茜谷 幸子(あかねや さちこ、1955年〈昭和30年〉4月9… 茜谷 幸子(あかねや さちこ、1955年〈昭和30年〉4月9日 - )は、秋田放送(ABS)の元アナウンサー。秋田県秋田市出身。 早稲田大学教育学部教育学科卒業後、1980年にABS入社。 大学時代は陸上部に所属。大学生時代、家に居る時は朝から晩までずっとラジオを点けており、ラジオが生活に密着していたことから自然とアナウンサーになりたいと思うようになっていったという。 2009年2月をもってアナウンサー職を離れた。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
平沼貞次(ひらぬま さだじ、1954年4月9日 - )は日本… 平沼貞次(ひらぬま さだじ、1954年4月9日 - )は日本の財務官僚。血液型はB型。国税不服審判所次長などを歴任。 宮城県仙台市出身(父は大阪府、母は北海道)。宮城県仙台第一高等学校、東京大学法学部卒業。1978年 大蔵省入省(理財局国有財産総括課)。1983年7月 相馬税務署長。1994年7月 関東財務局理財部長。1999年7月 沖縄開発庁振興局振興総務課長。2001年1月6日 内閣府沖縄振興局総務課長。2003年7月 国税庁長官官房企画課長。2004年7月2日 財務省大臣官房地方課長兼財務総合政策研究所次長。2006年7月28日 名古屋国税局長。2007年5月1日 預金保険機構総務部長兼RCC室長。
林 芳樹(はやし よしき、1954年4月9日 - )は、日本… 林 芳樹(はやし よしき、1954年4月9日 - )は、日本の社会学者・教育学者(教育社会学)。学位は、教育学修士(東京大学・1980年)。 椙山女学園大学教授、静岡県立大学国際関係学部教授、静岡県立大学大学院国際関係学研究科研究科長(第8代)などを歴任した。 1954年4月に生まれた。東京大学に進学し、教育学部の教育学科にて教育学を学び、1978年に卒業した。その後、東京大学の大学院に進学し、教育学研究科に在籍した。1980年に修士課程を修了し、1985年に博士課程を単位取得満期退学した。なお、修士課程修了に際して、東京大学から教育学修士の学位が贈られた。 東京大学の大学院を単位取得満期退学した1985年、椙山女学園大学に採用され、講師に就任した。
木村 典之(きむら のりゆき、1954年4月9日 - )は、… 木村 典之(きむら のりゆき、1954年4月9日 - )は、日本の経営者。井関農機社長を務めた。愛媛県出身。 1977年に早稲田大学商学部を卒業し、同年に井関農機に入社した。2007年に執行役員に就任し、2010年に常務を経て、2012年6月に社長に就任。2016年4月から非常勤顧問を務めた。
山内 としお(やまうち としお、1954年4月9日 - 、本… 山内 としお(やまうち としお、1954年4月9日 - 、本名:山内 貫太郎)は、日本の俳優。 東京都板橋区出身で、レジェンドタレントエージェンシー(旧・オフィス斉藤)所属。血液型O型。 4人兄弟の末っ子(兄2人、姉1人)。早稲田大学第一文学部英文学科卒業後、演劇集団 円の研究所で学ぶ。研究所生時代には、仲間同士で劇団を作ったり、ロック・ミュージカルを開催するなどして活動。円の研究所は2年で辞めてフリーとなる。 本名の「山内貫太郎」名義でデビュー、次いで「山内 真太郎」「山内 敏男」の芸名で芸能活動を行っていた。父親が必殺シリーズのプロデューサー・山内久司(故人)と知り合いだった縁から紹介されて同シリーズへの出演に至り、朝日放送テレビ制作の時代劇シリーズ『必殺仕事人シリーズ』で藤田まこと(故人)が演じる主人公・中村主水の上司「オカマの田中様」こと筆頭同心 田中(田中熊五郎)役で人気を博した。
脇坂 明(わきさか あきら、1953年4月9日 - )は、日… 脇坂 明(わきさか あきら、1953年4月9日 - )は、日本の経済学者。学習院大学経済学部教授。専門は、労働経済学。主要な研究テーマは、ワーク・ライフ・バランス、人事労務管理、女性労働などである。 日本経済学会、社会政策学会、日本人口学会、キャリアデザイン学会(常務理事)、日本労務学会に所属。内閣府男女共同参画会議 監視・影響調査専門会ワーキングチーム委員、東京都男女平等参画審議会委員(起草委員会委員、専門調査会会長)、東京都新宿区男女共同参画推進会議委員、厚生労働省今後の仕事と家族の両立に関する研究会委員などに従事。2007年学習院大学経済経営研究所でWLB(ワーク・ライフ・バランス)指標を開発。
