黒川 雄二(くろかわ ゆうじ、1939年(昭和14年)9月2… 黒川 雄二(くろかわ ゆうじ、1939年(昭和14年)9月20日 - 2022年(令和4年)9月21日)は日本の基礎医学研究者、厚生労働技官。専門は毒性学、実験腫瘍学。北海道札幌市生まれ。黒川利雄の長男。 1964年東北大学医学部医学科卒業。1969年同大学医学部大学院医学研究科を修了し医学博士。その後、東北大学抗酸菌病研究所肺がん研究部門の文部教官助手。1975年から約2年間アメリカ国立癌研究所病理部客員研究員として比較腫瘍学研究室(Dawe,CJ博士)に留学。1978年、国立衛生試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)安全性生物試験研究センター病理部腫瘍病理室長(部長小田嶋成和)に就任。1987年同所毒性部長を経て、1995年同所安全性生物試験研究センター長。
菊池 徹夫(きくち てつお、1939年9月19日 - )は、… 菊池 徹夫(きくち てつお、1939年9月19日 - )は、日本の考古学者、早稲田大学名誉教授。 北海道函館市生まれ。早稲田大学文学部・東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。1985年、「北方考古学の研究」で早大文学博士。早稲田大学文学学術院教授。2010年、定年退任、名誉教授。比較考古学研究所所長を経て、福島県文化財センター白河館館長。
五十嵐 三津雄(いがらし みつお、1939年9月1日 - )… 五十嵐 三津雄(いがらし みつお、1939年9月1日 - )は日本の郵政官僚。郵政事務次官、簡易保険福祉事業団理事長、KDDI代表取締役会長等を歴任した。 北海道空知郡北村出身。北海道札幌南高等学校を経て、1963年 北海道大学法学部卒業。民法学 川井健ゼミ出身。大学卒業後、郵政省入省。郵務局業務課長補佐、人事局管理課長補佐を経て、1976年 東北郵政局郵務部長。1978年東京郵政局郵務部長。1980年 郵務局服務課長。1981年 電気通信政策局業務課長。1983年 電気通信政策局監理課長。1984年 電気通信事業部監理課長。1985年 電気通信局総務課長。1986年 大臣官房秘書課長。1988年 電気通信局電気通信事業部長。
佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 - 201… 佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 - 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。 北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。 1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会し、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現在の常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年、東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現在の東京純心大学)の教授になった。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの他大学でも教えていた。
納谷 廣美(なや ひろみ、1939年8月15日 - )は、日… 納谷 廣美(なや ひろみ、1939年8月15日 - )は、日本の法学者。専門は民事訴訟法。明治大学名誉教授。元明治大学学長。学内外に於いて各種委員、理事を歴任。[要出典]弁護士。北海道出身。 有名私大の東京郊外へのキャンパス移転が相次ぐ中、「都市型大学宣言」を出し、また、一般入試受験者数で日本一の人気大学に押し上げるなど、明大中興の祖と言われる[要出典]。
進藤 榮一(進藤 栄一、しんどう えいいち、1939年8月6… 進藤 榮一(進藤 栄一、しんどう えいいち、1939年8月6日 - )は、日本の政治学者。筑波大学名誉教授。専門は、アメリカ外交・国際政治経済学・アジア地域統合。 北海道帯広市生まれ。北海道帯広柏葉高等学校を経て、1963年京都大学法学部卒業。1965年同法学研究科修士課程、1968年同博士課程単位取得退学。1969年フルブライト給費留学生として米国ジョンズ・ホプキンズ大学高等国際関係大学院(SAIS)博士課程進学、1970年プリンストン大学研究員、1971年鹿児島大学法文学部講師・助教授、1974年筑波大学講師、東京外国語大学講師、1975年筑波大学大学院地域研究科助教授、1976年社会科学系助教授、教授、学系長hTARAプロジェクト長を歴任。
