坂田 東一(さかた とういち、1948年〈昭和23年〉11月… 坂田 東一(さかた とういち、1948年〈昭和23年〉11月24日 - )は、日本の文部科学官僚。文部科学事務次官を経て、2011年から2014年までウクライナ駐箚特命全権大使を務めた。瑞宝重光章受章。大阪府出身。 大阪府立北野高等学校、東京大学工学部卒業、東京大学大学院工学系研究科機械工学専門課程修士課程修了。1974年科学技術庁入庁。科学技術庁科学技術政策局計画課企画官、文部科学大臣官房審議官、独立行政法人理化学研究所理事、文部科学省大臣官房長、文部科学審議官を経て、2009年7月14日から、2010年7月30日まで文部科学事務次官。 退官後、文部科学省顧問を経て、2010年10月1日より社団法人日本原子力産業協会特任フェロー。
新井 将敬(あらい しょうけい、1948年〈昭和23年〉1月… 新井 将敬(あらい しょうけい、1948年〈昭和23年〉1月12日 - 1998年〈平成10年〉2月19日)は、日本の政治家、大蔵官僚。大阪府出身。朝鮮系日本人で民族名は朴 景在(パク・キョンジェ、박경재、ぼく けいざい)。 大阪府大阪市生まれ。大阪市立菅南中学校を経て大阪府立北野高等学校を卒業。16歳のとき、朝鮮籍から日本に帰化。 高校時代の担任教員の一人は、森恒夫(新井とは入れ違いに卒業)のクラスを受け持ったこともあり、新井の死去から間もない頃に北野高校OB会のインタビューで「自分自身への期待感が強く、向上心が人一倍強い」という点がこの2人に共通していたと述べている。 東京大学理科一類に入学。
吉田 和男(よしだ かずお、1948年1月10日 - )は、… 吉田 和男(よしだ かずお、1948年1月10日 - )は、日本の経済学者、元財務官僚。京都産業大学教授。 専門は、数理経済学、公共経済学、財政学、非線形経済学、日本経済論、日本財政論、複雑系経済学、進化経済学、ベンチャー経済論、IT経済論、憲法学、陽明学、哲学など、幅広い分野を研究している。小泉内閣時には竹中平蔵の盟友として活躍した。京都大学経営管理大学院(ビジネススクール)の設立に寄与し、初代院長を務めた。大阪府池田市出身。 啓蒙活動も積極的に行い、非常に多くの著書を出版している。保守的な思想で知られ、新しい歴史教科書をつくる会の賛同者の一人でもある。現在の日本社会を"精神なき社会"として批判し、1996年からは全人格的教育の場として、『伝習録』の読解などを行う陽明学の私塾「桜下塾」を主催する。
小磯 修二(こいそ しゅうじ、1948年(昭和23年) - … 小磯 修二(こいそ しゅうじ、1948年(昭和23年) - )は、日本の北海道開発庁官僚。北海道開発庁企画調整官や、北海道開発局開発計画課長を経て退官後、釧路公立大学学長に就任。退任後、北海道観光振興機構会長を務めた。 大阪府大阪市出身。1972年京都大学法学部卒業。同年、北海道開発庁(現国土交通省北海道局)入庁。1989年同開発企画官。1990年北海道開発庁に新設された国際室長に就任。同官房計画官。同企画調整官、北海道開発局開発計画課長を経て、1999年6月に釧路公立大学地域経済研究センター長に就任。2008年4月より学長に就任し、2012年に釧路公立大学を退官。 2012年4月より北海道大学大学院公共政策学連携研究部附属公共政策学研究センター特任教授を務めたのち、2017年一般社団法人地域研究工房代表理事。
平井 正夫(ひらい まさお、1947年12月5日 - )は、… 平井 正夫(ひらい まさお、1947年12月5日 - )は、日本の官僚。総務省(旧郵政省)で通信自由化と郵政民営化に関わった。