寺坂 信昭(てらさか のぶあき、1953年4月9日 - )は… 寺坂 信昭(てらさか のぶあき、1953年4月9日 - )は、日本の通産官僚・経産官僚。 資源エネルギー庁電力・ガス事業部長、経済産業省大臣官房審議官(経済産業政策局担当)、原子力安全・保安院次長、経済産業省商務流通審議官、原子力安全・保安院院長(第5代)などを歴任。 1953年に生まれた。愛媛県立宇和島東高校を卒業し、東京大学に進学。経済学部にて経済学を学ぶ。1976年、東京大学を卒業。 1976年、通商産業省に入省した。同期には岡田克也、岡田秀一(経済産業審議官)がいる。大阪通商産業局総務部総務課長や、近畿通商産業局総務企画部総務課長を務めるなど、通商産業省の地方支分部局にて課長職を務めた。
えもり えりこ(1953年4月9日 - )は、日本の女性声優… えもり えりこ(1953年4月9日 - )は、日本の女性声優、ナレーター。埼玉県熊谷市出身。身長153cm。プロダクション・タンク所属。
稲増 龍夫(いなます たつお、1952年4月9日 - )は、… 稲増 龍夫(いなます たつお、1952年4月9日 - )は、日本の社会学者。法政大学社会学部教授。専門は社会心理学・メディア文化論。東京都出身。血液型はAB型。
西村 幸夫(にしむら ゆきお、1952年4月9日 - )は、… 西村 幸夫(にしむら ゆきお、1952年4月9日 - )は、日本の都市工学者。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻および同大学先端科学技術研究センター教授。東京大学副学長。工学博士。専門は都市計画、都市保全計画、都市景観計画、市民主体のまちづくり。
高橋 世織(たかはし せおり、男性、1951年4月9日 - … 高橋 世織(たかはし せおり、男性、1951年4月9日 - )は、日本の文芸評論家、日本映画大学教授(映画学部初代学部長)。光村図書出版中学校国語教科書編集委員。 石川県出身。石川県立小松高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部政治学科へ入学。卒業後は早稲田大学大学院文学研究科へ進む。その後、同博士課程満期退学。早稲田大学文学部助手、北海道大学文学部助教授を経て、1993年に早稲田大学政治経済学部教授。2005年まで早稲田大学政治経済学部および早稲田大学大学院文学研究科にてゼミナールを担当。早稲田大学芸術学校においても教鞭を執る。また、数多くのテーマカレッジやワークショップを企画・担当。2006年度より各地の大学および短期大学、専修学校で兼任講師、2007年度より東京工業大学世界文明センター特任教授等を歴任。
鈴木 達治郎(すずき たつじろう、1951年4月9日[要出典… 鈴木 達治郎(すずき たつじろう、1951年4月9日[要出典] - )は、日本の原子力工学者。長崎大学核兵器廃絶研究センター副センター長・教授、前センター長。元内閣府原子力委員会委員長代理(常勤)。2025年1月、パグウォッシュ会議の執行委員会委員長に選任された。同年3月に長崎大学を勇退。4月から、NPO法人のピースデポの代表を務める。 大阪府生まれ。1970年灘高等学校卒業。1975年東京大学工学部原子力工学科卒業。1978年マサチューセッツ工科大学プログラム修士修了。工学博士(東京大学)。専門は原子力政策、科学技術政策。 株式会社ボストン・コンサルティング・グループ、財団法人工業開発研究所国際エネルギー政策フォーラム、マサチューセッツ工科大学エネルギー環境政策研究センター、同国際問題センターに勤務、財団法人電力中央研究所社会経済研究所研究参事、東京大学公共政策大学院客員教授を歴任。
星子 誠一(ほしこ せいいち、1950年4月9日 - )は、… 星子 誠一(ほしこ せいいち、1950年4月9日 - )は、日本の編集者、実業家。元「Viva Rock」「SHOXX」「Création」「Zy.」創刊編集長。編集プロデューサー、クリエイティブ・ディレクター、イベントプロデューサーでもある。
