武藤 尭行(むとう たかゆき、1992年(平成4年)1月8日… 武藤 尭行(むとう たかゆき、1992年(平成4年)1月8日 - )は、東京都東村山市出身の日本の実業家、連続起業家、BOOSTTECH株式会社の代表取締役社長である。 高校時代に全国高等学校サッカー選手権大会に出場した。 2014年にブランディングテクノロジー株式会社に入社し、SEM(サーチエンジンマーケティング)のアカウントセールスとして活動。新規事業責任者としてキュレーションメディアのCMSの事業立ち上げやSEO部門の部長を経験した。 2018年1月に株式会社トライハッチを創業し独立。システム開発やデジタルマーケティング支援を行う。 2023年3月に東証プライム上場の株式会社ベクトルへ株式を売却し連結子会社化。
大田 阿斗里(おおた あとり、1989年8月12日 - )は… 大田 阿斗里(おおた あとり、1989年8月12日 - )は、日本の警察官。警視庁第四機動隊所属。 プロ野球選手(投手)として2008年から2016年まで活動。右投右打。2008年から2012年までは、名前の阿斗里(あとり)を登録名に用いていた。また、警察官転身後も警視庁の硬式野球部にも一時所属していた。 3歳まで沖縄で暮らした後に東京へ転居。小学3年生で江戸川区軟式野球連盟・仲町ビックフィガースで外野手として軟式野球を始め、5年生で投手に転向。6年生の時に江戸川区選抜として世界大会に出場した。 進学した帝京高等学校では1年夏からベンチ入りし、2年夏から3季連続で甲子園に出場した。2年夏は8強、2007年春のセンバツでは小城打線を相手に、江川卓と並ぶ大会史上2位タイとなる20奪三振の活躍、4強入りに貢献する。
大塚 玲奈(おおつか れいな、1980年 - )は、日本出身… 大塚 玲奈(おおつか れいな、1980年 - )は、日本出身の社会起業家、国際公務員。エコトワザ代表取締役社長を経て、国連開発計画データイノーベーション専門官。駐日アメリカ合衆国大使起業家大賞等受賞。ダボス会議グローバル・シェーパーズ・コミュニティ選出。 東京都生まれ。2歳から10歳まで父の仕事に伴いニューヨーク州で暮らす。アメリカ合衆国の知能指数トップ5%の児童を対象とするGifted and Talentedのプログラムに参加。 女子学院中学校・高等学校を経て、2004年に一橋大学法学部を卒業。大学在学中の2001年から2002年まで一橋大学海外派遣留学制度でカリフォルニア大学バークレー校に留学。
楠 正憲(くすのき まさのり、1977年〈昭和52年〉3月1… 楠 正憲(くすのき まさのり、1977年〈昭和52年〉3月1日 - )は、日本のITアーキテクト、国家公務員。Japan Digital Design株式会社 Chief Technology Officer、ISO/TC307(ブロックチェーンと分散台帳技術に係る専門委員会)国内委員会 委員長、デジタル庁統括官。Linux IPv6 RPMプロジェクトFounder。その他にも多数の役職を兼務。主に情報技術と情報化にかかわる研究を行う。 中学で留年し、高校を中退後、大検を取得。駒場東邦での中高時代は、新聞部の活動にのめりこんでいた。その後、浪人中から秋葉原に入り浸り人脈を築く。神奈川大学経済学部在学中より認証連携プロトコルの設計に関わる他、Linux IPv6 RPMプロジェクトの立ち上げ、LinuxディストリビューションのIPv6対応を推進した。
佐久間 智之(さくま ともゆき、1976年10月21日 - … 佐久間 智之(さくま ともゆき、1976年10月21日 - )は、埼玉県三芳町の元地方公務員。総務省 地域力創造アドバイザー、早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員、PR TIMESエバンジェリスト、自治体広報アドバイザー、コミュニケーションデザイナー、自治体職員研修講師、PRDESIGN JAPAN株式会社 代表取締役。 1976年 東京都板橋区生まれ。2002年東京法律専門学校卒業、三芳町役場入庁。税務課、健康増進課を経て、2011年4月から秘書広報室で広報とプロモーション業務を行う。 2018年6月から1年間、フォントメーカーの株式会社モリサワに民間出向。独学でほぼ一人で広報みよしの印刷以外の写真撮影・企画・デザインや予算ゼロ円のシティプロモーション、ホームページのデザイン、AR、動画制作の全てを行った。
