ヴェア・タモエフォラウ(Vea Taumoefolau、20… ヴェア・タモエフォラウ(Vea Taumoefolau、2001年11月5日 - )は、ニュージーランド出身のラグビーユニオン選手。 ニュージーランド出身。幼少期からバレーボールをしていたが両親の影響などもあり13歳からラグビーを始めた。 ニュージーランドから札幌山の手高校へ留学生として来日、高2・高3年で花園(全国高等学校ラグビーフットボール大会)に出場し、高校日本代表候補にも選出される。高校時代はリーチ二世と呼ばれた。 2020年、札幌山の手高校卒業後、京都産業大学に入学。4年時よりポジションをバックロー(FL/No.8)からプロップ(PR3)へ転向する。 2024年、アーリーエントリーでジャパンラグビーリーグワンの東芝ブレイブルーパス東京に加入。
シンクル 寛造(シンクル かんぞう、SCHINCKEL Ka… シンクル 寛造(シンクル かんぞう、SCHINCKEL Kanzo、1999年8月20日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン三菱重工相模原ダイナボアーズに所属するラグビー選手。 2019年、札幌山の手高校卒業後、流通経済大学に入学。なお札幌山の手高校時代、高校日本代表に選ばれたことがある。 2022年、流通経済大学ラグビー部の副将に就任。 2023年1月、アーリーエントリーで三菱重工相模原ダイナボアーズに加入。同年3月、流通経済大学卒業。同年12月16日に行われたJAPAN RUGBY LEAGUE ONE第2節リコーブラックラムズ東京戦にて途中出場でリーグワン公式戦初出場を果たした。
ノア・トビオ(Noah Tovio、1999年2月5日 - … ノア・トビオ(Noah Tovio、1999年2月5日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン日野レッドドルフィンズに所属するラグビー選手。 8歳からラグビーを始めた。 2018年、札幌山の手高校卒業後、東海大学に入学。 2021年、東海大学体育会ラグビーフットボール部のFWリーダーに就任。 2022年、東海大学卒業後、日野レッドドルフィンズに加入。同年12月17日に行われたJAPAN RUGBY LEAGUE ONE第1節日本製鉄釜石シーウェイブス戦にて先発出場でリーグワン公式戦初出場を果たした。
繁松 哲大(しげまつ てった、1999年1月6日 - )は、… 繁松 哲大(しげまつ てった、1999年1月6日 - )は、日本出身のラグビーユニオン選手。2025年現在ジャパンラグビーリーグワンに参戦する浦安D-Rocksに所属している。 中学までサッカーをやっていて、高校からラグビーを始めた。 2017年、札幌山の手高校卒業後、明治大学に入る。なお札幌山の手高校時代、高校日本代表候補に選ばれたことがある。 2021年、明治大学卒業後、NTTドコモレッドハリケーンズ(現・レッドハリケーンズ大阪)に加入。 2022年2月6日に行われたJAPAN RUGBY LEAGUE ONE第5節東京サンゴリアス戦にて途中出場で公式戦初出場を果たした。同年7月、NTT再編に伴う新チーム浦安D-Rocks選手スコッドに選ばれた。
舟橋 諒将(ふなはし りょうすけ、1997年1月5日 - )… 舟橋 諒将(ふなはし りょうすけ、1997年1月5日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン静岡ブルーレヴズに所属するラグビー選手。 札幌少年ラグビースクール出身 2015年、札幌山の手高校卒業後、明治大学に入る。なお札幌山の手高校時代、高校日本代表に選ばれたことがある。 2019年、明治大学卒業後、ヤマハ発動機ジュビロ(現・静岡ブルーレヴズ)に加入。 2020年1月25日にジャパンラグビートップリーグ第3節リコーブラックラムズ戦に先発出場で公式戦初出場を果たす。 2023年7月、ベイ・オブ・プレンティー(英語版)に3か月間加入予定。
