橘 善男(たちばな よしお、1949年〈昭和24年〉1月27… 橘 善男(たちばな よしお、1949年〈昭和24年〉1月27日 - 2024年〈令和6年〉10月23日[要出典])は日本の小説家。 北海道静内町生まれ。早稲田大学教育学部中退。二松學舍大学文学部卒。神奈川県立相武台高校、相原高校、上溝高校、藤沢工業高校などの教師を歴任。教師生活の傍ら執筆活動を行う。
神奈川県:239人
橘 善男(たちばな よしお、1949年〈昭和24年〉1月27… 橘 善男(たちばな よしお、1949年〈昭和24年〉1月27日 - 2024年〈令和6年〉10月23日[要出典])は日本の小説家。 北海道静内町生まれ。早稲田大学教育学部中退。二松學舍大学文学部卒。神奈川県立相武台高校、相原高校、上溝高校、藤沢工業高校などの教師を歴任。教師生活の傍ら執筆活動を行う。
青山 文平(あおやま ぶんぺい、1948年12月3日 - )… 青山 文平(あおやま ぶんぺい、1948年12月3日 - )は、日本の小説家。神奈川県横浜市出身。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。 経済関係の出版社に18年勤務した後、1992年からライターとなる。 1992年、『俺たちの水晶宮』で第18回中央公論新人賞を受賞(影山雄作名義)。その後、創作活動を休止。 2011年、青山文平名義の『白樫の樹の下で』で第18回松本清張賞を受賞し再デビュー。
ロバート・ハリス(Robert Alan Harris, 1… ロバート・ハリス(Robert Alan Harris, 1948年9月20日 - )は、日本のDJ、旅行作家、エッセイスト。 神奈川県横浜市生まれ。ウェールズ人で「百万人の英語」などの英語講師を務めたJ・B・ハリスを父に、日本人で眼科医の平柳富美子を母に、日本とイギリスのクオーターとして生まれる。日本名は平柳 進(ひらやなぎ すすむ)で、2人の弟は他界している。父方の祖母・平柳うらは千葉県出身。 セント・ジョセフ・インターナショナル・カレッジを経て上智大学在学中にアメリカ・カリフォルニアヘ留学する。1971年に東南アジアを放浪してバリ島に1年間滞在後、オーストラリアに16年間滞在してシドニーで書店兼画廊の「EXILES(エグザイルス)」を経営する。
新戸 雅章(しんど まさあき、1948年9月18日 - )は… 新戸 雅章(しんど まさあき、1948年9月18日 - )は、日本の作家、評論家、翻訳家。小説においては新田 正明名義も使用した。 日本SF作家クラブ会員。テスラ研究所所長、テスラ記念協会会員、日本セルビア協会会員。 神奈川県藤沢市出身。神奈川県立湘南高等学校、横浜市立大学文理学部卒業。 学生時代からSFファン活動を始め、山野浩一主催のNW-SFワークショップに参加。そこで知り合った志賀隆生・永田弘太郎らとSF同人誌『SF論叢』を1974年に創刊。また1982年、小説『汀線都市』でSFファンジン大賞を受賞。一時SFファンジン大賞の審査員もつとめた。 編集プロダクション「スタジオ・アンビエント」主宰者として、1982年から1986年まで9号刊行された、新時代社発行のSF評論誌『SFの本』の発行人をつとめ、自らもSFの評論活動を行う。
山際 淳司(やまぎわ じゅんじ、1948年7月29日 - 1… 山際 淳司(やまぎわ じゅんじ、1948年7月29日 - 1995年5月29日)は日本のノンフィクション作家・小説家・翻訳家。本名:犬塚 進(いぬづか すすむ)。神奈川県横須賀市(現・逗子市域)生まれ。 息子はコンサルタント、ライター・犬塚星司。 神奈川県立横須賀高等学校、中央大学法学部一部法律学科卒業。大学在学中、『別冊経済評論』1972年5月号に『高石ともやの歌(フォーク)と心(ハート)』と『言語と感性』の2本のルポを発表し文筆活動を開始。前者は「山際淳司」のペンネームで、後者は本名の犬塚進名義で書かれた。犬塚進名義では、『週刊サンケイ』に人物ルポを執筆するなどしていたが、その頃から、独自の視点、詳細な描写、読んで飽きさせない表現などで認められていた。
下川 博(しもかわ ひろし、1948年〈昭和23年〉2月10… 下川 博(しもかわ ひろし、1948年〈昭和23年〉2月10日 - 2022年〈令和4年〉1月2日)は、日本の作家、シナリオ作家。 神奈川県出身。鎌倉学園高等学校卒。早稲田大学第一文学部卒業後、脚本家としてNHKで『武蔵坊弁慶』『中学生日記』『はやぶさ新八御用帳』などを手掛ける。2006年『閉店まで』で堺自由都市文学賞を受賞、2010年『弩』で中山義秀文学賞最終候補。 2022年1月2日、死去。73歳没。晩年は体調がすぐれず、2022年8月に日本脚本家連盟から訃報が報じられた。
