景山 民夫(かげやま たみお、1947年〈昭和22年〉3月2… 景山 民夫(かげやま たみお、1947年〈昭和22年〉3月20日 - 1998年〈平成10年〉1月27日)は、日本の小説家、放送作家。放送作家としての別ペンネームに大岡 鉄太郎。 1947年(昭和22年)3月20日、警察官僚(のち全日本剣道連盟会長)の景山二郎 を父として、東京都千代田区神田の病院で生まれる(当時の自宅は東京都杉並区西荻窪の母方祖父宅)。本籍地は広島県広島市。景山家は元々、広島県三次市の出で親戚はみな三次市にいるという。母方の祖父橋本清吉は福島県知事や岡山県知事、衆議院議員(改進党)などを歴任。 4歳で千代田区麹町の警察官舎に転居し、近くの白百合幼稚園を経て暁星小学校に入学、同級生に尾上辰之助がいた。
S-KEN(エスケン、1947年1月17日 - )は、日本の… S-KEN(エスケン、1947年1月17日 - )は、日本の音楽プロデューサー、歌手、作家、レーベル&サウンドプロデューサー、イベントプロデューサー、DJ。 東京都大田区大森生まれ。本名 田中 唯士(たなか ただし)ワールドアパート取締役会長。 71年、作曲者としてポーランド音楽祭に参加。世界放浪後、音楽雑誌の編集者として75年ヤマハ音楽振興会の海外特派員として渡米。ニューヨークに滞在中、CBGBなどのニューヨークパンクロックシーンに刺激を受けて東京に帰国後、伝説のパンクムーブメント『東京ロッカーズ』を牽引。アーティストとしてはデビュー·アルバム『魔都』(81年)、セカンドアルバム『ギャングバスターズ』 (83年)を経て、パンク、ファンク、ブガルー、レゲエなどをハイブリッドさせた自身のバンドs-ken & hot bombomsを結成、80年代のクラブシーンを代表するエポックなイベント『Tokyo Soy Source』に参加しつつ4枚のアルバムを発表。
石川 好(いしかわ よしみ、男性、1947年(昭和22年)1… 石川 好(いしかわ よしみ、男性、1947年(昭和22年)1月5日 - 2024年(令和6年)8月19日)は、日本のノンフィクション作家、ジャーナリスト、時事問題評論家。妻は小説家の殿谷みな子。 1947年、東京都伊豆大島(大島町波浮港)生まれ。1959年、大島町立第三中学校入学。1962年、東京都立大島高等学校入学。大島高校では野球部に所属し主将を務めた。1965年、都立高校卒業と同時に先行渡米していた実兄を頼り、短期農業移民資格でアメリカ・カリフォルニア州へ渡る。カリフォルニア州では、兄の勤めていた農園で働く。1969年に帰国。1974年、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。大学卒業後、再渡米し、庭園業を営む。
大島 育雄(おおしま いくお、1947年 - )は、日本出身… 大島 育雄(おおしま いくお、1947年 - )は、日本出身の猟師(ドイツ語版)、著作家、冒険家。グリーンランド在住。 1947年、東京都東久留米市生まれ。1971年、日本大学生産工学部を卒業。1972年、25歳のときに日本大学山岳部OBとして極地遠征の準備のためグリーンランドに渡る。同じ頃にグリーンランドに滞在した植村直己とも活動を共にした。2年後、現地シオラパルクのアンナ・トンゲ・ニビッンカングア・マノミーナと結婚しそのまま永住。 狩猟を生活の糧として家族を養い続け、1男4女をもうけた。2006年時点で孫が5人いる。 現在も日本国籍。シオラパルク在住。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
矢部 美智代(やべ みちよ、1946年12月5日 - 202… 矢部 美智代(やべ みちよ、1946年12月5日 - 2022年2月12日)は、日本の児童文学作家。 東京都生まれ。雙葉中学校・高等学校、慶應義塾大学文学部国文学科卒業。2001年「なきむしはるのくん」でひろすけ童話賞受賞。2013-2019年日本児童文芸家協会理事長。2020年から日本児童文芸家協会顧問を務めたほか、ひろすけ童話賞選考委員も務めた。 ほか世界・日本の名作童話、ディズニーアニメの再話など多数
