大山 誠一郎(おおやま せいいちろう、1971年 -)は、日… 大山 誠一郎(おおやま せいいちろう、1971年 -)は、日本の推理作家、翻訳家。埼玉県蕨市生まれ。少年時代を広島県の福山市で過ごす。京都大学在学中は推理小説研究会に所属。本格ミステリ作家クラブ会員。京都大学法学部中退。 2002年、電子書籍販売サイト「e-NOVELS」に犯人当てミステリ「彼女がペイシェンスを殺すはずがない」を発表し注目される。2004年、『アルファベット・パズラーズ』で本格的に小説家デビュー。同作は『本格ミステリ・ベスト10』2005年版で第8位にランクインする。 2011年に発表された「新世紀本格短編オールベスト・ランキング」では、「彼女がペイシェンスを殺すはずがない」が第8位に、「佳也子の屋根に雪ふりつむ」が第15位にランクインしている。
光原 百合(みつはら ゆり、1964年5月6日 - 2022… 光原 百合(みつはら ゆり、1964年5月6日 - 2022年8月24日)は、日本の小説家、児童文学作家、翻訳家。本名同じ。尾道市立大学芸術文化学部日本文学科教授。絵本・詩・翻訳も手掛けている。日本推理作家協会会員、本格ミステリ作家クラブ会員。 広島県尾道市出身。1982年広島県立尾道東高等学校卒業。1986年大阪大学文学部文学科卒業、1996年同大学院博士後期課程単位取得満期退学。 1980年代から「詩とメルヘン」に投稿を続けて童話や詩集を発表し、1990年代からは吉野桜子名義で推理小説の短編も発表していた。1998年、『時計を忘れて森へいこう』で推理小説界に公式デビューした。以降、寡作ではあるが日常の謎系の推理作品を発表し続け、2002年には短編小説「十八の夏」で第55回日本推理作家協会賞短編部門を受賞した。
島田 絵海(しまだ えみ、1959年3月2日 - )は、日本… 島田 絵海(しまだ えみ、1959年3月2日 - )は、日本の翻訳家。 広島県廿日市市出身。広島市立舟入高等学校、京都女子大学文学部卒業。アメリカ文学研究。 アンドレ・デビュース『アダルタリー』(1992)の他、アンドレ・デビュース短編集、エリザベス・バーグ『ケイティの夏』(1994)『永い眠りにつく前に』(1995)などの訳書がある。
松永 美穂(まつなが みほ、1958年 - )は、日本のドイ… 松永 美穂(まつなが みほ、1958年 - )は、日本のドイツ文学者、翻訳家。早稲田大学文学学術院文化構想学部教授。専攻はドイツ語圏の現代文学。 愛知県生まれ。広島県広島市出身。広島市の中学・高校を経て、1982年東京大学文学部ドイツ文学科卒業。同大学大学院修士課程修了。1987年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。ドイツ学術交流会奨学生としてハンブルク大学に留学。東京大学工学部国際交流室助手。1988年フェリス女学院大学国際交流学部専任講師、1993年同大学助教授、1998年早稲田大学第一文学部助教授、1999年同大学教授。 2000年、翻訳したベルンハルト・シュリンク『朗読者』がベストセラーになり、第54回毎日出版文化賞特別賞受賞。
髙田 惠子(たかた けいこ、1951年 - )は、日本の翻訳… 髙田 惠子(たかた けいこ、1951年 - )は、日本の翻訳家。「高田 恵子」と表記される場合もある。 広島県広島市生まれ。 1974年津田塾大学学芸学部英文科卒業。
桑原 真夫(くわばら まさお、1947年3月 - )は、日本… 桑原 真夫(くわばら まさお、1947年3月 - )は、日本の詩人、スペイン・ガリシア文学研究者、翻訳家。本名・中西 省三。 所属は日本イスパニア学会、スペイン史学会、日本観光研究学会、京都セルバンテス懇話会。 広島県福山市鞆の浦生まれ。広島大学附属福山高等学校、北海道大学経済学部卒。三井銀行に入行後、ブリュッセル、マドリッド、ロンドン等ヨーロッパに約14年駐在。のち赤福相談役。
