高橋 千秋(たかはし ちあき、1956年8月2日 - )は、… 高橋 千秋(たかはし ちあき、1956年8月2日 - )は、日本の政治家。 参議院議員(3期)、外務副大臣(菅直人第2次改造内閣)、経済産業大臣政務官(鳩山由紀夫内閣・菅直人内閣)、参議院社会保障と税の一体改革に関する特別委員長、民主党政策調査会長代理・参議院政策審議会長を務めた。 三重県安芸郡安濃町(現津市)生まれ。三重県立津高等学校、明治大学農学部農学科卒業。三重県経済農業協同組合連合会に勤務した後、当時参議院議員であった井上哲夫の秘書を務める。その後、新東通信、新政策議員フォーラム三重事務局長に就任する。 1998年、第18回参議院議員通常選挙に連合の推薦を受けて無所属で三重県選挙区から出馬したが、斎藤十朗に敗れ落選した。
河上 敢二(かわかみ かんじ、1956年〈昭和31年〉7月1… 河上 敢二(かわかみ かんじ、1956年〈昭和31年〉7月18日 - )は、日本の政治家、元農林水産官僚。三重県熊野市長(6期)。市長就任後、三重県市長会長、三重県環境審議会委員、三重県農業共済組合組合長理事などを歴任。 1956年(昭和31年)7月18日、三重県熊野市で出生。熊野市立井戸小学校、熊野市立木本中学校、三重県立伊勢高等学校を経て、1981年(昭和56年)3月、東京大学医学部保健学科を卒業。 同年4月、農林水産省に入省。入省後、牛乳乳製品課、食糧消費対策室、東海農政局、国際経済課などの部署を経験した他、経済企画庁、外務省へ出向し、経済企画庁では大規模小売店舗法などの流通規制に携わり、外務省では在イタリア日本国大使館一等書記官、大臣官房調査課課長補佐。
瀬古 利彦(せこ としひこ、1956年〈昭和31年〉7月15… 瀬古 利彦(せこ としひこ、1956年〈昭和31年〉7月15日 - )は、三重県桑名市出身の元陸上競技選手、陸上競技指導者。 現役時代の専門は長距離走・マラソン(ただしキャリア初期は中距離走)で、1970年代後半から1980年代にかけて宗茂・宗猛兄弟、伊藤国光、中山竹通、新宅雅也らとともに日本の男子長距離走のトップランナーだった。一時は10000メートル (m)・20000m・30000m・マラソンの日本記録を保持し、30000mについては世界記録保持者でもあった(20000mと30000mは2024年時点でも日本記録保持)。1980年モスクワオリンピック(日本は不参加)から1988年ソウルオリンピックまで3大会連続でオリンピックのマラソン日本代表に選ばれた。
巨砲 丈士(おおづつ たけし、1956年4月18日 - )は… 巨砲 丈士(おおづつ たけし、1956年4月18日 - )は、三重県四日市市出身で大鵬部屋(入門時は二所ノ関部屋)所属の元大相撲力士。本名は松本 隆年(まつもと たかとし)。最高位は東関脇。身長183cm、体重148kg。得意手は右四つ、寄り、上手出し投げ。時津風部屋所属の元十両筆頭・劍龍は父で、全日本選抜柔道体重別選手権大会で2度優勝するなど柔道選手として活躍した松本宣子は妹。歴代横綱13人との対戦は大相撲史上2位の記録。 中学時代は野球と空手を行い、野球の腕前は東邦高校から勧誘が来るほどのものであった。相撲には興味が無かったが大鵬の元兄弟子が近くに引っ越してきてその娘が松本と同級生になり、 そこから内弟子探しに奔走していた大鵬に連絡が渡って大鵬から松本へ電話がかかった。
水谷 元(みずたに げん、1956年(昭和31年)3月19日… 水谷 元(みずたに げん、1956年(昭和31年)3月19日 - 2018年(平成30年)3月19日)は、日本の政治家。三重県議会議員、桑名市長。桑名市出身。三重県立桑名高等学校、成蹊大学法学部政治学科卒。1996年(平成8年)から2012年(平成24年)まで桑名市長を17年間務めた。
笙野 頼子(しょうの よりこ、1956年3月16日 - )は… 笙野 頼子(しょうの よりこ、1956年3月16日 - )は日本の小説家。本姓・市川。三重県出身、立命館大学法学部卒。 自称「神道左翼」の立場から急進的な政治性を打ち出し、私小説と幻想小説を周到なメタフィクションなどを用いて過激に混成させた作風で「闘う作家」「メタの女王」とも呼ばれる。 2011年度より5年間立教大学特任教授(大学院文学研究科比較文明学専攻博士課程前期課程)を務めた。 自らをアヴァン・ポップ作家と称し、藤枝静男や内向の世代などの影響を受けた独自の私小説を得意とする。概説的には世界への違和感を社会的な視座に見据えつつ、不穏な幻想とスラップスティックなユーモアによって批評的に描くスタイルと言え、この傾向は90年代後半「論争」を経てからより顕著になった。