菊池 節(きくち みさお、1950年4月9日 - )は、日本… 菊池 節(きくち みさお、1950年4月9日 - )は、日本の実業家。東京都出身。京葉瓦斯株式会社代表取締役会長。株式会社南悠商社代表取締役社長。パウダーテック株式会社代表取締役会長。K&Oエナジーグループ株式会社社外取締役。京成電鉄株式会社社外取締役。株式会社オリエンタルランド社外取締役。 東京都出身。上智大学大学院理工学研究科博士課程修了、理学博士(上智大学、1985年)。1976年11月株式会社南悠商社監査役、1977年1月高萩炭礦株式会社監査役、1997年1月同社取締役副社長、2003年1月株式会社南悠商社代表取締役副社長、2003年3月京葉瓦斯株式会社取締役、2014年6月パウダーテック株式会社代表取締役副会長、2016年6月同社代表取締役会長、2016年8月京葉瓦斯株式会社代表取締役副社長、2016年9月株式会社南悠商社代表取締役社長、2016年10月京葉瓦斯株式会社代表取締役会長、2020年3月K&Oエナジーグループ株式会社社外取締役、2020年6月京成電鉄株式会社社外取締役、2022年6月株式会社オリエンタルランド社外取締役。
森 民夫(もり たみお、1949年〈昭和24年〉4月9日 -… 森 民夫(もり たみお、1949年〈昭和24年〉4月9日 - )は、日本の政治家、建設官僚。新潟県長岡市長(5期)、全国市長会会長(第28代)などを歴任した。 新潟県長岡市生まれ。長岡市立四郎丸小学校、長岡市立南中学校、新潟県立長岡高等学校を経て、1972年、東京大学工学部建築学科を卒業。民間の設計事務所である市浦都市開発建築コンサルタンツ(現:市浦ハウジング&プランニング)に就職。 退職したのち、1975年に建設省に入省し、住宅局建設指導課に配属される。1987年茨城県土木部住宅課長、1990年建設省住宅局建設指導課建設専門官、1992年建設省住宅局住宅整備課地域住宅計画官を歴任した。建設省では東京ドーム建設計画に関わり、また1995年、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)では建築物危険度判定支援本部長を務めた。
塚本 靑史(つかもと せいし、1949年4月9日 - )は、… 塚本 靑史(つかもと せいし、1949年4月9日 - )は、日本の歴史小説作家。岡山県倉敷市生まれ。父は歌人の塚本邦雄。代表作に『霍去病』、『光武帝』、『始皇帝』、『煬帝』、『サテライト三国志』、『バシレウス』、『玄宗皇帝』など。 靑史が産まれた当時、父・邦雄は商社員として倉敷に在勤していた。邦雄の母方の叔父外村吉之介が館長をしていた倉敷民藝館に間借りしており、靑史はその敷地内で生まれた。1ヵ月後、邦雄の転勤に伴い島根県松江市へ転居。その地で3年を過ごす。 1952年、大阪府中河内郡盾津町(現東大阪市南鴻池町)へ居を移し、幼稚園から社会人に至るまでその地で育つ。少年時代の靑史は、野球、魚釣り、昆虫採集が好きなアウトドア派で、父と違ってあまり活字に親しむことはなかったという。
西森 弘志 ルイスことルイス・ヒロシ・ニシモリ(ポルトガル語… 西森 弘志 ルイスことルイス・ヒロシ・ニシモリ(ポルトガル語: Luiz Hiloshi Nishimori、1949年4月9日 - )は、ブラジルの政治家。ブラジル社会民主党所属のブラジル連邦下院議員(4期)。 ブラジル連邦共和国パラナ州マリアルバ市出身。高知市立高知商業高等学校、マリンガ州立大学商業科卒業。 パラナ州議会議員(2期)を経て、ブラジル連邦下院議員(4期)を務める。 2024年、旭日中綬章を受章。
塚本 靑史(つかもと せいし、1949年4月9日 - )は、… 塚本 靑史(つかもと せいし、1949年4月9日 - )は、日本の歴史小説作家。岡山県倉敷市生まれ。父は歌人の塚本邦雄。
