釘貫 亨(くぎぬき とおる、1954年4月29日 - )は、… 釘貫 亨(くぎぬき とおる、1954年4月29日 - )は、日本の国語学者、名古屋大学教授。 和歌山県和歌山市生まれ。1979年京都教育大学教育学部国文学科卒業、1981年東北大学大学院文学研究科日本語学博士後期課程単位取得中退。1997年「古代日本語の形態変化」で名古屋大学博士(文学)。 1982年富山大学講師、1986年同助教授、1993年名古屋大学文学研究科助教授を経て、1997年教授。2020年定年退職、名古屋大学名誉教授。
酒井 健(さかい たけし、1954年4月29日 - )は、日… 酒井 健(さかい たけし、1954年4月29日 - )は、日本のフランス文学者・思想史家・美術史家。法政大学名誉教授。 東京都生まれ。1978年東京大学文学部仏文科卒、同大学院進学を経てパリ第一大学に留学、1986年にジョルジュ・バタイユ論で博士号取得、1988年東大大学院博士課程満期退学。1988年電気通信大学専任講師、1991年助教授、2000年法政大学第一教養部教授、2003年文学部教授、定年退任し名誉教授。 2000年、『ゴシックとは何か』でサントリー学芸賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
佐藤 尚(さとう ひさし、1953年4月29日 - )は、東… 佐藤 尚(さとう ひさし、1953年4月29日 - )は、東洋大学陸上競技部コーチ。秋田県横手市(旧平鹿郡平鹿町)出身。秋田県立秋田工業高等学校、東洋大学卒業。 秋田工業高校時代は800mで活躍。全国高校総体では1600メートルリレー走で準決勝まで進んでいる。その後東洋大学に入学したが1年次からマネージャーに転身したため、箱根駅伝への出場経験はない。なお、高校・大学の同期に中日ドラゴンズゼネラルマネージャーの落合博満がいる。卒業後は地元に戻って秋田県内の建設資材会社、三傳商事に勤務。この間、母校でもある秋田工業高の陸上競技部コーチを務めた。 1994年に東洋大学の長距離部門監督として上京。選手の指導にあたる。
田中 一行(たなか かずゆき、1953年4月29日 - )は… 田中 一行(たなか かずゆき、1953年4月29日 - )は、日本の経営者。日立化成工業社長、会長を務めた。京都府京都市出身。 1977年に京都大学工学部を卒業し、同年に日立化成工業に入社した。2008年に常務に就任し、2009年4月には社長に昇格。2016年4月には会長に就任。
玉川 みね子(たまがわ みねこ、1953年4月29日 - )… 玉川 みね子(たまがわ みねこ、1953年4月29日 - )は、浪曲曲師。日本浪曲協会参与。山形県酒田市出身。 1975年に浪曲師の2代目玉川福太郎と結婚。曲師の高齢化に危機感を持っていた福太郎によって曲師になることを勧められ、1976年から始まった「浪曲三味線教室」に参加し山本太一に師事。三味線教室に加え福太郎によって鍛えられ、1978年頃に木馬亭で初舞台を踏んだ。 2007年、福太郎と死別。入門3ヶ月で師匠を失った玉川太福を曲師として支えた。 近年は、太福が落語芸術協会に加入したことに伴い、落語芸術協会の定席興行に出演することも多い。
前川 善裕(まえかわ よしひろ、1952年4月29日 〜 )… 前川 善裕(まえかわ よしひろ、1952年4月29日 〜 )は、昭和期の社会人野球選手(外野手)である。 千葉県出身。東葛飾高では投手として活躍。1968年秋季関東大会県予選では安房農に延長12回敗退するが、参考記録ながら23奪三振を達成。これは現在でも千葉県高校野球連盟記録となっている。1年生ながら同年12月には千葉県高校選抜チームのフィリピン遠征に参加。東葛飾高は進学校で強豪とは言えず、前川のワンマンチームという色彩が強かった。1970年夏の甲子園県予選では準々決勝まで進出するも、一宮商に0-5で敗退。その実績もあり、前川は知人の紹介で早稲田大学のセレクションを受験し合格。 早稲田大学第二文学部に進学はしたものの、甲子園に出場したメンバーばかりに圧倒され、入学するとすぐに外野手に転向することを決意。
古今亭 菊龍(ここんてい きくりゅう、1952年〈昭和27年… 古今亭 菊龍(ここんてい きくりゅう、1952年〈昭和27年〉4月29日 - )は、落語協会所属の落語家。神奈川県横浜市磯子区出身。本名∶皆川 修一。出囃子∶二上がり甚句、定紋∶総陰鬼蔦。 横浜市立金沢高等学校卒業。立正大学文学部を中退し、ラジオ局でアシスタントディレクターとして落語の演芸番組を手掛ける。 1973年4月に二代目古今亭圓菊に入門、菊次と名乗る。 1978年3月、金原亭馬治、夢月亭歌麿と共に二ツ目に昇進し菊龍に改名。 1987年3月に金原亭馬治、柳家〆治、古今亭志ん彌と共に真打昇進。
