前田 博(まえだ ひろし、1954年5月10日 - )は、日… 前田 博(まえだ ひろし、1954年5月10日 - )は、日本の弁護士。森・濱田松本法律事務所 シニア・カウンセル。内閣府「民間資金等活用事業推進委員会」(PFI推進委員会)委員、文部科学省中央教育審議会(スポーツ・青少年分科会)専門委員、上智大学法科大学院非常勤講師。 金融法務の中のプロジェクト・ファイナンスやPFIにおいて高名。その実績により、長年にわたりPFI推進委員会委員その他の様々な政府関係の委員を務めるなどしており、また、2009年以後、海外インフラPPP事業にも注力している。
杉本 るみ(すぎもと るみ、1954年〈昭和29年〉3月10… 杉本 るみ(すぎもと るみ、1954年〈昭和29年〉3月10日 - )は、日本の女性ナレーター、声優。本名、杉本 留美子(すぎもと るみこ)。滋賀県大津市出身。ヤマダックス所属。 「やりたいことを見つけたくて」アナウンス専門学校に入学。専門学校卒業後、ラジオ番組でデビュー。KBS京都(旧近畿放送)ラジオ番組アシスタント、名古屋地区のテレビ・ラジオ番組で活躍後FM局ネットワークJFNの繋がりで活動拠点を東京に移しFM局パーソナリティーで活躍する。1990年にナレーション専門で行くための思いからシグマ・セブンに所属。1999年、ベルベットオフィス所属。2009年、ヤマダックス所属。 来宮良子の死後、生前担当していた番組のナレーション業の多くを引き継いでいる。
福原 紀彦(ふくはら ただひこ、1954年2月22日 - )… 福原 紀彦(ふくはら ただひこ、1954年2月22日 - )は、日本の商法学者、弁護士、日本私立学校振興・共済事業団理事長。中央大学総長・学長、大学スポーツ協会会長、日本資金決済業協会会長、共栄火災海上保険取締役、アイネス取締役、宇部興産取締役、CTW取締役、投資信託協会理事等を歴任。滋賀県出身。 滋賀県立彦根東高等学校、中央大学法学部卒業。同大学大学院法学研究科民事法専攻博士前期課程修了後、同博士後期課程を単位取得満期退学(指導教授は戸田修三)。 杏林大学社会科学部助手、同学部助教授、中央大学法学部助教授、1995年同学部教授。2004年中央大学大学院法務研究科(法科大学院)。 2007年11月から2期4年間、中央大学大学院法務研究科長(法科大学院長)を務め、2008年5月から学校法人中央大学理事。
中江 滋樹 (なかえ しげき、1954年(昭和29年)1月3… 中江 滋樹 (なかえ しげき、1954年(昭和29年)1月31日 - 2020年(令和2年)2月20日)は、日本の元証券ジャーナリスト、相場師、実業家、詐欺師。元投資ジャーナル会長。滋賀県近江八幡市出身。 父親が証券会社の社員だった関係で小学生の頃から株を始め、中学生の頃にはすでに株の値動きを示す「チャート」を描いていた。滋賀県立彦根東高等学校時代から名古屋の投資顧問会社「三愛経済研究所」(犬塚芳嗣所長)の会員となり、投資を学ぶ。当時すでに信用取引をやっており、1000万円以上を稼ぎ出した。同級生の証言によると、株式市場の動向を聞くために短波放送のラジオを学校に持ちこみ、授業中もこっそりラジオを聞いて、株価をチェックし、当時は、インターネットや携帯電話のない時代で、休み時間には公衆電話に急いで走って行き、電話で株の売買注文を出していた。
山出 実(やまで みのる、1954年〈昭和29年〉1月6日 … 山出 実(やまで みのる、1954年〈昭和29年〉1月6日 - )は、滋賀県出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード(FW)。 中学校時代はバレーボール、高校からはサッカーを始めた。 大阪経済大学卒業後、東洋工業(現、マツダ)に入社、東洋工業サッカー部(のちのマツダSC、現サンフレッチェ広島)に所属し、1978年には古田篤良、渡辺由一、安原真一らと天皇杯準優勝に貢献。 1983年は中国サッカーリーグのマツダオート広島サッカー部に所属し、リーグ得点王となる。1984年は、JSL2部に落ちていたマツダSCで再びプレーした。現役引退後もマツダに社員として勤務。マツダ親和会サッカー部コーチ、国体広島女子U-15コーチなどを勤めた。
辻 誠一郎(つじ せいいちろう、1952年(昭和27年)8月… 辻 誠一郎(つじ せいいちろう、1952年(昭和27年)8月4日 - )は、日本の歴史学者、生物学者、地球科学者。専門は環境史、歴史景観生態学。東京大学大学院新領域創成科学研究科教授を経て 東京大学名誉教授。理学博士。 日本における環境史研究の第一人者。花粉や火山灰の分析を基にした、最終間氷期以降の植生変遷史研究で知られる。 「本当の意味の総合研究を指導、実践してきた」と評されるように、これまで所属してきた研究機関でそれぞれ教育分野の中心領域が異なっている(日本大学では地球科学、大阪市立大学では植物学、国立歴史民俗博物館では文化史、東京大学では環境考古学を講じている)。 大学進学時には哲学を志望していたものの、高校3年の秋に十二指腸潰瘍による腹膜炎を発症し緊急手術を受けたことをきっかけに、志望先を地球科学に転換。
