鈴木 俊平(すずき しゅんぺい、1927年5月7日 - 20… 鈴木 俊平(すずき しゅんぺい、1927年5月7日 - 2006年6月9日)は、日本の小説家。 茨城県、現在の北茨城市平潟出身。本名・鈴木俊一。作家の星新一は母の従兄弟(星新一の父・星一は祖母の兄)。祖父の代に旅館業のかたわら始めた酒造業「住の友酒造」(1909年創業)を継ぐため、一度は広島工業専門学校発酵工学科に進み招徳酒造 (伏見) の子息と同期になる。だが小説の志を貫こうと早稲田大学文学部に入学、同学卒業。生家は弟の禎が継ぐ。 少年時代から同人誌活動を続け、1957年『発酵』を自費出版した。1982年、結核性腸腫瘤にかかったが、一命をとりとめた。1984年、茨城県五浦海岸の風船爆弾の大津基地の跡地に記念碑「わすれじ平和の碑」を建てた[要追加記述]。
吉村 昭(よしむら あきら、1927年(昭和2年)5月1日 … 吉村 昭(よしむら あきら、1927年(昭和2年)5月1日 - 2006年(平成18年)7月31日)は、日本の小説家。
北 杜夫(きた もりお、本名:斎藤 宗吉〈さいとう そうきち… 北 杜夫(きた もりお、本名:斎藤 宗吉〈さいとう そうきち〉、1927年〈昭和2年〉5月1日 - 2011年〈平成23年〉10月24日)は、日本の小説家、エッセイスト、精神科医、医学博士。位階は従四位。 祖父は医師で政治家の斎藤紀一。父は紀一の養子で、歌人で医師の斎藤茂吉。兄はエッセイストで精神科医の斎藤茂太。娘はエッセイストの斎藤由香。 東北大学医学部を卒業。精神科医のかたわら、『文藝首都』に参加。水産庁調査船の船医の体験をユーモラスに描いた『どくとるマンボウ航海記』(1960年)で好評を得、以後「どくとるマンボウ」ものを次々に発表した。 『夜と霧の隅で』(1960年)で芥川賞を受賞。『楡家の人びと』(1964年)は、近代における最初の市民小説と高く評価された。
森崎 和江(もりさき かずえ、1927年4月20日 - 20… 森崎 和江(もりさき かずえ、1927年4月20日 - 2022年6月15日)は、日本の詩人、ノンフィクション作家、元放送作家。 ASLE-Japan/文学・環境学会会員、日本放送作家協会会員。日本脚本家連盟会員。 日本統治時代の朝鮮の大邱で教師の子として生まれ、17歳で単身日本に渡る。1947年、福岡県女子専門学校(現・福岡女子大学)保健科卒。 太平洋戦争下の学生動員中、結核に感染し、戦後の3年間、療養所生活を送る。退所後、1950年、丸山豊が主宰する詩誌『母音』同人となる。1956年ごろから、NHK福岡放送局でラジオのエッセイや、ラジオドラマの脚本を担当。 1958年、『母音』で知り合った谷川雁ともに筑豊の炭坑町に転居。
若城 希伊子(わかしろ きいこ、1927年4月4日 - 19… 若城 希伊子(わかしろ きいこ、1927年4月4日 - 1998年12月22日)は、日本の作家、評論家、脚本家、翻訳家。 東京都渋谷区生まれ。日本女子大学卒、慶應義塾大学文学部国文科卒、折口信夫に学んだ。脚本家として活動するほか、映画ノベライズを翻訳。 1971年ラジオドラマ「青磁の色は空の色」で芸術祭優秀賞受賞。以後小説、ノンフィクション、評論などを刊行、最初の単行本『十五歳の絶唱』はロングセラーとなった。1978年『ガラシャにつづく人々』で第79回直木賞候補、1983年『小さな島の明治維新』で第2回新田次郎文学賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
堤 清二(つつみ せいじ、1927年〈昭和2年〉3月30日 … 堤 清二(つつみ せいじ、1927年〈昭和2年〉3月30日 - 2013年〈平成25年〉11月25日)は、日本の実業家、小説家、詩人。筆名は辻井 喬(つじい たかし)。学位は博士(経済学)(中央大学・1996年)。日本芸術院会員、財団法人セゾン文化財団理事長、社団法人日本文藝家協会副理事長、社団法人日本ペンクラブ理事、『歴程』同人、憲法再生フォーラム共同代表、日本中国文化交流協会会長。国土計画取締役、西武鉄道取締役、京浜急行電鉄社外取締役、西武流通グループ(後のセゾングループ)代表などを歴任した。異母弟は西武鉄道グループ元オーナーの堤義明。 1927年、西武グループの創業者堤康次郎と、康次郎の妾(後に本妻)・青山操の間に生まれる。
