谷 健二(たに けんじ、1976年〈昭和51年〉 - )は、… 谷 健二(たに けんじ、1976年〈昭和51年〉 - )は、日本の映画監督、舞台の演出家、映画の本の編集者。京都府長岡京市出身。 大学でデザインを専攻後、映画の世界を夢見て上京。多数の自主映画に携る。その後、WEB制作会社、広告代理店に勤め、約9年間自動車会社のWebマーケティングを担当していたが、2014年(平成26年)に、映画「リュウセイ」の監督を機にフリーとなる。 日本映画監督協会会員。 2014年度と2016年度の、日本映画監督協会の新人賞の候補者であった。武蔵野映画祭の発起人でもある。 この項目は、映画関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。
村上 晃一(むらかみ こういち、1965年3月1日 - )は… 村上 晃一(むらかみ こういち、1965年3月1日 - )は、日本の編集者、ライター、コラムニスト、ラグビー解説者、ラグビージャーナリスト。京都府京都市生まれ。現役時代のラグビーポジションは、センター(CTB)、フルバック(FB)。 10歳からラグビーを始めた。 鴨沂高校卒業後、大阪体育大学に入学する。大阪体育大学時代、副将を務めた。 1986年度(1987年1月18日)、西日本学生代表となり、第41回東西学生対抗試合にフルバックで出場した。 大阪体育大学卒業後、1987年4月、ベースボール・マガジン社に入社して『ラグビーマガジン』編集部に勤務。1990年6月には同誌編集長に就任し、1997年2月まで編集長を務めた。
西田 宣善(にしだ のぶよし 1963年7月29日 - )は… 西田 宣善(にしだ のぶよし 1963年7月29日 - )は、日本の映画プロデューサー・監督、編集者、出版社経営者。 京都市生まれ。京都市立御室小学校、京都市立双ヶ丘中学校、京都府立嵯峨野高等学校を経て、1987年、明治大学文学部文学科(文芸学専攻)卒業。株式会社キネマ旬報社、株式会社ゼアリズなどを経て、独立。有限会社オムロ代表。父、西田智(にしだ さとる)は溝口健二組の俳優として「武蔵野夫人」「新・平家物語」などに出演している。母方の祖父は元長崎県知事の西岡竹次郎。伯父(母の兄)は元文部大臣、元参議院議長の西岡武夫。映画を志す前は、熱心な切手収集家であった。 日本映画製作者協会会員。日本映画プロフェッショナル大賞選考委員。
木俣 正剛(きまた せいごう、1955年(昭和30年)3月7… 木俣 正剛(きまた せいごう、1955年(昭和30年)3月7日 - )は、日本の編集者、ジャーナリスト。文藝春秋常務取締役を歴任後、岐阜女子大学教授、副学長・理事を経て、大阪キリスト教短期大学客員教授・OCC教育テック上席研究員を務める。 京都市生まれ。父は京都市会議長をつとめた木俣秋水。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。文藝春秋入社。『週刊文春』、月刊『文藝春秋』各編集長、第二出版局長などをへて常務取締役。2018年退社後、危機管理会社リスクヘッジ取締役。同年9月より岐阜女子大学教授、副学長・理事。専門はマスメディア論、日本語文章表現の基礎。現在は、大阪キリスト教短期大学のA保育やICT教育の実験授業のメディア宣伝担当。