北村 想(きたむら そう、1952年7月5日 - )は、日本… 北村 想(きたむら そう、1952年7月5日 - )は、日本の劇作家・演出家。本名:北村 清司(きたむら きよし)。 滋賀県大津市出身。滋賀県立石山高等学校卒業。 高校卒業後、友人を頼って名古屋に住み始め、モグリの学生をやっていた中京大学の演劇部にて演劇活動を始める。 1979年、劇団「TPO師★団」を旗揚げ。その後、1982年に「彗星 '86」、1986年に「プロジェクト・ナビ」と名前を変えながら劇団として活動を続けてきたが、2003年に解散。現在では「avecビーズ」というユニットにおいて年に1作のペースで新作を上演するほか、外部への作品提供も多い。 1980年代初頭から、終末的かつ幻想的なその作風が注目され、現在までに様々な作品を発表している。
地村 彰之(じむら あきゆき、1952年7月2日 - 202… 地村 彰之(じむら あきゆき、1952年7月2日 - 2023年11月2日)は、中世英文学者、広島大学名誉教授、元岡山理科大学教授。 滋賀県生まれ。滋賀県立高島高等学校卒、1976年広島大学教育学部中学校教員養成課程外国語科卒、1979年同大学院文学研究科博士課程後期中退、2002年「チョーサーの作品における語りの文体論」で文学博士。 1979年大谷女子大学文学部講師、1984年助教授、1986年三重大学人文学部助教授、1992年広島大学学校教育学部助教授、1998年同文学部助教授、2004年文学研究科教授。2016年定年退任、名誉教授、岡山理科大学教育学部教授となる。2021年岡山理科大学を定年退職。
押谷 由夫(おしたに よしお、1952年3月 - )は、日本… 押谷 由夫(おしたに よしお、1952年3月 - )は、日本の教育学者。専門は、道徳教育・教育社会学・教育学。総合単元的な道徳学習を提唱。武庫川女子大学教授。元昭和女子大学教授。 1952年滋賀県長浜市生まれ。1964年長浜市立北郷里小学校卒業。1967年長浜市立東中学校卒業。1970年滋賀県立虎姫高等学校卒業。1974年滋賀大学教育学部卒業。1977年広島大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。1998年「「道徳の時間」特設の過程に関する研究 社会的・理論的背景を中心として」で広島大学より博士(教育学)の学位を取得。広島大学助手、高松短期大学講師、高知女子大学助教授、1988年文部省初等中等教育局小学校課教科調査官(道徳担当)。
堀 茂樹(ほり しげき、1952年1月29日 - )は、日本… 堀 茂樹(ほり しげき、1952年1月29日 - )は、日本の進歩的文化人、フランス文学・哲学研究者、翻訳家。「オイコスの会」共同代表。慶應義塾大学名誉教授。専門は20世紀フランス思想を中心とする西洋思想史。アゴタ・クリストフ『悪童日記』など現代フランス文学の翻訳でも知られる。 滋賀県大津市生まれ。1974年、早稲田大学教育学部社会学専修卒業。1977年、慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。フランス政府給費留学生として渡仏し、1979年ソルボンヌ・ヌーヴェル大学高等研究課程(19世紀フランス文学〈オノレ・ド・バルザック〉)、及び1982年ソルボンヌ大学高等研究課程(20世紀フランス哲学〈ジュリアン・バンダ〉)修了。
福井 正明(ふくい まさあき、1952年〈昭和27年〉1月1… 福井 正明(ふくい まさあき、1952年〈昭和27年〉1月16日 - )は、日本の政治家。元滋賀県高島市長(3期)。 滋賀県安曇川町(現・高島市)出身。安曇川町立安曇小学校、安曇川町立安曇川中学校、滋賀県立高島高等学校、立命館大学法学部卒業。1970年(昭和45年)、安曇川町役場に入庁。1972年(昭和47年)、滋賀県庁に入庁。 2003年(平成15年)4月、市町村合併推進支援室長に就任。2005年(平成17年)1月1日、出身地の安曇川町はマキノ町、今津町、新旭町、高島町、朽木村と合併し廃止。高島市が誕生する。 2012年(平成24年)3月、滋賀県庁を退職。同年4月、滋賀県病院事業庁長に就任。10月、同職を辞職。
