ストロング小林佑樹 (ストロングこばやし ゆうき、本名:小林… ストロング小林佑樹 (ストロングこばやし ゆうき、本名:小林 佑樹(こばやし ゆうき)、1991年8月8日 - )は、日本の元プロボクサー。大阪府八尾市出身。元WBOアジア太平洋バンタム級王者。六島ボクシングジム所属。かつては八尾ボクシングジムに所属していた。 本名小林佑樹のリングネームでの2011年4月29日のプロデビュー戦はTKO勝利だったが、2012年6月30日の試合でプロ初黒星。 六島ボクシングジム移籍後、リングネームを「ストロング小林佑樹 」に変更。 2015年12月31日に大阪府立体育会館でOPBF東洋太平洋バンタム級王者の山本隆寛とOPBF東洋太平洋同級タイトルマッチを行うも、2回1分6秒TKO負けで王座獲得に失敗 その後2016年11月6日、韓国・ソウルで日本ボクシングコミッション非公認のIBFアジアスーパーバンタム級王者の金藝俊とIBFアジア同級タイトルマッチを行うも、12回0-3(112-117、112-116、110-119)判定負けで王座獲得に失敗。
竹迫 司登(たけさこ かずと、1991年7月15日 - )は… 竹迫 司登(たけさこ かずと、1991年7月15日 - )は、日本のプロボクサー。大阪府寝屋川市出身。第61代・第63代日本ミドル級王者。第53代・第54代OPBF東洋太平洋ミドル級王者。ワールドスポーツボクシングジム所属。 小学生の頃から石田順裕の指導を受けてボクシングを始めた。 茨木工科高校卒業後、龍谷大学に入る。なお龍谷大学時代、国体近畿予選で村田諒太と対戦経験がある 2015年7月14日、後楽園ホールで開催された「DANGAN133」にて横田知之とプロデビュー戦となるスーパーウェルター級5回戦を行い、2回1分55秒TKO勝ちを収めデビュー戦を白星で飾った。 2015年9月29日、後楽園ホールで開催された「DANGAN-B級トーナメント」にてエルフェロス・ベガ(コロンビア)とスーパーウェルター級5回戦を行い、初回32秒TKO勝ちを収めて大会MVPを獲得した。
坂本 真宏(さかもと まさひろ、1991年1月19日 - )… 坂本 真宏(さかもと まさひろ、1991年1月19日 - )は、日本の元プロボクサー。大阪府堺市出身。六島ボクシングジム所属。元WBOアジアパシフィックフライ級王者。 泉北高校時代は帰宅部だったが、友人に誘われてキックボクシングのジムに通った。 大阪市立大学に入ってからボクシングを始めた。 2014年12月2日、六島ボクシングジムからのプロ入りを表明した。同月28日に住吉区民センターで平沼勇介との51.5キロ契約4回戦を戦い、4回3-0(39-37×2、39-38)の判定勝ちを収めデビュー戦を白星で飾った。 2015年西日本フライ級新人王として、東軍代表志賀弘康を相手に3回2分7秒TKO勝ちを収めて全日本新人王と敢闘賞を獲得した。
矢田 良太(やだ りょうた、1989年6月8日 - )は、日… 矢田 良太(やだ りょうた、1989年6月8日 - )は、日本の元プロボクサー。大阪府枚方市出身。グリーンツダボクシングクラブ所属。かつては尼崎ボクシングジムに所属していた。第54代日本ウェルター級王者。ニックネームは「なにわのターミネーター」。 小、中学校時代は枚方リトルシニアの投手で活躍して、樟南高等学校野球部時代は2学年先輩に大和(現・DeNA)がいる。 高校卒業後はサラリーマンになるが、4年後に脱サラしてボクシングを始めた。 2012年4月8日に松下IMPホールで岩永勝利とフェザー級4回戦を戦い、1回1分9秒KO勝ちを収めデビュー戦を白星で飾ったが、同年7月29日に松下IMPホールで御木雅行とフェザー級4回戦を戦い、4回0-3(38-39×2、37-39)の判定負けでプロ初黒星を喫した。
皇治(こうじ、1989年5月6日 - )は、日本の総合格闘家… 皇治(こうじ、1989年5月6日 - )は、日本の総合格闘家、元キックボクサー。TEAM ONE所属。元HEATキックルールライト級王者。元ISKA K-1ルール世界ライト級王者。2022年に格闘技イベント「NARIAGARI」を設立し、CEOに就任。大阪府池田市出身。 4歳から空手を始め、父の影響を受けて日本拳法を中学時まで習う。空手は魚本流の大会で全国1位、日本拳法は全国2位の成績を納める。セレッソ大阪ジュニアチームに所属し、サッカーも行っていた。 2013年にKrushでプロデビュー。2017年2月19日、HEAT 39のISKA K-1ルール世界ライト級王座決定戦でモハメド・ブールと対戦し、判定勝ちで王座を獲得。