松島 綱治(まつしま こうじ、1952年4月29日 - )は… 松島 綱治(まつしま こうじ、1952年4月29日 - )は、日本の医学研究者。東京理科大学生命医科学研究所・炎症・免疫難病制御部門教授、東京大学名誉教授。専門は免疫学。ケモカインのプロトタイプであるinterleukin-8(CXCL8)とMCAF/MCP-1(CCL2)の発見者。富山県高岡市出身。
本吉 達也(もとよし たつや、1952年(昭和27年)4月2… 本吉 達也(もとよし たつや、1952年(昭和27年)4月29日 - )は、日本のジャーナリスト、政治家、教育者。羽咋市長や小都市市長会会長、全国青年市長会副会長、富山第一高等学校校長等を歴任した。 現在の石川県羽咋市で本吉二六(第3代羽咋市長)の子として生まれ、金沢大学教育学部附属高等学校を経て、一橋大学法学部卒業後、石川テレビ放送報道部記者や、報道部副部長を務めた。 1996年から2004年まで羽咋市長を務め、議長車以外の黒塗り車を廃止してハイブリッドカーを導入するなど、財政再建にあたった。また、直接請求を受け、志雄町や押水町、志賀町等への市町村合併の呼びかけも行った。小都市市長会会長、全国市長会理事、全国青年市長会副会長を歴任。
小林 のりお(こばやし のりお、1952年4月29日 - )… 小林 のりお(こばやし のりお、1952年4月29日 - )は、日本の写真家。武蔵野美術大学映像学科教授。
奥ノ木 信夫(おくのき のぶお、1951年〈昭和26年〉4月… 奥ノ木 信夫(おくのき のぶお、1951年〈昭和26年〉4月29日 - )は、日本の政治家。埼玉県川口市長(3期)、埼玉県議会議員(5期)、川口市議会議員(1期)を歴任した。 埼玉県川口市西川口出身。父は川口市議会議員や埼玉県議会議員(第89代議長)を務めた奥ノ木徳二。 西川口幼稚園、川口市立仲町小学校、川口市立仲町中学校、埼玉県立浦和高等学校卒業。1975年3月、早稲田大学法学部卒業。 1991年4月、川口市議会議員選挙に出馬し、初当選。1995年4月、埼玉県議会議員選挙に自由民主党公認で出馬し、初当選。2009年3月から2010年3月まで埼玉県議会議長をつとめた。 2013年12月25日、川口市長の岡村幸四郎が急性腎不全のため在任死去。
茂市久美子(もいち くみこ、1951年4月29日 - )は、… 茂市久美子(もいち くみこ、1951年4月29日 - )は、日本の童話作家。 岩手県新里村(現在の宮古市)出身。実践女子大学英文科卒業。大学在学中より那須辰造に師事。 1992年に岩泉線を舞台にした『おちばおちばとんでいけ』で第3回ひろすけ童話賞を受賞。岩手県が提唱する銀河系いわて大使の一人である。趣味は山歩きで、ネパールやヨーロッパの山岳地方を多く訪ねている。夫は山岳写真家の藤田弘基。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
小山 康昭(こやま やすあき、1951年4月29日 - )は… 小山 康昭(こやま やすあき、1951年4月29日 - )は、琉球放送元アナウンサー。現在フリー。 長野県上伊那郡辰野町出身。明治大学卒業後、1974年琉球放送に入社。アナウンス室長を経て、2011年4月に定年。 後に、キャリアスタッフとして番組など担当。2016年4月で契約期間が満了となり、現在、フリーアナウンサーとして活動している。 但し書きのないものはRBCiラジオ この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。 Category:琉球放送のアナウンサーを参照
玉輝山 正則(たまきやま まさのり、1951年4月29日 -… 玉輝山 正則(たまきやま まさのり、1951年4月29日 - )は、福岡県糸島郡前原町(現役当時、現在の同県糸島市)出身で片男波部屋に所属した元大相撲力士。本名は萩尾 正則(はぎお まさのり)。現役時代の体格は182cm、141kg。 最高位は西小結(1979年7月場所)。得意手は右四つ、寄り、上手投げ。 片男波親方(元関脇・玉乃海)の知人の紹介で、1963年1月、小学校在学中に片男波部屋へと入門。翌年5月場所に於いて、13歳で初土俵を踏んだ。 序ノ口当初から、「玉輝山」の四股名で相撲を取った。兄弟子の玉の海に稽古を付けてもらい、右四つの相撲ぶりや体格が玉の海に似ていたことから、周囲から「玉の海二世」と期待をかけられた。