浅沼 尚(あさぬま たかし、1976年〈昭和51年〉5月11… 浅沼 尚(あさぬま たかし、1976年〈昭和51年〉5月11日 - )は、日本のDXプロデューサー、元特別職国家公務員。デジタル庁デジタル監(第2代)。 東京都出身、東京都立国立高等学校卒業。1999年(平成11年)3月、慶應義塾大学理工学部を卒業。2001年3月、慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程修了。翌4月、株式会社東芝に入社。主に映像機器や生活家電部門でインダストリアルデザイナーとしての業務に従事した後、2013年(平成25年)1月、東芝アメリカ情報システム社(英語: Toshiba America Information Systems, Inc.)に出向し、デザインディレクターに着任。
鶴岡 秀子(つるおか ひでこ、1968年5月8日 - )は、… 鶴岡 秀子(つるおか ひでこ、1968年5月8日 - )は、日本の連続起業家(シリアル・アントレプレナー)、実業家、著作家。東京都板橋区出身、日本大学経済学部経営学科卒業。血液型はA型。 1968年生まれ。1児の母。事業家の父の影響で、10歳の時には将来起業すると決める。大学卒業後、アパレルの接客の仕事から経営企画・人事企画に異動。1999年外資系コンサルティングファームに入社し、大手企業のコンサルティングを経験して2000年に独立。ネットリサーチ会社(現:楽天インサイト)を仲間と起業して5年後に売却。この間に出産を経験。 2006年念願のホテルマネジメント会社 ザ・レジェンド・ホテルズ&トラスト株式会社を設立、代表取締役CEOに就任。
池田 礼子(いけだ れいこ、1966年〈昭和41年〉7月8日… 池田 礼子(いけだ れいこ、1966年〈昭和41年〉7月8日 - )は、国際公務員。日本ユニセフ協会顧問。第22代国際司法裁判所(ICJ)所長・小和田恆の次女。出生名は小和田 礼子(おわだ れいこ)。 1966年(昭和41年)7月8日、スイス連邦のジュネーヴ市で、当時在ソ連日本国大使館一等書記官・小和田恆と同夫人優美子の次女として生まれた。姉は雅子であり、礼子と双生児として共に生まれた妹が節子である。生後しばらく同国ベルンの在スイス日本国大使館大使公邸で育てられた。 1969年(昭和44年)、父の恒が国際連合日本政府代表部に赴任したため一家で渡米。2歳から4歳までの2年間でアメリカ合衆国・ニューヨーク州ニューヨーク市の2つの幼稚園に通う。
豊田 麻子(とよだ あさこ、1966年3月18日 - )は、… 豊田 麻子(とよだ あさこ、1966年3月18日 - )は、日本の総務技官、情報技術者。ハーバード大学国際問題研究所研究員や、総務省国際協力調査官等を経て、女性初の広島市副市長を務めた。 東京都出身。1984年成蹊高等学校卒業。1990年東北大学大学院工学研究科修了、郵政省入省、電気通信局電波部計画課配属。1995年ハーバード大学ウェザーヘッド国際問題研究所研究員。2000年外務省在フランス日本国大使館一等書記官。2003年総務省総合通信基盤局国際部国際協力課国際協力調査官。2008年情報通信研究機構連携研究部門テストヘッド企画戦略グループリーダー。 2008年から女性初の広島市副市長を務め、広島市CIO(最高情報責任者)を兼務し、情報通信技術の利活用を進めるなどした。
岡井 朝子(おかい あさこ、1966年 - )は日本の外交官… 岡井 朝子(おかい あさこ、1966年 - )は日本の外交官、国際公務員。国連公使等を経て、国連事務次長補、国連開発計画(UNDP)総裁補兼危機局長を務めた。 東京都出身。日本経済新聞記者だった父岡井紀道の仕事に伴い小学校5年からワシントンD.C.の学校に通う。中学3年で帰国し、東京学芸大学附属高等学校を経て、1989年一橋大学法学部卒業(杉原泰雄ゼミ)、外務省入省。高校では合唱部、大学ではオーケストラ部(ヴァイオリン担当)に所属。 入省後2年間ケンブリッジ大学エマニュエル・カレッジに留学し、1992年に美術史でM.A.の学位を取得。同年外務省文化交流部文化第二課。1994年経済協力局政策課、調査計画課併任。
