二代目 尾上 右近(にだいめ おのえ うこん、1992年〈平… 二代目 尾上 右近(にだいめ おのえ うこん、1992年〈平成4年〉5月28日 - )は、俳優、歌舞伎役者。屋号は音羽屋。定紋は重ね扇に抱き柏。本名は岡村 研佑(おかむら けんすけ)。ニックネームはけんけん。プレイヤーズエージェンシー所属。公称身長170 cm・体重63 kg・血液型O型。 歌舞伎界の新鋭。踊りに定評があり、女方を中心に立ち役も勤める。清元節宗家の家に生まれながら、3歳の頃、祖母の家で観た曽祖父・六代目尾上菊五郎の映像『春興鏡獅子』に魅せられ、歌舞伎役者を志す。子役を経て、七代目尾上菊五郎のもとで役者としての修行を積む(※血縁のある役者なので部屋子ではない)。 2015年に自主公演「研の會」を主宰。
二代目 坂東 巳之助 (にだいめ ばんどう みのすけ、198… 二代目 坂東 巳之助 (にだいめ ばんどう みのすけ、1989年(平成元年)9月16日 - ) は、日本の俳優、歌舞伎役者、日本舞踊の一流派坂東流の家元。 本名は守田 光寿(もりた みつひさ)。 歌舞伎名跡「坂東巳之助」の当代、屋号は大和屋、定紋は三ツ大。 東京都生まれ。 ホリプロ・ブッキング・エージェンシー所属。
二代目 中村七之助(にだいめ なかむら しちのすけ、1983… 二代目 中村七之助(にだいめ なかむら しちのすけ、1983年5月18日 - )は、歌舞伎役者、俳優。屋号は中村屋。定紋は角切銀杏、替紋は丸に舞鶴。歌舞伎名跡「中村七之助」の当代。本名は波野 隆行(なみの たかゆき)。東京都出身。ファーンウッド所属。
十三代目 市川 團十郎 白猿(いちかわ だんじゅうろう はく… 十三代目 市川 團十郎 白猿(いちかわ だんじゅうろう はくえん、1977年〈昭和52年〉12月6日 - )は、日本の歌舞伎俳優、俳優(単に十三代目 市川 團十郎とも)。本名、堀越 寶世(ほりこし たかとし、出生名:堀越 孝俊〈読み同じ〉)。 屋号は成田屋。旧名、七代目 市川 新之助(いちかわ しんのすけ)ならびに十一代目 市川 海老蔵(いちかわ えびぞう)。俳名は栢筵(はくえん)、雷(かみなり)、寿海(じゅかい)。定紋は三升、替紋は杏葉牡丹。歌舞伎名跡「市川團十郎」の当代。また『株式会社成田屋』の代表取締役でもある。 十三代目 市川 團十郎 白猿の名は2020年5月に襲名予定であったが、新型コロナウイルスのパンデミックを受けて延期となり、2022年10月31日に正式に襲名した。
十一代目 市川 海老蔵(じゅういちだいめ いちかわ えびぞう… 十一代目 市川 海老蔵(じゅういちだいめ いちかわ えびぞう、1977年12月6日 - )は、歌舞伎役者、俳優。歌舞伎名跡「市川海老蔵」の当代。屋号は成田屋。定紋は三升、替紋は杏葉牡丹。本名は堀越 寶世(宝世)(ほりこし たかとし)。旧名は堀越 孝俊(ほりこし たかとし)。愛称に「海老さま」、「海老ちゃん」がある。妻はキャスターでタレントの小林麻央。身長176cm、体重80kg。血液型はAB型。星座は射手座。
五代目尾上菊之助(ごだいめ おのえ きくのすけ、1977年(… 五代目尾上菊之助(ごだいめ おのえ きくのすけ、1977年(昭和52年)8月1日 - )は、日本の俳優、歌舞伎役者。屋号は音羽屋。定紋は重ね扇に抱き柏、替紋は四つ輪。本名は寺嶋 和康(てらしま かずやす)。青山学院大学中退。
四代目 尾上松綠(よだいめ おのえ しょうろく、新字体:松緑… 四代目 尾上松綠(よだいめ おのえ しょうろく、新字体:松緑、1975年〈昭和50年〉2月5日 - )は、俳優、歌舞伎役者。屋号は音羽屋。定紋は四ツ輪に抱き柏、日本舞踊家としての紋は藤輪に花菱。歌舞伎名跡「尾上松緑」の当代。 荒事や世話物や書き物などの男性的な役柄を得意とし、舞踊や立廻りなどにも定評がある。 また六世藤間勘右衞門として日本舞踊の藤間流勘右衛門派の家元もつとめる。 本名は、藤間あらし。 12歳で父・初代尾上辰之助(1987年死去)、14歳のときには祖父・二代目尾上松緑(1989年死去)と、頼るべき肉親を相次いで亡くす苦難を味わった。以後は父の旧友であり、音羽屋一門宗家にあたる七代目尾上菊五郎に直に師事することになる。