本川 達雄(もとかわ たつお、1948年4月9日 - )は、… 本川 達雄(もとかわ たつお、1948年4月9日 - )は、日本の生物学者、シンガーソングライター。東京工業大学名誉教授。専攻は動物生理学。 1948年、宮城県仙台市で生理学者の本川弘一(後に東北大学総長)の息子として生まれる。宮城県仙台第一高等学校を経て、1971年、東京大学理学部生物学科(動物学)卒業。東京大学助手、琉球大学助教授、デューク大学客員助教授を経て、1991年より2014年まで東京工業大学教授。 研究対象は、キャッチ結合組織や、ホヤを題材にしたサイズの生物学(アロメトリー)など。キャッチ結合組織とは硬さが素早く変わる結合組織で、棘皮動物にのみ見られるもの。この組織が棘皮動物5つの綱すべてで働いていることを示し、硬さ変化の機構や変化の神経制御など、この分野を切り開いて行ったことで、世界の棘皮動物学者の間で名高い。
横山 リエ(よこやま りえ、本名:横山 真理子〈よこやま ま… 横山 リエ(よこやま りえ、本名:横山 真理子〈よこやま まりこ〉、1948年4月9日 - )は、日本の女優。 山形県山形市出身。山形県立山形中央高等学校卒業。 日本電信電話公社を退職後、劇団青俳研究生を経て、大島渚監督の映画『新宿泥棒日記』(1969年)にて主演デビュー。また若松孝二監督の『天使の恍惚』にも出演した。同作の中では歌も披露している。 その後は、映画やテレビドラマで助演に徹し、官能的な役柄や悪女を多数演じた。 現在は東京新宿でバー「新宿GOD」を経営。
桜井 憲(さくらい けん、1948年4月9日 - )は、茨城… 桜井 憲(さくらい けん、1948年4月9日 - )は、茨城県猿島郡境町出身の元プロ野球選手。ポジションは投手。 中学時代から投手で、地元茨城から進学した日大一高では、エースとして1966年の春季関東大会決勝で浅野高を降し優勝。夏の都大会では6回戦で敗退したが、本格派右腕として各球団から注目された。高校同期に投の二本柱であった保谷俊夫、捕手の村上修(富士重工業)がいた。 1966年第1次ドラフト会議で東映フライヤーズから1位指名を受け入団。1967年8月19日に南海ホークスを相手に初先発。しかし野村克也に本塁打を喫し、1回途中で降板を余儀なくされる。同年のジュニアオールスターにも出場。1968年には30試合に登板、うち10試合には先発として起用される。
小林 亜紀子(こばやし あきこ、1948年4月9日 - )は… 小林 亜紀子(こばやし あきこ、1948年4月9日 - )は、日本の芸能プロモーター。元女優。夫・俳優の高橋英樹と、長女・フリーアナウンサーの高橋真麻が所属していた芸能事務所「アイウエオ企画」の取締役である。本名:高橋 美恵子(たかはし みえこ)、旧姓名:松本 美恵子(まつもと みえこ)。 大阪市西区出身。神戸女学院中学部・高等学部、神戸女学院大学音楽学部声楽科卒業。 1970年代は女優として活動し、代表作に『マドモアゼル通り』『決めろ!フィニッシュ』『薩摩おごじょ』など。 実家は大阪市西区立売堀の機械金属商「松本恒商店」。二人姉妹の長女。幼い頃、家族から家業を継ぐものと決められていたということで、自分でもそう信じ込んでいたという。
河北 秀也(かわきた ひでや、1947年4月9日 - )は、… 河北 秀也(かわきた ひでや、1947年4月9日 - )は、日本のアートディレクター。日本ベリエールアートセンター主宰。東京芸術大学美術学部デザイン科名誉教授。福岡県久留米市出身。美術評論家河北倫明は伯父に当たる。 久留米大学附設高等学校、東京藝術大学卒業。藝大2年の時にサクマ製菓のキャンディ「いちごみるく」のデザインを手がける。東京藝術大学の卒業制作としては営団地下鉄の地下鉄路線図をデザインした(卒業には間に合わなかったものの、営団に正式に起用された)。 1974年、日本ベリエールアートセンターを設立。70年代から80年代にかけて営団地下鉄(現:東京メトロ)のマナーポスターをシリーズで手がける。
古田 求(ふるた もとむ、1947年4月9日 - )は、日本… 古田 求(ふるた もとむ、1947年4月9日 - )は、日本の脚本家。佐賀県佐賀市出身。
飯田 幸夫(いいだ ゆきお、1947年4月9日 - )は、神… 飯田 幸夫(いいだ ゆきお、1947年4月9日 - )は、神奈川県横浜市中区出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。
戸波 江二(となみ こうじ、1947年4月9日 - )は、日… 戸波 江二(となみ こうじ、1947年4月9日 - )は、日本の法学者。早稲田大学法学学術院教授。専攻は憲法、教育法。元司法試験第二次試験考査委員(2004年まで)。違憲審査制を中心に研究している。