福岡 義隆(ふくおか よしたか、1939年8月5日 - )は… 福岡 義隆(ふくおか よしたか、1939年8月5日 - )は、日本の気象学者。広島大学名誉教授、立正大学名誉教授。 北海道常呂郡訓子府町出身。1963年東京教育大学理学部地学科卒、1968年同大学院博士課程修了(単位取得退学)、理学博士、千葉県公害研究所研究技師、1970年福島大学教育学部気象学担当助教授、1977年広島大学総合科学部環境科学コース助教授、1987年教授、1997年環境庁長官賞(地球環境保全功労賞・地球温暖化部門)受賞、1998年名誉教授、立正大学地球環境科学部環境システム学科教授。2000年立正大学大学院環境科学研究科担当教授兼務。立正大学地球環境科学研究所長、立正大学大学院地球環境科学研究科環境システム学専攻長を歴任。
菊谷 勝利(きくや かつとし、1939年6月26日 - 20… 菊谷 勝利(きくや かつとし、1939年6月26日 - 2015年7月5日)は、日本の政治家。北海道砂川市長(3期)。 北海道増毛郡増毛町出身。1958年、北海道留萌高等学校卒。1961年、砂川市役所に入る。1971年、自治労砂川市職員労働組合特別執行委員となり、同年の砂川市議会議員選挙で当選する。砂川市議は1999年まで務め、この間、副議長と議長を歴任した。同年の砂川市長選挙に立候補し当選し、3期務める。2011年に市長を退任した。
上草 義輝(うえくさ よしてる、1939年6月11日 - )… 上草 義輝(うえくさ よしてる、1939年6月11日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(5期)。特定非営利活動法人農林漁業支援機構理事長。 北海道留萌郡小平町生まれ。留萌市立潮静小学校、札幌市立一条中学校、北海道札幌南高等学校を経て、早稲田大学政治政経学部経済学科卒業。大野伴睦、中川一郎の秘書を経て、1979年の第35回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で北海道2区から立候補し、初当選(当選同期に佐藤信二・保利耕輔・畑英次郎・麻生太郎・小里貞利・岸田文武・白川勝彦・丹羽雄哉・亀井静香・吹田愰・宮下創平・亀井善之・船田元など)。以後、連続5期。 当選後は自由革新同友会に属したが、中川の死後、中曽根派に移籍(中曽根派の代替わり後は渡辺派に所属)。
側見 民雄(そばみ たみを、1939年5月24日 - )は、… 側見 民雄(そばみ たみを、1939年5月24日 - )は、日本の男性俳優、声優。演出家。北海道岩見沢市出身。PACage所属。演劇集団「阿吽」主宰。 北海道札幌南高等学校、早稲田大学卒業。1967年劇団東演(ぱらーた企画)入団し、1996年まで所属した。 その後、声優としての活動を始める。 2025年3月24日、オフィスPACが法人解散するにあたり所属メンバーでPACageを設立し移籍した。
安達 晟(あだち あきら、1939年5月3日 - 2020年… 安達 晟(あだち あきら、1939年5月3日 - 2020年7月25日[要出典])は、北海道余市町出身の元ノルディックスキー(スキージャンプ)選手、スキー指導者、スキージャンプ審判員。 北海道余市町大川町出身。北海道余市高等学校ではスキー部に所属。在学中、ジャンプ競技では、2年生時に全道スキー大会純ジャンプ2位、全国高等学校スキー大会2位、3年生時に全国高等学校スキー大会2位の成績を残す。 1958年(昭和33年)、札幌鉄道管理局(国鉄北海道支社、現在の北海道旅客鉄道鉄道事業本部に相当)に入社。札幌鉄道管理局スキー部に入部した。当時の札鉄スキー部は、純ジャンプに秋葉信夫、大内誠一、 距離競技では工藤誠二、谷口明見(ノルディック複合、オリンピック3回出場)らの有力選手を擁していた。
井上 和雄(いのうえ かずお、1939年4月28日 - )は… 井上 和雄(いのうえ かずお、1939年4月28日 - )は、日本の経済学者、音楽評論家,神戸商船大学名誉教授。 北海道小樽市生まれ。神戸大学大学院経済研究科博士課程中退。大阪府立大学教養部助手、同経済学部講師、神戸商船大学(現・神戸大学海事科学部)教授。1962年、中央公論社『モーツァルト大全』の懸賞論文に「読者のモーツァルト論」が入選。1987年『モーツァルト心の軌跡』でサントリー学芸賞受賞。2003年定年退官、名誉教授。自身で弦楽四重奏団を結成し、画も描く。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