有冨 寛一郎(ありとみ かんいちろう、1947年10月12日… 有冨 寛一郎(ありとみ かんいちろう、1947年10月12日 - )は大阪府出身の総務官僚。総務審議官を最後に退官後、マルチメディア振興センター理事長、KDDI代表取締役副会長、全国地域情報化推進協会理事長等を歴任した。いわゆる「電波開放戦略」を進め、日本のICT(情報通信技術)の国際競争力向上を図った。
乾文男(いぬい ふみお、1947年10月7日 - )は日本の… 乾文男(いぬい ふみお、1947年10月7日 - )は日本の大蔵官僚。血液型はAB型。理財局総務課長、内閣総理大臣秘書官(事務担当)、関東信越国税局長、国税庁課税部長、金融監督庁監督部長、金融庁総務企画部長、金融庁総務企画局長、日本政策投資銀行理事、一般社団法人投資信託協会副会長、一般社団法人金融財政事情研究会会長などを務めた。 大阪府柏原市出身(父母も大阪府)。大阪府立天王寺高等学校、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。1970年4月 大蔵省入省(大臣官房文書課)。1973年7月 主計局総務課調査主任。1974年7月 主計局総務課企画係長。1975年7月 尾道税務署長。1978年7月 和歌山県総務部財政課長。
森元 恒雄(もりもと つねお、1947年6月17日 - )は… 森元 恒雄(もりもと つねお、1947年6月17日 - )は、日本の政治家、自治官僚。元自由民主党参議院議員。大阪府和泉市出身。 大阪府立三国丘高等学校、東京大学法学部卒業。1970年に自治省(現・総務省)に入省。財政局地方債課長、大臣官房企画室長、岐阜県副知事などを歴任。1999年8月14日に大臣官房総務審議官。2000年5月に退官。翌2001年の参議院議員選挙で比例区から自民党公認で立候補して当選。当選1回。2003年の第1次小泉2次改造内閣で内閣府大臣政務官に就任。次の第2次小泉内閣でも留任した。2007年の参議院議員選挙で落選した。 2008年に立教大学経済学部特任教授となり、2013年まで務めた。
建部 和仁(たてべ かずひと、1947年5月25日 - )は… 建部 和仁(たてべ かずひと、1947年5月25日 - )は、日本の大蔵官僚。九州財務局福岡財務支局長、欧州復興開発銀行理事、国際交流基金理事、造幣局理事を経て、2006年からルクセンブルク大公国駐箚特命全権大使を務めた。 大阪府高槻市出身。1966年大阪府立北野高等学校卒業。1970年東京大学法学部卒業、大蔵省入省(主税局国際租税課)。1972年フランス留学、1974年7月国際金融局国際機構課国際機関係長。1975年7月洲本税務署長。1976年7月関税局総務課長補佐。その後は大蔵省理財局国有財産総括課長等を経て、1994年九州財務局福岡財務支局長。1996年欧州復興開発銀行理事。1999年国際交流基金理事。
河手 悦夫(かわて えつお、1947年3月27日 - )は日… 河手 悦夫(かわて えつお、1947年3月27日 - )は日本の大蔵官僚。関東財務局長などを務めた。 大阪府大阪市出身(父母は岡山県出身)。大阪府立北野高等学校、京都大学経済学部卒業。1970年 大蔵省入省(銀行局銀行課)。1975年7月 鳴門税務署長。 1989年6月 大阪国税局総務部長。1992年7月 東京国税局総務部長。1993年7月2日 大臣官房金融検査部審査課長。1994年7月1日 北海道財務局長。1995年5月26日 広島国税局長。1996年7月12日 国土庁長官官房審議官(計画・調整局担当)。1997年7月15日 関東財務局長。1998年6月30日 関東財務局長兼関東財務局総務部長事務取扱。