太田 治子(おおた はるこ、1947年〈昭和22年〉11月1… 太田 治子(おおた はるこ、1947年〈昭和22年〉11月12日 - )は、日本の作家。神奈川県小田原市生まれ。日本ペンクラブ会員。 父は太宰治、母は太宰の代表作「斜陽」の主人公「かず子」のモデルとなった太田静子。当時妻子のいた太宰は文学を志す静子との関係が生じ、生まれてきた娘に、「治」の一字を与えて認知した。翌年、太宰は玉川上水で自殺し、以後は炊事婦や寮母など働きづめで生計を立ててくれた静子や静子の兄弟らの愛情・支援のもと育つ。私立青葉女子学園高等学校(東京都世田谷区世田谷。1988年頃に廃校)を経て明治学院大学文学部(英米文学)卒業。 1967年、紀行文『津軽』で婦人公論読者賞を受賞。その後刊行した『手記』は、吉永小百合主演でラジオ化、映画化された(『斜陽のおもかげ』)。
千地 泰弘(ちぢ やすひろ、1947年(昭和22年)3月19… 千地 泰弘(ちぢ やすひろ、1947年(昭和22年)3月19日 - )は、日本の友禅作家、仏教画家、舞台衣裳作家。
白川 道(しらかわ とおる、1945年10月19日 - 20… 白川 道(しらかわ とおる、1945年10月19日 - 2015年4月16日)は、日本のハードボイルド作家。本名、西川 徹(にしかわ とおる)。 北平で出生、戦後に引き揚げた神奈川県平塚市で育つ。平塚市立崇善小学校、平塚市立江陽中学校、神奈川県立平塚江南高等学校、一橋大学社会学部卒業。 高校時代から本をよく読み、特に太宰治が好きだった。大学卒業後、入社した大手電機メーカーを3か月で退社したのち、大手広告代理店に入社したものの、26歳で退社した。先物取引会社勤務を経て、旅行会社や書店を起業したが、いずれも失敗した。 その後、松山市にあった妻の父の会社で役員を務めたが、2年半で離婚した。子供を松山に残して東京に戻り、日本橋兜町の投資顧問会社に入社、のちに自ら株式投資顧問会社を起業した。
阿木 燿子(あき ようこ、1945年5月1日 - )は、日本… 阿木 燿子(あき ようこ、1945年5月1日 - )は、日本の作詞家・女優・小説家・エッセイスト。本名は木村 広子(旧姓は福田)。明治大学文学部卒業。夫はミュージシャン・俳優の宇崎竜童。 長野県長野市で出生、神奈川県横浜市出身。捜真女学校中学部・高等学部を卒業 後の1964年、明治大学文学部史学地理学科に入学し、軽音楽クラブに入部。そこで、後に夫となる同学年の宇崎竜童(法学部)と出会う。宇崎は入部に訪れた阿木を一目見て、「あ、嫁が来た!」と思ったという。テレビ出演では「妻・阿木燿子を語る」と題されたコーナーでの本人トークで「先輩から校門での部員勧誘を命じられ、はじめに声をかけた女の子がうちの嫁なんですよ。
舟崎 靖子(ふなざき やすこ、1944年5月17日 -202… 舟崎 靖子(ふなざき やすこ、1944年5月17日 -2020年2月7日[要出典])は、日本の詩人、児童文学作家。旧姓、熊倉。 別筆名として童謡・詩で近江 靖子(おうみ やすこ)、小説・随筆で村上 靖子(むらかみ やすこ)。長女の舟崎真理との共著もある。 神奈川県小田原市生まれ。祖父は東京帝国大学卒の弁護士だった。 マラソン選手志望だったが、川村短期大学英文学科在学中に落馬事故で自宅療養生活を余儀なくされ、病床で読書に耽る。1964年、療養中に書いた童謡「うたう足の歌」で第9回日本レコード大賞童謡賞を史上最年少受賞する。同年、当時学習院大学1年生だった舟崎克彦の第1詩集『いもむしの詩』(栄光社、自費出版)を買ったことがきっかけで、克彦と知り合う。
森 真沙子(もり まさこ、1944年1月4日 -)は、日本の… 森 真沙子(もり まさこ、1944年1月4日 -)は、日本の小説家、推理作家、ホラー作家、時代小説作家。 神奈川県横浜市生まれ。本名は深江雅子。北海道函館西高等学校を経て奈良女子大学文学部を卒業する。雑誌、週刊誌の記者を経る。1979年、「バラード・イン・ブルー」で第33回小説現代新人賞を受賞し、小説家デビュー。初期には、ミステリーやサスペンスを発表し、後にホラー、時代小説と執筆ジャンルの幅を広げている。
