青木 良太(あおき りょうた、1984年8月19日 - )は… 青木 良太(あおき りょうた、1984年8月19日 - )は、大阪府出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)。 千葉県の市立船橋高校では1年次からレギュラーを獲得、3年次は守備の要として高校選手権優勝に貢献した。2000年にはAFC U-16アジアユース、2001年にはFIFA U-17世界選手権に出場し、年代別の日本代表に選出されている。 2003年にガンバ大阪へ入団。2005年は腰椎椎間板ヘルニアに苦しんだ。翌年からは完全復活し、激しいポジション争いを演じていたが、2008年に出場機会を求めてジェフユナイテッド市原・千葉に完全移籍した。 2013年8月10日、ロアッソ熊本へ期限付き移籍。
浅間 敬太(あさま けいた、1984年8月19日 - )は、… 浅間 敬太(あさま けいた、1984年8月19日 - )は、千葉県千葉市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 小学校時代は愛知県名古屋市で過ごす。千葉市立みつわ台中学校を卒業後、敬愛学園高等学校に入学。2年秋に関東大会出場も1回戦でサヨナラ負け、3年夏はベスト8。 2002年のドラフト会議で、地元でありファンでもあった千葉ロッテマリーンズに3巡目で指名を受け、相思相愛の形で入団。 2003年7月19日にプロ初登板。一軍公式戦初先発となった7月23日の対近鉄戦では1、2番連続四球の後、3番・タフィ・ローズに被弾するなど、結局23球・1/3投球回を投げ2被安打3与四死球3失点とほろ苦デビューとなった(チームは打線の粘りによって引き分けた)。
深津 康太(ふかつ こうた、1984年8月10日 - )は、… 深津 康太(ふかつ こうた、1984年8月10日 - )は、千葉県印西市出身の元プロサッカー選手。ポジションはディフェンダー。 2003年に名古屋グランパスエイトに入団。デビュー戦で前半で交代するなど結果を出せず、水戸ホーリーホックに期限付き移籍。初めて1シーズンを通じてレギュラーとして出場した。 2006年名古屋に復帰するも6月に柏レイソルへの期限付き移籍で加入。水戸時代に味わった楽しさや厳しさを求めての移籍だったが、練習初日にケガで離脱し、その後も当時監督の石﨑信弘らコーチ陣と頻繁に揉め構想外となり天皇杯1試合の出場に留まった。 2006年シーズン終了後に名古屋を退団。 2007年、名古屋時代の先輩である森山泰行を頼り当時JFLに所属していたFC岐阜に加入。
桑島 和宏(くわじま かずひろ、1984年8月8日 - )は… 桑島 和宏(くわじま かずひろ、1984年8月8日 - )は、千葉県出身の競艇選手。登録番号4379。身長163cm。血液型O型。98期。同期に平山智加がいる。 父は地方競馬船橋競馬場所属の元騎手の桑島孝春。伯父は日本中央競馬会所属の後地方競馬に移籍した元騎手の桑島孝明。
市川 渚(いちかわ なぎさ、1984年7月26日 - )は、… 市川 渚(いちかわ なぎさ、1984年7月26日 - )は、日本の元読者モデルで、クリエイティブ・コンサルタント。元京都精華大学講師、元ウェブマガジン『DiFa』創刊編集長。NAGISA COSMETICとして中田ヤスタカプロデュースによりCDデビューもしている。 幼い頃から叔父や家族の影響でデジタルへの関心が高く、まだインターネットの環境が良くない従量課金制だった中学1、2年の頃から、自分のウェブサイトを制作したり、アーティストのファンサイトを制作し運営していた。しかし、インターネットやウェブを仕事にしようとは思わず、当時はファッションデザイナーになりたかったことから、進路はファッションを選択する。
尾本 敬(おもと けい、1984年7月21日 - )は、千葉… 尾本 敬(おもと けい、1984年7月21日 - )は、千葉県出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)。 2003年に八千代高校を卒業し、横浜F・マリノスに入団。しかし、入団後もなかなか出番に恵まれず、3年間で2試合の出場(うち、1試合が天皇杯でのザスパ草津戦)に終わり、2005年末に戦力外通告を受ける。 2006年にJリーグ合同トライアウトを経て、ザスパ草津に加入。 開幕から3バックの左ストッパーとして、高いヘディングを武器にレギュラーを獲得。第16節ヴィッセル神戸戦での負傷交代を除き、全てスタメン・フルタイム出場を果たすが、第37節以降はケガの影響でベンチスタートとなり、9月に右膝膝蓋靭帯を断裂し、戦線離脱。