利根川 裕(とねがわ ゆたか、1927年3月28日 - 20… 利根川 裕(とねがわ ゆたか、1927年3月28日 - 2024年1月29日)は、日本の作家である。テレビ朝日系の深夜番組「トゥナイト」の司会を長く務めた。 新潟県糸魚川市出身。日本ペンクラブ会員。代表作は『宴』(ISBN 978-4122007079)、『十一世市川団十郎』(ISBN 978-4480802002)。 新潟県立糸魚川中学校、新潟高等学校を経て、1950年東京大学文学部哲学科卒業、同大学院中退。東京都立上野高等学校教員ののち、1959年中央公論社に入り、『婦人公論』副編集長など、1966年編集局次長で退職し、作家となる。1968年「糸魚川心中」で直木賞候補、1969年「B少年の弁明」で直木賞候補。
西丸 與一(にしまる よいち、1927年3月14日 - 20… 西丸 與一(にしまる よいち、1927年3月14日 - 2020年4月3日)は、日本の医師、法医学者、作家。横浜市立大学名誉教授。元「ぱしふぃっくびいなす」船医、監察医。 東京府出身。横浜医科大学卒業。 1950年から神奈川県監察医の任にあたり、数多くの事故、事件の検死解剖、鑑定にも携わった。その体験を書いた『法医学教室の午後』正(1982年、朝日新聞社出版局、のち朝日文庫)・続(1984年、朝日新聞社出版局、のち朝日文庫)は、1985年、1986年と日本テレビ系列でTVドラマになった。同シリーズの続編として『法医学教室との別れ』(1992年、朝日新聞社)がある。 1954年から1992年まで横浜市立大学医学部に勤務し、法医学を担当。
石牟礼 道子(いしむれ みちこ、1927年(昭和2年)3月1… 石牟礼 道子(いしむれ みちこ、1927年(昭和2年)3月11日 - 2018年(平成30年)2月10日)は、日本の小説家・詩人・環境運動家。 主婦として参加した研究会で水俣病に関心を抱き、患者の魂の訴えをまとめた『苦海浄土ーわが水俣病』(1969年)を発表。ルポルタージュのほか、自伝的な作品『おえん遊行』(1984年)、詩画集『祖さまの草の邑』(2014年)などがある。 石牟礼道子は1927年3月11日白石亀太郎(当時34歳)と吉田ハルノ(当時24歳)の長女として、熊本県天草郡河浦町(現・天草市)に生まれる。父や祖父は石工であり、道子という名は道路が完成することを予祝して、 家族全員が考えて、名付けられた。
重兼 芳子(しげかね よしこ、1927年3月7日 - 199… 重兼 芳子(しげかね よしこ、1927年3月7日 - 1993年8月22日)は、小説家。北海道空知郡上砂川町生まれ。福岡県立田川高等女学校(現・福岡県立西田川高等学校)卒業。 1946年、プロテスタントの洗礼を受ける。1947年に結婚し主婦となる。1969年に「一路」短歌会に入会し歌人として文学活動を出発。同人雑誌『まくた』に参加、日本民主主義文学同盟の「文学教室」や駒田信二の小説教室に通い、1978年、『まくた』に載せた「ベビーフード」、「髪」で続けて芥川賞候補となり、『文學界』掲載の「やまあいの煙」で1979年、芥川賞受賞、主婦作家として話題になった。 しかしその後、がん宣告を受けて大手術の後夫を失うという経験を経て、老い、病、死についての著作を精力的に執筆、がんの再発により66歳で死去した。
神坂 次郎(こうさか じろう、1927年3月2日 - 202… 神坂 次郎(こうさか じろう、1927年3月2日 - 2022年9月6日)は、日本の小説家。本名、中西久夫。三田文学会員。社団法人日本ペンクラブ理事。 1927年3月2日、和歌山県和歌山市出身。1943年4月、陸軍航空学校に入校し、鹿児島県知覧飛行場を経て、航空通信隊員として愛知県小牧飛行場で任務時に終戦を迎える。終戦に際し、日本陸軍の暗号書等の重要書類を処分する役目を荷った[要出典]。書類を燃やしながら涙が止めどなく流れたと後に回想している[要出典]。 戦後、故郷に帰り、株式会社淺川組の土木技師として24年間従事。 後に演劇関係の仕事に就き、長谷川伸と知り合い、時代小説を書き始める。1982年、『黒潮の岸辺』にて第2回日本文芸大賞受賞。