谷藤 裕明(たにふじ ひろあき、1950年(昭和25年)4月… 谷藤 裕明(たにふじ ひろあき、1950年(昭和25年)4月29日 - )は、日本の政治家、実業家。元盛岡市長(5期)。盛岡市出身。岩手県議会議長、岩手県議会議員(3期)を務めた。 岩手県盛岡市生まれ。盛岡市立厨川小学校、盛岡市立城西中学校、岩手県立盛岡第一高等学校、早稲田大学教育学部卒業。大学卒業後、盛岡市に本社を置く株式会社橋市の役員を経て、1991年に岩手県議会議員選挙に盛岡市選挙区から出馬し、初当選を果たした。以後3期連続当選。岩手県議時代は自由民主党系の会派(自由民主クラブ)に所属した。2001年、岩手県議会議長に就任。2003年の岩手県議会議員選挙では、同年8月の盛岡市長選挙への出馬を見越し、4選出馬を見送った。
秋尾 敏(あきお びん、1950年4月29日 - )は、埼玉… 秋尾 敏(あきお びん、1950年4月29日 - )は、埼玉県吉川市出身の俳人、俳論家。本名は河合章男。全国俳誌協会会長(5代目)、現代俳句協会副会長。父は俳句結社「軸」を主宰した河合凱夫。 1950年、埼玉県吉川町(現・吉川市)に生まれ、千葉県野田市に育つ。埼玉県立春日部高等学校、埼玉大学教育学部国語国文学科卒業、図書館情報大学大学院博士前期課程 、筑波大学大学院博士後期課程修了、修士(図書館情報学)、博士(情報学)。 1971年、「軸」に入会して俳論を連載する。1991年、第11回現代俳句評論賞受賞。1992年「軸」同人。1999年、凱夫の死去に伴い「軸」主宰を継承。元・大妻女子大学社会情報学部非常勤講師、日本女子大学人間社会学部・家政学部非常勤講師、メディア教育開発センター客員助教授。
米原 万里(よねはら まり、女性、1950年4月29日 - … 米原 万里(よねはら まり、女性、1950年4月29日 - 2006年5月25日)は、日本の、ロシア語同時通訳・エッセイスト・ノンフィクション作家・小説家である。
松岡 茂行(まつおか しげゆき、1950年(昭和25年)4月… 松岡 茂行(まつおか しげゆき、1950年(昭和25年)4月29日 - )は、日本の弁護士。元日本弁護士連合会副会長 民事一般・民事介入暴力対策・犯罪被害者支援
三橋 豊夫(みつはし とよお、1949年4月29日 - )は… 三橋 豊夫(みつはし とよお、1949年4月29日 - )は、埼玉県出身の元プロ野球選手。ポジションは投手。 鴻巣高校から日本通運に入社。1970年の都市対抗に出場。1回戦で九州産交を相手に先発し8回2失点と好投するが、リリーフが打たれ9回裏サヨナラ負けを喫する。 1970年ドラフト会議でヤクルトアトムズから2位指名を受けると会社からの慰留があったが交渉の末に入団。大型左腕として期待され、嘗てチームの大エースであった同じ左腕の金田正一が付けていた背番号34を貰うが、一軍登板は1971年9月6日の対巨人戦で王貞治に与えたストレートの四球のみにとどまり、1972年のオープン戦の好投後に肘が悪化しリハビリを続けるが1976年限りで引退した。
牛尾 長生(うしお たけお、1949年〈昭和24年〉4月29… 牛尾 長生(うしお たけお、1949年〈昭和24年〉4月29日 - )は、日本の地方公務員。福岡県東京事務所長、同副知事、福岡県信用保証協会会長を歴任。瑞宝中綬章受章。 福岡市早良区出身。福岡大学附属大濠高校を卒業し、慶應義塾大学通信教育課程中退。1971年 福岡県庁入職。総務部、農政部、2002年 (平成14年) 農政部農業経済課長、2004年 同部副理事兼農政課長、2006年 保健福祉部次長、2007年 東京事務所長。2010年4月 収賄罪で起訴された中島孝之の後任として麻生渡知事から副知事に任命された。「責任の重さを感じている。まずは県民の信頼を回復しなければいけない。麻生県政は今年が4期目の仕上げの年に当たるが、しっかりと支えたい」と抱負を語った。