小牧雅伸(こまき まさのぶ、1954年7月10日 - 202… 小牧雅伸(こまき まさのぶ、1954年7月10日 - 2022年1月24日)は、日本の編集者、ライター。 京都府福知山市出身。「スタジオ小牧」主宰。城西国際大学メディア学部メディア情報学科非常勤講師。 アニメ雑誌『アニメック』の元編集長で、誌上では(ま)のペンネームを用いた。以前はKを使用していたが、使用者が増えたために変更している。 1974年、東京電機大学入学のため上京。放送中の『宇宙戦艦ヤマト』を知り、ファンクラブ「ヤマトラボ」の設立に携わる。SF・アニメ・特撮のサークルや、江古田の喫茶店「まんが画廊」で人脈を拡げ、1977年に櫛野麻美、浜松克樹、氷川竜介、伊藤秀明らと『月刊OUT』創刊2号のヤマト特集を担当。
植木 宣隆(うえき のぶたか、1951年9月 - )は京都府… 植木 宣隆(うえき のぶたか、1951年9月 - )は京都府出身の編集者で、出版事業家である。株式会社サンマーク出版 取締役会長。 1951年京都生まれ。1976年京都大学文学部独文科卒業。 株式会社潮文社を経て78年、サンマーク出版の前身である株式会社教育研究社に入社。 戦後2番目(当時)の大ヒットとなった春山茂雄著『脳内革命』(1995年、410万部)をはじめとして、久徳重盛著『母原病』(1979年)や船井幸雄著『これから10年 生き方の発見』(1992年)などを企画編集した。リチャード・カールソン著『小さいことにくよくよするな!』(1998年、173万部)や稲盛和夫著『生き方』(2004年、150万部)、新谷弘実著『病気にならない生き方』(2005年、140万部)、近藤麻理恵著『人生がときめく片づけの魔法』(2011年、159万部)など、編集長として、また経営者として8冊の単行本ミリオンセラーに恵まれてきた。
滝本 誠(たきもと まこと、1949年1月19日 - )は、… 滝本 誠(たきもと まこと、1949年1月19日 - )は、日本の美術・映画評論家、編集者。デイヴィッド・リンチ研究の第一人者。京都府福知山市出身。 東京藝術大学美術学部芸術学科卒業。平凡出版(のちのマガジンハウス)に入社し、『クロワッサン』『ダカーポ』『鳩よ!』『自由時間』『ブルータス』などの編集者をつとめながら、評論を発表する。 SF誌『月刊バルーン』(1979年9月 - 12月号)に「都筑明」名義で、フィリップ・K・ディック『バルカンの鎚』の翻訳を連載したが、雑誌の休刊で未完となった。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
松山 猛(まつやま たけし、1946年8月13日 - )は日… 松山 猛(まつやま たけし、1946年8月13日 - )は日本の作詞家、ライター、編集者。京都府京都市生まれ。京都市立日吉ヶ丘高等学校卒。 ザ・フォーク・クルセダーズおよびサディスティック・ミカ・バンドの黒幕的存在であり、「イムジン河」の作詞者。後に、『BRUTUS』その他の雑誌の編集を務め、常に日本の音楽およびファッションをリードしてきた。 ザ・ドッグ・パウンドのDj2highは息子。 作詞を手がけたザ・フォーク・クルセダーズのデビュー曲『帰って来たヨッパライ』(1967年)が大ヒットする(同曲は元々アマチュア時代のザ・フォーク・クルセダーズの自主制作盤アルバム『ハレンチ』収録、後にプロデビュー・シングル曲になった)。
宇山 日出臣(うやま ひでお/ひでおみ、1944年4月9日 … 宇山 日出臣(うやま ひでお/ひでおみ、1944年4月9日 - 2006年8月3日)は、日本の文芸編集者。本名、宇山秀雄。戸川安宣とともに、ミステリ小説のジャンル「新本格」の仕掛け人として知られる。 京都市出身。同志社大学を卒業後、三井物産に入社するが、2年後の1969年、中井英夫『虚無への供物』を文庫化したいという思いから、講談社に途中入社する。すぐに星新一宅を訪れて、1971年『エヌ氏の遊園地』を講談社文庫から刊行。1974年3月、『虚無への供物』を講談社文庫のAXシリーズ(日本SF・ミステリのレーベル)の最初の本として刊行開始し、また同1974年に「海外SF・ミステリのレーベル」であるBXシリーズも刊行開始する。