秋元 征紘(あきもと ゆきひろ、1944年〈昭和19年〉 -… 秋元 征紘(あきもと ゆきひろ、1944年〈昭和19年〉 - )は、日本の実業家、作家。ワイ・エイ・パートナーズ(株)代表取締役、ジャイロ経営塾代表。株式会社ナイキジャパン元代表取締役社長。ゲラン株式会社元取締役会長・代表取締役社長。上智大学経済学部卒業、シドニー大学経済学部修士課程。神奈川県横浜市出身。 著書に「金の社員・銀の社員・銅の社員」「こうして私は外資4社のトップになった」「『ジャイロ経営』が社員のやる気に火をつける?パッション・カンパニー」がある。 1944年(昭和19年)神奈川県横浜市生まれ。上智大学経済学部を卒業、シドニー大学経済学部修士課程を修める。 1970年(昭和45年)日本精工(株)入社、2年後にニューヨークに3年駐在、トロントに5年駐在。
ささめや ゆき(1943年〈昭和18年〉8月2日 - )は、… ささめや ゆき(1943年〈昭和18年〉8月2日 - )は、日本の版画家、イラストレーター、絵本作家。 東京都大田区蓮沼町に生まれ、逗子で育つ。画家になる前は、出版社の文芸部に所属しており、日本文学全集などの編集を手がけていた。 24歳のときに画家になることを決意する。1968年、御茶の水美術学院に入学する。1969年と1970年に二科展に入選する。1970年にパリ、1971年にニューヨークで絵画を学ぶ。1972年、フランスのシェルブール美術学校で学ぶ。 1973年に帰国してからは、「細谷正之」名義で版画や油彩画の作品を発表する。1985年、「ルーが来た日」でベルギー・ドメルホフ国際版画コンクールの銀賞を受賞する。
井出 彰(いで あきら、1943年 - 2022年5月8日)… 井出 彰(いで あきら、1943年 - 2022年5月8日)は、神奈川県出身の編集者、出版社経営者、エッセイスト、小説家。株式会社図書新聞代表。 神奈川県箱根町生まれ。早稲田大学卒業。 26歳の時に、日本読書新聞に入社。のち編集長も務める。 1973年に退社して、自身の出版社「三交社」を起こすが、10年後に倒産。図書新聞に編集長として入社し、1988年より代表も兼務。のち編集長からは退いた。 そのかたわら、エッセイや小説も発表。2004年には、小説「精進ヶ池へ」で第3回小島信夫文学賞奨励賞を受賞。 2022年5月8日午前6時30分、白血病のため自宅で死去。78歳没。
末吉 暁子(すえよし あきこ、1942年8月27日 - 20… 末吉 暁子(すえよし あきこ、1942年8月27日 - 2016年5月28日)は日本の児童文学作家。
溝口 敦(みぞぐち あつし、1942年7月5日 - )は、日… 溝口 敦(みぞぐち あつし、1942年7月5日 - )は、日本のノンフィクション作家、ジャーナリスト。東京市浅草区(現・東京都台東区)生まれ。川崎市高津区育ち。本名:島田敬三。 日本における組織犯罪問題の第一人者。雑誌編集者として暴力団の取材に着手した20代なかば頃からというもの、“殺菌には日の光に晒すのが一番だそうだ”(米国最高裁判事ルイス・D・ブランダイス)をモットーに著述活動を継続。数多くの「ヤクザ」(暴力団)関連の著作を上梓してきた。 代表作にベストセラーの『暴力団』(2011年 新潮新書)や『食肉の帝王』(2003年 講談社)など。『食肉の帝王』は、第25回「講談社ノンフィクション賞」、「日本ジャーナリスト会議賞」、および「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム大賞」の3賞を同時受賞している。
やなぎや けいこ(本名:柳谷圭子、1942年6月8日 - )… やなぎや けいこ(本名:柳谷圭子、1942年6月8日 - )は、日本の児童文学作家、翻訳家。 東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部中退後、アルゼンチンのサルバドール大学(スペイン語版)に留学。 1980年『はるかなる黄金帝国』で産経児童出版文化賞受賞。以後、カトリックの立場からの著述、翻訳を行う。
増田 洋美(ますだ ひろみ、1942年 - )は、日本のガラ… 増田 洋美(ますだ ひろみ、1942年 - )は、日本のガラス工芸作家。1981年より制作を開始した。ガラスを素材にした展覧会は全て「PLAY THE GLASS」のタイトルで出品・展示する。日本、ヨーロッパ、東南アジア、北米、南米など広く国際的に活動する。 横浜市生まれ。1961年に静岡県立静岡高等学校を、1966年に東京芸術大学美術学部工芸科を卒業した。1969年、同大学院鋳金科を修了した。1970年、1971年に多摩美術大学で講師を務めた。1971年、アート活動を停止し(在インドネシア、 - 1976年)、1981年からガラス製作始める。1990年、文教大学講師に就任した( - 1992年)。