副島 淳(そえじま じゅん、1984年〈昭和59年〉7月18… 副島 淳(そえじま じゅん、1984年〈昭和59年〉7月18日 - )は、日本の俳優、タレント。所属事務所は有限会社リミックス。 日本人とアメリカ人のハーフ。東京都大田区蒲田生まれ。千葉県浦安市育ち。浦安市立美浜中学校、柏市立柏高等学校、東京成徳大学日本伝統文化学科卒業。 幼少期からハーフであることを理由に様々なイジメや差別を受けた。ネイティブの日本人であるにもかかわらず、外見から英語を話せるのが当然であるかのような偏見を持たれることにも苦しんだ。実際、英語は話すことができず、2016年11月(32歳)までは海外に行ったことがなかった。 身長は195cmで、アフロヘアーを入れると210cm。高身長を生かして、柏市立柏高等学校、東京成徳大学でバスケットボールに打ち込み、高校時代は太田敦也(当時三遠ネオフェニックス)と共に全国高等学校総合体育大会や全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会(ウインターカップ)に出場している。
永岡 歩(ながおか あゆみ、1984年7月12日 - )は、… 永岡 歩(ながおか あゆみ、1984年7月12日 - )は、CBCテレビ(CBC)の男性アナウンサー。
田中 圭(たなか けい、1984年〈昭和59年〉7月10日 … 田中 圭(たなか けい、1984年〈昭和59年〉7月10日 - )は、日本の俳優。東京都江東区亀戸出身。トライストーン・エンタテイメント所属。渋谷教育学園幕張高等学校卒業。妻は俳優のさくら。 2003年、ドラマ『WATER BOYS』で山田孝之演じる主人公の親友・安田孝の役を務め、脇役ながら注目を集めた。 2006年1月25日放送分のフジテレビのバラエティ番組『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』の確認VTRに登場し、何の脈絡もなく微笑みかける謎の青年として出演。その後も、幾たびかトリビア紹介本編前の冒頭部映像や確認VTRに登場している。これ以降も出演するドラマの番組宣伝を兼ねてバラエティ番組に出演する機会が多くなり、2007年10月からは『どうぶつ奇想天外!』に1年間レギュラー解答者として出演した。
高市 俊(たかいち しゅん、1984年7月9日 - )は、千… 高市 俊(たかいち しゅん、1984年7月9日 - )は、千葉県流山市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 流山市立東小学校、流山市立東部中学校卒業。 帝京高校時代は松本高明、吉田圭らがチームメイト。自身はエースを務めたほか、高校通算12本塁打を記録するなど打撃も良く、登板しない際には三塁手としても出場していた。3年生時(2002年)には第84回全国選手権に出場し、最終的に準決勝まで勝ち進んだが、2回戦の光泉高校(滋賀県代表)戦以外はピリッとせず、伝令役の選手に「エースならしっかりしろ!」と一喝される一幕もあった。 青山学院大学では国際政治経済学部に在籍。山岸穣の卒業後にエースとなる。3年春から4年春にかけて同大学のリーグ3連覇に貢献し、東都大学リーグ史上初となる3季連続でのMVP、最優秀投手、ベストナインの三冠に輝いた。
遠藤 誠(えんどう まこと、1984年7月1日 - )は、日… 遠藤 誠(えんどう まこと、1984年7月1日 - )は、日本の俳優、スーツアクター。元ジャパンアクションエンタープライズ所属。梅棒のメンバー。血液型はA型。千葉県八街市出身。日本大学芸術学部卒業。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
長田 昌浩(ながた まさひろ、1984年6月10日 - )は… 長田 昌浩(ながた まさひろ、1984年6月10日 - )は、千葉県茂原市出身の元プロ野球選手(内野手)。 中学時代は陸上競技部へ入部し、市原シニアに所属。高校は東海大望洋高に進学し、1年春からレギュラーとして活躍、2年夏の千葉大会準優勝。 高校時代から好守、俊足、巧打のショートとして注目され、西岡剛等と共に「ポスト松井稼頭央」として注目された。高3夏の千葉大会では日米11球団19人のスカウトが彼のプレーを見ている。 2002年度ドラフト会議にて「巨人以外の指名なら東海大進学」を表明し、読売ジャイアンツから4巡目指名を受け、入団。「篠塚2世」として期待された。 ルーキーイヤーの2003年高卒新人選手では松井秀喜以来の一軍キャンプスタートとなり、多大な期待を受けた。