江波戸 哲夫(えばと てつお、1946年7月10日 - )は… 江波戸 哲夫(えばと てつお、1946年7月10日 - )は、日本の作家。 東京都生まれ。東京都立西高等学校を経て、東京大学経済学部を卒業。三井銀行を一年で退職し、学陽書房を経て、1983年からフリーライターとなる。 経済小説などのフィクション、ノンフィクションにまたがる日本経済を描いた多くの作品を刊行。『銀行支店長』を原作として) 1994年に映画『集団左遷』(柴田恭兵主演)) 2019年にテレビドラマ『集団左遷!!』(福山雅治主演)など、多くの作品に映像化された。 NPO法人「人と人をつなぐ会」の活動に賛同している。 出版物の再販維持制度について、他の業界のカルテルを批判できないとの理由で撤廃を支持し、良書は安売りに駆逐されることはないと主張しているが、書店経営者などからは猛反発を受けている。
紀和 鏡(きわ きょう、女性、1945年10月23日 -)は… 紀和 鏡(きわ きょう、女性、1945年10月23日 -)は、日本の小説家、推理作家。本名は中上かすみ(旧姓、山口)。作家、中上健次の妻。 東京都生まれ。二階堂高等学校卒業。同人雑誌『文藝首都』に属し、中上健次と知り合い、柄谷行人・冥王まさ子夫妻の媒酌で結婚した。1985年、『Aの霊異記』で小説家デビューを果たす。伝奇小説を数多く執筆する。1992年の中上の死後は本名・中上かすみとしても登場することがある。 1988年から1994年まで、現代書館の雑誌『マージナル』の編集委員を朝倉喬司・中川六平・森田一朗とともに務める。 長女は作家の中上紀、次女は陶芸家で作家の中上菜穂。筆名は「気は狂」から中上健次が命名した。
五味 太郎(ごみ たろう、1945年8月20日 - )は、日… 五味 太郎(ごみ たろう、1945年8月20日 - )は、日本の絵本作家。 東京都調布市生まれ。父は英文学者で法政大学教授。 桐朋中学校時代は自動車窃盗事件で立川警察署に逮捕されたことがある。桐朋高等学校から東京芸術大学受験に失敗し、桑沢デザイン研究所ID科を卒業。同校卒業後は工業デザイン、エディトリアルデザインなどのデザイナーを経て、1973年に『みち』(福音館書店)で絵本作家としてデビュー。現在までに400冊以上の絵本を手がける。絵本のほかにエッセイも書いている。更に作詞家として主に子供向けの楽曲を書いている。 一人称は文面上は「ぼく」で、発声時は「おれ」。 東京生まれの東京育ちだが、阪神タイガースファンである。
筒井 頼子(つつい よりこ、1945年2月22日 - )は日… 筒井 頼子(つつい よりこ、1945年2月22日 - )は日本の絵本作家。東京都板橋区生まれ。埼玉県立浦和西高等学校卒業。宮城県在住。 東京都で誕生後すぐ家族で秋田県に疎開し、終戦後もしばらく暮らして、小学校2年生のとき埼玉県に転居する。高校卒業後、コピーライター養成学校に通い、広告会社に勤務していた。 その後専業主婦になり、子育てをしながら1976年に最初の絵本『はじめてのおつかい』(「こどものとも」240号)を出版した。林明子が絵を、筒井が文を担当した本書はロングセラーとなっている。林とはこの後も共著の絵本を出版している。『はじめてのおつかい』や『あさえとちいさいいもうと』は3人の娘たちがモデルになっている。
田中 未知(たなか みち、1945年〈昭和20年〉 - )は… 田中 未知(たなか みち、1945年〈昭和20年〉 - )は、日本の作曲家、楽器作家、映画監督、著作家。寺山修司を長年にわたり公私にわたって支えた人物、および1969年(昭和44年)のヒット曲『時には母のない子のように』の作曲家などとして知られる。東京都出身、東京都立千歳高等学校卒業。 昭和期の劇団「天井桟敷」の初期メンバーとして入団。初公演「青森県のせむし男」(1967年〈昭和42年〉)から劇団の一員として活動しており、制作と照明を担当していた。 天井桟敷の旗揚げ公演の資金作りのため、寺山を囲む会費制のサロンの会が開催され、そのコーナーの一環として、田中が寺山の詩に曲をつけ、ギターで披露した。
荒木 一郎(あらき いちろう、1944年1月8日 - )は、… 荒木 一郎(あらき いちろう、1944年1月8日 - )は、日本の俳優、歌手、音楽プロデューサー、実業家、小説家、マジック評論家、カードマジック研究家。
逢坂 剛(おうさか ごう、1943年11月1日 - )は、日… 逢坂 剛(おうさか ごう、1943年11月1日 - )は、日本の小説家、推理作家。東京都文京区生まれ。本名は中 浩正(なか ひろまさ)。父は挿絵画家の中一弥。