能登 芳昭(のと よしあき、1939年〈昭和14年〉4月24… 能登 芳昭(のと よしあき、1939年〈昭和14年〉4月24日 - 2022年〈令和4年〉2月7日)は、日本の政治家。元北海道富良野市長(3期)。位階は従五位。 北海道富良野市出身。北海道富良野高等学校卒業。富良野市役所に入庁。1994年(平成6年)6月、収入役に就任。1998年(平成10年)、助役に就任。2002年(平成14年)、辞職。 2003年(平成15年)4月、富良野市議会議員に初当選。 2006年(平成18年)4月23日に行われた富良野市長選挙に自民党富良野沿線ブロックの推薦を受けて立候補。連合富良野の推薦を受けた元市議の佐々木雅夫を破り初当選を果たした。5月15日、市長就任。 2010年(平成22年)、前回戦った佐々木雅夫を破り再選。
畠山 みどり(はたけやま みどり、1939年4月5日 - )… 畠山 みどり(はたけやま みどり、1939年4月5日 - )は日本の演歌歌手。本名は千秋 みどり(せんしゅう みどり)。北海道士別高等学校卒業。 北海道稚内市出身。北海道士別高校卒業後、デザイナーを志し上京し文化服装学院に入学するも、幼少時からの歌手の夢が棄て難く退学。古賀政男ギター学院へ入学し、レッスンに励む。一時は練習生として大橋節夫とハニー・アイランダースでハワイアンを歌っていた。 1960年、素人のど自慢番組『トップライトショウ』(ニッポン放送)で優勝したことでレコード会社の関係者の目に入り、日本コロムビアに入社。入社後1年4ヶ月間、船村徹のもとでレッスンに通うかたわら、島倉千代子らコロムビアの看板歌手の前座を務めたのち、1962年に「恋は神代の昔から」でデビュー。
西部 邁(にしべ すすむ、1939年〈昭和14年〉3月15日… 西部 邁(にしべ すすむ、1939年〈昭和14年〉3月15日 - 2018年〈平成30年〉1月21日)は、日本の思想家、評論家、経済学者。東京大学大学院修了。秀明大学教授・学頭、東京大学教養学部教授、隔月刊誌『表現者』顧問を歴任。 北海道出身。東大入学後にブントのメンバーとなり、東大自治会委員長として安保闘争に参加した。安保闘争から離脱後は東大大学院で近代経済学を専攻し、横浜国立大学助教授、東大助教授、英米への留学を経て東大教授となる。1980年代から保守の論客として活躍し、東大駒場騒動の際に東大教授を辞職。それ以後は在野の評論家として評論活動を行った。2018年に多摩川にて入水自殺。 1939年(昭和14年)、北海道の南部に位置する山越郡長万部町に生まれる。
山田 勝麿(やまだ かつまろ、1939年2月11日 - )は… 山田 勝麿(やまだ かつまろ、1939年2月11日 - )は、日本の政治家。元北海道小樽市長(3期)。 小樽市出身。後に砂川市に移る。砂川南高等学校を卒業後、1960年に小樽市役所に入る。1962年に小樽商科大学短期大学部を、1966年に日本大学経済学部(通信教育部)を卒業。教育委員会社会教育部長、学校教育部長、小樽市役所経済部長、総務部長、収入役を歴任する。 1999年の小樽市長選挙に、新谷昌明の後継として立候補して当選。2003年の選挙で再選。2007年の選挙でも三選した。北海道市長会副会長などを務めた。2011年に市長を退任した。
中村 睦男(なかむら むつお、1939年2月7日 - 202… 中村 睦男(なかむら むつお、1939年2月7日 - 2020年4月17日)は、日本の法学者。専門は憲法。学位は、法学博士(北海道大学・論文博士・1973年)(学位論文「社会権法理の形成――フランス法を素材にして」)。北海道大学名誉教授。学校法人北海学園理事。財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構理事長。元・旧司法試験第二次試験考査委員(北海道大学総長就任につき離任)。北海道出身。 北海道札幌市に生まれ、後室蘭市に移る。北海道大学大学院法学研究科教授を経て、2001年5月から2007年4月まで北海道大学総長。 著書の中でも、特に野中俊彦・高橋和之・高見勝利と共に著した『憲法I・II』は、執筆者が4人であることから「四人本」、「四人組」などと称され、憲法学習者に人気がある。
角田 紘一(つのだ こういち、1939年〈昭和14年〉2月5… 角田 紘一(つのだ こういち、1939年〈昭和14年〉2月5日 - 2014年〈平成26年〉1月14日)は、日本のアニメーター。教授や講師として世界各国で後進の育成に励んだ。 1939年(昭和14年)2月5日、北海道釧路市に生まれる。1963年(昭和38年)、武蔵野美術大学油絵科を卒業した後、同年に東映動画へ入社した。同社では『デビルマン』、『マジンガーZ』、『銀河鉄道999』、『サイボーグ009 超銀河伝説』、『宇宙戦艦ヤマト 完結編』、『オーディーン 光子帆船スターライト』、『トランスフォーマー ザ・ムービー』などの原画、作画監督、キャラクターデザインを手掛けるなど数多くのアニメーション制作に携わった。