阿部 嵩(あべ しゅう、1984年6月7日 - )は、大阪府… 阿部 嵩(あべ しゅう、1984年6月7日 - )は、大阪府出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 横浜市立さつきが丘小学校、横浜市立谷本中学校を卒業。小学校時代にヴェルディジュニアに所属し、中学校時代もヴェルディジュニアユースに所属する。 ユースへの昇格はならず、習志野高校へ進学するが、当時のサッカー部監督であった本田裕一郎の転任に同行する形で流通経済大学柏高校へ移る。 高校卒業時に、テストによりザスパ草津への入団が内定していたが、流通経済大学への進学を選択。流通経済大学サッカー部の主力として4年間を過ごす。この間、2年次には関東大学選抜Aに選出、3年次にも関東大学選抜Bに選出されるなど、大学サッカー界で一定の評価を得ていた。
土岐田 麗子(ときた れいこ、1984年5月31日 - )は… 土岐田 麗子(ときた れいこ、1984年5月31日 - )は、千葉県生まれのファッションモデル、タレント。所属事務所はプラチナムプロダクション。雑誌『JJ』のモデルを中心に活躍中。
白坂 卓也(しらさか たくや、1984年5月20日 - )は… 白坂 卓也(しらさか たくや、1984年5月20日 - )は、千葉県千葉市出身の男性レーシングドライバー。
髙安 亮介(たかやす りょうすけ、1984年5月14日 - … 髙安 亮介(たかやす りょうすけ、1984年5月14日 - )は、千葉県出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。サッカー指導者。 船橋市立船橋高等学校時代は第81回全国高校サッカー選手権大会を制覇(怪我のため決勝は出場せず)。国際武道大学時代は、2年連続で関東2部ベストイレブンに選ばれるも、4年時の最終節では引き分けに終わり1部昇格を逃した。栃木SCにはアマチュア選手として加入したが、2007年シーズン後、アマチュア選手としては唯一のプロ契約を勝ち取り、2008年シーズンからはプロ選手としてプレーした。チームのJ2昇格後初となる2009年シーズンは背番号10を背負ったが、シーズン終了にての契約満了となった。
阿形美由紀(あがた みゆき、1984年5月10日 - )は、… 阿形美由紀(あがた みゆき、1984年5月10日 - )は、千葉県出身の元バスケットボール選手。エバラヴィッキーズに所属していた。ポジションはガード。154cm。ニックネームは「ミーナ」。 市立船橋高、玉川大学を経て荏原製作所に入社。チームの主力として活躍を見せる。 2010年引退。引退後は母校の玉川大学バスケットボール部アシスタントコーチに就任。 コーチ引退後、小学校教員をめざし、小学校教員として活躍中
末廣 潤(すえひろ じゅん、1984年5月7日 - )は、千… 末廣 潤(すえひろ じゅん、1984年5月7日 - )は、千葉県出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。190cm、82kg。竹内世代のひとり。 京北中・高校に在籍し、全国大会で活躍。高校3年次には主将を務めた。 法政大学では4年次にインカレ準優勝に貢献。 卒業後の2007年、ライジング福岡に入団。 退団後、ストリートボールリーグLEGENDを経て、地元の千葉ピアスアローバジャーズにてプレー。
千本松 仁(せんぼんまつ じん、1984年4月28日 - )… 千本松 仁(せんぼんまつ じん、1984年4月28日 - )は、ゲームミュージックを中心とした作曲家、編曲家、ギタリスト。千葉県銚子市出身。 中学生の頃よりエレクトリック・ギターを始め、高校生で作曲を行い、自身のバンドや他アーティストに楽曲提供を開始。 銚子市立銚子高等学校卒業後、ギターを藤本和孝、作曲を飯島俊成・高橋コウタに師事。 2006年、コナミデジタルエンタテインメント入社。同年9月13日稼動開始の『GuitarFreaksV3』『DrumManiaV3』のシステムBGMと、楽曲「AXIS」を皮切りに、BEMANIシリーズを4年間担当。 その後、関連会社のKPEから発売された遊技機(パチスロ)のサウンドを7年間担当。
大久保 裕樹(おおくぼ ゆうき、1984年4月17日 - )… 大久保 裕樹(おおくぼ ゆうき、1984年4月17日 - )は、千葉県市原市出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー。 2002年、船橋市立船橋高校時代に全国高校選手権に出場。優勝に輝き、主将として活躍した大久保も優秀選手に選ばれた。同学年のチームメイトには青木良太、小宮山尊信、小川佳純、原一樹らがいる。 2003年、当時J2のサンフレッチェ広島に入団。プロ同期入団は、松浦宏治、高木和正、河原正治、田中俊也、木村龍朗。右SBとして出場機会をうかがっていたが、駒野友一の壁は厚く、また駒野が怪我で長期離脱中に右WBとして出場機会を得られるも、満足なものではなかった。 2005年のオフにチームからCBへのコンバートを打診されたところに、京都パープルサンガよりSBとしてオファーを受け、レンタル移籍し、翌2006年には完全移籍した。