青野 聰(あおの そう、1943年7月27日 - )は、日本… 青野 聰(あおの そう、1943年7月27日 - )は、日本の小説家、元多摩美術大学教授。 東京都世田谷区梅丘出身。文藝評論家青野季吉と松井松栄の三男として生まれる。季吉は妻みづほがいた。2歳で母を喪い、継母に育てられる。 世田谷区立世田谷小学校、世田谷区立桜木中学校を経て、1959年、早稲田大学高等学院に入学、小説を乱読、アメフト部に所属。 1960年青野家に入籍。1966年、早稲田大学第一文学部演劇専修科中退。ヨーロッパや北アフリカ諸国を放浪した後、1971年、「早稲田文学」誌上にてデビュー。 『母と子の契約』(『文藝』1978年11月号掲載)が1979年1月発表の第80回芥川龍之介賞の候補となり、新世代の作家として注目される。
奥田 誠治(おくだ せいじ、1943年4月16日 - )は、… 奥田 誠治(おくだ せいじ、1943年4月16日 - )は、東京都中央区出身の日本のアニメーション演出家、アニメ監督、小説家。武蔵野アニメーション研究所所長。 これまでに描いた絵コンテは1000本以上を記録する。2020年現在(データ原口氏確認) どのような作品であっても水準とスケジュールは厳守する。 少年時代から絵や文章を書くことは好きで、漠然と「漫画家になれたら」と想像したことはあったという。工業高校卒業後は一般企業に就職するも、仕事がどうも性に合わないと思い、そんな時に映写技師はどうかとの話をもらい、元々映画が好きだったなどのことからこの仕事を始め、1年ほど映写技師を務める。 1963年、求人広告で見たTCJに応募し入社。
干刈 あがた(ひかり あがた, 1943年(昭和18年)1月… 干刈 あがた(ひかり あがた, 1943年(昭和18年)1月25日 - 1992年(平成4年)9月6日)は、日本の小説家。本名:浅井和枝(旧姓柳)。東京・多摩出身。 デビュー作『樹下の家族』(1982年)以降、安保闘争世代の女性の青春、結婚、離婚、子育てなど、社会や家族との関わりについて鋭い同時代性を持って描き、読者の大きな共感を得た。作品に『ウホッホ探険隊』『ゆっくり東京女子マラソン』(1984年)、『黄色い髪』(1987年)などで、約10年ほどの作家生活の後、49歳で死去。 両親の出身地である奄美群島の郷土史研究家でもあった。 講談社児童文学新人賞選考委員を、1988年から1991年まで務めた。
安房 直子(あわ なおこ、本名:峰岸 直子(みねぎし なおこ… 安房 直子(あわ なおこ、本名:峰岸 直子(みねぎし なおこ)1943年1月5日 - 1993年2月25日)は、日本の児童文学作家。大学在学中より山室静に師事し、『目白児童文学』『海賊』を中心に多くの童話を発表した。「さんしょっ子」「きつねの窓」など教科書に掲載された作品も多い。夫は国語学者の峰岸明。 1943年(昭和18年)1月5日、旧内務省官吏の父、藤沢喜久郎と母英子の四女として東京都新宿区で生まれる。生家である市ヶ谷の屋敷には、 母の妹である安房久子も同居しており、育児を手伝っていた。 1944年(昭和19年)、専売公社に勤務する安房喜代年と妻・久子の養女となる。香川県高松市に転居。 これ以後、養父の転勤に伴い、中学校卒業まで転居を重ねる。
香取 俊介(かとり しゅんすけ、1942年9月22日 - )… 香取 俊介(かとり しゅんすけ、1942年9月22日 - )は、日本の脚本家、ノンフィクション作家。「異文化摩擦」「異文化コミュニケーション」をメインテーマとして執筆している。 東京府(現東京都)八王子市出身。東京都立国立高等学校を経て東京外国語大学ロシア語科卒業後、NHKに入局。報道局外国放送受信部に所属し主にソ連(現ロシア)の国内放送やタス通信等の傍受にたずさわる。当時は共産圏に自由に記者を送ることが難しく、資本主義圏と共産圏の間には、鉄のカーテンがあるなどと言われた。従って共産圏の情報をとるには、国内のラジオ放送(モスクワ放送)や国営タス通信の傍受に頼ったりしていた。外国放送受信部には内閣調査室(当時)の資金が流れているとして国会でも問題となった。
石飛 仁(いしとび じん、英語: Jin Ishitobi、… 石飛 仁(いしとび じん、英語: Jin Ishitobi、1942年8月1日 - )は、日本のノンフィクション作家、社会運動家。 花岡事件など中国人強制連行、日本の戦争責任問題に取り組み、日中友好に努める。 月刊「産業と経済」編集長。東京東アジア文化交流会代表。本名:樋口 仁一(ひぐち じんいち)。 大阪府生まれ。1954年東京都新宿区富久町へ転居。富久小学校6年に転校。1957年、東戸山中学卒業(第1期生)。1961年、駒澤大学付属高校(渋谷校)、1965年駒澤大学文学部国文学科卒業。 劇団「青俳」演出部に入団。秋浜悟・木村光一演出助手(「青俳」第一回紀伊国屋演劇賞受賞、木村光一文部大臣賞受賞)。
