国府 弘子(こくぶ ひろこ、1959年8月26日 - )は、… 国府 弘子(こくぶ ひろこ、1959年8月26日 - )は、日本のジャズ・ピアニスト、作曲家、編曲家。 川崎市文化大使、埼玉入間市文化創造施設のアドバイザー、平成音楽大学、尚美学園大学客員教授、CNNj放送番組審議会委員。 ジャズをメインとしているが、ジャンルにとらわれず、クラシック音楽やラテン音楽、ブラジル音楽、ブルース等も積極的に取り入れている。 夫はキーボーディストの大坪稔明。 国立音楽大学ピアノ科在学中にジャズに目覚め卒業後単身渡米。ジャズ界の重鎮バリー・ハリスに師事。帰国後1987年にJVCと契約、デビュー・アルバム『More Than You Know』を発表、メジャー・デビュー、2017年現在23枚のアルバムを国内外で発表。
中川 俊郎(なかがわ としお、1958年 - )は、日本の作… 中川 俊郎(なかがわ としお、1958年 - )は、日本の作曲家、ピアニスト。
秦 万里子(はた まりこ、1956年3月28日 - )は、日… 秦 万里子(はた まりこ、1956年3月28日 - )は、日本の歌手、ピアニスト、作曲家、作詞家。 東京都杉並区出身。祖父は日本コロムビア元社長の秦米造。祖父も音楽好きだった影響から自宅には多数のレコードがあり、幼少から音楽に親しむ。3歳よりピアノをはじめ、5歳の時に自作曲で発表会に出る等、作曲をはじめていた。初等科から女子高等科まで学習院で学ぶ。 その間、アメリカンポップス、プログレッシブロックなどを片っ端からコピーし、楽譜がなくてもなんでも弾けるようになる。 国立音楽大学器楽科ピアノ専攻に進学。在学中よりバンドのキーボーディスト、ダディ竹千代&東京おとぼけCATSのメンバーとしても活動。その一方、作曲家・鈴木邦彦経営のポップスク講師として、スタジオにもミュージシャンとして出入りを始める。
日向 敏文(ひなた としふみ、1955年2月23日 - )は… 日向 敏文(ひなた としふみ、1955年2月23日 - )は、東京都大田区出身の作曲家、ピアニスト。 弟は音楽プロデューサー、作曲家、キーボーディストの日向大介。 幼稚園からヤマハオルガン教室に通ったのち、ピアノ教室に移行し高校を卒業するまでレッスンを受けていた。ピアノを習っていた一方、高校生の頃にローリング・ストーンズなどの洋楽ロックに没入し、デルタ・ブルースも聴いていた影響で、ブルースにも関心を持つようにもなったという。 学習院高等科卒業後に渡英。ユースホステルに滞在しながらオートバイ会社でアルバイトするも帰国。その後、アメリカのノースランド大学に環境学を勉強するために留学する。 ウィスコンシン州のバーでバークリー音楽大学にトランペットを演奏しているミュージシャンとブルースバンドを結成し、キーボードを担当した。
岡原 慎也(おかはら しんや、1954年10月31日 - )… 岡原 慎也(おかはら しんや、1954年10月31日 - )は、日本のピアニスト。指揮者。大阪音楽大学名誉教授 ポラリス国際音楽祭音楽監督。日本ドイツリート協会会長。 。東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校、東京芸術大学音楽学部卒業。 福岡県出身。4歳よりピアノを始まる。中学校の頃に全日本学生音楽コンクール中学生の部全国第一位となる。東京藝術大学卒業後は、ドイツに留学しベルリン芸術大学、ミュンヘン音楽大学マスタークラスで学ぶ。 帰国後は、数々の演奏会で高評を博し、1994年にヘルマン・プライ、1995年にテオ・アダムと共演を果たす。1996年にはディートリヒ・ヘンシェルの初来日公演をプロデュースし、1997年にシューベルトイヤー、1999年のR.シュトラウスイヤーの全国ツアーを成功させる。