岩本 俊介(いわもと しゅんすけ、1984年4月13日 - … 岩本 俊介(いわもと しゅんすけ、1984年4月13日 - )は、千葉県成田市出身の競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第94期生。日本競輪選手会千葉支部所属。 中学はバスケットボール部に所属。高校・大学は陸上部に所属し、大学3・4年次に関東インカレでの優勝経験を持つ。しかし陸上でアスリートとしてプロになることは現実的ではなく、卒業後の進路を悩んでいた。過去に陸上関係での友人である藤田大輔が高校卒業後に適性試験で競輪学校に入学していたことから、自転車競技未経験でも競輪選手になれることを知り、周りの就職活動に合わせて競輪の世界へと飛び込んだ。 競輪学校94期生として在校成績13位で卒業し、2008年7月1日に千葉競輪場でデビュー(1着、1着、1着の完全優勝)。
金杉 陽子(かなすぎ ようこ、1984年4月12日 - )は… 金杉 陽子(かなすぎ ようこ、1984年4月12日 - )は、日本の女性アナウンサー。エス・オー・プロモーション所属。千葉県香取郡多古町出身。 千葉県立佐原高等学校、國學院大學法学部卒業。SOプロ・トークアカデミー修了。台東ケーブルテレビ契約アナウンサー。 大食いでも知られ、自身が司会を務めていた「おじゃまします!市町村街かどクイズ」のCMのネタとして使用されることがある。 ※千葉テレビにて放送。いずれも終了
粟生 隆寛(あおう たかひろ、1984年4月6日 - )は、… 粟生 隆寛(あおう たかひろ、1984年4月6日 - )は、日本の元プロボクサー。千葉県市原市出身。帝拳ボクシングジム所属。元WBC世界フェザー級王者。元WBC世界スーパーフェザー級王者。世界2階級制覇王者。 史上初のアマチュア高校6冠達成者。 元ボクサーだった父広幸の指導の下、3歳からボクシングを始める。5歳から水泳も習い始め、小学校入学前に4泳法(クロール・背泳ぎ・平泳ぎ・バタフライ)すべてをマスターした。小学生の時に学校の課題で「将来の夢」をテーマとした作文を書いた時には、文章は「ボクシングで世界チャンピオンになりたい」とだけ書いて、余白には大きくWBCの世界チャンピオンベルトの絵を書いていた。
今西 郁瑠(いまにし かおる、1984年4月6日 - )は、… 今西 郁瑠(いまにし かおる、1984年4月6日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 千葉県船橋市出身。実姉がバレーボールをしていたのがきっかけで小学校2年生よりバレーボールを始める。市立船橋高校在学時は春高バレー等に出場。日本体育大学に進学し、4年次に同チーム主将を務めた。 2007年、プレミアリーグ・トヨタ車体クインシーズに入団。都築有美子とともに強烈なジャンプサーブが持ち味である。平成20年度天皇杯・皇后杯全日本バレーボール選手権大会で初優勝に貢献した。2010年度よりチーム主将を務める。 2012年6月に現役を引退し社業専念。
田久保 賢植(たくぼ けんしょく、1984年3月31日 - … 田久保 賢植(たくぼ けんしょく、1984年3月31日 - )は、千葉県八千代市萱田町出身の元プロ野球選手(外野手)、野球指導者。一般社団法人オールネーションズ副代表。 6か国(アメリカ・日本・カナダ・オーストラリア・チェコ・オーストリア)の独立リーグ、マイナーリーグチームでプレーした経験を持つ。 高校時代に雑誌でメジャーリーグ(モントリオール・エクスポス)のトライアウト記事を見たことがきっかけで、フロリダ州のベースボールアカデミー、次いでアメリカのサマーリーグに参加。元は外野手だったが、この渡米時の経験で内野手にも挑戦した。状態はよかったが肉離れを発症して、アメリカでの契約には至らなかった(怪我を惜しまれたという)。
山本 博子(やまもと ひろこ、1984年〈昭和59年〉3月1… 山本 博子(やまもと ひろこ、1984年〈昭和59年〉3月17日 - )は、2006年から2017年3月まで活動していた日本の元女優、アーティストである。 2007年~公開 映画 2008年~公開 映画 2009年~公開 映画 2010年~公開 映画 2012年~公開 映画 2016年8月公開 映画 2017年6月公開 映画