十代目 松本 幸四郎(じゅうだいめ まつもと こうしろう、1… 十代目 松本 幸四郎(じゅうだいめ まつもと こうしろう、1973年〈昭和48年〉1月8日 - )は、歌舞伎役者、日本の俳優。屋号は高麗屋。定紋は浮線蝶、替紋は四ツ花菱。歌舞伎名跡「松本幸四郎」の当代。日本舞踊松本流の三世家元を兼ねる。東京都港区出身。身長175cm、体重80kg、血液型AB型。本名は藤間 照薫(ふじま てるまさ)。松竹エンタテインメント業務提携。 豊かな演技力で古典から復活狂言、上方歌舞伎から新作歌舞伎まで挑戦し、二枚目から実悪、色悪、女方までつとめる。また、父と同じ、万能型であり『アマデウス』や劇団☆新感線の舞台など、歌舞伎以外の演劇でも幅広い活躍を見せ、テレビ俳優としても知られる。
七代目 市川染五郎(しちだいめ いちかわ そめごろう、197… 七代目 市川染五郎(しちだいめ いちかわ そめごろう、1973年(昭和48年)1月8日 - )は、俳優、歌舞伎役者。屋号は高麗屋。定紋は三つ銀杏、替紋は四つ花菱。歌舞伎名跡「市川染五郎」の当代。
二代目 中村 獅童(にだいめ なかむら しどう、1972年(… 二代目 中村 獅童(にだいめ なかむら しどう、1972年(昭和47年)9月14日 - )は、歌舞伎役者、日本の俳優・声優。本名、小川 幹弘(おがわ みきひろ)。乙女座。血液型はO型。身長177cm。体重63kg。足のサイズ26.5cm。日本大学藝術学部演劇学科中退。2013年4月より京都文教大学客員教授。母親が社長を務める中村獅童事務所所属。
六代目 中村 松江 (なかむら まつえ、 1966年〈昭和4… 六代目 中村 松江 (なかむら まつえ、 1966年〈昭和41年〉3月8日 - ) は、東京都出身の日本の歌舞伎役者。屋号は加賀屋、定紋は梅八ツ藤。歌舞伎名跡「中村松江」の当代。本名は河野 勝行(こうの かつゆき)。 父に六代目中村東蔵。子に五代目中村玉太郎。 松江は二代目中村魁春の前名でもある。
八代目 中村 芝翫(はちだいめ なかむら しかん、1965年… 八代目 中村 芝翫(はちだいめ なかむら しかん、1965年(昭和40年)8月31日 - )は、歌舞伎役者、俳優。中村芝翫の当代である。屋号は成駒屋。定紋は祇園守、替紋は四つ梅。スプリングフィールド所属(2012年より太田プロと業務提携)。前名の三代目 中村 橋之助(さんだいめ なかむら はしのすけ)としても知られる。本名は中村 幸二(なかむら こうじ)。
六代目 河原崎國太郎(ろくだいめ かわらさき くにたろう、昭… 六代目 河原崎國太郎(ろくだいめ かわらさき くにたろう、昭和37年 (1962年) 4月15日 - )は、東京都生まれの歌舞伎俳優。本名は寺田 克己(てらだ かつみ)。屋号は山崎屋。定紋は角違いに二つ巴、替紋は撫子。
四代目 片岡亀蔵(よだいめ かたおか かめぞう、1961年(… 四代目 片岡亀蔵(よだいめ かたおか かめぞう、1961年(昭和36年)9月15日 - )は歌舞伎役者。伝統歌舞伎保存会会員。本名は片岡 二郎(かたおか じろう)。屋号は松島屋、定紋は銀杏丸。兄は六代目片岡市蔵。東京都出身。青山学院高等部卒業。
九代目 中村 福助(くだいめ なかむら ふくすけ、1960年… 九代目 中村 福助(くだいめ なかむら ふくすけ、1960年10月29日 - )は、歌舞伎役者、俳優。屋号は成駒屋。本名は中村 栄一(なかむら えいいち)。父は七代目中村芝翫で、弟に八代目中村芝翫、長男に六代目中村児太郎がいる。所属事務所はアクトエンタープライス。青山学院高等部中退。
坂東 彌十郎(ばんどう やじゅうろう、1956年〈昭和31年… 坂東 彌十郎(ばんどう やじゅうろう、1956年〈昭和31年〉5月10日 - )は、日本の歌舞伎役者。屋号は大和屋。定紋は三ツ大、替紋は花勝見。本名は本間 寿男(ほんま ひさお)。業務提携:松竹エンタテインメント、俳優として映像作品にも出演している。 兄は関西歌舞伎の脇役で活躍した二代目坂東吉彌。長男は坂東新悟。 坂東好太郎の三男として東京に生まれる。千代田区立麹町小学校を卒業後、暁星中学校に入学。幼少の頃より背が高くサンマというニックネームもあった。また学芸会など演劇に熱心であった。 映画俳優に転じたあと1962年(昭和37年)に歌舞伎俳優に戻った父は伯父の八世坂東三津五郎・十四世守田勘彌に稽古をつけてもらっており、テープ係として同行していたという。