村嶋 修(むらしま おさむ、1956年1月12日 - )は、… 村嶋 修(むらしま おさむ、1956年1月12日 - )は、日本の元俳優。本名は同じ。 三重県尾鷲市出身。身長181cm、体重67kg。亜細亜大学経済学部卒業。 体育の教師になるつもりで大学で勉強していたが、1977年、大学在学中にテレビ番組『パンチDEデート』への出演がきっかけで芸能事務所からスカウトされ、デビュー。 1978年、特撮テレビドラマ『スターウルフ』の主演に抜擢され、SF作家の小松左京から東 竜也(あずま たつや)の芸名を与えられる。本作終了後は、テレビドラマ『明日の刑事』にレギュラー出演。 1980年のテレビドラマ『青春諸君!』のレギュラー出演を期に芸名を本名に戻し、1980年代前半までテレビドラマを中心に活動した。
堀 泰典(ほり やすのり、1956年1月7日 - )は日本の… 堀 泰典(ほり やすのり、1956年1月7日 - )は日本の歯科医師、医学者。 三重県四日市市泊町生まれ。実家で産婆さんに取り上げてもらう。 四日市市立とまり幼稚園卒園、四日市市立日永小学校卒業、四日市市立南中学校卒業、三重県立神戸高等学校卒業、岐阜歯科大学(現在、朝日大学)歯学部歯学科卒業。 歯科医籍登録第81649号。 宅地建物取引主任者第91240104号。 昭和大学医学部第一解剖博士(医学)号学位(1997年)。論文の題は「ラット視床下部におけるグルタミン酸含有ニューロンの免疫電顕的観察:ソマトスタチン含有ニューロンとの形態学的相関について」。中井康光教授より指導。 明海大学歯学部口腔生理博士(歯学)号学位(2005年)。
小久保 修(こくぼ しゅう 1956年 - )は、日本の作家… 小久保 修(こくぼ しゅう 1956年 - )は、日本の作家。三重県津市出身。 三重県立津高等学校を経て、早稲田大学教育学部国語国文学科卒。同級生に、ラズウェル細木、斎藤雅文、佐藤勝明、古木優、高田裕史、谷口理などがいた。三重県内の高等学校に勤務。「小久保修」は、小説を書くときのペンネーム。2004年、「夜を泳ぐ魚たち」で三重県文化賞文学新人賞を受賞。この作品は、定時制高等学校での勤務経験に材を取ったもの。「海」同人。
堤 幸彦(つつみ ゆきひこ、1955年11月3日 - )は、… 堤 幸彦(つつみ ゆきひこ、1955年11月3日 - )は、日本の演出家、映画監督。オフィスクレッシェンドの取締役。三重県四日市市生まれ、愛知県名古屋市千種区出身。活動初期は、堤ユキヒコ名義を使用した。 三重県四日市市に生まれ、6歳のときに父親の仕事の都合で愛知県名古屋市に引っ越した。名古屋市立田代小学校、名古屋市立城山中学校、私立愛知高等学校と進学し、高校を卒業する18歳まで名古屋で過ごした。高校時代からロックに傾倒し、はっぴいえんどに憧れて上京を希望し、法政大学社会学部社会学科へ進学する。大学在学中は当時の学生運動にも参加したが、3年の頃にそれが終わり、拠りどころを失くした堤は大きな挫折感を味わい、大学を中退する。
小竹 篤(こたけ あつし、1955年〈昭和30年〉10月15… 小竹 篤(こたけ あつし、1955年〈昭和30年〉10月15日 - )は、日本の政治家。三重県鳥羽市長(1期)。 三重県鳥羽市桃取町(答志島)出身。三重県立伊勢高等学校、三重大学教育学部卒業。市内の小中学校に勤め、市教育委員会学校教育課長や鳥羽東中学校校長などを経て、2017年7月から2024年12月まで市教育長を務めた。 2025年2月5日、同年4月6日告示・13日投開票の鳥羽市長選への立候補を表明。同市長選では自民党が現職の中村欣一郎と元市議の山本哲也の両方に推薦を出す異例の対応を採ったが、小竹が2人を破り初当選した。第一に掲げた公約は鳥羽駅前の再開発であった。選挙時はオレンジをイメージカラーとして用い、4月21日の初登庁に際して、オレンジ色のネクタイを着用した。
木下 俊也(きのした しゅんや、1955年10月 - )は、… 木下 俊也(きのした しゅんや、1955年10月 - )は、日本の薬剤師、臨床検査技師。学位は博士(薬学)(静岡県立大学・1992年)。一般社団法人静岡市薬剤師会事務局局長、静岡県立大学薬学部客員教授。 株式会社津村順天堂静岡工場、株式会社津村順天堂研究所、株式会社ツムラ本社での勤務を経て、日本大衆薬工業協会生薬製品委員会委員長、日本OTC医薬品協会生薬製品委員会委員長、わかくさ調剤薬局薬剤師などを歴任した。 三重県出身の薬剤師、臨床検査技師である。静岡薬科大学、静岡県立大学にて学び、津村順天堂、および、ツムラに勤務した。また、業界団体である日本大衆薬工業協会、および、日本OTC医薬品協会においては、生薬製品委員会の委員長といった役職も兼任していた。