大浜 和史(おおはま かずふみ、1952年9月6日 - )は… 大浜 和史(おおはま かずふみ、1952年9月6日 - )は日本の作曲家、編曲家、ベーシスト、ピアニスト、シンセシスト。 元日本シンセサイザー・プログラマー協会(JSPA)代表理事。NPOサウンドクリエイター理事長。 国立音楽高校作曲科、国立音楽大学器楽科(コントラバス専攻)を卒業。高校3年生時にプロ活動を開始。以後、バンド活動の他、作曲や編曲提供、レコーディング・ステージミュージシャン、電子楽器開発、MIDI検定企画設立に携わる。CMソング制作、携帯着信音開発、音楽講師等、幅広く活動。ハーレーダビッドソン新宿支部長。 現在はバンドマンがメインの活動。PENGUIN(b)、LONG VACATION(大瀧詠一トリビュートバンド)(pf)、September 6(b)、佐藤龍一&The Dragon(b、pf)、THE DIGGERS(key)、つのだ☆ひろ&スペースバンド(key)のメンバー。
青柳 いづみこ(あおやぎ いづみこ、1950年6月4日 - … 青柳 いづみこ(あおやぎ いづみこ、1950年6月4日 - )は、日本のピアニスト、エッセイスト。学術博士(東京芸術大学)、大阪音楽大学名誉教授。ドビュッシー研究家。東京都出身。 東京都杉並区阿佐ヶ谷に生まれ育つ。祖父は仏文学者青柳瑞穂。4歳からピアノを習う。東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て東京芸術大学音楽学部卒業。フランスに留学し、国立マルセイユ音楽院首席卒業。東京芸術大学大学院博士課程修了。安川加壽子とピエール・バルビゼに師事。 1980年に帰国し、東京で初めてのリサイタルを開く。1989年、論文『ドビュッシーと世紀末の美学』によって東京芸術大学より学術博士を授与(フランス音楽の分野で初めての博士号だった)。
渡邊 康雄(わたなべ やすお、1949年1月24日 - )は… 渡邊 康雄(わたなべ やすお、1949年1月24日 - )は、日本のピアニスト、指揮者。祖父は元首相・鳩山一郎。父は指揮者の渡邉暁雄。弟はピアニストの渡邉規久雄 。従兄弟に鳩山由紀夫、鳩山邦夫がいる。 東京都に生まれ、東京藝術大学音楽学部付属音楽高等学校作曲科を経て18歳で渡米し、ボストンのニューイングランド音楽院とニューヨークのジュリアード音楽院にて8年間学んだ。ピアノをセオドア・レトヴィンとサッシャ・ゴルトニツキーに師事した。 1972年、父が指揮する東京フィルハーモニー管弦楽団とブラームスのピアノ協奏曲第2番で共演し、ピアニストとしてデビューした。以後NHK交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、広島交響楽団、ヘルシンキ放送交響楽団などと共演した。
ケイコ・ボルジェソン(keiko borjeson、1947… ケイコ・ボルジェソン(keiko borjeson、1947年 - )は東京出身、スウェーデン在住のジャズピアニスト、ヴォーカリスト。夫はバイオリニストのホーカン・ボルジェソン。 1947年、東京、麻布生まれ。東洋英和女学院、桐朋学園大学ピアノ科卒業。安川加寿子に師事。1973年、室内音楽を学ぶため、イタリアへ留学。1976年、アメリカのハリーフィールド・ミュージックスクールにおいてポピュラージャズ、ボーカルを専攻。1984年、中国遼寧大学客員教授、中国瀋陽音楽院大学客員教授。 1989年、「モントレー・ジャズフェスティバル」出場。1990年、ホワイトハウスより招待(アメリカン・ヘリテイジ・デー)を受ける。