十代目 坂東 三津五郎(じゅうだいめ ばんどう みつごろう、… 十代目 坂東 三津五郎(じゅうだいめ ばんどう みつごろう、1956年〈昭和31年〉1月23日 - 2015年〈平成27年〉2月21日 )は、日本の俳優、歌舞伎役者。日本舞踊坂東流家元。屋号は大和屋。定紋は三ツ大、替紋は花勝見。俳名は一万尺。
初代大谷 桂三(おおたに けいぞう、1950年(昭和25年)… 初代大谷 桂三(おおたに けいぞう、1950年(昭和25年)6月11日 – )は、歌舞伎役者。屋号は十字屋。定紋は巴の二重丸。本名は井上 敬三(いのうえ けいぞう)。東京銀座生まれ。青山学院高等部卒業。兄は六代目尾上松助、甥は二代目尾上松也、姪は春本由香(新派)、長男は大谷龍生。 新派の春本泰男の三男として生まれる。母は女流清元節の清元延はる寿、上の兄は六代目尾上松助、二番目の兄は清元節三味線方の清元邦寿。 昭和31年 (1956年) 1月、新橋演舞場『雨乞妻』の倅与太郎で初舞台を踏む。その後二代目尾上松緑の部屋子となり、昭和34年 (1959年) 2月、初代尾上松也を襲名した。十一代目市川團十郎襲名披露「鏡獅子」に後の九代目市川團蔵と共に胡蝶を舞う、名子役であった。
五代目 坂東玉三郎(ごだいめ ばんどう たまさぶろう、195… 五代目 坂東玉三郎(ごだいめ ばんどう たまさぶろう、1950年(昭和25年)4月25日 - )は、歌舞伎役者、日本の俳優、映画監督、演出家。本名は守田 伸一(もりた しんいち)。通名は守田 親市(もりた しんいち)。旧姓は楡原(にれはら)。屋号は大和屋。定紋は花勝見(はなかつみ)、替紋は熨斗菱(のしびし)。歌舞伎名跡「坂東玉三郎」の当代。
中村吉三郎(なかむら きちさぶろう、本名:佐藤實(さとうみの… 中村吉三郎(なかむら きちさぶろう、本名:佐藤實(さとうみのる)、1949年10月21日 - )は、歌舞伎役者。屋号は「播磨屋」・定紋は「揚羽蝶」。東京都出身。日本大学芸術学部中退。
十二代目 市川 團十郎(じゅうにだいめ いちかわ だんじゅう… 十二代目 市川 團十郎(じゅうにだいめ いちかわ だんじゅうろう、1946年(昭和21年)8月6日 - 2013年(平成25年)2月3日)は、日本の俳優、歌舞伎役者。本名は堀越 夏雄(ほりこし なつお)。屋号は成田屋、定紋は三升(みます)、替紋は杏葉牡丹(ぎょようぼたん)。俳名に柏莚(はくえん)がある。左利き。
六代目 尾上 松助(ろくだいめ おのえ まつすけ、1946年… 六代目 尾上 松助(ろくだいめ おのえ まつすけ、1946年(昭和21年)7月13日 - 2005年(平成17年)12月26日)は、歌舞伎役者。屋号は音羽屋。定紋は抱き若松。本名は井上 真一(いのうえ しんいち)。
二代目 中村吉右衛門(なかむら きちえもん、1944年〈昭和… 二代目 中村吉右衛門(なかむら きちえもん、1944年〈昭和19年〉5月22日 - 2021年〈令和3年〉11月28日)は、歌舞伎役者。屋号は播磨屋、定紋は揚羽蝶、替紋は村山片喰。日本芸術院会員、重要無形文化財保持者(人間国宝)。位階は正四位。旭日重光章受章(没後追贈)。公称身長178 → 176cm・体重79kg・血液型B型。ふたご座。俳名:秀山。ペンネーム:松貫四。 東京都千代田区出身。暁星小学校、暁星中学校・高等学校卒業。早稲田大学第一文学部仏文学科中退。 3歳から松本流松本幸子、六代目藤間勘十郎に日舞、小学4年より和田喜太郎に和泉流狂言、杵屋栄二に長唄、藤舎呂船に鳴物、中学からは竹本小仙に義太夫、大学時には作曲家の半間厳一に声楽を習う。
七代目 尾上 菊五郎(しちだいめ おのえ きくごろう、194… 七代目 尾上 菊五郎(しちだいめ おのえ きくごろう、1942年10月2日 - )は、日本の歌舞伎役者。歌舞伎名跡「尾上菊五郎」の当代。屋号は音羽屋。定紋は重ね扇に抱き柏、替紋は四つ輪。日本芸術院会員、重要無形文化財「歌舞伎立役」の各個認定の保持者(人間国宝)。 本名は寺嶋 秀幸(てらじま ひでゆき)。公称身長167cm・体重65kg・AB型。妻は富司純子、長女は寺島しのぶ、長男は八代目尾上菊五郎。 20代の菊之助時代に三之助の一人として人気を博した。またその端整な顔立ちから、NHK大河ドラマ『源義経』(1966/昭和41年)を当時最年少で主演した。静御前に扮した藤純子とはこの共演を縁に、後に結婚した。