太田 省三(おおた しょうぞう、1947年1月2日 - )は… 太田 省三(おおた しょうぞう、1947年1月2日 - )は日本の大蔵官僚。大臣官房地方課長、関東信越国税局長、関税局長心得兼大臣官房審議官(関税局担当)、大臣官房審議官(大臣官房担当)、印刷局長、特別認可法人生物系特定産業技術研究推進機構理事長、株式会社東京金融取引所代表取締役社長などを歴任。血液型はA型。 大阪府出身(父母は福岡県)。大阪府立北野高等学校、東京大学法学部卒業。1969年 大蔵省入省(証券局企業財務第一課)。1974年7月 大牟田税務署長。1975年7月 沼津税務署長。主計局主計官補佐(労働第一、二係主査)、主計局主計官補佐(地方財政第一、二、補助金係主査)、大臣官房企画官兼大臣官房文書課法令審査室長、総務庁行政管理局管理官(定員総括、特殊法人総括、外務省)、主計局主計企画官、主計局主計官(地方財政、補助金、大蔵担当)などを務める。
久米重治(くめ じゅうじ、1946年3月1日 - 2008年… 久米重治(くめ じゅうじ、1946年3月1日 - 2008年5月9日)は日本の大蔵官僚。横浜税関長、大臣官房審議官(関税局担当)、印刷局長などを歴任。趣味はスポーツ観戦。血液型はB型。 大阪府泉南郡出身(父は徳島県、母は三重県)。大阪府立北野高等学校、東京大学法学部卒業。1968年 大蔵省に入省(理財局資金課)。1973年7月 大館税務署長。外務省在インド日本大使館勤務、理財局国有財産総括課長補佐(総括・総務・審査)、理財局資金第一課長補佐、大阪税関総務部長、理財局総務課たばこ塩事業室長、東京税関総務部長などを経て、1991年6月 経済企画庁総合計画局計画課長。1993年6月25日 横浜税関長。
片木 淳(かたぎ じゅん、1946年または1947年 - )… 片木 淳(かたぎ じゅん、1946年または1947年 - )は日本の自治官僚、地方公務員。消防庁次長等を経て、早稲田大学大学院公共経営研究科教授を務めた。 大阪府泉南市出身。灘高等学校を経て、東京大学法学部II類(公法)卒業。消防庁次長等を経て、早稲田大学大学院公共経営研究科教授を務めた。
松谷 明彦(まつたに あきひこ、1945年9月21日 - )… 松谷 明彦(まつたに あきひこ、1945年9月21日 - )は、日本の経済学者、官僚。政策研究大学院大学名誉教授。専門はマクロ経済学、財政学。主計局調査課長、主計局主計官、横浜税関長、大臣官房審議官等を歴任した。 大阪市生まれ。東京都立戸山高等学校を経て、1969年東京大学経済学部経済学科卒業、1970年同学部経営学科卒業。同年、大蔵省入省(証券局総務課)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
荒井 正吾(あらい しょうご、1945年〈昭和20年〉1月1… 荒井 正吾(あらい しょうご、1945年〈昭和20年〉1月18日 - )は、日本の政治家、運輸官僚。勲等は旭日大綬章。 海上保安庁長官(第36代)、参議院議員(1期)、外務大臣政務官(第1次小泉第2次改造内閣・第2次小泉内閣)、参議院文教科学委員長、奈良県知事(公選第17・18・19・20代)を歴任した。 大阪府八尾市に生まれ、奈良県大和郡山市で育つ。自宅は東京都世田谷区にある。奈良女子大学附属高等学校、東京大学法学部卒業。大学在学中に国家公務員採用上級甲種試験(法律)に合格し、1968年に運輸省(現・国土交通省)に入省した。本省勤務の他、OECD日本政府代表部への出向も経験。また、シラキューズ大学マックスウェル行政大学院へ留学し、MPAを取得。
若林 勝三(わかばやし しょうぞう、1943年(昭和18年)… 若林 勝三(わかばやし しょうぞう、1943年(昭和18年)11月23日 - )は、日本の官僚。元沖縄開発事務次官。日本地震再保険会長。大阪府出身。