粟根 昭二郎(あわね しょうじろう、1927年2月25日 -… 粟根 昭二郎(あわね しょうじろう、1927年2月25日 - )は日本の七宝工芸作家。長男は七宝工芸作家の粟根仁志。広島における七宝制作・普及の草分け的存在であると共に、西日本においての先駆者。 広島県三原市糸崎町で粟根豊一の長男に生まれる。1965年に妻・知恵と結婚して以降七宝の技術を学び始め、広島市に夫婦で七宝教室を開設。1977年に第24回日本伝統工芸展に初入選。1984年には日本工芸会正会員に認定され、同諸工芸部会幹事や同諸工芸部会展実行委員を歴任。2005年に地域文化功労者表彰(文部科学大臣)を受賞した。 七宝を始めた当初、西日本には指導者がおらず、全国の工房や美術館などを巡り、独学で技術を身につけた。
岩本 敏男(いわもと としお、1927年2月17日 - 20… 岩本 敏男(いわもと としお、1927年2月17日 - 2001年6月7日)は、日本の児童文学作家、作詞家。 京都生まれ。立命館大学中退。 上野瞭らと「馬車の会」を結成。その傍ら古田足日らの「児童文学実験集団」にも参加。1971年「馬車」に発表した連作をナンセンス童話『赤い風船』として刊行。 1980年『からすがカアカアないている』で第11回赤い鳥文学賞を受賞。 加山雄三の「俺は海の子」(作曲:弾厚作)、童謡「でかちびのっぽ」(大中恩作曲)などの作詞家でもある。
結城 昌治(ゆうき しょうじ、1927年2月5日 - 199… 結城 昌治(ゆうき しょうじ、1927年2月5日 - 1996年1月24日)は、日本の小説家・推理作家。本名:田村 幸雄。都筑道夫の命名によるこの筆名は、本来「ゆうき・まさはる」と読ませたが、しょうじと誤読されることが多いため、そのまましょうじとなった。 まだ日本にハードボイルド小説というものが浸透していなかった時期にハードボイルドを書いたことから「ハードボイルド小説の先駆者」といわれる。生島治郎の筆名の名付親でもある。ユーモアミステリも多く、この分野においても天藤真を奮起させるなど、先覚の位置を占める。 1927年、東京市品川区生まれ。1939年、戸越小学校卒業。旧制中学受験に失敗して1年浪人する。
三国 洋子(みくに ようこ、1927年1月28日 - )は、… 三国 洋子(みくに ようこ、1927年1月28日 - )は、日本の小説家。北海道函館市出身。 北海道庁立函館高等女学校卒業。1946年から1959年まで、函館市立函館幼稚園で幼稚園教諭として勤務。1963年、「雨のあと」にて、第1回文化評論新人賞短編小説部門入選。1960年代から函館で文学運動を続け、リアリズム研究会から日本民主主義文学同盟に所属した。
児島 襄(こじま のぼる、1927年1月26日 - 2001… 児島 襄(こじま のぼる、1927年1月26日 - 2001年3月27日)は、日本の作家、戦記作品を多数著した。
中野 武彦(なかの たけひこ、1927年1月23日 - 20… 中野 武彦(なかの たけひこ、1927年1月23日 - 2004年9月5日)は、大阪市出身の日本の小説家。 1927年(昭和2年)、大阪市東区(現中央区)内淡路町にあった、古くから続く薬種問屋の三男坊として生まれる。1939年(昭和14年)、旧制大阪府立生野中学校入学と同時に、甲子園口に転居。その後、広島高等学校に進学する。この頃から甲子園口の自宅近くに住む、若き日の畔柳二美との親交が始まった。 1951年東京大学文学部仏文科を卒業し、電通に勤務する傍ら、佐多稲子、埴谷雄高ら作家と交友を深め、「新日本文学」などに文芸評論を寄せた。畔柳二美とは約20年間、共同生活を送った。二美は1965年死亡した。
白崎 昭一郎(しらさき しょういちろう、1927年1月17日… 白崎 昭一郎(しらさき しょういちろう、1927年1月17日 - 2014年8月3日)は、作家、歴史家、医師。 東京生まれ。1950年京都大学医学部卒。開業医、福井保健所長、福井工業大学教授、97年定年退職。『福井県史』古代史部会の副部会長などを務めた。
玉田 泰太郎(たまだ やすたろう、1927年1月10日 - … 玉田 泰太郎(たまだ やすたろう、1927年1月10日 - 2002年)は、日本の著作家、小学校理科教師。 愛媛県出身。東京理科大学数学科卒。渋谷区立長谷戸小学校など公立小学校の教員。科学教育研究協議会会員。
伊藤 晃(いとう あきら、舘野晃、1927年(昭和2年)- … 伊藤 晃(いとう あきら、舘野晃、1927年(昭和2年)- )は日本の作家である。 伊藤晃こと舘野晃は、千葉縣東葛飾郡流山町にて生まれる。 旧制東葛飾中学校(現:千葉県立東葛飾中学校・高等学校)を経て、早稲田大学文学部を卒業した。