二代目 松本 白鸚(にだいめ まつもと はくおう、1942年… 二代目 松本 白鸚(にだいめ まつもと はくおう、1942年〈昭和17年〉8月19日 - )は、日本の歌舞伎役者、日本舞踊家、俳優。屋号は高麗屋。定紋は四つ花菱、替紋は浮線蝶。歌舞伎名跡「松本白鸚」の当代。前名の九代目 松本 幸四郎(くだいめ まつもと こうしろう)としても知られる。俳名に錦升(きんしょう)がある。また舞台演出家としては九代 琴松(くだい きんしょう)の名を用いることがある。東京都出身。暁星中学校・高等学校卒業、早稲田大学第一文学部文学科演劇専修中退。本名は藤間 昭曉(ふじま てるあき)。 日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受賞者。 身長175cm、体重78kg、血液型B型。 歌舞伎では、お家の高麗屋の芸を継承するだけでなく、外祖父の播磨屋の重厚な演目も受け継いでおり、『勧進帳』の武蔵坊弁慶役は1200回という現役最多の出演記録を誇り、時代物の主人公役は高く評価される。
九代目 松本幸四郎(くだいめ まつもと こうしろう、1942… 九代目 松本幸四郎(くだいめ まつもと こうしろう、1942年8月19日 - )は、日本の俳優、歌舞伎役者、舞踊家。日本藝術院会員。本名、藤間 昭暁(ふじま てるあき)。
四代目 市川左團次(よだいめ いちかわ さだんじ 1940年… 四代目 市川左團次(よだいめ いちかわ さだんじ 1940年 (昭和15) 11月12日 - )は、歌舞伎役者、日本の俳優。本名は荒川 欣也(あらかわ きんや)。屋号は高島屋、定紋は三升に左(みますに ひだり)だが、通常は替紋の松皮菱に鬼蔦(まつかわびしに おにづた)を使用。歌舞伎名跡「市川左團次」の当代。
嵐 圭史(あらし けいし、1940年3月31日 - )は、日… 嵐 圭史(あらし けいし、1940年3月31日 - )は、日本の歌舞伎俳優。 東京都武蔵野市出身。屋号は豊嶋屋。本名、寺田勝之。 高祖父は二代目嵐璃珏、祖父は四代目嵐芳三郎、父は五代目嵐芳三郎、兄は六代目嵐芳三郎。弟は声優・舞台俳優の麦人。甥は六代目河原崎國太郎と七代目嵐芳三郎。妹は文学座の寺田路恵、シャンソン歌手の広瀬節子など芸能一家の出身。劇団前進座の座員たちが共に暮らす共同住宅で初めて生まれた赤ん坊であるという。 東京都立三鷹高等学校中退、俳優座養成所出身。 前進座の活動を中心としていたが、映画などの外部出演も多い。近年では、山田洋次監督の『たそがれ清兵衛』など。1985年に紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。
二代目 市川 猿翁(にだいめ いちかわ えんおう、1939年… 二代目 市川 猿翁(にだいめ いちかわ えんおう、1939年〈昭和14年〉12月9日 - 2023年〈令和5年〉9月13日)は、日本の歌舞伎役者、俳優、演出家。屋号は澤瀉屋。定紋は澤瀉、替紋は三つ猿。俳名に華果(かか)がある。紫派藤間流二代目家元としては二代目 藤間 紫(にだいめ ふじま むらさき)を名乗る。本名は喜熨斗 政彦(きのし まさひこ)。東京都出身。 「猿翁」は隠居名で、49年間にわたり名乗り続けた三代目 市川 猿之助(さんだいめ いちかわ えんのすけ)としても広く知られる。 文化功労者、従四位、旭日中綬章。子は九代目市川中車(香川照之)。 公称身長165cm・体重68kg・A型。千代田区立番町小学校、慶應義塾中等部・慶應義塾高等学校を経て、慶應義塾大学文学部国文学科を卒業。
六代目 澤村田之助(ろくだいめ さわむら たのすけ、新字体:… 六代目 澤村田之助(ろくだいめ さわむら たのすけ、新字体:沢村、1932年(昭和7年)8月4日 - )は歌舞伎役者。屋号は紀伊國屋、定紋は釻菊、替紋は波に千鳥。舞踊の名取名は藤間 勘之(ふじま かんじ)。本名は山中 宗雄(やまなか むねお)。人間国宝。