松岡 正剛(まつおか せいごう、1944年〈昭和19年〉1月… 松岡 正剛(まつおか せいごう、1944年〈昭和19年〉1月25日 - 2024年〈令和6年〉8月12日)は、日本の実業家、編集者、著述家。株式会社松岡正剛事務所代表取締役、編集工学研究所所長、ISIS編集学校校長、連志連衆會理事、角川武蔵野ミュージアム初代館長。 京都府京都市出身。東京大学客員教授、帝塚山学院大学教授を歴任。 雑誌編集、書籍や映像の企画・構成など多方面で活躍。各界の研究者と交流し、情報文化の考察を深め、独自の日本文化論も展開する。著書に『知の編集術』『日本数寄』(2000年)、書評『千夜千冊』(2006年)など。 京都の呉服屋に生まれる。3歳の時、父親の仕事の都合で東京府日本橋区日本橋芳町に転居。
中村 とうよう(なかむら とうよう、本名:中村 東洋、193… 中村 とうよう(なかむら とうよう、本名:中村 東洋、1932年〈昭和7年〉7月17日 - 2011年〈平成23年〉7月21日)は、日本の音楽評論家、編集者。 株式会社ミュージック・マガジンの元・取締役会長、代表取締役。「中村とうよう事務所」代表。武蔵野美術大学客員研究員。 ジャズ、ロック、フォークなどのポピュラー・ミュージックから、ワールド・ミュージック、国内・海外のルーツ・ミュージックまで、幅広く守備範囲とする評論家であり、また、多数のレコード、CDの企画・紹介を行っていた。 2005年、趣味である、音楽関係を中心としたさまざまなジャンルの骨董収集コレクションの内容を本にまとめ、『中村とうようの収集百珍』として刊行した。
亀井 龍夫(かめい たつお、1930年8月6日 - 2010… 亀井 龍夫(かめい たつお、1930年8月6日 - 2010年10月23日)は京都市出身の編集者。 父亀井三郎(化学者、京都帝国大学教授)と叔父亀井奎介(内科医、岐阜医大教授)は共に高知県出身で第三高等学校 (旧制)OB。旧制京都府立第一中学校(現・京都府立洛北高等学校)のころから文学作品に魅せられ太宰治に私淑していた。第三高等学校 (旧制)を経て、1954年、東京大学文学部仏文科卒業。同年、古山高麗雄の後任として河出書房に入社。主に文芸出版を担当した。『知性』編集部での同僚に山口瞳がいる。 1957年に河出書房倒産に伴い退社し、フリーライターとなる。テレビ関連の仕事もこなした。 1957年11月、新潮社に入社し三高の先輩の野平健一と仕事をするようになる。
松居 直(まつい ただし、1926年10月5日 - 2022… 松居 直(まつい ただし、1926年10月5日 - 2022年11月2日)は、日本の編集者、出版事業家、児童文学者。 京都府京都市生まれ。生家は近江商人の家系で、6人姉兄弟で長姉は1914年生まれ。幼時より上村松園や竹内栖鳳などの作品に接して育つ。 洋画家の須田国太郎は叔父で、若いころ彼のアトリエに入り浸っていたこともある。また国太郎の息子で東海旅客鉄道元社長の須田寬とは親戚にあたる。 同志社大学法学部政治学科を卒業する直前、24歳のとき、自宅に下宿していた佐藤身紀子と恋仲になったことがきっかけで、身紀子の父佐藤喜一の経営する福音館書店の編集者となった。のち身紀子は妻となる。 このとき実験的に作った「福音館小辞典文庫」シリーズが成功を収めたため、翌1952年2月、佐藤と共に正式に福音館書店を発足させた。