森 詠(もり えい、1941年12月14日 - )は、日本の… 森 詠(もり えい、1941年12月14日 - )は、日本の小説家、ジャーナリスト。 日本文藝家協会理事(2012年より)。日本ペンクラブ会員。 代表作は架空戦記『燃える波濤』(徳間書店)。 東京府生まれ。栃木県立黒磯高等学校、東京外国語大学イタリア語学科を卒業後、「週刊読書人」の記者を経て、フリージャーナリストとして独立。 1971年、『黒い龍』で作家デビュー。以後、世界をまたにかけたスパイ小説、軍事情報小説で人気を博す。 1983年には、日本冒険作家クラブの創設を提唱して実現。1985年には『雨はいつまで降り続く』で第93回直木三十五賞候補となった。その後、警察小説、青春小説、架空戦記などジャンルの幅を広げて活躍。
山脇 百合子(やまわき ゆりこ、1941年12月3日 - 2… 山脇 百合子(やまわき ゆりこ、1941年12月3日 - 2022年9月29日)は、日本の絵本作家、挿絵画家。結婚前の姓は大村。カトリック教徒。 東京府出身。東京都立西高等学校、上智大学外国語学部フランス語科卒。高校三年の頃より童話の挿絵や絵本の仕事を多く手がける。20代前半で結婚、3児の母。 児童文学者の実姉・中川李枝子との共著も多く、『ぐりとぐら』(福音館書店)は海外にも翻訳されている。 1967年『ぐりとぐらのおきゃくさま』で厚生大臣賞受賞。2013年に菊池寛賞を受賞。他受賞多数。 2022年9月29日午後8時32分、シェーグレン症候群の衰弱により、死去。80歳没。
窪島 誠一郎(くぼしま せいいちろう、1941年11月20日… 窪島 誠一郎(くぼしま せいいちろう、1941年11月20日 - )は日本の著作家、美術評論家、美術館館主。父親は小説家の水上勉。
真山 知子(まやま ともこ、1941年1月22日 - )は日… 真山 知子(まやま ともこ、1941年1月22日 - )は日本の女優・キルト作家。身長162cm、体重52kg。本名は蜷川 宏子。キルト作家での活動では本名を用いている。旧芸名は中条 宏美。
木島 佐一(きじま さいち 1941年 - 2017年)は、… 木島 佐一(きじま さいち 1941年 - 2017年)は、日本の著作家、翻訳家。国語教師。 ビデオ予備校講師(株式会社 JNC 日本入試情報センター)。 東京都武蔵野市生まれ。東京都立神代高等学校卒業。國學院大學文学部国文学科卒業。1990年代中盤まで代々木ゼミナール国語科講師を務め、現代文の参考書を出した他、ペンネームの野川純平で一般書を著した。マスコミ関係の専門学校講師も務めた。元日本基督教短期大学講師。元代々木ゼミナール講師(現代文・古文)。
近藤 紘一(こんどう こういち、1940年(昭和15年)11… 近藤 紘一(こんどう こういち、1940年(昭和15年)11月27日 - 1986年(昭和61年)1月27日)は、日本のジャーナリスト、作家。サンケイ新聞編集委員。サイゴン支局長として赴任した際にはベトナム戦争を取材し、サイゴン陥落を目撃した。東京府出身。 祖父、父と2代続いた医師の家の長男として東京大学医学部附属病院で生まれる。父・台五郎は、東京女子医科大学教授などを務め、ファイバースコープの開発にも貢献した。 湘南・逗子で育ち、進学した神奈川県立湘南高等学校では、万葉集などの日本の古典やサルトルなどのフランス文学に親しんだ、なかでも大河小説『チボー家の人々』に感銘を受け、早稲田大学仏文専修に入ったのも、訳者の山内義雄を慕っての選択だった。
真樹 日佐夫(まき ひさお、1940年〈昭和15年〉6月16… 真樹 日佐夫(まき ひさお、1940年〈昭和15年〉6月16日 - 2012年〈平成24年〉1月2日)は、日本の漫画原作者・小説家・空手家。本名:高森 真土(たかもり まつち)。 世界空手道連盟真樹道場宗師 キックボクシング真樹ジム会長。株式会社真樹プロダクション代表取締役、元極真会館本部道場師範代、元マス大山カラテスクール責任者。元ビッグマウス・ラウド特別顧問。NPO・アジア地域戦没者慰霊協会名誉顧問。映画・Vシネマの企画プロデュースや、格闘技のイベント興行・マッチメイクも不定期に手がけていた。 ペンネームは、高森3兄弟の本名の構成漢字を組み合わせる案を梶原が出し、これに従ったという。すなわち、梶原の「朝樹」と「真土」から1字ずつとって姓を「真樹」とし、下の名は三男の名「日佐志」を基に「志」を語呂良く「夫」に置き換えたものである。