ランボー宏輔(ランボー こうすけ、1984年3月5日 - )… ランボー宏輔(ランボー こうすけ、1984年3月5日 - )は、日本の男性総合格闘家。千葉県八千代市出身。パラエストラ千葉所属。 2009年9月27日、第16回全日本アマチュア修斗選手権にバンタム級で出場。準決勝で加藤昌良(マッチョ・ザ・バタフライ)と対戦し、判定勝ち。決勝戦では本間祐輔と対戦し、判定負け。準優勝に終わる。 2010年1月23日、プロ修斗デビュー戦となる2010年度バンタム級新人王トーナメント1回戦で金内雄哉と対戦し、判定1-1でドローとなるが、規定によりランボーが2回戦に進出。その後、2回戦、準決勝と勝ち進み、2010年12月18日、決勝戦で本間祐輔と対戦し、KO勝利。アマチュア時代の雪辱を果たすとともに、2010年修斗バンタム級新人王となった。
坂井 宏朱 (さかい ひろみ、1984年2月25日 - 20… 坂井 宏朱 (さかい ひろみ、1984年2月25日 - 2012年1月15日)は、日本のオートレーサー(船橋オートレース場所属)。所有車は、「Jロビンソン」・「ポジティブ」。 2008年のスーパースター王座決定戦開催日に川口オートレース場へ観戦に行った際に、後に自身の指導員(師匠)となる永井大介の走りに感銘を受け、当時原付免許すらも取得していなかったが、オートレース選手になることを決意。 2010年6月24日、佐藤摩弥とともに、女子受験者としてオートレース第31期養成員試験に合格した2人のうちの1人となった。合格発表後にJTBを退社し、同年9月、茨城県下妻市に所在するオートレース選手養成所に入所した。
若荒雄 匡也(わかこうゆう まさや、 1984年2月24日 … 若荒雄 匡也(わかこうゆう まさや、 1984年2月24日 - )は、千葉県船橋市出身で阿武松部屋所属に所属していた元大相撲力士。本名は八木ヶ谷 匡也(やきがや まさや)、愛称はマサヤ。苗字は後述する理由から母方のものを名乗っており、旧姓は不明。現役時代の体格は身長180cm、体重172kg、血液型はO型、星座は魚座。得意技は突き押し、引き。最高位は西小結(2012年1月場所)。現在は年寄・不知火。 千葉県船橋市で生まれ、2歳のときに父親を交通事故で失い、母親の手で育てられる。小学生低学年のころから親戚の家の近くにあった阿武松部屋に出入りしており、阿武松部屋が主催する相撲教室である「キッズ阿武松」で相撲を学んだ。
国枝 慎吾(くにえだ しんご、1984年2月21日 - )は… 国枝 慎吾(くにえだ しんご、1984年2月21日 - )は、日本の元プロ車いすテニス選手。ユニクロ所属。 グランドスラム車いす部門で、男子世界歴代最多となる計50回(シングルス28回、ダブルス22回)優勝の記録保持者。年間最終世界ランキングでは1位を10回記録している。 また、生涯ゴールデンスラムを達成している。 シングルスでは、年間グランドスラム(3冠)を計5回達成し、ダブルスではキャリアグランドスラムと4大会連続優勝を果たしている。「車いすテニス界のレジェンド」と称されている。 パラリンピックでは、金メダルをシングルスで3個、ダブルスで1個獲得。5大会連続(2004年アテネ〜2021年東京)でメダル獲得をしている。
内藤 のび太(ないとう のびた、1984年2月17日 - )… 内藤 のび太(ないとう のびた、1984年2月17日 - )は、日本の男性総合格闘家。千葉県印西市出身。パラエストラ松戸所属。元ONE世界ストロー級王者。元修斗世界フライ級王者。 弟は総合格闘家の内藤頌貴。 22歳の時に格闘技を始めた。それまでスポーツの経験はほとんどなかったが、2011年に全日本アマチュア修斗選手権フライ級(52kg)で優勝し、27歳でプロに昇格した。 2012年8月25日、修斗フライ級新人王決定トーナメント2回戦で藤川翼を相手にプロデビュー戦を行い、2Rにギロチンチョークで一本勝ちを収めた。12月15日の決勝戦でSHOTAと対戦。2RにパウンドでKO勝ちを収め、2012年度の修斗フライ級新人王を獲得した。
猿山 力也(さるやま りきや、1984年2月15日 - )は… 猿山 力也(さるやま りきや、1984年2月15日 - )は、日本の男子陸上競技選手。専門は走幅跳。千葉県流山市出身。成田高校、日本大学を経てモンテローザ10年所属、現在プロ陸上選手へ転向し現役を続けている。自己ベストは走幅跳8m05、400m 47″70、300m 33″10、200m 21″39。 2007年に全日本実業団対抗陸上競技選手権大会で優勝。 2009年には香港で開催された東アジア競技大会に代表に選ばれ、銅メダルを獲得している。また、同年の日本陸上競技選手権大会でも荒川大輔、菅井洋平に続く3位につけた。 2010年にテヘランで開催されたアジア室内陸上競技選手権大会に出場し、走り幅跳びで金メダルを獲得した。