室伏 きみ子(むろふし きみこ、1947年4月9日 - )は… 室伏 きみ子(むろふし きみこ、1947年4月9日 - )は、日本の生物学者・児童文学作家。学位は、医学博士(東京大学・課程博士・1976年)。国立大学法人お茶の水女子大学元学長・名誉教授。
堀池 信夫(ほりいけ のぶお、1947年4月9日 - 201… 堀池 信夫(ほりいけ のぶお、1947年4月9日 - 2019年12月21日)は、日本の中国思想史学者。学位は、文学博士(筑波大学・論文博士・1989年)(学位論文「漢魏思想史研究」)。筑波大学名誉教授。 静岡県富士宮市生まれ。1971年東京教育大学漢文学科卒、1975年同大学院博士課程中国古典学単位取得退学。1975年筑波大学専任講師、1984年助教授、1989年「漢魏思想史研究」で筑波大学より文学博士の学位を取得、およびサントリー学芸賞受賞。1998年筑波大哲学・思想学系教授・大学院人文社会科学研究科教授、1999年哲学・思想学系学系長、2002年大学院人文社会科学研究科哲学・思想専攻専攻長。
永島 義男(ながしま よしお、1947年4月9日 - )は日… 永島 義男(ながしま よしお、1947年4月9日 - )は日本のコントラバス奏者。東京都杉並区阿佐谷生まれ。2015年3月まで東京藝術大学教授を務め、永島の助教授時代および教授時代の通算25年間における同大学出身のコントラバス奏者は、ほとんどが弟子にあたる。 東京藝術大学卒業。在学中に安宅賞を受ける。27歳の時より、母校東京藝術大学で後進の指導を始める。ソロ、室内楽奏者として、リサイタル、オーケストラとの共演、室内楽、放送、TVなどに数多く出演する。また、現代音楽にも積極的に取り組み、邦人作品の初演なども数多く行ない1986年に第4回中島健蔵音楽賞を受ける。これまでに、マン島国際(イギリス)、泉の森国際、ボッテジーニ国際(イタリア クレマ)、宝塚ベガ、栃木コンセールマロニエ、秋吉台、等の国内外のコンクールの審査員も務める。
岡本 光一(おかもと こういち、1947年(昭和22年)4月… 岡本 光一(おかもと こういち、1947年(昭和22年)4月9日 - )は、日本の実業家・慈善家。キーエンス元常務取締役 兼 企画開発部長。公益財団法人プラザ・コム代表理事。 東京都出身。兵庫県宝塚市在住。1970年(昭和45年)立命館大学理工学部を卒業。電子技術エンジニアとして回路設計に携わっていたが、30歳手前の時に失業。 1975年(昭和50年)リード電機(現:キーエンス)に3人目の社員として入社。1977年(昭和52年)取締役、1986年(昭和61年)6月常務に就任(同年キーエンスに改称)。1994年(平成6年)に退職し、監査役を務めた。 阪神・淡路大震災をきっかけに、宝塚市内で日曜大工や手話のボランティアを始め、公益財団「プラザ・コム」を夫妻で設立。
八田 広子(はった ひろこ、1946年4月9日 - )は、日… 八田 広子(はった ひろこ、1946年4月9日 - )は、日本の政治家。元・日本共産党参議院議員(1期)、日本共産党中央委員会名誉役員。八田 廣子、八田 ひろ子とも。 愛知県名古屋市出身。名古屋市立名城小学校、名古屋市立前津中学校、愛知県立瑞陵高等学校卒業。 三井信託銀行(現・三井住友信託銀行)に就職。勤め始めてすぐに「女の子は1時間前に出勤して掃除するものだ」と上司に言われ、男女差別に矛盾を感じたのが政治の道に進むきっかけだったという。 1975年、岡崎市議会議員選挙に日本共産党公認で出馬し、初当選。3期連続で当選。新日本婦人の会の支部役員を務める。 1983年12月2日に岡崎市議を辞職。同年12月18日執行の第37回衆議院議員総選挙に旧愛知4区から立候補し落選。
髙樹 のぶ子(たかぎ のぶこ、1946年4月9日 - )は、… 髙樹 のぶ子(たかぎ のぶこ、1946年4月9日 - )は、日本の小説家。日本芸術院会員、文化功労者、元九州大学アジア総合政策センター特任教授(アジア現代文化研究部門)。本名は鶴田信子(つるた のぶこ)。 東京女子大短期大学部教養学部卒。出版社勤務を経て結婚し福岡に転居したころから、同人誌に作品を発表し始める。『その細き道』(1983年)以降、「遠すぎる友」「追い風」が次々と芥川賞候補となり、4度目の候補作『光抱く友よ』(1984年)で受賞。恋愛や友情、若い女性の心理を中心に、人間の本質に切り込む真率な作風が高く評価されている。