亀岡 偉民(かめおか よしたみ、1955年9月10日 - )… 亀岡 偉民(かめおか よしたみ、1955年9月10日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(5期)。 衆議院北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長、衆議院文部科学委員長、自由民主党文部科学部会長、自由民主党福島県支部連合会長、内閣府大臣政務官・復興大臣政務官、文部科学副大臣兼内閣府副大臣、復興副大臣などを歴任。旧姓は小倉。 三重県四日市市生まれ。生後間もなく栃木県下都賀郡国分寺町(現・下野市)に移る。現住所は福島県福島市野田町5丁目。偉民が中学3年に進級する直前の1970年3月に、自身の実姉・睦美が亀岡高夫衆議院議員の実兄・金一の三男・隆之と結婚(二人は1983年に離婚)。 高校時代は作新学院高等部野球部の捕手として江川卓とバッテリーを組み、甲子園に2度出場。
福山英朗(ふくやま ひでお、1955年8月13日 - )は、… 福山英朗(ふくやま ひでお、1955年8月13日 - )は、日本のレーシングドライバー。血液型はRH+A型。 三重県尾鷲市出身。1977年に地元である鈴鹿サーキットで開かれた鈴鹿シルバーカップ・FL500でデビューした。その後は鈴鹿サーキットを中心に活躍し、1979年には鈴鹿シルバーカップ・FL500のチャンピオンとなった。 1982年には全日本F3選手権にステップアップし、1988年にかけてシリーズ参戦して優勝1回、ポールポジションを2回獲得するなど活躍した。また1992年にもスポット参戦している。1990年には全日本F3000選手権にステップアップしTEAM NOJIからスポット参戦し、翌1991年にはシーズン参戦し1992年まで参戦した。
三木 正浩(みき まさひろ、1955年7月26日 - )は、… 三木 正浩(みき まさひろ、1955年7月26日 - )は、日本の実業家、投資家、馬主。 靴小売業会社ABCマートの創業者で、イーエムプランニング会社代表を務める。国内有数の資産家としても知られる。 三重県伊勢市で生まれた。実家は不動産業や飲食業を営む。享栄高等学校卒業後、愛知県名古屋市の東邦学園短期大学卒業。 1985年、28歳の時に東京の早稲田で、靴と衣料品の輸入販売商社株式会社国際貿易商事を設立。翌年、買い付けのために訪れたロンドンで、ブーツブランド「HAWKINS(ホーキンス)」の日本代理店契約に成功し、国内総代理店となる。低価格を実現するために、調達ルートを自前で開拓し、韓国や中国などの工場を探し出し、中間業者に支払うマージン削減にも成功した。
西村 泰彦(にしむら やすひこ、1955年6月29日- )は… 西村 泰彦(にしむら やすひこ、1955年6月29日- )は、日本の警察官僚。宮内庁御用掛。第10代宮内庁長官、第19代内閣危機管理監、第90代警視総監などを務めた。 三重県鳥羽市出身。鳥羽市立鳥羽小学校、鳥羽市立鳥羽中学校、三重県立伊勢高等学校を経て、東京大学法学部を卒業後、1979年 (昭和54年)、警察庁に入庁。「世のため、人のためになるような仕事がしたい」、「悪をくじき、弱きを助ける生き方がしたい」と考え、警察庁に入庁したという。 入庁後、長崎県警察本部刑事部捜査第二課長、警視庁公安部管理官、在フィリピン日本国大使館二等書記官・一等書記官、警視庁総務部広報課長、警視庁警備部警備第一課長、警察庁長官官房人事課企画官、警視庁警務部参事官兼人事第一課長事務取扱などを歴任。
西谷 史(にしたに あや、1955年3月14日 - )は、日… 西谷 史(にしたに あや、1955年3月14日 - )は、日本の小説家。男性。 東京都国立市在住。朱砂(しゅさ)の名義で漫画原作も手掛ける。 三重県多気町生まれ。北海道大学経済学部卒業。 電機メーカー勤務を経て作家となる。会社員のころはパソコンに対して強い苦手意識を抱きつつもOA業務と向き合い、その経験がのちの小説『デジタル・デビル・ストーリー』に生かされたという。パソコン通信時代にBBSへ投稿したいくつかのSFショート小説が評判を呼び、BBS参加者たちの熱望により活字化される。また1980年代半ばには、ソフトバンク出版のパソコン誌『Oh!PC』に当該ショートショートが連載された。その中の1作品に、『デジタル・デビル・ストーリー』の原点ともいうべきアイデアが登場している。