朝比奈 愛子(あさひな あいこ、1939年11月22日 - … 朝比奈 愛子(あさひな あいこ、1939年11月22日 - )は日本の歌手、女優、作家、芸能企画プロデューサー。 1939年11月22日、東京府東京市目黒区大岡山に商社員の朝比奈愛三とその妻千恵子の次女として生まれる。東京都立三田高等学校を中退。 1958年5月、姉の雪村いづみとのデュエット曲「シュガー・キャンデー」でデビュー。同年9月、「続々サラリーマン出世太閤記」で映画デビュー。 1988年、短編小説「赤土の庭」で中央公論社の第31回「女流新人賞」を受賞。 1993年、ミュージカル「クッキングガール」の原作を執筆。
吉行 理恵(よしゆき りえ、本名:吉行→辻→吉行理恵子、19… 吉行 理恵(よしゆき りえ、本名:吉行→辻→吉行理恵子、1939年〈昭和14年〉7月8日 - 2006年〈平成18年〉5月4日)は、日本の小説家・詩人。 東京府生まれ。母は吉行あぐり、父は吉行エイスケ。兄は吉行淳之介、姉は吉行和子。女子学院中学校・高等学校、早稲田大学第二文学部日本文学専修卒業。 父や兄の影響を受け、早くから文筆活動に目覚める。1964年から1967年まで、工藤直子・吉原幸子ら女性詩人8人による同人「ゔぇが」に参加。詩集『夢のなかで』で1968年第8回田村俊子賞を受賞。 詩人としての評価の方が高かったが、小説『小さな貴婦人』で1981年上期芥川賞を受賞。兄妹で芥川賞を受賞した最初の事例として話題を呼んだ(選考委員の1人には兄がいた)。
西巻 茅子(にしまき かやこ、1939年〈昭和14年〉4月2… 西巻 茅子(にしまき かやこ、1939年〈昭和14年〉4月27日 - )は、日本の絵本作家・画家・イラストレーター。代表作は『わたしのワンピース』『ちいさなきいろいかさ』など。 1939年、東京都に生まれる。洋画家の山口猛彦を父とし、母フミとの間に次女として生まれた。 1945年9月、千葉県山武郡に転居、1946年4月に千葉で小学校に入学したが、6月には東京に戻った。1955年、東京都立駒場高等学校に入学した。 1964年、東京芸術大学美術学部工芸科を卒業し、世田谷区に子どもに絵を教える『子どものアトリエ』を開いた。大学卒業後、銀座の版画工房でリトグラフを学び、アルバイトをしながらリトグラフの作品を作っていた。
片岡 義男(かたおか よしお、1939年3月20日 -)は、… 片岡 義男(かたおか よしお、1939年3月20日 -)は、日本の小説家、エッセイスト、写真家、翻訳家、評論家である。 東京生まれ。祖父の片岡仁吉は山口県の屋代島(周防大島)出身で、ハワイに移民した人物。父の定一は米国の市民権を有する日系二世 である。父は若い頃に苦学をして米本土に渡り、金銭的に余裕ができると、横浜や神戸に遊びにきていた。母は近江八幡の古くから続く数珠屋の娘で、奈良女子高等師範学校を卒業して、山口県の岩国で女学校の講師をしていた。父母は岩国で見合い結婚をして、その後アメリカに戻る予定であったが、戦争が近づいていたため、アメリカにはもどれず、母の希望で東京に出る。父は家庭内では英語しか話さず、家庭は英語と関西言葉が飛び交う場所だった。
高谷 玲子(たかや れいこ、1939年3月1日 - 1965… 高谷 玲子(たかや れいこ、1939年3月1日 - 1965年2月11日)は、作家。東京都立上野高等学校荒川分校卒業。葛飾区立双葉中学校在学時に国語担当の教師の指導を受けて才能を見いだされ、さまざまな作文コンクールで入賞、文学の道を志す。23歳のとき、中学三年から少しずつ書きためた『静かに自習せよ』でデビューする。デビュー直前にガンが発覚するも、手術で治癒し、小説や短歌などの執筆活動を続ける。しかし第二作『涙で顔を洗おう』執筆終了後、再発したガンに侵され、刊行直前に25歳で死去した。その後、遺稿が編集者により整理され、第三作『悲しからずや』が刊行された。また、中学三年時から逝去に至るまでの日記が編集者の手により整理され、母親の手記で補足の上、1968年に『君がまぼろし 死にいたる手記』として刊行されている。