高樹 のぶ子(たかぎ のぶこ、1946年4月9日 - )は、… 高樹 のぶ子(たかぎ のぶこ、1946年4月9日 - )は、日本の小説家。元九州大学アジア総合政策センター特任教授(アジア現代文化研究部門)。本名は鶴田 信子(つるた のぶこ)。
樋口 隆一(ひぐち りゅういち、1946年(昭和21年)4月… 樋口 隆一(ひぐち りゅういち、1946年(昭和21年)4月9日 - )は、日本の音楽学者、指揮者。明治学院大学名誉教授。哲学博士(エバーハルト・カール大学テュービンゲン)。国際音楽学会副会長・日本選出理事。音楽文献目録委員会委員長。日本アルバンベルク協会常任理事。DAAD友の会元会長。 東京生まれ。祖父は樋口季一郎陸軍中将。叔父は作曲家の乾春男。麻布高校卒、慶應義塾大学文学部卒、同大学院修士課程修了。作曲理論を池辺晋一郎に学ぶ。ドイツ学術交流会(DAAD)奨学生として、西ドイツのエバーハルト・カール大学テュービンゲン(テュービンゲン大学)に留学し、音楽学をゲオルク・フォン・ダーデルセンに師事し、指揮法をアレクサンダー・スムスキーに師事した。
成田 アキラ(なりた あきら、1945年4月9日 - )は日… 成田 アキラ(なりた あきら、1945年4月9日 - )は日本の漫画家。佐賀県唐津市生まれ。東京都在住。既婚。 都立小石川高校卒業。明治大学工学部電気工学科卒業。日本艶主党党首。 佐賀県唐津市生まれ。中学1年生までを唐津で過ごす。1958年、両親が子供を大学へ行かせるために家族で上京。東京に転居。都立小石川高校、明治大学卒。明治大学で電気工学科へ進学したのは「この世は何で出来上がってるのか」を知りたくて、「この世は電気ででき上ってるんじゃないか」と考え、入学した。叔父でもある漫画家ムロタニ・ツネ象の下で漫画修行をする。26歳でデビュー作「チポー星のやつら」が園山俊二の目にとまり、それがきっかけで漫画サンデーで「フリフリダムダム」を2年間連載するが、性器を模ったキャラクターを主人公とするなど、あまりに内容が「前衛的」「飛んでる」という理由で打ち切りとなる。
佐藤 修二(さとう しゅうじ、1945年4月9日 - )は、… 佐藤 修二(さとう しゅうじ、1945年4月9日 - )は、日本の天文学者。名古屋大学理学部名誉教授。専門は赤外線天文学。 福岡県出身。1968年京都大学理学部物理学科卒業、1973年京都大学大学院理学研究科物理学第二専攻博士課程修了、理学博士号を取得した。同年京都大学理学部助手、1987年東京大学附属東京天文台助教授、翌1988年国立天文台光学・赤外線天文学研究系助教授、1992年名古屋大学理学部教授。2003年名古屋大学大学院理学研究科教授。 大学院時代は宇宙線研究室に所属し、奥田治之に師事した。佐藤の弟子に田村元秀がいる。日本天文学会・アメリカ天文学会会員。 1970年代、天体赤外線望遠鏡を長野県上松町の山中に建設して、我が国の赤外線天文学の端緒を拓いた。
宇山 日出臣(うやま ひでお/ひでおみ、1944年4月9日 … 宇山 日出臣(うやま ひでお/ひでおみ、1944年4月9日 - 2006年8月3日)は、日本の文芸編集者。本名、宇山秀雄。戸川安宣とともに、ミステリ小説のジャンル「新本格」の仕掛け人として知られる。 京都市出身。同志社大学を卒業後、三井物産に入社するが、2年後の1969年、中井英夫『虚無への供物』を文庫化したいという思いから、講談社に途中入社する。すぐに星新一宅を訪れて、1971年『エヌ氏の遊園地』を講談社文庫から刊行。1974年3月、『虚無への供物』を講談社文庫のAXシリーズ(日本SF・ミステリのレーベル)の最初の本として刊行開始し、また同1974年に「海外SF・ミステリのレーベル」であるBXシリーズも刊行開始する。
黒川 博昭(くわかわ ひろあき、1943年4月9日 - )は… 黒川 博昭(くわかわ ひろあき、1943年4月9日 - )は、日本の経営者。富士通社長を務めた。埼玉県出身。 1967年に東京大学法学部を卒業し、同年に富士通信機製造に入社。1999年6月に取締役に就任し、2001年4月に常務を経て、2003年6月に社長に就任。2008年6月から相談役を務めた この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