新家 憲(あらや けん、1939年2月 - 2023年6月2… 新家 憲(あらや けん、1939年2月 - 2023年6月25日)は、日本の農学者・工学者。専修大学名誉教授。元専修大学北海道短期大学学長。農学博士(北海道大学)・工学博士(東京電機大学)。北海道函館市出身 1962年北海道大学農学部農業工学科卒業。1962年三菱重工業京都製作所京都製作所エンジン設計部門勤務。1969年本田技術研究所汎用開発課エンジン設計部門勤務。1971年専修大学美唄農工短期大学農業機械科講師。1972年同助教授。1980年専修大学北海道短期大学農業機械科教授。1987年専修大学北海道短期大学環境科学研究所教授。後に、専修大学北海道短期大学環境科学研究所所長。2005年専修大学名誉教授。
伊藤 セツ(いとう セツ、1939年〈昭和14年〉1月25日… 伊藤 セツ(いとう セツ、1939年〈昭和14年〉1月25日 - )は、日本の家政学・女性学者、昭和女子大学名誉教授。元社会政策学会代表幹事。 1939年北海道函館市生まれ。旧姓・松原。北海道函館西高等学校を経て、1962年北海道大学経済学部卒業。1968年同大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。1984年「クララ・ツェトキンの婦人解放論」で北海道大学より経済学博士の学位を取得。1968年北星学園女子短期大学講師、助教授。1974年東京都立立川短期大学助教授、教授、1989年昭和女子大学教授。1998年-2000年社会政策学会代表幹事。2000年-2004年昭和女子大学女性文化研究所所長、2004年 - 2009年大学院生活機構研究科長。
厚谷 郁夫(あつや いくお、1939年(昭和14年)1月25… 厚谷 郁夫(あつや いくお、1939年(昭和14年)1月25日 - )は、日本の化学者。理学博士(東北大学)。専門は分析化学。北見工業大学名誉教授。元北見工業大学学長。元財団法人オホーツク地域振興機構理事長。北海道函館市出身。 弘前大学文理学部を卒業し、東北大学大学院理学研究科博士課程修了。東北大学理学部助手。1971年(昭和46年)北見工業大学工学部助教授。1976年(昭和51年)同工学部教授。1996年(平成8年)北見工業大学6代学長に就任。2002年(平成14年)北見工業大学退官。同名誉教授。財団法人オホーツク地域振興機構理事長。東京農業大学生物産業学部客員教授(~2009年)。2015年 瑞宝中綬章受章。
伊達 忠一(だて ちゅういち、1939年〈昭和14年〉1月2… 伊達 忠一(だて ちゅういち、1939年〈昭和14年〉1月20日 - )は、日本の政治家。札幌臨床検査センター代表取締役会長。 参議院議員(3期)、参議院議長(第31代)、国土交通大臣政務官(第2次小泉改造内閣)、内閣府副大臣(第2次安倍内閣)、自由民主党幹事長代理、自由民主党参議院国会対策委員長、自由民主党参議院幹事長などを務めた。 北海道生まれ。芦別市出身とも上士幌町出身とも言われる。北海道芦別高等学校卒業。北海道立衛生検査技師養成所卒業。臨床検査技師。1963年4月から札幌医科大学付属病院検査部に勤務し、1965年9月に札幌臨床検査センター株式会社を設立した。 1983年4月、芦別市から北海道議会議員に初当選。
伊藤 隆道(いとう たかみち、1939年1月2日 - )は日… 伊藤 隆道(いとう たかみち、1939年1月2日 - )は日本の造形家。「動く彫刻」の第一人者。東京芸術大学名誉教授。環境芸術学会会長、道都大学客員教授等も歴任。 北海道札幌市に生まれる。北海道札幌南高等学校を経て、東京芸術大学美術学部工芸科で金属工芸を専攻。ショーウィンドウディスプレイのデザインを皮切りに、彫刻、照明など幅広く立体造形の作品を手がける。鏡面のステンレスパイプを曲げ、モーター駆動により優美な造形を動かす作品を制作する。