羅本 新二(らもと しんじ、1955年2月17日 - )は、… 羅本 新二(らもと しんじ、1955年2月17日 - )は、三重県鈴鹿市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。
広瀬 隆(ひろせ たかし、本名:廣瀬 広(読みは同じ)。19… 広瀬 隆(ひろせ たかし、本名:廣瀬 広(読みは同じ)。1955年〈昭和30年〉2月12日 - )は、三重県四日市市出身のミュージシャン。めるへん堂のメンバーとして活躍しているほか、ラジオパーソナリティとしても活躍している。またレコード会社「ゆくりかRECORDS」を設立した。 息子は、名古屋市のFMラジオ局・ZIP-FMのミュージックナビゲーター・MEGURU。 1977年、京都学園大学経済学部卒業。2013年3月8日に松阪市ブランド大使に就任。
吉田 英生(よしだ ひでお、1955年 - ) は、日本の機… 吉田 英生(よしだ ひでお、1955年 - ) は、日本の機械工学者。学位は、工学博士。専門は、熱工学・エネルギー工学。京都大学名誉教授。元Int. J. Heat and Mass TransferのEditor。元国際伝熱会議アセンブリー (AIHTC) 会長。元熱物質輸送国際センター (ICHMT) 理事会議長。 1974年三重県立津高等学校卒業。1978年東京工業大学工学部機械物理工学科卒業。 1980年東京工業大学大学院理工学研究科修士課程機械物理工学専攻を修了し、工学修士の学位を取得後、1983年東京工業大学大学院理工学研究科博士課程機械物理工学専攻修了、工学博士。同年東京工業大学工学部機械工学科助手。
新保 克芳(しんぼ かつよし、1955年? - 2025年2… 新保 克芳(しんぼ かつよし、1955年? - 2025年2月8日)は、日本の弁護士。 1974年 私立高田高等学校(三重県)卒業 1980年 東京大学法学部卒業 1984年 第二東京弁護士会弁護士登録(36期) 1999年 新保法律事務所開設 三井住友フィナンシャルグループ社外取締役、ヤクルト本社社外取締役、昭栄化学工業株式会社社外監査役、三井化学株式会社社外監査役も務めたが、2025年2月8日に死去。69歳没。 特許事件:ニカルジピン、 アゼラスチン、ファモチジン、セフカペン、ピオグリタゾン等の医薬品、中空糸、スーパーポリエチレン、接着剤、再帰反射シート、樹脂組成物等の化学合成品の侵害訴訟。
小倉 久寛(おぐら ひさひろ、1954年〈昭和29年〉10月… 小倉 久寛(おぐら ひさひろ、1954年〈昭和29年〉10月26日 - )は、日本の俳優、声優、ナレーター。身長160cm。体重70kg。血液型はA型。所属事務所はアミューズ。 三重県度会郡紀勢町(現:大紀町)出身。三重県立伊勢高等学校、学習院大学法学部卒業。 紀勢町には多くの小倉姓の家があり、その由来は滋賀県の鈴鹿山脈にある小椋谷の木地師が木材を求めて移住したものと考えられている。久寛の家は江戸時代には木地師を辞めて林業を経営しており、祖父は紀勢本線を利用した石灰の採掘で財を成した。久寛の父は次男だったが、彼が中学生の時に、実家の跡を継ぐはずだった長男が採掘所の落石事故で死亡したため、大学を出たら家業を継ぐことになった。
中子 修(なかこ おさむ、1954年8月20日 - )は、三… 中子 修(なかこ おさむ、1954年8月20日 - )は、三重県尾鷲市出身の元レーシングドライバー。父は元市議会議員の中子幸男。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
新谷 嘉孝(しんや よしたか、1954年8月6日 - )は、… 新谷 嘉孝(しんや よしたか、1954年8月6日 - )は、三重県出身の元プロ野球選手(外野)。右投右打。1982年から1984年の登録名は『新谷 吉孝』(読み同じ)。
入舩 徹男(いりふね てつお、1954年7月5日 - )は、… 入舩 徹男(いりふね てつお、1954年7月5日 - )は、日本の地球物理学者。愛媛大学特別栄誉教授。三重県出身。