富野 由悠季(とみの よしゆき、1941年〈昭和16年〉11… 富野 由悠季(とみの よしゆき、1941年〈昭和16年〉11月5日 - )は、日本のアニメ監督、演出家、脚本家、漫画原作者、作詞家、小説家。日本芸術院会員。本人は演出家・原案提供者としている。日本初の30分テレビアニメシリーズ『鉄腕アトム』の制作に携わるなど、日本のテレビアニメに草創期から携わる。祖父は東京府南葛飾郡大島町(現・東京都江東区の一部)町長を務めた富野喜平次。 代表作は『機動戦士ガンダム』などのガンダムシリーズ、『伝説巨神イデオン』、または『聖戦士ダンバイン』他のバイストン・ウェル関連作品など。 キャリアを通じて複数のペンネームを用いている。 本名は富野 喜幸()で両親の喜平と幸子の一文字ずつをとって付けられた。
鳥海 永行(とりうみ ひさゆき、1941年10月29日 - … 鳥海 永行(とりうみ ひさゆき、1941年10月29日 - 2009年1月23日)は、日本のアニメーション監督、演出家、小説家。神奈川県伊勢原市出身。中央大学法学部政治学科卒。 アニメーションの監督として、その演出は非常にシャープで完成されたものであり、同じアニメ監督の押井守に強い影響を与えている。押井は鳥海のことを「師匠」と公言している。「演出家であろうがアニメーターであろうが、やりたい奴にやらせてはいかん。こっちがやらせたい奴にやらせろ」というのが持論で、押井も参考にしているという。そのため、「やりたい」と自ら手を上げる人間よりも彼自身が「こいつは才能がある」と思う人間を重視し、そうではない人間は早々に切っていたという。
石井 竜生(いしい たつお、1940年9月22日 - )は、… 石井 竜生(いしい たつお、1940年9月22日 - )は、日本の作家、編集者。本名・石井龍雄。 妻は作家の井原まなみ。 神奈川県横須賀市出身。早稲田大学法学部法律学科卒業[要出典]、早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了。 1967年9月、戸麻竜悟のペンネームでNHKテレビドラマ脚本に「うだでなや」で入選[要出典]。同作品が日本放送作家協会新人賞受賞[要出典]。菊島隆三の内弟子となり、3年間、脚本を執筆[要出典]。妻との合作で推理小説を書き、1976年「アルハンブラの想い出」で第15回オール讀物推理小説新人賞を受賞。同じく夫婦合作の1985年『見返り美人を消せ』で第5回横溝正史賞を受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
堀 武昭(ほり たけあき、1940年7月31日 - )は日本… 堀 武昭(ほり たけあき、1940年7月31日 - )は日本の作家、人類学者、文学博士。日本ペンクラブ常務理事。 1997年にはチェコのヴァーツラフ・ハヴェル大統領が主宰する「フォーラム2000」財団理事となり、2002年には日本人初の国際ペンクラブ理事に就任した。 横浜市生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、慶應義塾大学大学院博士課程修了。1966年、通商産業省(現・経済産業省)所管の日本貿易振興会(JETRO)に入社、米日財団副理事長、政策研究大学院大学(GRIPS)教授などを経て、シドニー大学に留学。広くオーストラリア、南太平洋諸国、中欧などで活躍。 関東学院大学教授、カレル大学、アングロアメリカン大学客員教授。
夏樹 静子(なつき しずこ、本名:出光 静子(いでみつ しず… 夏樹 静子(なつき しずこ、本名:出光 静子(いでみつ しずこ))、1938年12月21日 - 2016年3月19日)は、日本の小説家。旧姓名の五十嵐 静子名義による作品もある。 日本の女性推理小説家の草分けであり、繊細な心理描写と巧みなトリックによる『蒸発』『Wの悲劇』などの秀作により「ミステリーの女王」と称された。夫は新出光会長の出光芳秀(いでみつ よしひで)。兄は小説家の五十嵐均。 1938年、東京府(現東京都)港区芝西久保に生まれる。1943年、静岡県熱海市に転居。戦時中は榛原郡川根町に疎開した。熱海市立第一小学校、熱海市立熱海中学校、日本女子大学附属高等学校を経て、慶應義塾大学文学部英文学科を卒業。