岡崎 健(おかざき けん、1949年4月29日 - ) は、… 岡崎 健(おかざき けん、1949年4月29日 - ) は、日本の機械工学者。東京工業大学名誉教授。元水素エネルギー協会会長。元日本伝熱学会会長。元日本機械学会副会長。 1973年東京工業大学工学部機械物理工学科卒業。1978年東京工業大学大学院理工学研究科機械物理工学専攻博士課程修了、工学博士。同年豊橋技術科学大学助手。1980年豊橋技術科学大学講師。1984年豊橋技術科学大学助教授。1992年東京工業大学教授。2001年エネルギー・資源学会常任理事。2004年東京工業大学炭素循環エネルギー研究センター長。2007年東京工業大学理工学研究科工学系長・工学部長。 2008年水素エネルギー協会会長。
牧 誠(まき まこと、1948年4月29日 - 2018年4… 牧 誠(まき まこと、1948年4月29日 - 2018年4月3日)は、愛知県名古屋市出身の日本の実業家。パソコン周辺機器メーカーバッファローの創業者で、メルコホールディングス代表取締役元会長。一般社団法人デジタルライフ推進協会元代表理事。 1948年(昭和23年)4月29日、名古屋市昭和区で生まれる。実父は製麺業者シマダヤの創業者牧清雄で、シマダヤ会長の牧実とは兄弟に当たる。幼少期に牧家の本家である叔父の家に養子に出されている。 私立東海中学校、高等学校を経て、1971年(昭和46年)3月に早稲田大学理工学部物理学科を卒業。1973年(昭和48年)3月には同大学の大学院理工学研究科応用物理学を修了し、翌4月に学生時代のアルバイト先だった秋葉原のオーディオメーカー株式会社ジムテックへ入社。
水野 健二(みずの けんじ 1948年4月29日-)は、日本… 水野 健二(みずの けんじ 1948年4月29日-)は、日本のヨガ指導者。日本ヨガの草分け的存在である沖正弘に師事し、その後ヨガを指導。多くのヨガ指導者を育成する。またヨガを中心とした講演活動を行っている。 水野健二『体が硬い人のためのヨガ Basic Lesson』(新)PHP研究所、2010年。ISBN 4569791093。 “水野健二略歴”. 水野ヨガ学院. 2019年5月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年9月3日閲覧。
工藤 美知尋(くどう みちひろ、1947年4月29日 - )… 工藤 美知尋(くどう みちひろ、1947年4月29日 - )は、日本の政治学者(日本外交史・国際関係論専攻)。前日本ウェルネススポーツ大学スポーツプロモーション学部教授。 1947年、山形県長井市生まれ。1970年、日本大学法学部卒業。1972年、日本大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了。1972年-1974年、ウィーン大学(オーストリア)に留学。東海大学大学院政治学研究科博士課程満期退学。1985年、博士論文『日本海軍・太平洋戦争開戦原因論』(学位授与番号:甲第63号)により東海大学から政治学博士号を取得。日本大学大学院修士課程では戦前に京都学派の哲学者だった元京都帝国大学教授・高山岩男、東海大学大学院博士課程では日本国際政治学会第三代理事長を務めた田中直吉が指導教授であった。
鈴木 保(すずき たもつ、1947年4月29日 - )は、埼… 鈴木 保(すずき たもつ、1947年4月29日 - )は、埼玉県浦和市(現さいたま市)出身の元サッカー選手、サッカー指導者。元サッカー日本女子代表監督(1989年-1996年、1999年)。 浦和市立高校(現:さいたま市立浦和高校)では全国高校サッカー選手権に優勝、立教大学では1969年度に第18回全国大学サッカー選手権、第49回天皇杯に準優勝し、主将も務めた。U-19日本代表の一員として1966年にフィリピンで開催されたAFCユース選手権1966に出場した。 サッカー部設立を目指す日産自動車の関係者から相談を受けた岡野俊一郎がユース代表監督時代の教え子である鈴木を推薦したことにより1970年度に日産自動車に入社。
木瀬 照雄(きせ てるお、1947年4月29日 - )は日本… 木瀬 照雄(きせ てるお、1947年4月29日 - )は日本の実業家。TOTO会長兼取締役会議長。社団法人日本建材・住宅設備産業協会(建産協)会長、九州経済連合会副会長。 福岡県北九州市出身。 1947年、福岡県北九州市に生まれる。幼稚園の同級生に大相撲元小結の大潮憲司。北九州市立高見中学校、ラ・サール高等学校、京都大学教育学部卒業。1970年、東陶機器(現・TOTO)株式会社入社。1992年営業本部営業企画部長就任。1996年取締役経営戦略室長、2000年取締役上席常務執行役員マーケティング本部長、2002年取締役専務執行役員販売推進グループ長に就任。2003年、同社社長に就任。2009年、同社会長兼取締役会議長に就任。