モリキ・リード(Moriki Read、1996年4月13日… モリキ・リード(Moriki Read、1996年4月13日 - )は、ニュージーランド出身のラグビー選手。 Kamo H.Sでラグビーを始めた。 2016年、札幌山の手高校卒業後、東海大学に入る。なお札幌山の手高校時代、高校日本代表に選ばれたことがある。
大西 樹(おおにし いつき、1995年12月9日 - )は、… 大西 樹(おおにし いつき、1995年12月9日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン埼玉パナソニックワイルドナイツに所属するラグビー選手。 中学までバレーボールをやっていて、高校からラグビーを始めた。 2014年、旭川工業高校卒業後、流通経済大学に入学する 2017年、流通経済大学ラグビー部の主将に就任した。 2018年、流通経済大学卒業後、パナソニック ワイルドナイツ(現・埼玉パナソニックワイルドナイツ)に加入。同年9月8日に行われたジャパンラグビートップリーグ第1節のコカ・コーラレッドスパークス戦にて先発出場で公式戦初出場を果たす。
中川 和真(なかがわ かずま、1995年10月28日 - )… 中川 和真(なかがわ かずま、1995年10月28日 - )は、元ラグビー選手。 小学校4年生からバスケットボールを始め、中学校3年生までプレーした。中学校1年生からラグビーを始め、現在に至る。 2014年、函館工業高校卒業後、大東文化大学に入学する。 2017年、大東文化大学ラグビー部の副将に就任した。 2018年、大東文化大学卒業後、キヤノンイーグルス(現・横浜キヤノンイーグルス)に加入。 2024年5月、横浜キヤノンイーグルスを退団、現役引退した。
小山 大輝(こやま たいき、1994年10月31日 - )は… 小山 大輝(こやま たいき、1994年10月31日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン埼玉パナソニックワイルドナイツに所属するラグビー選手。 高校から本格的にラグビーを始めた。 2013年、芦別高校卒業後、大東文化大学に入る。なお芦別高校時代、高校日本代表に選ばれたことがある。 2017年、パナソニック ワイルドナイツ(現・埼玉パナソニックワイルドナイツ)に加入。同年9月9日に行われたジャパンラグビートップリーグ第3節のコカ・コーラレッドスパークス戦にて途中出場で公式戦初出場を果たす。 2024年7月21日に行われたリポビタンDチャレンジカップ2024イタリア戦にて先発出場で日本代表初キャップ獲得。
テトゥヒ・ロバーツ(Tetuhi Roberts、1994年… テトゥヒ・ロバーツ(Tetuhi Roberts、1994年7月6日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン三重ホンダヒートに2023-24シーズンまで所属していたラグビー選手。 14歳からラグビーを始めた。 2014年、札幌山の手高校卒業後、東海大学に入る。なお札幌山の手高校時代、高校日本代表に選ばれたことがある。 2018年、東海大学卒業後、Honda Heat(現・三重ホンダヒート)に加入。同年9月22日に行われたジャパンラグビートップリーグ第4節のクボタスピアーズ戦にて途中出場で日本での公式戦初出場を果たす。 2024年5月、三重ホンダーヒートを退団。
渡邉 隆之(わたなべ たかゆき、1994年5月27日 - )… 渡邉 隆之(わたなべ たかゆき、1994年5月27日 - )は、ジャパンラグビーリーグワンコベルコ神戸スティーラーズに所属するラグビー選手。 小学校5年生の時からラグビーを始めた。 2013年、札幌山の手高校卒業後、東海大学に入学。なお札幌山の手高校時代には2012年度高校日本代表に選出された。 2015年6月に練習生として日本代表合宿に参加し、同年8月22日に行わたウルグアイ戦で日本代表初キャップを獲得した。また同月にはラグビーワールドカップ2015のバックアップメンバーに選出された。 2016年、東海大学体育会ラグビーフットボール部のFWリーダーに就任した。 2017年、東海大学卒業後、神戸製鋼コベルコスティーラーズ(現・コベルコ神戸製鋼スティーラーズ)に加入。