松田 直久(まつだ なおひさ、1954年(昭和29年)5月8… 松田 直久(まつだ なおひさ、1954年(昭和29年)5月8日 - )は、日本の政治家。立憲民主党所属の元衆議院議員(1期)。三重県津市長(2期)、三重県議会議員(2期)などを歴任した。 三重県津市生まれ。高田高等学校、大阪産業大学経営学部卒業。大学卒業後、北川正恭衆議院議員の秘書を務める。 1999年、三重県議会議員選挙に一志郡選挙区から無所属で立候補し、当選。2003年の三重県議選では、無投票で再選。県議在職中に民主党に入党し、党県連幹事を務めた。 2006年1月1日、旧市制の津市及び9市町村が合併し、新市制の津市が成立する。合併に伴い、同年2月5日の津市長選挙に県議を辞職して無所属で出馬し、当選した。
藤原 靜雄(ふじわら しずお、1954年 - )は、日本の法… 藤原 靜雄(ふじわら しずお、1954年 - )は、日本の法学者。専門は、行政法・情報法・地方自治法。学位は、博士(法学)(一橋大学・論文博士・2002年)。中央大学名誉教授。 三重県生まれ。三重県立伊勢高等学校卒。一橋大学大学院法学研究科で市原昌三郎及び南博方の指導を受ける。一橋大学大学院法学研究科修士課程修了後、1986年一橋大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。2002年『情報公開法制』で、博士(法学)(一橋大学)の学位を取得。審査員山田洋、高橋滋、山内敏弘。 税務大学校専科講師、東京大学教養学部非常勤講師、ライン・フリードリヒ・ヴィルヘルム大学ボン客員教授、國學院大學法学部教授等を歴任。
渡邉 信一郎(わたなべ しんいちろう、1954年 - )は、… 渡邉 信一郎(わたなべ しんいちろう、1954年 - )は、日本の地方公務員、鉄道実業家。津市副市長や三重県副知事を経て、伊勢鉄道代表取締役社長。 三重県四日市市生まれ。南山大学経営学部卒業。1977年三重県入庁。三重県農水商工部企画室長を経て、2006年津市助役。2007年津市副市長。三重県政策部長、三重県環境森林部長、三重県農水商工部長を経て、2012年からは新設の三重県危機管理統括監を務めた。2016年4月 同職を稲垣清文と交代し植田隆の後任として三重県副知事。2020年副知事任期満了退任、伊勢鉄道代表取締役社長。2024年、瑞宝中綬章受章。
馬瀬 紀夫(ませ のりお、1953年12月26日 - )は、… 馬瀬 紀夫(ませ のりお、1953年12月26日 - )は、日本の実業家。ハーゲンダッツジャパン株式会社代表取締役社長を経て、同社取締役会長。 三重県津市出身。三重県立津高等学校を経て、1976年大阪大学経済学部卒業、サントリー入社。2005年に取締役に昇格し、以降健康食品や海外事業などを担当した。2009年サントリーホールディングス執行役員。 2011年からハーゲンダッツジャパン代表取締役社長を務め、新商品の展開や、基幹商品「ミニカップ」の供給能力強化のための設備投資などを進めた。2018年ハーゲンダッツジャパン取締役会長。
水谷 新太郎(みずたに しんたろう、1953年12月7日 -… 水谷 新太郎(みずたに しんたろう、1953年12月7日 - )は、三重県松阪市出身の元プロ野球選手(内野手)。
上田 隆穂(うえだ たかほ、1953年〈昭和28年〉12月 … 上田 隆穂(うえだ たかほ、1953年〈昭和28年〉12月 - )は、日本の経営学者。専門はマーケティング論。学習院大学経済学部教授。学習院大学経済学部学部長、日本商業学会副会長、日本消費者行動研究学会会長等を歴任。 三重県四日市市出身。甲陽学院中学校・高等学校を経て、1978年東京大学経済学部卒業、東燃入社。1982年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。1985年一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。マーケティング論の田内幸一に師事 1985年一橋大学商学部助手。1986年学習院大学経済学部専任講師。1987年同助教授。カリフォルニア大学ロサンゼルス校客員研究員を経て、1992年(平成4年)学習院大学経済学部教授。
椎川 忍(しいかわ しのぶ、1953年11月 - )は、日本… 椎川 忍(しいかわ しのぶ、1953年11月 - )は、日本の自治・総務官僚。元総務省自治財政局長、日本ゲートボール連合会長。瑞宝中綬章受章。