山下 明生(やました はるお、1937年3月11日 - )は… 山下 明生(やました はるお、1937年3月11日 - )は、日本の児童文学作家、翻訳家。 東京生まれ、瀬戸内海の広島県能美島で育つ。 広島県立大柿高等学校を経て京都大学文学部仏文学科卒業後、上京してあかね書房へ入社。同社の児童書編集の傍ら、乙骨淑子、奥田継夫、掛川恭子、八木田宜子とともに同人誌「こだま」に参加した事を機に創作活動に専念。 1973年『うみのしろうま』で野間児童文芸推奨作品賞、1975年『はんぶんちょうだい』で小学館文学賞、1983年『まつげの海のひこうせん』で絵本にっぽん大賞、1986年『海のコウモリ』で赤い鳥文学賞、1992年『カモメの家』で野間児童文芸賞、日本児童文学者協会賞、1993年同作で路傍の石文学賞受賞、『バーバパパ』シリーズの翻訳でも有名。
近藤 千雄(こんどう かずお、1935年 - 2012年)は… 近藤 千雄(こんどう かずお、1935年 - 2012年)は、日本の翻訳家、作家、スピリチュアリズム研究家。台湾生まれ、広島県福山市育ち。 幼少時、母に奇妙な出来事が起こる体験を見聞きする。戦後すぐ兄を交通事故で亡くし、霊界への興味を持ち、浅野和三郎などの本を読むようになる。 高校時代、九州にやってきた霊能力者の間部詮信に出会う。間部は知るはずの無い兄の想いを語り、聞いていた母は霊界の存在を確信する。近藤はそれに間接的に影響を受け、自身の道を決定付けた体験だと語る。 その後、交霊会などを体験。明治学院大学英文科卒業。在学中から今日に至るまで英米の原典の研究と翻訳に従事。1981年・1984年英国を訪問、著名霊媒、心霊治療家に会って親交を深める。
森野 善右衛門(もりの ぜんえもん、1928年12月7日 -… 森野 善右衛門(もりの ぜんえもん、1928年12月7日 - 2023年7月31日 )は、日本の神学者、牧師、翻訳家。東北学院大学名誉教授。 広島市生まれ。1945年群馬県立高崎中学校卒業。1948年松本高等学校理科甲類卒業。1953年広島文理科大学物理学科卒業。1957年東京神学大学大学院修士課程修了。日本基督教団信濃町教会、若草教会牧師。1966年東北学院大学助教授、教授。1996年定年退任、名誉教授。
石丸 和人(いしまる かずと、1928年2月17日 - )は… 石丸 和人(いしまる かずと、1928年2月17日 - )は、日本のジャーナリスト、翻訳家。 広島県呉市出身。1953年東京大学文学部独文科卒、毎日新聞社入社、外信部副部長、ワシントン支局長、編集委員、論説委員、1983年山形新聞社入社、論説委員。姫路獨協大学教授、2003年定年。
田中 小実昌(たなか こみまさ、1925年〈大正14年〉4月… 田中 小実昌(たなか こみまさ、1925年〈大正14年〉4月29日 - 2000年〈平成12年〉2月26日)は、日本の小説家、翻訳家、随筆家。直木賞・谷崎潤一郎賞受賞。 東京市千駄ヶ谷生まれ。父・田中種助はバプテストの神学校を出た東京市民教会の牧師。40歳の種助と46歳の母・マサ子の長男として生まれる。父の転勤で4歳から広島県呉市東三津田町で育つ。7歳のとき、父が呉三津田の山に「アサ会」という十字架のない独自のキリスト教教会を創立。 実家近くの広島県立呉第一中学(現・呉三津田高校)を受験するが失敗し、旧制西南学院中学に入学。母親の意向で一年後に呉第一中学の編入試験を受け2年から転校した。同級に井上忠。
大橋 吉之輔(おおはし きちのすけ、1924年11月27日 … 大橋 吉之輔(おおはし きちのすけ、1924年11月27日 - 1993年11月2日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。 1937年に広島高師附属中学校に入学、いわゆる「四修」で四年で卒業し、1941年に旧制広島高校に進学。1943年に東京帝国大学に入学した。1945年、召集を受けて朝鮮に派兵されるが間もなく終戦となり、戦後八か月ほど同地に滞在した後、1946年に帰国。1948年3月に東京帝大文学部英文科を卒業する。学生時代は慶應義塾とは一切関わりがなかった。東大では、中野好夫に師事した。卒業論文でシャーウッド・アンダスン論を書こうとしたが、そのための資料が東大の図書館にはほとんどなく、早稲田大学の龍口直太郎教授が作品を所蔵していることを聞きつけ、直談判し資料の貸し出しに成功した。