西澤 茂(にしざわ しげる、1952年 - )は、日本の医師… 西澤 茂(にしざわ しげる、1952年 - )は、日本の医師。専門は脳神経外科。医学博士。産業医科大学教授。前産業医科大学病院副院長。
薄井道正(うすい みちまさ、1952年- )は、日本の教育学… 薄井道正(うすい みちまさ、1952年- )は、日本の教育学者、立命館大学教授。専門は国語科教育。 滋賀県長浜市生まれ。1975年大阪市立大学文学部卒、滋賀県立米原高等学校教諭、1987年滋賀県立長浜商工高等学校(滋賀県立長浜北星高等学校)教諭、2004年滋賀県立長浜北高等学校教諭、2008年立命館守山中学校・高等学校教諭、2012年立命館大学教育開発推進機構教授。1986年大西忠治とともに「科学的『読み』の授業研究会」結成の呼びかけ人となる。1990年『大西忠治「教育技術」著作集』(明治図書)全17巻を編集する。科学的「読み」の研究会運営委員。
田代 俊孝(たしろ しゅんこう、1952年 - )は、日本の… 田代 俊孝(たしろ しゅんこう、1952年 - )は、日本の仏教学者、生命倫理学者。仁愛大学学長、同朋大学名誉教授。三重県の行順寺住職。専門は真宗学、デス・エデュケーション(いのちの教育)、ビハーラ(仏教ホスピス)、死生学、生命倫理学など。 真宗学が専門で親鸞の思想を研究しているが、1980年代後半から、デス・エデュケーション(いのちの教育)やビハーラ(仏教ホスピス)、死生学を提唱し、その分野の理論的リーダーであり、第一人者。国内はもとより、アメリカやブラジルの大学で仏教の死生観や東洋の生命観について講義している。新聞・テレビ・ラジオなどマスコミにもよく登場している。また、名古屋大学医学部の生命倫理審査委員、非常勤講師、バイオやゲノムの専門審査委員などを永年務めていた。
間柴 茂有(ましば しげくに、1951年11月15日 - )… 間柴 茂有(ましば しげくに、1951年11月15日 - )は滋賀県大津市出身の元プロ野球選手(投手)・コーチ。旧名は富裕。愛称は「ケロヨン」。
八幡 和郎(やわた かずお、1951年9月 - )は、日本の… 八幡 和郎(やわた かずお、1951年9月 - )は、日本の通産官僚、評論家、文筆家、歴史作家。徳島文理大学教授。 滋賀県大津市出身。1975年、東京大学法学部卒業後、通商産業省入省。入省同期に、太田房江、石田徹、三本松進、藤田昌央など。 入省後は官費留学生として、フランス国立行政学院に1980年から2年間留学する。在職中から論壇で盛んに執筆し、「朝まで生テレビ」に出演するなど、通産省の論客として知られる存在だった。 国土庁長官官房参事官、通産省大臣官房情報管理課長を経て、アジア経済研究所総務部次長を最後に1997年に退官。1998年の滋賀県知事選挙への出馬が取り沙汰されたが実現しなかった。 松下政経塾特別研究員を経て、2004年、徳島文理大学教授に就任。
原田 多加司(はらだ たかし、1951年6月3日 - )は、… 原田 多加司(はらだ たかし、1951年6月3日 - )は、日本の檜皮葺師(ひわだぶきし)、杮葺師(こけらぶきし)。 公益社団法人 全国社寺等屋根工事技術保存会(国連教育科学文化機関「ユネスコ」の無形文化遺産登録団体)の理事、常務理事、副会長などを歴任。伝統建築工匠の技と、木造建造物を受け継ぐための伝統技術の継承を指導しており、著作・講演等も多い。日本建築学会、日本民俗建築学会、建築修復学会会員。 滋賀県近江八幡市で檜皮葺師・杮葺師の9代目・原田年浩(はらだ としひろ)の長男として生まれる。大学卒業後、銀行員を経て、1982年(昭和57年)に「10代目・原田 真光(はらだ しんこう)」を襲名。国宝・重要文化財・宮内庁関係等の指定建造物の保存修理を多数手掛ける。
井狩 吉雄(いかり よしお、1951年5月14日 - )は元… 井狩 吉雄(いかり よしお、1951年5月14日 - )は元競輪選手。滋賀県近江八幡市出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第35期卒業。現役時代は日本競輪選手会滋賀支部所属。師匠は田中広光(21期・引退)。ホームバンクは大津びわこ競輪場。 中学生時代はハンドボール選手として滋賀県民体育大会で優勝、また駅伝ランナーとして、滋賀中学駅伝で2位を経験している。滋賀県立八日市高等学校に進学してから自転車競技を始め、中京大学自転車競技部時代は主将を務めた。同大学時代の主な実績として、カナダ・ブリティシュ・コロンビア3日間ロードレース日本人選手総合第1位、全国地域対抗自転車競技選手権大会・ポイントレース優勝などがある。