黒田 慶樹(くろだ よしき、1965年〈昭和40年〉4月17… 黒田 慶樹(くろだ よしき、1965年〈昭和40年〉4月17日 - )は、日本の地方公務員。東京都の職員。東京都建設局局務担当部長を経て、公益財団法人東京動物園協会副理事長。 妻は明仁(上皇)の第1皇女子である黒田清子(紀宮清子内親王)。皇女の結婚相手としては、皇族や旧華族出身者でない史上初の人物である。 1972年4月、学習院初等科に入学。文仁親王(後の秋篠宮)とは初等科時代からの学友であり、高等科時代は写真部・地理研究会、大学時代も自然文化研究会で行動をともにした。大学時代のサークル仲間には、後に文仁親王妃となる川嶋紀子もいた。在学中の1986年に、父の黒田慶次郎と死別する。1988年3月、学習院大学法学部を卒業する。
村山 一弥(むらやま かずや、1963年〈昭和38年〉2月2… 村山 一弥(むらやま かずや、1963年〈昭和38年〉2月25日 - )は、日本の建設・国土交通技官。 東京都出身。東京都立三田高等学校、東京大学工学部を経て、1988年(昭和63年)、東京大学大学院工学研究科を修了。同年4月、建設省へ入省。道路畑が長く、道路局地方道・環境課沿道環境専門官、関東地方整備局高崎河川国道事務所長、道路局有料道路課企画専門官、同有料道路調整官、同国道・防災課国道事業調整官、同国道・防災課道路保全企画室長、関東地方整備局道路部長、道路局国道・防災課長、同国道・技術課長、同企画課長などを歴任した他、福岡県へ出向し、県土整備部長を3年間務めた。 2019年(令和元年)7月9日、九州地方整備局長に就任。
清水 洋文(しみず ひろふみ、1963年 - )は、日本の消… 清水 洋文(しみず ひろふみ、1963年 - )は、日本の消防吏員。第28代消防総監。 東京都西多摩郡檜原村出身。地域の消防団に所属していた父や横田基地所属の消防隊員として働いていた叔父の影響で高校卒業後、1981年に東京消防庁へ入庁。消防学校での研修の後、杉並区荻窪消防署へ配属。 勤務の傍ら、社会人優先入学制度を利用し専修大学法学部へ入学。大学在学中は吟詠部に所属した。 専門系消防官以降は、本庁人事部職員課や世田谷区玉川消防署消防司令、本庁人事企画担当係長、品川区荏原消防署予防課長などを歴任。東京都総務局総合防災部へ出向し、大規模テロ災害対策共同訓練の策定・実施に携わる。 都庁からの帰任後は、東京消防本庁にて、生活安全課長に就任。
浜 佳葉子(はま かよこ、1962年(昭和37年)8月6日 … 浜 佳葉子(はま かよこ、1962年(昭和37年)8月6日 - )は、日本の地方公務員。町田市副市長、東京都生活文化局長、東京都水道局長(公営企業管理者)東京都教育委員会教育長を経て、東京都住宅供給公社理事長、全国住宅供給公社等連合会副会長、東京都参与。 慶應義塾女子高等学校を経て、1985年(昭和60年)3月に慶應義塾大学経済学部卒業。同年4月、東京都庁入庁。都立大学都市研究所事務長、港湾局開発部副参事(東京テレポートセンタービル事業部企画課長・総務部総務課長)、知事本局企画調整部副参事(国際共同事業担当)、同部調整担当課長、港湾局総務部企画課長・総務課長(統括)、町田市副市長、福祉保健局企画担当部長・医療政策部長・少子社会対策部長、港湾局総務部長、政策企画局理事(報道総括担当)・(知事補佐担当)、選挙管理委員会事務局長などを歴任。
両角 穣(もろずみ みのる、 1962年 - )は、日本の政… 両角 穣(もろずみ みのる、 1962年 - )は、日本の政治家、元地方公務員。都民ファーストの会所属の東京都議会議員(3期)。東京都議会議員として、経済・港湾委員長、環建委員長、八王子市議会議員 (4期)として、副議長を歴任。自身のSNSや選挙運動などでは、両角みのるの表記を用いられる。 東京都八王子市に生まれる。新町幼稚園、八王子市立第二小学校、八王子市立第四中学校、東京都立府中西高等学校を卒業。明治大学政経学部政治学科卒業後、八王子市職員、横浜市職員(企画係長)を経て、八王子市議会議員。その後、埼玉大学大学院政策科学研究科修士課程修了(公共政策修士)し、国立大学法人政策研究大学院大学博士課程修了(博士・政策研究)し、阿部司 衆議院議員政策担当秘書を経験した。