井岡 一翔(いおか かずと、1989年3月24日 - )は、… 井岡 一翔(いおか かずと、1989年3月24日 - )は、日本のプロボクサー。大阪府堺市出身。志成ボクシングジム所属。元WBA・WBC世界ミニマム級統一王者。元WBA世界ライトフライ級王者。元WBA世界フライ級王者。元WBA・WBO世界スーパーフライ級王者。世界4階級制覇王者。 興國高等学校卒業、東京農業大学中退。かつては父・井岡一法が会長を務める井岡ボクシングジム・プロフェッショナル、パチンコ・パチスロメーカーのSANKYO、DANGAN AOKIボクシングジム(旧Reason大貴ボクシングジム)に所属していた。 中学1年時に叔父である井岡弘樹が所属していたグリーンツダジムでボクシングを始め、中学3年時に叔父と父が設立した井岡ジムへ移籍。
中谷 正義(なかたに まさよし、1989年3月8日 - )は… 中谷 正義(なかたに まさよし、1989年3月8日 - )は、日本の元プロボクサー。大阪府大阪市出身。帝拳ボクシングジム所属。第46代OPBF東洋太平洋ライト級王者。 かつては井岡ボクシングジム・プロフェッショナルに所属していた。 大阪市立新東三国小学校、大阪市立東三国中学校卒業。中学のときにアポロ嘉男のジムでボクシングを始める。中学3年から高校1年までは日本拳法もやっていた。興國高等学校では井岡一翔、宮崎亮らが同期で、3年時にインターハイでベスト8に入り、団体戦では優勝に貢献した。なお、高校3年時にインターハイで相手選手の肩に噛みつくラフファイトをしたことがある。 高校卒業後は近畿大学に進学、アマチュア65戦を経験。
才賀 紀左衛門(さいが きざえもん、1989年2月13日 -… 才賀 紀左衛門(さいが きざえもん、1989年2月13日 - )は、日本の元キックボクサー。大阪府堺市出身。サイガジム主宰。 幼稚園児のころから空手を始める。父はクレーンリース業の会社「サイガ」を創業した才賀紀彦。 2007年4月に上京し、K-1ルールディレクターの大成敦が主宰する大誠塾に入門する。 2007年12月31日、K-1 PREMIUM 2007 Dynamite!!で開催された「K-1甲子園 U-18日本一決定トーナメント」でリザーブファイトに出場する予定であったが、藤鬥嘩裟の欠場により本戦出場。1回戦でHIROYAと対戦。変則的な蹴り技を中心に攻撃するも判定負け。 2008年1月26日、中国で開催された「武林風大会」でK-1ルールの試合に出場し3R引き分けに終わる。
角谷 正義(かくたに まさよし、1988年10月12日 - … 角谷 正義(かくたに まさよし、1988年10月12日 - )は、日本の元男性キックボクサー。大阪府堺市出身。ドージョーチャクリキ・ジャパン大阪支部康心舘所属。 地元ではストリートファイトに明け暮れ、補導された経験を持つ一方、高校では陸上の投擲競技で活躍し、砲丸投で国体優勝している。自己ベストは砲丸投が16m67(5.443kg、当時のユース日本最高記録)、円盤投が56m23(1.500kg、当時の日本高校歴代2位)。 2009年8月、ドージョー・チャクリキに入門。「打倒バダ・ハリ」を目標に掲げる。 2010年5月9日、地元の大阪府立体育会館で開かれたIGF「GENOME12」にてプロデビュー。
緒方 汐音(おがた しおね、1988年10月3日 - )は、… 緒方 汐音(おがた しおね、1988年10月3日 - )は、日本の女子プロボクサー。大阪府泉南市出身。大阪国際大学人間科学部スポーツ行動学科卒業。ハラダボクシングジムでプロデビュー後、ワイルドビートボクシングスポーツジム、寝屋川石田ボクシングクラブを経て、KWORLD3ボクシングジムに所属していたが、2023年10月契約解除。元WBO女子アジア太平洋ライトフライ級王者。第6代OPBF女子東洋太平洋ライトフライ級王者。 日ノ本学園高等学校でサッカー選手として活躍後、大阪国際大学では同女子サッカー部のインカレ初出場に貢献するが、怪我などの影響でフットサルに転向後、元プロボクサーの指導者と出会い、アマチュアのジムでボクシングを始める。
京谷 祐希(きょうたに ゆうき、1988年7月21日 - )… 京谷 祐希(きょうたに ゆうき、1988年7月21日 - )は日本の男性キックボクサー。大阪府堺市出身。TEAM TEPPEN所属。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:スポーツ/PJ:スポーツ人物伝)。