中野 圭一郎(なかの けいいちろう、1938年9月28日 -… 中野 圭一郎(なかの けいいちろう、1938年9月28日 - 2025年11月12日)は、日本の脚本家、作家。旧筆名・中野顕彰。本名・横田勝弘。 東京生まれ。早稲田高等学校卒。子供の頃から浪曲や講談が身近にある環境で育つ。高校生時代からシナリオ同人誌に参加して活動。浪人生時代から日活へ自作のシナリオを持ち込み、1959年に日活専属の脚本家となる。筆名・中野顕彰(あきら)として、日活映画のシナリオを執筆。『スパルタ教育』(原作・石原慎太郎、主演・石原裕次郎)』。テレビでは『大江戸捜査網シリーズ』と『あばれ八州御用旅シリーズ』、アニメ『未来少年コナン』などがある。のち中野圭一郎と改名し、小説を書いた。
豊田 有恒(とよた ありつね、1938年〈昭和13年〉5月2… 豊田 有恒(とよた ありつね、1938年〈昭和13年〉5月25日 - 2023年〈令和5年〉11月28日)は、日本の作家。SF作家、推理作家、翻訳家、脚本家、評論家。島根県立大学総合政策学部名誉教授。 日本SF作家クラブ会員、日本推理作家協会会員、宇宙作家クラブ会員。本名の表記は同一だが、豊田の読みが「とよだ」と濁る(ただし、著者名に「とよだ」とルビがふられた著作もある)。 いわゆる日本のSF作家第一世代にあたる。 群馬県前橋市の医家の生まれ。父親は京都帝国大学医学部出身であったが、在学中は短歌会で若山牧水と交際があり、卒業後は『創作』誌に小説を発表し、開業医になってからは自宅に高浜虚子を逗留させるなど、文学に理解のある人物だったという。
石原 伸司(いしはら しんじ、本名:石毛 義雄、1938年5… 石原 伸司(いしはら しんじ、本名:石毛 義雄、1938年5月25日 – 2018年〈平成30年〉3月6日)は、日本の元作家、元ヤクザ。東京都墨田区出身。「夜回り組長」と呼ばれ度々メディアに登場したが、2017年から翌2018年にかけて強盗殺人や傷害事件を起こし、入水自殺を遂げた。 東京都墨田区東両国生まれ、まもなく空襲を避けるため千葉県習志野市に疎開。父親は闇ブローカーで母親は「かつぎや」(闇屋)をしていた。父親の暴力に耐えかねて12歳で家出、東京の繁華街で浮浪児として過ごし銀座のナイトクラブのホステスに拾われる。ホステスは若かったため、石原を愛人や彼氏ではなく、自らの子供として接した。読み書きはそのホステスに教わったという。
立原 えりか(たちはら えりか、本名・渡辺 久美子、1937… 立原 えりか(たちはら えりか、本名・渡辺 久美子、1937年10月13日 - )は、日本の童話作家。
門野 晴子(かどの はるこ、1937年10月12日 - )は… 門野 晴子(かどの はるこ、1937年10月12日 - )は、日本の教育評論家、ノンフィクション作家。 旧姓:太田。東京・浅草出身。東京都立竹台高等学校卒業。商社勤め、専業主婦を経て、様々な市民運動に参加。奈良県に転居後は話し方教室の講師を務め、フェミニストセラピィ「いかるが」を開設。 1982年に『わが家の思春記』を執筆。 軽薄で刺激的な物言いが特徴的。 1989年には「ちきゅうクラブ」から参議院比例区に立候補するも、落選となった。
尾高 修也(おだか しゅうや、1937年10月7日 - )は… 尾高 修也(おだか しゅうや、1937年10月7日 - )は、日本の作家・文芸評論家。本名尾上潤一。 東京府生まれ。都立日比谷高校を経て、1961年早稲田大学政経学部卒。1972年、「危うい歳月」で文藝賞受賞。谷崎潤一郎論をライフワークとする。日比谷高校時代の同級生に、塩野七生、庄司薫、古井由吉などがいた。日本大学芸術学部助教授、教授を務め、2008年定年退任。
塩野 七生(しおの ななみ、女性、1937年7月7日 - )… 塩野 七生(しおの ななみ、女性、1937年7月7日 - )は、日本の歴史作家(プロの学術研究者ではなく「小説家」)である。名前の「七生」は、7月7日生まれであることに由来。
桐島 洋子(きりしま ようこ、1937年7月6日 - )は、… 桐島 洋子(きりしま ようこ、1937年7月6日 - )は、日本のエッセイスト、ノンフィクション作家。長女はモデル・元歌手・女優の桐島かれん、次女はエッセイストの桐島ノエル、長男は写真家の桐島ローランド。スペイン語通訳者の大瀬瓊子は母方の従姉妹。 一時期、経済学者の青木昌彦と事実婚関係にあった。その奔放な生き方から元祖翔んでる女と呼ばれ、同語が1970年代に流行語になった。 東京生まれ。父は三菱財閥に勤務していたが、元来は画家志望で、やはり三菱の重役だった祖父の命令で東京帝国大学(現・東京大学)経済学部を卒業し跡継ぎになった。教養ある文化人だった父から様々なことを教わった。母は医師の娘で父に見初められ結婚するが、財界人の娘を嫁にと考えていた姑に気に入られず苦労する。