二代目 市川寿猿(にだいめ いちかわ じゅえん、1930年(… 二代目 市川寿猿(にだいめ いちかわ じゅえん、1930年(昭和5年)5月20日 - )は、歌舞伎役者。東京都出身。屋号は澤瀉屋。定紋は三ツ沢瀉(喜猿時代の定紋は「桔梗鶴」)。澤瀉屋一門の長老格にして、歌舞伎界全体でも2024年(令和6年)現在、現役最高齢の役者。 東京(当時東京市)・浅草生まれ。3歳で女かぶきの坂東勝治一座に入門。女かぶきは女性の役者を中心に歌舞伎の演目を見せる芸能で、坂東勝治一座は全国を巡業する旅芸人の一座だった。舞台を志したのは役者になりたかったのになれなかった実母に託されたためと本人は語っている。戦後の1947年(昭和22年)八代目市川八百蔵(のちの八代目市川中車)に入門し、市川七百三郎を名乗り大歌舞伎の世界へ入る。
七代目 市川 門之助(しちだいめ いちかわ もんのすけ、昭和… 七代目 市川 門之助(しちだいめ いちかわ もんのすけ、昭和3年(1928年)9月7日 - 平成2年(1990年)10月13日)は歌舞伎役者。屋号は瀧乃屋。定紋は四ツ紅葉。俳名に白魚がある。また舞踊家として花柳 蔦壽郎(はなやぎ ちょうじゅろう)も名乗った。本名は相馬 孝至(そうま たかし)。 東京市渋谷区宇田川町の生まれ。生後まもなく二代目市川松蔦の養子となる。 昭和10年 (1935年) 4月に初代市川たか志を名乗り初舞台。昭和21年 (1946) 8月、三代目市川松蔦を襲名。この頃は二代目市川猿之助一座で活躍。昭和38年 (1963) 2月に七代目市川門之助を襲名、以後は尾上菊五郎劇団に属した。
二代目 市村 吉五郎(にだいめ いちむら よしごろう、191… 二代目 市村 吉五郎(にだいめ いちむら よしごろう、1918年1月18日 - 2010年2月17日)は、歌舞伎役者。屋号は橘屋。定紋は根割り橘、替え紋は渦巻。公家役を得意とした。 1918年(大正7年)1月18日、十二代目片岡仁左衛門の次男として生まれる。 1922年(大正11年)12月天満八千代座『三日月次郎吉』の三太で本名の片岡義直の名で初舞台。 1940年(昭和15年)十五代目市村羽左衛門の養子となる。 1941年(昭和16年)1月歌舞伎座『鞍馬山だんまり』の牛若丸で二代目市村又三郎を襲名し名題昇進。 1946年(昭和21年)3月、父、十二代目片岡仁左衛門が下男に殺される(片岡仁左衛門一家殺害事件)。
十一代目 市川 團十郎(いちかわ だんじゅうろう、1909年… 十一代目 市川 團十郎(いちかわ だんじゅうろう、1909年(明治42年)1月6日 - 1965年(昭和40年)11月10日)は、日本の歌舞伎役者。本名は堀越 治雄(ほりこし はるお)。位階は従四位。屋号は成田屋。定紋は三升、替紋は杏葉牡丹。俳名は五粒。 海老蔵時代、「花の海老さま」として空前のブームを巻き起こした美貌で知られ、品格ある風姿、華のある芸風、高低問わずよく響く美声などを売り物とした、戦後歌舞伎を代表する花形役者の一人。 東京府東京市日本橋区(現中央区日本橋)に、七代目松本幸四郎の長男として生まれる。誕生時の本名は藤間治雄。次弟の順次郎は後に八代目松本幸四郎を、末弟の豊は後に二代目尾上松緑を襲名して、いずれも戦後昭和の東京大歌舞伎の屋台骨を支える名優に成長した。
三代目 市川 段四郎(いちかわ だんしろう、1908年(明治… 三代目 市川 段四郎(いちかわ だんしろう、1908年(明治41年)10月5日 - 1963年(昭和38年)11月18日)は大正から昭和期の歌舞伎役者。本名は喜熨斗 政則(きのし まさのり)。屋号は澤瀉屋。定紋は三升の中に段の字、替紋は八重澤瀉。東京市浅草区生まれ。 猿之助一座で幹部として活躍したが病に倒れ、長男が三代目市川猿之助を襲名するのを見届けると、父の初代市川猿翁の後を追うようにして死去した。 趣味は音楽。住所は東京市京橋区(現・東京都中央区)明石町。 夫人は女優の高杉早苗で、その間に2男1女。長男が二代目市川猿翁、次男が四代目市川段四郎。長女は市川靖子、その元夫は俳優の川合伸旺。