小西 拓槙(こにし たくま、1987年7月21日 - )は、… 小西 拓槙(こにし たくま、1987年7月21日 - )は、日本の男性キックボクサー。大阪府岸和田市出身。岸和田市議会議員(1期)。 父親が地元で少年野球の監督をしており、5歳から同チームで野球を始める。小・中学と少年野球チームに所属し、エースで4番打者を務める。高校はPL学園や大阪桐蔭高校からスポーツ推薦を受け将来を嘱望されていた。その後大阪体育大学浪商高等学校に入学、野球部の後に日本拳法部へ入部する。全国高等学校日本拳法選手権大会で個人有段の部3位入賞の実績を残す。高校卒業後、大阪府岸和田市の消防署員として就職する。 アマチュアではK-2無差別級優勝、NJKFアマチュア70kg級王者になっている。
工藤red玲央または工藤“red”玲央(くどう れっど れお… 工藤red玲央または工藤“red”玲央(くどう れっど れお、1987年5月8日 - )は、千葉県出身のキックボクサー。TEAM TEPPEN所属。ファイヤー高田馬場ジム(J-NETWORK系列)旧所属。 師匠はNeo Fire会長であるファイヤー原田。 名前の表記については明確ではなく、「工藤“red”玲央」の表記がウェブサイトなどでは公式名称となっていることが多いが、SNSなどでは「工藤red玲央」の表記が公式名称となっており、また記事などでも頻繁に使用されている。 大阪府豊中市生まれ、千葉県育ち。高校は1年で退学。 テレビで観た原田に憧れてプロを目指すようになり、2009年にファイヤー原田が会長のファイヤー高田馬場ジム(J-NETWORK系列)に入門し、原田に弟子入りする。
石井 慧(いしい さとし、1986年12月19日 - )は、… 石井 慧(いしい さとし、1986年12月19日 - )は、男性総合格闘家、キックボクサー、プロボクサー、柔道家(六段)。北京オリンピック柔道男子100kg超級金メダリスト。大阪府茨木市出身。チーム・クロコップ所属。ブラジリアン柔術黒帯。紫綬褒章受章。血液型はO型。出身道場は修道館(大阪府)。元妻は歌手の林明日香。2019年にクロアチア国籍を取得するまでは、日本国籍保有者であった 茨木市立大池小学校5年生の頃、父親の指導で柔道を始め、本格的に取り組むべく清風中学に入学。高校1年生の時に、より柔道の強い環境を求め国士舘高校へ志願編入。その後、国士舘大学体育学部武道学科に入学。 100kg以下級であったが、2007年秋に100kg超級へ転向した。
福永 亮次(ふくなが りょうじ、1986年8月30日 - )… 福永 亮次(ふくなが りょうじ、1986年8月30日 - )は、日本の元プロボクサー。大阪府高槻市出身。第43代日本スーパーフライ級王者。第38代OPBF東洋太平洋スーパーフライ級王者。元WBOアジア太平洋スーパーフライ級王者。角海老宝石ボクシングジム所属。かつてはエディタウンゼントジム、宮田ジムに所属していた。 中学卒業後、大工として働いていたが近所にエディタウンゼントジムが移転してきたことを切っ掛けに25歳からボクシングを始める。 2013年8月10日のプロデビュー戦は判定負け。 2016年スーパーフライ級新人王東軍代表として、西軍代表藤本耕太を相手に5回1分52秒TKO勝ちで全日本新人王と技能賞を獲得。
中嶋 平八(なかじま へいはち、1986年8月4日 - )は… 中嶋 平八(なかじま へいはち、1986年8月4日 - )は、日本の男性キックボクサーである。本名は中嶋 浩二(なかじま こうじ)。大阪府大阪市出身。浪速高校出身。誠至会所属。現ニュージャパンキックボクシング連盟フェザー級王者。 ボクシングをバックボーンとし、アマチュアボクシングでインターハイへの出場経験がある。 高校3年時にK-1のアーネスト・ホーストに憧れ、キックボクサーを目指すようになった。 2007年8月15日、ニュージャパンキックボクシング連盟でプロデビュー。 2009年7月5日、長島☆自演乙☆雄一郎プロデュース「DEEP KICK」のトリプルメインイベント第2試合でヨックタイ・シスオーに2R28秒ボディブローでKO勝ち。
帝里 木下(ている きのした、1985年12月17日 - )… 帝里 木下(ている きのした、1985年12月17日 - )は、韓国籍の元プロボクサー。本名・朴 泰一。大阪府大阪市出身。右利きながら左ボクサーファイターである。第35代日本スーパーフライ級王者。千里馬神戸ボクシングジム所属。 徳山昌守に憧れ、大阪朝鮮高級学校進学とともにボクシングを始める。龍谷大学までアマチュアで活躍。 大学卒業に合わせ千里馬ジムに入門し、2008年5月11日、明石産業会館での兼本誠大戦でデビューし、判定勝利。 2011年、「最強後楽園」にエントリーし、決勝まで進出。決勝では翁長吾央(大橋)と対戦するが、4回負傷判定で引き分けも、ジャッジの判定で日本スーパーフライ級王座挑戦権を得た。