岡田 克也(おかだかつや、1953年〈昭和28年〉7月14日… 岡田 克也(おかだかつや、1953年〈昭和28年〉7月14日 - )は、日本の政治家、通産官僚。 衆議院議員(12期)、外務大臣(第137代・第138代)、副総理・内閣府特命担当大臣(行政刷新)(野田改造内閣)、民主党代表(第4代・第11代)、同幹事長(第4代・第8代・第11代)、同代表代行、同政策調査会長(第4代)、民進党代表(初代)、同常任顧問、立憲民主党幹事長(第3代)、立憲民主党常任顧問、立憲民主党外交・安全保障総合調査会長を歴任した。 ジャスコ創業者の岡田卓也は父。イオン取締役兼代表執行役会長の岡田元也は実兄。東京新聞政治部部長や中日新聞社編集局長を務めた高田昌也は実弟。 三重県四日市市の岡田屋呉服店を前身とする四日市岡田家(本籍は四日市市中部地区の諏訪栄町商店街で結婚後は近鉄名古屋線の西側の四日市市堀木に自宅を購入した)の7代目当主でスーパー「岡田屋(後のイオン)」を経営していた岡田卓也の次男(2歳上の兄と4歳下の弟がいる)として生まれる。
山岸 潤史(やまぎし じゅんし、1953年6月6日 - ) … 山岸 潤史(やまぎし じゅんし、1953年6月6日 - ) は、三重県伊勢市生まれの米国ルイジアナ州ニューオーリンズを拠点に活動するギタリスト。パパ・グロウズ・ファンクとワイルド・マグノリアスでギターを担当していたことでも知られる。 山岸は1970年代初頭より、日本のブルース、ジャズ・シーンで活動。1972年に、永井"ホトケ"隆 (Vo)塩次伸二(G)小堀正(B)松本照夫(Dr.)といった面々とウエスト・ロード・ブルース・バンドを結成。当時活況を呈していた関西のブルース・シーンにおいて、彼らは草分け的存在として知られるようになった。 1975年、山岸はソウル・バンドのソー・バッド・レビューに加入。
西田 俊英(にしだ しゅんえい、1953年(昭和28年)4月… 西田 俊英(にしだ しゅんえい、1953年(昭和28年)4月20日 - )は、日本画家、日本美術院同人、理事、日本芸術院会員、武蔵野美術大学日本画学科教授、広島市立大学名誉教授。 三重県伊勢市出身。高校生で中部春陽会賞受賞、その後油彩画から日本画に転向。1977年武蔵野美術大学日本画卒業。在学中、院展に初入選し、奥村土牛、塩出英雄に師事。1988年に日本美術院同人となり、現在は日本美術院同人、理事、日本芸術院会員、広島市立大学名誉教授、武蔵野美術大学日本画科教授。 花鳥画、風景画、人物画等様々なジャンルの作品を描き、いずれも叙情性に富んだ繊細な作品を発表している。 1983年山種美術館賞展「華曼」で優秀賞受賞、1984年東京セントラル美術館日本画大賞展「聖牛」で大賞受賞、1990年両洋の眼・現代の絵画展「朝」で推奨受賞、1993年文化庁在外研修員として一年間インドで研究する。
丸岡 啓二(まるおか けいじ、1953年4月17日 - )は… 丸岡 啓二(まるおか けいじ、1953年4月17日 - )は、日本の有機化学者。キラル相間移動触媒やキラル有機分子触媒、キラルルイス酸などに関する研究で知られる。京都大学大学院理学研究科化学専攻教授を歴任。三重県松阪市出身。 この項目は、化学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:化学/Portal:化学)。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
岡村 秀人(おかむら ひでと、1953年〈昭和28年〉4月1… 岡村 秀人(おかむら ひでと、1953年〈昭和28年〉4月13日 - )は、日本の政治家。愛知県大府市長(3期)。 三重県津市出身。1978年(昭和53年)3月、京都大学法学部卒業。同年4月、愛知県庁に入庁。1997年(平成9年)4月、大府市役所に派遣され企画部企画調整監に就任。この時の上司だったのが、2016年まで大府市長を務めた久野孝保だった。久野は2003年(平成15年)に市役所を退職し、2004年(平成16年)4月の大府市長選挙で当選。岡村は6月3日に愛知県庁を退職し、あくる6月4日に大府市の助役に就任した。2007年(平成19年)4月1日、大府市副市長に就任。 2015年(平成27年)11月20日、久野は翌年に予定されている市長選に出馬せず、引退する意向を表明。
中 相作(なか しょうさく、1953年- )は、日本の江戸川… 中 相作(なか しょうさく、1953年- )は、日本の江戸川乱歩研究者。 三重県出身。三重県立上野高校卒業。名張市立図書館乱歩資料担当嘱託を務めた後、編集業。嘱託時代に江戸川乱歩の詳細な書誌書を刊行し、フリーとなっても活動を継続している。 2018年、初の商業出版本『乱歩謎解きクロニクル』を刊行し、本格ミステリ大賞評論部門を受賞した。 2019年、名張ユネスコ協会から、名張市内で文化や自然の継承に取り組む個人や団体を顕彰する「なばりのたからもの功労者」に認定された。
