は群馬県出身の元競輪選手。現役時代は日本競輪選手会群馬支部所属。日本競輪学校第82期卒業。師匠は父親で元競輪選手(32期)の兵藤信雄。 佐野日本大学高等学校を経て日本競輪学校に第82期生として入学。同期には荒井崇博らがいる。在校成績7位で卒業すると1999年4月17日に宇都宮競輪場でデビューし同日初勝利を含む完全優勝を果たす。 デビューしてから2年後の2001年8月に開催されたふるさとダービー(富山競輪場)で決勝へと駒を進める(8着)。その後、2004年の共同通信社杯競輪(3着)、翌2005年の東日本王座決定戦(3着)でも決勝に駒を進めた。
荒井 崇博(あらい たかひろ、1978年4月3日 - )は、… 荒井 崇博(あらい たかひろ、1978年4月3日 - )は、競輪選手。長崎県雲仙市出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第82期生。日本競輪選手会長崎支部所属(当初は佐賀支部所属)。師匠は原司(70期)。ホームバンクは佐世保競輪場。 佐賀龍谷高等学校在学中の1997年に国民体育大会で個人スプリント2位などの実績を挙げ、競輪学校に第82期生として入学すると、同期に兵藤一也らがいる中で61勝を挙げて在校成績2位となり、さらに卒業記念レースを制覇する。デビュー戦は1999年4月2日の佐世保競輪場で迎え、初勝利も同日。 2001年12月29日、競輪祭で行われてきた新人王戦に代わるデビュー3年未満の選手によるGIIタイトル戦、ヤンググランプリがこの年から開催されたが、最終バックストレッチから豪快に捲って初代優勝者に輝く。
坂上 樹大(さかがみ たつひろ、1978年1月25日 - )… 坂上 樹大(さかがみ たつひろ、1978年1月25日 - )は、競輪選手。石川県内灘町出身。日本競輪選手会富山支部所属(登録地は石川県)、ホームバンクは石川県立自転車競技場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第80期生。師匠は石田真二(競輪学校42期生)。 実兄も競輪選手の坂上忠克(71期)。 石川県立内灘高等学校出身。 1997年8月15日、富山競輪場でデビューし、初勝利も同日。 2002年、全日本選手権・団体追抜を、兄の忠克及び、武史、大暁の北野兄弟との4人で挑み優勝。 これまで特別競輪ではGIで2回、GIIで3回の決勝進出歴があり、2011年の寬仁親王牌(弥彦競輪場)では3位、2009年の共同通信社杯春一番(佐世保競輪場)では2位に入った。
大塚 健一郎(おおつか けんいちろう、1977年10月14日… 大塚 健一郎(おおつか けんいちろう、1977年10月14日 - )は、日本の元競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第82期生。現役時代は日本競輪選手会大分支部所属、ホームバンクは別府競輪場。師匠は山田文俊(31期)。 大分県立日出暘谷高等学校在学中から自転車競技を行い、卒業後は競輪学校に第82期生として入学。同期には荒井崇博、兵藤一也らがいる。在校成績4位で卒業すると1999年4月11日に別府競輪場でデビューし、同日初勝利を挙げる。 以降は同県の先輩である小野俊之と共に大分の強豪としての名を上げていき、年に一度ほどGI・GIIの決勝に出走するほどの実力を発揮し続けた。 2002年に、GII共同通信社杯競輪の決勝進出し7着だった。
今井 裕介(いまい ゆうすけ、1977年9月20日 - )は… 今井 裕介(いまい ゆうすけ、1977年9月20日 - )は、日本の元スピードスケート選手、元競輪選手。長野県南佐久郡臼田町(現・佐久市)出身。身長175cm、体重75kg。 佐久長聖高等学校時代はショートトラックスピードスケート選手。ショートトラックでは全日本選手権を制し日本代表を経て山梨学院大学入学後にスピードスケートに転向。長野オリンピックでは1000m11位、1500m16位、ソルトレークシティオリンピックでは1000m15位、1500m34位。トリノオリンピックでは1000m20位、1500m34位。 2001年3月、同種目で1分45秒49の日本新をマークした。世界歴代2位に相当する好記録。
角田 貴志(つのだ たかし、1977年9月19日 -)は日本… 角田 貴志(つのだ たかし、1977年9月19日 -)は日本の元競輪選手である。福島県出身。国際武道大学卒業。日本競輪学校第93期卒業。日本競輪選手会福島支部に所属していた。師匠は松崎稔。 全国高校総体、関東インカレに400mHで出場した。 初出走は2008年1月5日、平塚競輪場。初勝利は2008年2月4日、いわき平競輪場。 30歳デビューのオールドルーキー。年齢制限撤廃の恩恵を受けた内の一人である。 2015年11月05日に登録抹消し引退した。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