向井 寛史(むかい ひろふみ、男性、1985年12月4日 -… 向井 寛史(むかい ひろふみ、男性、1985年12月4日 - )は、日本の元プロボクサー。大阪府枚方市出身。六島ボクシングジム所属。 ボクシングを始めたのは南京都高等学校在学中で、ボクシング部では3年次に副将を務め、主将は後のロンドンオリンピック金メダリストの村田諒太だった。 その後、日本大学に進み全日本選手権3位、国体準優勝(決勝で大学の1年後輩上林巨人に敗戦)などの実績を残す。 大学卒業後、六島ジムに入門。高校・大学の先輩でもある藤原俊志トレーナーの指導を受ける。 2009年8月1日、住吉区民センターでプロデビュー戦を行い上村徹(ワイルドビート)を相手に6回判定勝利でデビュー戦を白星スタートで飾った。
池原 シーサー 久美子(いけはらシーサーくみこ、本名:出花 … 池原 シーサー 久美子(いけはらシーサーくみこ、本名:出花 久美子(旧姓:池原)、1984年11月8日 - )は、日本の元女子プロボクサーである。フュチュール所属。元WBO女子世界ミニフライ級王者。 両親が沖縄出身で池原自身も1年間沖縄に住んでいた。リングネームに使用されている「シーサー」は事情を知らないフュチュールのトレーナーに「シーサーに似てますね」と言われたのが由来で、そのまま愛称として定着している。なお、「シーサー」のスペリングは「Shisa」であるが、Boxrecなどでは「Seeser」とつづられていた。 大阪府・大阪市大正区出身。大阪市立小林小学校・大阪市立大正中央中学校を経て大阪府立大正高等学校卒業。
久田 哲也(ひさだ てつや、1984年10月30日 - )は… 久田 哲也(ひさだ てつや、1984年10月30日 - )は、日本の元プロボクサー。大阪府堺市出身。第40代日本ライトフライ級王者。ハラダボクシングジム所属。 高校1年でハラダボクシングジムに入門し2003年11月19日、プロデビュー。1RKO勝利で初戦を飾る。 2004年全日本新人王決定戦西日本フライ級予選に出場するも1回戦で敗退。翌2005年、2度目の新人王挑戦では西日本フライ級予選準決勝で当時5勝(5KO)無敗だった奈須勇樹を相手に激しい打撃戦の末、判定負け。後に奈須はこの年の全日本フライ級新人王を獲得している。2008年12月28日、当時日本ライトフライ級9位でWBC世界ミニマム級26位だった戎岡淳一に8R判定勝利し2009年1月に初のランキング入りを果たした。
石井 宏和(いしい ひろかず、1983年11月21日 - )… 石井 宏和(いしい ひろかず、1983年11月21日 - )は、日本の男性キックボクサー。大阪府大阪市出身。京賀塾所属。 この項目は、格闘技およびその選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ総合格闘技/PJプロレスラー)。
高山 勝成(たかやま かつなり、1983年5月12日 - )… 高山 勝成(たかやま かつなり、1983年5月12日 - )は、日本の元プロボクサー。大阪府大阪市出身。元WBA暫定・WBC・IBF・WBO・IBO世界ミニマム級王者。 日本ボクシングコミッション(JBC)傘下時代は、所属をエディタウンゼントジムからグリーンツダジムを経て真正ジムへと渡り歩いた。当時はJBC非公認だったIBF・WBOの世界王座獲得を目指すため、2009年11月にJBCへ引退届を提出し日本でのライセンスを失うと、海外と日本を行き来しながら活動した、。 2013年3月30日にメキシコシナロア州グアサベでマリオ・ロドリゲスに3-0の判定勝ちを収めIBF世界ミニマム級王座を獲得し、日本人として初めてWBA・WBC・IBFの3団体で世界戴冠を果たし、1984年4月15日にIBF世界バンタム級王座を戴冠した新垣諭以来2人目の日本人IBF王者となった。