大谷 良雄(おおたに よしお、1939年 - 2015年)は… 大谷 良雄(おおたに よしお、1939年 - 2015年)は、日本の法学者。専門は国際法。法学博士(一橋大学)。一橋大学名誉教授。オットー・リーゼ賞受賞。 北海道札幌北高等学校を経て、小樽商科大学商学部卒業後、1966年一橋大学大学院法学研究科修士課程修了、1969年同博士課程単位取得。指導教官は大平善梧。1971年に一橋大学より法学博士の学位を取得。 小樽商科大学助教授、一橋大学法学部教授、1995, 97, 99, 2001年パリ第1大学招聘教授、1998年パリ第2大学招聘教授、日本大学法学部教授等を務めた。1976年オットー・リーゼ賞受賞。2003年一橋大学名誉教授。 大谷ゼミ出身者としては高村ゆかり東京大学未来ビジョン研究センター教授や、中西優美子一橋大教授、南諭子津田塾大学准教授、佐藤智恵明治大学教授、相澤美智子一橋大教授等がいる。
木村 勇市(きむら ゆういち、1939年 - )は、日本の実… 木村 勇市(きむら ゆういち、1939年 - )は、日本の実業家。元キムラ社長、元ジョイフルエーケー社長。北海道小樽市生まれ。 北海道札幌東高等学校卒業後、関西大学商学部卒業。大学卒業後、黒田商店に入った後の1963年、家業の木村金物店(現キムラ)に入社。1974年、父・正二を継ぎキムラ社長に就任。社長就任後、ホームセンター事業に進出し、2001年には、大手ホームセンターであるジョイフル本田やアークランドサカモトと共にジョイフルエーケーを立ち上げた。2002年、キムラ会長に就任。
井上 英沖(いのうえ ひでおき、1939年 - 1986年8… 井上 英沖(いのうえ ひでおき、1939年 - 1986年8月)は、日本の漫画家。北海道旭川市出身。英京治(はなぶさ きょうじ)名義でも作品を発表している。 手塚治虫のアシスタントを経て、1959年『テレビ小僧』を「おもしろブック」に発表し、商業誌デビュー。 1964年には横山光輝、馬場秀夫、宮腰義勝、岸本修らと光プロダクションを設立。代表作に、アニメ化された『遊星少年パピイ』(原作:吉倉正一郎、『少年』連載)がある。他に『サンダー7』があり、『宇宙パトロールホッパ』や『サンダーバード』など、テレビ作品のコミカライズに多く携わる。 『パピイ』のヒットにより、莫大な収入を得たが遊興費などに散財し、その後は多額の所得税の未払いなどから逃げ回るような生活だった。
大橋 英寿(おおはし ひでし、1939年 - )は、日本の社… 大橋 英寿(おおはし ひでし、1939年 - )は、日本の社会心理学者。東北大学名誉教授。専門は、社会心理学、シャーマニズム心理学。 北海道旭川市生まれ。東北大学大学院文学研究科修了。京都教育大学、東北大学教授を経て、2002年3月から2009年3月まで放送大学教授。放送大学在籍中に、同大学副学長、宮城学習センター所長を歴任。2009年3月に放送大学を定年退職。 シャーマニズムの社会心理学的研究、沖縄におけるユタの研究、南米日系移民労働者の事例研究で著作・論文を多数発表している。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
近藤 典彦(こんどう のりひこ、1938年〈昭和13年〉12… 近藤 典彦(こんどう のりひこ、1938年〈昭和13年〉12月18日 - )は、日本近代文学研究者。専門は主に石川啄木。元群馬大学教授。北海道旭川市出身。
坂口 義弘(さかぐち よしひろ、1938年11月24日 - … 坂口 義弘(さかぐち よしひろ、1938年11月24日 - )は、日本の編集者、フリーライター、ルポルタージュ作家。 北海道函館市出身。1965年東洋大学卒。『週刊ポスト』『週刊現代』記者などののちフリー。『歴史と現代』(1980-1982、歴史と現代社)『新雑誌X』(1983-1991)編集長、元早稲田マスコミ塾専任講師。日本ペンクラブ会員。
奥山 コーシン(おくやま コーシン、本名:戸波 侊伸(となみ… 奥山 コーシン(おくやま コーシン、本名:戸波 侊伸(となみ てるのぶ)、1938年〈昭和13年〉11月18日 - 2023年(令和5年)5月24日)は、日本のラジオパーソナリティ、放送作家、作詞家。社団法人日本放送作家協会理事。放送作家としての名は奥山侊伸(おくやま てるのぶ)。通称は『おくちゃん』。北海道旭川市出身。北海道旭川東高等学校卒業。門下の一人に秋元康がいる。
浦川 治造(うらかわ はるぞう、1938年〈昭和13年〉11… 浦川 治造(うらかわ はるぞう、1938年〈昭和13年〉11月 - )はアイヌの著名なエカシ(長老)である。アイヌ文化奨励賞受賞者。東京アイヌ協会名誉会長。40代で関東に移住し、現在も関東におけるアイヌのリーダーの一人として活動を続けている。詩人・アイヌ古布絵作家の宇梶静江は実姉で、俳優の宇梶剛士は甥に当たる。 北海道浦河郡浦河町の姉茶に生まれる。父の春松は1902年浦河生まれ。春松の父は多聞常次郎という石川県出身のいわゆる和人、母親はアイヌ族の女性・ハルコンジで春松は和人とアイヌ族のハーフであったが春松はシミツというアイヌ女性を妻としアイヌとして生き、漁業や米作りをして生計を立てていたという。