目崎 八郎(めざき はちろう、1943年2月8日 - 202… 目崎 八郎(めざき はちろう、1943年2月8日 - 2025年7月30日)は日本の大蔵官僚。大阪税関長、大臣官房審議官(国際金融局担当)、国際通貨基金(IMF)理事などを歴任。血液型はO型。 新潟県南魚沼郡出身(父母も新潟県)。大阪府立清水谷高等学校を卒業し、京都大学法学部に進学。京都大学法学部卒業後は東京大学経済学部経済学科に学士入学。東京大学経済学部卒業。 1967年4月 大蔵省入省(主税局国際租税課)。 1971年5月から1974年7月まで外務省在フィリピン大使館に外交官として出向。 1990年7月 大臣官房会計課長。 1991年6月 大阪税関長。 1993年7月 大臣官房審議官(国際金融局担当)。
北 修爾(きた しゅうじ、1943年〈昭和18年〉1月28日… 北 修爾(きた しゅうじ、1943年〈昭和18年〉1月28日 - )は日本の通産官僚。阪和興業創業者北二郎の長男で、同社代表取締役社長として、バブル崩壊後叔父の北茂前社長の投資による多額の損失を被り経営危機にあった同社の再建を行った。 小林興起、広瀬勝貞、林康夫、森清圀生(ライフ社長、元通商政策局次長)、石黒正大(東京ガス副社長、元中小企業庁長官)、長藤史郎(荏原製作所常務執行役員)など。
岡﨑 俊雄(おかざき としお、1943年 - )は、日本の官… 岡﨑 俊雄(おかざき としお、1943年 - )は、日本の官僚。元科学技術事務次官。 兵庫県出身。大阪大学工学部原子力工学科卒業後、科学技術庁入庁。長官官房審議官、原子力局長、科学審議官を経て、1998年(平成10年)科学技術事務次官に就任。 退官後は日本原子力研究所副理事長、同理事長を経て、2005年(平成17年)に日本原子力研究開発機構副理事長、2007年(平成19年)同理事長。もんじゅ運転再開に尽力し、再開後の2010年(平成22年)8月に理事長を退任。
横田 捷宏(よこた かつひろ 1942年1月11日-)は、日… 横田 捷宏(よこた かつひろ 1942年1月11日-)は、日本の通産官僚。日本銀行政策委員、中小企業金融公庫副総裁を歴任。義父は佐橋滋。 大阪府立大手前高等学校を経て、
竹本 直一(たけもと なおかず、1940年11月23日 - … 竹本 直一(たけもと なおかず、1940年11月23日 - )は、日本の政治家、官僚。自由民主党所属の衆議院議員(7期)、自民党大阪府連会長。元財務副大臣(第3次小泉改造内閣)。
伴 襄(ばん のぼる、1940年(昭和15年) - )は、日… 伴 襄(ばん のぼる、1940年(昭和15年) - )は、日本の官僚。元建設事務次官。大阪府出身。
中島 章夫(なかじま あきお、1936年1月27日 - 20… 中島 章夫(なかじま あきお、1936年1月27日 - 2024年6月8日)は、日本の文部官僚、政治家。衆議院議員、参議院議員。大阪府枚方市出身。
堺屋 太一(さかいや たいち、1935年7月13日 - 20… 堺屋 太一(さかいや たいち、1935年7月13日 - 2019年2月8日)は、日本の政治家、通産官僚、小説家、評論家。位階は従三位。勲等は旭日大綬章。 経済企画庁長官(第55・56・57代)、内閣特別顧問、内閣官房参与などを歴任した。また、株式会社堺屋太一事務所および株式会社堺屋太一研究所の代表取締役社長であり、様々な博覧会のプロデューサーとしても活動していた。 本名は池口 小太郎(いけぐち こたろう)であり、ペンネームの由来は、先祖の商人が安土桃山時代に堺から谷町に移住した際の名前である「堺屋太一」から採ったものである(堺屋は屋号にあたる)。 谷町に近い大阪市東区岡山町(現:中央区玉造)生まれ。