梅野 孝明(うめの たかあき、1982年12月29日 - )… 梅野 孝明(うめの たかあき、1982年12月29日 - )は、日本の男性シュートボクサー。大阪府摂津市出身。龍谷大学卒業。寝屋川ジム→シーザージム所属。入場曲はストラトヴァリウスのAnthem Of The World。元SB日本スーパーウェルター級王者。 得意技は、左フック、右ミドルキック。 高校に入学するまではサッカーをしていたが高校入学を機に日本拳法を始め、大学在学中の2004年には全・日本拳法総合選手権大会(第44回男子個人選手権大会)において大学生・社会人を含め日本一になった。 2007年9月16日、第1回アマチュアシュートボクシング選手権東京大会の重量級で優勝。 2007年11月30日、シュートボクシングでプロデビューし、右ミドルキックでKO勝ち。
安田 幹男(やすだ みきお、1982年11月5日 - )は、… 安田 幹男(やすだ みきお、1982年11月5日 - )は、日本の元プロボクサー。大阪府東大阪市出身。第64代日本バンタム級王者。六島ボクシングジム所属。 不動産業を営むボクシングファンの父の勧めで15歳よりボクシングを始める。 エディタウンゼントジム所属として2000年5月17日デビュー。 7月28日、2戦目を1回KOで初勝利。 2003年2月16日、初の8回戦で日高良市に判定負けを喫して一度引退し、富山市で就職、そして結婚した。 しかし、2005年に六島ジム所属として復帰し、4月9日の復帰第1戦を3回TKO勝ちを収める。 2009年9月30日、大阪府立体育会館での名城信男 vs ウーゴ・カサレスの世界戦の前座として元WBC世界フライ級王者メッグン・シンスラットと対戦して2回TKO勝ち。
島野りーみん(しまの りーみん、1982年4月12日 - )… 島野りーみん(しまの りーみん、1982年4月12日 - )は、女子プロボクサー、元女子競輪選手。大阪市出身。プロボクサーとしてはTEAM 10 COUNT所属。競輪時代は日本競輪選手会神奈川支部所属。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期生(女子1期生)。師匠は遠澤健二(57期)。 本名は島野 麗敏(しまの りーみん)。競輪時代の選手登録名は旧姓である中山 麗敏(なかやま りーみん)、中国名は王 麗敏(ワン・リーミン)。 実家は御堂筋近くで中華料理店を営む。当初は中国国籍であったが、2001年に日本へ帰化し日本国籍を取得した。 大阪府立市岡高等学校 時代は砲丸投と円盤投に取り組み、高校総体への出場経験を持つ。
樋高 リオ(ひだか リオ、男性、1981年2月5日 - )は… 樋高 リオ(ひだか リオ、男性、1981年2月5日 - )は、日本のプロボクサー。大阪府東大阪市出身。元WBCアジア(ABCOコンチネンタル)ヘビー級王者。 日本人初のボディビルで世界一になった杉田茂が代表を務めるウエイトトレーニングジム"Mr.U Gym"で元アマチュア世界王者のトレーナーと出会い見出され、オーストラリアに渡り、現地のプロライセンスを取得。 2006年8月31日、ニュージーランドのオークランドでデビュー戦を行い、2回KO勝利。 その後、JBCライセンスも取得し、2006年10月29日にIMPホールでの白坂貴昌(現・タカシラサカ)戦で国内デビュー。3回KO勝利。 オーストラリア時代の戦績は4戦4勝3KO。
山口 賢一(やまぐち けんいち、1980年6月10日 - )… 山口 賢一(やまぐち けんいち、1980年6月10日 - )は、日本のプロボクサー。大阪府大阪市出身。大阪天神ジム選手兼会長。 元WBOアジア太平洋スーパーバンタム級暫定王者。日本人初のWBO世界タイトル戦挑戦者。大阪帝拳ボクシングジム所属選手としてプロデビュー。2009年5月にJBCのプロボクサーライセンスを返上して日本国外へ活動の拠点を求め、以降は※オーストラリア※フィリピン※メキシコなど海外を主戦場としている。大阪市立旭陽中学校、日生学園第二高等学校(現在は、青山高等学校)卒業。オーストラリアでの初陣で名づけられた愛称は "Machine Gun"。
小松 則幸(こまつ のりゆき、男性、1979年4月21日 -… 小松 則幸(こまつ のりゆき、男性、1979年4月21日 - 2009年4月13日)は、日本のプロボクサー。大阪府寝屋川市出身、大阪府立枚方西高等学校卒業。第29代ならびに第34代OPBF東洋太平洋フライ級王者。入場曲は、TOM★CATの「TOUGH BOY」。 1997年9月9日、エディタウンゼントジム所属でプロデビュー。岩本和宏(尼崎亀谷)に4回引き分け。 2002年9月11日、OPBF東洋太平洋フライ級王座決定戦に挑戦。孫正五(韓国)に12R判定勝ちし王座獲得。 2003年2月16日、フィリピンGABフライ級王者でOPBF同級1位の指名挑戦者ロリー・ルナス(フィリピン)に2回TKO勝ちで初防衛に成功した。