久野 誠(くの まこと、1952年12月19日 - ) は、… 久野 誠(くの まこと、1952年12月19日 - ) は、CBCテレビの元アナウンサー。血液型はA型。 三重県津市の出身で、三重県立津高等学校から早稲田大学教育学部へ進学。 大学卒業後の1975年に、アナウンサーとして中部日本放送に入社(同期に宇佐美百合子、相談役、CBCテレビ・CBCラジオ名誉会長の大石幼一、常勤監査役の伊藤道之)。入社当初はほぼ同時期に入社した多田しげおや小堀勝啓に次ぐバラエティ番組担当アナウンサーとしてラジオ『オー!サンデー』やテレビ『ぱろぱろエブリデイ』などの司会を担当していた。その一方で、スポーツアナウンサーとしても活動。1979年より地元プロ野球球団・中日ドラゴンズ戦中継の実況(初担当は1979年8月1日の対大洋戦のラジオ実況)や、ドラゴンズ情報番組の司会を担当している。
夏樹 陽子(なつき ようこ、 1952年10月24日 - )… 夏樹 陽子(なつき ようこ、 1952年10月24日 - )は、日本の女優・ファッションモデル。宝石ブランド「ルシオラ」のジュエリーデザイナーとしても活動する。有限会社アップル・ツリー所属で、アイティ企画と業務提携している。東映俳優センターを離れた後はホリプロ・ブッキング・エージェンシーに所属していた。 三重県伊勢市出身。愛知県立犬山高等学校・杉野女子短期大学卒業。 三重県で生まれる。母は小学校教師。会社員の父親の仕事の都合で小学校を三つ変わり、小学校6年生まで大阪にいて、6年生の3学期でまた三重県に引っ越して、中学校の3年生の2学期で愛知県犬山市へ引っ越す。愛知県立犬山高等学校を経て杉野女子短期大学被服科に入学。
水口 晴幸(みずぐち はるゆき、1952年10月19日 - … 水口 晴幸(みずぐち はるゆき、1952年10月19日 - )は、日本で活動する歌手・俳優である。ロックンロールバンド「クールス(COOLS)」の初期ボーカリスト。ニックネームPitpi(ピッピ)。 三重県熊野市二木島町出身。血液型はB型。熊野工業高等専門学校を3年で中退。セールスマン、服装関係などの仕事を転々としたのち、1974年12月、舘ひろしらとともに東京・原宿においてバイクチーム「クールス(COOLS)」を結成。その後、キャロルの親衛隊を経て、チームのメンバーのうち8名でロックンロールバンドとしてデビュー。1979年12月脱退。以後ソロで活動。勝新太郎に見出され、俳優としても活動。代表曲「追憶」「笑わせるぜ」。
齋木 昭隆(斎木昭隆、さいき あきたか、1952年10月10… 齋木 昭隆(斎木昭隆、さいき あきたか、1952年10月10日 - )は、日本の外交官。外務省アジア大洋州局長、インド駐箚特命全権大使(兼ブータン駐箚)、外務審議官(政務担当)を経て外務事務次官を務めた。退官後中東調査会理事長、三菱商事取締役、伊藤園顧問、プリンスホテル顧問。 父は元駐アルゼンチン大使の齋木千九郎(さいき せんくろう、1920年7月15日 - 1999年9月13日)、妻は外務省研修所長の斎木尚子である。 駒場東邦高校、東京大学教養学部卒業後、1976年に外務省入省。2006年に駐米公使、2008年にアジア大洋州局長、2011年からインド駐箚特命全権大使(兼ブータン駐箚)を務めた。
伊藤 泰憲(いとう やすのり、1952年9月25日 - )は… 伊藤 泰憲(いとう やすのり、1952年9月25日 - )は、三重県久居市(現:津市)出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。右投右打。
根来 龍之(ねごろ たつゆき、1952年9月19日 - )は… 根来 龍之(ねごろ たつゆき、1952年9月19日 - )は、日本の経営情報学者。鉄鋼メーカー、産業能率大学、文教大学、早稲田大学などを経て、2023年から、名古屋商科大学ビジネススクール教授 (2023-) 兼 大学院大学至善館特命教授(2023-)。デジタル経営研究センター所長。三重県生まれ。 専攻は、ビジネスモデル論、ネットビジネス論、プラットフォームビジネス論、システム方法論。埼玉県立浦和高等学校卒業。京都大学文学部哲学科(社会学専攻)卒業(1977)後、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(1983) (MBA)。 大学教員になる前に、大同特殊鋼株式会社にて、知多工場鋼材作業課(工程管理担当)、本社生産管理部、本社社長室、磁材事業部企画に勤務した。