小川 捷之(おがわ かつゆき、1938年10月30日 - 1… 小川 捷之(おがわ かつゆき、1938年10月30日 - 1996年12月6日)は、日本の臨床心理学者。学位は、教育学博士(筑波大学・論文博士・1978年)。 北海道札幌市生まれ。実験心理学から臨床心理学に転じ、関東におけるユング派分析心理学研究の拠点となった山王教育研究所を主宰した。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
若十勝 正雄(わかとかち まさお、1938年10月20日 -… 若十勝 正雄(わかとかち まさお、1938年10月20日 -没年不明 )は、北海道河西郡芽室町出身で花籠部屋に所属した元大相撲力士。本名は高島 正雄(たかしま まさお)。177cm、83kg。最高位は東十両10枚目。得意技は右四つ、寄り。 1954年9月場所に初土俵、1959年9月場所に十両昇進。芽室町からの関取昇進は史上初。新十両の場所から3場所連続で勝ち越したが、その後2場所連続で大きく負け越して1960年7月場所に幕下に陥落。幕下陥落以降は徐々に番付を下げていき、幕下下位で負け越した1962年1月場所に23歳で廃業した。息子も「若十勝」の四股名で三段目まで上がっている。 同郷の横綱・大乃国康は彼の紹介で角界入りした。
菊地 昌実(きくち まさみ、1938年(昭和13年)9月20… 菊地 昌実(きくち まさみ、1938年(昭和13年)9月20日 - 2020年(令和2年)5月27日)は、日本のフランス文学・比較文学者、北海道大学名誉教授。 北海道札幌市生まれ。1961年東京大学教養学部教養学科フランス分科卒、1966年東京大学大学院比較文学比較文化修士課程修了。北海道大学教養部助教授、言語文化部教授、2002年名誉教授。肝炎訴訟を支える会世話人代表。 2020年5月27日、胃癌のため死去。
ドウス 昌代(Duus まさよ、1938年9月12日 - 2… ドウス 昌代(Duus まさよ、1938年9月12日 - 2022年11月18日)は、日本のノンフィクション作家。 北海道岩見沢市生まれ、本名・梅沢昌代。早稲田大学文学部卒業、米国在住。日本とアメリカの関係、および両国の間に生きた人々を描くノンフィクションを書く。 1977年、『東京ローズ』でデビューし、講談社出版文化賞ノンフィクション部門受賞、1982年、『ブリエアの解放者たち』で文藝春秋読者賞、1992年、『日本の陰謀』で大宅壮一ノンフィクション賞、新潮学芸賞、2000年、『イサム・ノグチ』で講談社ノンフィクション賞受賞。 日本近代史研究者で、スタンフォード大学名誉教授のピーター・ドウスは夫。
沖藤 典子(おきふじ のりこ、1938年7月24日 - )は… 沖藤 典子(おきふじ のりこ、1938年7月24日 - )は、日本のノンフィクション作家。 北海道室蘭市生まれ、池田町育ち。北海道池田高等学校、北海道大学文学部卒業。1961年に日本リサーチセンター調査研究部に入社。第二企画室長を経て1976年に退職する。1979年初の単著『女が職場を去る日』を上梓して注目され、同年ドラマ化もされた。 以後、介護問題、人生行路全般について著書多数。合田一道らとともに北海道ノンフィクション集団にて活動した。
蛇川 忠暉(じゃがわ ただあき、1938年6月29日 - )… 蛇川 忠暉(じゃがわ ただあき、1938年6月29日 - )は日本の技術者、実業家。トヨタ自動車取締役副社長を経て、トヨタ自動車が新たに子会社化した日野自動車で代表取締役社長や代表取締役会長として同社の再建にあたった。日本科学技術連盟理事長、型技術協会会長なども歴任。デミング賞本賞、大倉喜七郎賞受賞。 北海道小樽市生まれ。北海道札幌西高等学校を経て、1961年北海道大学工学部機械工学科卒業、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)入社。1988年取締役に昇格。1994年常務。1996年専務。1999年取締役副社長。2001年相談役に退いた。 2001年からトヨタ自動車が子会社化した日野自動車の代表取締役社長を務め、経営危機にあった同社を、外部出身者として改革により再建を行って、赤字からの回復を達成。
関口 篤(せきぐち あつし、1938年6月21日 - )は、… 関口 篤(せきぐち あつし、1938年6月21日 - )は、日本の俳優、声優。北海道網走市出身。プロダクション・タンク、劇団仲間所属。俳優座付属俳優養成所出身(9期)。身長167cm。北海道札幌東高等学校卒業 。1960年4月、劇団仲間に入団。初舞台は『森は生きている』のカラス役。