北山 高与志(きたやま たかよし、1978年10月13日 -… 北山 高与志(きたやま たかよし、1978年10月13日 - )は、日本の男性キックボクサー。本名は北山 高与始(きたやま たかよし)。大阪府交野市出身。フリーランス。 チームドラゴン所属の選手と対戦する機会が多く、その勝率よりドラゴンキラーの異名を持つ。 現在、神戸市中央区にある特定非営利活動法人アイコラボレーション神戸で、車椅子の人たちとホームページを作る仕事をしている。 1994年、一燈園高校在学中にキックボクシングジムに入門(当時17歳)。 2000年、近畿大学在学中に関西アマチュアSB選手権大会・全日本アマチュアSB選手権大会 優勝。 2001年、就職のため、一時現役を引退。 2003年、神戸にあるS.F.Kキックボクシングジムにコーチとして入門。
菊地 浩一(きくち こういち、1977年2月23日 - )は… 菊地 浩一(きくち こういち、1977年2月23日 - )は、日本の男性シュートボクサー。大阪府東大阪市出身。寝屋川ジム所属。吉鷹弘に指導を受けており、ローキックを得意とする。 2002年11月4日、シュートボクサーとしてプロデビュー。松本賢治に3RTKO勝ち。 2004年7月10日、元Jリーガーでプロ格闘家デビュー戦の矢野マイケルと対戦予定であったが、矢野がB型肝炎ウイルス感染者であることが判明し、菊地も欠場となった。 2004年12月19日、『DEAD OR ALIVE TOURNAMENT '04』に出場。1回戦で城戸康裕に2RKO勝ち。準決勝でCRAZY884に1RKO勝ち。決勝戦で裕樹に1RKO勝ちで優勝を果たした。
町田 和久(まちだ かずひさ、男性、1975年10月20日 … 町田 和久(まちだ かずひさ、男性、1975年10月20日 - )は、日本のプロボクサー。グリーンツダボクシングクラブ所属。大阪府和泉市出身。元OPBF東洋太平洋ジュニアバンタム級王者。 21戦19勝8KO3敗 この項目は、ボクシング関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJボクシング/PJキックボクシング)。
野上真司(のがみ しんじ、1975年4月3日 - )は、大阪… 野上真司(のがみ しんじ、1975年4月3日 - )は、大阪府池田市出身のプロボクサー、ボクシングトレーナー、プロモーター、マネージャーである。173cm、A型。池田市立池田中学校、浪速工業高等学校(現・星翔高等学校)を卒業。元WBOアジア太平洋スーパーフェザー級チャンピオン。引退後はトレーナー・マネージャーとして、元WBO、WBC(暫定)女子世界フライ級王者の好川菜々、元WBOアジア太平洋スーパーフライ級暫定王者の川口勝太、元OPBF東洋太平洋フェザー級王者の大沢宏晋を指導。 マネージメントした好川とは、2015年7月7日に入籍。日本ボクシング史上初の王座獲得者同士のチャンピオン夫婦となる。現在は妻が会長を務めるディアマンテボクシングジムのオーナー兼プロモーター。
河合 晴彦(かわい はるひこ、1970年6月11日 - )は… 河合 晴彦(かわい はるひこ、1970年6月11日 - )は、日本の元プロボクサー。大阪府泉大津市出身。 ボクシング・マガジン1993年10月号
井岡 弘樹(いおか ひろき、1969年1月8日 - 2026… 井岡 弘樹(いおか ひろき、1969年1月8日 - 2026年4月16日)は、日本の元プロボクサー、タレント。大阪府堺市出身。元WBC世界ミニマム級王者。元WBA世界ライトフライ級王者。世界2階級制覇王者。 現役時代はグリーンツダボクシングクラブ所属。エディ・タウンゼントの最後の愛弟子。現在は井岡弘樹ボクシングジムの会長を務める。 元々は野球少年で南海ホークス友の会会員。ボクシング好きの父に影響されて赤井英和に憧れ、中学2年生の時に赤井が所属する三和ツダジム(現・グリーンツダジム)へ同級生3人で入門。(詳しくは後藤正治のノンフィクション 「遠いリング」に記載されている) 入門当初から将来の世界王者として津田博明会長に期待され、海老原博幸や藤猛や柴田国明ら多くの世界王者を輩出した名伯楽エディ・タウンゼントの指導を受ける(後に、エディが指導した最後の世界王者となる)。