小俣 篤(おまた あつし、1961年10月12日 - )は、… 小俣 篤(おまた あつし、1961年10月12日 - )は、日本の国土交通技官。国土交通省北陸地方整備局長等を経て、国土交通省国土技術政策総合研究所所長を務めた。退官後、河川財団理事長。 東京都西東京市出身。東京都立国立高等学校を経て、1984年東京工業大学(現東京科学大学)工学部土木工学科卒業、建設省入省。1992年北陸地方建設局金沢工事事務所調査第一課長。1995年建設省河川局治水課課長補佐。1999年中部地方建設局庄内川工事事務所長。2003年岐阜県基盤整備部河川課長。 2006年国土交通省河川局河川環境課河川環境保全調整官。2008年近畿地方整備局淀川河川事務所長。2010年国土交通省河川局河川環境課河川保全企画室長。
荒木 由季子(あらき ゆきこ、1960年12月13日 - )… 荒木 由季子(あらき ゆきこ、1960年12月13日 - )は、日本の経済産業技官。山形県副知事や経済産業省商務情報政策局商務流通グループ国際博覧会交渉官を経て、退官後、日立製作所理事グローバル渉外統括本部副統括本部長兼日立ヨーロッパベルギー事務所長、富士製薬工業取締役、ナカニシ取締役、TOYO TIRE取締役、長岡技術科学大学経営協議会委員、日本生活支援工学会評議員 東京都出身。東京大学工学部卒業後、通産省入省。エネルギー畑を主に歩み、齋藤弘が山形県知事に在任中には、同県に副知事として出向した。 2012年には経産省を退省。 夫との間に1男、1女。
水鳥 真美(みずとり まみ、1960年〈昭和35年〉11月1… 水鳥 真美(みずとり まみ、1960年〈昭和35年〉11月15日 - )は日本の外交官、国際公務員。駐英公使、イースト・アングリア大学付属セインズベリー日本藝術研究所所長等を経て、日本人女性初の国連事務総長特別代表として国連防災機関代表を務めた。 東京都生まれ。女子学院中学校・高等学校を経て、1983年一橋大学法学部第三課程卒業、外務省入省。1986年スペイン外交官学校(英語版)国際関係ディプロマ課程修了。歴史学者のバラック・クシュナー(英ケンブリッジ大学教授)は夫。 在アメリカ合衆国日本国大使館政務班一等書記官、外務大臣官房人事課首席事務官、北米局日米地位協定室長、総合外交政策局国連政策課長、同局安全保障政策課長、在英国日本国大使館公使、同広報文化センター所長を歴任した。
長谷川 直之(はせがわ なおゆき、1960年〈昭和35年〉4… 長谷川 直之(はせがわ なおゆき、1960年〈昭和35年〉4月20日 - )は、日本の国土交通技官。第27代気象庁長官を務めた。 東京都出身。武蔵高等学校を経て、1983年、東京大学理学部地球物理学科を卒業。同年4月、気象庁入庁。 2020年10月1日、気象庁の組織改編に伴い新設された、専門家集団を代表して政府内で政策の調整に当たる「気象防災監」に就任。 2021年1月5日、気象庁長官に就任。
新村 和哉(しんむら かずや、1960年 - )は、日本の厚… 新村 和哉(しんむら かずや、1960年 - )は、日本の厚生労働技官・医師。医学博士。厚生労働省健康局長・国立保健医療科学院長を経て、日本医師会事務局長。 東京都出身。1984年東京大学医学部卒業、厚生省入省。1991年和歌山県健康対策課長。1993年厚生省エイズ結核感染症課。1996年京都府保険健康福祉部理事。1998年厚生省保険局医療課。同年東京大学より博士(医学)の学位を取得。 2001年外務省国際連合日本政府代表部参事官。2004年厚生労働省医政局研究開発振興課医療技術情報推進室長。2005年厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部精神・障害福祉課長。 2007年厚生労働省医薬食品局血液対策課長。