稲垣 裕之(いながき ひろゆき、1977年7月28日 - )… 稲垣 裕之(いながき ひろゆき、1977年7月28日 - )は、競輪選手。京都府舞鶴市出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第86期生。日本競輪選手会京都支部所属、ホームバンクは京都向日町競輪場。師匠は八倉伊佐夫。 京都府立西舞鶴高等学校在学中から競輪選手を目指し、高校3年生のときに競輪学校を受験するも不合格となる。卒業後は海上自衛官となったが、館山航空基地のヘリコプター整備員としての勤務の傍ら、競輪選手になるためのトレーニングを積んだ結果、3回目の受験となった2000年に合格を果たし第86期生として競輪学校に入学。同期に井上昌己(長崎)、村上博幸(京都)らがいる中、在校競走成績14位で卒業した。
海老根 恵太(えびね けいた、1977年7月27日 - )は… 海老根 恵太(えびね けいた、1977年7月27日 - )は、日本の競輪選手。日本競輪選手会千葉支部所属、ホームバンクは千葉競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第86期生。師匠は森下太志(61期)。 埼玉県春日部市出身。春日部市立豊野中学校在学中より、陸上競技の110メートルハードルの選手として全国レベルの実績を誇り、1992年に手動計測ながらも、14.0秒の当時の中学校日本新記録を樹立。高校は東海大学付属浦安高等学校に進み、1995年の全国高等学校総合体育大会で優勝。また、同年9月15日に開催されたTOTO国際スーパー陸上において、当時の高校日本タイ記録となる、14.08秒をマークした。
諸橋 愛(もろはし めぐむ、1977年7月21日 - )は、… 諸橋 愛(もろはし めぐむ、1977年7月21日 - )は、新潟県西蒲原郡出身の競輪選手。日本競輪学校第79期生。日本競輪選手会新潟支部所属。師匠は小川隆(43期)。男性である。 新潟県立吉田商業高等学校出身。在学時に出場した全国高等学校総合体育大会自転車競技大会(インターハイ)では、4000メートル速度競走種目で優勝している。競輪学校の在校競走成績は32位(11勝)であった。 1997年4月13日、地元弥彦競輪場でデビュー(4着)。同年のルーキーチャンピオンレース(立川競輪場)では4着に入った。2005年の寬仁親王牌(青森競輪場)でG1初優参(8着)。 G3クラスでは、2004年の青森記念で初優勝。
合志 正臣(ごうし まさおみ、1977年6月22日 - )は… 合志 正臣(ごうし まさおみ、1977年6月22日 - )は競輪選手である。熊本市北区出身 (龍田小学校-楠中学校-熊工)。 日本競輪学校第81期卒業。ホームバンクは熊本競輪場。日本競輪選手会熊本支部所属。師匠は青木宏親。初出走は1998年8月8日の熊本競輪場で初勝利は同レース。血液型はA型。
南原 照也(みなみはら てるなり、1977年5月10日 - … 南原 照也(みなみはら てるなり、1977年5月10日 - )は、日本の元競輪選手。千葉県浦安市出身。日本競輪学校第93期卒業。現役当時は日本競輪選手会千葉支部所属。師匠は鈴木栄司。 30歳デビューのオールドルーキー。年齢制限撤廃の恩恵を受けた内の一人である。 東京都立葛西工業高等学校を卒業後、専門学校で経営学を学び卒業した後設計事務所の社長を経て、2006年8月に日本競輪学校93期入学試験に適性試験で合格し、2007年10月に卒業。 2008年1月9日に西武園競輪場でデビュー(8着)。新人選手通信簿にも「非常に高い身体能力を持っており将来は約束されている」と評されていたが、デビューしてから成績が振るわず悪戦苦闘の日々を送った。
山内 卓也(やまうち たくや、1977年3月1日 - )は、… 山内 卓也(やまうち たくや、1977年3月1日 - )は、競輪選手。日本競輪選手会愛知支部所属、ホームバンクは名古屋競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第77期生。師匠は黒須修典。生姜焼きが好物。 名城大学附属高等学校を経て、1995年に競輪学校に第77期生として入学。同期には小野俊之、小倉竜二らがいる。 1996年4月18日、大垣競輪場でデビューし、初勝利も同日。 2004年、ふるさとダービー(佐世保競輪場)決勝3着。全日本選抜競輪(大垣)決勝戦では、3位入線ながらも2着の伏見俊昭の失格により2着繰り上がりで表彰台に立つ。 2005年、西日本王座決定戦(玉野競輪場)決勝戦に進出。直線中ほどから鋭い伸びを見せ優勝。