宮本 正明(みやもと まさあき、1968年9月19日 - )… 宮本 正明(みやもと まさあき、1968年9月19日 - )は、日本の男性キックボクサー。大阪府吹田市出身。身長193cm、体重96kg。正道会館を経てフリーランス。 沖縄県の琉球ボクシングジムのK-1選手のボクシング・トレーナーとして有名な元WBA世界スーパーライト級チャンピオン平仲信明の元でトレーニングに励み、1996年5月6日、K-1 GRAND PRIX '96のスペシャル・ワンマッチでK-1デビューを果たす。 1997年10月には群馬県高崎市に「SEIDO群馬K-1ジム」を開き、正道会館では群馬支部の支部長を務めた。 2000年5月28日、K-1 SURVIVAL 2000で天田ヒロミと対戦。
田村 栄敏(たむら ひでとし、1963年9月14日 - )は… 田村 栄敏(たむら ひでとし、1963年9月14日 - )は、日本のプロボクサー。大阪府東大阪市出身。 1998年1月16日、大阪で行われたIBFアジアバンタム級王座決定戦に日本代表として出場、アルバート・レシィラー(インドネシア代表)に1RKO負けを喫した。 2001年10月23日、同じく大阪で、同王座を保持し続けていたレシィラーに挑戦し、3RKO勝ち。因縁の対決を制し、IBFアジアバンタム級王座を獲得した。 なお、この間にはIBFの世界ランキング入り(バンタム級・最高位14位)も果たしている。 その後、死去した前会長に代わり、所属していた大光ライトスポーツジムを継承、現在は同ジム会長職にある。
高見 公明(たかみ ひろあき、1960年8月7日 - )は、… 高見 公明(たかみ ひろあき、1960年8月7日 - )は、アマチュアボクシング選手・指導者である。佐賀県出身。 大阪体育大学浪商高等学校にて2年連続インターハイ優勝。その後大阪体育大学を経て、公立学校教員(地方公務員)として奈良県立王寺工業高等学校に赴任。教員の傍らアマチュアボクサーとして全日本選手権出場し4度優勝。大学の1年先輩に元東洋太平洋フライ級チャンピオン松村謙二がいる。 王寺工業高校教員時代にロサンゼルスオリンピックにバンタム級で出場。(3回戦敗退) 1991年、奈良県立奈良工業高等学校に赴任。同校でボクシング部を設立。アトランタ・シドニー五輪2大会出場、全日本選手権10連覇4階級制覇の辻本和正、元WBA世界スーパーフライ級チャンピオン名城信男、女子アマチュア6連覇の釘宮智子、元東洋太平洋ライトヘビー級チャンピオン寺地永の次男拳四朗らを輩出した。
トミーズ雅(トミーズまさ、1959年〈昭和34年〉12月24… トミーズ雅(トミーズまさ、1959年〈昭和34年〉12月24日 - )は、日本のお笑い芸人、司会者、俳優、歌手、元プロボクサー。お笑いコンビ・トミーズのボケ(結成当初はツッコミ)担当。立ち位置は向かって右。本名は北村 雅英(きたむら まさひで)。 大阪府大阪市生野区巽出身。大阪市淀川区在住。血液型はA型。身長177 cm、体重80 kg。 大阪府立住吉高等学校卒業、大阪経済大学経済学部中退。趣味はマラソン、料理、ゴルフ、ジェットスキー。既婚者で3女の父親。 漫才師になる前は進光ボクシングジム所属プロボクサーで、1979年西日本ミドル級新人王、最高ランクは日本スーパーウェルター級1位。13戦10勝(9KO)3敗の成績を残し、KO負はなかった。
新藤 栄作(しんどう えいさく、1958年11月28日 - … 新藤 栄作(しんどう えいさく、1958年11月28日 - )は、日本の俳優、アクティングラボ・無現(旧:劇団無現)の主宰者、元キックボクサー。和歌山県出身。エ・ネスト所属。身長172cm 体重68kg 股下80cm。血液型はAB型。一時期、芸名を同じ読みの進藤 栄作としたが、短期間で元の字に戻した。 和歌山県美山村寒川(現:日高川町)出身。摂陵高等学校(現・早稲田大阪高等学校)、奈良大学中退。 学生時代は大阪スタヂアムにあった芦原道場で石井和義に極真空手を学ぶ。 大学中退後、プロキックボクサーとなるために上京、プロとしてデビューを果たすも「自分の考えていた世界と違う」として進路を変更して演劇集団 円の演技研究所へ入所し俳優に転身。
渡辺 二郎(わたなべ じろう、1955年〈昭和30年〉3月1… 渡辺 二郎(わたなべ じろう、1955年〈昭和30年〉3月16日 - )は、元プロボクサー(大阪帝拳ジム所属)。 岡山県小田郡矢掛町で生まれ、大阪府で育つ。血液型B型。浪商高等学校(現・大阪体育大学浪商高等学校)、追手門学院大学文学部英米語学文学科卒業。高校時代は水泳部、大学時代は日本拳法部で活躍し、世界選手権で4位となった。 大学卒業後に体重別のボクシングを志向、大阪帝拳ジムにアマチュアとして入門した。アマ戦績は4戦4勝。 引退後も実業家、ボクシング解説者、講演家、テレビタレントなど多方面で活躍していた。 1995年、金融機関からの融資返済に絡む恐喝未遂事件で逮捕され、起訴猶予処分で釈放された。