市川 秀男(いちかわ ひでお、HIDEO ICHIKAWA、… 市川 秀男(いちかわ ひでお、HIDEO ICHIKAWA、1945年2月22日 - )は、日本の音楽家 、ピアニスト、作曲家である。静岡県 磐田郡(現浜松市)生まれ。 1960年代の終わり頃より日本のジャズシーンの最前線で活躍した。数々のCMソングを提供する作曲家としても知られるほか、テレビドラマ『消えた巨人軍』(1978年、日本テレビ)のテーマ音楽の作曲や、『ザ・ハングマン』(1980年、朝日放送)のエンディングテーマ『あ・れ・か・ら』(ヒロスケ)の編曲も手がけた。 1945年、静岡県磐田郡(現浜松市)に生まれる。小学校時代よりピアノをはじめクラシックの作曲家を目指し、中学3年時に上京し東邦音楽大学附属東邦中学校に編入。
遠藤 郁子(えんどう いくこ、現姓田中、1944年11月26… 遠藤 郁子(えんどう いくこ、現姓田中、1944年11月26日 - )は、東京都出身の日本のピアニスト。 2度結婚しており、最初の夫は池内友次郎である。 物理学者を父に、ピアニスト遠藤道子を母として東京に生まれ、幼時に北海道へ移住する。3歳でピアノを始め、母や井口秋子、高折宮次などに師事する。小学校のとき全日本学生音楽コンクール東京大会にて2位入賞(1位は野島稔)。藤女子学園中学校を経て、東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校在学中の1962年に、日本音楽コンクールピアノ部門第2位。東京藝術大学に進み、1965年の第7回ショパン国際ピアノコンクールで特別銀賞を受賞。同年大学を1年で中退してポーランドに留学、ルードヴィク・ステファンスキ、ハリーナ・チェルニー=ステファンスカに師事した。
福田 和禾子(ふくだ わかこ、1941年11月28日 - 2… 福田 和禾子(ふくだ わかこ、1941年11月28日 - 2008年10月5日)は、日本の作曲家、編曲家、ピアニスト。東京都出身。父は流行歌手の松平晃。 東京学芸大学附属世田谷小学校・中学校、東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校、東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。作曲を下総皖一、池内友次郎、矢代秋雄、いずみたくに師事。大学在学中から、父の親友であった藤山一郎の専属ピアニストとして活動。 大学卒業後の1964年から、NETテレビや東京12チャンネルの学校放送、およびNHK教育テレビジョンの子供番組の音楽の作曲・演奏を担当。『おかあさんといっしょ』や『いないいないばあっ!』、『みんなのうた』等の楽曲を数多く手がけた。
大場 俊一(おおば しゅんいち、1941年(昭和16年)11… 大場 俊一(おおば しゅんいち、1941年(昭和16年)11月26日 - )は日本のピアニスト。 東京都出身。東京都立杉並高等学校卒。1965年(昭和40年)東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、在学中安宅賞受賞。1968年(昭和43年)西ドイツ・デトモルト音楽大学留学。1969年(昭和44年)西ドイツ新進演奏家オーディションに合格し、ギーセン音楽祭に出演。1970年(昭和45年)ザルツブルク夏期講座において、師ヴァイセンボルンの助手を務める。1972年(昭和47年)帰国後、独奏者として、また歌曲の伴奏者、室内楽奏者として活発な演奏活動を開始し、楽壇の注目を集める。1983年(昭和58年)20世紀最高のソプラノ歌手の一人といわれるエリザベート・シュヴァルツコップフのマスタークラスで、伴奏と通訳を勤める。