平井 和正(ひらい かずまさ、1938年〈昭和13年〉5月1… 平井 和正(ひらい かずまさ、1938年〈昭和13年〉5月13日 - 2015年〈平成27年〉1月17日)は、日本の小説家・漫画原作者・脚本家。神奈川県横須賀市生まれ。娘は漫画家の平井摩利。 1938年、横須賀市に3人姉弟の長男として生まれる。祖母は仙台藩家老中野家の娘だという。手塚治虫の影響を受け、中学2年生で大学ノートに処女小説『消えたX』(長編SF)を執筆、級友に回覧され人気を博し、小説家を志す。神奈川県立横須賀工業高等学校を経て1958年に中央大学法学部に入学。 1959年、ハードボイルド小説「夜の干潮」が中央大学ペンクラブ会誌『白門文学』に掲載され、作品が初めて活字になる。中央大学ペンクラブ時代の友人に本間俊太郎がいる。
与 勇輝(あたえ ゆうき、1937年9月17日 - )は、日… 与 勇輝(あたえ ゆうき、1937年9月17日 - )は、日本の人形作家。神奈川県川崎市出身。両親は奄美群島に属する与路島の出身。黒柳徹子の番組「徹子の部屋」のセットに使われている妖精の人形で知られる。 人形創作を始めた当初より、着物や洋服の襞にこだわり、木綿の古布を主に使用している。人形の持ち物、付属品に至るまで全て、本人自身の手で作られている。 日本の原風景を思わせるようなノスタルジックな雰囲気を持ち、表情豊かな、柔らかみのある表現が特徴。
赤瀬川 原平(あかせがわ げんぺい、本名:赤瀬川 克彦(あか… 赤瀬川 原平(あかせがわ げんぺい、本名:赤瀬川 克彦(あかせがわ かつひこ)、1937年3月27日 - 2014年10月26日)は、日本の前衛美術家、随筆家、作家。 純文学作家としては尾辻 克彦(おつじ かつひこ)というペンネームがある。「尾辻」は父方の親戚の苗字に由来する[要ページ番号]。 神奈川県横浜市中区本牧町生まれ。愛知県立旭丘高等学校美術科卒業。武蔵野美術学校(現武蔵野美術大学)油絵学科中退。 兄は直木賞作家の赤瀬川隼。姉の赤瀬川晴子は帽子作家。また、外交官の西春彦は父のいとこにあたる。姪(隼の長女)は『人麻呂の暗号』の著者である藤村由加の一人。 2006年4月より、武蔵野美術大学日本画学科の客員教授を務めていた。
飯村 隆彦(いいむら たかひこ、1937年2月20日 - 2… 飯村 隆彦(いいむら たかひこ、1937年2月20日 - 2022年7月31日)は、映画作家。実験映画の草分け的存在。飯村隆彦映像研究所ディレクター。 東京都出身。慶應義塾高等学校時代に、高橋新吉や萩原恭次郎のダダイスム詩の影響を受け、自らも詩を執筆する。1959年慶應義塾大学法学部卒業後、日映新社にアルバイトで入り、PR映画の助監督を経験する。1962年に8ミリ映画の映画詩「くず」で注目を浴び、実験映画・個人映画作家となる。赤瀬川原平、荒川修作、篠原有司男、中西夏之といった美術家たちと交流を持つようになり、暗黒舞踏の土方巽らの協力を得て、8ミリ映画や16ミリ映画の前衛映画『あんま』(20分/1963年)『バラ色ダンス』(13分/1965年)を製作する。
仁賀 克雄(じんか かつお、1936年〈昭和11年〉12月2… 仁賀 克雄(じんか かつお、1936年〈昭和11年〉12月23日 - 2017年〈平成29年〉12月22日)は、日本の作家、英米文学翻訳家、アンソロジスト、文芸評論家。本名は大塚勘治で、ペンネームの由来は本名を逆読みしたもの。 神奈川県横浜市生まれ。神奈川県立横須賀高等学校、早稲田大学第一商学部卒業。在学中の1957年(昭和32年)、江戸川乱歩を顧問に迎えてワセダミステリクラブを創設し、幹事長となる。 卒業後は北スマトラ海洋石油資源開発(のちに現在の国際石油開発帝石に合併され消滅)、アラビア石油に勤務する傍ら、創作活動や海外のミステリ小説、ホラー小説、SF小説の研究・翻訳やアンソロジー編集などを行った。
内田 良平(うちだ りょうへい、1936年 - 2019年7… 内田 良平(うちだ りょうへい、1936年 - 2019年7月1日)は、おもに山岳写真を手がけた日本の写真家、著作家。 神奈川県横浜市出身。1954年に東京都立芝商業高等学校を卒業した。 1959年にベルニナ山岳会に入会し、以降、登山活動とともに山岳写真に取り組む。1970年に山岳写真家として独立し、以降は国内外各地で撮影を重ね、ネパール側のヒマラヤ山脈への取材旅行は、生涯に80回以上に及んだという。 1970年代からヒマラヤ・カメラトレッキングを組織し、1979年にはその参加者を中心に閑良屋会(ヒマラヤカイ)を結成して、以降、年1回の写真展「内田良平と閑良屋会(ヒマラヤカイ)山岳写真展「遥かなる山」」を開催し続けた。