辻 蟻郎(つじ ありろう、1927年 -)は日本の小説家、推… 辻 蟻郎(つじ ありろう、1927年 -)は日本の小説家、推理作家。東京市下谷区入谷町(現台東区入谷)生まれ。『宝石』(辻五郎名義)、『幻影城』に短編が掲載されている。 本名は鈴木正昭。國學院大學卒。1963年と1964年に、推理小説誌『宝石』で短編推理小説が入選し、掲載された(辻五郎名義)。1977年、探偵小説専門誌『幻影城』の第2回幻影城新人賞小説部門で「拒まれた死」が佳作となり、掲載された(入選作なし、辻以外の佳作は加藤公彦、霜月信二郎)。
崔碩義(チェ・ソギ、1927年 - 2021年8月)は、韓国… 崔碩義(チェ・ソギ、1927年 - 2021年8月)は、韓国出身、日本で活動した作家、翻訳家、評論家。 韓国慶尚南道泗川生まれ。立命館大学文学部哲学科卒。その後、在日朝鮮人運動(朝鮮新報社)の活動にたずさわる。1980年から朝鮮近世文学史を専攻し、執筆活動を始める。在日朝鮮人運動史研究会会員。娘は山下英愛。
原子 昭三(はらこ しょうぞう、1927年(昭和2年) - … 原子 昭三(はらこ しょうぞう、1927年(昭和2年) - 2013年(平成25年)9月3日)は、日本の著作家、教育者。元中学校教諭、元弘前市議。青森県弘前市出身。 青森県神社総代連合会理事、財団法人養生会理事、日本会議青森県本部運営委員長。 「東京裁判史観」、「日本侵略論」を批判する立場で、数冊の著書がある。
紅山 雪夫(べにやま ゆきお、1927年 - 2020年5… 紅山 雪夫(べにやま ゆきお、1927年 - 2020年5月8日)は、日本の旅行作家。 大阪府豊中市生まれ。旧制豊中中学、大検を経て、東京大学法学部卒業。日本旅行作家協会理事を務める。毎年平均して150日間ぐらいは海外を歩き回っていたという。主な守備範囲はヨーロッパ、北アフリカ、西アジアからインド亜大陸まで。海外経験による写真、外国語、歴史、民俗への関心を多くの著書として著した。一連の著作は「添乗員のバイブル」とも呼ばれた。2020年5月8日、新型コロナウイルス感染症のため、死去。93歳没。
宮脇 俊三(みやわき しゅんぞう、1926年〈大正15年〉1… 宮脇 俊三(みやわき しゅんぞう、1926年〈大正15年〉12月9日 - 2003年〈平成15年〉2月26日)は、日本の編集者、紀行作家。元中央公論社常務取締役。鉄道での旅を中心とした作品を数多く発表した。 父は陸軍大佐で後に衆議院議員となった宮脇長吉。娘に作家の宮脇灯子。 編集者として日本出版史に残る企画に数多く携わり、名編集者と謳われる。作家北杜夫を世に出したのも功績の一つである。紀行作家としては、地理や歴史の深い教養に裏打ちされた簡潔かつ格調高く、軽妙なユーモアにあふれた文章を書くことで知られる。また熱心な鉄道ファンでありながら、専門用語などを殊更に羅列したり、評論家ぶったりするなどの、ごく一部の趣味者に見られる嫌味さが作品内にはほとんどなく、飄々とした文体が多くの人々に受け入れられ、鉄道ファンにとどまらない多くの愛読者を惹きつける。
尾崎 健一(おざき けんいち、1926年(大正15年)12月… 尾崎 健一(おざき けんいち、1926年(大正15年)12月6日 - 2018年(平成30年)11月28日)は、日本の元陸上自衛隊防衛事務官、社会保険労務士、都山流尺八師範、著作家。 現在の愛知県半田市に生まれる(岐阜県生まれとなっている著書もあるが、両親が岐阜県出身である)。明治大学法学部卒業後、防衛庁(現・防衛省)に入庁。陸上自衛隊事務官任官、練馬駐屯地勤務。1960年、長男の尾崎康が誕生。1965年(昭和40年)11月29日、次男の尾崎豊が誕生。1972年(昭和47年)頃から趣味を探しその結果尺八と短歌を習い始める。そして朝霞駐屯地勤務を経て、防衛庁退官後3年以内に社会保険労務士となる。 1992年(平成4年)4月25日、しかし次男の尾崎豊が死去し、彼にまつわるエッセイなどを数多く出版する。
野村 敏雄(のむら としお、1926年11月28日 - 20… 野村 敏雄(のむら としお、1926年11月28日 - 2009年6月30日)は、日本の作家。 現在の東京都新宿区の生まれ。明治学院大学英文科卒。長谷川伸の新鷹会に所属。1955年「老眼鏡と土性骨」で直木賞候補。1986年「安永三年の絵師」でサンケイ児童出版文化賞受賞、2001年第36回長谷川伸賞受賞。 時代小説のほか麻雀小説も書き、漫画の原作になっている。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