鈴木 規郎(すずき のりお、1984年2月14日 - )は、… 鈴木 規郎(すずき のりお、1984年2月14日 - )は、千葉県千葉市出身の元サッカー選手。日本サッカー協会登録仲介人。株式会社By players代表取締役。 現役時代のポジションはディフェンダー(左サイドバック)、ミッドフィールダー(左サイドハーフなど)、フォワード(ウイング)。 5歳の時に サッカースクールに入り、小学校時にはジェフユナイテッド市原スクールに入会。中学に入学するとジェフ市原ジュニアユースに昇格。1998年にはU-15クラブユース選手権で全国優勝を果たした。しかし、チーム一丸のサッカーがしたい鈴木にとって各々がプロを目指し指導者へのアピールに躍起になっている市原は居心地が悪く、一方で前年度の高校選手権で「羽生(直剛)さんがいて、面白いサッカーをしている」と地元千葉の八千代高校に好印象を持ったことから、ユース昇格を選ばず1999年に八千代高校へ進学。
中島 崇典(なかじま たかのり、1984年2月9日 - )は… 中島 崇典(なかじま たかのり、1984年2月9日 - )は、千葉県出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー。
石戸 諭(いしど さとる、1984年2月6日 - )は、日本… 石戸 諭(いしど さとる、1984年2月6日 - )は、日本のコメンテーター・記者・ノンフィクションライター。元毎日新聞、BuzzFeed Japan記者。 東京都生まれ。千葉県立流山南高等学校、立命館大学法学部卒業後、毎日新聞社入社。岡山支局、大阪社会部、デジタル報道センターを経て退職後、2016年1月BuzzFeed Japanに転職。 2018年4月に独立し、フリーランスの記者・ノンフィクションライターとして活動。現在、ニューズウィーク日本版、フォーブス、文藝春秋、週刊現代、集英社kotoba、日経サイエンス、現代ビジネス、ハフポスト日本版、朝日新聞「DANRO」(2020年3月終了)、Yahoo!ニュース個人などに寄稿。
萬場 努(まんば つとむ、1984年1月28日 - )は、千… 萬場 努(まんば つとむ、1984年1月28日 - )は、千葉県柏市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。 現役時代のポジションは、ディフェンダー。 現役時代は日本フットボールリーグ(JFL)の佐川印刷SCでプレーし、23歳で現役を引退。 引退後すぐに茨城県の明秀学園日立高校の監督に就任。2012年、高校総体に初出場を果たすと、2018年の高校選手権でベスト8進出。2022年の関東大会で初優勝を果たすなど、チームを全国大会の常連に育て上げた。 2023年夏の高校総体では初戦で静岡学園高校、3回戦で青森山田高校といった高円宮杯プレミアリーグ所属の強豪校を下して決勝進出を果たすと、決勝では桐光学園高校を下し大会初優勝を果たした。
湯原 祐希(ゆはら ひろき、1984年1月21日 - 202… 湯原 祐希(ゆはら ひろき、1984年1月21日 - 2020年9月29日)は、日本の元ラグビー選手、コーチ。ジャパンラグビートップリーグの東芝ブレイブルーパス(後の東芝ブレイブルーパス東京)に所属していた。引退後はFWコーチを務めた。 6歳のときにラグビーを始める。 2002年、流経大柏高校卒業後、流通経済大学に入る。 2006年、流通経済大学卒業後、東芝ブレイブルーパスに加入。 2008年10月25日に行われたジャパンラグビートップリーグ第6節の日本IBMビッグブルー戦にて、先発出場で公式戦初出場を果たす。 2010年5月11日、韓国戦で日本代表として初キャップを記録している。 2011年、ラグビーワールドカップ2011の日本代表に選ばれ、9月16日のニュージーランド代表戦に出場した。
塩原 康孝(しおばら やすたか、1984年1月20日 - )… 塩原 康孝(しおばら やすたか、1984年1月20日 - )は、日本の俳優、デザイナー、ベーシスト。ロックバンドSCREWの元ベーシスト、ARTiCLEARのベーシスト「ルイ」としても知られている。 千葉県千葉市出身。生後すぐサンフランシスコへ移住した為英語が堪能。曽祖父は逓信院の総裁を務めたこともある政治家の塩原時三郎。 サッカーに明け暮れる学生生活を送るが、LUNA SEAに影響され、音楽の道を志しベーシストとして活動をスタートさせる。 2010年、ベーシストが脱退し、不在だったSCREWにサポートを経て加入。2012年、徳間ジャパンコミュニケーションズよりメジャー・デビュー。2014年12月28日、渋谷AiiA Theater Tokyoでのライブもって脱退。