永見 文雄(ながみ ふみお、1947年4月29日 - )は、… 永見 文雄(ながみ ふみお、1947年4月29日 - )は、フランス文学者、中央大学名誉教授。ルソーなど18世紀文学が専門。 鳥取県境港市生まれ。1972年東京大学教養学部教養学科フランス科卒、78年同大学院仏文科博士課程中退、74-77年パリ第8大学で学ぶ。東京大学文学部助手、1981年中央大学文学部講師、84年助教授、90年教授。2006-2008年パリ国際大学都市日本館館長。2018年中央大学を定年退職。
小松 一彦(こまつ かずひこ、1947年4月29日 - 20… 小松 一彦(こまつ かずひこ、1947年4月29日 - 2013年3月30日)は、日本の指揮者。 桐朋学園大学指揮科卒業後、ライン・ドイツ・オペラで研修を受けた 。 関西フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者(1982-1988年)、札幌交響楽団専属指揮者(1988年 - 1992年) 、サンクトペテルブルク交響楽団やプラハ交響楽団、スロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団等の常任客演指揮者を務めたほか、中央大学管弦楽団の音楽監督兼名誉指揮者としてタクトを振っていた。52歳の頃は、年間の1/3を海外での活動で過ごした。 レパートリーは日本人作曲家を含む現代作品にいたるまで幅広く、戦前の日本の作曲家貴志康一の作品の発掘にも取り組んでいた(後述)。
遠藤 若狭男(えんどう わかさお、1947年4月29日 - … 遠藤 若狭男(えんどう わかさお、1947年4月29日 - 2018年12月16日)は、俳人。 福井県敦賀市生まれ。本名は喬(たかし)。早稲田大学卒業。鷹羽狩行に師事し、俳誌『狩』同人となる。1976年、小説集『檻の子供』を発表。2016年『人生百景 松山足羽の世界』で日本詩歌句協会・日本詩歌句随筆大賞受賞。同年、俳誌『若狭』を創刊して主宰となる。 妻は歌人の大谷和子。
今井 務(いまい つとむ、1945年4月29日 - )は、長… 今井 務(いまい つとむ、1945年4月29日 - )は、長野県出身の元プロ野球選手(一塁手、外野手)。 岡谷工高では投手であったが、打撃面で高く評価されていた。1963年に高校を中退し、大洋ホエールズに入団。1965年には一軍に上がり、10月27日の最終戦ではサンケイを相手に一塁手、七番打者として初の先発出場を果たす。この試合では石戸四六から4打数2安打を記録した。その後はイースタン・リーグで本塁打王や打点王を獲得するものの、一軍ではあまり出場機会に恵まれなかった。 1970年、東映フライヤーズに移籍。主に代打として起用され、同年は打率.261、2本塁打を記録。翌1971年は自己最多の58試合に出場。
山岸 正裕(やまぎし まさひろ、1945年4月29日 - )… 山岸 正裕(やまぎし まさひろ、1945年4月29日 - )は、日本の政治家。元福井県勝山市長(5期)、元福井県議会議員(2期)。 福井県勝山市出身。明治大学法学部卒業。 1995年(平成7年)4月の福井県議会議員選挙に無所属で立候補し初当選。1999年(平成11年)の県議選は自民党公認で立候補し無投票で再選。 2000年(平成12年)、勝山市長選挙に立候補し初当選。2016年(平成28年)、元市議の松村治門を小差でかわし5期目の当選を果たした。 2019年(令和元年)12月、翌年の市長選挙に不出馬を表明。 2021年(令和元年)11月3日、秋の叙勲において旭日中綬章を受章。 勝山市長在任中及び市長退任後に一度ずつ、えちぜん鉄道株式会社の代表取締役社長(初代、4代)を務め、2022年(令和4年)より同社取締役会長。
小野 武彦(おの たけひこ、1944年4月29日 - )は、… 小野 武彦(おの たけひこ、1944年4月29日 - )は、日本の土木技術者、実業家、工学博士。清水建設代表取締役副社長や、土木学会会長を務めた。 北海道伊達市出身。1968年北海道大学工学部土木工学科卒業、清水建設入社。1995年「コンクリート工事における型枠工法の合理化に関する研究」により北海道大学博士(工学)の学位を取得。 2000年清水建設執行役員北海道支店長。2003年常務執行役員北海道支店長。2004年常務執行役員土木事業本部営業本部長。2005年取締役専務執行役員土木事業本部土木営業統括。2006年取締役専務執行役員土木事業本部長。2007年代表取締役専務執行役員土木事業本部長。2008年代表取締役副社長土木事業本部長。