井口 武雄(いのくち たけお、1942年4月9日 - )は、… 井口 武雄(いのくち たけお、1942年4月9日 - )は、日本の経営者。三井海上火災保険社長を務めた。 長野県上伊那郡南箕輪村出身。1965年に東京教育大学法律政治学科を卒業し、同年に大正海上火災保険に入社した。1993年6月に取締役に就任し、1994年6月に常務を経て、1996年4月には社長に就任した。2000年6月に最高執行責任者を経て、2001年10月から2006年6月までに三井住友海上火災保険会長を務めた。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
宮原 諄二(みやはら じゅんじ 1942年4月9日 - )は… 宮原 諄二(みやはら じゅんじ 1942年4月9日 - )は、日本の工学者、技術者、経営学者。元東京理科大学専門職大学院総合科学技術経営研究科教授、元一橋大学イノベーション研究センター長、元富士フイルム研究部長、機器事業本部部長。静岡県出身。 富士フイルム在職中に、放射線画像センサー「イメージング・プレート」を発明し、世界初の医療用デジタルX線画像診断システム開発に成功するとともに、同社の研究部長、機器事業本部部長等を歴任。その後、経営学系の研究者に転身し、一橋大学、東京理科大学の教授としてイノベーションに関する研究に従事。2010年、イノベーション・ファクター研究会を設立し、代表に就任。
三上 治(みかみ おさむ、1941年4月9日 - )は、日本… 三上 治(みかみ おさむ、1941年4月9日 - )は、日本の編集者・文筆家・評論家、元政治運動家。 本名・味岡修。三重県出身。 三重県四日市市生まれ。三重県立四日市高等学校卒業。1960年、中央大学法学部政治学科に入学し、安保闘争に参加。1962年、再建された社会主義学生同盟の全国委員長になる。1966年、中央大学中退、第二次ブントに加わり、全共闘運動やベトナム反戦闘争にも加わる。1969年、ブント内部の党派闘争で統一派として赤軍派と対立する。 1969年4月28日の沖縄闘争で指名手配され、9月に逮捕。1970年、いったん保釈されるが、保釈取り消しで東京拘置所に入所。この間、神津陽と共に共産主義者同盟叛旗派をつくり、同派のリーダーとなる。
朝岡 康二(あさおか こうじ、 (1941-04-09) 1… 朝岡 康二(あさおか こうじ、 (1941-04-09) 1941年4月9日 - )は、日本の文化人類学者、国立歴史民俗博物館・総合研究大学院大学名誉教授。専門は冶金史・鍛冶技術史。 京城生まれ。1964年東京藝術大学美術学部卒業。66年同大学院工芸専攻修士課程修了。育英工業高等専門学校グラフィック工学科講師、助教授、1985年教授、1986年沖縄県立芸術大学教授、1990年国立歴史民俗博物館教授・民俗研究部長、総合研究大学院大学・千葉大学教授併任、1992年「日本鉄器文化の比較民俗学的研究」で筑波大学文学博士。2003-06年沖縄県立芸術大学学長。
小林 研一郎(こばやし けんいちろう、1940年(昭和15年… 小林 研一郎(こばやし けんいちろう、1940年(昭和15年)4月9日 - )は、日本の作曲家、指揮者。愛称は「(炎の)コバケン」、通称「炎のマエストロ」。 福島県石城郡小名浜町(合併により磐城市、いわき市へと変遷)生まれ。高校の体育教諭の父・正毅と小学校教諭の母・喜代子の長男として生まれる。父親は若い日に音楽家になることを目指したが挫折、家には多くの楽譜や音楽書籍があった。小学校3、4年生の頃、ラジオから流れてきたベートーヴェンの交響曲第9番を聴いて感動し、父親の持っている楽譜を見ながら独学で楽典の勉強を開始。小学5年生の時には、石川啄木の短歌「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる」によるピアノ伴奏付きの歌曲を作曲するほどの腕前になる。