石毛 克幸(いしげ かつゆき、1977年1月15日 - )は… 石毛 克幸(いしげ かつゆき、1977年1月15日 - )は、競輪選手。日本競輪選手会千葉支部に在籍。 師匠は小林裕司(日本競輪学校第71期生)。ホームバンクは千葉競輪場。 千葉県銚子市出身。千葉県立銚子商業高等学校では野球部に在籍した。 2000年4月2日、日本競輪学校第84期生として、小田原競輪場でデビューし1着、及び同開催の完全優勝を記録。同年12月29日、立川競輪場で行われたルーキーチャンピオンレースでは、同期ナンバーワンの渡部哲男(2着)らを破って優勝した。 2002年、ヤンググランプリ(立川)3着。 2005年、ふるさとダービー(弥彦競輪場)決勝戦において、最終バックストレッチからの捲りを決め優勝。
里見 恒平(さとみ こうへい、1976年12月30日 - )… 里見 恒平(さとみ こうへい、1976年12月30日 - )は、日本の兵庫県明石市出身の元アメリカンフットボール選手で、現在は日本競輪選手会千葉支部所属の競輪選手。 兵庫県立明石南高等学校時代は野球部に所属し、立命館大学に入学してからアメリカンフットボールを始めた。立命館大学パンサーズに所属しチームの主力として活躍、1998年には甲子園ボウルで優勝を経験。 大学卒業後、1999年、アメリカのメンロー・カレッジに留学、またこの年開催されたワールドカップの日本代表にも選出された。2000年には、NFLヨーロッパのアムステルダム・アドミラルズ(英語版)と契約、また同年、Xリーグのオービックシーガルズに入団した(XリーグとNFLヨーロッパはシーズンが異なる)。
猪頭 香緒里(いとう かおり、1976年12月12日 - )… 猪頭 香緒里(いとう かおり、1976年12月12日 - )は、岡山県真庭市出身の女子競輪選手、元プロスノーボーダー。旧姓、藤原。競輪選手としては日本競輪選手会岡山支部所属、ホームバンクは玉野競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第104期生。師匠は大前寛則(57期)。 岡山県立落合高等学校、美作女子大学(現・美作大学)卒業。大学卒業後の1999年に岡山エフエム放送に入社するも1年で退職、スノーボード(種目はスノーボードクロス)の道に進む。 2004年にプロライセンスを取得(当時は藤原香緒里)、プロスノーボーダーとして各地の大会に参戦した。2011年に結婚しスノーボーダーは引退したが、友人の父親に「ガールズケイリン選手になってみたら?」と勧められた事がきっかけで競輪選手を目指すことになった。
佐藤 慎太郎(さとう しんたろう、1976年11月7日 - … 佐藤 慎太郎(さとう しんたろう、1976年11月7日 - )は、日本の競輪選手である。福島県東白川郡塙町出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第78期卒業。日本競輪選手会福島支部所属。選手登録番号13162。師匠は添田広福。ホームバンクは泉崎国際サイクルスタジアム。初出走は1996年8月14日のいわき平競輪場で初勝利も同レース。2019年KEIRINグランプリ優勝。血液型はAB型。 小学生時代はソフトボールをやっており、中学では野球部に所属していた。学校法人石川高等学校を経て、競輪学校には2度目の受験で合格し第78期生として入学。 デビューしばらく後、追込戦法に転向してからは名を知られるようになり、2003年の読売新聞社杯全日本選抜競輪(高知)では目標不在の単騎で番手を取り切ってGI初優勝。
岡村 育子(おかむら いくこ、1976年9月17日 - )は… 岡村 育子(おかむら いくこ、1976年9月17日 - )は、埼玉県飯能市出身の女子競輪選手、元女子ホッケー選手。競輪選手としては、日本競輪選手会埼玉支部所属、ホームバンクは西武園競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期生。師匠は田淵浩一(55期)。 埼玉県立飯能高等学校に入学後、友人に誘われてホッケー部に入部。以後、ポジションはゴールキーパー一筋であった。 その後、ホッケーの名門、天理大学を経て、H.F.C - HANNOに所属。また、駿河台大学のコーチも務めていた。 2011年、競輪学校第102回(女子第1期)適性試験に合格。在校競走成績は1勝で第29位。 2012年5月1日、日本競輪選手会埼玉支部所属の競輪選手として登録された。
榊枝 輝文(さかきえだ てるふみ、1976年8月9日 - )… 榊枝 輝文(さかきえだ てるふみ、1976年8月9日 - )は、福島県石川郡平田村出身で、日本競輪選手会福島支部に所属する競輪選手。日本競輪学校(以下、競輪学校)第79期生。師匠は添田広福(競輪学校第49期生)。ホームバンクは泉崎国際サイクルスタジアム。 学校法人石川高等学校在籍時代の1994年、富山競輪場で行われた全国高等学校総合体育大会自転車競技大会・1kmタイムトライアルで優勝。また同年に豊橋競輪場で行われた国民体育大会の同種目(少年の部)でも優勝した。 1997年4月19日、いわき平競輪場でデビューし1着。後2日間も勝利し、デビュー場所で完全優勝。 2004年、オールスター競輪(西武園競輪場)で決勝に進出(7着)。