野口 大輔(のぐち だいすけ、1993年6月14日 - )は… 野口 大輔(のぐち だいすけ、1993年6月14日 - )は、2016年現在トップリーグの近鉄ライナーズに所属するラグビー選手。
大和田 立(おおわだ たつる、1992年1月14日 - )は… 大和田 立(おおわだ たつる、1992年1月14日 - )は、ジャパンラグビーリーグワンNECグリーンロケッツ東葛に所属するラグビーユニオン選手。 ラグビーは高校から始めた。 2010年、美幌高校卒業後、帝京大学に入る。 2014年、帝京大学卒業後、NECグリーンロケッツ(現・NECグリーンロケッツ東葛)に加入。同年9月6日に行われたジャパンラグビートップリーグ第3節の宗像サニックスブルース戦に先発出場で公式戦初出場を果たす。
山田 龍之介(やまだ りゅうのすけ、1991年10月12日 … 山田 龍之介(やまだ りゅうのすけ、1991年10月12日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン日本製鉄釜石シーウェイブスに所属するラグビー選手。 高校からラグビーを始めた。 2010年、大泉高校卒業後、立教大学に入学する。 2013年、立教大学ラグビー部の副将に就任した。 2014年、立教大学卒業後、NECグリーンロケッツ(現・NECグリーンロケッツ東葛)に加入。 2016年8月27日に行われたジャパンラグビートップリーグ第1節のリコーブラックラムズ戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。 2019年、釜石シーウェイブス(現・日本製鉄釜石シーウェイブス)に加入。
タタナ ダラス(Tatana Dallas、1991年8月2… タタナ ダラス(Tatana Dallas、1991年8月27日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン日本製鉄釜石シーウェイブスに所属するラグビー選手。旧表記ダラス・タタナ。 2008年6月、ニュージーランドから札幌山の手高校に留学。 2011年、札幌山の手高校卒業後、東海大学に入る。 2015年、東海大学卒業後、釜石シーウェイブス(現・日本製鉄釜石シーウェイブス)に加入。 2019年、宗像サニックスブルースに加入。 2022年、釜石シーウェイブスに復帰。
佐藤 善仁(さとう よしひと、1990年3月14日 - )は… 佐藤 善仁(さとう よしひと、1990年3月14日 - )は、日本の元ラグビー選手。 2008年、札幌山の手高校卒業後、東海大学に入る。 2012年、東海大学卒業後、NTTドコモレッドハリケーンズに加入。 2013年10月19日に行われたジャパンラグビートップリーグ第6節のトヨタ自動車ヴェルブリッツ戦にて先発出場で公式戦初出場を果たす。 2020年、現役を引退した。
萩澤 正太(はぎさわ しょうた、1990年1月19日 - )… 萩澤 正太(はぎさわ しょうた、1990年1月19日 - )は、日本の元ラグビー選手。 ラグビーを始めたきっかけは兄の試合を見に行って顧問の先生に誘われたことから。 2008年、函館工業高校卒業後、流通経済大学に入る。 2012年、流通経済大学卒業後、サントリーサンゴリアスに加入。 2013年、クボタスピアーズに加入。同年12月1日に行われたジャパンラグビートップリーグ2ndステージ第1節の豊田自動織機シャトルズ戦に途中出場ながら公式戦初出場を果たす。 2014年に行われたアジア大会では7人制日本代表として金メダル獲得に貢献。 2020年、現役を引退した。