広安 孝夫(ひろやす たかお、1910年4月17日 - 19… 広安 孝夫(ひろやす たかお、1910年4月17日 - 1959年4月18日)は、日本の官僚、聖職者、教育者、翻訳家。文部省文部事務官、文部省宗教課文部属、日本聖公会の伝道師。 1910年(明治43年)4月17日、広島県沼隈郡郷村(現・福山市)にて、広安助一郎の三男として生まれる。 1923年(大正12年)、広島県立福山中学校(現・広島県立福山誠之館高等学校)へ入学。結核のため2年間の休学を経て、1930年に同校を卒業。青年期に兄・広安謙一の影響を受けてキリスト教を知るが、兄は、札幌農学校のクラーク博士の遺風を慕って、北海道帝国大学医学部に学び、後に旭川で開業医となっている。 1932年(昭和7年)3月25日に、地元の福山基督教会の司祭・横田金熊のもとで洗礼を受ける。
植田 敏郎(うえだ としろう、1908年1月17日 - 19… 植田 敏郎(うえだ としろう、1908年1月17日 - 1992年10月21日)は、日本のドイツ文学者・翻訳家。静岡高等学校教授、東京外国語学校教授、学習院教授、学習院大学教授、一橋大学教授、東北歯科大学教授を歴任。 広島県広島市生れ。旧制広島高等師範学校附属中学校、旧制広島高校を経て1931年東京帝国大学独文科卒、同年渡欧、ウィーン大学、ボン大学、ベルリン大学で学び1936年帰国。1937年静岡高等学校教授。専門はゲーテ時代のドイツ文学で、のち東京外国語学校教授、学習院教授、1949年学習院大学教授、1953年一橋大学社会学部教授、1971年定年となり東北歯科大学教授。1973年『クリュス選集』の翻訳により日本翻訳文化賞受賞。
小山 東一(こやま とういち、1901年11月11日 - 1… 小山 東一(こやま とういち、1901年11月11日 - 1985年6月9日)は、日本のジャーナリスト、英文学者、翻訳家。広島大学教授。 広島県福山市生まれ。1927年東京帝国大学文学部英文科卒。中外商業新報、日本産業経済新聞学芸部長をへて、広島大学教授。 戯曲家の小山祐士は従兄弟にあたる。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
福原 麟太郎(ふくはら りんたろう、1894年10月23日 … 福原 麟太郎(ふくはら りんたろう、1894年10月23日 - 1981年1月18日)は、日本の英文学者、随筆家、翻訳家。福山市名誉市民。 1894年、広島県沼隈郡神村(現・福山市)で生まれた。1912年、広島県立福山中学校(現・福山誠之館高校)を卒業し、東京高等師範学校英語科に進学した。在学中、G・K・チェスタトンの推理小説を訳し、『英語青年』に掲載。1917年に卒業。 1917年9月から翌1918年3月まで、静岡県立静岡中学校に英語教諭として赴任。1920年、東京高等師範学校研究科を修了。この間、『英語青年』の編集に携わった。 1921年、母校の東京高等師範学校助教授に就いた。著書、訳註を何冊か刊行した後、1929年に文部省在外研修員としてイギリス・ロンドン大学とケンブリッジ大学に留学し、トマス・グレイ作品を研究。
田丸 公美子(たまる くみこ)は、イタリア語を専門とする日本… 田丸 公美子(たまる くみこ)は、イタリア語を専門とする日本の翻訳家・通訳・エッセイストである。 広島県出身。ノートルダム清心中学校・高等学校を経て、東京外国語大学イタリア語学科卒業。 大学在学中から来日イタリア人のガイドを務め、卒業後にはイタリア語による通訳となった。エッセイストとしても活動しており、『パーネ・アモーレ―イタリア語通訳奮闘記』(2001年)をはじめとする著作がある。 著書の題名などに見られる「シモネッタ」という自称は、「シモネッタ・ドッジ」 (Simonetta d'Oggi) を省略したものである。もともとは友人であるロシア語通訳の米原万里に対して師匠の徳永晴美が命名したものであったが、米原が傑作の下ネタを連発する田丸に譲った。