松谷 克(まつや まさる、1938年4月26日 - 2024… 松谷 克(まつや まさる、1938年4月26日 - 2024年12月13日)は、日本の実業家。 日本紙パルプ商事代表取締役社長、同社代表取締役会長、日本洋紙代理店会連合会会長などを歴任した。旭日中綬章受章。 北海道出身。1957年北海道函館中部高等学校卒業。 1962年北海道大学経済学部卒業、日本紙パルプ商事入社。1993年に取締役札幌支店長に就任し、1999年には常務東京本店新聞用紙営業本部長兼印刷・情報用紙営業本部長、2001年には代表取締役専務名古屋支店長と要職を歴任。 2003年に代表取締役社長に就任し、7年務めて2010年に代表取締役会長に就任。同年旭日中綬章を受章し、2011年に帝国ホテルで叙勲御礼の会が行われた。
四ツ柳 隆夫(よつやなぎ たかお、1938年4月11日 - … 四ツ柳 隆夫(よつやなぎ たかお、1938年4月11日 - )は、日本の化学工学者。東北大学名誉教授。元宮城工業高等専門学校校長。元日本分析化学会会長。元日本化学会副会長。父は四ツ柳高茂。 北海道函館市生まれ。北海道函館中部高等学校を経て、1961年北海道大学工学部応用化学科卒業。1966年北海道大学大学院工学研究科応用化学専攻博士課程修了、工学博士。1971年日本分析化学会奨励賞受賞。北海道大学助教授を経て、1978年東北大学教授。1991年環境科学会評議員。1992年日本微量元素学会評議員。同年日本化学会学術賞受賞。1996年日本分析化学会学会賞受賞。1997年東北大学大学院工学研究科研究科長・工学部学部長。
田苅子 進(たかりこ すすむ、1938年〈昭和13年〉4月5… 田苅子 進(たかりこ すすむ、1938年〈昭和13年〉4月5日 - 2022年〈令和4年〉1月17日)は、日本の政治家。元北海道士別市長。 北海道上川郡士別町(現士別市)出身。北海道名寄農業高等学校卒業。1959年(昭和34年)3月、北海道自治講習所を修了後、士別市役所に奉職する。総務部税務課、総務部財政課長、総務部企画財政課長、市立士別総合病院事務局長、士別市教育委員、士別市教育委員会教育長を経て、1998年(平成10年)5月、士別市長に就任した。2009年の市長選に出馬せず退任した。2010年、旭日小綬章受章。 2022年(令和4年)1月17日7時52分、肺炎のため死去。83歳没。死没日をもって従五位に叙された。
大 公一郎(だい こういちろう、1938年4月1日 - 20… 大 公一郎(だい こういちろう、1938年4月1日 - 2021年6月22日)は、日本の実業家。あらた代表取締役会長や、生活協同組合コープさっぽろ生協会会長、全国化粧品日用品卸連合会会長、札幌市社会福祉協議会会長などを歴任した。 北海道函館市生まれ。1957年北海道函館東高等学校卒業。1961年一橋大学商学部卒業、レナウン商事入社。1963年に父・總一郎が経営する生活雑貨・化粧品卸の大加十全堂入社。1967年大加十全堂取締役営業部長に昇格。1969年、道内の卸売他社と合併して発足したダイカの専務取締役。1979年ダイカの代表取締役社長に就任、物流強化により業容の拡大を進めた。 1980年北海道卸粧業連合会副理事長。
河野 順吉(かわの じゅんきち、1938年3月30日 - )… 河野 順吉(かわの じゅんきち、1938年3月30日 - )は、日本の政治家。元北海道深川市長(4期)。 北海道雨竜郡深川町(現・深川市)出身。北海道一已農業高等学校(のち北海道深川農業高等学校、現・北海道深川東高等学校)卒。1967年、深川市議会議員に初当選し、7期連続当選し、この間に副議長も務めた。1994年に深川市長選挙に立候補し当選し、4期務める。この間、北海道市長会副会長、北海道高速道路建設促進期成会副会長、道央圏地域整備展開構想推進協議会会長、(財)北海道地域活動振興協会理事長を歴任した。2006年、4回目の当選直後、深川官製談合事件が起こり、収賄罪で逮捕され、市長を辞職、加重収賄罪に問われた。
原 一平(はら いっぺい、本名:日下部 護〈くさかべ まもる… 原 一平(はら いっぺい、本名:日下部 護〈くさかべ まもる〉、1938年〈昭和13年〉3月22日 - 2014年〈平成26年〉12月4日)は、日本のものまねタレント。北海道上川郡当麻町出身。北海道旭川東高等学校、最終学歴は専修大学経済学部卒業。