木村 裕主(きむら ひろし、1926年11月19日 - 20… 木村 裕主(きむら ひろし、1926年11月19日 - 2007年8月22日)は、ノンフィクション作家。 群馬県生まれ。東京外国語大学イタリア語学科卒業。毎日新聞記者を務め、ローマ特派員、編集委員を経て、東京外国語大学講師、外務省専門調査員・在イタリア日本大使館広報文化担当官などを歴任した。ノンフィクション作家の塚本哲也は実弟で、同じく毎日新聞記者出身。1990年に、63歳で、『ムッソリーニを逮捕せよ』で第12回講談社ノンフィクション賞を受賞、先に受賞していた塚本哲也に続く兄弟受賞となった。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
園田 てる子(そのだ てるこ、1926年11月12日 - 1… 園田 てる子(そのだ てるこ、1926年11月12日 - 1976年5月11日)は、日本の小説家。 埼玉県生まれ。実家は石山家で、金物店。本名・照子。1943年熊谷高等女学校卒。1945年8月14日に園田芳男(1920- 航空技師、戦後は高校の数学教師)と結婚する。1950年頃から倶楽部雑誌や学習雑誌に小説を発表。次第に官能小説が多くなり、トルコ風呂(本番はなし)での体当たり体験ルポなども書いた。女流推理作家の集まり「霧の会」の会員でもあった。晩年は歴史小説に挑むが、自動車に撥ねられて即死した。
柴野 拓美(しばの たくみ、1926年10月27日 - 20… 柴野 拓美(しばの たくみ、1926年10月27日 - 2010年1月16日)は、日本のSF翻訳家、SF作家、SF研究家・評論家。 日本初のSFファングループ『宇宙塵』の主宰者として知られ、同名の同人誌の編集長を務めた。アマチュア作家をプロに育てる才能でも有名だった。 石川県金沢市出身。父・柴野為亥知(ためいち)は陸軍軍人にして詩人・画家でもあり、多数の軍歌を作詞・作曲し、満州映画協会の創設にも関わった。小学校時代から山中峯太郎や海野十三に傾倒。東京で青山学院に入学するが、のち金沢に戻り、金沢二中から四修(飛び級)で第四高等学校に進む。 実父が陸軍大佐であった事から「軍」に関しては複雑な心境を持っていた。
和巻 耿介(わまき こうすけ、1926年10月11日 - 1… 和巻 耿介(わまき こうすけ、1926年10月11日 - 1997年10月14日)は、日本の作家、翻訳家。 兵庫県(大阪府)生まれ。本名・義一。1953年明治学院大学文学部英文科卒。役所勤務、教師などを経て文筆家。新鷹会会員。時代小説や怪奇ものを書き、翻訳した。 1972年池内祥三文学奨励賞受賞。
出雲井 晶(いずもい あき、1926年9月11日 - 201… 出雲井 晶(いずもい あき、1926年9月11日 - 2010年5月16日)は、日本の作家、日本画家。『「日本の神話」伝承館』館長、『「日本神話の心」伝承の会』会長。日本会議代表委員であった。本名は光定芳子。 北海道岩見沢町(現:岩見沢市)生まれ。旧制和歌山高等女学校卒業。「出雲井晶」というペンネームは、一時期住んでいた島根県の出雲大社に由来している。 日本画家としては日仏現代美術展、パリ・ル・サロン展等に入選、内閣総理大臣賞2回、文部大臣賞2回、パリ芸術大賞を受賞している。 作家としてのデビュー作品は、自らの高齢者介護体験をもとにした小説「花かげの詩」。初期は福祉関連での著作や画文集などが主であった。
星 新一(ほし しんいち、本名:星 親一、1926年〈大正1… 星 新一(ほし しんいち、本名:星 親一、1926年〈大正15年〉9月6日 - 1997年〈平成9年〉12月30日)は、日本の小説家、SF作家。 父は星薬科大学の創立者で星製薬の創業者・星一。森鷗外は母方の大伯父にあたる。本名の親一は父・一のモットー「親切第一」の略である(弟の名前の協一は「協力一致」の略)。父の死後、短期間星製薬の社長を務めたことがあり、日本の有名作家としては辻井喬こと堤清二と並んで稀有な東証一部上場企業(当時)の社長経験者である。 膨大な作品量でありながら、どの作品も質の高さを兼ね備えていたところから「ショートショート(掌編小説)の神様」と呼ばれているが、『明治・父・アメリカ』、父親や父の恩人花井卓蔵らを書いた伝記小説『人民は弱し 官吏は強し』などのノンフィクション作品もある。