石井 裕介(いしい ゆうすけ、1984年1月20日 - )は… 石井 裕介(いしい ゆうすけ、1984年1月20日 - )は、日本の男性ギタリスト、作曲家、編曲家。所属事務所は株式会社こころざし音楽工房。千葉県八千代市出身。0型。作曲、編曲、ギタリスト、音楽講師の活動と並行し「音楽での地域貢献」を目指し、地元である八千代市をはじめ日本各地様々な地域興しソングを手掛けている。既婚。 趣味は愛猫「楓」の毛づくろい、観察、撮影。SNSはほとんどが猫の記事ばかりを投稿している。 八千代市立八千代台東第二小学校、八千代市立八千代中学校、千葉県立八千代東高等学校、東京ミュージックメディアアーツ尚美(現・尚美ミュージックカレッジ専門学校)を卒業後にバンド活動と並行しフリーのギタリストとして活動を開始。
市井 紗耶香(いちい さやか、1983年〈昭和58年〉12月… 市井 紗耶香(いちい さやか、1983年〈昭和58年〉12月31日 - )は、日本のタレント、モデル、歌手、女優、政治家。モーニング娘。の元メンバー(2期)。元参議院議員(1期)。愛称は市井ちゃん、さやりん、母さん。千葉県船橋市出身。血液型A型。身長158 cm。戸籍名は、渡邊 紗耶香(わたなべ さやか)。 千葉県船橋市生まれ。船橋市立高根台中学校卒業。 1998年5月、保田圭、矢口真里と共に、モーニング娘。に2期メンバーとして加入、シングル「サマーナイトタウン」でデビュー。同年12月31日、モーニング娘。として、『第40回日本レコード大賞』最優秀新人賞受賞、『第49回NHK紅白歌合戦』初出場。
河田 優(かわた ゆう、1983年12月15日 - )は、千… 河田 優(かわた ゆう、1983年12月15日 - )は、千葉県流山市出身の元女子サッカー選手。早稲田大学卒。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 2005年、ユニバーシアードサッカー競技メンバーに選出。 2006年に東京電力女子サッカー部マリーゼに入団。2007年、早稲田大学ア式蹴球部で1年先輩に当たる日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)川崎フロンターレ所属(当時)の植草裕樹と入籍。7月、結婚を理由にマリーゼを退団した。
清水 勇人(しみず はやと、英:SIMIZU Hayato、… 清水 勇人(しみず はやと、英:SIMIZU Hayato、1983年12月13日 - )は、千葉県市原市出身のサッカー審判員。VARおよびAVAR担当審判員。 千葉県立市原高等学校3年の時に4級審判員資格を取得。大学には進まず、働きながら23歳で3級、25歳で2級審判員の資格を取得し、2010年に日本サッカー協会 (JFA) の審判養成学校であるJFAレフェリーカレッジに7期生として入学。2011年12月に1級審判員の資格を取得し、2013年から日本フットボールリーグ (JFL) で主審を担当、2014年から日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の審判員として登録された。 担当試合でレッドカードを出す割合が多いといわれており(J2・J3担当77試合で20枚のレッドカードを提示)、2018年6月16日に行われたJ2第19節・松本山雅FCvs大分トリニータの試合後の公式記者会見では松本監督の反町康治がこの試合の清水のレフェリング、さらには主審の判定を評価するべき立場のマッチコミッショナーおよび審判アセッサーの質に対して苦言を呈す場面があった。
折原 みか(おりはら みか、1983年11月28日 - )は… 折原 みか(おりはら みか、1983年11月28日 - )は、日本の女性タレント、アイドル、レースクイーン、グラビアアイドル。身長154cm。血液型A型。千葉県野田市出身。本名は山﨑花織。 デビュー当時のキャッチフレーズは「木漏れ日の妖精」と認識されていたが、公式のものではなく、本人がBSフジの番組内において受けを狙って一度だけ自作披露したものであることを明らかにし、また、それが一般化したことに対し驚きを感じていることを示した。RKB毎日放送『九州青春銀行』などでは「日本一キャシャかわいい(華奢で、可愛いの意)」アイドルを自称している。 2003年、レースクイーンとなり、その容姿で人気を獲得する。
伊藤 淳史(いとう あつし、1983年〈昭和58年〉11月2… 伊藤 淳史(いとう あつし、1983年〈昭和58年〉11月25日 - )は、日本の俳優。千葉県船橋市出身。クォータートーン所属。伊藤隆大は実弟。 あすなろ保育園、船橋市立金杉小学校(サッカー部)、船橋市立御滝中学校(サッカー部)、千葉県立国府台高等学校、法政大学経営学部卒業。 元々、子役として数多くのテレビ番組に出演していたが、バラエティ番組『とんねるずのみなさんのおかげです』(フジテレビ)の中の1コーナー、「仮面ノリダー」のチビノリダー役で知名度を上げ、1990年からスタートしたテレビドラマ『渡る世間は鬼ばかり』(TBSテレビ)に第2シリーズまでレギュラー出演していた。2000年秋から放送された大塚製薬の「カロリーメイト」のテレビコマーシャルのワカゾー役で人気を決定的なものにする。