中田一男(なかた かずお、1935年2月18日 - )は日本… 中田一男(なかた かずお、1935年2月18日 - )は日本の大蔵官僚。血液型はB型。 大阪府吹田市出身(父は兵庫県、母は大阪府)。大阪府立茨木高等学校、京都大学経済学部卒業。1957年 大蔵省入省(主税局調査課)。1964年7月 荻窪税務署長。1980年6月 経済企画庁物価局物価政策課長。1982年6月 中国財務局長。1984年6月 理財局次長(国有財産担当)。1986年6月 大臣官房審議官(大臣官房担当)。1987年1月 北海道開発庁総務監理官。1989年4月 北海道開発事務次官。1991年6月 退官。同年7月 北海道東北開発公庫副総裁。1995年6月 苫小牧東部開発(株)代表取締役社長。2000年5月 (株)OMCカード代表取締役会長。
平野 拓也(ひらの たくや、1935年1月8日 - )は、日… 平野 拓也(ひらの たくや、1935年1月8日 - )は、日本の元大蔵官僚・科学技術官僚。大阪府大阪市出身。 国家公務員採用中級試験(行政)に合格し、大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)外国語学部中国語学科を卒業して1959年に大蔵省に入省するが、同年国家公務員採用上級試験(行政)に合格し、改めて科学技術庁に事務系官僚で入った。その後、航空宇宙技術研究所管理部長、原子力局長、官房長、科学審議官を経て、1992年に事務系として初の科学技術事務次官となる。 1994年に定年退官。その後に海洋科学技術センター理事長に就任。 1995年の大阪府知事選挙に自民党、社会党など日本共産党以外の政党から支援されて無所属で立候補するが、無党派の横山ノック(無所属)に敗れて落選。
平野 拓也(ひらの たくや、1935年 - )は、日本のフリ… 平野 拓也(ひらの たくや、1935年 - )は、日本のフリージャーナリスト、元税務官僚。 大阪府大阪市生まれ。1953年大阪府立豊中高等学校卒、大蔵省関税局大阪税関入関。税関相談官などを経て1995年退職。1988年大阪外国語大学フランス語科入学、1993年卒業。退職後は雑誌、単行本などで執筆活動。
森岡 敞(もりおか たかし、1926年頃 - 1981年5月… 森岡 敞(もりおか たかし、1926年頃 - 1981年5月8日)は自治官僚。大阪府大阪市出身。義兄は首藤堯。 1948年に東京大学法学部を卒業し、自治省の前身である全国選挙管理委員会に入る。 財政、税務畑が長く、市町村税課長、固定資産税課長、府県税課長、財政課長、財政担当審議官、税務局長、財政局長を経て、1979年10月に自治事務次官となる。 自治事務次官在任中の1981年5月に小脳膿瘍で急死した。享年55歳。 浪花節的な人情家の親分タイプで先輩への義理は厚く、部下思いであったことから、自治省内で慕う者が多かった。ただ、3代前の次官であった松浦功とはソリが合わなかった。
奥田 真丈(おくだ しんじょう、1922年(大正11年)9月… 奥田 真丈(おくだ しんじょう、1922年(大正11年)9月15日 - 2010年(平成22年)3月2日)は、日本の元文部官僚、教育行政学者。
梅本 純正(うめもと よしまさ、1919年〈大正8年〉5月2… 梅本 純正(うめもと よしまさ、1919年〈大正8年〉5月27日 - 2015年〈平成27年〉12月28日)は、日本の厚生官僚・実業家。 社会保険庁長官、厚生事務次官、環境事務次官、内閣官房副長官、武田薬品工業社長などを務めた。 大阪府大阪市出身。浪速高等学校を卒業。1942年7月、高等試験行政科試験に合格。同年、東京帝国大学法学部政治学科を卒業。厚生省に入省し、生活局属となる。短期現役海軍主計科士官(9期)を志願し、同年9月に海軍経理学校に入校。1943年1月、海軍主計中尉に任官し経理学校を卒業。第九五八海軍航空隊に配属されラバウルに赴任。1944年5月、主計大尉に進み終戦を迎えた。 以後、児童局企画課長、内閣官房総務課長(首席参事官)、援護局長、大臣官房長、保険局長、社会保険庁長官、厚生事務次官などを歴任。