長谷川 真人(はせがわ まなと、1989年9月7日 - )は… 長谷川 真人(はせがわ まなと、1989年9月7日 - )は、日本のラグビー選手。 2005年、遠軽高校に入学。友達からの誘いを受けラグビー部に入部。 2008年、高校卒業後、流通経済大学に入学。入学と同時にラグビー部に入部。 2012年、大学卒業後、豊田自動織機シャトルズに加入。 2017年、豊田自動織機シャトルズの主将に就任した。 2020年、豊田自動織機シャトルズを退団した。
松田 圭祐(まつだ けいすけ、1988年1月6日 - )は、… 松田 圭祐(まつだ けいすけ、1988年1月6日 - )は、日本のラグビーユニオン選手。 16歳からラグビーを始める。 2006年、大東大一高校卒業後、大東文化大学に入学する。なお大東大一高校時代、高校日本代表候補に選ばれたことがある。 2009年、大東文化大学ラグビー部の副将に就任した。 2010年、大東文化大学卒業後、東芝ブレイブルーパスに加入。同年9月3日に行われたジャパンラグビートップリーグ第1節の三洋電機ワイルドナイツ戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。 2020年、東芝ブレイブルーパスを退団した。
山根 有人(やまね なおと、1987年12月28日 - )は… 山根 有人(やまね なおと、1987年12月28日 - )は、日本の元ラグビー選手。 札幌山の手高等学校から法政大学へ入る。 大学在学中に7人制日本代表に選出された。 2010年、法政大学卒業後はホンダヒートに入団し、2013年に引退した。
荒木 達也(あらき たつや、1987年11月5日 - )は、… 荒木 達也(あらき たつや、1987年11月5日 - )は、日本のラグビー選手。 小樽ラグビースクール出身である。 2006年、仙台育英高校卒業後、東海大学に入学する。 2009年、東海大学体育会ラグビーフットボール部の主将に就任し、同年度の大学選手権準優勝に貢献した。 2010年、東海大学卒業後、トヨタ自動車ヴェルブリッツに加入。 2011年11月5日に行われたジャパンラグビートップリーグ第2節のホンダヒート戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。 2017年、トヨタ自動車ヴェルブリッツを退団した。
菅原 崇聖(すがわら たかとし、1987年3月13日 - )… 菅原 崇聖(すがわら たかとし、1987年3月13日 - )は、ジャパンラグビーリーグワン清水建設江東ブルーシャークスに所属するラグビー選手。 高校からラグビーを始めた。 2005年、函館ラ・サール高校卒業後、同志社大学に入る。 同志社大学卒業後、2012年、キヤノンイーグルス(現・横浜キヤノンイーグルス)に加入。同年9月1日に行われたジャパンラグビートップリーグ第1節のNTTドコモレッドハリケーンズ戦に先発出場で公式戦初出場を果たした。 2019年、清水建設ブルーシャークス(現・清水建設江東ブルーシャークス)に加入。
マウ ジョシュア(Mau Joshua、1987年1月27日… マウ ジョシュア(Mau Joshua、1987年1月27日 - )は、ニュージーランド、クライストチャーチ出身のラグビー選手。 5歳からラグビーを始めた。 札幌山の手高校、北海道バーバリアンズ、東海大学、横河武蔵野アトラスターズを経て、2012年、キヤノンイーグルスに加入。 2014年、リコーブラックラムズに加入。 2019年、リコーブラックラムズを退団した。