木内 基容子(きうち きよこ、1959年2月14日 - )は… 木内 基容子(きうち きよこ、1959年2月14日 - )は、日本の地方公務員。東京都出身。東京都八王子市前副市長。 女性初の八王子市前副市長、市職員出身として東京都26市初の女性副市長として注目され、各メディアに取り上げられた。 東京都国立市出身。1977年、東京都立三鷹高等学校卒業。1982年、上智大学文学部史学科卒業。同年4月、八王子市役所へ入庁。2011年4月、総合政策部市史編纂室長。2013年4月、総合政策部長。同年8月、総合経営部長(組織改正による)。2016年4月、都市戦略部長。2017年4月、産業振興部長。2018年3月31日付で市役所を退職。同年4月1日、東京都八王子市副市長に就任。
小林 仁(こばやし じん、1958年11月6日 -2024年… 小林 仁(こばやし じん、1958年11月6日 -2024年12月19日 )は、東京都三鷹市生まれの公務員。映画監督。現在は東京都あきる野市在住。血液型A型。本名・ひとし。 中学2年の時に見た斎藤耕一の「約束」(1972年)に感激し、映画監督を志す。1976年、都立五日市高校3年の時、文化祭で初の8ミリ作品「旅人」を発表。その後、高校の卒業記念として製作した「ガラスの切符」(1977年)が、第1回ぴあフィルムフェスティバル(PFF)に入選。同年、五日市町役場(現・あきる野市役所)に就職するが、8ミリ映画の製作も続け、年1本のペースで新作を発表する。1985年より毎年開催されているあきる野映画祭(発足当時・五日市映画祭)には、公務としてではなく、一個人として第1回より実行委員として参加し、プロデューサー、実行委員長を経て現在エグゼクティブプロデューサーを務める。
山川 義介(やまかわ よしすけ、1957年1月8日 - )は… 山川 義介(やまかわ よしすけ、1957年1月8日 - )は、シリアルアントレプレナー(連続起業家)。TDKにて世界初の2層塗りS-VHSテープ「XP-HiFi」を開発し商品化。その後独立し1995年より5年おきに3社のベンチャー企業創業。1社目は2社目に営業譲渡、2社目はヤフー株式会社に売却。3社目のALBERTは東京証券取引所マザーズ上場、2016年、ALBERT取締役会長を退任。2017年、マーケットセントリクス(現MCX)代表取締役社長に就任。 父は元横河ブリッジ社長、会長、名誉会長の山川敏哉。祖父の山川鹿三郎は三菱重工業の飛行機設計家で、中島飛行機製エンジン第4号機を搭載した97式重爆撃機をベースにした民間型輸送機MC-20型の試験飛行を実施。
秋山 俊行(あきやま としゆき、1954年7月7日 - )は… 秋山 俊行(あきやま としゆき、1954年7月7日 - )は、日本の地方公務員。東京都生活文化スポーツ局長や、東京都知事本局長、東京都副知事、東京都職員共済組合理事長、東京都人材支援事業団理事長を歴任し、2017年から日本自動車ターミナル代表取締役社長。瑞宝中綬章受章。 中央大学附属高等学校を経て、1977年中央大学法学部卒業、東京都入庁。2004年東京都知事本局自治制度改革推進担当部長。2006年東京都知事本局企画調整部長。2007年東京都病院経営本部長。2008年東京都生活文化スポーツ局長。2010年東京都知事本局長。 2012年から東京都副知事を務め、東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会副理事長などを兼務して、2020年東京オリンピック招致にあたった。
斉藤 親(さいとう ちかし、1950年9月2日 - )は、日… 斉藤 親(さいとう ちかし、1950年9月2日 - )は、日本の国土交通技官、土木技術者。仙台市助役や、国土交通省大臣官房技術審議官、JR東日本技術顧問、練馬区参与等を歴任した。 1969年東京教育大学附属高等学校(現筑波大学附属高等学校)卒業。1973年東京工業大学工学部土木工学科卒業、建設省入省、中国地方建設局道路部道路計画課。1974年建設省計画局国際課海外協力官。1989年京都府土木建築部都市計画課長。1997年住宅・都市整備公団再開発改善部次長。2000年国土庁地方振興局地方都市整備課長。2001年仙台市助役。2003年8月 佐々木謙を後任として同職を辞職し同年 国土交通省都市・地域整備局街路課長。