市口 順亮(いちぐち よしあき、1940年4月9日 - )は… 市口 順亮(いちぐち よしあき、1940年4月9日 - )は、日本の元ラグビー選手で、指導者。元京都大学ラグビー部監督、元新日本製鐵(新日鉄)釜石ラグビー部主将・監督・部長。 大阪府大阪市に生まれ、大手前高校を経て京都大学工学部に入学。身長175cmを超える、当時としてはかなり大型の選手で、FWとして活躍し、4年生次は主将を務める。大学時代の監督は星名秦。 1964年、大学を卒業して新日鉄の前身富士製鐵に入社し、同ラグビー部に入部。学生時代に星名に師事していた影響で、海外の最先端のラグビーに関する本に目を通していた市口は、1966年にラグビー部の副将となって、チームの指導の中心人物となった。そして1967年度主将、1968年には監督となって1970年度までチームの強化に努めた結果、1970年度には社会人大会で優勝を果たす。
西村 頼男(にしむら よりお、1940年4月9日 - )は、… 西村 頼男(にしむら よりお、1940年4月9日 - )は、アメリカ文学者。阪南大学名誉教授。 京都市生まれ。1964年立命館大学文学部卒業。1968年ミシシッピ大学大学院修士課程修了。札幌商科大学助教授、四天王寺国際仏教大学教授、阪南大学国際コミュニケーション学部教授。2011年定年退任、名誉教授。
寄本 勝美(よりもと かつみ、1940年4月9日 - 201… 寄本 勝美(よりもと かつみ、1940年4月9日 - 2011年3月28日)は、日本の行政学者・環境政策学者。 和歌山県田辺市生まれ。1964年、早稲田大学政治経済学部卒業。1967年、早稲田大学政治経済学部助手。1970年、早稲田大学大学院政治学研究科博士課程単位取得退学。1978年、早稲田大学政治経済学部教授。1983年から85年までピッツバーグ大学客員教授。1994年、京都大学博士(法学)。博士論文は「自治の形成と市民:ピッツバーグ市政研究」。 早稲田大学政治経済学部学生担当教務主任、政治経済学部長(1994年~1998年)、常任理事(1998年~2001年)等を歴任。専攻は、行政学、地方自治論、環境政策。
倉田 寛之(くらた ひろゆき、1938年〈昭和13年〉4月9… 倉田 寛之(くらた ひろゆき、1938年〈昭和13年〉4月9日 - 2020年〈令和2年〉4月7日)は、日本の政治家。位階・勲章は従二位桐花大綬章。 参議院議長(第25代)、自治大臣(第49代)、国家公安委員会委員長(第58代)、参議院議員(4期)、参議院予算委員長、参議院国会対策委員長、千葉県議会議員(4期)等を歴任した。 千葉県東葛飾郡(現松戸市)生まれ。東京学芸大学附属高等学校、成城大学経済学部卒業。 1967年、千葉県議会議員選挙に立候補し、初当選した。以後4期連続当選し、当時最年少で千葉県議会議長も務めた。 1983年、第13回参議院議員通常選挙に自由民主党公認で千葉県選挙区から立候補し、当選。
岡田 明重(おかだ あきしげ、1938年(昭和13年)4月9… 岡田 明重(おかだ あきしげ、1938年(昭和13年)4月9日 - )は、日本の経営者。三井住友銀行名誉顧問。三井住友銀行会長やさくら銀行頭取などを歴任した。現在は、一般財団法人交詢社理事、公益財団法人東芝国際交流財団理事を務める。
小堀 暉男(こぼり てるお、1938年4月9日 - )は、日… 小堀 暉男(こぼり てるお、1938年4月9日 - )は、日本の実業家。三菱化成(現・三菱ケミカル)取締役副社長や、三菱ウェルファーマ(現・田辺ファーマ)2代目代表取締役社長を務めた。
石 弘光(いし ひろみつ、1937年4月9日 - 2018年… 石 弘光(いし ひろみつ、1937年4月9日 - 2018年8月25日)は、日本の経済学者。専門は財政学。学位は、経済学博士(一橋大学・論文博士・1977年)(学位論文「財政構造の安定効果 : ビルトイン・スタビライザーの分析」)。一橋大学名誉教授(第14代学長)、放送大学名誉学長(第6代学長)、中国人民大学名誉教授。オックスフォード大学客員教授、政府税制調査会会長なども務めた。 東京府(現・東京都)出身。父は教育学者(学校経営学)の石三次郎(元全国家庭科教育協会長・東京教育大学(現筑波大学)教授)。環境ジャーナリストの石弘之(元東京大学教授)は弟。末弟の石和久は日本の医師、医学博士であり順天堂大学名誉教授。