五代目嵐芳三郎(ごだいめ あらし よしさぶろう、1907年(… 五代目嵐芳三郎(ごだいめ あらし よしさぶろう、1907年(明治40年)4月17日 - 1977年(昭和52年)11月14日)は、歌舞伎役者・俳優。俳名は橘丈。屋号は豊島屋。本名は寺田勝次。 曾祖父は二代目嵐璃珏。四代目嵐芳三郎の子。 東京の上野の生まれ、本郷元町尋常小学校卒業。1914年に三代目嵐市太郎の名で本郷座で初舞台。五代目市川鬼丸(後の三代目尾上多賀之丞)の部屋子になり、1921年に市村座に参加。1927年6月に五代目嵐芳三郎を襲名。1944年に前進座に参加。女形、二枚目を得意とし晩年は老け役に徹した。 1954年に文部省芸術祭奨励賞受賞。 墓所は台東区一乗寺にある。戒名は「前勝院技能日芳居士」。
十三代目 片岡 仁左衛門(かたおか にざえもん、1903年(… 十三代目 片岡 仁左衛門(かたおか にざえもん、1903年(明治36年)12月15日 - 1994年(平成6年)3月26日)は、日本の歌舞伎役者。屋号は松嶋屋、定紋は七ツ割丸に二引。日本芸術院会員、重要無形文化財保持者(人間国宝)。本名は片岡 千代之助(かたおか ちよのすけ)。 昭和後期の歌舞伎界を支えた立役の名優。最晩年は完全に盲目だったにもかかわらず、立役として舞台活動を続けた。 子に五代目片岡我當、日本舞踊家花柳寿々、二代目片岡秀太郎、十五代目片岡仁左衛門、新劇女優片岡静香らがいる。 温厚篤実な性格で屈折したところがなく、高貴な役どころがぴたりとはまった。由良助役者としても知られたが、七段目では、豪遊ぶりがいかにも自然で、卑屈な部分を見せることがなかった。
四代目 河原崎 長十郎(かわらさき ちょうじゅうろう、190… 四代目 河原崎 長十郎(かわらさき ちょうじゅうろう、1902年12月13日 - 1981年9月22日)は、東京の歌舞伎役者。本名、河原崎虎之助(かわらさき とらのすけ)。屋号は山崎屋。定紋は角違いに二つ巴、家紋は河原崎座櫓紋。 劇団前進座(1931年創設)の創設メンバーの一人で、後に幹事長(座頭)となる。“長十郎”とは元来、河原崎座の座元(劇場経営者)の跡継ぎである若太夫の名跡で、九代目市川團十郎(“劇聖”と称された明治の名優)も名乗ったことがある。 「演劇のデパート」の異名をとる前進座にあって、さまざまなジャンルの演劇作品に出演した。歌舞伎では『勧進帳』の弁慶、『鳴神』の鳴神上人、『元禄忠臣蔵・御浜御殿』の徳川綱豊卿、『め組の喧嘩』の四つ車大八などが当たり役であった。
七代目 市川 壽美藏(いちかわ すみぞう、新字体:寿美蔵、1… 七代目 市川 壽美藏(いちかわ すみぞう、新字体:寿美蔵、1902年(明治35年)4月1日 - 1985年(昭和60年)3月7日)は上方の歌舞伎役者。屋号は升田屋、定紋は藤巴の中に桔梗紋、替紋は寿の字巴紋。本名は太田 光之助(おおた みつのすけ)。 東京本郷生まれ。二代目市川團九郎の子、祖父は五代目市川壽美蔵。六代目市川壽美蔵(三代目市川壽海)は叔父にあたる。初舞台は明治45年(1912年)5月東京座の『大和橋』で市川登美三郎を名乗って馬子。大正8年(1919年)二代目市川團次郎を襲名。大正13年(1924年)名題昇進。のち六代目壽美蔵とともに二代目市川左團次主催の自由劇場に参加する。 戦後昭和23年(1948年)関西歌舞伎に移籍。
三代目 市川 左團次(さんだいめ いちかわ さだんじ、189… 三代目 市川 左團次(さんだいめ いちかわ さだんじ、1898年(明治31年)8月26日 - 1969年(昭和44年)10月3日)は、大正から昭和中期の歌舞伎役者。屋号は高島屋、定紋は三升に左、替紋は松皮菱に鬼蔦だが、通常は替紋の方を使用した。俳号に新車。本名は荒川 清(あらかわ きよし)。東京府出身。 初代市川左團次から二代目市川左團次と相伝された男性的な力強い芸風とは大きく異なり、江戸っ子で門弟から芸一筋で出世し門閥の養子として大名跡を襲名した三代目は、様々な役割を器用にこなしながらあくまでも脇に徹する手堅さを持ち、苦労に裏打ちされた存在感のある独特の風があった。戦後歌舞伎を盛りたてた名優の一人である。