安部 譲二(あべ じょうじ、1937年5月17日 - 201… 安部 譲二(あべ じょうじ、1937年5月17日 - 2019年9月2日)は、日本の小説家、タレント。 元暴力団員であり、自らの服役経験を基にした自伝的小説『塀の中の懲りない面々』などの著作がある。元日本航空のスチュワードとしても勤務した。また漫画原作者としても、第51回小学館漫画賞を受賞した柿崎正澄の漫画『RAINBOW-二舎六房の七人-』などの作品がある。血液型O型。 本名は安部 直也(あべ なおや)。元妻は実業家、エッセイストの遠藤瓔子で、ゲームソフトの原作・監督などを手がける遠藤正二朗は遠藤との子にあたる。 下記、ヤクザ時代の過去については「大体、10%だけがホントで、あとは膨らました脚色ですよ」、「作家は政治屋や役人と一緒で、ホントのことなんか言うわけがねぇんだよ」とも発言している。
長谷 邦夫(ながたに くにお、1937年4月7日 - 201… 長谷 邦夫(ながたに くにお、1937年4月7日 - 2018年11月25日)は、日本の漫画家、漫画評論家、小説家、エッセイスト、詩人、作詞家、元大垣女子短期大学・椙山女学園大学・中京大学・宇都宮アート&スポーツ専門学校等の講師。元日本マンガ学会理事。赤塚不二夫の長年のブレーン役。パロディ漫画におけるパイオニアとして知られる。日本の教育における漫画学科の草創期から関わっている人物でもある。 石森章太郎主宰の東日本漫画研究会の同人として、赤塚不二夫とデビュー前から交流していた。彼らがトキワ荘に入居すると通い組として参加。もともと現代詩を書く文学青年でもあり、江戸川邦生名義で小説も発表した。また、SF同人誌『宇宙塵』の初期からの会員でもあった。
黒田 夏子(くろだ なつこ、本名:非公開、1937年3月23… 黒田 夏子(くろだ なつこ、本名:非公開、1937年3月23日 - )は、日本の小説家。東京・赤坂出身。父はサンスクリット学者の辻直四郎。 4歳の時に母親が結核で死去し、自身も自宅療養する中、5歳の時に物語を書き始める。 小学校から高校まではカトリック系の湘南白百合学園に通った。高校の文芸部雑誌に「タミエ」の出る作品を初めて掲載する。その号に「遠い日の断章」という四行九連の詩を掲載した。早稲田大学教育学部国語国文学科に進学し、在学中に同人誌『砂城』を主宰した。 同時期、早大国文科の先輩に寺山修司と山田太一がおり、元NHKアナウンサーでエッセイストの下重暁子は同級生で同人誌仲間であった。大学卒業後は横須賀の緑ヶ丘女子高校に国語教師として2年間勤めた後、事務員、フリーの校正者、その他様々なアルバイトとして働く。
岡 信子(おか のぶこ、1937年3月13日 - )は、日本… 岡 信子(おか のぶこ、1937年3月13日 - )は、日本の童話作家。 夫は児童文学作家 ・小説家の野火晃。 岐阜県に生まれ、東京で育つ。菊華中学・高等学校(現・杉並学院中学高等学校)を卒業した後、短期大学に進学した。高校時代は歯科医を継ぐものと理系の勉学に取り組んでいたが、自分に向いてないと思い、短期大学で幼児教育を学ぶ。卒業後は幼稚園教諭になり、後に童話創作に専念。日本児童教育専門学校で教鞭をとり、後進の育成にも励む。 短大で創作童話の講義を受けた後、児童心理学者の早川元二より書き続けることを勧められ、童話作家を志した。 代表作に、日本児童文芸家協会賞を受賞した『花・ねこ・子犬・しゃぼん玉』のほか、光村図書による小学1年生の教科書に1980年(昭和55年度)から掲載されている『はなのみち』などがある。
木葉井 悦子(きばい えつこ、1937年 - 1995年7月… 木葉井 悦子(きばい えつこ、1937年 - 1995年7月)は、日本の絵本作家、画家。 東京都小金井市出身。武蔵野美術大学油絵科中退。 1970年代に2年間アフリカのナイジェリアで過ごし、帰国後の1978年に初めての絵本作品となる『あかいめのしろヘビ』を銀河社より出版。 1995年7月、癌により死去。生涯に17冊の絵本を出版した。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
石堂秀夫(いしどう ひでお、1936年9月21日 - )は、… 石堂秀夫(いしどう ひでお、1936年9月21日 - )は、日本の小説家。 東京生まれ。東京都立三田高等学校定時制中退。1969年小説『那覇の港で』により第6回総評文学賞を受賞。1971年、長編小説『詐欺師たち』を刊行し、椎名麟三の絶賛を受けて作家生活に入る。『奥の細道・全行程を往く』で松尾芭蕉の研究家としても知られ、また、ドラマ『天明義民伝』で、2000年度地方自治大賞を受賞。