菊地 雅章(きくち まさぶみ、1939年10月19日 - 2… 菊地 雅章(きくち まさぶみ、1939年10月19日 - 2015年7月7日)は、日本のジャズ・ピアニスト、キーボード奏者。「プーさん」の愛称で親しまれている。実兄の菊地雅春は東京藝術大学音楽学部作曲科出身の作曲家。実弟の菊地雅洋も東京藝術大学音楽学部作曲科出身のジャズピアニスト。ベーシスト菊地雅晃の叔父。
江戸 京子(えど きょうこ、1937年2月27日 - )は、… 江戸 京子(えど きょうこ、1937年2月27日 - )は、日本の女性ピアニスト。東京生まれ。三井不動産会長だった江戸英雄とピアニスト江戸弘子との間の娘である。アリオン音楽財団理事長、〈東京の夏〉音楽祭芸術監督。
舘野 泉(たての いずみ、1936年11月10日 - )は、… 舘野 泉(たての いずみ、1936年11月10日 - )は、東京生まれのフィンランド在住のピアニスト。
ホキ 徳田(ホキ とくだ、1933年11月14日 - )は、… ホキ 徳田(ホキ とくだ、1933年11月14日 - )は、ピアニスト、歌手、女優。アメリカの文豪 ヘンリー・ミラーの8人目の妻として知られる。東京出身。 エスペランティスト・NHK解説委員の徳田六郎の長女として東京上野に生まれる。本名・浩子。母方は弓の達人那須与一の子孫にあたり、祖母は東京六本木の東洋英和女学院の創立者である。3歳からピアノと音楽を学び、桜美林高等学校卒業後、カナダの音楽学校アルマ・カレッジに留学。級友が「ヒロコ」をなまって「ホキ」と呼んだためこれを芸名とした。帰国後、1958年にコーラスグループ「スリーバブルス」としてデビュー。日劇ミュージックホールやテレビドラマ『サラリーマンの勲章』、『ザ・ガードマン』、映画『にっぽんぱらだいす』(1964年)、『怪談昇り竜』(1970年)などに出演する。
田中 希代子(たなか きよこ、1932年2月5日 - 199… 田中 希代子(たなか きよこ、1932年2月5日 - 1996年2月26日)は、戦後昭和時代に活躍した日本のピアニスト、ピアノ教育者。 田中は、ジュネーヴ国際音楽コンクール(第14回1952年)、ロン=ティボー国際コンクール(第5回1953年)、ショパン国際ピアノコンクール(第5回1955年)の3つの国際コンクールの日本人初入賞者として知られる。 30歳代後半に難病により引退したが、その後は後進の育成に努めた。また、現役時代から当時の皇太子妃(現美智子上皇后)に慕われたピアニストとしても知られる。 東京府出身。父はヴァイオリニストの田中詠人、母は声楽家の田中伸枝。弟の田中千香士は、NHK交響楽団でコンサートマスターも務めたヴァイオリニスト。
内藤 法美(ないとう つねみ、1929年11月16日 - 1… 内藤 法美(ないとう つねみ、1929年11月16日 - 1988年7月9日)は、東京都出身の作曲家・編曲家・ピアニスト。
園田 高弘(そのだ たかひろ、1928年9月17日 - 20… 園田 高弘(そのだ たかひろ、1928年9月17日 - 2004年10月7日)は、日本のクラシック音楽のピアニスト。 戦後の日本の音楽界を演奏者・教育者としてリードした。レパートリーと録音・演奏回数ともに余人の及ばない域に達しており、没年の翌年にも演奏会のスケジュールが入っていた。 1928年、東京府豊多摩郡中野町生まれ。園田の幼少期に急逝した父・清秀は、フランスでロベール・カサドシュに学んだピアニストであった。その方針により音楽の英才教育を受ける。1936年、父が他界。1939年からユダヤ系ロシア人ピアニストレオ・シロタの個人指導を受ける。本郷区千駄木尋常小学校を経て、軍事教練の無かった旧制豊山中学4年修了後、最年少で東京音楽学校に入学する。