森岡 栄治(もりおか えいじ、男性、1946年6月8日 - … 森岡 栄治(もりおか えいじ、男性、1946年6月8日 - 2004年11月9日)は、日本のプロボクサー。大阪府大阪市大正区出身。1968年メキシコシティーオリンピックボクシングバンタム級の銅メダリスト。 大阪浪商高(現大体大浪商高)3年時にインターハイバンタム級優勝。近畿大学商学部進学後も1965年から全日本選手権4連覇を達成。1968年メキシコシティオリンピックで銅メダルを獲得。決勝進出を阻んだのは不可解な判定であったが、会場がブーイングを続けたことに対し、森岡は「メキシコの人たちが、あれだけ騒いでくれたことがうれしい」と言い残している。アマチュア戦績138戦128勝72KO・RSC10敗。
南 久雄(みなみ ひさお、1944年1月29日 - )は、日… 南 久雄(みなみ ひさお、1944年1月29日 - )は、日本の元プロボクサー。本名は南 久夫。大阪府吹田市出身。元日本ウェルター級、東洋ウェルター級、東洋ミドル級チャンピオン。日本、東洋で3つのタイトルを制した重量級の名選手。中外ジム所属。関西のジム出身者として初めて世界王座に挑んだ選手でもある。 1962年デビュー。1965年12月27日、渡辺亮の持つ日本ウェルター級王座に挑むが、引き分けで奪取ならず。翌1966年10月3日の再挑戦では渡辺に雪辱、10回判定勝ちで日本王座を獲得したものの、翌1967年3月27日の初防衛戦で窪倉和嘉に判定で敗れ、王座から陥落した。12月15日の再戦でも窪倉に判定負け、王座奪回はならなかった。
牧 昭男(まき あきお、1936年3月14日 - 2014年… 牧 昭男(まき あきお、1936年3月14日 - 2014年4月26日)は、日本の元プロボクサー。元OBF東洋スーパーバンタム級王者。アマチュアの強豪からプロに転じ、東洋王座を獲得したテクニシャン。 大阪府大阪市大淀区(現:北区)に生まれる。浪華商業高等学校(現:大阪体育大学浪商高等学校)から関西大学に進み、アマチュアボクシングで活躍。1958年(昭和33年)に全日本チャンピオンとなった後、同年に開催された第三回アジア大会にも出場、またメキシコで開催されたダイヤモンド・ベルト大会で銅メダルを獲得するなど、アマで通算82勝10敗と輝かしい成績を残す。 1959年(昭和34年)にプロに転向。3戦目で後の強豪関光徳と対戦、6回を引き分けている。
橋岡 俊平(はしおか しゅんぺい、改姓名・岡本曠三(おかもと… 橋岡 俊平(はしおか しゅんぺい、改姓名・岡本曠三(おかもと こうぞう)、1911年7月7日 - 1978年8月7日)は、日本の元アマチュアボクシング選手。ベルリンオリンピックバンタム級日本代表。法政大学卒業。大阪府大阪市出身。 1936年、全日本選手権にバンタム級で優勝を収めた。 同年、ベルリンオリンピックにバンタム級の日本代表として出場し、1回戦にポイント勝ちを収め、2回戦でポイント負けとなった。 日本アマチュアボクシング連盟副会長、関西、近畿、大阪府各アマチュアボクシング連盟各会長を務めた。 1978年8月7日、急性肺炎と腎不全のため67歳で死去した。 この項目は、ボクシング関係者に関連した書きかけの項目です。
安藤 麻里 は、日本の元プロボクサー。元WBC女子世界ミニフ… 安藤 麻里 は、日本の元プロボクサー。元WBC女子世界ミニフライ級王者。元WBA女子世界ライトミニマム級王者。大阪府枚方市出身。京都市のプロボクシングジム・フュチュールジム所属。
好川 菜々 は、日本の女子プロボクサー。本名:野上 奈々。大… 好川 菜々 は、日本の女子プロボクサー。本名:野上 奈々。大阪府羽曳野市出身、堺市在住。164 cm、AB型。大阪女子短期大学高等学校、大阪国際女子大学卒業、近畿大学通信教育部短期大学部在学。アマチュア時代は全日本女子選手権3階級制覇、2008年・2012年世界選手権日本代表。2013年に雅ボクシングジムよりプロデビュー。2014年より堺東ミツキボクシングジム所属。元WBO・WBC暫定女子世界フライ級王者。元OPBF東洋太平洋女子ライトフライ級王者。
李 冽理 、英語: Ryol-Li Lee、1982年5月2… 李 冽理 、英語: Ryol-Li Lee、1982年5月20日 - )は、在日韓国人3世の日本の元プロボクサー。大阪府門真市出身、横浜光ボクシングジム所属。第56代日本フェザー級王者、元WBA世界スーパーバンタム級王者、第43代OPBF東洋太平洋フェザー級王者。