小林 章(こばやし あきら、1915年(大正4年)7月10日… 小林 章(こばやし あきら、1915年(大正4年)7月10日 – 1999年(平成11年)8月1日)は、日本の昭和期の大蔵官僚、政治家。参議院議員、日本専売公社総務理事。 大阪府大阪市出身。大阪高等学校を卒業。1937年(昭和12年)10月、高等試験行政科試験に合格。1938年(昭和13年)東京帝国大学法学部政治学科を卒業した。同年、大蔵省に入省し主税局属となる。 以後、大阪税関総務部長、松山海運局監理部長、高松財務局経理部長、同関税部長、大蔵省管理局財務第二課長などを歴任した。 日本専売公社に移り、塩業課長、主計課長、仙台地方局長、本社綜合企画室長、塩脳部長、臨時塩業整備本部長、経理部長、企画部長、総務理事を歴任し、1964年(昭和39年)に退任した。
新井 真一(あらい しんいち、1914年8月23日 - 20… 新井 真一(あらい しんいち、1914年8月23日 - 2012年1月9日)は日本の官僚、実業家。 大阪府堺市生まれ。日本万国博覧会協会の初代常任理事事務総長だったことで知られる。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
梶原 茂嘉(かじわら しげよし、1900年(明治33年)2月… 梶原 茂嘉(かじわら しげよし、1900年(明治33年)2月8日 - 1978年(昭和53年)10月9日)は、日本の農商務官僚、政治家。参議院議員。 兵庫県で裁判所勤務・梶原甚三郎の長男として生まれる。大阪府立北野中学校、第一高等学校を卒業。1922年11月、高等試験行政科試験に合格。1923年3月、東京帝国大学法学部法律学科(独法)を卒業。同年4月、農商務省に入省し嘱託となる。 以後、農商務属・食料局業務課配属、農務局米穀課配属、農林属、産業組合事務官、専任農林事務官、産業組合事務官兼農林事務官、水産講習所教授兼農林事務官、農林事務官、京城米穀事務所長、農林書記官、経済更生部産業組合課長、山林局監理課長、米穀局米政課長、農務局農政課長、大臣官房文書課長、兼大臣官房調査課長、商工省繊維局長、企画院第四部長、農商省物価局長、馬政局長官などを歴任し、1945年4月、農商省農政局長に就任し、同年8月に退官した。
坂 信弥(さか のぶよし、1898年12月23日 - 199… 坂 信弥(さか のぶよし、1898年12月23日 - 1991年2月22日)は、日本の内務官僚、実業家。富山県知事、警視総監、大商証券社長。旧姓・田中。坂信彌とも表記、あるいはこちらが正確か。 堺市出身、本籍・山口県。農業・市会議員、田中龍太郎の四男として生まれる。堺中学校、第八高等学校を経て、1924年4月、東京帝国大学法学部法律学科(独法)を卒業。1923年12月、高等試験行政科試験に合格。1924年5月、内務省に入り茨城県属として内務部産業課に配属された。その後、長州系官僚である坂仲輔の家の婿養子に迎えられる。 1924年12月、茨城県警部を兼務。以後、地方警視・滋賀県警務課長、長野県警務課長、京都府保安課長、北海道庁道路課長、奈良県書記官・経済部長、鹿児島県書記官・警察部長、埼玉県書記官・警察部長、上海領事(工部局警察部長)、警視庁官房主事、大阪府部長・警察部長などを歴任。