幸田 真音(こうだ まいん、1951年4月25日 - )は、… 幸田 真音(こうだ まいん、1951年4月25日 - )は、日本の経済小説家。NHK経営委員、日本たばこ産業取締役、LIXILグループ取締役、日本取引所グループ取締役、三菱自動車工業取締役、国土交通省交通政策審議会委員、政府税制調査会委員等を歴任。 滋賀県生まれ。滋賀県立八日市高等学校、京都女子大学卒業。米国系銀行や証券会社で債券ディーラーや大手金融法人を担当する外国債券セールスなどを経て、1995年、小説『ザ・ヘッジ 回避』で作家に転身。国際金融の世界を題材に、作品を発表している。2000年秋に発表した『日本国債』(上・下巻)はベストセラーとなった。2014年、『天佑なり 高橋是清・百年前の日本国債』で第33回新田次郎文学賞受賞。
田中 いっこう(たなか いっこう、本名:田中 一幸、1951… 田中 いっこう(たなか いっこう、本名:田中 一幸、1951年4月20日 - )は、日本の洋画家。女子美術大学教授。国画会会員。 滋賀県栗田郡瀬田町南大萱(現・大津市大萱)生まれ。滋賀県立大津高等学校、東京芸術大学美術学部絵画科卒。東京芸術大学大学院美術研究科油画専攻修士課程修了。東京芸術大学美術学部助手を経てベルリン芸術大学へ留学。1985年ベルリン芸術大学マイスターシューラー修了。1996年から女子美術大学芸術学部絵画専攻教授。
小椋 正清(おぐら まさきよ、1951年〈昭和26年〉4月1… 小椋 正清(おぐら まさきよ、1951年〈昭和26年〉4月12日 - )は、日本の政治家、警察官。滋賀県東近江市長(4期)。 滋賀県神崎郡永源寺町蛭谷(現・東近江市蛭谷町)出身。永源寺町立政所小学校、八日市市立八日市北小学校(現・東近江市立八日市北小学校)、八日市市立聖徳中学校(現・東近江市立聖徳中学校)を経て、滋賀県立彦根東高等学校に進学。同志社大学法学部卒業。1976年(昭和51年)、滋賀県警察に採用される。長浜警察署長や滋賀県防災危機管理監、滋賀県理事員などの任にあたる。 2013年(平成25年)2月17日に行われた東近江市長選挙に自民党・日本維新の会・公明党・みんなの党の推薦を受け立候補し、現職の西澤久夫を破り初当選した。
藤本 恵子(ふじもと けいこ、1951年3月26日 - )は… 藤本 恵子(ふじもと けいこ、1951年3月26日 - )は、日本の小説家。本姓・山田。 滋賀県大津市生まれ。滋賀県立大津高等学校卒業後、会社勤めをしながら小説家を志し、数年後に上京。 1977年『ウェイトレス』で作家賞。 1986年『比叡を仰ぐ』で文学界新人賞受賞、芥川賞候補。 1991年『南港』で芥川賞候補。 2001年『築地にひびく銅鑼・小説丸山定夫』で開高健賞受賞。
坂口 志文(さかぐち しもん、1951年1月19日 - )は… 坂口 志文(さかぐち しもん、1951年1月19日 - )は、日本の免疫学者、医師。大阪大学栄誉教授・免疫学フロンティア研究センター特任教授、京都大学名誉教授。ベンチャー企業レグセルの創業者。 過剰な免疫反応を抑える制御性T細胞の発見と免疫疾患における意義を解明したことで知られ、2025年に「末梢性免疫寛容に関する発見」により、メアリー・E・ブランコウ、フレッド・ラムズデルとともにノーベル生理学・医学賞を受賞した。滋賀県出身者、また大阪大学在籍中の者では初のノーベル賞受賞となる。 滋賀県長浜市曽根町(旧・東浅井郡びわ町曽根)出身。 志文の名は、京都帝国大学文学部哲学科出身で西洋哲学に造詣の深かった父が聖書から引用して命名した。
尾崎 清明(おざき きよあき、1951年(昭和26年)- )… 尾崎 清明(おざき きよあき、1951年(昭和26年)- )は、日本の鳥類学者、日本鳥学会会長、山階鳥類研究所 副所長。ヤンバルクイナ保全、トキの野生復帰事業における中心的研究員の一人である。 滋賀県出身。私立近江兄弟社高等学校を経て、東邦大学理学部生物科卒業。2011年より、公益財団法人山階鳥類研究所 副所長を務めている。主に渡り鳥の生態研究(鳥類標識調査)やヤンバルクイナの発見、ツル類の渡り研究に従事し、日中トキ保護事業に協力している。東南アジア諸国で鳥類標識調査研修会を開催や指導も行っている。
来住 英俊(きし ひでとし、1951年 - )は、日本のカト… 来住 英俊(きし ひでとし、1951年 - )は、日本のカトリック教会の司祭。 滋賀県近江八幡市生まれ、神戸市育ち。灘高等学校から東京大学法学部に進む。司法試験に数次失敗、日立製作所に勤務。1979年、「パック旅行で訪れたイタリアの教会に魅せられ」、1981年、カトリック板橋教会で洗礼を受け、同年、カトリックの修道会である御受難修道会に入会。上智大学神学部で神学を学び、1989年に司祭に叙階される。 「祈りの学校」を主宰。