三代目 市川 莚升(いちかわ えんしょう、1894年(明治2… 三代目 市川 莚升(いちかわ えんしょう、1894年(明治27年)9月29日 - 1947年(昭和22年)5月10日)は、明治・大正・昭和時代の歌舞伎役者。屋号は高島屋。本名は高橋 道之助(たかはし みちのすけ)。 東京新富町生まれ。初代市川左團次の次男。長男の二代目市川左團次の異母弟。1898年(明治31年)二代目市川ぼたんとして初舞台をふみ、1915年(大正4年)に三代目市川莚升を襲名した。実兄二代目市川左團次につき、脇役を務め、女形の義兄二代目市川松蔦と共に、二代目左團次の演劇革新運動を援けた。当たり役は「太功記」十段目の十次郎、「吃又」の修理之助など。 近年、書籍、インターネットなどで、二代目市川左團次を初代市川左團次の一人息子とし、三代目市川莚升を初代左團次の養子とする記録が多々散見されるが、高橋家の戸籍原簿に拠れば、これは全くの誤謬である。
三代目 尾上 多賀之丞(さんだいめ おのえ たがのじょう、1… 三代目 尾上 多賀之丞(さんだいめ おのえ たがのじょう、1889年(明治22年)9月21日 - 1978年(昭和53年)6月20日)は、歌舞伎役者。位階は正五位。 戦前戦後にかけて活躍した。本名は樋口 鬼三郎。俳名は梅華。屋号は音羽屋。 東京市日本橋区(現・東京都中央区)出身。叔父は歌舞伎役者四代目淺尾工左衛門。役者としての初舞台は明治25年(1892年)8月、市川鬼三郎の名前で東京赤坂福禄座『恋初緑鈴木主水』。明治32年(1899年)頃、一時、木挽町にいた鏑木清方に入門、日本画を習得している。明治44年(1911年)9月、明治座での『四千両小判梅葉』の子分助六他で五代目市川鬼丸(いちかわ きがん)を襲名し名題昇進を果たす。
片岡 長正(かたおか ちょうせい、1887年4月28日 - … 片岡 長正(かたおか ちょうせい、1887年4月28日 - 没年不詳)は、日本の俳優、元歌舞伎役者、元女形である。芸名の読みは「かたおか ちょうしょう」と表記されることもある。芸名を片岡 長生とするのは誤りである。本名は桑島 莊一郎(くわじま そういちろう)とされるが、桑島 長生(くわじま ちょうせい、くわじま ちょうしょう)、桑島 長正(読み同じ)、桑島 藏一郎(くわじま ぞういちろう)、幸島 喜一郎(こうじま きいちろう)の説もある。幼名は澤村 鶴松(さわむら つるまつ)。旧芸名は桑島 壯一郎(くわじま そういちろう)、久和島 壯一(くわじま そういち)、久和島 莊一(読み同じ)。旧劇を経て横田商会、日活京都撮影所に所属し、尾上松之助の相手役として活躍した名女形として知られる。
二代目 市川 松蔦(いちかわ しょうちょう、1886年(明治… 二代目 市川 松蔦(いちかわ しょうちょう、1886年(明治19年)9月23日 - 1940年(昭和15年)8月19日)は歌舞伎役者。本名は鈴木 鐵彌(すずき てつや)。屋号は若松屋。 東京市四谷区(現在の東京都新宿区)出身。初代市川左團次の門人となり、1896年(明治29年) 9月東京歌舞伎座『鬼一法眼三略巻』で市川左喜松を名乗って初舞台。師の死後は子息の二代目市川左團次一座に加わり、若女形として腕を上げる。 1906年(明治39年)9月明治座の初代左團次追善興行『世響太鼓功』でお静実ハ梅が枝と巴御前の二役を勤め市川莚若と改名。1911年(明治44年) 正月明治座で二代目市川松蔦を襲名した。1913年(大正2年) には二代目左團次の妹で日本舞踊の高橋幸子と結婚。
十二代目 片岡 仁左衛門(かたおか にざえもん、1882年(… 十二代目 片岡 仁左衛門(かたおか にざえもん、1882年(明治15年)9月9日 - 1946年(昭和21年)3月16日)は、日本の歌舞伎役者。八代目片岡仁左衛門の娘の子で、十代目片岡仁左衛門の養子。本名は片岡 東吉(かたおか とうきち)。東京・今戸出身。 1885年(明治18年)東京・千歳座(現在の明治座)で本名の片岡東吉で初舞台を踏み、その後二代目片岡土之助を経て1901年(明治34年)四代目片岡我童を襲名。 1936年(昭和11年)1月、東京・歌舞伎座『馬切』の織田信孝で十二代目片岡仁左衛門を襲名。この当時、東京歌舞伎では女形が不足していたため、関西歌舞伎の仁左衛門も招きを受け昭和9年(1934年)頃から拠点を東京に移し、六代目尾上梅幸を失った十五代目市村羽左衛門の相方を多く務めた。