高橋 浩(たかはし ひろし、1943年4月29日 - )は、… 高橋 浩(たかはし ひろし、1943年4月29日 - )は、テレビ朝日元編成局編成部長、東映アニメーション元社長(2003年 - 2011年)。広島県出身。 広島県福山市生まれ。父親は日立製作所に勤務し、戦後は東京中野で育ち、1950年、水力発電所の多い富山県に転勤となり、小学校2年から高校卒業まで富山市で育つ。映画好きだった父の影響で映画館に通い詰める。当時の富山は映画の上映環境が良くなく、一人で金沢や大阪まで汽車に乗って映画を観に行ったという。小学校・中学校時代に好きだったのは『新諸国物語 笛吹童子』や『紅孔雀』といった東映の時代劇だった。時代劇がピークを過ぎると洋画ばかり観るようになった。
湯浅 康平(ゆあさ こうへい、1943年4月29日 - )は… 湯浅 康平(ゆあさ こうへい、1943年4月29日 - )は、日本の実業家。中央倉庫代表取締役社長を経て、同社代表取締役会長、京都倉庫協会会長。 京都府出身。1967年同志社大学経済学部卒業、中央倉庫入社。1991年中央倉庫経営企画室長。1994年中央倉庫取締役。2004年中央倉庫常務取締役。2004年から中央倉庫代表取締役社長を務め、新倉庫の建設や、インランドデポ整備などによる総合物流会社化を進め、売上増加にあたった。2005年中倉陸運代表取締役社長。2013年中倉陸運代表取締役会長。2016年中央倉庫ワークス代表取締役会長。2017年中央倉庫代表取締役会長。京都倉庫協会会長も務めた。
江藤 省三(えとう しょうぞう、1942年4月29日 - )… 江藤 省三(えとう しょうぞう、1942年4月29日 - )は、熊本県熊本市出身の元プロ野球選手(内野手)・コーチ・監督、解説者。 元プロ野球選手・監督の江藤慎一は実兄。 慶應義塾大学では、2009年から2013年まで監督、2014年6月まで助監督を務めた。 父・哲美は戦前、 八幡製鐵で投手として活躍し、その後も省三が進学した西部中学校で監督を務めるなど、野球一色の人生であった。無類の野球好きで、現役引退後も野球三昧の日々であった父を見て、省三は子供心にその印象が強かったのか、大きくなったら野球をすると自然に思っていた。男ばかりの4人兄弟で長兄の愼一が既に野球をやっていて、体も大きく、とても上手かったことも大きく影響したが、幼少期に父から直接、球の投げ方ひとつさえ、野球の指導を受けたことは一度もなかった。
西村 英俊(にしむら ひでとし、1942年4月29日 - 2… 西村 英俊(にしむら ひでとし、1942年4月29日 - 2013年12月31日)は、日本の実業家。双日最高経営責任者(CEO)。西日本高速道路社長。
長谷川 信義(はせがわ のぶよし、1942年4月29日 - … 長谷川 信義(はせがわ のぶよし、1942年4月29日 - )は、日本の地方公務員。愛知県企業庁長、愛知県副知事、愛知環状鉄道代表取締役社長等を歴任した。瑞宝中綬章受章。 1965年明治大学政治経済学部卒業、愛知県入庁。1988年に2005年日本国際博覧会構想が始まると、担当課長などとして誘致活動にあたり、1998年からは国際博推進局長を務めた。1999年労働部長。2000年環境部長。2001年愛知県企業庁長(公営企業管理者)。2002年から愛知県副知事を務め、2005年日本国際博覧会推進幹部連絡会議に参加するなどした。2006年 愛知県信用保証協会理事長。2008年学校法人名城大学理事。2010年愛知環状鉄道株式会社代表取締役社長。
北村 正任(きたむら まさとう、1941年(昭和16年)4月… 北村 正任(きたむら まさとう、1941年(昭和16年)4月29日 - )は、日本のジャーナリスト、実業家。毎日新聞社社長、第15代横綱審議委員会委員長。 青森県出身。父は青森県知事を務めた北村正哉。青森県立八戸高等学校、東京大学法学部を卒業後、1965年(昭和40年)毎日新聞社に入社。 岡山、京都支局、大阪社会部、東京政治部、ボン支局長、東京本社外信部長、論説委員長を経て、1998年(平成10年)取締役・編集局長、00年常務・主筆、04年社長、08年会長。ほかに日本記者クラブ理事長、日本新聞協会会長、日本ユニセフ評議員、公益財団法人イオン環境財団の評議員も務めた。 現在は、毎日新聞社の名誉顧問、一般社団法人アジア調査会理事。