花形 恵子(はながた けいこ、1935年6月2日 - 201… 花形 恵子(はながた けいこ、1935年6月2日 - 2015年1月12日)は、日本の女優、声優、児童文学作家。東京府(現・東京都)出身。81プロデュース最終所属。夫は俳優の篠原大作(2016年死去)。 日本女子大学附属高等学校卒業。1954年4月、劇団ぶどうの会に入団。フェデリコ・ガルシーア・ロルカ原作の『ベルナルダ・アルバの家』のアデラで初舞台。1961年2月、ぶどうの会を脱退し、山田肇、篠原大作、松村彦次郎などともに劇団風を創立。同人舎プロダクション、東京俳優生活協同組合、ぷろだくしょんバオバブ、アーツビジョンを経て、81プロデュースに所属していた。 夫の篠原大作とともに「ふたり朗読館」を主宰して朗読の分野でも活動。
紀田 順一郎(きだ じゅんいちろう、1935年4月16日 -… 紀田 順一郎(きだ じゅんいちろう、1935年4月16日 - 2025年7月15日)は、日本の文芸・メディア評論家・翻訳家・小説家。日本文芸家協会、日本ペンクラブ、各会員。 本名は佐藤 俊()。ペンネームの「紀田」はきだみのるから、「順一郎」は谷崎潤一郎に由来している。 書誌研究を中心に、半世紀以上にわたり『古書街を歩く』、『日記の虚実』、『二十世紀を騒がせた本』などメディア論、近代史論などを数多く刊行。古書をテーマとした推理小説、幻想文学作品も著した。 横浜・本牧(正確には横浜市中区千代崎町)で出生、父は日本銀行本店の行員。1941年に父が結核となり、暗い家庭となる。腺病質で体が弱かったため、本の世界に楽しみを見出していた。
醍醐 麻沙夫(だいご まさお、1935年1月3日 - 202… 醍醐 麻沙夫(だいご まさお、1935年1月3日 - 2024年3月20日)は、日本の小説家、元サックス奏者。本名は広瀬 富保(ひろせ とみやす)。 神奈川県横浜市生まれ。学習院大学文学部卒。弟は音楽家広瀬秀雄。 大学卒業後、日本のビッグジャズバンド「スマイリー小原とスカイライナーズ」でサックスを担当していた。 同バンドから脱退後は、ブラジルに移住し、職を転々としながら、日系人文学愛好者の集い「コロニア文学会」で小説を書き始める。1974年「「銀座」と南十字星」でオール読物新人賞受賞、1975年「夜の標的」で直木賞候補。1991年「ヴィナスの濡れ衣」でサントリーミステリー大賞佳作。アマゾンの釣りに関する小説や、伝奇推理小説を書く。
小薗江 圭子(おそのえ けいこ、1935年 - 2011年)… 小薗江 圭子(おそのえ けいこ、1935年 - 2011年)は、日本の作家、作詞家、映像作家、アニメーター。本名・平川圭子。 東京生まれ。9歳まで銀座に住む。日本女子大学在学中からぬいぐるみ作家として注目され、その後イラストレーター、童話作家、エッセイストとしても活躍。初期の「みんなのうた」のアニメ作家でもあり、「この広い野原いっぱい」の作詞者としても知られる。 「うちのネコ ぼくのネコ」「魔法のワルツ(魔法使いチャッピー)」「夕やけ番長」などの作詞のほか、『モザイクの馬』『耳かきのすきな王様』『生活美人』などの著作がある。「ツビレグ ツブレグ マーチ」「新しい動画 3つのはなし」のアニメ映像も担当した。
山田 太一(やまだ たいち、1934年〈昭和9年〉6月6日 … 山田 太一(やまだ たいち、1934年〈昭和9年〉6月6日 - 2023年〈令和5年〉11月29日)は、日本の脚本家・小説家。本名:石坂 太一(いしざか たいち)。 松竹で木下惠介の助監督を務めた後、フリーランスとなり、テレビドラマの脚本家に転身。社会的弱者を主題としたり、テレビドラマのタブーに挑戦したりするなど、数々の話題作を次々と生み出した。 小説では『飛ぶ夢をしばらく見ない』『異人たちとの夏』『遠くの声を捜して』の三部作を著し、小説家としても活動した。『異人たちとの夏』では1988年(昭和63年)に山本周五郎賞を受賞し、同作の映画や舞台も手掛けている。 東京市浅草区出身。浅草六区で大衆食堂を経営していた愛知県出身の父親と栃木県真岡市出身の母親の子として誕生。