井上 園子(いのうえ そのこ、1915年2月22日 - 19… 井上 園子(いのうえ そのこ、1915年2月22日 - 1986年1月19日)は、日本のピアニストである。 1915年2月22日、東京にて生まれる。父は神田駿河台に1881年から続く井上眼科病院の第7代院長・井上達二。 6歳からカテリーナ・トドロヴィチにピアノを師事する。入学した成蹊小学校では小林宗作に音楽を習う。 1926年5月16日、東京でデビューする。この時、モーツァルトのピアノ協奏曲第23番イ長調Kv.488を演奏する。 1929年、ウィーンへピアニストとして留学する。翌年、ウィーン国立音楽院に入学。エミール・フォン・ザウアーのクラスで学び、パウル・ヴァインガルテンにもピアノを師事した。
井口 基成(いぐち もとなり、1908年5月17日 - 19… 井口 基成(いぐち もとなり、1908年5月17日 - 1983年9月29日)は日本のピアニスト・ピアノ教育家。妹の井口愛子(後に佐藤愛子)と、前妻の井口秋子もピアニスト・ピアノ教育家という音楽一族。 井口基二と秀の長男として東京府東京市日本橋区浜町(現東京都中央区日本橋浜町)に生まれる。 1915年、浜町尋常小学校入学。1921年、京華中学校入学。16歳から田中規久士にピアノを師事。東京音楽学校器楽部ピアノ科にて高折宮次、レオニード・コハンスキに師事する。卒業後フランスに留学、イヴ・ナットのもとで研鑽を重ねた。1934年、帰国後初のリサイタルを日比谷公会堂で行い、その後活発な演奏活動を展開する。
近藤 柏次郎(こんどう はくじろう、1900年8月17日 -… 近藤 柏次郎(こんどう はくじろう、1900年8月17日 - 1932年7月13日)は、日本のピアニスト。大正から昭和初期にかけて活躍したが、30代で芸妓と情死した。 浅野石油技師長近藤会次郎の次男として生まれる。暁星中学4年のときに府立一中に転校、一高を首席で卒業した。中学時代からピアノを学び、杉山長谷夫らに師事、山田耕筰の推薦で、来日中のデンマーク人ピアニストのジョージ・ロランジの伴奏を行い、一躍楽壇に知られた。友人の藤原義江によると、近藤は中学時代ピアノばかり弾いて学校にはあまり行かず、一高時代は「勉強は嫌いだが母親のために卒業だけはしてやる」が口癖だったという。 東京帝国大学法学部を卒業後日仏銀行に勤務の傍ら、藤原義江の伴奏をよく務めた。
いいくぼ さおり(12月7日生)は、日本の女性シンガーソング… いいくぼ さおり(12月7日生)は、日本の女性シンガーソングライター、作曲家、ピアニスト。東京都出身。 東京都世田谷区育ち、宝仙学園高等学校、昭和音楽大学音楽学部声楽学科卒業。 絶対音感の持ち主でどんな音でも音符にできる。 ポップス・ピアノ弾き語り。全国的にライブ活動を展開。 キャッチコピーは「嬉しいから泣いた、悲しいから笑った。そんな時がある、そんな歌がある」 音楽家としての夢は「映画音楽を作ること」 料理が得意。かなりの読書家。 映画観賞、美術館巡りが趣味。 漫画やお笑いにも詳しい。 一日中ピアノを弾き続けている日も多く、食事もピアノに座ったまま取っていたという。音楽に対してはストイックに向き合う姿勢はファンの間では有名。
前田 涼子(まえだ りょうこ、8月8日 - )は、東京都西東… 前田 涼子(まえだ りょうこ、8月8日 - )は、東京都西東京市出身のピアニスト。 東京都立芸術高等学校音楽科卒業。 フェリス女学院大学音楽学部楽理学科作曲専攻卒。 ピアノを宮津まり子、江端津也子、佐野川延子、松本明、矢沢朋子、三宅榛名に、作曲を三宅榛名、伊藤弘之、岡島雅興に師事。 高校時代の同級生と「Ange de Musique」を結成後、演奏活動を始める。 現在は、ピアノ講師をする傍ら、色々なユニットとの共演や作曲、舞台演奏などで活躍中。
永井 進(ながい すすむ)は、昭和期のピアニストである。東京… 永井 進(ながい すすむ)は、昭和期のピアニストである。東京芸術大学音楽学部教授も務めた。