笠原 雄太(かさはら ゆうた、1984年9月30日 - )は… 笠原 雄太(かさはら ゆうた、1984年9月30日 - )は、元ラグビーユニオン選手。 北海道七飯高校入学時はサッカー部に所属、ポジションはゴールキーパーであったが、1年生の夏にラグビー部に転部。試合をしても100点ゲームで負けるレベルであったので、花園出場はない。3年生時に参加した北海道選抜大会で偶然見学していた内山達二監督に誘われ流通経済大学に進学、3年時からレギュラーに定着した。その夏の北海道での合宿をヤマハの佐野順が見学しており、2007年にヤマハへ加入。 2008年12月6日に行われたジャパンラグビートップリーグ第8節のトヨタ自動車ヴェルブリッツ戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。 2012年、ヤマハ発動機ジュビロの主将に就任した。
久保 知大(くぼ ともひろ、1981年5月2日 - )は、日… 久保 知大(くぼ ともひろ、1981年5月2日 - )は、日本の元ラグビー選手。 2000年、中標津高校卒業後、筑波大学に入る。 2005年、筑波大学卒業後、東芝府中ブレイブルーパス(現・東芝ブレイブルーパス)に加入。 2006年12月2日に行われたトップリーグ第8節のリコーブラックラムズ戦に途中出場ながら公式戦初出場を果たす。 2016年、現役を引退した。
遠藤 幸佑(えんどう こうすけ、1980年11月11日 - … 遠藤 幸佑(えんどう こうすけ、1980年11月11日 - )は、日本の元ラグビー選手、アマチュアボクシング選手。トヨタ自動車ヴェルブリッツに所属していた。実家は中標津町の牧場。 中学までは剣道をやっていたが、中標津高校入学後にラグビーを始め、2・3年時に花園出場を果たした。また、高校日本代表にも選出された。 法政大学に進学後、フルバックに転向。2年時に大学選手権準優勝、3・4年時にも4強入りを果たし、7人制日本代表にも選出された。 卒業後の2003年4月にトヨタ自動車へ入社。チームはこの年から始まった「トップリーグ」への参入を逃していたが、1年目から中心選手として活躍しトップリーグ昇格に貢献。
大門 隼人(だいもん はやと、1979年8月22日 - )は… 大門 隼人(だいもん はやと、1979年8月22日 - )は、日本のラグビー選手。 1998年、中標津高校卒業後、筑波大学に入る。 2002年、筑波大学卒業後、神戸製鋼(現・神戸製鋼コベルコスティーラーズ)に加入。 2007年、豊田自動織機シャトルズに加入。 2013年、豊田自動織機シャトルズを退団した。
石崎 真悟(いしざき しんご、1978年7月2日 - )は、… 石崎 真悟(いしざき しんご、1978年7月2日 - )は、日本のラグビー指導者。現在遠軽高校ラグビー部の監督を務めている。 高校からラグビーを始めた。 遠軽高校、国士舘大学、紋別高等養護学校の教諭を経て、2005年、高校教師になる。その後2017年、遠軽高校ラグビー部の監督に就任。 2023年、監督として第103回全国高等学校ラグビーフットボール大会にて8年振りの花園出場に貢献。
池崎 大輔(いけざき だいすけ、1978年1月23日 - )… 池崎 大輔(いけざき だいすけ、1978年1月23日 - )は、日本の車いすラグビー選手。北海道函館市出身。三菱商事株式会社/BLITZ所属。2024年パリパラリンピックで金メダルを獲得した。 6歳のとき、手足の筋力が徐々に低下する難病シャルコー・マリー・トゥース病と診断される。1995年、北海道岩見沢高等養護学校在学中に車いすバスケットボールを始めたが、やがて腕の筋力が低下し思うようなプレーができくなくなったため、2008年から車いすラグビーに転向した。 2009年に北海道Big Dippersに入団。チームはその年の日本選手権で3位となり、池崎も活躍を認められ国内強化選手に選ばれた。2010年4月、ウィルチェアーラグビー(車いすラグビー)日本代表に選出され、8月の世界選手権(カナダ)では3.0クラスベストプレーヤー賞を受賞、代表チームも銅メダルを獲得した。