白木 三秀(しらき みつひで、1951年 - )は、日本の経… 白木 三秀(しらき みつひで、1951年 - )は、日本の経済学者。早稲田大学政治経済学術院教授。専門は労働経済学、社会政策及び人的資源管理。同大政治経済学部卒業後、同大大学院経済学研究科博士後期課程修了。経済学博士。国士舘大学政経学部教授などを経て2005年より現職。早稲田大学留学センター所長。滋賀県彦根市出身。 特に東アジアや中国に於ける人的資源管理の研究を進めている。担当する社会政策の授業では、内容が企業内の人事面、採用や待遇、昇進といった学生の興味を引きやすいものであり、引き合いに出す実際の事例も身近なものであるため、学生から一定の人気を得ている。労働に関する国際比較をテーマとするゼミを担当し、そのゼミも人気であるため、選考の際には例年、高倍率となっている。
山仲 善彰(やまなか よしあき、1950年(昭和25年)11… 山仲 善彰(やまなか よしあき、1950年(昭和25年)11月1日 - 2024年4月28日)は、日本の政治家。元滋賀県野洲市長(3期)。 滋賀県野洲市出身。同志社大学卒業。1977年(昭和52年)4月、滋賀県庁に入庁。知事公室長、琵琶湖環境部長、県理事などを歴任した。 2008年(平成20年)7月、滋賀県庁を退職。同年10月12日に行われた野洲市長選挙に、前市長の山崎甚右衛門の後継者指名と連合滋賀の推薦を受けて立候補。元市議の藤村洋二、元市議の荒川泰宏、元市職員の舩橋登志夫ら3候補を破り初当選を果たした(山仲:8,044票、藤村:6,449票、荒川:5,083票、舩橋:2,010票)。投票率は55.91%だった。
古川 益三(ふるかわ ますぞう、1950年10月21日 - … 古川 益三(ふるかわ ますぞう、1950年10月21日 - )は、滋賀県出身の日本の漫画家、実業家。株式会社まんだらけ取締役会長。 『ガロ』等で活躍した漫画家で、安部慎一、鈴木翁二と並び、「ガロ三羽烏」や「一二三トリオ」と称される漫画家の一人。ライフワークは精神世界求道で、宇宙と人間誕生の謎の解明による地球と宇宙の救済。「宇宙全史」ワーク、ミッション展開中。趣味はトライアスロン。同じく漫画家である松本零士と親交が深い。
岩田 純明(いわた すみあき、1950年8月31日 - )は… 岩田 純明(いわた すみあき、1950年8月31日 - )は、日本の実業家、アイネットグループ代表取締役社長。1970年代に、すみあきくん名義でシンガーソングライターとして芸能活動を行ったことでも知られる。 滋賀県彦根市に生まれる。実家は自転車店で、兄とのふたり兄弟であった。高校時代は、強豪のヨット部の選手となり、琵琶湖で練習していた。 大阪府の大学に進学したが、音楽活動に力を入れ2年で中退して上京し、『スター誕生!』で合格、すみあきくん名義でデビューする。デビュー曲は、自作曲「満員電車」であった。以降、シングル数枚を出し、テレビアニメ『ダメおやじ』の主題歌「ダメおやじの唄」を作詞、作曲した。 芸能界を離れた後、しばらくして滋賀県に戻り、32歳だった1984年に店舗内装や看板を扱うディスプレイ業を起して独立し、後に2006年以降に飲食店のフランチャイズ店に進出し、やがて事業の重点を飲食業に移した。
的場 敏博(まとば としひろ、1950年6月2日 - 200… 的場 敏博(まとば としひろ、1950年6月2日 - 2009年7月21日)は、日本の政治学者。専門は、政治学、政治過程論、政党システム論。滋賀県生まれ。福島徳寿郎に師事。
水澤 心吾(みさわ しんご、1950年2月17日 - )は、… 水澤 心吾(みさわ しんご、1950年2月17日 - )は、日本の俳優、心理トレーナー。旧芸名、三沢 慎吾(読み同じ)。本名、永谷 吉美。 滋賀県高島市出身。高島高等学校卒業。 19歳の時に歌手を目指して上京の後、役者に転向。1974年に「劇団俳少」に入団し舞台に立つ。1977年、舞台『天守物語』で坂東玉三郎の相手役に抜擢され本格的に俳優としての道を歩む。1978年にはNHK連続テレビ小説『わたしは海』に出演、ヒロインの恋人役を演じる。以降はNHK大河ドラマなどテレビドラマや映画、舞台に出演。 1990年に三沢 慎吾から水澤 心吾へと改名。 36歳で離婚。40歳の時に自身が出演したテレビドラマを見て自らの演技に疑問を抱き、俳優活動を休業。