宮原 昭夫(みやはら あきお、1932年8月5日 - )は、… 宮原 昭夫(みやはら あきお、1932年8月5日 - )は、日本の小説家。1972年に第67回芥川賞を受賞した。 神奈川県横浜市生まれ。中学3年から神奈川県立横浜翠嵐高等学校にかけての同期に青木雨彦と生島治郎がいた(ただし宮原は高校在学中に胸を患って数年間休学している)。早稲田大学第一文学部露文科卒業。同人誌「木靴」に参加し、太宰治の門弟として知られる小山清に師事した。 1963年、『ごったがえしの時点』を出版。1966年、「石のニンフ達」で文学界新人賞を受賞して文壇デビューし、第56回芥川賞候補に挙がる。以後「やわらかい兇器」「待っている時間」でも同賞候補に挙がり、1972年、「誰かが触った」で第67回芥川賞受賞を果たした。
諸星 澄子(もろほし すみこ、1932年〈昭和7年〉6月21… 諸星 澄子(もろほし すみこ、1932年〈昭和7年〉6月21日 - 1990年代没)は、日本の小説家。 神奈川県平塚市生まれ。本名は加藤澄子。慶應義塾大学経済学部卒。夫は作家の加藤善也。1964年『小説と詩と評論』掲載の「電気計算機のセールスマン等」で直木賞候補。1966年『虫係一件』が第2回作家賞を受賞(候補との資料もある)。 1974年に『蔵王絶唱』が監督山本邦彦、主演高橋洋子で映画化された。 主にジュニアノベル作家として活動。1970年代後半以降は外国文学の再話、推理小説や官能小説も著した。 2000年出版の藤田ミラノの画集『あしたの少女たち〜抒情画家、藤田ミラノの世界』おいて、その時点で既に故人となっている。
境野 勝悟(さかいの かつのり、1932年 - )は、日本の… 境野 勝悟(さかいの かつのり、1932年 - )は、日本の哲学者、東洋思想研究家、著作家。 神奈川県横浜市出身。浅野学園高等学校を経て、1955年、早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。同年より、栄光学園で国語科教員として教鞭を執る。1973年、同校を退職。1973年、神奈川県大磯町に「道塾」を開設。1975年、駒澤大学大学院禅学特殊研究科博士課程修了。
笹沢 左保(ささざわ さほ、1930年〈昭和5年〉11月15… 笹沢 左保(ささざわ さほ、1930年〈昭和5年〉11月15日 - 2002年〈平成14年〉10月21日)は、日本の小説家。本名は笹沢 勝(ささざわ まさる)。 テレビドラマ化されて大ヒットした『木枯し紋次郎』シリーズの原作者として知られ、推理小説、サスペンス小説、恋愛論などのエッセイ他、歴史書等も著し、380冊近くもの著書を残した。 詩人笹沢美明の三男として東京府淀橋町(現・東京都新宿区)にて出生。その後、神奈川県横浜市に移った。父は貿易商だった祖父の遺産を受け継いだが、財産を使い果たして貧困の中で育つ。子供の頃から探偵小説を愛読し、雑誌『ロック』の懸賞小説にも応募した。 横浜では関東学院高等部に通うが、家出を繰り返し、中退(資料によっては1948年卒とも記される)。
青木 和雄(あおき かずお、1930年 - )は、日本の児童… 青木 和雄(あおき かずお、1930年 - )は、日本の児童文学作家。 神奈川県横浜市出身。早稲田大学第一文学部心理学科卒業。 横浜市教育委員会指導主事、横浜市立小学校校長を経て、教育カウンセラーとなる。カウンセラーとしての経験を生かし、いじめや児童虐待をテーマにした児童書を多数出版。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
平野 杏子(ひらの きょうこ、1930年 - )は、日本の画… 平野 杏子(ひらの きょうこ、1930年 - )は、日本の画家、造形作家。大久保作次郎、三岸節子に師事。 1930年、神奈川県伊勢原市の事業家の家に生まれる。1962年より平塚市にアトリエを構え、初期は具象的な風景や静物に才能を見せながら、次第に仏教に傾倒し、抽象的な作風の大作を発表するようになる。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
神山 圭介(かみやま けいすけ、1929年8月3日 - 19… 神山 圭介(かみやま けいすけ、1929年8月3日 - 1985年1月16日)は、日本の作家・小説家。 神奈川県横浜市生まれ。本名・金子鉄磨(カネマロ)。東京大学文学部独文科卒。在学中より雑誌『現代文学』に参加。 卒業後、中央公論社に勤めるかたわら執筆活動を行う。 1976年「鴾色の武勲詩」で芥川賞候補。文化学院講師を務めた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