有留 武司(ありとめ たけし、1950年(昭和25年) - … 有留 武司(ありとめ たけし、1950年(昭和25年) - )は、日本の地方公務員。東京都環境局長を経て、ゆりかもめ代表取締役社長などを務めた。 東京都中央区築地生まれ。1969年東京都立上野高等学校卒業。1974年早稲田大学政治経済学部卒業、東京都入庁。 東京都企画審議室調整部調整担当課長、東京都港湾局開発部開発調整課長、東京都港湾局総務部総務課長(統括課長)等を経て、1998年城北福祉センター所長。 2002年東京都福祉局障害福祉部長。2004年東京都生活文化局総務部長。2005年東京都総務局理事(特別区人事・厚生事務組合派遣)。2007年東京都労働委員会事務局長。2008年東京都環境局長。
青山 佾(あおやま やすし、1943年10月5日 - )は、… 青山 佾(あおやま やすし、1943年10月5日 - )は、日本の地方公務員、政治学者。東京都出身。東京都人事委員会委員長。元東京都副知事、元東京都住宅供給公社理事長。博士(政治学)、明治大学名誉教授。ペンネームは郷 仙太郎(ごう せんたろう)。
栢原 英郎(かやはら ひでお、1940年〈昭和15年〉2月1… 栢原 英郎(かやはら ひでお、1940年〈昭和15年〉2月13日 - 2025年〈令和7年〉5月6日)は、日本の運輸技官、土木技術者。技術士、工学博士、土木学会認定特別上級土木技術者(調査・計画)。 運輸省港湾局長や、同省技術総括審議官、北海道大学公共政策大学院特任教授、日本港湾協会会長、土木学会会長等を歴任した。土木学会功績賞受賞。 東京都立小山台高等学校を経て、1964年(昭和39年)北海道大学工学部土木工学科卒業、運輸省(現国土交通省)入省。1980年(昭和55年)国際臨海開発研究センター主任研究員。1984年(昭和59年)国土庁計画・調整局計画官。1987年(昭和62年)運輸省港湾局開発課長。
小菅 亘恭(こすが のぶやす、1930年8月21日 - )は… 小菅 亘恭(こすが のぶやす、1930年8月21日 - )は、日本の地方公務員。元愛媛県副知事。 東京都出身。旧制香川県立三豊中学校、中央大学法学部卒業。 1954年(昭和29年)愛媛県入庁。1980年(昭和55年)総務部財政課長、1982年(昭和57年)総務部次長、1983年(昭和58年)商工労働部長を歴任。出納長を経て愛媛県副知事に就任。
眞仁田 勉(まにた つとむ、1930年5月1日 - 2022… 眞仁田 勉(まにた つとむ、1930年5月1日 - 2022年2月15日)は、日本の地方公務員。東京都生活文化局長、東京都副知事、首都高速道路公団理事長、東京都競馬代表取締役社長などを歴任した。 東京府出身。東京都立千歳高等学校を経て、1953年早稲田大学第一法学部卒業、東京都入庁。東京都生活文化局長、東京都副知事、首都高速道路公団副理事長を経て、1993年首都高速道路公団理事長。1995年東京都競馬代表取締役社長。2022年叙従四位。
貫洞 哲夫(かんどう てつお、1927年 <昭和2年> 10… 貫洞 哲夫(かんどう てつお、1927年 <昭和2年> 10月3日 - 2024年 <令和6年> 5月1日)は、日本の地方公務員。東京都人事委員会事務局長、同衛生局長、同生活文化局長、同副知事を歴任。勲三等瑞宝章受章。位階は正五位。 東京都出身。1940年 開成中学校入学、1941年中退、仙台陸軍幼年学校 (45期)、陸軍航空士官学校入校 (60期)後、終戦を迎えて復員。1949年 成蹊高等学校 (旧制)卒業、東京大学法学部政治学科卒業。 1953年 東京都庁に入都(衛生局勤務)。人事委員会事務局長、衛生局長、東京都生活文化局長を歴任し、1983年 鈴木俊一都政2期目の副知事(1期)に就任。 その後は、東京信用保証協会理事長、同相談役、全国信用保証協会連合会会長、東京都収用委員会会長、東京都国民年金基金理事長、東京都動物園協会会長、財団法人東京都慰霊協会会長、NPO法人東京都日本中国友好協会会長、社団法人東京都レクリエーション協会会長、東京都太極拳連盟会長、東京都医療審議会会長。