松本 修(まつもと おさむ、1949年11月5日 - )は、… 松本 修(まつもと おさむ、1949年11月5日 - )は、日本のテレビプロデューサー。 ABC朝日放送(朝日放送テレビ)でプロデューサー、コンテンツディビジョン製作局局長などを歴任した。 滋賀県高島郡海津村(現在の高島市マキノ町海津)出身。1972年、京都大学法学部卒業後、朝日放送に入社。『霊感ヤマカン第六感』、『ラブアタック!』をはじめ数々の番組の企画、ディレクターを担当した。1988年には『探偵!ナイトスクープ』をプロデューサーとして立ち上げた。 1970年代後半、『ラブアタック!』で「どんくさい」という近畿方言の単語を全国に広めた。 当時の副社長だった藤井桑正は、『ラブアタック!』のディレクターだった松本の制作能力を高く評価し、朝日放送の局部長会議で彼をプロデューサーとしたテレビ番組の制作が必要だと発言した。
小西 哲(こにし あきら、1949年9月13日 - 2001… 小西 哲(こにし あきら、1949年9月13日 - 2001年7月23日)は、日本の警察官僚、政治家、元衆議院議員。自由民主党員、派閥は橋本派所属。弟は元衆議院議員で近江八幡市長の小西理。 1949年9月13日、滋賀県近江八幡市で小西和彦、政子の長男として生まれた。野中広務の追悼演説によれば、少年期に両親の「慈愛に満ちた薫陶」や滋賀県の「自然の恵み」と「深い郷土愛」にはぐくまれたという。蒲生中学校(船岡中学校の前身)、彦根東高等学校、東京大学法学部を卒業。 1972年に警察庁に入庁し、広島県警交通指導課長に就任。1978年に厚生労働省公衆衛生局精神衛生課課長補佐、1982年に運輸省自動車局貨物課補佐官に就任。
神谷 敏(かみや さとし、1949年8月20日 - )は、日… 神谷 敏(かみや さとし、1949年8月20日 - )は、日本のトロンボーン奏者。 1949年、滋賀県大津市に生まれる。滋賀県立膳所高等学校卒業後、桐朋学園大学のオーケストラ研究生として学び、福田日出彦に師事。1971年より東京交響楽団の2番奏者、1974年より新日本フィルハーモニー交響楽団の首席奏者をつとめるが、1976年に渡独。 デトモルト音楽院に入学し、ヴィリ・ヴァルター教授と、当時ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団首席トロンボーン奏者であったカール・ハインツ・ドゥーゼ・ウテッシュに師事する。1978年より、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の契約団員を3年間務める。当時ヘルベルト・フォン・カラヤンの指揮下にあったベルリンフィルにおいて、団員として加わった日本人奏者は数名いたが、管楽器奏者として籍をおいていたのは神谷敏のみである。
岩崎 貞二(いわさき ていじ、1949年8月12日 - )は… 岩崎 貞二(いわさき ていじ、1949年8月12日 - )は、日本の国土交通官僚。海上保安庁長官を務めた。滋賀県大津市出身。 1974年に東京大学法学部を卒業し、同年に運輸省に入省。2001年に大臣官房審議官、2002年に航空局長、2006年に自動車交通局長を歴任し、2007年6月から2009年7月までに海上保安庁長官を務めた。2018年6月から全国レンタカー協会会長を務めている。
泉 峰一(いずみ みねかず、1949年〈昭和24年〉8月9日… 泉 峰一(いずみ みねかず、1949年〈昭和24年〉8月9日 - )は、日本の政治家、元滋賀県米原市長(1期)。旭日双光章受章。 滋賀県出身。滋賀県立彦根東高等学校を経て、京都大学農学部卒。1972年滋賀県庁に入る。農村整備、耕地の各課長、東京事務所長を経て、2008年退職。2009年の米原市長選挙に立候補し、現職の平尾道雄を破り当選。2013年の米原市長選挙で平尾に敗れた。2019年秋の叙勲で旭日双光章を受章。
深尾 吉英(ふかお よしひで、1949年7月1日 - )は、… 深尾 吉英(ふかお よしひで、1949年7月1日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、元指導者。1972年ミュンヘンオリンピックバレーボール男子金メダリスト。 滋賀県彦根市出身。中学2年よりバレーボールを始める。滋賀県立彦根工業高等学校を経て、1968年にバレーボール実業団チームの東レ九鱗会に入団し、センタープレーヤーとして活躍した。東レ時代の晩年は、同コーチや監督も務めた。 一方国際大会では、1972年のミュンヘンオリンピック金メダル、世界選手権で1970年および1974年銅メダルを獲得した。
今村 博治(いまむら ひろじ、1949年4月27日 - )は… 今村 博治(いまむら ひろじ、1949年4月27日 - )は、日本の元サッカー選手。ポジションはFW。滋賀県甲賀郡水口町(現甲賀市)出身。 滋賀県立甲賀高等学校から日本サッカーリーグのヤンマーディーゼルに入団。ヤンマー時代は不動の右ウイングとして活躍し、エースストライカーの釜本邦茂へ数多くのアシストを供給、1975年にはアシスト王を獲得した。現役を通じてリーグ通算230試合出場(歴代6位)、60得点(歴代10位)、50アシスト(歴代7位)の記録を残した。 また、日本代表としては1975年1月5日のバイエルン・ミュンヘン戦(国際Cマッチ)で代表デビュー。翌1976年8月のムルデカ大会に出場するなど、国際Aマッチ4試合に出場した。