荻野 清子(おぎの きよこ)は、日本の作曲家、編曲家、ピアニ… 荻野 清子(おぎの きよこ)は、日本の作曲家、編曲家、ピアニスト。 東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。フェイス音楽出版所属。音楽ユニット「管鍵"樂団!?」(かんげんがくだん)メンバー。 ミュージカルやコンサートにピアニストとしても参加している。 神奈川県藤沢市に生まれ、父の転勤に伴う転居により北九州市、高松市を経て、横浜市にて育つ。 両親の影響で幼いころより映画音楽に親しみ、楽器店の店頭でエレクトーンと出会って4歳よりヤマハ音楽教室の幼児科に通い始める。作曲のレッスンを通じて小学3年生ころには作曲も始め、ジュニアオリジナルコンサート(JOC)にも出演。JOC特別講師の影響もあって作曲の道を志し、東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校へ進学後に本格的にピアノを始める。
関孝弘(せき たかひろ)は、日本のピアニストである。 東京に… 関孝弘(せき たかひろ)は、日本のピアニストである。 東京に生まれる。5歳よりピアノを始め第20回全日本学生音楽コンクール中学校の部第2位。東京芸術大学付属音楽高校より、同大学に進み、在学中に第45回日本音楽コンクール第2位、安宅賞受賞。イタリアのブレーシャ国立音楽院に留学し、フィナーレ・リーグレ国際音楽コンクール第2位、ザンボーニ国際コンクール第1位、ベッリーニ国際コンクール第3位、ラフマニノフ国際コンクール第3位、エンナ国際コンクール第3位等、多数の国際コンクールに上位入賞。 ヨーロッパ全土で演奏旅行を開始。東京交響楽団、東京都交響楽団を始め、旧レニングラード・フィル、モスクワ国立交響楽団、ワルシャワ・フィル、ベニス室内合奏団など世界の著名なオーケストラと共演。
原田 絵里香(はらだ えりか)は埼玉県出身のピアニスト。4歳… 原田 絵里香(はらだ えりか)は埼玉県出身のピアニスト。4歳よりピアノを始める。東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校、東京音楽大学ピアノ演奏家コースを経て、2010年、同大学大学院音楽研究科器楽専攻修了。大学、大学院在学中特待奨学生。また2005年度、同大学の短期留学奨学生として英国王立音楽院へ留学。 東京音楽大学入学時より播本枝未子、倉沢仁子に師事。 またこれまでに大塚典子、並木聖子、三國正樹、竹島悠紀子、浜口奈々、C.ベンソンに師事。 1994年、第27回カワイ音楽コンクール全国大会金賞受賞。1996年、第7回彩の国埼玉ピアノコンクール金賞受賞。2006年、第5回東京音楽大学コンクールピアノ部門第1位。
平間 亮之介(ひらま りょうのすけ、Ryonosuke Hi… 平間 亮之介(ひらま りょうのすけ、Ryonosuke Hirama、平間 稜涼)は日本の作曲家、編曲家、ピアニスト、音楽プロデューサー。 東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校卒業後、バークリー音楽大学にて音楽制作を学ぶ。 アーティストへの楽曲提供、CM、映画などの各種音楽制作、レコーディングやライブでの演奏などを行う。 音楽プロデューサーとしての活動はtangerine. 名義で行なうことが多い。tangerine.とは、平間亮之介を中心とした音楽制作ユニット。そのメンバーは流動的である。 2016年、2017年と、元女子十二楽坊の二胡奏者でもある霍暁君(フォ・シャオジュン)と軽井沢大賀ホールにて音楽プロデューサー兼ピアニストとして共演。