郷 静子(ごう しずこ、1929年4月20日 - 2014年… 郷 静子(ごう しずこ、1929年4月20日 - 2014年9月30日)は、日本の小説家。
大竹 三郎(おおたけ さぶろう、1928年10月31日 - … 大竹 三郎(おおたけ さぶろう、1928年10月31日 - )は、日本の化学者、科学読物作家。湘南工科大学名誉教授。 神奈川県藤沢市出身。1949年東京物理学校(のち東京理科大学)理化学科卒。神奈川県公立学校教員をへて、1965年相模工業大学講師、1975年教授、1977年副学長、理事。校名変更で湘南工科大学名誉教授。 1975年『黒つちがもえた』でサンケイ児童出版文化賞、1982年『ふしぎないろみず』で日本科学読物賞受賞。
草鹿 外吉(くさか そときち、1928年8月28日 - 19… 草鹿 外吉(くさか そときち、1928年8月28日 - 1993年7月25日)は、日本のロシア文学研究者、詩人、小説家、翻訳家。 後の神奈川県鎌倉市に生まれる。父は海軍兵学校校長を務めた草鹿任一であり、草鹿龍之介も親戚にあたるという海軍一家に育ち、湘南中学校から1945年海軍兵学校に入学する(77期)も、まもなく終戦を迎え、復員する。 第二次世界大戦復員後は、横浜工業専門学校を卒業後、早稲田大学に編入学して、ロシア文学を学ぶ。その後、早稲田大学や中央労働学院などで教えながら、日本福祉大学の教授となり、副学長も務めた。 また、詩人としては〈詩人会議〉の常任運営委員も務め、詩集も刊行した。 アレクサンドル・プーシキンを中心とした19世紀文学と、エフゲニー・エフトゥシェンコなどの同時代の詩人を中心に研究し、その方面の著書・訳書も多い。
佐橋 法龍(さはし ほうりゅう、1928年2月17日 - 2… 佐橋 法龍(さはし ほうりゅう、1928年2月17日 - 2007年4月7日)は、曹洞宗の禅僧、作家。 神奈川県横浜市生まれ。駒澤大学専門部仏教科を経て、1951年東京大学文学部国史学科卒業。長野県松代町にある真田氏の菩提寺・長国寺住職。推理小説も書いた。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
佐藤 さとる(さとう さとる、1928年2月13日 - 20… 佐藤 さとる(さとう さとる、1928年2月13日 - 2017年2月9日)は、日本の童話作家。本名の佐藤暁(さとうさとる)名義による作品もある。既婚。日本文芸家協会会員。
山口 健二(やまぐち けんじ、1925年8月15日 - 19… 山口 健二(やまぐち けんじ、1925年8月15日 - 1999年6月12日)は、日本の政治活動家、アナキスト、作家。日本社会党と日本共産党に双方に入党し、共産党では志田派として中核自衛隊にも参加したが、後に両党から除名された。 1925年横浜市に生まれる。横浜第二中学校卒業後、1942年東京美術学校油画科入学、1943年第一高等学校文科入学、1944年旅順高等学校入学。旅順高等学校での学生生活が関東軍指揮下であることに反発し、朝鮮人の友人三人とともに脱走し、満州、朝鮮半島を南下し、日本本土に戻る。戦時下には太宰治に私淑し、1942、3年頃太宰の自宅を訪問し面会。 長野県で終戦を迎え、第一次日本アナキスト連盟に参加。
佐野 浅夫(さの あさお、1925年8月13日 - )は、日… 佐野 浅夫(さの あさお、1925年8月13日 - )は、日本の俳優・童話作家・実業家。神奈川県横浜市、現在の保土ケ谷区出身。アクターズ・セブン所属。身長168cm。神奈川県立横浜第三中学校卒業。
菊村 到(きくむら いたる、本名:戸川 雄次郎(とがわ ゆう… 菊村 到(きくむら いたる、本名:戸川 雄次郎(とがわ ゆうじろう)、1925年5月15日 - 1999年4月3日)は、日本の作家・小説家。神奈川県平塚市出身。 旧制湘南中学を経て、1944年に仙台陸軍予備士官学校へ入学。翌年卒業し秋田へ見習士官として赴任したが、そこで終戦を迎える。復員直後から早稲田大学文学部英文学科へ通い、この頃から執筆活動を始める。 1948年、大学卒業と共に読売新聞社へ入社。社会部の記者として活動する傍らで執筆活動を行うようになり、同年6月に『川の上』1949年10月に『死臭』を発表し作家としてデビュー。1954年には『受胎告知』が第32回芥川賞候補となる。 この頃までは本名で活動していたが、やがて記者活動との兼ね合いから、1955年の結婚を境に「菊村到」のペンネームで執筆を行うようになる(後述)。