成宮 周(なるみや しゅう、1949年1月17日 - )は、… 成宮 周(なるみや しゅう、1949年1月17日 - )は、日本の医学者。京都大学名誉教授・京都大学大学院医学研究科特任教授・同メディカルイノベーションセンター長。専門は、薬理学・生化学。滋賀県愛知郡愛知川町出身。 生体の恒常性に関わる生理活性物質プロスタグランジンの働きを伝える8種の受容体を同定、プロスタグランジンを介する発熱反応、炎症、痛み感受性の亢進、受精、陣痛招来、心血管系の恒常性維持などの分子機構を明らかにした。また、低分子量Gタンパク質Rhoの解析プローブであるボツリヌスC3酵素を発見、Rhoの下流で働くROCK, mDiaなどの標的タンパク質を同定・解析し、刺激によって細胞内でアクチン細胞骨格がどのように形成され、接着、移動、分裂などの細胞運動を担っているかを解明、さらに、ROCK特異的阻害薬Y-27632を発見し、Rho-ROCK径路の平滑筋収縮、ガンの転移浸潤、神経軸索の退縮などの働きを明らかにした。
塚本 喜左衛門(6代)(つかもと きざえもん、1948年12… 塚本 喜左衛門(6代)(つかもと きざえもん、1948年12月16日 - )は、日本の実業家。きもの、宝石、毛皮、補正下着の製造卸、ウエディング衣裳のレンタル、不動産のリーシングを行うツカキグループのオーナーであり、塚喜商事株式会社の代表取締役社長を務める。 滋賀県の五個荘(現・東近江市)で、先代塚本喜左衛門 (5代)(幼名:四郎)の長男(幼名:喜一郎)として生まれ、1984年に喜左衛門(6代目)を襲名。 近江商人の語り部として、全国へ行脚
河本 英典(かわもと えいすけ、1948年7月3日 - 20… 河本 英典(かわもと えいすけ、1948年7月3日 - 2025年11月29日)は、日本の実業家、元政治家。元参議院議員(2期)。滋賀県を代表する綾羽株式会社代表取締役社長、滋賀経済同友会代表幹事、滋賀経済団体連合会会長、滋賀県防衛協会会長、滋賀県スポーツ協会会長、滋賀県販売士協会会長、大津商工会議所会頭などを務めた。 滋賀県高島市出身。慶應義塾大学商学部を卒業後、1972年綾羽に入社。1983年に社長に就任。父は元参議院議員、綾羽グループ創業社主の河本嘉久蔵。曾祖母の河本にわは、かつて長寿世界一だった人物で、確かな記録が残る人物としては江戸時代生まれ最後の生き残りであった。 1992年に行われた第16回参議院議員通常選挙において自由民主党から滋賀県選挙区に立候補し初当選。
ヒロ・ヤマガタ/HIRO YAMAGATA(1948年5月3… ヒロ・ヤマガタ/HIRO YAMAGATA(1948年5月30日 - )は、画家・美術家である。滋賀県米原市出身。アメリカ在住。本名山形 博導(やまがた ひろみち)。
笑福亭 仁扇(しょうふくてい にせん、1948年5月20日 … 笑福亭 仁扇(しょうふくてい にせん、1948年5月20日 - )は滋賀県出身の落語家、タレント。本名∶西河 重利。 滋賀県立能登川高等学校卒業後、1972年4月1日に笑福亭仁鶴に入門。所属事務所は吉本興業。上方落語協会会員。草野球チーム「モッチャリーズ」メンバー。デビュー当初からタレントとしても活躍。父は元市議会議員(後に県会議員)。 2017年7月より奇数月に一度、百年長屋(大阪環状線・玉造)にて「長屋寄席」を催している。
大島 正克(おおしま まさかつ、1948年〈昭和23年〉5月… 大島 正克(おおしま まさかつ、1948年〈昭和23年〉5月8日 - )は、日本の会計学者。専門は、国際会計、環境会計、中国・台湾企業会計、ESG情報開示、会計技法の国際移転など。特に東アジア地域の制度比較研究で知られる。 滋賀県草津市出身。1981年に亜細亜大学経営学部助手として着任。1993年に同学部教授となり、2018年から2021年までは亜細亜大学の第11代学長を務める。2019年より亜細亜大学名誉教授。 野球との関わりも深く、亜細亜大学硬式野球部部長や同校野球部も加盟する、東都大学野球連盟理事長を歴任している。 学長在任中に必修英語科目の再構築や長期留学制度の拡充を行い、海外協定校を100校以上に増やすなど、大学の国際化施策を主導した。