松本 幸雄(まつもと ゆきお、1974年11月4日 - )は… 松本 幸雄(まつもと ゆきお、1974年11月4日 - )は、北海道函館市出身の元ラグビー選手。ポジションはフランカー。身長 180 cm、体重 97 kg。 函館大有斗高では、三浦栄司の指導を受けて全国高等学校ラグビーフットボール大会に出場し、主将を務めた[要出典]。 高校卒業後は明治大へ進学、1996年度では主将も務め、同年度の第33回全国大学ラグビーフットボール選手権大会には優勝を果たした。 大学卒業後は清水建設ブルーシャークスへ入団した[要出典]。
大東 毅(おおひがし たけし、1974年10月5日 - )は… 大東 毅(おおひがし たけし、1974年10月5日 - )は、日本の元ラグビー選手。現在専修大学ラグビー部のヘッドコーチを務めている。 1993年、北見北斗高校卒業後、専修大学入学。 1997年、専修大学卒業後、NECグリーンロケッツに加入。 2009年、現役引退。 2013年、専修大学ラグビー部FWコーチに就任。 2018年、専修大学ラグビー部ヘッドコーチに就任。
渡邉 泰憲(わたなべ やすのり、1974年6月2日 - 20… 渡邉 泰憲(わたなべ やすのり、1974年6月2日 - 2010年4月3日)は、日本の元ラグビー選手。 保善高校でラグビーを始める。花園への出場はならなかったものの、高校日本代表に選出されイングランド遠征に参加。 日本体育大学に進み、3年で関東大学対抗戦優勝を経験する。大学4年次の1996年に日本代表に選出され、5月11日の香港戦で初キャップを獲得。 卒業後、東芝に入社。NO.8からフランカーにコンバートされ1997年度全国社会人大会優勝、日本選手権優勝。1998年度日本選手権優勝でチームは3連覇を達成。1999年にW杯代表に選出。以来3大会連続出場を果たす。 2009年に現役を引退し、以降は社業としての営業職に専念していた。
本間 篤史(ほんま あつし、1971年2月3日 - )は、北… 本間 篤史(ほんま あつし、1971年2月3日 - )は、北海道札幌市出身の車いすカーリング選手、車いすラグビー選手。かつてはモーグル選手として活躍していたが、大怪我を負った後、パラスポーツ競技に取り組んだ。 北海道札幌工業高等学校時代はアルペンスキー選手だったが高校卒業後、アサヒビールに入社した1989年からモーグル選手に転向した。 1998年長野オリンピックの指定強化選手にもなったが、同年3月、スキー滑走中に転倒し、頸椎損傷、第7頸骨粉砕骨折、第5,6頸骨ヒビの大怪我を負い、首から下が不自由になり車椅子生活を余儀なくされる。 2000年春にアサヒビールの社業に復帰。 大怪我からの復帰以降はパラスポーツに取り組み、チェアスキー、車いすラグビー、車いすカーリングなどに挑戦。
小村 淳(こむら あつし、1970年3月17日 - )は、北… 小村 淳(こむら あつし、1970年3月17日 - )は、北海道亀田郡七飯町出身の元ラグビー選手・現ラグビー指導者。 函館有斗高では1年時にラグビーを始め、安本文康の指導を受ける。2年時に全国高等学校ラグビーフットボール大会(花園)出場、高校日本代表入りし主将を務めた。 明治大では全国大学ラグビー選手権大会(大学選手権)で1年生からレギュラーで1・3・4年生で優勝、4年生で主将で明治大初の大学選手権2連覇。大学日本代表入りしU19とU23で出場。 神戸製鋼では日本ラグビーフットボール選手権大会(日本選手権)優勝4度、1996〜1998年主将、日本代表入りし4キャップ。 現役引退後は、多くのチームでヘッドコーチやフォワードコーチを務める。
丹羽 政彦(にわ まさひこ、1968年11月23日 - )は… 丹羽 政彦(にわ まさひこ、1968年11月23日 - )は、日本のラグビー指導者、元ラグビー選手。北海道苫前郡苫前町生まれ。現役時代のポジションはウィング(WTB)。 元明治大学ラグビー部監督。現在、北海道ラグビーフットボール協会W杯準備委員会委員長。 羽幌高校時代、北海道遠征に来ていた北島忠治(明治大学ラグビー部監督)に見出され、明治大学に進学。 明大4年時には大学選手権優勝に貢献した。大学の同期である吉田義人とは、バックスで名コンビであった。 大学卒業後は清水建設に入社。関東社会人リーグで2度の優勝を経験し主将も務めた。 2013年に吉田義人の後任として明治大学ラグビー部の監督に就任し、2017年度まで監督を務めた。