和田 勇(わだ いさみ、1941年4月29日 - )は、日本… 和田 勇(わだ いさみ、1941年4月29日 - )は、日本の実業家。積水ハウス元代表取締役会長兼CEO、同社元相談役。 和歌山県橋本市の第一生命保険職員の家に生まれる。父が従軍のため、父の実家のある那賀郡上名手村(現紀の川市)に2歳のとき転居。村立上名手小学校卒業、紀の川市立那賀中学校(当時:応神中学校)卒業。叔父の養子となり、野球部が強かった和歌山県立伊都高等学校に進学。和歌山県立粉河高等学校に転校し、同校卒業。 中学・高校では野球部に所属したが、肩をケガして退部し、受験勉強を開始。1961年、1年間の浪人を経て第二志望の関西学院大学法学部に入学。大阪府泉佐野市に転居した父の家から大学に通ったものの、学業には力を入れず、麻雀や旅行をして過ごした。
衛藤 征士郎(えとう せいしろう、1941年〈昭和16年〉4… 衛藤 征士郎(えとう せいしろう、1941年〈昭和16年〉4月29日 - )は、日本の政治家。 衆議院副議長(第64代)、防衛庁長官(第57代)、衆議院議員(13期)、参議院議員(1期)、大分県玖珠町長(2期)を歴任した。 当時父・衛藤貫一は、警察官であり日本の統治下であった朝鮮半島南部全羅南道の康津に赴任しており、赴任先で衛藤家の三男として生まれる。1945年9月、終戦により日本へ引き揚げ、郷里である大分県玖珠郡玖珠町で育つ。 1948年、玖珠町立日出生小学校に入学するが、1950年に玖珠町立森小学校に転校。1957年、大分県立森高等学校に進学するが、5人の男子を育てる両親の苦労を目にし家計を助けるべく農業・炭焼きに従事し学費を捻出すべく同年9月から休学。
原田泰治(はらだ たいじ、1940年4月29日 - )は、長… 原田泰治(はらだ たいじ、1940年4月29日 - )は、長野県諏訪市出身の画家・グラフィックデザイナー。シンガーソングライターのさだまさしと親交が深く、原田の絵を題材にしたさだの楽曲もある。
大川 修平(おおかわ しゅうへい、1940年4月29日 - … 大川 修平(おおかわ しゅうへい、1940年4月29日 - 2019年12月12日)は、日本の牧師、神学者である。 単立高知ペンテコステ教会主任牧師を務めた。高知ペンテコステ教会を開拓伝道から建て上げた。 京都大学文学部英米文学科および同大学院修士課程修了。1960年の安保闘争の後、京都福音教会に導かれ受洗する。 京都市内の公立高等学校で英語教師および高知大学助教授を経て牧師職に専念。元日本ユナイテッド・ペンテコステ教団宣教部長および会計を歴任。 ただし、ワンネス派の教えを否定し、三位一体の教理を受け入れている。 フルゴスペル神学大学院およびアジア教会成長神学院の教授および講師を歴任。 ルーマニア、オーストリア、ハンガリー、イタリア、ギリシャ、クレタ島、ケニア、インド、フィリピン、大韓民国、米国で宣教活動をする。
金原 策太郎(きんばら さくたろう、1940年4月29日 -… 金原 策太郎(きんばら さくたろう、1940年4月29日 - )は、日本の経営者。平和不動産社長を務めた。東京都出身。 1964年に慶應義塾大学商学部を卒業し、同年4月に東京証券取引所に入所した。1996年5月に常任理事に就任し、1997年5月に常務理事、2001年11月に専務、2002年6月に平和不動産専務を経て、2005年6月に副社長に就任し、2007年6月には社長に昇格した。2010年6月から相談役を務めた。
安原 顯(やすはら けん、1939年4月29日 - 2003… 安原 顯(やすはら けん、1939年4月29日 - 2003年1月20日)は日本の編集者、評論家。本名の読みは「あきら」。名前を簡略体で「安原顕」と表記することもある。 自称「天才ヤスケン」「スーパーエディター」。主に『海』『マリ・クレール』の編集者として活躍した。チリチリパーマの髪に、サングラスと髭という独特の容貌をもつ。 妻・筑土まゆみの父は、僧侶、宗教民俗学者の筑土鈴寛(つくどれいかん)。娘の安原眞琴は日本文学研究者で、2013年にドキュメンタリー映画「最後の吉原芸者四代目みな子姐さん - 吉原最後の証言記録」を制作した。 東京市目黒区緑が丘に生まれ育つ。父親はサラリーマンだったが、切手やレコードのコレクションも行っている「趣味人」だった。