木村 徳三(きむら とくぞう、1911年 - 2005年1月… 木村 徳三(きむら とくぞう、1911年 - 2005年1月23日)は、日本の編集者。 京都市に生まれ育つ。少年時代から歌舞伎に親しみ、旧制京都府立京都第一中学校(京都府立洛北高等学校・附属中学校)時代に谷崎潤一郎や中里介山、江戸川乱歩、菊池寛、郡虎彦などを愛読。旧制第三高等学校の同期に田宮虎彦、青山光二、森本薫がいた。 もともと作家か劇作家になることを志望していたが、東京帝国大学文学部フランス文学科在学中、1935年に太宰治の「逆行」を読んで自らの才能に絶望し、創作の道に進むことを断念する。大学卒業後、1937年6月に改造社入社、出版部に配属されて改造文庫の編集を担当。1938年2月に、『文藝』編集部に異動。
辻野 久憲(つじの ひさのり、1909年5月28日 - 19… 辻野 久憲(つじの ひさのり、1909年5月28日 - 1937年9月9日)は、日本の翻訳家、文芸評論家、随筆家、編集者。 第二次『四季』同人。その他、『詩と詩論』『コギト』『創造』などの雑誌に小論や随筆を寄稿した。 京都府舞鶴市生まれ。舞鶴憲兵分隊内の官舎で誕生。1916年、台湾の台中尋常高等小学校尋常科入学。基隆小学校、神戸小学校、伊丹小学校、伊丹中学校を経て、1929年、第三高等学校文科丙類を卒業。1932年、東京帝国大学仏蘭西文学科卒業。同年、書肆第一書房に就職。 『詩・現実』に参加し、1930年から1931年に伊藤整・永松定とジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』を翻訳するかたわら、第一書房『セルパン』編集長。
藪田 嘉一郎(やぶた かいちろう、1905年3月28日 - … 藪田 嘉一郎(やぶた かいちろう、1905年3月28日 - 1976年1月13日)は、日本の編集者・歴史家。出雲国風土記偽書説など大胆な新説を唱え、松本清張が師事した在野の古代史家として知られる。 京都市生まれ。1924年京都市立第一商業学校専修科卒業。1925年京都帝国大学文学部史学科選科入学、1928年中退。 1928年至誠堂に入社し、1932年飛鳥園、1933年日出芸林社と転籍し、書籍の編集者として活躍する。1934年株式会社便利堂に入社し、1950年同社取締役に就任。1951年に退社。同年、自ら綜芸舎(綜芸種智院に因む)を創立する。この間、文献、美術、石造文化財などの史資料を使った古代史研究や能楽研究、易学研究の著作・論文を公刊した。
梅原 北明(うめはら ほくめい、1901年〈明治34年〉1月… 梅原 北明(うめはら ほくめい、1901年〈明治34年〉1月15日 - 1946年〈昭和21年〉4月5日)は、日本の作家・編集者。本名は梅原 貞康。昭和初期のエログロナンセンス文化を代表する出版人である。宗教研究家の梅原正紀は息子。別名・烏山朝太郎、談奇館主人、大塚倭堂、吾妻大陸ほか多数。 1901年、富山県富山市の士族の次男として生まれる。父・貞義は生命保険の代理店を営んでおり、生活はゆとりがあったとされる。京都の平安中学を卒業し、早稲田大学予科に進学。同校在学中に片山潜のグループと接し、社会主義思想に触れた。1920年に中退して関西で部落解放運動に従事。1924年から新聞社や雑誌社に勤める傍ら小説を執筆。
佐佐木 茂索(ささき もさく、1894年(明治27年)11月… 佐佐木 茂索(ささき もさく、1894年(明治27年)11月11日 - 1966年(昭和41年)12月1日)は日本の小説家、編集者。文芸春秋新社元社長。
後藤 真太郎(ごとう しんたろう、1894年5月28日 - … 後藤 真太郎(ごとう しんたろう、1894年5月28日 - 1954年1月27日)は、日本の出版・編集者、座右宝刊行会社長。