川瀬葉月(かわせ はづき、旧活動名 葉月(はづき))は、日本… 川瀬葉月(かわせ はづき、旧活動名 葉月(はづき))は、日本のシンガーソングライター・ピアニスト・作曲家・編曲家・音楽プロデューサーである。 中学2年生の時に師事していたエレクトーンの先生がヤマハのコンクールで優勝したことを機に、音楽の道に進むことを決心、東京都立小平高等学校入学後にピアノを始め、1年生の時に観たオペラ『魔笛』のアリアに感激して声楽家を目指す。桐朋学園大学声楽科に入学したが、喉をこわしオペラ歌手を断念、演奏家として生きることを決意。のちにピアノを本格的に学ぶため同大学短期大学部(現・桐朋学園芸術短期大学)ピアノ科に再入学して卒業した。在学中にドイツのフライブルク音楽大学の海外研修にも参加している。
伊賀 あゆみ(いが あゆみ)は、日本のピアニスト。福岡県出身… 伊賀 あゆみ(いが あゆみ)は、日本のピアニスト。福岡県出身。 東京音楽大学付属高等学校を経て、東京音楽大学卒業、同大学院伴奏研究領域を首席で修了。 全日本学生音楽コンクール高校の部第2位。ピティナ・ピアノコンペティションG級(1995年)と特級(1998年)で金賞受賞。 2000年のCDデビューを機に、全国で演奏活動を開始した。ソロ活動のみならず、コンチェルト・室内楽・ピアノ連弾など幅広い編成で出演。レコーディングCDは500曲以上。 リットーミュージック刊行の音楽雑誌「PIANO STYLE」では創刊号から10年間にわたり、CD演奏のほかコラム執筆も担当。東京丸ビル・新丸ビルでは、2006年2011年までコンサートのコーディネーターを務めた。
江草 啓太(えぐさ けいた)は、日本のピアニスト、作曲家・編… 江草 啓太(えぐさ けいた)は、日本のピアニスト、作曲家・編曲家。 エマーソン・レイク・アンド・パーマー来日公演に影響され、5歳よりクラシックピアノを習う。 東京音楽大学ピアノ科在籍時からプロ活動開始。 屋久島、奄美大島等の古謡、作業唄を発掘し蘇演する試みをえぐさゆうこと行う。
近藤 伸子(こんどう のぶこ)は、クラシック音楽と現代音楽を… 近藤 伸子(こんどう のぶこ)は、クラシック音楽と現代音楽を中心に活動する日本のピアニスト。国立音楽大学特任教授。 新潟県出身。国立音楽大学附属中学校・高等学校卒、東京藝術大学器楽科卒、大学院博士課程修了。課程博士(音楽)。ドイツ学術交流会(DAAD)奨学生としてベルリン芸術大学へ1986年に留学し、ベルリン芸術大学卒業。現代音楽を積極的に演奏、紹介すると同時に、バッハの鍵盤作品にも強い関心を寄せて演奏活動を行なっている。1993年にリサイタルシリーズ《20世紀のピアノ曲》を開始。シュトックハウゼン、クセナキス、ケージ、ナンカロウ、武満徹らの作品を取り上げる。1998年よりリサイタルシリーズ《Kondo Nobuko Plays Bach》を,2019年より《Kondo Nobuko Plays Beethoven》を開始。
吉澤 京子(よしざわ きょうこ)は、ウィーン在住の日本人ピア… 吉澤 京子(よしざわ きょうこ)は、ウィーン在住の日本人ピアニスト。 東京都立川市出身。国立音楽大学ピアノ科卒業。その後、ウィーン市立音楽院ピアノ演奏科を最優秀の成績で卒業。田中希代子、鈴木久美、井崎展江、ユリカ・ベハール、フェレンツ・ラドシュに師事。室内楽科においてチェリストのベルンハルト・直樹・ヘーデンボルクとのデュオでアルテンベルク・トリオに師事。ウィーン国立音楽大学でオペラ伴奏をハラルド・ゲルツ教授に師事。 チェリスト、ハインリッヒ・シフとのグムンデン音楽祭でのリサイタル等をはじめ、主に様々な楽器奏者や歌手のパートナーとしてオーストリア国内を中心にヨーロッパ各国、日本で演奏活動をしている。