五代目 岩井粂三郎(ごだいめ いわい くめさぶろう、明治15… 五代目 岩井粂三郎(ごだいめ いわい くめさぶろう、明治15年(1882年)6月28日 - 昭和20年(1945年)4月13日)は歌舞伎役者。本名は岩井 久次郎(いわい ひさじろう)。屋号は大和屋。定紋は丸に三ツ扇、替紋は杜若丁字。俳名に燕子がある。 四代目岩井粂三郎の子として東京浅草の花川戸に生まれる。明治20年(1887年)8月に岩井紀の丸で初舞台。明治28年(1895年)4月または29年(1896年)3月、明治座で四代目岩井久次郎を襲名。明治39年(1906年)10月東京座『異風行列』の濃姫で五代目岩井粂三郎を襲名、名題昇進。市村座から後に四谷の大国座に出る。その後関西に住み着き活躍。晩年は再び東京に戻っている。
八代目 市川 團蔵(いちかわ だんぞう、1882年(明治15… 八代目 市川 團蔵(いちかわ だんぞう、1882年(明治15年)5月15日 - 1966年(昭和41年)6月4日)は歌舞伎役者。本名、市川銀蔵。屋号は三河屋。俳名に寿猿、三猿、市紅。東京生まれ。七代目市川團蔵の次男。 実母のはつが早くに家を出て他家に嫁いだため母親を知らずに育つ。父親の七代團蔵は芸の修業に厳しく、息子がうまくできないと冬でも庭の木に縛り付けて頭から水をかけることもあったという。1885年(明治18年)、本名の市川銀蔵の名で初舞台。芸修業のため小学校3年生までで退学する。1896年(明治29年)市川茂々太郎を襲名。主として子供芝居に活躍。1908年(明治41年)歌舞伎座『御存鈴ヶ森』の白井権八で、四代目市川九蔵を襲名。
尾上 幸三郎(おのえ こうさぶろう、1882年1月11日 -… 尾上 幸三郎(おのえ こうさぶろう、1882年1月11日 - 1947年1月4日)は、歌舞伎役者。本名:鈴木 僖重(すずき きじゅう) 1882年(明治15年)1月11日鈴木喜右エ門(江戸時代から有名な日本橋・料亭小倉亭~[江戸時代:本所小梅小倉庵]どちらも震災大火のため焼落)の長男として東京市京橋区中橋和泉町1番地に生まれる(現在の中央区築地2丁目)。六代目尾上菊五郎を師匠とし、尾上家の舞台では番頭もしていた。舞台では玉乗りを得意としていた。 幼い頃から歌舞伎座が身近にあったことから歌舞伎の世界に憧れる。当時銀座にあった料亭三浦(現在「新三浦」とし築地に移転)にて菊五郎と話し合い、菊五郎の元で歌舞伎を演じたい僖重と、番頭を欲しがっていた菊五郎の希望が合致し、菊五郎の初めての付き人になった。
二代目 河原崎 権十郎(かわらざき ごんじゅうろう、1880… 二代目 河原崎 権十郎(かわらざき ごんじゅうろう、1880年(明治13年)8月6日 - 1955年(昭和30年)1月11日)は、歌舞伎役者。本名は長谷 幸太郎。屋号は山崎屋。俳名に紫扇。 東京・日本橋の芝居茶屋の子として生まれる。九代目市川團十郎門人となり、明治18年(1885年)市川薫の名で新富座の『菅原伝授手習鑑・寺子屋』の菅秀才で初舞台。その後十一代目片岡仁左衛門門人となり下阪。明治38年(1905年)大阪弁天座で二代目市川権三郎を襲名する。 大阪での修業ののち帰京、大正8年(1919年)4月歌舞伎座で師匠の九代目團十郎の前名をおそって二代目河原崎権十郎を襲名。浅草の宮戸座、常盤座などの小芝居で活躍、『源平布引滝・実盛物語』の実盛や『神明恵和合取組』(め組の喧嘩)の辰五郎など、十五代目市村羽左衛門の当たり役を好んで演じ、しかも容貌や芸風までもが似ていたので「浅草の羽左衛門」と呼ばれ人気があった。
市川 莚十郎(いちかわ えんじゅうろう、旧暦 明治元年12月… 市川 莚十郎(いちかわ えんじゅうろう、旧暦 明治元年12月10日 / グレゴリオ暦 1869年1月22日 - 1943年3月2日)は、日本の歌舞伎役者、俳優である。本名は生田 宮吉(いくた みやきち)。幼名及び旧芸名は市川 左伊次(いちかわ さいじ、市川 左い次とも)、市川 榮升(いちかわ えいしょう)。映画草創期に主演俳優として活躍した一人であり、5代目澤村四郎五郎との名コンビとして知られる。 1869年1月22日(旧暦 明治元年12月10日)、武蔵国(後の東京府東京市浅草馬道3丁目、現在の東京都台東区)に生まれる、とされている。1923年(大正12年)に発行された『現代俳優名鑑』(揚幕社)には、生年月日は「明治三年十二月十日」(グレゴリオ暦 1871年1月30日)、生地は東京市浅草区馬道町1丁目(現在の台東区浅草1丁目)である旨が記されている。