矢野 兼三(やの けんぞう、1896年(明治29年)9月13… 矢野 兼三(やの けんぞう、1896年(明治29年)9月13日 - 1981年(昭和56年)2月19日)は、日本の内務・警察官僚。官選富山県知事、陸軍司政長官。号は蓬矢。 大阪市出身。矢野治三郎の三男として生まれる。1919年、私立関西大学法律学科を卒業し桜セメントに入社。1920年10月、文官高等試験行政科試験に合格。1921年、内務省に入省し社会局嘱託となる。 以後、京都府愛宕郡長、警視庁事務官、青森県書記官・学務部長、千葉県書記官・警察部長、警視庁官房主事、岡山県総務部長などを歴任。 1938年4月、富山県知事に就任。戦時下の対応に尽力。1941年1月に休職となる。1942年7月7日、陸軍司政長官に発令。
小畑 忠良(おばた ただよし、1893年(明治26年)3月1… 小畑 忠良(おばた ただよし、1893年(明治26年)3月16日 - 1977年(昭和52年)10月11日)は、日本の実業家、企画院・内務官僚、弁護士。企画院次長、大日本産業報国会理事長、大政翼賛会事務総長、官選愛知県知事、東海北陸地方総監。 漢学者、小畑万治郎の六男として大阪府で生まれる。茨木中学校、第一高等学校を経て、1917年(大正6年)3月、東京帝国大学法科大学法律学科(英法)を優等で卒業し、銀時計を授与された。住友合資会社に入り総本店経理部に配属された。1923年(大正12年)2月から1925年(大正14年)3月まで欧米に商工業研究のため留学した。 1925年(大正14年)10月、住友総本店経理部第三課長となる。
多賀 秀敏(たが ひでとし、1890年(明治23年)5月28… 多賀 秀敏(たが ひでとし、1890年(明治23年)5月28日 - 1934年(昭和15年)7月14日)は、朝鮮総督府官僚。正五位勲六等。 大阪府大阪市出身。1918年(大正7年)、東京外国語学校英語学科を卒業。1921年(大正10年)には京都帝国大学法学部政治学科を卒業し、翌年に高等試験行政科に合格した。朝鮮総督府属、道警視、咸鏡南道商工課長・審査課長、同水産課試験場長、忠清南道学務課長・土木課長、京畿道学務課長、忠清南道財務部長、慶尚北道財務部長、大邱府尹、光州税務監督局長などを歴任した。 1934年(昭和15年)7月14日、病気療養中に大阪市の大阪帝国大学医学部附属医院で死去、44歳。同年5月中旬より入院していた。
赤土 正強(赤土 正强、しゃくど まさたけ、1888年(明治… 赤土 正強(赤土 正强、しゃくど まさたけ、1888年(明治21年)8月16日 - 1944年(昭和19年)3月11日)は、日本の内務官僚、足利市長。 奈良県北葛城郡下田村(現在の香芝市)出身。天王寺中学校を経て、第四高等学校を卒業。1912年11月、文官高等試験行政科試験に合格。1913年、東京帝国大学法科大学英法科を卒業。内務省に入省し滋賀県属となる。 以後、滋賀県警視、同県神崎郡長、同野洲郡長、鳥取県理事官・視学官、京都府理事官・産業部長、山梨県書記官・警察部長、奈良県書記官・内務部長、愛媛県書記官・内務部長、福島県書記官・内務部長、長崎県書記官・総務部長などを歴任。 1937年7月8日、依願免本官となり退官した。
土居 通次(どい みちつぐ、1884年(明治17年)12月2… 土居 通次(どい みちつぐ、1884年(明治17年)12月22日 - 1952年(昭和27年)1月23日)は、日本の内務・警察官僚、政治家。官選徳島県知事、室蘭市長。 堺県堺区(現・大阪府堺市堺区)で土居栄十郎の長男として生まれる。その後、北海道に移り、北海道庁立札幌中学校を卒業。第二高等学校文科を経て、1912年(明治45年)、東京帝国大学法科大学法律学科 (独法)(現・東京大学法学部)を卒業。1913年(大正2年)11月、文官高等試験に合格。内務省に入省し宮城県属となる。 以後、宮城県柴田郡長、同遠田郡長、同牡鹿郡長、茨城県理事官、高知県警察部長、熊本県警察部長、佐賀県警察部長、島根県書記官・内務部長、群馬県書記官・内務部長、福井県書記官・内務部長、滋賀県書記官・内務部長などを歴任。