梶原 一騎(かじわら いっき、1936年9月4日 - 198… 梶原 一騎(かじわら いっき、1936年9月4日 - 1987年1月21日)は、日本の漫画原作者、小説家、映画プロデューサー。本名は高森 朝樹(たかもり あさき)。高森 朝雄(たかもり あさお)の筆名も使用した。格闘技やスポーツを題材に、男の闘う姿を豪快に、ときには繊細に描き出し、話題作を次々と生み出した。自身の型破りで豪快な生き方や数々のスキャンダルでも話題を呼んだ。身長180cm、体重85kg。空手五段、柔道二段(1983年7月28日の自己申告)。 1966年から『週刊少年マガジン』に連載された漫画『巨人の星』の原作者として名声を上げ、以後『あしたのジョー』(高森朝雄名義)、『タイガーマスク』など、いわゆる「スポ根もの」分野を確立した功績をはじめ、多くの劇画・漫画作品の原作者として活躍した。
天沢 退二郎(あまざわ たいじろう、1936年7月31日 -… 天沢 退二郎(あまざわ たいじろう、1936年7月31日 - )は、日本の詩人、仏文学者、児童文学作家、翻訳家。宮沢賢治研究者。東京大学文学部仏文科卒業。明治学院大学文学部フランス文学科名誉教授。
小久保 晴行(こくぼ はるゆき、1936年(昭和11年)7月… 小久保 晴行(こくぼ はるゆき、1936年(昭和11年)7月20日 - 2025年10月7日[要出典])は、日本の著作家、洋画家、歌人、評論家、経営学博士。 公益財団法人 えどがわボランティアセンター理事長、一般財団法人 国際江戸川文化福祉財団理事長、社会福祉法人 つばき土の会理事長。株式会社トーヨー会長、株式会社エフ・イー・アイ会長。江戸川区文化会会長、江戸川区美術会会長、江戸川区芸能文化協会会長、江戸川区福祉ボランティア団体協議会会長、江戸川区友好団体連絡会会長、江戸川明るい社会づくりの会会長、江戸川第九を歌う会会長、江戸川区ドッジボール協会会長、八代目橘家円蔵一門を励ます会会長。江戸川区短歌連盟顧問、江戸川区都市計画審議会委員、江戸川区民生委員推薦会委員。
蓮實 重彥(はすみ しげひこ、1936年〈昭和11年)4月2… 蓮實 重彥(はすみ しげひこ、1936年〈昭和11年)4月29日 - )は、日本の文芸評論家・映画評論家・フランス文学者・小説家。 専門はフローベール研究だが、ロラン・バルトやミシェル・フーコーなどフランス現代思想が1970年代から日本へ紹介される際に中心的役割を果たす1人となったほか、近現代文学・映画評論の分野でも数多くの批評を手がけている。 1980年代以降は各国の映画製作者とも幅広く交流し、小津安二郎など日本映画の世界的再評価に大きく貢献した。東京大学教養学部教授(表象文化論)、第26代東京大学総長(1997年-2001年)を歴任。東京大学名誉教授。 蓮實は、雪舟などの研究で知られた日本美術史家・蓮實重康の息子として、1936年に東京で生まれた。
鎌田 豊成(かまだ とよしげ、1936年 - )は日本のアー… 鎌田 豊成(かまだ とよしげ、1936年 - )は日本のアートディレクター、クリエイティブディレクター、造形作家。元長岡造形大学学長。 東京で生まれる。東京芸術大学美術学部工芸科図案計画専攻を卒業後、株式会社大広のアートディレクターとなる。その後、株式会社グレイ大広でクリエイティブディレクターを経て、1991年に有限会社カマダデザイン事務所を設立する。1994年に長岡造形大学教授となり、2004年に同大学学長に就任。2008年に学長を退任し、現在は長岡造形大学名誉教授である。 2002年~2003年に韓国の東西大学客員教授を務める。また、社団法人中越防災安全推進機構理事、新潟総合テレビ番組審議会委員、長岡市復興委員会委員など新潟県の地域活動に参画した。
こやま 峰子(こやま みねこ、1936年 - )は、日本の詩… こやま 峰子(こやま みねこ、1936年 - )は、日本の詩人、児童文学作家。平和主義の立場からの著作が多い。 本名・小山つね子。東京出身。共立女子高等学校卒業。 翻訳絵本「だ・あ・れ!?」などで赤い靴児童文化賞受賞。1998年、日本童謡賞特別賞受賞。2003年に第26回巖谷小波文芸賞(日本青少年文化センター)を、2004年には児童文化功労者(日本児童文芸家協会)、日本児童文芸家協会賞を受賞。