右遠 俊郎(うどお としお、1926年9月1日 - 2013… 右遠 俊郎(うどお としお、1926年9月1日 - 2013年10月11日)は、日本の作家・文芸評論家。 岡山県生まれ。少年期を大連で過ごし、旅順高等学校に進む。戦後、東京大学国文科卒。『新日本文学』などに小説、評論を発表。1959年「無傷の論理」で芥川賞候補(この時は該当者なしだった)。その後日本民主主義文学会(当時の名称は文学同盟)に加入する。1989年『小説朝日茂』で多喜二・百合子賞受賞。 2013年10月11日に肺炎のため死去。87歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
高橋 貞子(たかはし さだこ、1926年〈大正15年〉8月2… 高橋 貞子(たかはし さだこ、1926年〈大正15年〉8月27日 - 2017年〈平成29年〉5月または6月)は、日本の作家、民話収集家。岩手県下閉伊郡岩泉町岩泉乙茂出身。岩手県立盛岡高等女学校(現・岩手県立盛岡第二高等学校)卒業。岩手県庁地方課勤務。日本口承文藝学会・日本民話の会・岩泉民間伝承研究会 会員。 1926年8月27日、岩手県下閉伊郡岩泉町岩泉乙茂に生まれる。1944年3月、岩手県立盛岡高等女学校卒業。同年4月より岩手県庁地方課勤務。 幼少時に両親や祖父母から多くの昔話を聞いて育つ。母親として子宝に恵まれたことを機に、幼少時に聞いた昔話や、周囲の人々からの昔話の採集を始める。 岩手県庁勤務時代、郷土史家・平野直の薦めで昔話集『火っこをたんもうれ』(1977年)を出版。
原田 一美(はらだ かずみ、1926年8月24日 - 201… 原田 一美(はらだ かずみ、1926年8月24日 - 2016年3月1日 )は、日本の児童文学作家。日本児童文学者協会会員。徳島ペンクラブ理事。徳島県麻植郡(現・吉野川市)山川町出身。 1947年徳島師範学校本科卒業後、県内の小学校・中学校で教員を務めたほか、徳島市教育委員会・徳島県教育委員会などで勤務、1987年3月、徳島市立富田小学校校長を最後に退職。 1961年に出版された『ホタルの歌』は第1回学研児童文学賞ノンフィクション部門を受賞、全国学校図書館協議会課題図書にも選定された。その後、『出会いがあって』で第1回石森延男児童文学賞を受賞。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
飯尾 憲士(いいお けんし、1926年8月21日 - 200… 飯尾 憲士(いいお けんし、1926年8月21日 - 2004年7月26日)は、日本の小説家。大分県竹田市生まれ。 父は1916年に日本統治下の朝鮮・京城から渡日した朝鮮人、母は日本人で、戸籍上は母の私生児であった。旧制竹田中学を卒業後、1944年陸軍航空士官学校に入学するも、終戦のため中途退学。1949年第五高等学校文科卒。新制高校の教師や、業界誌編集などの後、文筆業などに従事した。 1964年「炎」(『詩と眞實』)で芥川賞候補、『文學界』に転載される。1975年初の著書を刊行、1978年父の秘密を描いた「海の向うの血」ですばる文学賞佳作。1980年「ソウルの位牌」で、1981年「隻眼の人」で芥川賞候補、1982年、終戦直後に自決した航空士官学校時代の自身の区隊長であった上原重太郎大尉の真相を追う『自決』が直木賞候補となり注目される。
佐々 克明(さっさ かつあき、1926年(大正15年)8月9… 佐々 克明(さっさ かつあき、1926年(大正15年)8月9日 - 1986年(昭和61年)10月20日)は、日本のジャーナリスト、作家。「東アジアの古代文化を考える会」会員。 政治学者・佐々弘雄の長男として、福岡県福岡市に生まれる。警察官僚の佐々淳行は弟、女性運動家で参議院議員の紀平悌子は妹、母方の祖父に図書館学者・和田万吉がいる。 成蹊高等学校を経て新潟医科大学中退、1949年東京大学法学部を卒業後、朝日新聞社に入社。社会部などに勤務したが、1981年退社。 朝日新聞社在職中から歴史関係のライターとして活動。退社後はビジネス書も執筆したほか、朝日を批判する『病める巨象・朝日新聞私史』も上梓した。