迫田 裕治 は、日本の警察官僚。第100代警視総監、第37代… 迫田 裕治 は、日本の警察官僚。第100代警視総監、第37代警察庁警備局長などを務めた。
安森 智司(やすもり さとし)は、日本の警察官僚。九州管区警… 安森 智司(やすもり さとし)は、日本の警察官僚。九州管区警察局長や京都府警察本部長などを務めた。2019年(令和元年)現在、西松建設の顧問(コンプライアンス委員会委員長) 1977年(昭和52年)大阪教育大学附属高校天王寺校舎卒業。1982年、京都大学法学部を卒業後「人を大事にする組織だ」と思い警察庁へ。 警視庁刑事部捜査第二課長を経て2003年(平成15年)9月2日、神奈川県警察刑事部長。2006年4月14日、警察庁に戻り暴力団対策課長。 2007年5月10日、滋賀県警察本部長に就任。2009年3月31日、警察庁官房付。2010年8月10日、警察大学校の警察政策研究センター所長。 2011年5月16日、京都府警察本部長に就任。
行松 泰弘(ゆきまつ やすひろ)は、日本の文部官僚。北海道大… 行松 泰弘(ゆきまつ やすひろ)は、日本の文部官僚。北海道大学大学院工学研究院教授や、内閣府宇宙開発戦略推進事務局審議官を経て、文部科学省大臣官房サイバーセキュリティ・政策立案総括審議官。 大阪府貝塚市出身。大阪府立岸和田高等学校を経て、1988年立命館大学法学部卒業。立命館大学法友会出身で、のちに法友会同窓会朋友会に所属。 1988年科学技術庁入庁。1995年科学技術庁原子力局技術振興課核融合開発室長補佐。1996年科学技術庁研究開発局宇宙利用課長補佐。 1997年外務省在ロシア日本国大使館二等書記官。1998年同一等書記官。2000年科学技術庁研究開発局ライフサイエンス課長補佐。2001年放射線医学総合研究所企画室総括研究企画官。
秋田 潤(あきた じゅん)は、日本の税関職員、財務官僚。財務… 秋田 潤(あきた じゅん)は、日本の税関職員、財務官僚。財務省名古屋税関長。 大阪府大阪市出身。神戸大学農学部卒業後、1983年 大蔵省入省。2003年 東京税関監視部国際情報センター室長。横浜税関監視部次長や東京税関調査部次長、財務省関税局関税課特殊関税調査室長、長崎税関調査部長等を経て、2014年 東京税関税関情報監理官。2015年7月から横浜税関監視部長を務め、大さん橋でのテロリズム対策訓練などにあたった。2016年7月 大阪税関総務部長。2017年7月 財務省関税局監視課長。2019年から名古屋税関長を務め、テロリズム対策や、豚熱予防策などを進めた。2020年 退官、一般財団法人日本貿易関係手続簡易化協会専務理事。
今西 靖治(いまにし のぶはる)は、日本の外務官僚。 大阪府… 今西 靖治(いまにし のぶはる)は、日本の外務官僚。 大阪府大阪市出身。灘高等学校、東京大学法学部卒業。1994年、外務省入省。軍縮不拡散・科学部軍備管理軍縮課首席事務官、在オーストラリア日本国大使館、在ブラジル日本国大使館、総合外交政策局国際平和協力室長、軍備管理軍縮課長、軍縮不拡散・科学部軍備管理軍縮課長、国際協力局参事官などを歴任。
永井 達也(ながい たつや)は、日本の警察官僚。 大阪府大阪… 永井 達也(ながい たつや)は、日本の警察官僚。 大阪府大阪市出身。灘高等学校、東京大学法学部卒業。1984年、警察庁入庁。警視庁公安部長、香川県警察本部長、千葉県警察本部長、警察大学校校長などを歴任。
向井 治紀(むかい はるき)は、日本の財務官僚。 大阪府大阪… 向井 治紀(むかい はるき)は、日本の財務官僚。 大阪府大阪市出身。灘高等学校、東京大学法学部卒業。1981年、大蔵省入省。財務省主計局主計官、理財局次長、内閣官房内閣審議官、内閣府大臣官房番号制度担当室長、内閣官房情報通信技術総合戦略室室長代理、デジタル庁参与を務める。