木村 悠(きむら ゆう、1983年11月23日 - )は、日… 木村 悠(きむら ゆう、1983年11月23日 - )は、日本の元プロボクサー。千葉県千葉市出身。帝拳ボクシングジム所属。第37代日本ライトフライ級王者。元WBC世界ライトフライ級王者。 中学2年のときにドキュメンタリー番組がきっかけとなりフィットネスジムでボクシングを始める。 習志野高校でボクシング部に所属し、インターハイ3位・国体2位の成績を残す。1年後輩に粟生隆寛がいる。 法政大学進学後、1年次で全日本選手権ライトフライ級優勝を果たす。 大学在学中より帝拳にスパーリングなどで出稽古をしており、卒業後に入門。 2006年10月7日、後楽園ホールで6回戦デビューを2回TKO勝利。 デビュー5戦4勝1分後、2008年6月21日、小野心(ワタナベ)に5回負傷判定負け、6戦目でプロ初黒星。
米田 元気(よねだ もとおき、1983年11月3日 -)は、… 米田 元気(よねだ もとおき、1983年11月3日 -)は、ラジオNIKKEIに所属する男性アナウンサーである。千葉県柏市出身。早稲田大学第一文学部卒業。 2007年、アナウンサーとして福島テレビに入社。2008年にFNSアナウンス大賞・新人部門の部門賞を獲得した。2012年3月、福島テレビを退社。2013年1月1日付けで、ラジオNIKKEIに入社。2016年春に大関隼と入れ替わる形で大阪支社に異動。2020年1月に山本直と入れ替わる形で東京本社に復帰する。 『うまきんIII』では渡辺和昭、競馬LIVEへGO!では藤巻崇や番組のリスナーから「寅さん」という愛称で呼ばれている。 2013年9月8日の中山競馬1RでラジオNIKKEIでの競馬実況デビュー、2014年10月13日の東京ハイジャンプでラジオNIKKEIでの初重賞実況を行った。
小倉 優子(おぐら ゆうこ、1983年(昭和58年)11月1… 小倉 優子(おぐら ゆうこ、1983年(昭和58年)11月1日 - )は、日本のバラエティタレント。千葉県茂原市出身[注 1]。血液型はB型。アヴィラ(旧・アバンギャルド)を経てプラチナムプロダクション所属。
大和 ヒロシ(やまと ヒロシ、1983年10月20日 - )… 大和 ヒロシ(やまと ヒロシ、1983年10月20日 - )は、日本の男性プロレスラー、政治家。千葉県君津市議会議員(1期)。本名:三原 弘嗣(みはら ひろし)。千葉県君津市出身。東京農業大学卒業。血液型A型。 小学校3年生時に町内の少林寺拳法道場に入門。中学時代はバスケットボールとサッカーに励み、高校から大学まではレスリング部に所属。君津青葉高校3年生のときに千葉県高校総体で85キロ級優勝、その年の国体ではグレコローマンでベスト16入り、大学時にはJOC杯ジュニアオリンピック76kg級で3位の成績を上げている。 2006年に行われた武藤塾の新人オーディションに合格し、武藤敬司が社長を務める全日本プロレスに入門する。
田辺 智加(たなべ ちか、1983年〈昭和58年〉10月18… 田辺 智加(たなべ ちか、1983年〈昭和58年〉10月18日 - )は、日本のお笑いタレント。お笑いカルテットぼる塾のメンバー。 田辺が中学校に入学して最初の中間試験の英語で百点を取った。中学三年間の試験で英語については九十点以下を取ったことがないという。英語に対する自信から、キャビンアテンダントや空港のグランドスタッフになることを志し、東京都内の高校から短期大学の英語科に進んだ。しかしそこで、筆記は得意だがコミュニケーションができないことに気がついた田辺は夢に対して冷めた。 短大卒業後は27歳まで、短大在籍時にアルバイトをしていたオリエンタルランド(東京ディズニーリゾート)に勤務した。一方、雑誌の表紙に出演していた益若つばさを見て田辺次はギャルになりたいと思った。
ARAKI(アラキ、1983年10月2日 - ) は、日本の… ARAKI(アラキ、1983年10月2日 - ) は、日本のソングライター、音楽プロデューサー。元STOROBOY、BAVYMAISON。千葉県佐倉市出身。 2011年、STOROBOYを結成。結成後から全ての楽曲を無料配信し、80'sサウンドをダンス・ロックにミックスした独自のスタイルが業界内外で話題となり、正規音源未発売ながら2012年のSUMMER SONIC2012へ出演。その年、INNOVATOR内に自身のレーベルを設立しデビュー。 1st EP『STOROBOY』がタワーレコードのスタッフがお薦めの新進アーティストを選出する「タワレコメン」に選出。 翌年発売の2nd EP収録曲『VIRGIN』のMusic Videoは関和亮が監督を務める。