八木 大介(やぎ だいすけ、1926年8月9日 - 2012… 八木 大介(やぎ だいすけ、1926年8月9日 - 2012年4月20日)は、日本の作家、政治家。位階は正五位。参議院議員(1期)。本名は木本 平八郎(きもと へいはちろう)。 大阪府枚方市出身。1951年、京都大学経済学部を卒業し、協和交易(後の三菱商事)へ入社。コロンビア三菱商事副支配人や機械総括部次長などを務める。1981年3月に『青年重役』が日本経済新聞の懸賞経済小説に当選し、著述業にも手を広げた。 1983年5月1日、定年まで1年半を残して退社。翌月の第13回参議院議員通常選挙に家族の反対を押し切って立候補し、サラリーマン新党から比例区で当選を果たす。この時、数年の間に大きく境遇が変化したことを「経済学部から文学部に移って、今度は法学部に来てしまったようなもの」と喩えた。
小林 力(こばやし りき、1926年8月3日 - 2016年… 小林 力(こばやし りき、1926年8月3日 - 2016年10月26日)は、日本の小説家。 栃木県足利市生れ。本名読み・つとむ。旧制松本高等学校を経て、1951年東京大学経済学部経済学科卒業。朝日新聞社勤務。定年退職後、大学講師、番組制作編集会社に勤務するかたわら、エッセイなどの執筆活動に入り、『旋風喜平次捕物捌き』で小説家デビュー。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
香山 彬子(かやま あきこ、1926年7月15日 - 199… 香山 彬子(かやま あきこ、1926年7月15日 - 1999年10月2日)は、日本の児童文学作家。宗教法人「道会」の第4代会長(1981 - 1999)。 東京出身。東京女子医科大学卒業。1966年「シマフクロウの森」で第7回講談社児童文学新人賞を受賞してデビュー。同作で第14回サンケイ児童出版文化賞受賞。1979年の『とうすけさん笛をふいて!』で第5回日本児童文芸家協会賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
金田 常代(かねだ つねよ、1926年〈大正16年〉6月21… 金田 常代(かねだ つねよ、1926年〈大正16年〉6月21日 - 1988年〈昭和63年〉3月30日)は、日本の画家・絵本作家。茨城県古河市生まれ。 小学校・幼稚園の教師を経て、自由で豊かな感性を育む子どものためのアトリエを開設。アジア各地を旅し、長年にわたって子どもをテーマに絵を描き続けた。 代表作「ロミラの夢」(偕成社)は、1982年に絵本にっぽん賞を受賞した作品で、英語および韓国語にも翻訳・出版されている。 1926年(大正16年) - 茨城県古河市に生まれ、4人姉妹の末娘として育つ。 1948年(昭和23年) - 行動美術研究所にて向井潤吉、高井貞二に師事、本格的な絵の勉強を始める。
森田 功(もりた いさお、大正15年(1926年)6月16日… 森田 功(もりた いさお、大正15年(1926年)6月16日 - 平成10年(1998年)3月3日)は、日本の医師・作家。 大正15年(1926年)6月16日三重県一志郡竹原村(美杉村竹原宝生を経て現三重県津市)に生まれる。父は竹原村村長を務める森田治と母きみの四男として誕生した。昭和8年(1933年)竹原尋常小学校に入学した。小学校時代成績は万年2位、悪童5人組の年長者で腕白だったと伝えられる。昭和14年(1939年)三重県立第一中学(現三重県立津高等学校)の受験に失敗、1浪後の翌年入学した。昭和20年(1945年)旧制広島高等学校理科に入学したが、8月6日軍需工場で労働作業中に被爆し、3日後三重の実家へ帰郷した。
真木 洋三(まき ようぞう、1926年5月27日 - 200… 真木 洋三(まき ようぞう、1926年5月27日 - 2005年1月16日)は、日本の作家。ジャーナリスト。 福岡県生まれ。本名・石丸守孝。九州大学経済学部卒。民間テレビ放送基幹局営業部長を歴任。 2005年、膵臓癌のため死去、78歳。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