尾崎 隆(おざき たかし、1952年9月9日 - 2011年… 尾崎 隆(おざき たかし、1952年9月9日 - 2011年5月12日)は日本の登山家。三重県亀山市生まれ。 1952年、三重県鈴鹿郡亀山町(現在の亀山市)にて3人兄弟の次男として生まれる。三重県立四日市中央工業高等学校入学後、山岳部に入部。卒業後は一般企業に就職。1972年にフランスで植村直己と10日間ほど自転車旅行を行った。同年、ドリュボナッティ稜やグランドジョラス登頂を果たす。1974年10月「第2次RCC中部支部」に加入。 1980年世界初のエベレスト北壁からの登攀(とうはん)に成功。以後、数々の前人未到の記録を残し、8000メートル峰のスターと呼ばれた。世界の8,000m峰14座のうち7座の登頂に成功した。
樋口 英明(ひぐち ひであき、1952年8月11日 - )は… 樋口 英明(ひぐち ひであき、1952年8月11日 - )は、日本の裁判官である。福井地方裁判所部総括判事や、名古屋家庭裁判所部総括判事等を務めた。 三重県鈴鹿市出身。京都大学法学部卒業後、司法修習第35期修了。1983年4月12日、福岡地方裁判所判事補に任官。1985年4月より静岡・宮崎・和歌山・大阪・熊本・名古屋などの地方裁判所・家庭裁判所・簡易裁判所の判事補・判事を歴任。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
沖森 卓也(おきもり たくや、1952年〈昭和27年〉7月2… 沖森 卓也(おきもり たくや、1952年〈昭和27年〉7月20日 - )は、日本の日本語学者、立教大学名誉教授。二松學舍大学教授。専攻は日本語学。 三重県伊賀市生まれ。伊賀で古書店を経営していた郷土史研究家・沖森直三郎の孫。 1971年・三重県立上野高等学校卒業。1975年・東京大学文学部国語国文学専修課程卒業。1977年・東京大学大学院人文科学研究科国語国文学専門課程修士課程修了。同助手。1979年・白百合女子大学専任講師、1983年・助教授、1985年・立教大学助教授、1990年・教授。2018年・定年退任、名誉教授となる。 現在、二松學舍大学教授。2023年、文化庁長官表彰。 1999年「日本古代の表記と文体」で東京大学より博士(文学)の学位を取得。
宮本 四郎(みやもと しろう、1952年5月28日 - 20… 宮本 四郎(みやもと しろう、1952年5月28日 - 2006年6月19日)は、1970年代半ばから1980年代半ばにかけて活躍したプロ野球選手。ポジションは投手。左投げ左打ち。
鳥羽 一郎(とば いちろう、1952年〈昭和27年〉4月25… 鳥羽 一郎(とば いちろう、1952年〈昭和27年〉4月25日 - )は、日本の演歌歌手。鳥羽音楽事務所所属。作曲家・船村徹門下出身。門下生で作る「船村徹同門会」では会長を務める。弟は同じく演歌歌手の山川豊。 三重県鳥羽市石鏡町出身。父は漁師、母は海女という漁業一家に生まれた。山川のほかにも妹が2人(長妹は山川の姉)いる。鳥羽は5年間、遠洋漁船の船員としてパナマやインド洋でのマグロやカツオの捕獲に従事。海が荒れれば命さえ落としかねない環境での慰めは「別れの一本杉」「なみだ船」といった船村徹の作品だった。 一度は板前を志し、調理師免許も取得していた。しかし、もともと抱いていた歌手への想いを断ち切れず27歳で上京。
日高 恒太朗(ひだか こうたろう、1952年3月 - 201… 日高 恒太朗(ひだか こうたろう、1952年3月 - 2014年11月3日)は、日本のノンフィクション作家。本名・盛久。 タンカーなど外国航路船舶の一等航海士を経て、1977年日本テレビの放送作家になる。その後、事件ライターに。 出撃しながらエンジン不調などで生還した元特攻隊員23人を訪ね歩き、それぞれの心の深奥に迫ったノンフィクション『不時着』で、2005年第58回日本推理作家協会賞(評論その他の部門)を受賞。 2度の結婚と離婚を経験、後妻との間の子供は彼女自身が引き取っている。 鹿児島県種子島生まれ。中学卒業前に、高校受験のために大阪の叔父の家に下宿する。 三重県にある国立鳥羽商船高等専門学校を卒業し、外航船の乗組員となる。