長戸 大幸(ながと だいこう、1948年〈昭和23年〉4月6… 長戸 大幸(ながと だいこう、1948年〈昭和23年〉4月6日 - )は、日本の音楽プロデューサー、ギタリスト、ドラマー、不動産投資家、企業経営者。滋賀県大津市出身。音楽制作会社『B ZONE』(旧・ビーイング)グループの創業者で現相談役、エフエム滋賀取締役。株式会社ドリーマップス代表取締役。兵庫県在住。既婚。 両親は公務員。3歳から地元の大津少年管弦楽団に入れられヴァイオリンを習わされる。中学時代はジャズに凝り、マイルス・デイヴィスやセロニアス・モンクなどを聞く。高校時代にビートルズを知り、滋賀県立膳所高等学校1年のとき、音楽サークルを立ち上げ、サッカー部の1年先輩とロックバンド「ザ・プラネッツ」を結成、ギターを担当した。
佐野 浅太郎(さの あさたろう、1948年3月30日 - )… 佐野 浅太郎(さの あさたろう、1948年3月30日 - )は、滋賀県栗太郡栗東町(現在の栗東市)出身で朝日山部屋所属の元大相撲力士、国際プロレス所属の元プロレスラー。大相撲時代の四股名は日吉山(ひよしやま)で、最高位は序二段62枚目。本名は佐野 実(さの みのる)。身長186cm、体重90kg。 瀬田工業高校卒業後、大相撲の朝日山部屋に入門して1965年5月場所に17歳で初土俵を踏む。入門同期に花田満(のちの貴ノ花利彰)がいる。同部屋には兄弟子に三重ノ山(柴田勝久)や二瀬海(サムソン・クツワダ)が在籍し、さらに当時中学2年の鶴田友美も入門しているが、初土俵を踏むことなく辞めている。翌1966年5月場所に四股名を佐野から日吉山に改名したが伸び悩み、勝ち越しは1場所のみにとどまり1967年1月場所限りで廃業する。
武 覚超(たけ かくちょう、1948年1月6日 - )は、天… 武 覚超(たけ かくちょう、1948年1月6日 - )は、天台宗の僧侶、仏教学者、叡山学院名誉教授。 滋賀県大津市出身。1970年大正大学文学部仏教学科卒、1975年大谷大学大学院佛教学博士課程満期退学。叡山学院助教授、教授、比叡山幼稚園園長、2008年天台宗総本山延暦寺執行。2007年『比叡山諸堂史の研究』で大正大学博士(仏教学)。延暦寺一山求法寺住職。日本会議代表委員。日中韓国際仏教交流協議会理事長。2016年~龍谷山水間寺貫主。2023年~叡山学院名誉教授。
安楽 好正(あんらく よしまさ、1948年1月1日 - )は… 安楽 好正(あんらく よしまさ、1948年1月1日 - )は、イベントクリエーター、プランナー、プロデューサー、広告制作業者で、大津市の政治家。デザイナーとして活動しながら、大津市で市民活動を行い、2007年には大津市議会議員となった。所属会派は対話の会・杣で、副代表を務める 。市民グループ「アクション21」の事務局長 。大津市三井寺在住。 1948年、大津市に生まれる 。父は労働組合幹部。平野小学校を卒業、打出中学校では野球部のエースで、主将として「民主的な野球部」を目指すが失敗。その後、定時制高校編入する。1966年に京都産業デザイン研究所を卒業、1968年に大阪編集工房に入社 。1971年に日本交通事業社(現ジェイアイシー)に入社、ディスカバー・ジャパンやジェイティービーの広告を手がける。
西山 豊(にしやま ゆたか、1948年 - )は、日本の数学… 西山 豊(にしやま ゆたか、1948年 - )は、日本の数学者、応用数学者。大阪経済大学名誉教授。ブーメランの研究と普及をライフワークのひとつにしている。滋賀県出身。 1967年 滋賀県立膳所高等学校を卒業、1971年 京都大学理学部数学科を卒業。1971年-1985年 日本アイ・ビー・エム にてシステムエンジニアとして勤務。1985年 大阪経済大学に情報処理概論の経営学部講師として転任、1995年同経営情報学部教授。2005年-2006年 ケンブリッジ大学客員研究員、ミレニアム数学プロジェクト(英語版)に参加する。2012年 大阪経済大学情報社会学部教授、2019年 大阪経済大学名誉教授。
岩根 順子(いわね じゅんこ、1948年 - )は、日本の実… 岩根 順子(いわね じゅんこ、1948年 - )は、日本の実業家、社会運動家。サンライズ出版代表取締役社長、三方よし研究所創立者・副理事長。ブルーレーク賞受賞。 滋賀県彦根市出身。1969年滋賀大学経済短期大学部(現滋賀大学経済学部夜間主コース)を卒業、父親が創業したサンライズに入社。1981年に父親の跡を継ぎ同社代表取締役社長となる。1982年サンライズ印刷を設立、代表取締役社長に就任。1990年からは滋賀県商工労働部主催のAKINDOフォーラム企画運営委員・会議委員を務める。1994年には「淡海文化を育てる会」を発足し、『淡海文庫』を創刊。1997年、滋賀県の文化・自然を全国に紹介した功績等により滋賀県知事からブルーレーク賞を授与される。