安藤 昇(あんどう のぼる、1926年(大正15年)5月24… 安藤 昇(あんどう のぼる、1926年(大正15年)5月24日 - 2015年(平成27年)12月16日)は、日本の元ヤクザ、俳優、小説家、歌手、プロデューサー。東京府豊多摩郡(のちに東京市淀橋区)東大久保天神下(現・東京都新宿区新宿6丁目)出身。 サラリーマンの三男一女の長男として大久保天神下で生まれる。小学3年時に6年の番長を刺し学校を制圧。神奈川県川崎市立川崎中学校に進学するも喧嘩に明け暮れ、濡れ衣を着せられ、15歳で調布市の感化院に入れられる。旧制中学校時代は転校を繰り返し、父の満州転勤に伴い16歳のとき満州に渡り、奉天第一中学校に進学。同校退学後内地へ戻り、京王商業転入。不良学生を束ねて加納貢と意気投合し兄弟分になる。
砂田量爾(すなだ りょうじ、1926年5月21日 - 201… 砂田量爾(すなだ りょうじ、1926年5月21日 - 2015年3月23日)は、日本のシナリオ作家。 愛媛県今治市出身。旧制松山高校から大阪帝国大学(現・大阪大学)理学部化学科卒。理学部へ進んだのは「一種の徴兵拒否」が目的と話したことがある。教師になるが一年で上京、欧文のタイピング、翻訳、オーディオの製造販売から物作りが得意なことを活かして闇市で売るなどさまざまな職を転々とする。初めて書いた脚本は、岩波映画の子供向け科学映画。友人にTBSの「七人の刑事」のスタッフに紹介されて脚本を1本書いたら採用され、1962年から「七人の刑事」のシナリオに参加、以後テレビドラマ、演劇台本などを多く書いた。「風の色」「風の町」「娘たちの四季」などがある。
堀越 暢治(ほりこし のぶじ1926年5月11日‐2017年… 堀越 暢治(ほりこし のぶじ1926年5月11日‐2017年8月30日)は、日本の牧師、著作家。 1926年群馬県桐生の神社の息子として生まれる(神官だった父親も後にクリスチャンになる)。1962年、日本基督神学校卒業後、日本基督長老教会四日市教会牧師に就任したが、1999年に辞任。1999年5月に創愛キリスト教会を開拓した。その後、教会に創造の真実を伝えるための記念館「ノアの箱船記念館」を創立。2017年8月30日、召天。 1970年4月から1974年4月まで、ソルドの後をついで日本基督神学校の校長を務める。また、東京キリスト教学園理事と「めぐみ園」の園長を務める。その傍ら多数の著書を著す。
河野 多惠子(こうの たえこ、1926年(大正15年)4月3… 河野 多惠子(こうの たえこ、1926年(大正15年)4月30日 - 2015年(平成27年)1月29日)は、日本の小説家。本名・市川多惠子(旧姓・河野)。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。位階は従三位。 心身の被虐をテーマにした『幼児狩り(英語版)』(1962年)で認められ、『蟹』(1963年)で芥川賞を受賞。以後、自身の性を客観視できる作家として、文壇的地歩を固めた。ほかに『不意の声』(1968年)、『回転扉』(1970年)など。 大阪府生まれ。西道頓堀の椎茸問屋の娘。1947年(昭和22年)旧制大阪府女子専門学校経済科(新制大阪女子大学の前身、現大阪府立大学)卒業。1950年(昭和25年)、丹羽文雄主宰の『文学者』同人となる。
八剣 浩太郎(やつるぎ こうたろう、1926年4月23日 -… 八剣 浩太郎(やつるぎ こうたろう、1926年4月23日 - 2009年6月8日)は、日本の小説家。本名、岡田稔。北海道生まれ。明治大学卒。 教師や新聞記者を経て、文筆業に入る。江戸時代を舞台にした時代小説を書き、桔梗之介を主人公とする『孤剣奥の細道』以下の作品などがある。 2009年6月8日、胆管癌のため死去。
戸部 新十郎(とべ しんじゅうろう、1926年(大正15年)… 戸部 新十郎(とべ しんじゅうろう、1926年(大正15年)4月8日 - 2003年(平成15年)8月13日)は、日本の小説家。 石川県七尾市生まれ。祖先は戦国時代に今川義元に属した尾張笠寺城主の戸部新左衛門政直である。この「戸部新左衛門」という名は、尼子騒兵衛の漫画「落第忍者乱太郎」の登場人物「戸部新左ヱ門」(忍術学園の教師)の由来になっている。また、「新十郎」という名は戸部新左衛門政直の息子の名であり、戸部の父が祖先の名にあやかって命名したそうである。スポーツライターの戸部良也は弟。 金沢一中(現石川県立金沢泉丘高等学校)卒業、早稲田大学政治経済学部中退。北国新聞社記者を経て、作家となる。クラブ雑誌に多岐流太郎の筆名で時代小説を書きはじめていたが、昭和四十年代に入ると長谷川伸創始の「新鷹会」の同人となり、筆名を本名の「戸部新十郎」に改めた。