和田透(わだ とおる、1950年1月29日 - )は、日本の… 和田透(わだ とおる、1950年1月29日 - )は、日本の元ラグビー選手。
井沢 義明(いざわ よしあき、1947年5月27日 - 20… 井沢 義明(いざわ よしあき、1947年5月27日 - 2014年 7月1日)は、北海道出身の元ラグビー選手。
寺西 博(てらにし ひろし、1935年2月8日 - )は、日… 寺西 博(てらにし ひろし、1935年2月8日 - )は、日本の元・ラグビー選手及び指導者。 北見北斗高校を経て、明治大学(以下、明大)へ進み、1956年度シーズンには明大の主将を務めた。また同年、オーストラリア学生代表戦でラグビー日本代表デビューを果たし、通算キャップ数5を獲得した。 明大卒業後は日本鉱業に入社。 その後、明大ラグビー部のコーチを経て、ヘッドコーチに就任。明大ラグビー部の象徴である北島忠治監督を長年に亘って補佐し、北島が体調不良のため、1991年度シーズンより試合会場へ姿を見せなくなると、自身が指揮を執った。 1996年、北島が死去したため、二代目の明大ラグビー部監督に就任。同年度の大学選手権で明大は優勝した。
宮井 国夫(みやい くにお、1932年12月3日 - )は、… 宮井 国夫(みやい くにお、1932年12月3日 - )は、日本の元ラグビー選手。「走る重戦車」の異名をもつ。 北海道北見北斗高等学校時代の1951年度、主将として全国高等学校ラグビーフットボール大会に出場し、準優勝を経験。 その後、明治大学へと進み、1955年度には主将を務め、また同大学在籍時代には日本代表選手にも選出された。加えて当時、同大学の陸上部が弱小であったため、100m走・10秒台の走力を見込まれて、1955年の日本学生陸上競技対校選手権大会の同種目に出場し、10.6秒の好タイムをマークして2位に入った。 1956年、八幡製鐵に入社。同社在籍時代には、全国社会人ラグビーフットボール大会(全国社会人大会)で6回の優勝を経験。
斎藤 尞(さいとう りょう、1926年10月30日 - 20… 斎藤 尞(さいとう りょう、1926年10月30日 - 2015年10月30日)は、日本の元ラグビー選手及び同監督。 北海中学を経て明治大学へと進んだ。 第二次世界大戦後初めて行われた1946年を手始めに、明早戦に5シーズン連続で出場。1949年度シーズンには主将として、東西学生ラグビーフットボール対抗王座決定戦制覇など、11戦全勝の記録をもたらした。その後、大映に進み、ここでもプレーした。 また、1952年のオックスフォード大学戦(2試合)、1953年のケンブリッジ大学戦(2試合)に日本代表選手として出場し、キャップ4を獲得。 現役から退いた後は、長らく監督の北島忠治を補佐するヘッドコーチとして母校・明治大学の指導にあたる傍ら、1974年に日本代表監督に就任。
笠原 恒彦(かさはら つねひこ、1911年7月18日 - 1… 笠原 恒彦(かさはら つねひこ、1911年7月18日 - 1989年4月17日)は、日本の元ラグビー選手、俳優。本名同じ。東京市小石川区(現在の東京都文京区)生まれ、北海道育ち。 ラグビー選手として現役時代の主なポジションはフルバック(FB)及びファイブエイス(FE)。 北海中等学校(現 北海高等学校)を経て、明治大学(以下、明大)に進学。明大ではラグビー部で活動し、1930年度シーズンから1935年度シーズンまで、6年連続で明早戦に出場した他、同部在籍時代は全ての公式戦(全45試合)に出場した経験を持つ。トライゲッターであるとともに、キッカーとしても明大の得点源選手として活躍した。 また、1932年のカナダ代表来日試合を手始めに、ラグビー日本代表(以下、代表)としてキャップ6を獲得。