松岡 悟(まつおか さとる、1938年3月20日 - )は、… 松岡 悟(まつおか さとる、1938年3月20日 - )は、日本の医師、作家、馬主。 函館市内で小児科院を開業していた傍ら、文筆業や馬主としても活動した。 1938年、函館市出身。順天堂大学医学部大学院を修了後、同大学医学部の小児科講師を経て函館市立函館病院小児科科長、のち同市内に松岡小児科を開院し院長となる。1995年6月まで院長を務め、現在は警察庁警察学校の理事官(診療所長)を務める。 競馬と落語が趣味。立川談志の門下生であり、「立川薮医志」の芸名を持つ。 日本中央競馬会(JRA)および地方競馬全国協会(NAR)に登録する馬主としても知られる。勝負服の柄は緑、白星散、袖赤二本輪、冠名には「ドクター」を用いる。
中川 義雄(なかがわ よしお、1938年〈昭和13年〉3月1… 中川 義雄(なかがわ よしお、1938年〈昭和13年〉3月14日 - )は、日本の政治家。 参議院議員(2期)、北海道議会議員(5期)、北海道議会議長(第20代)、法務大臣政務官、内閣府副大臣、たちあがれ日本参議院幹事長(初代)、日本会議北海道本部会長などを歴任した。 北海道広尾郡広尾町に中川文蔵・セイの子として生まれた。1957年(昭和32年)、北海道帯広三条高等学校卒業。1960年(昭和35年)、神奈川大学工学部を中退し広尾町役場に就職する。1962年(昭和37年)、北海道庁に転職する。 1978年(昭和53年)退職後、1979年(昭和54年)に北海道議会議員選挙に出馬し、初当選する。以後5期連続務める。
草森 紳一(くさもり しんいち、1938年2月23日 - 2… 草森 紳一(くさもり しんいち、1938年2月23日 - 2008年3月19日)は、日本のマンガ、広告、写真評論家。 北海道河東郡音更村(現・音更町)生まれ。長男の渡部幻は映画批評家で編集者。長女の東海笑子は翻訳家。 北海道帯広柏葉高等学校を経て、1浪後慶應義塾大学文学部に入学して中国文学科に進む。大学時代は奥野信太郎や村松暎に師事。また慶應義塾大学推理小説同好会に参加、このときの先輩に紀田順一郎や田波靖男がいる。 映画監督を志望し、1960年に東映の入社試験を受けたが面接で失敗。 1961年、大学卒業後は婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に入社し、『男の服飾』を『MEN'S CLUB』に改名する発案をする。
栗家山 惠三(くりけやま けいぞう、1938年2月15日 -… 栗家山 惠三(くりけやま けいぞう、1938年2月15日 - 没年不明)は、北海道沙流郡門別町(現・日高町)富川出身で1956年から凡そ8年間、佐ノ山部屋・高砂部屋に所属した大相撲力士。本名は橘井 恵三(きつい けいぞう)。最高位は西前頭5枚目(1962年5月場所)。現役時代の体格は175cm、88kg。得意手は左四つ、突っ張り、寄り。 中学校在学時は野球で活躍したが、苫小牧工業高校に進学すると、相撲へ転向した。 高校在学中は、創設されたばかりの相撲部で活躍。3年生時の1955年には、全国高校相撲大会の予選などに出場している。 高砂一門が北海道へ巡業に来た際に角界入りを勧められ、高校卒業後に上京。
小林 恒人(こばやし つねと、1938年1月22日 - 20… 小林 恒人(こばやし つねと、1938年1月22日 - 2020年2月18日)は、日本の政治家。衆議院議員(4期)。従四位。 川西農業高校卒業後、国鉄釧路鉄道管理局に入局。のち国労札幌地方本部副委員長を務め、本籍地および住民票を小樽市に移した。 島本虎三の勇退に伴い、1979年10月の第35回衆議院議員総選挙で日本社会党公認で北海道1区から立候補したが落選。翌1980年6月の第36回衆議院議員総選挙で初当選を果たした。得票数は同じ北海道1区で立候補した社会党の現職、横路孝弘を上回った。1983年12月第37回衆議院議員総選挙、1986年7月第38回衆議院議員総選挙、1990年2月第39回衆議院議員総選挙でも再選された。
見谷 昌禧(みたに まさよし、1938年1月5日 - )は、… 見谷 昌禧(みたに まさよし、1938年1月5日 - )は、日本の元アルペンスキー選手、スキー指導者、スキージャーナリスト、スキー技術研究家。 見谷スキースクール会長。国際スキージャーナリスト協会(AIJS)会員。 戦後北海道小樽市に移る。小樽潮陵高時代、全国高等学校スキー大会の大回転で優勝する。 卒業後、早稲田大学に進み、1959年の第37回全日本スキー選手権大会アルペンスキー競技では、回転で猪谷千春に次いで2位となり、翌1960年のスコーバレーオリンピッの代表に選出される。同オリンピックでは、アルペンスキーの滑降で53位、大回転で33位となったが、回転では失格した。 1962年には、フランス・シャモニーで開催された世界選手権と、スイス・ヴィラールで開催されたユニバーシアードに出場し、世界選手権では回転で21位、大回転で28位、ユニバーシアードでは回転で3位に入賞した。