熊木 令次(くまき れいじ、1922年(大正12年)8月22… 熊木 令次(くまき れいじ、1922年(大正12年)8月22日 - 2015年(平成27年)10月24日)は、日本の地方公務員、政治家。東京都東村山市長(4期)。 東京府北多摩郡東村山村(東村山町を経て、現・東村山市)生まれ。旧制東亜商業学校(現東亜学園高等学校)を経て、脇田簿記学校卒。戦後、東村山町役場に入る。役場では収入役、総務課長、助役を務め、助役時代の1964年(昭和39年)に東村山町は市制施行により東村山市となった。市制施行後も助役として初代市長の小山林平を補佐した。 1967年(昭和42年)東村山市長選挙で当選。市内に都立高校の設置、保健所や税務署の誘致、水道事業を都に一元化させ、都市基盤と生活環境の整備、福祉の充実と、市民の健康増進、教育文化の向上などに積極的に取り組んだことにより、市民の信頼を得た。
中村 太郎(なかむら たろう、1922年〈大正11年〉 - … 中村 太郎(なかむら たろう、1922年〈大正11年〉 - 1969年〈昭和44年〉8月18日)は、日本の剣道家(範士七段)、警察官。 父は剣道道場「大義塾」塾長で、戦前にアメリカに渡り剣道を教えていた中村藤吉。神奈川県の実業家で現・大義塾塾長の中村藤雄は弟。 神奈川県警察に奉職し、全日本剣道選手権大会優勝2回・準優勝2回、全国警察官剣道大会優勝、全日本東西対抗剣道大会出場など全国大会で活躍した。栄典は従七位、警察功績章。 大義塾の弟子に林家木久扇、柳家小団治がいる。また、世代は異なるが神奈川県警察の後輩に宮崎正裕がいる。
鈴木 文彦(すずき ふみひこ、1919年〈大正8年〉9月13… 鈴木 文彦(すずき ふみひこ、1919年〈大正8年〉9月13日 - 没年不詳)は、日本の外交官、国際公務員。外務省経済局次長、外務省国際連合局長等を経て、1979年から82年までジュネーヴ国際機関日本政府代表部特命全権大使を務めた。 東京出身。東京府立第八中学校(現東京都立小山台高等学校)を経て、1940年浦和高等学校文科甲類卒業。1942年東京帝国大学法学部政治学科卒業、外務省入省。短期現役海軍主計科士官(9期)を志願し、同年9月に海軍経理学校に入校。1943年1月、海軍主計中尉に任官し経理学校を卒業。1944年5月に海軍主計大尉に進み終戦を迎えた。1946年に解員(復員)した。 外務省経済局国際機関課長等を経て、1962年在ジュネーヴ国際機関日本政府代表部一等書記官。
梅澤 邦臣(うめざわ くにおみ、1916年7月30日 - 2… 梅澤 邦臣(うめざわ くにおみ、1916年7月30日 - 2006年1月23日)は、日本の通商産業技官。科学技術事務次官を経て、原子力安全技術センター理事長、海洋科学技術センター理事長、ライフサイエンス振興財団理事長等を歴任した。 東京都生まれ。1938年武蔵高等学校理科卒業。1941年北海道帝国大学理学部地質学鉱物学科卒業。1944年商工省地質調査所技師。1953年通商産業省大阪通商産業局総務部技術課長。1956年工業技術院調整部業務課長。 1962年科学技術庁計画局科学調査官。1963年科学技術庁原子力局次長。1964年科学技術庁計画局長。1967年科学技術庁研究調整局長。1968年科学技術庁原子力局長、造船技術審議会委員。
三上 剛太郎(みかみ ごうたろう、明治2年11月15日(18… 三上 剛太郎(みかみ ごうたろう、明治2年11月15日(1869年12月17日) - 昭和39年(1964年10月27日))は、日本の医師・軍医・新聞記者。日露戦争に従軍した時のエピソード(後述)で後世に名を残した。最終階級は陸軍一等軍医。 1869年(明治2年)11月15日、陸奥国三戸県佐井村(現在の青森県下北郡佐井村)の代々医家である三上家の長男(8代目)として生まれた。1875年(明治8年)に佐井小学校(現在の佐井村立佐井小学校)に入学。1884年(明治17年)に上京して、三田英学校(現在の錦城学園高等学校)で学ぶ。そこで漢文学者の森田思軒の影響を受け、文学へ傾倒した。1888年(明治21年)に英学校を卒業後、読売新聞社社会部記者となり、新聞記者の世界へ足を踏み入れた。