天野 肇(あまの はじめ、1939年4月29日 - 2022… 天野 肇(あまの はじめ、1939年4月29日 - 2022年12月30日)は、日本の実業家。元天野実業取締役会長。元福山商工会議所会頭。元広島県教育委員会委員長。 元々天野実業は、粉末調味料の製造を主な事業としていた(ちなみに、カラメルの粉末技術は日本初)。そんな中、真空凍結乾燥機を設置したことによって、大手食品メーカーから技術力への注目が高まり、日清製粉からインスタントラーメンの具を共同開発しようと持ちかけてた。当時、常務取締役だった天野は、開発に取り組み、世界初のインスタントラーメンの具(フリーズドライ)を完成させることができた。その後、1972年に起こったあさま山荘事件で、警察官が犯人との持久戦でカップラーメンを食べている姿をテレビで見て、「フリーズドライの下請けもいいが、どうせなら自社でオリジナルの商品を作ってはどうだろうか」と思い。
瀬川 純子(せがわ すみこ、1939年4月29日 - 201… 瀬川 純子(せがわ すみこ、1939年4月29日 - 2015年4月25日)は、日本のヴィオラ奏者、桐朋学園大学名誉教授。水戸室内管弦楽団メンバー。旧姓:江戸(えど)。ヴァイオリニストの瀬川祥子は長女。 三井不動産社長を務めた江戸英雄の次女として生まれる。数え年四つの頃からピアノを習い、母・弘子も講師を務めた子供のための音楽教室で学ぶ。 1959年桐朋学園短期大学(現:桐朋学園大学音楽学部)管弦打楽器専攻を卒業。齋藤秀雄等に師事する。プロ・ムジカ弦楽四重奏団に参加し、1962年度の毎日芸術賞を受賞する。 小児科医の瀬川昌也との結婚後も仕事を続け、1971年桐朋学園大学音楽学部講師、その後助教授、教授を歴任。
清水 勲(しみず いさお、1939年4月29日 - 2021… 清水 勲(しみず いさお、1939年4月29日 - 2021年3月2日)は、日本の漫画・風刺画研究家。 東京市(現大田区)生まれ、千葉県習志野市在住。日本マンガ学会、日本笑い学会、日本ペンクラブ各会員。妻は工芸作家の清水己明。 立教大学理学部数学科卒業。1963年三省堂に入社して編集者となる。1968年から1983年まで、日本リーダーズ・ダイジェスト社で勤務。1984年より研究・著作に専念。 川崎市市民ミュージアム専門研究員、文京女子短期大学非常勤講師、帝京平成大学教授、学習院女子大学非常勤講師をはじめ、日本仏学史学会会長、岡本太郎美術館収集委員、昭和館運営委員、日本漫画資料館館長などを歴任した。
樋口 武男(ひぐち たけお、1938年4月29日 - )は大… 樋口 武男(ひぐち たけお、1938年4月29日 - )は大和ハウス工業代表取締役会長兼CEO。
秋山 礼巳(あきやま ひろみ、1937年4月29日 - 20… 秋山 礼巳(あきやま ひろみ、1937年4月29日 - 2012年2月14日)は、日本の彫刻家。 広島県広島市に生まれる。武蔵野美術大学で学び、その後、パリへ移住。 1966年から1968年まで、パリ国立高等美術学校で学び、ジャン・アルプを通じてアレクサンダー・アルチペンコからコンスタンティン・ブランクーシまでの現代彫刻を学んだ。また、秋山は共同作業を重視する彫刻シンポジウムの運動にも参加。1967年には、オーストリアのサンクト・マルガレーテン・イン・ブルゲンラントで開催された「ヨーロッパ彫刻家シンポジウム」に参加した。 秋山は、ドイツではニュルンベルク、サンクト・ヴェンデル、オッゲルスハウゼン、イタリアではローマ、カナダではバンクーバー、オーストリアではウィーン、バッド・クロイツナハ、そして日本で開催された石彫刻家のシンポジウムに参加した。
蓮實 重彥(はすみ しげひこ、1936年〈昭和11年)4月2… 蓮實 重彥(はすみ しげひこ、1936年〈昭和11年)4月29日 - )は、日本の文芸評論家・映画評論家・フランス文学者・小説家。 専門はフローベール研究だが、ロラン・バルトやミシェル・フーコーなどフランス現代思想が1970年代から日本へ紹介される際に中心的役割を果たす1人となったほか、近現代文学・映画評論の分野でも数多くの批評を手がけている。 1980年代以降は各国の映画製作者とも幅広く交流し、小津安二郎など日本映画の世界的再評価に大きく貢献した。東京大学教養学部教授(表象文化論)、第26代東京大学総長(1997年-2001年)を歴任。東京大学名誉教授。 蓮實は、雪舟などの研究で知られた日本美術史家・蓮實重康の息子として、1936年に東京で生まれた。