菊池 大麓(きくち だいろく、1855年3月17日〈安政2年… 菊池 大麓(きくち だいろく、1855年3月17日〈安政2年1月29日〉- 1917年〈大正6年〉8月19日)は、明治時代から大正時代にかけての日本の数学者、教育行政官。男爵、理学博士。 東京帝国大学(東京大学の前身)理科大学長・総長、文部次官・大臣、学習院長、京都帝国大学(京都大学の前身)総長、帝国学士院院長、貴族院議員、枢密顧問官を歴任した。 蘭学者の箕作秋坪とつね夫妻の次男として江戸天神下(現:新宿区喜久井町)の津山藩の下屋敷に生まれ、父の実家・菊池家の養嗣子となった。秋坪は蘭学者箕作阮甫の弟子で、つねはその阮甫の三女である。 蕃書調所(東京大学の前身)で英語を学び、1867年(慶応3年)に幕府派遣で、1870年(明治3年)に新政府派遣で、2度に渡り英国に留学した。
今井 信郎(いまい のぶお、天保12年10月2日(1841年… 今井 信郎(いまい のぶお、天保12年10月2日(1841年11月14日) - 大正7年(1918年)6月25日)は、江戸時代末期(幕末)から明治初期の武士(幕臣)、佐幕活動家、警察官、教育者、農事指導者、キリスト教活動家、政治家。 今井は江戸に育ち、安政5年(1858年)、18歳で直心影流剣術の榊原健吉道場に入門、免許取得後講武所の師範代の任に就いた。慶応3年(1867年)5月、京都見廻組への入隊を拝命、同年11月15日に発生した近江屋事件に関わった。戊辰戦争では衝鋒隊副隊長として各地を転戦し、箱館戦争まで戦った。明治3年(1870年)2月、近江屋事件の件で嫌疑をかけられ、身柄を刑部省の伝馬町牢舎へ移され取り調べを受けた。
田中 敏(たなか さとし)は、日本の文部科学技官。筑波大学副… 田中 敏(たなか さとし)は、日本の文部科学技官。筑波大学副学長や、文部科学省研究開発局長、つくば科学万博記念財団理事長兼つくばエキスポセンター館長等を経て、科学技術振興機構上席フェロー。 東京都立小石川高等学校を経て、1980年東京大学大学院理学系研究科専門課程修了、科学技術庁入庁。文部科学省研究振興局ライフサイエンス課長、独立行政法人海洋研究開発機構経営企画室長、文部科学省大臣官房政策課長、文部科学省大臣官房審議官(スポーツ・青少年局担当)、文部科学省大臣官房政策評価審議官、筑波大学副学長等を経て、2013年文部科学省研究開発局長。2015年公益財団法人つくば科学万博記念財団代表理事・理事長兼つくばエキスポセンター館長。
宮地 淳夫(みやち あつお)は、日本の国土交通技官。和歌山県… 宮地 淳夫(みやち あつお)は、日本の国土交通技官。和歌山県県土整備部長や、調布市副市長、国土地理院参事官を経て、建設物価調査会常任参与、戸田建設顧問。 東京都立西高等学校を経て、1982年東京大学大学院工学系研究科土木工学専門課程修了、建設省入省。建設省道路局有料道路課課長補佐、建設省中部地方建設局沼津工事事務所長、和歌山県県土整備部長を経て、2007年国土交通省近畿地方整備局道路部長。2010年調布市副市長。2013年国土地理院参事官。2014年国土交通省大臣官房付、退官、建設物価調査会常任参与。2014年戸田建設常務執行役員土木本部執務。2023年戸田建設顧問。
桑原 幸子(くわばら さちこ、Dr. Sachiko Kuw… 桑原 幸子(くわばら さちこ、Dr. Sachiko Kuwabara-Yamamoto)は、日本出身の国際公務員。国際連合法務局首席法務官を経て、2001年から2007年までバーゼル条約事務局長を務めた。 女子学院中学校・高等学校、国際基督教大学を経て、国際連合に入り、国際連合法務局首席法務官を経て、2001年から2007年までバーゼル条約事務局長を3期務め、廃棄物問題に取り組んだ。
奥山 宏二(おくやま こうじ)は、日本の地方公務員。東京都下… 奥山 宏二(おくやま こうじ)は、日本の地方公務員。東京都下水道局長を経て、多摩都市モノレール代表取締役社長。 日本大学第二中学校・高等学校を経て、1985年日本大学理工学部土木工学科卒業、東京都入庁。2012年放送大学大学院文化科学研究科修了、修士(学術)。 中野区都市計画部まちづくり課長を経て、2001年中野区都市整備部まちづくり課長。東京臨海高速鉄道派遣を経て、2004年東京都都市整備局都市づくり政策部多摩開発企画担当副参事。 2005年東京都都市整備局都市基盤部街路計画課長(統括)。2009年東京都下水道局西部第二下水道事務所長。2011年東京都都市整備局第一区画整理事務所長。2012年東京都知事本局政策担当部長。